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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
60/72

第60話「まるは宇宙海賊です12:根競べなんて猫には似合いません」

まるの乗った敵の搭載艇に、敵の攻撃の手が!

公女殿下と阿於芽あおめはどうなるのか。

緊迫の展開です。

(承前)


 強い衝撃がまるの乗った機体を襲う。

 船内の装備品があちこち外れて狭いデッキに散乱した。まるの収まっていた操縦席も軋んで半分ほど引き裂かれた。だが、不思議とこの船はまだ動いているし、中に乗っているまるも軽い打ち身以上の怪我はなかった。亜光速で航行中の船がバランスを失う事は、緩衝ボールも働いていないこの船なら、本来なら瞬時の死を意味している。それが起きていないのはこの小さい船に、何らかのフォースフィールドによって最悪の事態が起こらない様にする対処が働いている、という事であり、恐らくはラスターたちの船からのコントロールにより、「適度に蹂躙じゅうりんが行われている」ことの証しでもあった。

<畜生、遊ばれてる――>

 まるはほぞを噛みたかったが、そんなことをしたらほっぺたに穴が開くのでやらなかった。爪も、噛んだらこの緊迫した時に(いや、緊張感が高まっているからこそ)爪掃除に終始しそうなのでやめた。

『どう? まる。なす術もなくもてあそばばれる気分は?』

 ラスターは尊大な声で通信を入れてきた。

<ばっかじゃないの>

 まるはそう言ってやりたかったが、合成音声に反映されないようにぐっと抑制した。だから、合成音声としては唸っているようなノイズが出ただけだった。

『まあいい、暫くもてあそんで、お前が精神的にすり減ったところで回収してやろう』

「悪趣味ねあなた、モテないわよ」

『何とでも言え。モテてないのはお互い様だろう?』

 まるは確かに、雌猫としては同族には全くモテていないと言えば言えた。近くにいる雄猫と言えば阿於芽あおめと、偶に異種族のピンインがいるくらいだ。阿於芽あおめとは、正直再びカップリングが実現するとは自分で想像もできない。

「ブラック・ラスターさまはクローンをはべらせて大喜びですか」

 まるの突っ込みに、ラスターの目じりが上がる。

『ラスター様、ただの挑発です』

 脇から別猫の声がする。見ると、ブチ猫がいた。鼻の所に丁度鼻くそが付いたような模様がある。

『分かっている。残念だがまる、私の副官はただのクローンではないのでな』

 そう言いながら、隣のブチ猫を、ラスターのまだらの前脚が撫でる。ブチ猫は驚いたような顔で一瞬身をかがめるが、ぐっとこらえて撫でられるがままになった。


<私なんでこんなところで痛めつけられたうえに、クローンといちゃついてる錆猫を眺めているのかしら>

 まるは溜息をついた。

「ため息も出るよねえ」

 背後で声がすると同時に、敵の通信が切れた。

 まるはびっくりして振り返った。


§


阿於芽あおめ!?」

 背後には黒猫姿ではない、チャラいロッカーかぶれの若い男がいた。人間仕様でない船の中で、彼はカエルの様に這いつくばってぎゅうぎゅうの姿勢を取っている。

「はあい、船長」

 外見が苦しそうだが、彼自身は至って軽い口調である。彼が人型プローブでいる、という事は、何らかの計算リソースを一緒に持ってきているという事でもある。

「敵の通信は妨害したよ。今この船は〈カルーア〉の庇護下にある」

「公女殿下は?」

「公女殿下に於かれましては、〈カルーア〉をお任せしてきました」

「何よそれ、あなた何のために――」

「ちゃんと話をつけて来たんだよ。一旦〈上喜撰〉に戻ってくれるってさ」

 まるはじーっと阿於芽あおめ――が入っている人型プローブの目を見た。感情フィードバックはきっちり働いているようで、阿於芽あおめは後ろめたそうな表情になった。

「何を交換条件にしたの?」

「え? な、何のことかな」

「公女殿下に逆に言いくるめられてきたんでしょう?」

 まるに図星を指されて、阿於芽あおめは肩をがっくりと落とした。

「よく分かったね、でも最悪の状態は回避したんだから」


 話は少し時間を戻る事になる。


 気を失った公女殿下を、阿於芽あおめはさっと触手を伸ばして流されない様に受け止めた。

 彼に支えられた衝撃で、カーチャはすぐに気が付いたが、無重力の船内で阿於芽あおめに平手打ちを喰らわせたため、二人は独楽こまのようにクルクルと回った。阿於芽あおめは伸ばした触手を再び引き締めたが、それは独楽こまに巻きつく紐のように、二人にまとわりついて、二人をより接近させる結果となった。近付いた阿於芽あおめは、彼女に思いっきり引っかかれる結果となった。


