表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
65/72

第65話「まるは宇宙海賊です15:あんまり出鱈目ばっかりやってるんじゃないわよ!とまるは思った」

「まるは宇宙海賊です」の章、ついに最終話です。


(承前)


「こんな気持ちの悪い物、正直触りたくもないんだけどね」


 ブツブツと不平を漏らしながら、阿於芽あおめは肩のあたりから触手を展開し、人造ワームを覆い始めた。阿於芽あおめのこの触手は相当に出鱈目でたらめらしく、身体の働きを阻害しない場所だったら、ほぼ体中のどこからでも伸ばすことが出来るようだった。最初の内こそナノマシンの補助を必要としていたが、本来は異星人の組織の一部らしく、最初の迷い猫時間線への旅以降、好きに制御できるようになっているという。


 まるはそれを見ながら険悪な目をしていた。別に阿於芽あおめを気持ち悪く思ったり、その言動に怒っているわけではなく、体内に取り込んでしまったナノマシンチップに意識を集中しようとしている為だった。だが、阿於芽あおめはそうは思わなかったようだ。

「ごめんよ。でも不平くらい言わせてくれよ」

 彼はまるの表情を、自分に対するものだと勘違いしたようだった。まるは面倒臭そうに応える。

「あなたの事を怒ってるわけじゃないわ、ちょっと集中しているだけよ。気を散らさせないで」

「――ああ、このワームの制御は君の意識でやるんだっけか」

「ええ。〈こちら側〉の空間にいる内は私が制御するわ。向こうに行くと私の制御が切れちゃうんだけど」

「その信号を繋ぐのが、僕の触手アンカーと、秋風が作ったマシンか」

「そうね。あとはラスターが何とかしてくれるのを信じるしかないんだけど――」

 まるがチラリとラスターを見ると、まるたちを横目で見ながら自分の準備を進めていたラスターは、皮肉たっぷりの口調で応えた。

「私が信用できないなら止めて構わないさ。別にもともと、私一人で実行するつもりだったし、どうにでもしてやるさ」

「別にやらないとは言っていないわよ」

「まあ、私にはどうでも良いがな。多少楽になるのは良い事だが」


 ラスターの横柄な態度にまるは溜息をついた。だがその一瞬、まるの集中が乱れた。

 とたんにワームが不安定になった。

「どぅん!」

 ワームが不安定になり、制御外の動きをして暴れ出したため、阿於芽あおめは支えきれなくなって周りにぶつかってしまい、思わず大声を出した。

「おい、まる!」

 まるは慌てて雑念を追い払った。まるが集中すると、ワームは再び安定した。

「勘弁してくれよ……」

「ごめん。――でも、早く準備してね、私が集中力を保っているうちに」

「へいへい」


 猫たちの作業を横目で見ながら、人間の技術チーム――秋風とカーチャはこの計画の命綱、相転移時空モニターの調整を続けていた。不安定になったワームが起こした騒動に顔をしかめ、作業する手は止めずに秋風はぼやいた。

