第67話「ねこのいどころ大作戦02:男の子って巨大ロボ好きよね」
大変長いこと連載を休止してしまいました。
病気やら仕事の再開やらといろんなことが重なった結果ではありますが、私事によって連載を休んでしまい、大変申し訳ありません。
連載、再開します。出来る限りペースを保って掲載をしていく所存です。
という事で、新章第2話です!
(承前)
まるは〈上喜撰〉のブリッジをイライラと歩き回っていた。
私掠航宙船〈上喜撰〉のブリッジは球形をしていて、球の中心を「上」にした感じで、内側に同心円状に席が並んでいる。
そのブリッジの中で、まるは萎縮するように副長席に座っている秋風技術部長……もとい、〈上喜撰〉副船長、秋風高志の前をぐるぐると往復するように歩いていた。
彼女の尻尾は不機嫌にゆらゆらと揺れている。
「だまし討ちみたいな話の進め方って私はあんまり好きじゃないのよね、秋風君?」
彼は、まるへの説明に苦慮していた。
「はい……でもこの話は確かに魅力的だと思いませんか?」
「もしこれが本当の話なら、ね」
秋風が持ってきていた資料は、一言で言って「胡散臭い」としか言いようのない物だった。資料に書いてあるのは巨大なパワードスーツ、いわゆる巨大ロボットを使ったバトルトーナメントへの参加要項であった。
「なによこれ。優勝賞品である小惑星? 衛星? 何だか分からないけどその場所は秘密だし、そもそも公の大会じゃないとか書いてあるし」
「信用置ける筋からの物なんです、そこは大丈夫です!」
「何でこんな胡散臭い物が『信用置ける筋』に繋がるのよ」
まるは呆れ声をことさら強調して見せた。まるが出す合成音声は、大抵はフルオートで彼女の思考により紡ぎだされた声を発するのだが、ある種の意図的なジェスチャーによって、声を止めたり、強調したりといった細かい操作も可能になっていた。
だが、そのあからさまな不信感に対して、秋風は猛反発をした。なんだかんだ言って彼は「まる船長」というパーソナルに対する熱烈な信奉者であり、滅多に彼女に反発することはない。
だからそれが、彼の本気を表しているのも事実ではあった。
「信用できますよ!」
「どうしてよ? 私に理解できるように――」
「カーチャの親戚からの話だからですよ!」
秋風の答えを聞いて、まるの顎がパカッと開き、ちょっと呆けた顔になった。それ位ショックな話であった。
「欧蘭の国の王族から?」
カーチャ。正式にはエカチェリーナ公女殿下。
まるの所属する〈大和通商圏〉とは異なる政治的背景を持つ〈欧蘭通商圏〉の中堅国家、ウクライナ星間公国のお姫様。
まるの友人である神楽茉莉と大学で共に過ごした女性ながら、外見はあまりに若いころに使われた延命薬物〈エリクシール〉の働きにより、どう見ても童女である。
だが、彼女はマイクロ工学の天才であり、紆余曲折を経て公国を抜け、今ではまるが船長を務める〈コピ・ルアック〉の、秋風が元勤めていた技術部長の職を射止めていた。
そんなカーチャがご執心になったのが、この人間トド、もとい秋風副長だった。彼の天才だけではなく、その情熱や熱い魂に、公女殿下はすっかりまいってしまっており、秋風もまた、才気あふれる彼女と意気投合し、そして、どうやら恋に落ちていた。誰も明確な事は言わないが、今や二人は「まる」ファミリーでは知らない物の居ない、公認カップルである。
とはいえ、デブのオタクと童女という、ビジュアル的にはとてもヤバいカップルではあった。まるが秋風を〈コピ・ルアック〉の勤務から外して〈上喜撰〉の副長にしたのは、秋風が船長となった阿於芽と友人関係で、円滑な船の運営が出来るから、というだけではなく、カーチャと秋風に物理的な距離を持たせるためでもあった。
まあ、天才二人にとって航宙船二隻の距離など、部屋の隣同士程度の距離でしかなかったのだが。
そして、カーチャが絡むことになると、秋風は熱弁を揮った。
「〈欧蘭通商圏〉だけじゃないんですよ。〈大和通商圏〉や、〈地球通商圏〉の歴史の古い国も協賛しているんです」
「ちょっと待って、一体何がどうなっているの?」