「痛っ、勘弁してくれよ」

「無礼者!」

「はいはい、無礼でも何でもいいから、まずは僕の話を聞いてほしいんだけど」

 もがいて逃げようとする彼女から、阿於芽あおめはぱっと触手を解いた。

 居住まいを慌てて正したカーチャは、適当な取っ手を握って体を安定させると、顔を赤らめた。自分の行動があまりに大人げない事に、改めて気が付いたからだ。異星人と呼ばれる存在が、公式に人類と接触していることは当然の様に知ってはいた。だが、見るのは初めてだったし、あまりに唐突だったために度肝を抜かれて仕舞い、気を失った上に取り乱すという醜態を演じたことが恥ずかしかった。

 カーチャは一度深呼吸をして、それから阿於芽あおめを見て、努めて冷静に返事をした。

「貴方のお話、聞かせて頂くわ」


 阿於芽あおめはにこやかに笑うと、単刀直入に切り出した。

「殿下、今現在我が船長は交戦状態にあり、生命の危機に晒されております」

 カーチャはあっけにとられた。

「自分の船長が危ない時に、よく笑っていられますね」

「ええ、何しろ心中は煮えくり返っておりますので。平静を保つにはまず、形からやりませんと」

 阿於芽あおめの皮肉を反芻して、カーチャはまた顔を赤くした。

「それは……わたくしの我儘が原因ですの?」

「それも一端ではありますが、大体は船長自らの無鉄砲によるものです。私は、船長に腹を立てているのです」

「どうして――」

「どうして? 先程まで私は船長と共に敵と戦っておりました。それが、貴女を危険に曝さない為に、と、一人強制的にこの船に来ることを、船長に命令されたのでございます」

「あ……」

「何故あなたは私が担当するこの戦闘艇を奪って逃走されたのですか」

 ぐうの音も出なかった。カーチャが逃げ出したのは軟禁状態が耐え難かったからだ。こんな緊急事態になっているとは露とも思っていなかった。

「まあ、公女殿下の我儘は、現状を把握していないせいだと私も承知しております。許せないのは船長です」

「無鉄砲だから?――」

「無鉄砲は別にいつもの事ですから。私が怒っているのは、戦闘の最中にこのような馬鹿な任務に私を送り返した事です」

「馬鹿な任務……」

 カーチャはうなだれた。

「ですからさっさと、あなたは〈上喜撰〉へお戻りいただきたく存じます」

「待ってください」

「今から私が〈上喜撰〉に戻り――、あなたはどうされるのですか」

「この〈カルーア〉で船長の元へと取って返します」

「それでは二度手間ではないですか?」

「船長は小回りが利く戦闘力を必要としているのです。それにはこれで駆けつけるのが一番。でも、あなたは危険に曝せません」

「そんな事をしていたら、船長を救うタイミングを逸してしまうのではないですか?!」

「――そうかも知れません」

「私を連れて行って下さい。危険を冒したいのではありません。友人として、まる船長を助けたいと思います」

 阿於芽あおめはじっと彼女を見た。

「あなたに何ができると?」

「私はマイクロ・ロボット工学を履修しましたし、電子機器のスペシャリストです」

「まあ、それはあなたの所業を見ていれば分かりますがね」

「だから、少しはお手伝いも出来ます」

 真剣に見つめる彼女に対し、阿於芽あおめは軽く肩をすくめる。

「あなたを連れ帰ると、私が怒られます」

「私がすべて責任を取ります」

 押し問答だった。そして猫は大抵そういうのは苦手だった。阿於芽あおめも例外ではなく、こんな面倒臭いやり取りはさっさと終わりたいと思っていた。

「保証は何もない」

 そういうと、阿於芽あおめは操縦席に座った。カーチャは阿於芽あおめが船のコースをセットしているのをしばらく見ていたが、ワイヤー型のマイクロ・ロボット=ワイヤー・ロボットを取り出すと、何やらごそごそとつぶやいて指令を与え、阿於芽あおめの肩にこっそりと放った。

