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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
航宙船団長まる
66/72

第66話「ねこのいどころ大作戦01:まるは航宙船たちの船長です!」

いろんな問題を乗り越え、ついにあの船が帰ってくる……。

しかし、それにはさまざまな問題もあるのでした。

新章開幕!


 漆黒の宇宙、という表現は正しくない。

 宇宙は星に溢れている。満天の星空なんて目ではない。

 それでも、宇宙は暗い。

 虚空に一人、宇宙服に身を包んで、通信が無い状態で浮かぶと、自分が一人きりだという感覚をひしひしと味わう事になる。聞こえるのは自分の呼吸の音や心音、そして宇宙服と自分がこすれる音だけ。


 そんな宇宙だが、有り難い事に宇宙服を着る必要のあるEVA(船外活動)ではこまめな通信が飛び交い、心音を聞いているような余裕はない。それに宇宙服で出歩けるような施設の周辺では、その星系の主星が明るく輝いて見えるし、更に独立でリサイクルするエコシステムを備えていないような施設は、生息可能な惑星の軌道上にある場合が多い。

 宇宙は賑やかで光に溢れていた。

 そんな惑星近傍の虚空に、両側が開いた籠のような形の施設が浮かんでいた。航宙船の改修やチェックを行う「ドライ」なドック施設だった。

 宇宙に水なんてないから、「ドライ」はおかしいだろう、と思うかもしれないが、ちゃんとこれには区別がある。触媒液体に満たされていたり、あるいはガスに満たされているドック施設もあり、これは「ウェット」ドックと呼ばれているのだ。

 今日やってくる航宙船は丁度そういった「ウェット」ドックでの修理改修作業を終えて、はるばる軌道上のこの「ドライ」ドックに運ばれて来ることになっていた。


 さて、件のドライドック施設には居住区が有り、そこから内部に動いている人々の姿も見えた。その居住区の一角、施設のVIPルームには展望デッキが有り、デッキは有視界の窓が付いていて、外からもその内部の様子が少し伺う事が出来た。

 内部はほの暗い赤い照明に照らされていて、何かが動いているのが確認できた。


「船長、そんなに動き回らないでください」

「だって。久しぶりなんですもの」

「私も待ちきれません」

「そっと。そっと入れてほしいわ。あ、ああ」


 何やら、とても怪しい会話が聞こえていた。

 だが、期待に胸弾ませる諸氏はがっかりするだろうが、その方向には人は一人しかいなかった。


 そこに居たのは、挙動不審な三毛猫が一匹と、男性が一人。

 三毛猫は、尻尾をそわそわと振りながら、窓とソファの間を行ったり来たりしていた。頭の右側が黒、左側が茶色、背中は黒っぽい中に茶色混じりで、すっとした体型。明るい茶色の尻尾だけに明確な縞模様が有った。その猫の目は魅惑的なエメラルドブルー。だが今は、その眼の光彩を細くして、きょろきょろと辺りを見ては、軽くうなり声を出したりしている。今は船内の赤い照明のお蔭で、全身が赤と黒の2色のブチ猫のようにも見えている。

 三毛猫の頭には、とても分かりにくいが両耳の中に届くピックアップと、左目の脇に装着された芥子粒(けしつぶ)サイズのプロジェクター。そして、それらを繋ぐ柔軟なコードが、毛並みにうまく隠れるように配置されていた。そして、三毛猫の前足を見ると、やはりそこには毛並みに隠れるように銀色の腕輪の様なものが巻かれている。


 傍らに居る男性は身長190cmはあるだろう、端正な顔立ちの西欧人。

 彼は困ったように眉をひそめながら三毛猫を見ていた。


「何だよ、非常灯しかついてないのか」

 という声と共に、部屋に昼光色のライトが灯る。

 そして猫がもう2匹、VIPルームに優雅に体をくねらせながら入ってきた。

 先に入ってきたのは黒々とした漆黒のビロードのような毛並みの黒猫だった。その黒さを表すのに黒の文字がもうここまでで5文字も出てくるくらいの見事な黒猫だった。

 しかし、その猫の特徴は果てしない空を連想させる青い目。見事な毛並みもその目の前ではただの添え物に見える、神秘的な二つの宝玉。だが、彼の最大の特徴がすべて土台無しにした。