「何をやっているんだか」

 秋風のつぶやきに、微笑みながらカーチャが応える。

「彼らは彼らで最善を尽くそうとされているんではないですの?」

 秋風は肩をすくめると、作業の続きを始めた。

「次元接続エネルギーのアクチュエータ出力が不安定だな――。失礼ですが殿下、伝導系をチェックして頂けますか」

「カーチャで良いです。時空間搬送波コンジット周辺のプラズマ流に問題があるようですね。調整してみます」

 はたから見ていた神楽は、羽賀氏にこっそり聞いていた。

「二人が何語で話しているかさっぱりわからないんですけど」

「技術語……とでも言えばいいでしょうか。とにかくあそこはお二人に任せましょう。神楽さんは猫たちに持たせる装備のチェックをお願いします」

「分かりました。――お聞きしても良いですか?」

「なんでしょうか?」

「いったん長崎の街に行きましたけど、あれの意味は?」

「ああ、あれは終わってからのお楽しみという事で」


 相変わらず謎の多い羽賀の言動に、神楽は頭の中で肩をすくめた。


§


 準備が整ってからの方が厄介だとは思わなかった。

「何故我々がこんな大荷物を持たなければいけないんだ?」

 ラスターは不機嫌というより、呆れてものが言えないという口調だった。

「気密服と、万が一の時のサバイバルキットですわ」

「気密服……サバイバル……どちらも不要だ。私は記憶した場所になら一瞬で移動可能だ」

「でも、計画の段階で、ワームがつがいを始めると能力が切れるとか――」

「その時はそこの黒い奴が何とかしてくれるんだろう?」

「それはそうですけど、万が一の――」

「万が一の事なんて気にしていたら、トラック山積みの装備を持って行かなければいけない」

「そこまで極端な事じゃなくて――」

「お前たちの考えているようなチンタラした計画ではない。事は殆ど一瞬で終わる」

 秋風は頭を振りつつ、両手を緩く上げてそれを否定した。

「駄目だ、ラスター氏たちがどこに出現するかは若干の誤差がある」

「だからなんだ?」

「君たちを追跡可能な位置まで相転移時空モニターの照準を合わせるのには早くて数十秒、運が悪ければそれ以上の時間が掛かる。君が言うほど短時間でモノは終わらない」

「面倒臭いな、人間の機械は」

「状況が特殊なんだ、最低限の準備位はしていってほしい」

「ならバロンと琥瑠璃こるりの為の分だけで良い。私が能力を使うには、その装備は邪魔だ」

 さらに秋風が説得しようとしたが、まるがそれを制止しした。

「いいわ。その代り問題が起きたら、私がそちらに行く」

 まるの真剣な目を見て、目をそらしてふんっ、と鼻を鳴らしてからラスターは言った。

「――好きにするがいいさ」


 そして、おもむろに後ろ足で立ち上がると、ぴょん、と飛びながら爪で大きな円弧を描き、残りは立ったままぐるりと爪で描くと、空中に大きな円を描いた。この動きが可愛かったのでダークヒーローぶりが台無しになったのだが、本猫はさして気にもしていない感じではあった。


 円が繋がると、そこには空間がぱっくりと開いた。

「おい黒猫、人造ワームをこの穴に入れろ」

 阿於芽あおめは単に「黒猫」と言われて少しむっとした。

「僕にはちゃんと名前があるんだがね」

「ああ、すまなかった、阿於芽あおめじじい」

 じじいと言われて阿於芽あおめは傷ついた顔をしてまるを見たが、まるは人造ワームのコントロールでそれどころではないので、完全に無視した。しばらく情けない顔をしていたが、きゅっと引き締めてからワームを動かしつつ、皮肉たっぷりにラスターに返事を返した。

「年寄りは労わらないといけないよ、ラスター嬢ちゃん」

 だが、この返しはラスターに完全に流されて、余計に傷ついた阿於芽あおめだった。

 ちょっと哀れに思ったバロンが阿於芽あおめに言葉をかけた。

阿於芽あおめさん、重要な役割ありがとうございます。自分でやるつもりだった役目をあなたにかなり持っていかれて、ラスター様もいろいろ思うところが――」

「バロン、余計なことを言ってる暇があったらさっさと来い!」

 たぶん、ラスターが人間だったら赤面していたろう。

<まー素直じゃないわねえ>

 集中を崩さないように注意しながら、まるはため息をついた。


§


 ラスターたちが到着した先の異空間にいる琥瑠璃こるりは、ようやく猫らしさの出始めた程度のほんの小さな仔猫であった。その仔猫の周辺を、網目状に不気味な組織が取り囲んでいる。

阿於芽あおめじじい、人造ワームのくびきを外せ――いや、はずしてください。お嬢ちゃんからのお願いですわ」

 ラスターは皮肉を2重にかぶせてきたが、阿於芽あおめは只管ぶすっとした顔で黙々と役目を果たした。ラスターの暴言に言いたいことがなくなったわけではないのだが、触手の制御が相転移時空モニター越しの作業になるため、皮肉を返すほどの余裕はすでに無くなっていた。

