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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
62/72

第62話「まるは宇宙海賊です14:もう一匹の猫」

宝探し? も大詰め。

遂に目的の貨物「合成ワーム」の入手に向かうまる達ですが……。

(承前)


 阿於芽あおめは数マイクロ秒の間に目まぐるしい事をやった。


 まず、自分が元居た場所に触手を伸ばし、次にバロンにも伸ばして繋ぎとめる。そして、触手はそのままにして、まるについているアンカーに自分を引き寄せてまるの元居た位置に触手を伸ばして繋ぎとめると、まるとラスターにも触手を伸ばして繋ぎ止めた。

「冷や冷やさせるな」

 阿於芽あおめは触手で自分自身も宙ぶらりんのまま、ため息をついた。

「しかし、両方とも罠、ってどういうことだ?」

「なにかしらねえ」

 まるは頭を振ってお手上げをアピールしたが、納得いかないのはラスターだった。

「お前の所のコンピュータがイカレているのか、それとも織田に馬鹿にされているのか」

 まるはぶらぶらと揺れながら、耳を寝せる。

「どっちもないと思うのだけどねえ」

「奴はお前に袖にされたのをまだ根に持っているのではないか?」

「織田さん? もうその件は手打ちにしたと思ったんだけど」

「じゃあお前のとこのコンピュータが馬鹿なんだろ」

「シャブランは無愛想だけど馬鹿じゃないわよ。そりゃ前のFERISの方が全然頭は良いんだけどさぁ」

「ああ、確か前のコンピュータはさっさと人間追い越して『卒業』したんだったなぁ」

『ああ、懐かしいなFERIS』

 雌猫同士の会話に阿於芽あおめが割り込むと、矛先は彼の方を向いた。

「お前のその出鱈目でたらめ力で、まずは罠から抜け出してほしいところだが?」

「そうよ阿於芽あおめ、いつまでも宙吊りだと流石に辛いわ」

『うへ。何で僕の方に矛先が向くんだよ』

「『撲』とか、気持ち悪い爺だな。お前長いこと生きているんだろ?」

『でも、爺はひどい……』

「知性が芽生える前を勘定に入れたら90年は生きてるんだろ、爺どころか妖怪じゃないか。これでもまけてやってるんだがねえ」

『どうせまかるんなら、お兄さんくらいにして貰えないかな』

「ふざけるのも大概にして、そろそろ助けろ。それとバロンを連れて一旦こちらで合流だ」

 阿於芽あおめは「割とマジだったんだけどなぁ」とかぶつぶつつぶやきつつ、全員をまる達のいる方の星のしっかりした地面まで引き上げると、自分も其方そちらに転移した。


§


「さて、問題の貨物がこの星に無い可能性は?」

 〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉に引き上げた4匹は、お互いに顔を突き合わせる形で座って話していた。まるが誰に聞くとでもなく言う。

「両方にトラップが有ったことから見て、どちらにも貨物が無い可能性が高いな」

 バロンが、さもまるに当てつけるような口調で話す。

「あのさ」

 阿於芽あおめが口を開いて、全員がそちらを向く。

「小さいとはいえ、立って歩けるレベルのGがある星がふたつ。しらみつぶしなんてそれこそ時間がいくらあっても足りない」

「それは分かっている」

 ラスターがイライラと返した。

「なら、物理キーをまるへ。現状分かっている限りの唯一の手がかりだ」

 ラスターは苦渋の表情を浮かべて躊躇していたが、ごそごそと腹の脇辺りを探ると(恐らくまると同じように身体の柄に隠れるポシェットを身に着けているのだろう)、キーを咥えてまるの前に置く。