「まるは何でエロいセリフを吐いていたんだ? 発情期か?」


 声を発した黒猫には何も装着されてはいなかった。彼は突然口を動かして、流暢に人間の言葉で喋ったのだ。

 黒猫は軽く周りを一瞥し、近くのソファにその居場所を定めると、優雅に飛び乗ってから、丸くなって目を閉じ、それから真赤な口を大きく開いて欠伸をした。まるで地獄から来た魔獣のような佇まいである。


 不躾な黒猫の言葉に、まると呼ばれた三毛猫は振り返ると、あからさまに不快さを表すような表情をしながら、言葉を返した。ただ、三毛猫は口を開かず、頭部に装着した機械から音声を出していた。


「いきなりご挨拶ね、阿於芽あおめ。目の前で起きていることを見てわからない? あ、そうそう、ゆっくり運んで……そうそう、そんな感じで」


 三毛猫……まるが見ていたのは、修理が終わって納品検収のためにドライドックに入れられる乳白色の巨大な船体だった。船体は傷一つない有機的なフォルム。中心の珈琲豆の様な主船体から、有機形状の幹が後部の亜光速エンジンに接続され、そこから四方に伸びたシャフトの先に、巨大なナセルがそれぞれ接続されている。

 まるはその船体を食い入るように見ているのだった。


 そして、黒猫のあとから入出してきた猫は茶虎の仔猫だった。

 とても利発そうな顔をして、周りをきょろきょろと眺めている。よく見ると、この茶虎の仔猫にも、三毛猫と同じ装備が付いている。そして仔猫は、まると同じように頭に装着した装置から音声を発した。

「まる船長、あの航宙船って……」

「ああ、琥瑠璃こるりは数回しか見ていないんだっけ」

 琥瑠璃こるりと呼ばれた仔猫は、窓に張り付くようにくっついて、瞳孔を真ん丸に開くと、巨大な航宙船を食い入るように見ていた。

「ええ、ちょっとうろ覚えなんですけど、あれが私たちの船なんですよね」

「そう。やっと修理が終わって帰ってきたの」


 乳白色の巨大な航宙船……独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉。それはまるたちの船。そして、まるは猫の身でありながら、400人の乗員の乗るその航宙船ふねの船長であった。

 その船体は、数か月前に起きた騒動のときに酷使したため、半壊状態に陥っていた。

 それが、長い修理を終わってようやく帰ってきたのだった。

 しかし、その納品はちょっと見たことがない光景ではあった。


「あの連中ったら所定の手順だからって、フォースフィールドも展開してないのよ。納品の日に船を壊されたりしたら、泣くに泣けないわ」

 まるの隣で様子を見守っていた男性――目の前に見える船の副船長である、ラファエル・チンクアンタはまるをなだめた。

「まあまあ、先方さんも慎重にやっていますし」

「それにしても、こんな運び方してくるとは予想外だったわ」

 〈コピ・ルアック〉の周辺には、おそらく50mほどの大きさの人型をしたものが十数体ほども取り付いて、スラスターをふかしながら、巨大な船体を運んできていたのだった。

「自立型ロボット? それとも人型のマニピュレーション・ユニットかしら」

 まるが窓に張り付くように納品の様子を眺めていると、ラファエルはスレート端末を操作して納品手続きを確認していた。

「半自立型のハイブリッド・パワーフィギュアとありますね。作業員と神経接続して効率よく宇宙作業ができるそうです。人間の感覚が追い付かない部分は自立機構が動作して補佐をするそうですよ」

「面白そうな装備ね。秋風君が聞いたら一体手に入れて解体して調べたいとか言ってきそう」


 まるのこの言葉に、小さく「えっ」と声を発したのは阿於芽あおめだった。

 何だかんだと、阿於芽あおめと技術部長の秋風は仲が良い。

「ちょっと阿於芽あおめ。いまの『えっ』は何?」

「い、いやなんでもない」

「まさか秋風君、もうあれを手に入れちゃってるっていうの?」

「だってさ、秋風の奴、購入のための稟議りんぎは通ったって喜色満面で話していたよ?」

「私は知らないわよ。ラファエル副長、聞いてる?」

「ええと……重機を一台購入したい、って稟議書りんぎしょは来ていて、船長は了承されてますね」

「重機重機……。ああ、朝食会議でも報告出てたわね。来たるべき母港の整備の為に必要な機材、でしたっけ?」

「確かそう聞いています」

「まあ、あの子ならそれ位はやりかねないかもねえ」


 人間の乗員の事を「あの子」呼ばわりする(まる)だったが、それもその筈。彼女は乗員の中でも数人の例外を除き、ほぼ最年長の部類に入るのだった。延命薬物エリクシアにより、齢100歳にも届こうという猫であった。


