第63話「まるは宇宙海賊です15:長崎まで航宙船(ふね)に乗って」
突然攻撃を受けた私掠航宙船〈上喜撰〉。
彼らはどうなるのか。そして、「迷い猫時間線」での21世紀での旅は?
クライマックス直前。
(承前)
船体を揺るがしたのは間違いなく攻撃。でも、どこから来た攻撃か?
まるはすぐに端末まで走ると、状況を調べた。
「有体弾か――発射位置と弾道方向は――不明?」
敵がどこから撃って来たかは、弾道解析でも判明しなかった。
「躑躅森の使った方法とは違うようね、空間歪曲か……」
強力な有体弾となると重核子砲の可能性が高い。高エネルギービームを曲げる攻撃は、流石にあまり聞かない。
船の被害は幸い深刻というほどではないが、かなりの広範囲でダメージを負っている。
「こんな重要な時に――」
「こんな重要な時だから、だろうさ」
憤るまるに、皮肉を言うラスターだったが、その顔にも苦渋の色が見て取れる。
「デンドロバデスに戻って攻撃を――」
バロンはそう言ったが、ラスターは首を横に振った。
「撤退させる」
「ラスター様!」
「今は優先事項がある。まる!」
「わかってる!」
まるも〈上喜撰〉を守りたいが、琥瑠璃も心配だ。
『船長、船は我々が守ります!』
ボーテ砲術長の声だ。
「そうです、我々に任せて、まるさんは出発してください」
ラファエル副長は静かにまるの頭に手を置いた。
「ラファエル――」
まるは目を閉じ、それからくるりと振り返って、〈渡会雁金・改2〉を見た。
「すぐに出発よ! 〈上喜撰〉は戦闘用フィールド展開のまま撤退。無理はしないで」
その場の全員が頷く。
未知の敵は気になるが、今は二つの事柄を同時に相手に出来るような余裕は、彼らにはなかった。
§
〈渡会雁金・改2〉は、〈上喜撰〉から発信して離れた。
「有体ビーム捕捉。到達まで5秒! 敵の狙いはこの船か」
「次元時空エンジン起動!」
まるは次元時空エンジンを羽賀氏のセッティングで起動した。過去への旅とは違う動作をして、〈渡会雁金・改2〉は瞬時に掻き消えた。敵の攻撃は虚空を抜け、空しく飛んでいった。
気が付くと、外部ビューワには森が写っていた。季節は冬の様で、一部の木々は落葉していた。
「どこだ、ここは……」
阿於芽は頭を振り振り座席のパネルを操作する。
「『迷い猫時間線』、2015年10月、場所は――」
「どこ?」
「場所は、長崎県長崎市、稲佐山中腹。らしい」
「――何処よそれ――」
「さあ?」
長崎と言えばにゃんたの故郷で、琥瑠璃の故郷。つまりはラスターの故郷でもある。
以前まる達は、長崎市から南西に少し行ったところにある無人島「端島」――通称「軍艦島」に集結したことがあった。その後、考えの纏まらないまるだけが抜けだして長崎市内を放浪した際に、見つけて野良犬から保護したのが、まだ赤ん坊の頃の「琥瑠璃」だった。
「随分と皮肉な場所に連れてこられたもんだ」
ラスターは吐き捨てるように言うと、羽賀を睨んだ。
「あなたにはお分かりだと思いますが。ここが重要な場所だという事が」
まるは猫が舌打ちする音を初めて聞いた。
「羽賀さん、ここは一体――」
だが質問はラスターに遮られた。
「ここは――、ここは、名もない野良どもの生まれた場所さ。琥瑠璃の母と私の。な」
§
稲佐山に何かがあるにしても、いったんは落ち着き先を作った方が良い。という羽賀氏の勧めもあり、彼らは一旦琥瑠璃とワームを置いて、山を下る事にした。
林の中から降りるために、せっかくドレスを持ってきていた女性二人組も、予め用意されていた汚れても構わない服装――この時代でいう処の「ジャージ」というものらしい――に着替えさせられていた。
公女殿下はむしろ、この状況を愉しんでいたが、神楽は不満たらたらであった。
「汚いし藪は痛いし、こんなの話しに聞いてないんだけど」
「あら? 私は危険な場所に行くって言ったはずだけど」
まるは軽くいなす。