 相転移時空モニター越しで苦戦していたのはまるも同じだった。

<このままじゃ安定させるだけで精いっぱいだわ――次はラスターがワームをここに連れてくる予定なのよね>

「秋風君、ラスターに音声を伝えることはできる?」

「ええまあ、どうにかこうにかっていう程度ですけど」

「繋げて」

「分かりました、やってみます」

 ほどなく通信の準備が出来た、と、秋風から連絡が来て、まるは音声ピックアップに向かって話しかけた。

「さて、漫才はそれ位にして、ワームのつがいを始めて貰えるかしら?」

『今から始めるところだ、お前こそ準備は良いのか?』

「うまく行かない、ここからじゃ安定させるので精いっぱい。だから、そっちに行くわ」

『やめておけ、生還率は――』

「あんただけ格好つけようって言うんじゃないでしょうね、生還率が低いのは分かってるわ」

『なら――』

「私だって琥瑠璃(こるり)の保護者なのよ。ちゃんとやるわ」

『お前には守るべき船が有るんだろう?』

「ええ、でも、身内ひとり守れなくて、何の船長よ」

『――好きにしろ、だが命の保証はない』

「ええ、好きにさせてもらうわ」


 まるは踵を返すと、阿於芽あおめに言った。

阿於芽あおめ、あんたも来るのよ」

「はいはい、そういう事だと思ったさ」


§


「つまり、やり方を逆にするんだな」

 まるが気密服を着るのを阿於芽あおめは手伝いながら話した。

「そう、阿於芽あおめはこっち側にもアンカーを出してもらって、退路を確保したうえで、向こうまで一気に2匹で移動する」

「オーケイ。じゃあ行くか」

「お手柔らかにね」

「はいはい、お嬢様」


 移動は一瞬だった。

 目の前には、先程の数十倍に巨大化したワームが見える。いや、向こう側から見たスケール的にはむしろ縮小しているのかもしれないが、ここに居る限り、人造ワームは視界を覆い尽くすほどの大きさになっている。