 次の瞬間、ワイヤー・ロボットは阿於芽あおめを縛り上げようとした。

「あきらめが悪いお嬢さんだ」

 阿於芽あおめは人型プローブを構成するナノマシン結合を一瞬緩くして、ワイヤー・ロボットをするりと抜けると、触手で逆に絡め取った。だが、それは二重に考えたカーチャの作戦だった。

「かかりましたね」

 彼女がそう言った次の瞬間、阿於芽あおめの体に電撃が走った。

「ぐ、しまっ――」

 阿於芽あおめは突然の感電で動けなくなった。

「スタン攻撃が効きましたか。異星人の弱点なんて知らないから、これもダメだったら次を試すつもりでしたけど」

 彼女は運がよかった。もしスタン攻撃を仕掛けたのが人の姿の部分(彼の体以外)なら、阿於芽あおめ自身はびくともしていなかっただろう。

 そして、異星人の身体、というものに興味が出た彼女は、阿於芽あおめの体をつつき始めた。程なくして、人の姿に見えている部分がナノマシンの集合体であることをセンサーで突き止めた。

「この姿は仮の姿、という訳ですか」

「や、止め――」

 阿於芽あおめは抵抗したかったが、身体の自由はロクに効かない状態だった。

「大量のナノマシンを組織化して、人の姿を保たせるためには、ナノマシン自身の演算能力では全然足りるはずがない、とすると――」

 彼女は〈カルーア〉のシステムを軽くハッキングした。

「なるほどなるほど、とすると、このプロセスに終了処理を指令、っと」

 終了処理が行われた人型プローブの制御プログラムは、その形状を解除した。出てきた阿於芽あおめの本体を見て、カーチャの目はキラキラと好奇心に輝いた。

「おやおやー? 中からは可愛い黒猫さんが出てきましたね」

 こうして、阿於芽あおめは、公女殿下に凌辱さ(たっぷりいじら)れ、白旗を上げたのだった。


§


「敵の亜空間攻撃艇に〈テトラオドン〉の庇護と制御を奪われました!」

 バロンは狼狽うろたえていた。

「落ち着け、向こうが相当間抜けでなければこうなると想定していた」

「しかし、敵船および〈テトラオドン〉にワープシェル展開反応が」

「マーカーはセットしているだろう。黙って待っていれば、敵が目的地に案内してくれるさ」

 ラスターは船長席から降りると、ブリッジをてとてとと歩き、バロンのいるコンソールの傍に来た。

「奴らがいくら目的地に近付いても、物理キーは私が持っているからね」

「キーの解析が行われてしまう可能性はないでしょうか?」

「このキー自体が、23世紀の『失われた技術』の産物らしい。現代の量子コンピュータを1万台動員して千年計算させても、解析は出来ないとさ」

 バロンはふと顔を曇らせてラスターを見る。

「一つ聞いて宜しいでしょうか?」

「なんだね?」

「ラスター様がはなぜ、敵の貨物を欲していらっしゃるのですか?」

 言われてラスターは目を細めると、暫くして目を瞑りながら答えた。

「私が失った大切なものを取り返したいのさ」

「大切な……」

 ラスターは身をひるがえすと、ブリッジのドアに近付いた。

「30分寝る、後は任せた」

「はっ」

 ラスターを見送るバロンの視線は、どこか寂しげであった。


§


 〈テトラオドン〉は、作戦を変更して〈カルーア〉と共に〈上喜撰〉のドックに入っていた。

「そう言えば、あんたなんで人型に戻っていたのよ」

 人の姿のままでは〈テトラオドン〉から出ることが出来ず、阿於芽あおめは一度、人型プローブを解除していた。

「公女殿下だよ」

 彼らが降りてきたところに、カーチャも丁度〈カルーア〉から降りてきた。彼女はさっそく阿於芽あおめを見つけた。

"Mon chat noir mignon !(私の可愛い黒猫ちゃん!)"