「秋風君、確か阿於芽の資金を換金したこの時代のお金があったわね」
「ええ、用意してます」
「地図を確認したんだけど、バス停があるの。歩いて歩けない距離ではないけど――」
「ちょっと待て、私とバロンは――」
「もちろん、人間の姿をしてもらいます。「しゃぶらん」、猫4匹をロック、人型プローブ展開」
『了解』
4匹の周りを靄の様なものが覆ったと思うと、ざざーっと人型を形作って行った。
まるはいつものマルティナ、阿於芽はパンクロッカー風。までは良かった。残す2人は、ラスターは阿於芽とペアみたいな若い女パンク、バロンはスーツをラフに着崩したサラリーマン――吉田のスタイリッシュ着崩し版という風情であった。
「手まわしが良すぎるだろう」
ラスターか胡散臭そうに言うと、まるは肩をすくめた。
「私掠船稼業を始める時に、強面で攻めるのもありだろうって秋風くんと阿於芽が遊び半分で作ってくれていたのよ。バロンのはラマルク用に作ってたやつ」
「私は別に不服はございません。ただ――この感覚は新鮮で、慣れるのに時間が必要な様です」
バロンは興味津々で自分をあちこちと見回している。人型プローブはバージョンを重ね、最近は神経接続がデフォルトだから、猫のままの感覚で動くだけで、人の動きに反映される。
「あまりゆっくりもしていられないわ。下山して宿を探しましょう。秋風君、女性二人のエスコートをお願い」
「了解しました。さあ、お嬢様方、どうぞ」
にが笑いを浮かべる神楽に比べて、はるかにお嬢様のはずのカーチャが自然に秋風に接していた。公女の公女たる教育の賜物もあるだろうが、同じ技術者としての信頼もあるのかと思えた。いやそれだけか?
<あるいはこの子、割と悪趣味なのかも>
まるはカーチャが秋風を見る目に、同じ技術者の先達への尊敬以上のものがあるような、そんな気がしていた。
いったん茂みを抜けてしまえば、そこは舗装された道だった。車の往来もそこそこある。
「街まで交通機関を使う?」
まるが聞くと、阿於芽は無言で指を立てた手を振った。乗用車タイプの車のうえに、奇妙なランプがついた車両が止まる。阿於芽はにやりと笑いながらまるに紙幣を一枚渡し、こともなげに言った。
「秋風と僕と殿下、それに神楽社長はこちらへ、残りはまるに頼むわ」
「あんた何仕切って――」
まるは抗議しかけたが、運転手が露骨に嫌な顔をして
「なに、トラブル? そういうのは困るんだけどね」
と言ってきたので口をつぐんだ。
「じゃあ、長崎駅前まで。まる達もそこで」
と、運転手とまるに行き先を告げると、車に乗り込んだ。車は、4人を詰め込んだ後、何やら阿於芽と秋風が女性二人にレクチャーしていたが、問題が解決したらしく、静かに発進した。
「相変わらず勝手なんだから――」
まるがむくれていると、羽賀が助け舟を出す。
「それは猫の本性に忠実、ということなのでは?」
「そうかもしれないけど――、そうかもしれないけどなんだか納得がいかないわ」
「それより、我々も車を捕まえないと。確か天井にランプをつけた車ですよ」
彼らがしばらく行きかう車を見ていると、それは来た。天井にやけに横長の赤と青のランプを装着して、車両全体は地味な白黒。まるは思わず手を振って、しばらくして自分の間違いに気が付いたが、もうどうにもならなかった。近づいてきた車両の横には「長崎県警」の文字があったからだ。
§
警察の目から見た4人はこうだ。必死で呼びとめるプラチナブロンドの女性と、アジア系国籍不明の長身の男性に、安っぽいロックバンドっぽい女性、それにサラリーマン。
「用も無かとにパトカーば止められたりしたら、こっちも困るとばい」(用も無いのにパトカーを止めたら、こっちも困るんだよね)
そうはいったものの、現在特に緊急事態でもない。まあ、大目に見ようとは思ったが、疑問の方が先に出た。
「どがんでもよかばってんが、あんたら、どぎゃん集まりね?」(どうでもいいけど、あなた達は、どんな集まりなんだね?)