 キーとはいっても、丁度、茹で卵を盾に二つに割ったような感じの楕円の台の中に、半分埋る様に球が設置されている奇妙なオブジェクトと言った方が良い形状だった。

「何この卵」

「これがキーだ」

「へえ……」

 まるは前足の肉球で軽く球体部分に触ってみた。

 特に何も起きる気配はない。

「これ、どう使うもの?」

「私が知るか」

 ラスターは呆れとも、威嚇ともとれる声で言う。

「むう……」

 先程の落下からの脱出時に毛並みが乱れ捲っている状態でキーを眺めている4匹はまるで、見たこともない物の周りに用心しながら集まっている野良猫の集団のように見えた。

 阿於芽あおめがキーに向かって用心しながら前脚を伸ばして触り、急いで引っ込めた。

 まるはそれを緑の瞳ながら、白い目で見る。

「じゃこれならどうかしら」

 まるは進み出ると、キーの上に乗っかる。

 何も起きない。

「何をどうすればいいのかしらね」

 まるの質問に、阿於芽あおめが返す。

「これ、卵みたいに見えるけど、もう半分が必要なんじゃない?」

「そうよね、人間のセンスで作ってあるならそういう考えがあって当然ね?」

 まるはラスターに話題を振ってみる。

「いや、我々が行った時に見つけたのはそれだけだ」

 バロンが先に頭を振って否定した。ラスターも補完する形で肯定の言葉を投げた。

「うむ、他にある感じではなかった」

 まるは後脚を耳に突っ込んだ。船員の前ではないという事で抑制を外して、普段やらない感じで後脚で「カッカッカッ」と、耳の中を掻いた。

「なら、もう一度戻った方がいいかも知れないわ。手順通りにやるなら、意地悪するとは思えないし――あら?」

 まるは慌ててキーの上からどいた。

 キーは薄明るく輝いていた。

「温めた所為かしら?」

 まるが言うと、ラスターはまだイライラした口調で返す。

「わからんが、この後どうなるのかね」

「知らないわよ、こっちが聞きたいわ」

「役立たずめ」

「あなたの役に立とうとか思ってませんし」

 また喧嘩を始めそうな二匹を、雄猫二匹がオロオロと見ていた。

「おい黒猫、お前の船長を何とかしろ」

「うちの船長に言う事を聞いてもらうより、そっちが簡単じゃないかと思うがね」

「いや、ラスター様はそのちょっと」

 雄猫の情けなさに、雌2匹はすっかり冷めた。


 猫たちがよそ見をしている間に、それは始まった。キーの黄身に相当する部分がゆっくりと「ほどけ」始めたのだ。

「まる、それ――」

 最初に気が付いたのは阿於芽あおめだった。

「えっ? あっ!」

 まるは慌てて飛びのいた。4匹はキーを遠巻きに見ながら警戒した。

「危険性は……ないわよ、ね?」

 まるは半笑いのような状態の合成音声を出した。

「私が知るか」

 ラスターは憮然と答える。何もかもわからないことだらけなんだから仕方がない。まあ、織田氏からの言付かりものである、何か危険性があるとは考えにくい。

 まるは恐る恐る、ほどけてきている黄身の部分を肉球で触った。

 すると、しゅるるるるるるる。と、君の部分は無数の細かい繊維状に分かれて、まるの前脚に取りついた。まるは慌てて前脚を「ビビビビビッ」と振ったが、黄身の繊維……鶏卵素麺とでも言えば良いような「それ」は、まるの手にしっかり取りついて離れない。そのまま、卵の半分の形をした外形まで手にくっついてしまった。

「あうううううう……」

 情けない顔をするまるを見て、ラスターは噴き出した。

「ぶっは、あはははははは」

 笑う猫というのは、実際にはチェシャ猫の様な物では無いというのが分かった。

 ぶっちゃければ、かなりの阿呆面である。

「何様、笑わなくてもいいじゃない」

「お前が間抜け、ぷっ、だからじゃないかっはははは」

「もおぉ……」

 言っている間にも、どんどんキーは変化して行って、まるの右前脚はキーだったものの繊維に取り込まれてしまったような形になった。

「どーすんのかしらこれ」

 どうやら無害なようなので、まるは引き剥がそうと歯を立てて見た。

<あ、私馬鹿だ>

 そう思った時は遅かった。繊維は一斉にまるの顔を襲い始めたのだから。


§


 まるが昏倒していたのはほんの5分ほどだった。

 繊維が一斉に丸の顔に向かって取りついたとき、慌てて阿於芽あおめが触手で繊維を引き剥がそうとしたが、間に合わなかったそうだ。

 何と、繊維は鼻や目や耳や口、開口部から一斉にまるの体内に入り込んでいってしまったらしい。

「まる、気分は?」

「最悪」


 微細な繊維となってまるの体内に入ったのは、ある種のナノチューブマシンである。適合条件(おそらくこの場合は伝言が記されたポリマーに仕組まれていたのだろうナノマシン)に出会うと、その個体の脳に対してデータを直接伝送しようとする。まるが長時間触っていたおかげで、マシンの認証が完了して、記憶転写用のナノチューブマシンが起動したのだ。

