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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
59/72

第59話「まるは宇宙海賊です11:河豚の毒にご用心」

拿捕した敵船を利用した作戦を展開するまると阿於芽、二人の作戦は功を奏するのでしょうか。そして、公女殿下はどうなるのか、ラスターたちの動きは……?

様々な思いが重なり合う第59話!

(承前)


 河豚フグを思わせる外見の猫専用搭載艇〈テトラオドン〉は、猫専用であるがゆえに、まる達にとって至れり尽くせりな感じで出来ていた。

 狭い所に収まるのが好き猫の性質を利用して、座席はトンネル状になっており、後ろからするっと入り、すっぽりとはまり込む感じになっていた。その姿勢のまま、前脚の動く範囲で大抵の操作が出来、顎を乗せるチンレストの隣には、鼻を突っ込んで舐めると水が出る水飲みが付いており、逆側にはペースト状の食べ物が出る食餌器もあった。

「まる、この装備、うちの参考になるんじゃないか?」

 阿於芽あおめは様々な猫仕様の装備に、いたく感動してはしゃいでいた。

 まる自身もまんざら悪くはないと思ったが、彼女のポリシーがそれを拒否した。

阿於芽あおめが欲しいなら、あなたの私室と〈カルーア〉に装着してあげましょうか?」

 頑ななまるの姿勢を見て、阿於芽あおめは耳を寝せた。

「何が不満なんだよ?」

「私は『人間と共に』働きたいのよ、その為に十分すぎるくらい猫専用の装備は設置してるわ」

 それは、長年人間の中に混じって働いて来たまるの矜持きょうじの様なものだった。阿於芽あおめは尻尾をプルっと震わせると、自分のコンソールを検分ながら応じた。

「まあ、君のポリシーを敢えて否定はしないがね」

 それから2匹は、必要な作業に専念することにした。敢えて傍受されることを前提にしながら、〈上喜撰〉との通信リンクを設定し、進路についてのやり取りをした。


『それで船長、今回の目的の積荷は、どこで受け取る手はずになっているんでしょうか?』

 ちょっと困ったような顔で、〈上喜撰〉のブリッジから、ラファエル副長が尋ねてきた。

「丁度その件で話をしなきゃいけないと思っていたんだけど」

 まるはそう切り出しつつ、コンソールを操作して〈ヴェルソー太陽系〉の星図を呼び出していた。

「織田氏からの情報をざっと見た感想としては、単純にここに行けば手に入る、という代物でもないみたいなのよねえ」

『というと?』

「私が貰えたのは、入手手順書の様なものなのよね。その第一弾が物理キー」

『しかしそれは――』

「そう、敵にとられちゃった。何処から情報が漏れたのか分からないけれど、先回りされちゃったわね」

『次の手順はどうなっているんですか?』

「困ったことに、物理キーを入手することで情報が開示される手はずになっていたらしいわ」

『お手上げじゃないですか』

「私もそう考えていたんだけど、僅かに判明している先の手掛かりがあるの。今回物理キーが有ったのは織田さんのとこの会社の施設」

 そう言いながら、まるはコンソールを操作する。

「〈ヴェルソー太陽系〉の織田さんの関連は22箇所」

 星図にマークが表示される。

『びっくりするほどの量ではないですね。しらみ潰しに探しますか?』

「時間の無駄よ、『ヌーヴェル・ニース』の施設もそうだったんだけど、織田さんが先代から受け継いだ施設、というのが、5カ所あるの」

『そこが怪しい、と?』

「ええ、そう。残り4カ所ならしらみ潰しより、遙かに効率が良いでしょう?」


§


 織田氏の古い施設は

 1:惑星〈ヌーヴェル・カピタル〉

 2:惑星〈星都〉

 3:惑星〈プロヴァンス・ベント〉

 4:二重惑星〈ジュメル〉

 5:惑星〈モート〉

 に、それぞれ存在した。


 厄介なのは後半の2つで、どちらも居住可能惑星ではない。しかも、〈ジュメル〉は2重惑星のどちらに施設があるのか明らかではないし、〈モート〉も、施設がどこにあるのはは皆目見当が付かなかった。