これには羽賀が機転を利かせた。
「あー、国際親善? の親睦会で、良く分からないうちにバスを降りたら、迷子になりました」
羽賀は流暢な日本語をしゃべるのだが、この時は何となく片言で喋った。
まるもこれに合わせて、微妙な片言を喋る。
「Oh! あいむそーりー。パトロールカー。分からない。ゴメンナサイ」
隣に居たラスターが噴き出しそうになったので、腹を小突いた。もちろん、中の本体直撃である。
「あつっ」
思わず声を上げたラスターを、警官がいぶかしげに見る。そこはバロンが機転を利かせる。
「彼女、あれで――ちょっと重いんです」
「ああ、女ん人の。そいは災難たい」(ああ、女性の。それは災難ですね)
「そうなんですよ、長距離歩かせるのは難しくて――」
その話を聞いて、警官は意を決した。
「そがんとやったら、よかばい。こいも何かの縁やけんが、4人とも乗りんしゃい。町まで送ってやるばい。おいは別の移動――パトカー呼んで乗ってくけんが」(それなら良いよ。これも何かの縁だから、4人とも乗りなさい。町まで送ってあげよう。俺は別のパトカーで乗っていくから)
「Oh! アリガトゴザマス!」
まる、悪ノリである。
助手席に羽賀、他の3人(実体は3匹)は後ろに乗ると、行き先は長崎駅と伝えた。
去りゆくパトカーを見送りながら、警官はちょっと心に引っかかっていた。
「あん外人さんたち、おいの酷か長崎訛りば全然気にしよらっさんやったねえ――」(あの外人さんたち、俺のひどい長崎訛りを全然気にしてなかったなあ――)
§
長崎の訛りについて言えば、まるは前回の「迷い猫時間線」遭難時に、学習装置で習得済みだった。ラスターはもともとこの土地出身であり、虫が刷り込んだ人語のサンプルには豊富に長崎弁の知識があった。クローンであるバロンの基礎知識もそこから来ている。
羽賀氏に関していえば……まあ、この人は何でもアリだから放っておこう。
長崎駅前に着いて、一行は送ってもらったパトカーから降り、警官に礼を言うと駅に向かった。
目の良い出鱈目生物が一人、この顛末を見ていた。普通の猫は20mも離れればロクに見えないが、阿於芽は超生命体の補正で1km先の針まで見える。
「まる、お前たち一体、何をやったんだ?」
阿於芽の突っ込みに、まるは苦笑いをしながら答えた。
「怪我の功名って奴かしらね。――神楽とカーチャの姿が見えない様だけど」
「ああ、二人でお土産屋」
<やっぱり観光気分で来てるわ、あの二人>
話していると、丁度二人が帰ってきた。手にはガイドブックらしき本。
「駅前の予約なしで入れるまともなホテルを聞いて来たわ。行き方もメモした」
<あら、案外遊んでるわけじゃないのね>
「あー、まる。その顔は、私たちが観光気分で遊んでるとでも思ったでしょ」
<ぎく>
「そんな事は無いわよ? ちょっと心配したけど――」
「安心して、緊張感は持っているから」
一行は駅前から路面電車に乗って、繁華街である浜町方面のホテルへと向かった。流石お嬢様が選んだホテルだけ有って、高級感がある。ただし、部屋は狭かった。
部屋割りはツイン4部屋。
秋風、阿於芽組、
まる、羽賀組、
神楽、カーチャ組、
ラスター、バロン組である。
宿帳への記入内容は、移動前に即興で決めていた。確認を取られる可能性を考慮して、住所と偽名については、東京に出来ていた知人、及び、にゃんた=出口さんの実家に連絡を取ってお願いした。人間組は本名を使っていたが、猫組は全員偽名となった。