 興奮してそう叫びながら阿於芽あおめを追いかけるカーチャ。阿於芽あおめは慌てて触手を伸ばし、いずこかの時空に張ったアンカーを引っ張って逃げようとした。しかし、ワイヤー・ロボットが彼の後ろ脚をがっしりと掴み、片方の端で〈カルーア〉をつかんで離さなかった。超越階梯の生命体なのだから、冷静になればいくらでも手は打てると思うのだが、彼は既に理性が飛んでいて、必死でもがいているだけだった。まるはその滑稽な図を見ながら、ボーっとしていた。

「ああ、そう言えば〈欧蘭〉って、公用語はフランス語なんだっけ」

 まるの大ボケに、阿於芽あおめは悲鳴を上げた。

「まる! 船長の権限で何とかしてくれよ!」

<冷静になれば、幾らでも自分で対処できるでしょうに>

 まるは思う処は合成音声には反映せず、カーチャに制止を呼びかけた。

「カーチャ様。ここは私の船です。私が切れる前に、どうぞご自制ください」

 ドスを聞かせた合成音声には、本気がありありと匂わせてあった。カーチャは赤面してワイヤー・ロボットに中止コマンドを与えた。

「そして阿於芽あおめも逃げ回らないっ。逃げるから余計に追っかけられるんじゃないの」

 一人と一匹は、ばつの悪そうな顔で同時にうなだれた。

 まるは二人を代わる代わるに見て、ため息をついた。

「公女殿下、とにかく一度お戻りください。本船への乗船については後日約束を取り付ける、という事で如何ですか?」

 カーチャは顔を上げて何か言いかけた。阿於芽あおめは言葉を察してまるに伝えた。

「彼女は多分、今が一番面白そう、と思っているんじゃないかな」

「面白がられても困ります。今はかなり危険な駆け引きの最中ですし」

 ガッカリしているカーチャを見て、まるは言葉をつけ足した。

「安全なところに居て頂けるなら、現状を逐一お知らせしましょう。それで如何ですか?」

 カーチャはかなり悩んだ顔をしたが、決心したように頷くと、返事をした。

「船長、ご配慮痛み入ります。それで構いません」

「宜しい、では当船はエカチェリーナ公女殿下を安全なところにお送りいたします」

 まるはブリッジに通信をつなげるとラファエルと話した。

「公女殿下をお送りします。何か適当なつじつまを合わせて頂ける?」

『面倒臭い事を押し付けてきますね。この場合、私達が発見した、というのは拙いですね。疑われていますし』

「そうねえ……とにかく、送り届けるまでにストーリーを考えておいて」

『分かりました、ブリッジのメンバーで相談してみます』

「よろしくね」

 まるは通信を終わると、格納庫の一堂を見た。

「じゃあ、公女殿下を居城までお送りいたします」


§


 亜空間通信で連結したレーダー網を確認していたバロンは、まる達の動きを察知した。

「ラスター様、まる達がワープシェルを起動しました。移動を開始するようです」

「ふむ、〈テトラオドン〉のマーカーは?」

「正常動作しています」

「よし、ではマーカーを追って移動する。本船もワープ準備だ」

 