後ろの猫用の船長席――あん馬のような恰好をしていて、猫が跨るのにちょうどいい形状にデザインされている――に跨り、四肢をだらんと垂らして話を聞いていた阿於芽が、面倒臭そうに口を開いた。
「王族には昔からあることさ。コロシアムで猛者同氏を戦わせて勝敗を決めさせる。昔はそのまま敗者は殺されていたんだから、それに比べれば平和的になったと思うよ」
「阿於芽、あんたは賛成したの?」
「ああ、良いんじゃないかなって許可したよ? それにでっかいロボットのバトルなんて、見て見たいと思うじゃない。オトコノコとしては」
「いい年して何言ってんのよ……」
「ほとんど同い年のまるに言われたくはないなぁ。それに論理的に考えても、現状では他に当てもないんだから、渡りに船だとは思うよ、僕はね」
「う……」
実際、土岐さんの伝手や織田氏の紹介などを当たってはいたが、今のところ、まる達の経済状況で母港を開けるあては到底あるとは言えなかった。
そして、タイムリミットは刻一刻と近付いている。
「何しろ秋風君がいるんだし、カーチャと僕も手伝うし、それにFERISも帰ってきてるんだろ? 向かう処敵無しじゃん」
「うーん……。何だか引っ掛かるのよね。こんな大会、一筋縄でいくようなものとは到底思えないし」
「分かったよ、じゃあ僕が裏で探りを入れる。取り敢えず大会には出る方向で話を進めてもいいんじゃないかな」
「――分かったわ。可能性を潰す必要はないものね。でもくれぐれも慎重にね」
そうは言ってみたものの、重くのしかかるような不安をぬぐえないまるではあった。
§
秋風が購入した巨大パワードスーツはまあ、素体とでも呼べばいいような物で、発注時に決めるのはコアになる動力ユニットと骨格に相当するフレーム、そして表皮に当たる装甲であり、武装やアタッチメントの類は一切なかった。
「秋風さあ」
阿於芽は納入されたパワードスーツを見て相棒のトド(もう訂正する気もない)に話しかけた。
「何だよ阿於芽」
「船長って呼べよ。それよりこれってさ、のっぺらぼうだよね」
秋風は阿於芽の「船長って呼べ」の要求は華麗にスルーして応えた。
「頭はカメラさえあればいいですし、カメラはほぼ見えない位置に設置されてますからね」
「いや、頭だけじゃなくて、全身何にもついてないだろ?」
「そりゃまあ、武装とかもつける前ですし、宇宙用ですからエア・インテークとかもないですしね」
「こんなのっぺらに武装付けても格好良くない気がするんだ」
「格好、ですか?」
「そう、格好」
このところ、阿於芽は巨大ロボット、というキーワードをもとに、20~21世紀頃のアニメやら映画やらを漁りまくって見ていた。それに関していえば秋風も一緒の筈だったのだが、二人の思いは微妙にずれているようだった。
「質実剛健が一番でしょう?」
と返す秋風に、阿於芽は尻尾をぐるぐると激しく動かしながら反論した。
「いやいや、外見で威圧感を与えるのも戦略の一つになるから」
「それって『機動警備隊なんちゃら』とかの受け売りでしょう?」
「それ云うなら、質実剛健だって『装甲騎兵隊ほげほげ』じゃないのかな? シミュレーションでどちらが効果あるかやってみようか?」
「面白い、受けて立ちましょう」
肩をいからせた猫とトドは、VRシミュレーションタンクへと歩いて行った。
「なによぉ、船長も副長も不在?」
〈コピ・ルアック〉に事務処理の為に戻っていたまるは、進捗を聞こうと〈上喜撰〉に連絡を入れて、呆れ顔で言った。
「はあ、申し訳ありません。二人ともVRシミュレータに入り浸ってまして……」
「職務怠慢ね。緊急停止して二人ともブリッジに引っ立ててきなさい」
「それが、ロックされちゃってて入れないんです」
「ああもう……」
頭を抱えるまるを、横から苦笑いをしながらラファエル副長がなだめた。
「やる気に火が付いているのは悪い事じゃないでしょう」
「そうかもしれないけど、他の仕事をほったらかしにしているのは納得できないわ。いっそ二人とも降格してやろうかしら」
「いやいや、それだけは止めてください、全体の士気に影響が出てしまいます」