結果、阿於芽は青山九郎。まるはいつものようにマルティナ(苗字はガッティ、イタリア語の「猫=ガット」をもじったもの)。ラスターは元が錆猫だから錆谷小春。バロンは牛柄のぶちなので牛島武男。と適当に名前を付けた。
「ねえ、まる。ラスターとバロンだけにしておいて大丈夫かしら?」
神楽は少し心配そうに聞いてきた。
「大丈夫でしょ。目的はこの時代・この場所にアレを持ってくることだったわけだし」
「抜け駆けした挙句に失敗。なんて」
「その点は、阿於芽と羽賀さんが見てるわ」
勿論、羽賀氏は2人への警戒は完全には解いていなかったし、秋風と阿於芽がいなければ、琥瑠璃や人造ワームを運ぶことは出来ない。
「琥瑠璃は全体を停滞フィールドで覆ってあるから、まだ時間的な余裕はあるし。今晩は対策を話し合うわ」
「まあ、まるの云う事を信じましょ」
実際のところ、まるに不安が無いと言えば真っ赤な嘘になる。彼女自身が今現在のこの状態のすべてに対して、何の確証も持っていないのだ。
夕食は卓袱料理の店で、個室を借りて行った。
尾ひれという吸い物を頂くと、刺身などのコース料理が始まった。資金提供の阿於芽に言わせれば「まあ高いは高いけれど、大したことはない」値段だったらしい。
食事をしながら、ぽつぽつと話が出る。やがて、まるは意を決した。
「ラスターは、ワームを手に入れたら何をするつもりだったの?」
まるはそのものズバリを躊躇なく聞いた。
「再融合と分離だ」
「再融合?」
「琥瑠璃の中に居るワームがいつ『孵化』するかは全くの不明だったが、『孵化』すれば、自動的にここへの通路を開けるようになることは、奴に改造された私の体自身が教えてくれていた」
「孵化したワームを抱えた琥瑠璃と、人造ワームを融合させて、琥瑠璃を分離……?」
「ことはそんなに単純ではない。それでは、ここに来る意味が分からないだろう?」
ここまで言ってラスターは、運ばれてきたハトシという名前の、パンに海老のすり身を挟んであげた料理を齧った。
まるは東坡煮という豚の角煮を食べつつ、首をひねっていた。料理は甘辛く、まるの味覚は痺れそうであった。
「この土地とワームに、何か関係がある――って言う話?」
切り分けたミートパイ……バスティというらしい、を食べ始めた秋風が同意の声を漏らす。
「納得できる話ではある。琥瑠璃さんに取りついている、というか同化しているワームは、琥瑠璃さんがもともと持っていた時空特性に引きずられる」
「そうだ。琥瑠璃はこの繁華街で生まれた。奴はそれに引きずられかけている。だがそれだけではない」
ラスターが言いきったところで、大鉢に盛られた野菜料理がやって来る。それをまると神楽が取り分け、皆が黙々と食べた。
先程から味の濃い料理や脂っこい料理ばかりが続いて、ラスターは思わず顔を洗いたくなった。だが相当する動きが無いため、ラスターとバロンの入っているプローブのモバイルユニットは躊躇した。まるの装着しているマルティナに比べて低機能なそれが出した結論は、猫の動きをそのまま翻案することだった。
2人は腕を舐めて、それで顔を拭おうとした。
どうせ個室だし。と思いつつ、まるは目を細めてそれを見ていたが、料理を運んでくるタイミングでこのままだとちょっと拙いな。と思い直し、注意喚起を行った。
「『錆谷』さん、『牛島』さん。お二人とも、猫に戻るにはまだ時間がたっぷりありますわよ」
二人は、はっと気が付いて人間の振りに徹した。
「それで、それだけではない、のあとは?」