「私としては、〈ヌーヴェル・カピタル〉と〈星都〉は望み薄だと思う」

 まるはため息交じりにも聞こえるノイズっぽい合成音声で話した。音声変換時に歯切れの悪い思考をしている証拠だ。

「根拠を知りたいね」

 阿於芽あおめは給餌器から鶏肉の香りのする栄養バーを引っ張り出して、食べながら聞いた。

「物が危険すぎるからよ」

 阿於芽あおめが食べているのを見て、自分も空腹を思い出し、まるも給餌器を操作してみた。まるの船でアレクシアが作ってくれる様な、立派な食事ではないものの、鶏、鮪、豚、得体のしれないゼラチン状のもの、穀類、野菜、e.t.c.――と、実に様々な味と香りが選べる。まるは鶏レバーを選んで、出てきたバーを咥えて引っ張り出し、食べ始めた。

「危険、と言えばまあ、危険なのかねえ」

 阿於芽あおめは気のない返事をする。

「貴方みたいにデタラメな生き物の目から見たら、大したものじゃないかも知れないけれど。太田さんの目録をちらっと見せてもらった限りでは、都市の一つや二つ壊滅させられそうな物騒なテクノロジーとか、経済をひっくり返してしまうようなオーバーテクノロジーとか、とにかく尋常ではないものだらけよ」

「はいはい、どうせ僕は超次元の怪物様ですよ」

 彼は肩の辺りから肉質の触手を伸ばしてフラフラと振って見せた。

「それ、お姫様には見せないでね」

「卒倒する?」

「逆よ」

 そう、お姫さまは好奇心の塊だった。


§


 カーチャは、船室から出ることを禁じられ、自分が蚊帳の外になっているのが面白くなかった。

 そして、学生時代に、あの神楽茉莉とつるんでいたような彼女である。大人しく船室待機を受け入れる様な慎ましい姫様ではなかった。

 加えて言うならば、彼女の学生時代の専攻は……。


 彼女は船員制服を確認した。恐らくはナノマシンによって各人の位置が確認できるようになっている。彼女は躊躇せずに制服を脱いで下着姿になると、部屋の物色を開始した。彼女は脱走を考えている犯罪者の監禁などを考慮した部屋ではなく、ちゃんとした貴賓来客用の船室に通されている。設置されたドレッサーにはヘアピンやハサミなど、工具として使えるものがたっぷりあった。

「ちょろいものよね」

 そう言いながら、ビスチェを脱ぐと、そこに仕込まれていたワイヤーを抜き取った。彼女の幼女体型を少しでもカバーするための物ではあったが、それは別の用途で特注品だった。

 改めてぺったんこになったビスチェを着ると、ワイヤーの端をくるっとひねった。

「ういん」

 起動音を発すると、ワイヤーは生き物のように振る舞った。

 彼女は客室にも設置してあるモニターを検分した。モニターのパネルは、ネジやビスで止められているのではなく、形状記憶金属によってはめ込み後に固定されている。

「えっと、これは熱かな」

 そう言いながら今度は、下着のリボンの部分をくるくると弄って、宝石のように見える飾りを外した。それをピンの先に挟むと、先程のワイヤーを下から差し込む。

"Commandes vocales: Chauffé à 440 degrés Fahrenheit . (音声コマンド:華氏440度に加熱)"

 ワイヤーは「ピッ」という音を出す。

 そして、彼女はピンをパネルの四方にさっとめぐらした。パネルは「ぱこっ」という音とともに外れる。彼女はワイヤーの先端を再び外して、こう呟いた。

"Commandes vocales: Intrusion au circuit électronique .(音声コマンド:電子回路に侵入)"

 ワイヤーは再び「ピッ」という音を出したかと思うと、彼女が最初に操作した端を外に残し、するするとパネルを外した穴に入って行った。

 彼女の専攻はマイクロ・ロボット工学だった。勿論、この時代、学習ならば睡眠学習装置に入ればだれでも一流の能力を身につけることが出来る。だが、適性や創意工夫の能力となると話は別だ。この時代、学校はその適性を伸ばし、多彩な才能に触れることによって、その個人の能力を開花させるための機関のなっているのである。