「冗談よ。でも参ったわねえ」
そこに、報告にやってきたカーチャ技術部長が口をはさんだ。
「まる船長、秋風様がどうかしましたの?」
「ああ、カーチャいい所に。二人がVRシミュレータに入り浸って出て来ないらしいの。端末をロックしちゃってるらしくて外からも手が出せないって。何とか出来ないかしら?」
「何ともお子様な事をやってらっしゃるのね。分かりましたわ」
そう言うと、彼女は〈コピ・ルアック〉のブリッジにある科学技術コンソールに向かい、そこで船内コンピュータFERISを呼び出した。
「FERISさん、ちょっとお手伝い願えるかしら」
「あらカーチャ、いつでもどうぞ」
船内コンピュータとは言っているが、FERISは一度は人間より先に、上位階梯の異星人たちに進化した生命体と認められて、人類以上の存在として〈コピ・ルアック〉を「卒業」していった代物である。
その本体は今は、アンドロメダ星雲に作られた巨大な人工天体となっている。だが、何の気まぐれか、彼女は復職を希望して〈コピ・ルアック〉に端末を送り届けてきた。その人型端末は、人類には未知の技術により、タイムラグゼロでアンドロメダにある本体と接続しているらしい。そして、全長1kmの巨大な船全体をいとも簡単に取り仕切っていた。
「〈上喜撰〉のシステムをハックしたいの」
「了解、でも二人も技術者。ロックは簡単には外せませんよ?」
超コンピュータをもってしてこの台詞を吐かせる阿於芽と秋風である。しかしカーチャはさらにその上を行っていた。
「あの二人程度の仕掛けたロックなら造作もありませんわ」
そう言いながら、目にもとまらないスピードでコンソールを操作して、〈コピ・ルアック〉よりも情報戦に特化している筈の私掠航宙船〈上喜撰〉のセキュリティを楽々突破し、二人の入り浸っている端末のロックを、ものの1分ほどで解除してしまった。
「船長、宜しいですわよ。予想の3倍も掛かってしまいましたわ」
まるは舌を巻くと同時に空恐ろしかった。この子が乗船してくれて本当に良かった。下手に外部に居て好き勝手にアクセスして来ていたら、〈コピ・ルアック〉も〈上喜撰〉も、そのセキュリティを骨抜きにされていた事だろう。
まるは船長席のコンソールから自分のVRアバターを二人の入り浸っているシミュレータに投影して、言った。
「あんたたち二人、ちょっと出てきなさい!」
外からの侵入はあり得ないと思っていた二人が飛び上がったのは言うまでもない。
§
「質実剛健に一票」
まるは呆れつつも言った。カーチャは当然ながら、秋風に同調した。
「何だよみんなで寄ってたかって」
阿於芽は抗議したが、主要クルーで阿於芽の「かっこいいデザイン」に票を投じたのは、心理学的な見地、と言う話に賛同した薬研医師と、フィギュア狂の血が騒いだ太田航宙士くらいなもので、他はほぼ秋風の「質実剛健デザイン」を推した。
ほぼ、と言うのは、この大会の胡散臭さを気にして、法的妥当性などを検討するために、大会の〈大和通商圏〉窓口が有るとされている〈らせんの目太陽系〉の惑星〈星京〉に出張している、瀬木法務部長と垂髪部長の二人が欠けていたからだった。そしてそれは、ダークホースとして自体を大きく動かすことになる。
場所と時間をちょっとワープして、二人の様子に視線を移してみよう。
降下艇〈八女白折・改2〉から、〈星京〉の中央都市トキオ・EXAのスペースポートに降り立った二人は、くいっと、鼻の真ん中に指を当てて眼鏡を引き上げた。
勿論、28世紀のこのご時世に、目が悪くて眼鏡を掛けている人などほとんどいない。
かといって、二人のは伊達眼鏡でもない。二人が身に着けているのはウェアラブル端末の一種だ。動作によってメガネのレンズが「きらり」と光るから、余計にたちが悪い。鼻のところを持ち上げる動作は周囲の解析を開始するためのスイッチだったが、正直言っていちいち眼鏡を直している二人は、陰険な印象になってしまっていた。
「瀬木部長、行きますわよ」
「ええ、垂髪部長」
目指すは大会本部になっているビルだった。