 ナノチューブマシンが脳に情報を送り込む際には、単に信号の送信、という単純な手順は使えない。大脳の永続記憶に情報を書きこむには、それなりの反復が必要なのだ。しかも脳の構造は安定して同じではないため、脳に対してホログラフィックな手法を用いて情報を転写することになる。だから、大量の情報素子=ナノチューブマシンが仕事をすることになる。

 だが、問題がある。

 まるは猫だ。

 まるの大脳はせいぜい大豆数粒程度のサイズしかない。まるを知性ある存在たらしめているのは、脊椎に封入されているインプラントチップによって形成された「第2の脳」である。

 ナノチューブマシンはそこまでの判断能力は無い。まるの猫脳に取りついて、情報を転送しようと躍起になり、ヒト脳に取りつく想定で行動したため、あらかたが失敗してしまった。同胞の失敗を受け、ナノチューブマシンは、第2プランに切り替わった。脳に数本が取りつくと、そこにこぶ状の結び目(ノット)を形成し、本来の脳とのインターフェイスの形成を始めた。脳に書きこめないなら、脳を増やしてしまえ、というわけだ。

 そして、まるは目覚めた。脳にデータを伝達できなかったナノチューブマシンは体外に出た後、無害化して自壊する。まるは頭や首筋に大量に堆積している、ナノチューブマシンが丸まって無害な粒状になった「脳フケ」を後脚で「かっかっかっかっか」っと払った。

<まだ多少ザラザラする。あとでシャワーを浴びなきゃ>

 そう思いながらも、まるは現状を皆に説明した。

「あー、もう、どういう仕組化は後回し。取り敢えず必要な情報は得たわ」

「それは朗報だ。で、貨物は何処にある?」

「貨物は、〈ジュメル〉にあるわ」

 ラスターは食い下がる。

「しかし、トラップがあっただろう」

「ええ、私たちは正規の手順を踏まなかったからね」

「で、どちらの星が正しいんだ?」

「どちらでも正しいわ」

「真面目に答えろ」

 まるは肩をすくめる。

「だって、両方が正解なんですもの。積荷は2つの星にバラバラに分解されて納められているのよ」


§


 トラップの解除方法は、キーにすべて入っていた。


 しかし、どう見てもまる一人では解除困難な仕掛けも複数あった。

 まず、最初に奈落に落ちかけたのは、二つの惑星上で同時に違うステップをを踏む必要があったから、だし、次のトラップでは片方の惑星上のチームが静止してる間にもう片方が動く、なんといえばいいか、遠隔地でやる「だるまさんが転んだ」状態の歩行法を行わなければならなかった。

 それで建物に到達した後は、キーを持たない方は待機し、キーを持っている方が指示通りに迷路を通り抜けて、もう片方の星のトラップを解除。次はキーを持たない久美が指示通りに迷路を抜けてキー持ちの方の星の施設のトラップを解除。

 あとは二つの星のチームが完全に歩調を同期して歩き、格納倉庫前に到着したら、キー持ちの方が体内のキー情報を解除キーとして、触れることにより扉に認識させ、扉を開けて中に収められているアンプルを取り出す。ここからがアクロバットなのだが、「認証キーを持っていない筈の」チームに認証キーを持っているまるが合流し、やはり扉に触れることにより開錠する。

 本来なら、一度撤退してチームを入れ替えてやり直すことで入手できるはずだが、まるは個々で阿於芽あおめに二人の位置を入れ替えてもらう事で、一度で入手を成功させた。

 あとは手順を逆にたどることで脱出が成功した。


 〈上喜撰〉の格納庫。

「本当にこれが積荷なのか?」

 ラスターは目を細めた。

 二つの惑星で手に入れたのは、アンプルが一本とちょっと大きめの錠剤が1個。

「薬屋さんでも始める?」

 まるの冗談を意に介さず、ラスターは詰め寄る。

「これの処置方法があるのよね?」

「分かったわよ、でも専用容器を用意して、中でやれって指示よ」

 専用容器は、まるが指示して現在急ピッチで〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉の格納庫で作成が進んでいた。何故ラボでやらないかというと、〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉の出入り口からは、容器は大きすぎて搬入できない為であった。