「うわぁ、こんなの暴れ出したら私で止められるのかしら」

 ラスターはまるの言葉を聞いて目を細めた。

「何をヘタれたことを――。って、気密服なんぞ着て来たのか、本当にヘタレだな」

五月蠅うるさいわね、私は肉体的にはただの猫なのよ」

「――まあいい、(つがい)を始めるぞ」

 ラスターはいきなり自分の首筋を爪先で切りつけた。

「ちょっと! いきなり自殺なんて――」

「慌てるな。切ったのは私の体じゃない」

 見ると、ラスターが切りつけた所からは半透明の塊が出てきつつあった。

「――何それ……」

「これは、私に巣食っていたワームの一部……さ。私の、パワーの源でもある――」

 ラスターは明らかに辛そうな声で言った。

「パワーを失うって、そういう事……でもそれじゃ、(つがい)が始まった時には、あなたは帰れないんじゃ――」

「――大丈夫だ、奴が完全に、私から分離するまで……は、パワーが使える」

 ラスターから出た半透明の塊は、琥瑠璃(こるり)を覆う組織と合体を始め、組織は琥瑠璃こるりの体から剥がれ始めた。

(つがい)……になる前に、奴は、私と琥瑠璃(こるり)に残し、ておいた身体を、回収――」

「回収して、ワームを再構成しようとするのね」

「――ああ」

 琥瑠璃こるりは、ワームから完全に解放され、漂い始めた。阿於芽あおめはその体が遠くに流れて行かない様に触手を伸ばして掴むと、バロンに叫んだ。

「バロン頼む!」

 阿於芽あおめに言われるまでも無く、バロンは仔猫用の機密カプセルを持って向かうと、琥瑠璃こるりの体を捉え、収納した。

 琥瑠璃こるりの奪回を確認したまるは、ラスターに向けて叫んだ。

「ラスター、あなたも!」

「いや、まだだ! 奴と繋がっている間に、奴が人造ワームに向かうように仕向ける」

「あなたが脱出するタイミングが――」

「私の事は構うな! 奴を倒す唯一のタイミングなんだ!」

 ラスターの気迫に押され、まるはそれ以上の言葉を失った。

 ワームはラスターに促されるままなのか、巨大に膨れ上がった人造ワームに近付いて行き、その体を人造ワームに合わせて肥大化させていった。

「――見ろ、2匹のワームが光り出した」

 阿於芽あおめが行ったが、ことさら指摘されるまでも無く、2匹のワームは眩しい位の光を放ち始めていた。

「よし、もう――これで奴は(つが)う。――何をしている、私を置いて、皆退去しろ」

「なんでよ?」

「こいつが完全に番うまでは、私は離れられない」

「じゃ、私らも動く気は無いわ、バロン、先に琥瑠璃(こるり)を連れて外へ」

「私もラスター様を待ちます」

「あらあ、困ったわねえ。あなたが来ないと琥瑠璃(こるり)は助けられないわ」

「――ま・る! ふざけるな!」

「言ったでしょ、私は大真面目よ」

 話している瞬間、ラスターの体から光り輝くワームと繋がっていた糸のような組織が抜けきった。

「あ……」

 それだけ言うと、ラスターは気を失った。

「よし、阿於芽(あおめ)! 全員連れて、尻尾巻いて退去よ!」

「猫使いの荒い船長さんだなぁ」

 だが、阿於芽あおめがアンカーを引こうとするが、うまく行かない。

「いかん、相転移時空モニターでこじ開けた空間が狭い! 全員を連れたままアンカーで抜け出すのは無理だ――」

「じゃあ先に琥瑠璃こるりとバロンとラスターを!」

「今やってる。でもそれやっちゃうと、向こうへのアンカーが無くなるよ?」

「仕方ないわ、とにかくやって!」

「了解」

「船長、それは――」

 慌てるバロンに対して、まるは平然と答えた。

「大丈夫、私ら二人だったら、なんとでもなるわ」

 そして、3匹を送り出すと、相転移時空モニターからの通路は閉じた。

「無茶をやるなぁ、まる」

「お互いさまよ」

 2匹の猫は、光りながらうねるワームを見ながら、空間を漂っていた。


§


「船長は? まる船長が帰ってきていない!」

「秋風、狼狽えないで」

 帰ってきた猫が3匹だけだと知って、秋風は真っ青になっていた。カーチャがなだめても、オロオロと狼狽し続けている。

 ラスターは気を失ったままだ。

 バロンは憔悴しきっている。

 ただ、バロンが持ってきたカプセルだけは盛んに内側から「コン! コン!」という音がしている。

「バロン、カプセルを開けてください」

 羽賀氏が促すと、はっと気を取り直してバロンはカプセルを開けた。中からは小さな茶虎猫が出てくる。

琥瑠璃こるりさん、ですね」

 茶虎猫は、元気よく首を縦に降る。そして、辺りを見回していたが、欲しいものが見つからずにどうしよう、と言う表情をした。

 それを見ていたカーチャは、はっとしてヘアピンを取り出すと、カーチャの耳に軽く乗せ、それからコンソールを取り出すとカチャカチャと何か操作をした。

「まる船長の機械ほど、うまく出来ていないと思いますが――」

「あー、えー、うん。ありがとうございます、ええと――」

 ヘアピンは即興で、まるのヘッドセットの簡易版のような働きをするモノになったようだった。

「初めまして、琥瑠璃こるりさん、私はエカチェリーナ、カーチャと呼んでください。まる船長にヘッドセットを見せてもらった時に、機能をざっと調べてましたの。不便はないですか?」