しかし、目的の物件に辿り着いて、二人は口を大きくあんぐりと開けて声も出ない状態になった。
オンボロ物件。一言でいえばそういう感じである。
アンティークとか、そういう言葉は気休めでしかない。
染みひとつないような現代建築の立ち並ぶ中に、埃っぽいくすんだ色に変色し、あちこち塗装が剥げたそのビルが鎮座している様は、滑稽というか異様だった。まるで昭和の時代に戻ったような建物である。
建物は外観だけではなく、中身も凄かった。
朽ちかけた、という言葉が似合うような、あちこち割れた合成樹脂の床板に、階段はぎしぎしと音を立てるべこべこの木製である。
「廃屋の間違いじゃないですわよね」
「いや、今の時代、何処を探してもこんな廃屋なんてある訳ないです」
そう、こんな建物、古き惑星〈地球〉から移築でもしない限り、23世紀に地球化された惑星〈星京〉に存在する筈などないのだ。
それはつまり、この建物の外観がすべて意図して作られたものであり、このオンボロは何らかの演出であることを意味していた。実際、二人の眼鏡型の端末の解析結果によれば、建物の外壁や床は経年変化でボロボロになったのではなく、何らかの薬物処理を施されて、古さを演出しているだけだという結論が出されていた。
「誰だか分かりませんけど、この大会の主催者の方々って、物事を胡散臭くすることに情熱を燃やされているような気がしますわ」
そう言いながら、エレベータもない建物の7階にある大会事務局まで、ひーひーと悲鳴を上げつつ登ってきた二人であった。
大会本部の部屋もまた、これまでに負けず劣らずの風情だった。入り口は辛うじて金属でできたドアだったが、はめ込みのすりガラスが付いていた。このすりガラス自体が割れていて、パリパリになった樹脂テープで継ぎ当てされている。そのガラスに樹脂版が張りつけられていて、樹脂版の上には手書きで
「巨大機動機械格闘大会本部」
という仰々しい漢字が並んでいた。
ドアには旧式のドアノブ。ある事件で21世紀初頭の地球で過ごした経験が無かったら、瀬木と垂髪は途方に暮れていただろう。
「ドアチャイムみたいなものはありませんわね」
「ドアをノックしろ、と言う事のようですな」
二人は顔を見合わせて頷きあい、瀬木がドアをノックした。
「コンコン」
「どうぞ」
中からは中年男性の声。
「失礼しまーす」
そう言いながらドアノブを回してドアを開けて中を見て、二人は絶句した。
部屋は外から見たのとは打って変わって、広々としていた。天井が低い為、少し重苦しい印象すらある。
だが、その部屋は薄暗く、奥の方に平机と椅子が一つあるだけであった。
その平机には、手袋をして肘をついた眼鏡の男性が一人座り、脇には何故か椅子に座らず立ち続けているもうひとりの男性の姿。
「何でしたっけ、これ。地球で見たアニメにこういう光景が有った気がしますわ」
「確かロボットアニメだった気がします。いや、怪獣物だったのかな……」
二人がひそひそと話していると、椅子に座った男が静かに、しかし刺すように話しかけてきた。
「何をしている」
「すみませんね、なんでこんなところに呼ばれたのかと。私法務担当の――」
「必要だから呼んだまでだ」
「はあ、それで、頂きました書類には、私たちはまだ本大会出場の権利を持っていないと書かれていましたが」
「お前たちは予備だ」
「はあ?」
「問題ない。すぐに次の予備が届く」
「予備予備って……」
瀬木が困惑していると、隣に立っている男がにこやかに口を開いた。
「ああ、済みませんね、ちょっと彼、役に入っていて……。あなた方は予備選組の〈上喜撰〉スタッフの方々ですな?」
「ああ、はあ」
「この後、予備選参加組があと3組やってきます、あなた方はまずその予備選組と戦って勝利して頂きたい」
「いや、ちょっと待ってください。私は法務で、こちらは総務部長です。この大会の法的正当性をチェックさせて頂きたいと思いましてお伺いしました」
「ああ、でしたら問題ありません。この大会は超法規的組織によって運営されております」
「は?」