「私をのけ者に出来ると思ったら、大間違いですわよ?」


§


 まると阿於芽あおめは、〈テトラオドン〉で惑星〈ヌーヴェル・カピタル〉の周辺宙域にワープアウトすると、巡航速度に切り替えて接近していった。

「まる、ここはシャブランの演算通信の範囲外だ。人型プローブの展開は出来ないよ」

「それくらい承知してるわよ。このまま行くわ」

 そういうと、通信チャンネルを開いて、織田の施設を呼び出した。

「こちら航宙船〈上喜撰〉の船長、まるです。接収した航宙船〈テトラオドン〉にて航行中。御社施設に着陸を要請いたします」

 若干のラグのあと、相手からの通信が帰って来た。

『こちら織田通商、産業研究所です。貴船のマーカーを確認。会長からの通達は頂いております。着陸ガイダンスを出しますので、従ってください』

「了解、通信おわり」

 そういうと、まるは阿於芽あおめの方を向いて盛大な欠伸をして、それから舌なめずりをすると、緑の目を細めた。

「手回しが良いもんだね」

「十中八九、こちらが宝探し状態になる事まで読んでたわね、あのタヌキおやじ」

「でも、まるもそれを想定していたんだろ、お互いさまじゃないか」

 まるは鼻にしわを寄せて、明らかに不服そうな顔をした。

「その言い方はないんじゃない? 私はのせられてあげているのよ。――と、着陸ガイダンスが来たわ」

 阿於芽あおめは肩をすくめると、計器パネルに目を通した。

「航路クリア。じゃあ行きますかね」

 〈テトラオドン〉はその小さな船体を震わせながら、地上に向かって降下していった。


§


「ラスター様。〈テトラオドン〉を何者かが動かしています」

 あくまで無表情にバロンは伝えた。

「誘っているのよ」

 ラスターは知っていた、というような表情で返した。

「まる達、でしょうか」

「航宙船を動かせる猫なんて、私たち以外には奴らしかいないわ」

 猫用宇宙船の運用は、猫にしかできない。この広い地球人類圏でさえ、知性を持った猫は(意思を持たないクローン猫を除いて)5匹しかいない。大型ネコ種のピンインは操縦席に座れないから除外だし、コンピュータによるプローブの「しゃぶらん」や「らまるく」(同シャブラン、同ラマルクのサブセット)も除外だ。ラスター、バロン、まる、阿於芽あおめ、そして琥瑠璃こるりが、まともに動き回れる知性化された猫のすべてだった。

「彼らは惑星〈ヌーヴェル・カピタル〉に向かったようです。あそこには判明している織田の施設の一つがあります」

 バロンとラスターは手分けして織田の施設を探していたが、まるたちと同じ壁にぶつかっていた。彼らとしては、まるたちが次の施設を知っている可能性が高いと踏んでいた。もちろん実際にはどちらも雲をつかむような状態ではあったのだが、施設の場所をつかんでいる分、まるたちのほうが有利と言えば言えた。

「奴の母船は?」

「はっ。私掠船〈上喜撰〉は、第4惑星の軌道上を周回しています」

「ふむ……〈デンドロバテス〉の修理状況は?」

「修理状況は9割ですが、まだ完璧とは言えません」

「50%の威力で攻撃が出来て、彼らを追撃できればいいわ」

「でしたら、あと30分で可能です」

「移動中の修復は?」

「可能です、クローン兵の増産も済んでいます」

「ならすぐに出発の準備を」

「了解いたしました」

 