「でさ」

 阿於芽あおめはまるの思惑など全部すっ飛ばして話しかける。

 まるは不機嫌そうに彼の方を見て答えた。この二匹は、通常の猫としての若い時代からの腐れ縁である。まるは事故からたった一匹で生還するために知性化され、阿於芽あおめは異星人との接触で、その異星人を半ば取り込んでしまって知的生命体となった。偶然にしては出来過ぎである。まあ実際のところは、半分は偶然ではなかったらしいが。

「何よ」

 まるの不機嫌さを演出した合成音声に、黒猫は欠伸をした。真赤な口を盛大に開く邪悪な顔である。

「船は二隻になっちゃったんだけど、これからどうするつもりだい? 二隻ともまるが船長をやる?」

 いきなり答えにくい質問をされた。まるの顔はそう物語っていた。

「あー、うーん。それなんだけどね」

「やっぱり副長がどっちかの船長?」

「それは困るわ。彼は私と一緒に居てほしいし」

「何だよ、一緒に居たくない相手にでも押し付けるのか?」

「いたくない訳じゃないんだけど、ね。少し冷却期間を置きたい相手というか――」

「歯切れが悪いなぁ。どっちが誰になるんだよ」

「私が〈コピ・ルアック〉に復帰するわ。私掠船である〈上喜撰〉の指揮は、私にはちょっと合わない感じかも」

 私掠しりゃく航宙船〈上喜撰〉。〈コピ・ルアック〉と丁度入れ替わりに完成して来たまる達の二番船。

 紡錘形の船体から伸びた4本のスポークが船体後方に向かって伸び、そこにナセルが接続されている。一言でいえば昔のSFに出てきそうなロケットみたいな恰好をしている。鋭角で触ると怪我をしそうな印象がある。実際、私掠船しりゃくせん≒公式海賊船という性格上、その船体は戦闘向けに作られている。下手に触ると本気で怪我をするような船だ。

「ふーん。じゃあ、誰がその私掠船を受け持つんだよ?」

「あんたしか居ないじゃない」

「ふーん、あんたか……。って、僕の事か?!」

 黒猫は半ば飛び上がった。

 VIPルームという事で、未だ人類が自由に使えない異星人技術である人工重力が設定されているから、大したことはなかったが、もし無重力だったら、阿於芽あおめの体はあらぬ方向に流されて居たろう。

「一度はまる達に敵対した僕だよ?」

「そのあと2度も死に掛けるほどの思いをして、貢献してくれたじゃない」

「いや、あれはたまたま僕以外に適任者がいなかっただけで――」

「何にしろ、最適任は阿於芽あおめ、あなたよ。幹部朝食会議でも満場一致だったわ」

「じゃ副長は? 僕についてくるような酔狂な奴なんて」

「あなたが一番親しくしてる人間」

「秋風技術部長?」

「当たり」

「ちょっと待てよ、じゃ〈コピ・ルアック〉の技術部は?」

「とある方が、身分とか打っ棄って(うっちゃって)家出してきちゃったのよねえ」

「――おいちょっと待てよ。お姫様か?」

「それ、カーチャの前で言うとモフり殺されるから止めておきなさいね」

「船内コンピュータは? シャブランに2隻は荷が重いだろう? それともコピーでも作ってあるのか?」

「ああ、その件だけど、一台信頼のおけるのが手に入ったわ。そうよね?」

『ええ、まる船長。阿於芽あおめさんもお久しぶり』

 いきなり虚空に声が響いた。

「〈コピ・ルアック〉には初代の頭脳、FERIS(フェリス)が復帰するわ」

 いろんなことが一度に押し寄せて、黒猫は開いた口が閉まらなくなった。


§


 独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉は、全長1kmの巨大な船である。

 乳白色の焙煎前の珈琲豆の様な主船体だけで800mの大きさがある。

 船体横から後方に伸びるナセルも600mの長さがある。

 20世紀末から21世紀初頭にかけての日本ではよく「東京ドーム何個分」という表現があったようだが、その場合、正方形換算で一辺が216m程になるようだから、〈コピ・ルアック〉を収めることが出来る土地は、東京ドーム20個分の面積になる。