「ですから、超法規的組織です。この大会の運営組織の実態は4通商圏の外にあります。従いまして、4通商圏のほぼすべての法は無意味です」
「は?????」
「要するに、この大会の運営組織は、異星人だ。と言う事です」
「ちょっと待ってください、彼らは我々には不干渉のはず……」
「誰かそういう風に法を定めたんですか?」
「……う……」
そんな法は存在しなかった。
人類の争いを調停し、人類社会を4つの通商圏に有無を言わさず分断してのけた上位階梯の異星人たち。
彼らから一方的に人類に押し付けられら規則は存在していたが、逆は無かったのだ。
「じゃあ、この大会に出ても、賞品などへの担保は保障されないんでしょうか?」
「そんな事はありませんよ。人類への窓口機関が有るじゃないですか」
「……銀河第三渦状腕調停組織」
「そう、そこです。彼らが賞品を担保するようになっております」
目を丸くした瀬木は、ひそひそと垂髪に話しかけた。
「大変だ。これはまる船長に相談しないと」
「話のスケールが大きすぎますわね」
瀬木は顔を上げると、愛想笑いを浮かべて話し出した。
「申し訳ありません、事が重大ですので、この件はいったん持ち帰って――」
瀬木の反応は予想されたものだったらしく、即座に返答が来る。
「もしこの時点で判断を為されないとなりますと、御社は『棄権』として取り扱わせて頂きますが如何かな」
「ぐっ……」
「仮にも長の名が付くお二人でしょう、それなりの裁量権は持っていらっしゃる筈です」
「それにしても、お話の規模がでかすぎます」
すると、席に座っている方の男が唐突に声を上げる。
「お前には失望した、もう会う事もあるまい」
立っている男は苦笑いをしながら座っている男の頭を小突いて言った。
「あんたは少し黙ってなさい。ええと。つまり裁量権はお持ちだが、自分たちで決定する勇気がない。そう仰るわけですね」
図星である。
「そのような弱腰の方々には、うちの賞品の管理も荷が重いでしょう。お引き取り――」
「大丈夫ですわ、この話私の裁量でお受けいたします!」
言葉を濁していた瀬木法務部長を尻目に、垂髪総務部長が啖呵を切った。
「ほうほう、宜しいのですかな?」
「ええ、ここで話を潰しましたとか言うお粗末な結果を持ち帰りますより、例え独断で動いて失敗したとしても、行動したという話さえあれば、私はうちの社主の面目を立てることが出来ますわ」
「そうですか。分かりました。……まる船長も良い仲間をお持ちだ」
「全部了解の上なんですね」
「ええ、私どもも商売でして」
居合わせた全員が、とっさに眼鏡をすっと調整し、薄くにやりと笑った。多分、この時代の眼鏡端末を持つ人の癖みたいなものだろうが、傍から見れば、何の符丁だかわかりゃしない。
「あ、そうそう。予備大会出場の前に一つ、こちらからの資料に抜けを発見しました。訂正を持ち帰ってご報告いただけますかな?」
「了解いたしました、しっかり伝えますわ」
垂髪が応えると、座っていた男がまたぼそりと台詞を吐いた。
「全て我々のシナリオ通りだ」
どうせどこかのアニメとかから台詞を持ってきているのだろうが、状況への対応度数を考えると、ちょっと背筋が寒く感じる垂髪薫子ではあった。
§
「これが! 私が心血を注いで作ったマニピュレーターアームズ。〈アラビカ・エスプレッソ〉です!」
〈上喜撰〉を停泊しているドライ・ドックで、秋風が作った人型戦闘マシンの除幕式が執り行われていた。
出て来たのは、ガンメタリックに仕上げられた無骨な外見の巨大ロボットであった。マウントされた兵装はシンプルで、重核子砲と質量弾ランチャー、及び重力制御装置を利用したフィールド発生装置であり、それらはフォースフィールド・ジェネレータによるユニバーサル・ポイントで、機体に接続されていた。
まあ、一言でいうなら、つるっとした人型の機体が兵装をそのまま担いでいるような感じの外見だった。ミリタリーオタクならば、これでかなりテンションが上がる感じだったが、格好いいかというとちょっとゴテゴテした印象は否めなかった。
「うん、まあ、なんというか、重量感があるわよね」