「容器はいつできる?」

「あと1時間以内。それまではどうせ休戦状態を維持するしかない。大人しくお茶でもしていましょうよ」

「私は生粋の野良猫でな。まるのように茶を嗜んだりはしない」

<んもう、面倒くさい猫ね>

「じゃお腹は空いてないかしら、食堂でアレクシアに何か美味しい物でも――」

「結構だ」

<ああ、もうっ、取りつくしまもない>


 手持無沙汰である。

 そのうち、バロンがラスターに何やら耳打ちしたと思ったら、

「一度〈デンドロバテス〉に戻る。1時間後にまた来る」

 と言い残してその場を去って行った。

「なんだあれ?」

 阿於芽あおめが目を丸くして聞く。

「知らないわよ」

 まるは半分ふてくされて答えた。そりゃ、戦ってる当事者同士。慣れ合うのは変かも知れないけれど、ほぼ休戦状態の時くらいは何か話してもいいじゃないの。

「僕もこのまま放置されちゃったし、今なら相手が仕掛けた全罠をかいくぐって、まるも、全クルーも助けられるんだけど」

「でも反撃手段はほぼ封じられているから、船同士の撃ちあいにでもなったりしたら、まず間違いなく敗北の憂き目を見るわよ」

「――面倒臭いな」

「――ええ、面倒くさいわ」


§


 流石に、これだけの時間があると、正規ルートでも超空間ゲートを経由していれば、〈大和通商圏〉の〈らせんの目太陽系〉から、〈欧蘭通商圏〉の〈ヴェルソー太陽系〉まで来ることは可能だった。


 そして、一隻の航宙船が今、〈ヴェルソー太陽系〉の外周部に到着していた。

「〈桜扇子〉只今到着。っと」

 吉田不在の為、ブリッジはごった返していた。いつもは、吉田が一人でブリッジ要員10人分をこなしている。そのカオスなブリッジで、神楽茉莉はもう一人の男に文句を言っていた。

「あまりにも今回のお話は不備に過ぎません? まるへのあてつけや嫌がらせじゃないでしょうね?」

「資材を大量に投入して? 意味がないでしょう。そもそも今回の積荷は非常に危険な物なのです。それは彼らにも説明しましたし――」

「分かりました、とりあえず現状は信用いたします」

「こちらこそ、エカチェリーナ公女殿下への橋渡しなど、ご配慮痛み入ります」

「これは友人の為ですから、私の古くて小さな友人と、新しくてもっと小さな友人――」

 話していると、連絡が入った。

『神楽さま』

「吉田。ご苦労様」

 いや、人間にあんな曲芸やらせておいてご苦労だけというのも神楽らしい。

『痛み入ります』

――吉田は吉田で十分らしかった。

「それで、カーチャは? まる達は?」

『順を追って説明致しますが。色々と面倒な状態の様です』

「面倒なのは分かっているから、私もこちらに来たんです」

『御意。それではカーチャ殿下の現状から――』

 吉田が神楽に説明しているのを、脇から織田は黙って聞いていた。


§


「どうにか容器が管制しました」

 秋風が気密服を脱ぎながらでてきた。汗まみれである。

「お疲れ様。シャワーでも使ってきて」

 秋風が去って行ってから、まるは連絡を入れた。

「こちら〈上喜撰〉のまる」

『〈デンドロバテス〉のラスターだ、用意できたか』

「ええ」

『分かった、向かう』

 言うが早いか、〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉の脇に、くるっと空間が切り取られた出入り口が出現した。

<おっと、航宙船で来ると思ってたわ>

「何だか驚いているな? 悠長に船で来るとでも思ったか?」

「まあ、考えて見ればあんたも阿於芽あおめも、出鱈目でたらめ生物よねと」


「あんなのと一緒にするな!」


 異口同音にラスターと阿於芽あおめが反論した。

<そんなに怒る様な事かしら?>

 まるは首をかしげた。

「だいたいここに居る猫で、一番の化け物ってまるだよなと」

「お前と意見が一致するとは不本意だな」

 阿於芽あおめとラスターが反撃してきた。

「ちょ、何を」

「まるが居なかったら、二人ともただの猫で一生を過ごした、という事だ」

<――あ>

 言われてみればそうだった。

 まるが知性化されていたから、4大通商圏のパワーゲームに巻き込まれて、そこで報酬として時空エンジンを貰ったから、時間改変が起きて阿於芽あおめが羽賀氏の半身に影響されて超生命体を取り込んだし。

 まると羽賀氏が絡むから、「ワーム」なんかに目をつけられて、「迷い猫時間線」に行くことになって、そこでラスターが「ワーム」に改造されて。

 ん?