まるが聞くと、ラスターは真顔になって俯いた。
「ワームは時代を揺るがすほどの可能性に取りついて、その特異性を喰う。私と姉が生まれたのは2007年」
「何かがこの長崎で有った――?」
「ああ。この土地の要人、長崎市長が射殺されたんだ。ワームはたまたまそのエネルギーを喰らいにこの土地へ来た」
「それで?」
「あとは偶然だ。近くにいた私たちの母が媒介に選ばれた。琥瑠璃と同じく因子を持っていたからな」
「本当に偶然なのかしら?」
「さあな、或いは奴が長い時間を掛けて因子持ちを育てていた可能性も否定はできない。奴は特異点沿いなら、自由に時空を移動できるから」
「そこなのよね、前から不思議に思っていたのは。何故、奴は『迷い猫時間線』から、私たちの時空にやってこれたのか」
「それは、織田があれを持っていたからだろう」
「人造ワーム――!」
点が線へと繋がった。そこに次の料理が運ばれてきて、また一旦話は中断した。果物の盛り合わせだった。阿於芽が予め説明してくれたところによれば、この次で最後だそうだ。
一同は食べながら、まるが口火を切って話し始めるのに注目した。
「織田さんと私が接触したから、人造ワームの持つ可能性の糸と私の特異性を使って、奴が来た――」
「そういう事だ」
まるは絶句した。武装貨物船競争が、あの事件の引き金だったとは。
「つまり、奴の目的は元から」
「ああ、まる。お前を利用して、奴らは繁殖を試みようとしたんだ」
「――ちょっとまって、それは良いとして、なぜ『ここ』なの? 長崎に何があるの?」
「ああ、それが一番重要だったな」
ラスターは料理の〆で運ばれてきた梅腕――だんごの浮いた汁粉だ――を啜ってから言った。
「ここには、奴らの巣があるんだ。あの稲佐山にな」
§
其々の部屋で、彼らは上手く眠れない夜を過ごした。
ラスターは琥瑠璃を分離する手順を知っているらしいが、何故か多くを語ろうとしなかった。
猫たちはプローブを解いた状態では居たものの、猫の痕跡(抜け毛など)を残さない様にという配慮でナノマシンで出来た寝間着を着せられ、居心地は悪かった。
寝間着でモゾモゾしながら、まるは悶々としていた。就寝用にヘッドセットは外しているから喋る事も出来ない。
「まるさん、明日の為に少しでも寝てくださいね」
同室の羽賀はまるを気遣っていた。
<この人は眠る必要とか有るのかしら>
まるは薄目で彼を見ながらあらぬことを考えたりし、取り敢えず目を瞑ると、眠れぬまままんじりともせずに過ごした。
秋風は寝床になかなか入らずに、設計図とにらめっこをしていた。
「何の設計図?」
阿於芽は尋ねた。
「転ばぬ先の杖、かな。阿於芽は寝たほうが良い、半分は猫なんだろ」
「まあねえ。でも、いざとなれば寝ずに行動位は出来るけどさ。何だったら手伝おうか?」
「うーん――。じゃあ、少し頼もうか」
二人はそのまま作業に没頭した。
神楽とカーチャは、流石にお嬢様である。きっちりとフェイスケアをした後、着衣を着替えてベッドに横になっていた。
「ねえ茉莉」
「カーチャ。眠れないの?」
「ええ――。偶然とはいえ、こんな事に付き合う事になったんですもの」
「でも、技術系の人間が必要、って、いったいなんなのかしら」
「多分、秋風さんが何らかのキーを握っていらっしゃいますわ。たぶん今も作業されているんじゃないかしら」
「あなた、まさかと思うけど、秋風さんを――」
カーチャは少し頬を赤らめた。
「でも、身分の問題がありますものね」
「あなたが平民に降りて行っちゃダメなのかしらね」