 その船内をざっと眺めてみよう。

 まず船首に水と空気のタンクがある。何故ここかと言うと、水は効果的な放射線遮蔽装置であり、万能ともいえるフォースフィールドで船体が守られている間は特に問題ないが、もし、フォースフィールドが機能しなくなった場合でも、一定のバリアとして働くことを期待されているのである。


 次に、食糧庫と生鮮品の生産プラントがある。食糧庫は冷凍、冷蔵、冷暗の3段階に分かれており、それぞれの食材に最適な状態での保存を行っている。これに、遂行、培養の植物栽培プラント、水産物の育成プランと、肉類の培養プラントがへいせつされており、基本的にはこのプラントが壊れない限り、400人の乗員に対して食糧の半永久的なリサイクルが可能となっている。もっとも、実際には一度酷い壊れ方をして、外部に暫く頼ってしまったことが有った。その怪我の功名で、料理長「アレクシア」の名前を関した料理チェーン店を展開したことは、痛し痒しの思い出である。


 食糧庫・プラントの後ろには、全船体の生命維持ブロックが有る。ここは、船底にあるリサイクルブロックと船首のタンクを繋ぎ、船全体のを地球産の生命体に合わせた環境に保つ働きがある。船の命をつなぐ重要な部分、いわば心臓だ。


 そして、生命維持ブロックの上には2層になったブリッジがある。

 生命維持ブロックが心臓なら、ここは船の頭脳だ。ブリッジは異星人のテクノロジーによる重力制御装置によって重力が得られている船内でも数少ない場所だ。上層は司令官と船の直接運営員が搭乗し、下層は船の管理運営や作戦行動の補佐を行う人員が務める。ただ、下層ブリッジは小さめの体育館位の広さが有り、その気になれば乗員全てを収容可能であるため、緊急避難所として使うことも可能となっている。


 ブリッジと生命維持ブロックの間からは、船体中央を貫くように中央リフトが伸びている。

 ここにはリフト内を自由に往来する箱部屋状のリフトが複数あり、搭乗することで好きなブロックに行けるようになっている。


 中央リフトの左右には長さ400m、直径100mの巨大なドラム状の施設があるが、これがゆっくりとそれぞれ逆方向に回転することにより、遠心力で疑似重力を発生し、ここが乗員の居住スペースなどの生活空間並びに、重力を必要とするような区画となっている。

 居住区の下層には船内の水と空気のリサイクル・システムと後述の次元転移砲の制御室、そして戦闘ブリッジがある。このため、下層は割とごちゃごちゃとダクトやらコンジットが張り巡らされている。メカ好きにはたまらない感じの空間、逆に言えば生活とはもっともかけ離れた空間ともいえる場所だ。

 居住区の両脇はサブの貨物室だ。後述の貨物室と合わせて、〈コピ・ルアック〉が貨物用商船だという本来の役割を表している。


 居住区のすぐ背後にはラボがある。ここはマッド・サイエンティスト……じゃない、トド……でも無くて、技術部長の秋風高志がかつて勤めていた場所である。ここで、様々な新技術が編み出されてきた。今後はエカチェリーナ公女殿下……ではなく一般市民となった、一見童女のように見えるが、実際は成人女性であるカーチャ女史が後を引き継ぐことになる。


 ラボの背後には巨大なコンピュータ室がある。だが、ここは今はがらんどうだ。初代コンピュータであるFERIS(フェリス)は、コンピュータを卒業して高度知性体になってしまったし、あと釜であるシャブランは、〈上喜撰〉に搭載されてしまったからである。だが、卒業した筈の初代は何らかの方法で戻って来るらしい。その辺の話はまた後ほどとなる。


 そのさて、コンピュータ室の背後には〈コピ・ルアック〉の御飯の元。巨大な貨物区画が有る。彼らの主な積荷は情報のインストールされていないナノマシン、ロー・ナノマシンと呼ばれるマテリアルを中心とした技術系の積荷が主だ。だが、それとは別口に、貴重品などの運搬も受け持つことがある。


 貨物区画の上部には搭載艇用のドック。そして最後尾は動力・エネルギー部となる。


 〈コピ・ルアック〉を武装船たらしめているのは、主船体をぐるりと囲むように設置されている、重い素粒子を光速近い速度に加速して射出する高出力の「重核子砲」32門と、起動すると船全体を黒褐色に塗り替える頑強な「戦闘用フォースフィールド」、そして、主船体の中央下部に据え付けられた、船前方のある程度のエリアの物体を素粒子に分解して別空間に転移させてしまう、ある種の究極兵器「次元転移砲」だった。そして、〈八女白折(やめしらおれ)、〈川根焙(かわねほう)じ〉、〈渡会雁金(わたらいかりがね)〉、〈ブルボン・ピーベリー〉等の多彩な搭載艇もまた、強力な武装と言えた。