「ちょっと待った。私が原因って言うけど、原因は羽賀さんじゃない」

「ああ、あんな極悪エイリアンは論外だ」

 ラスターはばっさり切り捨てる。

「極悪、ねえ」

 まあ、羽賀氏に関しては、まるにもいくつか思う処はある。あの人の手のひらの上で何度踊らされたことか。ワームの件に至っては、踊らされて突き落とされて突き飛ばされて矢面に立たされて――とにかく、大変だった。

 ラスターは下を向くと、ほとんど聞き取れないくらいの声でポツリ、と言った。

「――早く終われ」

 まるにはその真意が測りかねた。思い切って少し話をしてみよう、そう思った次の瞬間。予想外の人物から通信が入ってきた。

『まるさん、ああそれに丁度いい、阿於芽あおめ、ブラック・ラスター氏、緊急のお話があります』

「は、羽賀さん?!」」

 まるは予想外の人物の出現で顎を外した。

 ラスターは舌打ちをし、阿於芽あおめは露骨にうんざりという表情になった。

『お話しというのは琥瑠璃こるりさんの件です。この後、琥瑠璃こるりさんを運んで神楽嬢と、織田氏も来られます。惑星〈星都〉の指定の都市まで来られてください』


§


 〈エッフェル2421〉。まる達が呼び出されたのは、その超巨大構造物の1023階。

 エッフェル塔は、別にある。凱旋門と共にひっそりと設置され、観光用のパークになっている。

 〈エッフェル2421〉は、まるでバベルの塔を思わせるようなタワーだった。〈らせんの目太陽系〉の惑星〈星都〉にある「〈大和通商圏〉本部」という名の樹を模したタワーも壮大だったが、これは人造物然としていて、堂々として、それでいて繊細だった。

 この会見には〈欧蘭通商圏〉の名だたるメンバーも列席を希望するものが数多く居たのだが、許されたのはエカチェリーナ公女ただ一人であった。曰く「高次階梯の生命体、及びその関係者のみ」が列席を許される会議、という名目であった。

 まるの枷は外された。阿於芽あおめも同様だ。ラスターは不満たらたらであったが、羽賀だけでなく、複数の高次生命体が参加しており、流石に抵抗できる状態ではなかった。


「何が問題なんですか? 琥瑠璃こるりは?」

 まるは混乱して尋ねた。

「まるさん落ち着いて。神楽さん、琥瑠璃こるりさんは?」

「指定の装備に入れています」

「運び込んでください」


 運び込まれたのは透明な楕円球状の物体。その中には何か巨大なものがとぐろを巻いている。

「え? え? これってワーム……」

「いいえ、これは琥瑠璃こるりさんです」

 やり取りを聞いて、ついにラスターが切れた。

「だから、だから時間が無いんだと……」

「分かっています。今まで一人で抱え込まれていたのですよね」

 まるは混乱していた。

「ちょっと、いったい何がどうなっていたのか」

 羽賀氏は一瞬寂しそうな顔をした後、いつもの無表情に戻って話し始めた。

琥瑠璃こるりさんは、例のワームを100%は除去できていない状態だったのです」

「そんな――」

「彼女を『修復』するには、対になるワームを用意して、迷い猫時間線に一度戻る必要があります」

「対になる……って、まさか」

 織田氏が話に割って入る。

「ああ、私も羽賀さんから話を聞いて、かなり悩んでいるところだ」

「あの積荷が、ワームの代わりに?」

「そうだ。十分役目を果たすはずだ。それはそこに居る海賊猫がよく知っているのではないかな?」

 織田氏に話題を振られて、ラスターはそっぽを向いた。そして、そっぽを向いたまま話し始めた。

「分離は、完全だと思っていた。だが、何度か会いに行っているうちに分かった。この子にはワームが混じっている、と」

「何度か会いに――って、うちに来てたの? あんた」

琥瑠璃こるりの顔を見るために寄っていただけだ! お前たちの生活に干渉するつもりはなかったさ」

 話しを脇から聞いていた阿於芽あおめ項垂うなだれる。

「この話ってさ。つまり、僕が琥瑠璃こるりからワームを完全に引き剥がすことに失敗した所為、っていう事だよね――」

 今にも逃げ出しそうな阿於芽あおめは、それでもじっと立っていた。羽賀氏が静かに声をかける。

阿於芽あおめ、悲観しないで。あなたは考えうる最大限を、琥瑠璃こるりにしてあげたのだと思います」

「とにかく、打てる手は何なの?」

「それなんですが、阿於芽あおめ、ラスター、そしてまるさん。3人――3匹に、そこの合成ワームと、琥瑠璃こるりさんを連れて、改めて「迷い猫時間線」に行ってもらう必要があります」