「有難うございますカーチャ。問題なく使えている様です」

「そう、よかった」

「早速ですが、まる船長と阿於芽あおめさんをサルベージする方法が有ります」

 秋風がすっ飛んできて、カーチャの前脚を握った。

琥瑠璃(こるり)! どうするんだ!?」

「秋風さん、痛いです。それより、中の空間はモニターできますか?」

「ああ、まだ何とか」

「では2匹を捕捉してください。阿於芽あおめさんに連絡が取れるように――」

「分かった。カーチャ、手伝ってください」

 人間2人は相転移時空モニターを操作して、まると阿於芽あおめを探した。


§


「ねえ阿於芽あおめ、一つ聞いていい?」

「遠まわしに言わなくても、だいたい言いたいことは分かるよ」

「なら良かった。あのね――」


 2匹の猫が会話している前では、ワームと人造ワームがだんだんとその境界を無くし始めていた。

「これって、そろそろヤバい状況じゃない?」

「ああ、すごくヤバいと思う。どれくらいになったら人造ワームを自爆させればいいとか聞いてないしな」

「自爆させるとき、この距離に居たら私たちどうなるかしら」

「さあ、空間事きれいさっぱり消えちゃうんじゃないかな」

「まあ素敵」

「だねえ。こんな形で君と一緒に最期を迎えるとか、中々感慨深いけど、出来れば遠慮したいね」

「私も」


 2匹が間の抜けた会話をしていた丁度その時、通信が来た。

阿於芽あおめ!』

「待ってたよ秋風君」

『今、琥瑠璃こるりが指示してくれている。ちょっと変わる、出来ればそちらもまるを通信に出してくれ』

「了解。まる、このピックアップをヘッドセットに繋いでくれ」

「繋いだわ」

『まる船長、お久しぶりです』

琥瑠璃こるり? 無事なの?」

『ええ。最後にワームに襲われてからの記憶がないんですけど』

「――それって、以前の琥瑠璃こるりの記憶じゃない。じゃあ、その後の記憶は?」

『多分バックアップが有るらしいから何とかなる、って秋風さんが。今はそれどころじゃないです。ワームの状態は?』

「融合しつつあるみたいね」

『完全に融合してしまうと手遅れになります。遅延自爆は可能ですか?』

「ええ、30秒内のタイマーが設定できるわ」

『では今すぐ30秒にセットして、この回線を経由して阿於芽あおめさんにアンカーを』

「残念だが、既にそちらへのアンカーは使ってしまって――ああ、そういう事か」

『ええ、お二人は私へのアンカーを使って脱出してください』

「ちょっと、二人で何話してるの?」

「相転移時空モニター越しのアンカーが残っていた。琥瑠璃こるりを回収した時の奴だ。脱出できるよ」

『じゃあ、船長、阿於芽あおめさん、再開をお待ちしています』

「オッケー。まる、行くよ」

 阿於芽あおめは手から触手を伸ばすと、まるを抱きとめた。

「あ、ちょっと」

「良いから僕に任せて」

 次の瞬間、2匹はその場から消えた。

 光り輝くワームは殆ど一体と化そうとしていた。その刹那。まるがセットした人造ワームの自爆が作動した。空間は一気に縮小し、それから放散するように爆発した。


§


「駄目だ、船長と阿於芽あおめ、2匹が戻らない――」

 秋風はがっくりと肩を落としていた。友人2人を無くしたと思えば、当然の反応と言えた。

 だが、その秋風の方をガシッと掴んで揺さぶる人がいた。

「秋風! あなたは友人を信じられないんですか?!」

「カーチャ……だが、戻ってきていない以上、もう――」

阿於芽あおめ出鱈目でたらめな生き物だ、あなたはそう言っていませんでしたか? 奇跡の生還をした船長がこの程度の事で命を落とすと?」

「状況が違う。この事態は、未知数だ――」

 すると、黙って目をつぶって座っていた羽賀氏が目を開けた。

「秋風さん」

 羽賀氏に声を掛けられた秋風は、泣き濡れた顔を上げて羽賀氏を凝視した。

阿於芽あおめの体の半身は、私の半身から分離したものです。半身同士は、物理現象では説明できない方法で繋がっています。阿於芽あおめが死ねば、私の半身にも何らかの変化はある筈なのです」