この手の物はさっぱりぴんと来ないまるは、適当に印象を話したが、即座に反応したのは、変更された資料を精査していた瀬木法務部長であった。
「これは、減点されますね」
得意満面だった秋風はその一言で顔を歪めた。
「え?」
「ですから、これは減点対象だと」
「この機体のどこが……質実剛健で格好いいじゃないですか」
「資料のここに『抜け』と称して追記された条項が有るのですが、よく読んで頂けますか?」
瀬木と垂髪の二人が持ち帰った資料の追補は、秋風をどん底にたたき起こすには十分な内容であった。
「ええと……なお機体はそれ自身が主張する『強さ』を体現するデザインを施し、オリジナリティを追及すること。……この際、武装、兵装の類は出来る限り表面に出さない様にすること。デザイン面、及び武装の隠ぺいに関しては、審査対象となり、得点とされます。はあっ?!」
「そういう事らしいですね」
「なんでこんな……」
「私たちが〈星京〉に行った時も、事務所から何から、嫌にこった細工をしてありました。つまりはそういったこだわり自身も、この大会の重要なファクターなんじゃないでしょうか」
「そんな……」
頭を抱え込む秋風だった。
「今更そんなこと言われても、このデザインを今から変えるには……」
その時だった。
「こんな事もあろうかと」
ドライドックに響き渡る声。阿於芽の声だ。
「……阿於芽、その台詞は実際にはほとんど使われなかったんだぞ」
泣きそうになりながら、阿於芽の台詞に突っ込みを入れる秋風。
「ええい、敗者が茶々を入れるな。私の出番がやってきたという事だ」
「お前何処にいるんだよ」
「主役は後から登場するんだ」
「なんでだよ」
「なぜなら!」
ドラムロールと共に、ドライドックの床がパックリと割れて大きな穴が開くと、チャラい人型プローブにヒーロータッチの戦闘服を着せた阿於芽が、仁王立ちになってせり上がってきた。
そして、その下には青を基調としたカラーリングに、赤と白の線でアクセントをつけ、鋭角の突起の付いた如何にもヒーロー然とした格好をしたロボットが、一緒になってせり上がってきた。
「ちょっと、二機目を買うなんて聞いてないわよ」
まるは目を細めて阿於芽に言った。
「大丈夫、一機目を買った時について来た予備パーツから作り上げたから」
「ふーん」
「兵装は全て内蔵。使う時にジャッキン、って感じで飛び出る」
「そんな固定武装、面倒なだけじゃないか」
「大丈夫、アタッチメントで色々交換可能になってる。というか、アタッチメントが武器なんだよ」
そういうと阿於芽は瀬木の方を向いた。
「法務部長、これならどうかね?」
「申し分ないですね」
ぐぬぬ、とか言いながら作業帽をくしゃくしゃに握りしめている秋風を横目に、得意満面の阿於芽であった。
「どうかね秋風君。これが船長の底力というものだよ。相手の嗜好を予測して、必要な手を打っておくんだ」
まるは溜息をついた。
<どうせ瀬木君にアンカーでもつけておいて、先回りして資料を見て慌ててでっち上げたんじゃないかしら>
まるの流し目に、ちょっとぴくっ、ッと反応した阿於芽だったが、ロボットから颯爽と飛び降りると、彼女の前に傅くと深々と首を垂れた。
「一応、船長ですので、部下の行動に問題が有りそうなら、転ばぬ先の杖を用意しておくのが良いと思いました」
彼にしては偉く真摯な物言いである。
「まあいいわ。じゃあ、秋風君は阿於芽のマシンの方のチューニングに手を貸すように」
「……はい」
すっかりお株を奪われてしょげている秋風に、後で何かフォローをしなくちゃね、と思うまるであった。
しかし、それはどうやら必要無さそうである。阿於芽は先程までの態度を豹変させると、秋風に歩み寄った。
「秋風、気を落とすなよ。一緒にやって行こう」
「阿於芽……船長」
「でさあ、こいつ正直言ってまだ張りぼて状態なんだ。細かい兵装について手伝ってくれないかなぁ」
一同は盛大にずっこけた。
(続く)
ロボの完成も見えたようです。
いよいよ次回は予選!
でも、主役はまる……ですよねえ?