 まるが乗員の搭乗船希望を募ったところ、8割が〈コピ・ルアック〉勤務を志望した。

 〈上喜撰〉は、元々少人数での運営も可能な私掠航宙船であったため、〈コピ・ルアック〉に320名と2匹。〈上喜撰〉は81人と1匹という構成になった。少々人員が足りない分は、公募して増員を募ることにした。まるはいくつかの事件で大きく取り上げられ、数少ない知性化された猫たちの運営する船団、と言う事で話題にもなったため、募集にはたくさん応募が来ている様である。


 2隻の船は、帰りを待つ場所に向けて出発準備を整え終わっていた。

「加藤君、大丈夫かしら」

 船長席のまるは〈上喜撰〉の航宙士となったまだまだ新人が抜けきっていない青年の事を心配した。

「大丈夫じゃないですか、これまで結構、いろんな事件でトップの人間と一緒に揉まれてきましたから」

 一等航宙士の太田が笑いながら応じた。

『船長、音声通信チャンネル、オンになってますよ。わざとでしょう?』

「注意喚起してあげたのよ。船長を出して」

『了解です。阿於芽あおめ船長、まる船主からですよ』

「何か船主って言い方、しっくりこないわね」

 まるの言葉に、通信から黒猫の声で返事が来た。

『船主なんだから仕方ないだろ』

 まるはちょっと顔をしかめて返事をした。

阿於芽あおめ、あなたも船長やるんだから、少しは言動を整えましょうね」

『ヘイヘイ、船主様』

「それがいけないって言ってるんでしょ」

 まるが不平を漏らした次の瞬間、黒猫は〈コピ・ルアック〉のブリッジに現れた。彼は、「アンカー」という、空間や、特定の物や人物に対して貼り付けたマークに向かって、そのものを引き寄せたり、逆にそのものの場所に向かっての瞬間移動が可能だ。超生命体とのハイブリッドの為せる技であった。

「だって仕方ないよ、これで過ごしてきたんだし」

「こら、何勝手にこっちに来てるのよ、出航よ出航。ちゃんと自分の船の指揮を執りなさい」

 まるは黒猫の鼻先に猫パンチを繰り出す。それはクリーンヒットして、黒猫は顔を歪めて後ずさった。

「わかった、わかったよ。何で直ぐ前脚が出るかなぁ」

「そういうものでしょ? 男の子のしつけって」

「今更(しつけ)とか言われるとは思わなかったよ。とにかく降参だ、向こうで大人しく指揮を執るよ」

 黒猫は空間に吸い込まれるように消えた。

 〈上喜撰〉のブリッジでも騒ぎになっていたが、秋風が阿於芽あおめを叱りつける声が通信越しに聞こえて来てから暫くすると静かになった。

「まったくもう」

 まるがため息をつくと、〈コピ・ルアック〉のブリッジには笑いが漏れた。

「さて、渡辺君、亜空間ネットワークでの二隻の連動を確認して」

「亜空間ネットワークによる操船連動チャンネル確認」

『こちら〈上喜撰〉航法担当加藤。船のコントロールを其方にお渡しします。太田先輩よろしくお願いします』

「了解。太田君、二隻同時ワープシェル展開、目標、〈らせんの目太陽系〉向け超空間ゲート。さあ、おうちに帰りましょう」

「二隻同時ワープシェル展開。〈らせんの目太陽系〉に向けてワープします」

 虹色の繭に溶けた二つの巨大な船は、微かな軌跡を残してその場から掻き消えた。


§


 まるのビジネスパートナー土岐氏は、目の前で神経質にウロウロする三毛猫に、難しい顔をして答えた。

「まる、ちょっと落ち着きなさい」

 まるは立ち止まって土岐さんの目を見た。まるの目はエメラルドグリーンに煌めく不思議な目である。その眼にじっと見つめられると、はっと息を飲んでしまうほどだ。だが土岐さんはもう付き合いも長いせいか、そっとまなざしを受け流していった。