「つまり、それって――」

阿於芽あおめは生きています。恐らくワームを自爆させた影響で、予測外の所に飛ばされている可能性が有りますが」

「一体どこに……」

 はっと気が付いたように、秋風は相転移時空モニターに向かう。そこにはもう何も映っていない。

阿於芽あおめはこれの信号を伝って、アンカーを伸ばして帰ろうとしていたんだ」

<考えろ、考えるんだ秋風高志! 阿於芽あおめの奴なら、船長なら、もし生き延びようとするなら――>


§


 まるは生きていた。

 ワームを自爆させた衝撃は、時空間を移動中のまるたちにも届いていた。阿於芽の異星人である部分が反応しなかったら、二匹の命はなかっただろう。

 だが阿於芽あおめは、通常の猫なら間違いなく死んでいる状態であり、もしその状態で生きているなら、ある種の奇跡といえた。

「なに……よ、これ――」

 阿於芽あおめは、分厚い樹脂の壁のように触手を展開すると、自らの体をそこに塗り込めるように引き伸ばし、まるを守るシェルターになっていた。

阿於芽あおめ! 阿於芽あおめ!」

 まるの呼びかけに阿於芽あおめは答えなかった。

「なんであんたはそう無茶ばっかり……最期まで……無茶して……」

 羽賀氏の結論など、もちろんまるには知る由もない。

 そして、まるの背後から、何かが忍び寄ってきていたが、まるは気付いている様子もなかった。

 忍び寄っているのは小さな、人間の握りこぶしよりちょっと大きいくらいのプクプクとした肉塊だった。肉塊には目玉が一つ。普通なら不気味なはずのデザインなのだが、妙に愛嬌がある。

 ちょい、ちょい。

 肉塊はまるをつついた。

 まるは驚きのあまり、見事に1mくらい宙に舞った。

 全身の毛を逆立てて自分をつついたものを見据える。

「なにこの不気味可愛い――」

 自分で言って、まるは思い出した。

 かつて迷い猫時間線で緊急避難した空間にいた謎の生き物だ。そしてその生き物には、細い――。

「あったわ」

 生き物には、細いコードのようなものが繋がっていて、それは壁の孔に向かって消えていた。まるは夢中でその穴に向かって飛び込んだ。


§


 秋風は、その存在を捉えた。

「いた!」

 意識のないラスターと、瞑想するように座っている羽賀氏を除く全員が、彼のもとに駆け寄る。

「どうなってる?」

「えらく予想外の場所にいるらしい」

「どこよ」

「――東京だ」

 話を聞いてとっさにバロンが動いた。猫用の操縦席を起動すると、〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉を、遮蔽装置を動作させたままで浮上させ、コンソールを操作して座標を入力する。

「バロン、細かい座標だ。35°43'58.2"N 139°39……」

 秋風が細かい座標を支持すると、バロンはそれを入力する。

「ここは……」

「練馬という場所らしい。この付近には、確か以前、阿於芽あおめの秘密の隠れ家があったんだ」


 通常エンジンで数秒。それが長崎から東京への距離だった。

「でも何でこんな所に」

 神楽の質問に、秋風は頭を振りながら答える。

「さあ、あの猫のやる事は分かりません。――まあ、仮設は立ちますけどね」

「どういう事です?」

「恐らくは、向こうの時空から抜ける最後の刹那に、ワームの爆発の余波を受けたんじゃないでしょうかね。でも、その時にはこちらの時空のアンカーを使えるようになっていたから、とっさに選んだ場所が東京だった。と」

 納得してるようなしてないような神楽をよそに、操縦席のバロンが尋ねてきた。

「下降場所はどうしましょうか?」

「んー、待って、調べるわ」

 神楽は熱センサーで近隣で人が少ない場所を探した。

「城北中央公園、か。例の隠れ家にはちょっと遠いけど、ここが良いかな」

 秋風が横から覗きこんで端末を操作する。

「ふむ、地図に依れば電車が通じていますし、問題なさそうですね」

「――電車って何?」

「ああ、この時代の固定カ所を結ぶ交通機関ですよ。そう言えば〈大和通商圏〉では見たことないですね」

「へえ、秋風さんお詳しいんですね」

 カーチャも話題に入ってきた。秋風はちょっと赤くなりながら返答する。

「ええと、この世界で暫く暮した事が有りますから。少しは」

 すると、羽賀がいつの間にかモニターを覗き込みながら言った。

「猫と私で待機していますから、神楽さん、カーチャさんと秋風君の3人で迎えに行ってください」

 そう言いながら、二匹の猫に渡すモバイルコントローラを秋風に手渡した。

「分かりました。では後を宜しくお願いします」


§


 黒猫は、もうどうでもいいという顔で、死んだように和室の畳の上に大の字になっていた。

阿於芽あおめ……生きてる?」

 まるは恐る恐る聞く。

 まるを覆っていたからに塗り込めらていた阿於芽あおめは一体なんだったのかとも気になったが、取り敢えず目の前に転がっているのは五体満足の彼だった。胸は静かに上下している。