「それは……」
恋バナで盛り上がる二人も、また眠れそうにはなかった。
ラスターは丸くなって寝ていた。いや、寝たふりをしていた。
「ラスター様」
バロンは起きていて、静かに声を掛けた。
「ん? お前も早く寝ろ」
「答えて頂きたいことがあります」
「なんだ」
ラスターは五月蠅そうに耳をパタパタと動かす。
「あなたは姪御さんを助けるために、ご自分を犠牲にしようとされていませんか?」
「何の話だ? もう遅いから世迷言は――」
「私を見くびらないで頂きたい。あなたの考えていることは何となく感じてしまうのです」
「――クローンの性か。だからどうしたというんだ」
「私は、あなたに居てほしい」
「琥瑠璃は私の姉の忘れ形見の唯一の生き残りだ。何かを犠牲にする必要があるなら、たとえそれが私自身でも、喜んで差し出す」
「でも!」
「お前は寂しいのかい」
「そうでは――いえ、そうかもしれません。しれませんが、私はあなたをこんな事で失いたくはない」
「すまんな、我儘な主で」
「ならば私もお供を――」
「無理を言うな、お前はクローンに過ぎない。私と共には逝けんよ」
「――ラスター様……」
「お前は私の生きざまを抱えて生きてほしい」
猫は悲しくても涙を流さない。彼は上を向いて声なき声で鳴いた。
「さあ、もう寝よう。明日は大仕事が待っているんだ。私に最後の休みを与えてはくれないか」
ラスターはバロンを手招きすると、二匹は寄り添って眠りについた。
§
開けて翌日。
猫たちは再び人型プローブに身を包むと、何食わぬ顔でホテルの朝食をとり、チェックアウトすると、稲佐山行き「長崎ロープウェイ」行きのタクシーを2台拾い、それぞれに便乗して目的地へと向かった。
「〈渡会雁金・改2〉はどうするの?」
神楽は不思議そうに尋ねた。
「ああ、遠隔操作可能なのでそのままで大丈夫です。それにかのラスター曰く『まず巣の位置を特定してから』とのことですし」
秋風は軽妙に答える。
「どうやって調べるつもりかねえ、奴自身が共鳴して、センサー代わりに探し回るとか?」
阿於芽が茶化す。
「声帯が分かれば、それから類推も出来るのでしょうが――あの生き物に関しては、23世紀の人造ワームの製法に関する知識に生態も含まれていると思うんですが、残念ながらまだ情報にアクセスできませんし」
「情報キーはやっぱり、まる――船長が持っているのかな?」
「恐らく船長ですね」
「いったん船長と秋風だけ〈渡会雁金・改2〉に別働隊としていく、というのは?」
「船長に却下されましたよ。現状はラスターが動いてるから、取り敢えずやりたいようにやらせてみるんだそうです」
「信用できるのかね、あいつが」
腕組みをして眉をひそめる阿於芽に、カーチャが声を掛けた。
「阿於芽さん、妙に引っ掛かりますのね?」
「なんていうのかな。猫の勘、かな。あいつ何か重要な事を隠してる」
「猫さんたちって、知り合えば知り合うほど面倒臭いですわ。全部そうなのかしら」
カーチャは面白くなさそうにふくれっ面をする。横の神楽は苦笑いを抑えつつ答えた。
「まあ、あの方々は例外中の例外ばっかりですしねえ」
「そう、僕なんて半分は猫じゃないしね」
阿於芽は人型プローブの指から、例の触手を突き出して見せた。
「悪趣味ですわ。またお仕置きして差し上げましょうか?」
「あ、いや、あれは勘弁っ」
一方の車の中は、しん、と、黙り込んでいた。
<もう、誰か何かしゃべらないかしら? こういう緊張感苦手なのよ>