§


 まるたちが地上に降下した直後、ラファエル副長からの緊急通信が入った。

『船長、大変です』

「どうしたの? 敵?」

『いいえ、敵はまだ捕捉できていません。それより、公女殿下が行方不明になりました』

 まるの瞳孔が真ん丸に開いた。

「ちょっと待ってよ、見張りはどうしていたの」

『部屋からブリッジのコントロールをクラックされて、船内が大騒ぎに。その騒ぎに乗じて逃げ出したようです』

 まるは自分のうかつに内心舌打ちした。公女殿下はあの神楽茉莉の学友なのだ、どんなスキルを持っていても驚くにはあたらない。

「彼女が着ていた制服にはほかの服と同じように、トレーサー用のナノマシンが仕組んであるでしょう?」

『それが、どうも脱いだようです』

「彼女の服は保全を理由にこちらで管理している筈よ」

『ええ、ですから彼女は下着姿で逃げ出したようです』

 阿於芽あおめがはっとして質問する。

「搭載艇は? 搭載艇は無事なのか?」

『今連絡が来ました。〈カルーア〉が盗まれたようです』

「あうつ」

 そういって阿於芽あおめは前足で顔を覆った。まるはもう少しまともだった。

「直ちにカルーアの位置をトレースして連絡して。阿於芽あおめはアンカーを辿ってカルーアに行ってもらえる?」

『了解、ラファエルより以上』

 通信はそう言って切れたが、阿於芽あおめは慌てた。

「ちょっと待てよまる、僕は〈カルーア〉にアンカーなんて――」

「それは嘘。仕掛けてないとは言わせないわよ。大事な愛機でしょ?」

「――緊急用に一応繋いでいる。で、僕一人であの子と一緒の船に乗れって?」

「そう。女の子のお相手よ。楽しいでしょ?」

「人間の女なんてどうでもいいよ。しかも相手は子供のモチベーションのままの女なんだ。勘弁してくれ」

「猫の一番苦手なものは子供。それは昔から変わらない事実よね。カルーアにシャブランとのリンクはある?」

「ああ、サブセットCPUも搭載してある……が、下着姿の公女殿下の前に、人間の姿で出て行けって言うのかよ。余計に勘弁してほしいよ」

「何なら、女の子に化けて見る? 確か琥瑠璃こるりの人型プローブ用構成データが――」

「そんなアンフェアもしたくはないよ」

「フェアもアンフェアも、人間と猫なんだから」

「それでも」

 阿於芽あおめは頭をブルブルっっと振ると、まるの方を見た。

「この姿では舐められるかな」

「多分ね」

「じゃあ、仕方ないか。どっちのフォルムが良いかな」

「お任せするわ。いきなりオジサマが出てくるのと、年が近そうなパンクロッカーが現れるのと」

「……オジサマは止めておくよ。彼女に着せてあげられそうな服はない?」

「これ、猫専用の船なんだから、そんなものある訳無いじゃない」

 仕方ないなという顔をして、阿於芽あおめは触手をあらぬ方向に伸ばした。間もなく触手の先に何処かで見たようなドレスがつかみ出されてくる。

 それを見たまるの目が丸くなる。

。それ、私の」

「御免よ、触手を伸ばせる先で、人間用の衣服がある場所は君のところ位だったんでね」

「でもこれ、サイズが全然――」

 言いかけたまるの目の前で、阿於芽あおめの触手が目にもとまらない速さでドレスをなでると、あっという間にドレスの大きさが一回り小さく成型された。

「貴方がデタラメな存在だっていう事を忘れてた」

「そりゃどうも。じゃあ行ってくるよ」

 そう言って触手を出した阿於芽に、まるは目を細めて一言付け加えた。

「くれぐれも、彼女をレディとして扱う事を忘れないで」

 阿於芽あおめは天井を見て、それから目を瞑った。

「まあ、あんまり期待しないでくれよ」

 次の瞬間、阿於芽あおめの姿は空間に引きずり込まれるように消えた。


§


 私掠船〈デンドロバテス〉は多少の修復を残しながらもドライドックを出た。