§


 惑星〈星都〉近隣にワープアウトした〈上喜撰〉の会議室では、あーでもない、こーでもないと、まると公女殿下の救出に関わるストーリーを練っていた。

「真実そのままではいけませんの?」

 参加したカーチャは面倒臭そうに言った。ラファエル副長は苦笑いしながら答えた。

「それだと、船長が略取誘拐班になって仕舞います」

 カーチャは露骨に嫌そうな顔をして、ため息をついた。

「面倒臭いのですね。外交で嘘をつくのには慣れていますが、これはちょっとスケールが違いますね、自信はありませんよ」

 まるは虹彩を細めてカーチャを見た。

「私達が〈欧蘭通商圏〉に滞在している間だけで宜しいのです。後始末は織田コンツェルンにお願いしますわ」

「それ位ならまあ……」

「丁度交戦中という事もありますから、敵の攻撃に巻き込まれたとかどうでしょう?」

 太田の提案に、まるは腕を組む。

「それも考えたんだけど、奴らの上層部が不明な以上、下手に利用できないのよね」

「そうですか……」

「船長と公女殿下が同時に居なくなったんですから、船長原因の何かに、公女殿下が巻き込まれた、とかでしょうか」

 加藤が言う。

「無難な線ね。でも私由来って?」

 まるの質問にラファエルは顎に手をやって考えていたが、ふと思いついたように顔を上げる。

「『迷い猫時間線』への旅の余波、とか」

「ふむ。考えではあるわね。あとは私と彼女はどうやって帰って来たか」

 カーチャは即座に反応する。

「ここで逆に阿於芽あおめさんを利用したら如何ですか? 彼が戦闘中にまる船長を捕捉して、私ごとサルベージした。とか」

 まるは感心して鼻を鳴らした。

「ふむ、〈上喜撰〉で発見したというより信憑性もあるわね。その線で行きましょう。ラファエル副長、ウクライナ公国の〈星都〉領に連絡を入れて」

「了解しました」

「全員解散、カーチャと阿於芽あおめは私と最終の打ち合わせを」

 全員は席を立って慌ただしく動き始めた。


§


 惑星〈星都〉のウクライナ星間公国領では、公女発見の報に、胸をなで下ろしていた。

 彼女を乗せた〈川根焙じ・改2〉が領地内のスターポートに着陸した時、場は歓喜に包まれた。

「よくご無事で戻られました」

 出迎えの声に、カーチャ、いや、公女殿下は平然と答えた。

「少し驚きましたが、まる船長以下、〈上喜撰〉の皆様の配慮で、快適に過ごさせて頂きました」

 お礼の為の縁石を、との申し出もあったのだが、現在〈上喜撰〉は準交戦状態にある事を伝えて辞退し、早々に後にすることにした。

「やれやれ、やっと一つ片付きましたね」

 疲れた笑いを浮かべるラファエル副長に、船長席のまるは身を固くしていた。

「むしろ、彼女がいなくなったこれからが本番よ、気を抜かないで行きましょう」

 ラファエルも顎を引くと姿勢を正した。

「了解です」

 と、ラボから連絡が来た。

『まる船長、敵から拿捕した船についてご報告があります』

「ああ、秋風君。どんな事?」

『船長の仰る通り、マーカーがセットされていました。ただ、マーカーは船殻全体に張り巡らされていて、簡単に分離できなさそうなので、この船を乗せている限り、我々は敵に捕捉され続けます』

「まあ、それ位はしてくるか……わかった、ありがとう」

 敵に捕捉されるのは想定内だった。だから、公女殿下をお送りする際も、惑星〈星都〉には直接向わず、かなり前の時点でワープアウトしてから、〈川根焙じ・改2〉を発進させた。

「マーカーが分離できたら、囮にでもするつもりだったかな」

 ブリッジに来ている阿於芽あおめは淡々と言う。彼は座席が使いやすいというそれだけの理由から、また人型プローブに入ってチャラ男をしている。

「まあ、ね」

 阿於芽あおめは背伸びをした。

「あの搭載艇にあるような椅子を作ってくれたら、こんなプローブ要らないんだけどねえ」

「考えておくわよ。さて、ワープシェル展開、次の目標に向かってワープ」

 まるの指示で、〈上喜撰〉は先程から断続的にワープを繰り返していた。

「敵の様子は?」

「今のところ敵影は確認できません」

「こちらの状態は筒抜けで、向こうが分からないっていうのは少しストレスよねえ」

 だから、相手にも心理的ストレスを与えるために、かなりデタラメなコースでワープを繰り返しているまるではあった。根競べである。


§


「ああ、イライラするわね」

 ラスターは後脚の爪で頭をカリカリと掻いた。

「敵は何の目的があるんでしょうか」

 バロンは心配そうに言う。

「そんなもの、私たちにストレスを与えようとしているに決まっているでしょう。恐らく〈テトラオドン〉のマーカーも発見しているでしょうね」

「テトラオドンを敢えて捨てずに持って行っているのは、我々に対する挑発だ、と?」

「ええ。そして我々を最終的には目的地に誘おうとする筈。物理キーはこちらにあるんだから」

「それが一番の強みではありますが――」

「奴ら、遊んでいるのよ。私らよりアドバンテージがあるんだって言いたげにね」

「こちらで先行するのを見せつけては如何ですか」

「向こうの方が細かい行先の情報を持っている以上、意味が無いわ。どっちにしろ、燃料に制限のない高速船だと、向こうの納期いっぱいまで遊ばれる可能性があるわね」

 そう、この時代の「高速船」と呼ばれるワープエンジンを搭載した航宙船の燃料には制限が無い。ワープエンジンとワープシェルは、ワープシェル自身を展開した際に包まれる先の亜空間と、我々の時空間の間のずれからエネルギーを得ている。ワープ開始時のエネルギーを、直前のワープ時のエネルギーから得ることによって、ほぼ無制限に駆動力を得ることが出来るのだ。

 全てが搭載エネルギーに左右される21世紀初頭の宇宙開発とは、一線を画していた。

 余禄だが、似たようなことをしている阿於芽あおめの時空アンカーや、ラスターの時空トンネルも、生体に亜空間通過時に得たエネルギーをためる機構があると推測されている。だからそれも、繰り返し使う分にはほぼ無制限である。ただし何れも、能力を起動する際に生身の部分に多少の負担を掛けているらしく、それによる疲弊が二人の能力限界ともいえた。