もじもじしているまるを見て、羽賀が声をかける。
「マルティナさん、どうしました? お手洗い?」
<わざとらしいわねえ、プローブに入っているんだから、汚物タンクがいっぱいになるまでお手洗いに行く必要はないって知ってる筈なのに>
「あ、いいえ。大丈夫ですわ」
「その女、そう見えて結構な年だからな、おしめでも替えてやろうか?」
ラスターが茶々を入れてくる。
「失礼ね、『錆谷』さん」
「まあ、そう慌てるな。ロープウェイに着けば、少しは時間がある」
<こいつ遊んでる――>
「おっと、噂をすれば、ロープウェイの駅みたいですよ。運転手さん、そこで止めてください」
羽賀が助け舟を出した。
一行は車から降りて、券を買うと、ロープウェイのゴンドラの到着を待つ。
「頂上まで行けば、手掛かりがつかめるのね」
まるは不信感を込めた声でラスターに聞く。
「ああ。それよりお手洗いは大丈夫なのか?」
「そのネタ引きずるなっ」
ラスターは乾いた笑いを上げた。
ほどなく到着したゴンドラに乗り込むと、全員は黙って外を眺めた。他の客もちらほらと居るので、下手に話は出来ない。
ゴンドラが進む中、突然ラスターが席から立ち上がると、窓に張り付いた。
「なに?」
「多分、見つけた」
彼女は頂上からほど遠くない点を凝視した。
「船をあそこにやる?」
「いや、いきなりは危険だろう。船は一旦頂上に呼んでくれ」
「分かった。それからどうする?」
「私が一人でいく」
この発言にバロンがぴくっと反応し、それから自制した。
「どうでもいいけどさ、あんた一人が犠牲になって丸く収めようとか考えないでね」
まるは釘を刺した。
「私は私のやり方でやるだけだ」
「良いわ、じゃあ私もついて行く」
「――勝手にしろ」
§
稲佐山の頂上からは、長崎の街が一望に出来た。
「良い景色ねえ」
まるがわざとのんびりというと、ラスターは重く一言言った。
「遊びに来ているわけじゃない」
「分かってるわよ。秋風君、〈渡会雁金・改2〉を遮蔽装置状態のままで、人けの少ない処の上空まで呼んで」
「了解です」
「さて、じゃあ私たちは目的の場所に行ってみましょうか、ラスターさん」
「勝手にしろ」
ラスターは黙々と歩きだした。まるもそれに続く。まるは森を動きやすいようにパンツスタイルの服を着て、運動靴に履き替えていたが、目的の場所への道はそれでも、プローブが自動制御を戸惑うほどだった。
「着いた」
ラスターはそういうと、人型プローブを解除し、指先を空間に当てて、爪で引っ張るような動作をした。
まるで空間が「ペロリ」と剥がれるように動くと、そこには異形の空間が広がっていた。
真っ黒に縦横無尽に開いた洞穴があり、そのあちこちが虹色に輝いている。
「ここに残っているのはワームの残滓だ。そして、奥に重要なものがある」
「生きているワームが襲ってきたりしない?」
「さあな。居たとしても幼生だろうが。我々を原初のスープに変えるくらいの事はやってのけるだろう」
「うわあおっかない」
「その割に平気そうじゃないか」
「そうかしら? 慣れたのかしらね」
「それだけ減らず口が叩ければ十分だ。進むぞ」
まるは奥を覗き込み、人型では行動しにくいと判断すると、プローブを解除し、ラスターの後を追った。絶対零度の空間でも広がっているかと思ったが、空間は生暖かい感じで、空気も存在した。
「やなところねえ」
「黙って歩け」
まるは首をすくめると、ラスターに続いた。
(続く)
次回、「まるは宇宙海賊です」編、結着!
(予定……)