 〈デンドロバテス〉は惑星〈モート〉の周回軌道に浮かぶ巨大な骨片を母港とし、その骨髄構造を、そのままドライドックとしていた。眼下に広がる惑星〈モート〉の地表……巨大生物の遺骸の体表は、深い皺が幾筋も刻まれ、その奥にびっしり何百という骨格が見て取れた。骨格の下は厚い組織の層になっており、組織に含まれるパラフィン様物質のお蔭か、全体として腐敗や風化は免れていた。その全体が一匹の蛇状の生き物だったのか、複数体のハダカデバネズミのような生き物の集合体なのかは、その組織が光線探査、振動探査等を受け付けない上に、構成組織のパラフィン様物質に危険な爆発性が判明しており、安易な探査の妨げとなっていて、現状では知る由が無い。なお余談だが、このパラフィン様物質は複雑な化合物で、合成が難しい天然素材として、その性質により、時折利用される化学的爆薬として少量が採掘、販売されている。このためのプラントが織田氏の施設のひとつであった。


 なぜこのような巨大生物がいたのか、どのような生態だったのか、なぜ死んで惑星と化してしまったのか。全ては数億年の過去の彼方の出来事であり、推測する以外に術は無かった。全長数千kmに及ぶ生体組織などという、物理法則に反する様なその巨体を、自然発生した組織が維持していた生命体がいたとは考えにくいことから、先史文明的なものの遺物ではないかという説があった。しかしそれでは、そのような生物をなぜ作り出したか分からないし、そして今、〈ヴェルソー太陽系〉の他の星に、文明の遺物が無いのはなぜか、等という疑問が残る。

 一つの解として、現在惑星〈モート〉と呼んでいる場所に小さな準惑星があり、巨大生命体がガス星雲を住処とする生命体であり、なんらかの原因でガス星雲が〈ヴェルソー太陽系〉を通過する際に、準惑星天体に巨大生命体が取りついた状態でガス星雲が去って仕舞い、ガス星雲の何かを生命源としていた巨大生命体の命が尽きてしまった、というものがある。

 何にしろ、それは古代の宇宙の秘密であり、数億年分の時間旅行でもしない限り、解明されない謎のひとつではあった。


 閑話休題。


 〈デンドロバテス〉はワープの為に惑星〈モート〉を離れる軌道に乗った。

「古代生物の死体など無視して一気にワープしても良かったのではないかな」

 ラスターが半笑いでいうと、バロンが真顔で反論した。

「そういう訳にもいきません。惑星〈モート〉は不安定な物質で出来ていますので、重力震を起こすと星全体が爆発する可能性があります。その破壊力は他の惑星に波及するくらい大きい物になるそうです」

「ふん、面倒くさいな」

 巡航速度で飛ぶ暫しの時間、ラスターは備え付けられている休息用の「ねこちぐら」状のソファに向かうと、丸くなって寝た。

「ワープ可能位置に着たら起こせ」

 そう一言告げると、ラスターは目を閉じた。

「はっ。お休みなさい、マム」

「・……マムは……よせ――」

 彼女は既に微睡みに落ちつつあった。


§


 想像してほしい。

 完全な密室と思って乗っている乗り物に、突如として異性が現れたらどう思うか。

 しかも、自分は下着姿だ。


 阿於芽あおめは彼女の死角に現れて、それから一言、声を掛けた。

「そんな恰好をしていると、風邪を引くよ?」

 金切声というか、絹を割くような悲鳴というか、超音波級の絶叫というか。彼女の口から発した声は想像を絶するものだった。それは阿於芽あおめをひるませるのに十分に過ぎた。

 振り返りざまに彼女は操縦席に据え付けられたスレート端末を投げつけてきた。もし投げつける物が豊富にある場所だったら、阿於芽あおめは凸凹になるまで物を投げつけられていたに違いない。だが、投げつけられたスレート端末を阿於芽あおめが触手でさっと受け取り、それから再び見ると、彼女の姿はなかった。

「?」

 阿於芽あおめが辺りを見回すと、彼女は操縦席の陰に小さくなっていた。彼は畳んで持ってきた、仕立て直したまるのドレスを、彼女の所に放り投げた。

「トレーサーとかは一切付いてない、たぶん確認機材は持っているんだろ? 調べると良い。サイズは君に合うはずだ」

 あくまでもタメ口で話す謎のチャラ男に、カーチャはだんだん腹を立てはじめていた。受け取ったワンピースのドレス服にセンサーを当て、問題が無いと確認すると、もそもそと身に着け、それから立ち上がると思いっきりの虚勢を張って阿於芽あおめを見た。