<よかった、生きてるみたい>

「ギリギリすぎるんだよ。何でもう少し余裕を持たないかな」

「私の所為じゃないわよ、琥瑠璃こるりが――」

「はいそこ、仔猫の所為にしない。自分の裁量である程度余裕もつことだって出来たろ?」

「それはそうだけどさ」

「おかげで僕は体を一つ駄目にする羽目になったよ。この技はあんまり多用できないんだから……」

「何あんた、猫の癖に脱皮でもしたの?」

「脱皮は酷いな……。身体につぎ込んだ色んなもの全部チャラになるんだからね。また延命薬物エリクシアのインプラントをお願いしないといけなくなるし、その他もいろいろ――」

 まるは阿於芽あおめの額を舐めた。

「――それでも、生きててくれた」

「もう、毎回ダメかと思っているさ」


 もしかしたらいい雰囲気になりそうだったその瞬間、ドアベルが鳴った。まるは顔をしかめて身構えた。

「新聞の勧誘? 宗教?」

「馬鹿なこと言ってないでインターホンに出なよ。多分お迎えだ」

 まるはインターホンの下にある台に飛び乗ると、受話器を咥えて下ろし、話した。

「はい、どなたでしょう」

「――船長!」

「あら、秋風君。早かったじゃない。ドアを開けたいんだけど、今阿於芽あおめがへばってて――」

「だったら、ドアの郵便受けを見てください」

 がこん、という音で何か郵便受けに入ったのは分かった。

「秋風君、ドアを開けるのと郵便受けを開けるのだと、多少はこっちが簡単だけど、それでも面倒なのよ……」

 ブツブツ言いながら、まるは同にはドアの郵便受けを開くと、モバイルコントローラを操作した。

「ちょっとお、秋風君。これ私のじゃないわ」

 ドアを開けながらパンク青年がしなを作っていた。

「え。あわわわわ、間違えました。こっちが船長のか」

「もう面倒くさいからこのままいきましょ、阿於芽あおめにそれ着せてくるわ」


「なあまる」

「何かな、阿於芽あおめちゃん」

「これって何の羞恥プレイだよ」

「知らないわね、秋風君に言ってよ」

 阿於芽ちゃんと呼ばれたのは、マルティナ装備を着せられた阿於芽あおめ。下腹腔内にある猫用スペースは、まる用なので、雄の阿於芽あおめには若干狭苦しかった。

 だがしかし、それよりも何よりも、人間の女性の格好をさせられているというのが不思議な感じで恥辱だったらしい。

「今羽賀さんと通信が通じています」

 そう言いながら神楽は小さな通信機をまるに渡す。

「まるです」

 そう言いながら通信機に話しかけるパンク青年に、羽賀は何の違和感も感じていない様子で喋り出した。

「ラスターさんの意識が戻りました」

「そう、良かった。これで全員が無事――」

「あんまり無事ともいえません。とにかく早く帰ってきてください」

 まるは羽賀の言葉からくる不安に、急ぎ足で電車の改札を抜けた。


§


「ふぎゃああおうぅ」

 顔面に恐怖の色を浮かべながら、バロンを引っ掻こうとするラスター。

 まる達が戻ってきていきなり見た光景がそれだった。

「なにこれ」

「ラスターさんですよ」

「それは見ればわかるけど……ねえ、ラスター。私が分かる?」

 まるは阿於芽あおめ用のパンクロッカー青年の姿のまま、少し前に出てみた。

「ふぁああああああああ!」

 全身の毛を逆立て、ラスターは毛玉になった。

 バロンは途方に暮れた表情でまるを見た。

「ラスター様は一体……」

「多分、推測だけれど、ラスターの知性はワームであった部分が支えていたんじゃないかと思うわ」

「じゃあ、ワームの(つがい)を作るためにラスター様は――」

「自分の知性の源を差し出しちゃったんでしょうね」

「元には戻らないのでしょうか」

 バロンは羽賀の方を向いた。

 羽賀は静かにかぶりを振った。

「彼女が、あの彼女であった部分は失われました」

「そんな……」

 まるは溜息をついた。