「それで、どうにかなるの?」

「はい。合成ワームの半分は残る筈ですから、織田氏の必要とする使途には使えるでしょうし」

 まるは織田氏を見る。

「ああ、羽賀氏といろいろ話して了承した。使ってくれ」

 まるはラスターを見る。

「そもそもの目的はそれだもの。行くわ」

 阿於芽あおめはまるが自分の方を見る前に声を掛けた。

「当然ながら、僕も行く」

 それまで黙っていたバロンが声を上げる。

「ちょっと待ってください!」

 一同ははっとしてそちらを見た。

「ラスター様、あなたの目的は本当にこれなのですか?」

 言われて、ラスターは下を向く。

「――」

「私に言いましたよね、覇権の話を。あれは全部嘘なのですか!」

 ラスターは顔を上げて、バロンに何か言おうとしたが、口籠った。

「ならばよろしいでしょう、私も行きます!」

 羽賀氏が目を細める。

「バロン君、君が行く意味はそんなに大きくはない。それでも行くのかね」

「もちろんです、ラスター様が行くところならどこにでも、私は付いて行きます」

 ラスターは顔をしかめて、何か言おうとしたが、言葉が見つからないらしく、開けた口をそのまま閉じた。

 なんとなく居心地の悪い空気を感じ、まるは話題を変えた。

「ああ、そうだわ、これだけ集まったんですもの、ちょっと織田さんに聞いておきたいんだけど」

「何でしょう?」

「この貨物を手に入れるための物理キーだけど、何で卵半分なの?」

「ああ、私白身が嫌いなので」

 まるの目が点になる。

「……聞かなきゃよかった」

「どう致しまして」


§


 結局、過去――いや、「迷い猫時間線」に向かうのは、猫が5匹、ワームが2匹、そして、技術の秋風、羽賀氏、最後になぜか女性が二人追加となった。


「何度も言うけど、遊びじゃないの」

 あきれ顔のまるに、憤慨したような口調で神楽が返す。

「わかってるわよ!」

 しかし、その言葉は、キラキラした目で衣装を選ぶ神楽ともう一人の女性――彼女の元学友共々、信ぴょう性に掛けていた。

「だいたい、何でカーチャ殿下がここに居るのよ」

「あら、久しぶりに茉莉が来ると聞いて、立ち寄ったのですけど」

「これから行く先で、どんな危険があるか全く未知数なんです。興味本位でしたら同行は断固お断りします」

「私はエンジニアですわよ、そこのデ……体格の良い方ともお話をちゃんとしました」

 苦虫をかみつぶしたような表情で秋風が頷く。

「はいはい、デブが承認します。その方の技術力は今回とても有用です。ただ、お立場を考えて頂きたくはありますが」

「その点も外務省を通して、織田氏との折衝をいたしましたわ」

<手回し早すぎるわね。来る途中に打ち合わせしてたな>

 まるは内心舌打ちをした。

「彼女は公位継承者としてのランクから、万が一の場合でも国体に影響は出ませんし、外交カードを切られたら、私は後押しするしかないです」

<ヘタレ親父め>

「じゃなんで茉莉は来るのよ」

「従者がいないから、私がその代り」

 神楽は平然と答える。

「んもう――。基本的には自己責任だからね」

「わかってるっ」

 と言って二人で服装選びに戻った女性二人は、全然わかってないんだろうなーとまるは頭を抱えた。


 必要な機材はラスターが既に手配していた。それを〈渡会わたらい雁金かりがね・改2〉に積み込みながら、まるは琥瑠璃こるりの様子を見に行った。

 グネグネと不定形に渦を巻く半透明のワームの奥に、うっすらと茶色い猫の姿が見える。

「彼女のバイタルは?」

 まるの質問に秋風が応える。

「こんな状況なのに、琥瑠璃こるりさんの生命活動はほぼ正常な値を示しています。恐らくはワーム自身が彼女の生命維持を行っているのではないかと」

「餌は生かさず殺さず――かな」

「餌というより宿主ですね。彼女を媒介にして、餌。つまり事象的特異点を探すつもりでしょう」

「つがいにする、ってどういう意味か――」


 「どぅん!」


 会話は、船体に響き渡る激しい振動に中断された。

「何が起きたのっ?!」

 しかし、船内は非常灯が煌めき、船内通信に応じる者は無かった。


(続く)

物語はいきなり大転換。

そこに新手の攻撃が。

混迷のまま次回へ!

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