「幾らまるからのお願いとしても、難しいなぁ」

 まるは器用にため息をつきながらへたり込む。

「でも、必須条件らしいのよね」

「ああ、2隻以上の母船を運営する以上、それは避けて通れない。だがなぁ」

「一時的に身を寄せていたのを、正式にして貰うだけなんだけど……駄目かしら、やっぱり」

「だから、一時的に宇宙港を貸し出すのと、恒久的に母港にするのは全然話が違うんだよ」


 まると土岐氏が話し合っていたのは、まるの持ち船の母港についてだった。


 まる達の住む銀河の一角にある広大なエリア――〈大和通商圏〉には、「独立航宙船」(略して独立船ともいう)という制度が有った。

 単体で国家とほぼ同等の資格を持つ船。それが独立航宙船だと思えばよい。

 まる達の元に帰ってきた〈コピ・ルアック〉は、「独立武装貨物航宙船」という種類の独立航宙船である。自衛能力を持ち、船内に自給自足できるエコ・システムを持ち、船内で完結可能な運営システムを持つ。それが独立船に求められる要件だ。だが、これは船が単体である場合に限って適用される。

 まる達は新たに〈上喜撰〉という名前の、自己完結可能な船を手に入れた。つまり2隻の運用となるわけだ。だが、これは独立船の要件を逸脱してしまうのだ。

 だから、まる達は活動を続けるために、それより格上の「独立船団」になることを要求されていた。

 独立船団の要件には、一つだけどうしても譲れない事が有った。


 「複数の独立航宙船を持つ場合、船共通の母港が有る事により、組織全体を独立船団とする」


 ということだ。

 二つの独立航宙船にそのまま所属する、という事は出来ない。それは喩えるなら、複数の国籍を持つようなものだからだった。

 現状、まる達はこの通商圏の法律の「一時的な仮の母港を定めることが出来る」という特例を使って、土岐氏に助けられる形で、彼の船会社の一角に母港を借りていた。だが、〈コピ・ルアック〉が復帰する以上、いつまでも仮の母港で済ますことは出来なかった。


「でも土岐さん、母港なんてどうやって調達すればいいやら――」

「まる、きみのとこの法務、瀬木君は何て言っているのかね?」

「――莫大な借金になるけれど、どこからか資金を調達して小惑星なり、人造天体を手に入れろ、って」

 まるは尻尾をぶんぶんさせながら答えた。

「莫大な借金ねえ……」

「小惑星を手に入れたら、居住可能に加工しなきゃいけないし、人造天体なんてその数倍の費用が掛かるわ。小惑星ですら〈コピ・ルアック〉が10隻くらい買えるほどの費用が必要になっちゃう。今のペースでの商売をしてても到底稼ぎきれないわ。本当にどうしたらいいやら―」

「まあ、資金調達については僕も少しは手伝えると思うが、問題は物件だね」


 土岐氏がまるに対して親身なのは、土岐氏がまるの元飼い主だからであった。知性化して独立を決めたとき、後押ししたのも土岐氏。彼は、まるの事を娘のように案じていた。流石にまるも毛づくろいをして気分を誤魔化すことはせず、顎をソファの端に乗っけてだらんとした格好をしていた。


 そんな最中、まるがその体に見えないように身につけている物入れ、シークレットポーチに仕舞っていた通信機が鳴動した。

 まるがポーチの中からの呼び出しを無視してソファに寝ていると、土岐氏がやってきてその頭を軽くこつん、と小突いた。

「だって、ろくでもない予感しかしないんですもん」

「だからと言って、君の部下や知人からの連絡を無碍むげにしていいわけでもないだろう?」

「うー、はい、分かりました土岐さん」

 まるは観念してシークレットポーチから通信機を取り出すと鼻先に置いて通話を始めた。

「はいはい、こちらまる」

『ああ、船長。水入らずのところ失礼します。母港候補が見付かりました!』

 通信は秋風〈上喜撰〉副長からだった。

「えっ?」

『衛星丸々ひとつ、既に母港としての機能もあります』

「何それ、すごいじゃない。でも買うの大変そうね――」

『買うんじゃないんです。上手くすれば最小限の費用で手に入ります』

「――うまい話過ぎるわね、どういう話?」

『ああ、船長にはバレますよね。実はこれ、優勝賞品です』

「何よ。またレースか何か?」

『違います、今度はバトルトーナメントです!』

「は?」

 猫目を器用に点にして、まるは土岐さんの方を振り返った。しかし、土岐さんも困惑の表情で肩をすくめたのだった。

 

(続く)

秋風が持ってきた「バトルロイヤル」とは?

以後次回!

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