<確かに全員生きてはいる。でも、ラスターの人格が失われてしまったら、それは彼女を生かしたことになるのかしら>

「まるさん」

 羽賀がまるの顔(正確には人型プローブの顔面だが)を覗き込んでいるのを見て、まるは慌てた。

「あわわわ、何かしら羽賀さん」

「取り敢えず、間違ってるプローブを取り換えましょう」

「そ、そうね」

 まると阿於芽あおめはプローブを取り換えた。

「じゃあ。バロンさんはこれを。そっちのラスターさんにはこれを」

 羽賀さんはてきぱきと猫にモバイルコントローラを配って行く。

「ちょっと羽賀さん、ラスターはもう……」

「あ、そうでしたね、忘れていました。じゃあこれを」

 羽賀は何か銀色の小粒を取り出したかと思うと、ラスターの頭に貼り付けた。小粒は見る間に吸い込まれて消えた。

「あれって一体……」

「まるさんは先日、ワームの鍵としてナノマシンを仕込まれましたよね。あれをちょっと応用させて頂きました」

 そう言いながら羽賀は、同じような銅色の小粒を取り出すと琥瑠璃こるりの頭にも貼り付けて、彼女にもモバイルコントローラを渡す。

「まるさんの様なエンハンス・スチップは含まれていませんから、その分は後日自分で何とかしてもらうとして――」

 不意にきょとんとした顔になったラスターに、羽賀はまるのに良く似たヘッドセットを被せると、顔を近づけた。

「ご気分は如何ですか、ラスターさん」

 言われてラスターはいきなり、不快さを爆発させた顔になる。

「何を馬鹿な事を言ってるんだ、さっさと琥瑠璃こるりを助けに……え?」

 自分を見たラスターを見て、琥瑠璃こるりも当惑する。

「えっと……伯母様?」

「何が一体どうなってる?!」

<それはこっちが言いたい台詞だわ>

「ラスターさんは最後に出かける直前までの記憶。琥瑠璃こるりさんは28世紀で過ごした記憶。其々補てんしました」

 羽賀が平然とした口調で告げたのを聞き、まるは溜息をついた。

「取り敢えず、生還を祝して食事にしましょう。先日の卓袱料理しっぽくりょうりのお店に予約が入れてあるんですよ。人間9人分でね」

 羽賀はそのいつもは無表情な顔に、満面の笑顔を湛えた。

<いつかこの人をぎゃふん、って言わせたいわね>

 まるはちょっとそう思った。


§


 私掠航宙船〈上喜撰〉のブリッジ。戻って来たまるを、ラファエル副長は笑顔で迎えた。

「で、親権の問題はどうなりました?」

「大丈夫、私が琥瑠璃こるりの親って事になったわ」

 まるは人間用の船長席をポップアップさせると、その上に大の字になった。琥瑠璃こるりの親権裁判の為に、まるはマルティナ装備を身に着けていた。

琥瑠璃こるりちゃんは、昔の記憶も、今の記憶もあるんですよね」

「ええ、航宙船乗りの資格もあるわ。でもまだ、肉体年齢がねえ」

「ラスターはどうするんですか?」

「〈欧蘭通商圏〉への負債は、羽賀氏が全部チャラにしたそうだし、〈デンドロバテス〉は彼女の物よ。改めて知性化用のインプラントも入れたそうだし、航宙腺の船長でやっていくつもりらしいわ」

「だからと言って、欧蘭では活動しにくいのでは?」

「ええ、たくさん物を壊したりしたしね……だから、後見人の元で、仕事をすることにしたらしいわよ」

「後見人?」

「織田さんよ。何を思ったか、彼女とバロン、それにクローンたちも引き取るらしいわ」

「はああ」

「それより、うちにもビッグニュースが来たわ」

「なんでしょう?」

「〈コピ・ルアック(我が家)〉が帰ってくるのよ!」


 長い時間を経て、様々な冒険もしたが、彼女らはようやく、家に帰る事が出来そうだった。


今回、周りのデタラメに終始踊らされたまるでした。

彼女もそろそろ、堪忍袋の緒が切れそうです。


ということで次回より新展開。

まるの世界に人型巨大ロボット!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