「物は考えようかと思います」

 バロンが静かに切り返した。

「ん?」

「こちらの目標は彼らの納期より長い筈です。彼らの挑発を無視し続けていれば、焦るのは向こう側ではないでしょうか?」

 バロンの言葉に、ラスターは顔を曇らせた。

「そういう訳にもいかない。時間が無いのは私も同じなのだ」

 バロンが不思議そうな顔をすると、ラスターはわざとにやっと笑って見せた。黒猫や錆猫がにやにや笑いの表情を作ると、本当に邪悪な感じになる。

「クライアントへの期日など詭弁に過ぎん、私には目的が別にあるのさ」

 そういうと、彼女はバロンを毛繕いした。


§


 敵が一向に動かない状態なので、まるもしびれを切らしてきていた。

「敵に十分に時間的余裕があるなら、我々は納期まで待たされ続けて終わりになって、契約不履行になりかねません」

 ラファエル副長が不安を口にした。

「その時は少々時間が掛かっても、織田氏に連絡を送って、事後承諾でも構わないから契約期間の延長を話すだけよ」

「あなた任せにこの人数の命運を掛けるのも、何とも辛い話ですね」

「新穂くんの部隊が別の仕事を取って来てくれるなら話は別なんだけど、こちらが終わらない限り、ダブルブッキングを恐れて、新しい仕事は入れてくれないでしょうねえ」

「私掠船はアトラクションに人気があると聞きますが」

「この船は宇宙海賊猫、まる船長が接収した。金目のものを出しやがれ―! とか?」

 まるの演技にラファエルは苦笑いした。

「まあ、それでも良いでしょうが、他の私掠船と組んで、ドッグファイトを見せるというのも良い収入らしいですよ」

「ドッグファイト? 猫の私が? BL誘って二人でキャットファイトした方がましだわ」

「キャットファイト……って、それはちょっと」

 ラファエルは、猫二匹が取っ組み合って泥の中でギャーギャーと言いながら喧嘩しているのを想像した。あんまりショーとして見たい代物ではない。

「冗談よ。私掠船なんてめったに見る代物じゃないし、それ自体がショーになるんでしょうね」

「軍の船は結構見ますがね」

 まるは人工的な笑いを合成音声で出した。

「さて、もう少し建設的な事をしましょうか。敵船の位置はつかめている?」

 にゃんたに尋ねると、彼女は慌ててわたわたと資料を出した。

「船長がインターセプトされていた時から追跡していましたが、見失っています。可能性のある場所はシャブランが割り出していますが――」

「オーケイ、シャブラン。中央スクリーンに候補地を表示」

 まるが言うと、中央の球形スクリーンに候補地が3つリストアップされた。

「暫定可能性1位は惑星〈モート〉、か。相変わらず気持ち悪い星ね」

 まるはスクリーンに写る巨大な骸にわざとらしく猫パンチをした。

「地殻、というべきか表皮というべきか分かりませんが、隕石の落下で表層の一部が剥離して、体組織がむき出しになった箇所があり、そこから骨組織が飛散して、周辺に周回軌道を取っているらしいです。骨の衛星ですね」

 にゃんたの説明に、まるは身を乗り出してスクリーンを眺めた。

「なるほど、その骨から熱源反応有り、と」

「うまく隠している様ですが、骨組織自体にむらがあって、そこから出ている輻射で判明しました」

「この死骸……じゃなくて、星にも織田氏の候補地があるのよね」

「え、はい。そうです」

「よし、じゃあ一石二鳥だわ。惑星〈モート〉に向かうわよ。太田君ワープシェル展開、進路惑星〈モート〉、ワープ最大船速」

 まるの指示を待ち受けていた太田航宙士は直ちに反応した。

「了解、ワープシェル展開して惑星〈モート〉にワープ最大船速」

 しかし、まるは見落としていた。残り2つの候補地のうちのひとつに、疑問符が付けられていたことを。


(続く)

いよいよ宝探……じゃなくて、織田氏から依頼された積荷を運搬するために、〈ヴェルソー太陽系〉を巡って依頼品を探すことに。

しかし、ラスターも虎視眈々と積荷を狙っています。

全面対決の始まりです。

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