「あなたはいったい何者? 私を誰だと――」

 阿於芽あおめは恭しく頭を下げながら即座に切り返す。

「エカチェリーナ公女殿下。目下まる船長によって略取誘拐中、ですよね?」

「なっ……」

「私は阿於芽あおめと申します。私掠船〈上喜撰〉の技術乗務員でございます」

「技術乗務員。私の身分を知ったうえでそのタメ口……」

「別の肩書もありましてね」

「なっ?」

 阿於芽あおめはここでちょっとハッタリを掛けた。

「私はね、異星人なんです」

 そう言いながら、阿於芽あおめは人型プローブの指先から、触手を10cm程伸ばし、その先端を更に花の様に幾重にも広げて見せた。

 公女殿下は声も立てずに卒倒した。


§


『船長、敵船補足しました』

<言われなくても分かってるわよ! 今私が追っかけられているんだから>

 〈デンドロバテス〉は、亜光速航行に移行したばかりの、まるの乗った〈テトラオドン〉のインターセプトコースにワープアウトした。一方の〈上喜撰〉は、敵船の位置を把握は出来たものの、〈カルーア〉の回収の為に、まるの救援に向かう事は出来ない状態だった。

『〈カルーア〉は阿於芽あおめに任せて其方に急行――』

「そうもいかないわ。それに、私が『目的のための生きているキー』である以上、敵はこっちを殺すことはできないし。逃げていれば何とかなるわよ」

『しかし、その船が鹵獲されてしまったら――』

「その時はその時」

 とは言いつつも、状況は芳しくはなかった。まるが相手に捉えられた場合、ラスターの能力がある以上、阿於芽あおめのアンカーによる救出も、上手くいく保証はない。だいたい、阿於芽あおめのデタラメな能力は、動力源も限界も分からない代物だ。そうそう何度も賭けをする気にはなれない。


 まるが色々と考えながら操船していると、通信が強制割り込みしてきた。

『まる、往生際が悪いわね』

 ラスターの皮肉たっぷりの声に、まるは冷静を装った。

「別に往生する気もないし」

『貴女の船は今、余計なお荷物を背負っているんでしょう? 分かっているわ』

 外部に情報が漏れるような真似はしていないが、公女殿下と行動を共にしている筈のまるがこうしていることから、論理的に推察されたんだろう。

『何なら、今のまるの状況を治安維持軍にチクって差し上げましょうか? 貴方の社会的地位は一瞬で失墜するわね』

<しまったぁ、敵は物理攻撃だけしかできないと思ってたけれど>

 まるはカマを掛けた。

「あーら、あなたみたいなならず者の言う事なんて、どの程度信用されるのかしらね?」

 ラスターはそれと知ってか知らずか『あぉーう』という威嚇の鳴き声をだすと、にやけ顔を作った。

『残念だけど、まる。ここは〈大和通商圏〉じゃないのよ』

<そうよね、分かってるわ>

『ここでの私は、とある国の軍の独立部隊の指令。っていう事になっているから、ならず者扱いは受けないわよ』

「あら、出世したのね」

<対して私は不法入圏と、公女誘拐のダブル犯罪者か。素敵な状況じゃない>

 話し合いながらも、ラスターの船からは〈テトラオドン〉を制御下に置こうとして、制御信号を送ってきている。出発前に阿於芽あおめに協力してもらって、一応の改造は施してあるから、簡単には制御を持って行かれない筈ではあるが、完全に安心できる状況でもない。

『私が例の積荷を狙っているから、あなたを殺すことはできない。そう思ってる様だけど』

 ラスターは氷の様な冷徹な視線を送ってきた。

『生きてさえいるなら、別に五体満足なあなたじゃなくても十分なのよ』

 そういうと、〈デンドロバテス〉は〈テトラオドン〉に向かって重核子砲を発射してきた。

 極力エネルギーを絞った攻撃ではあったらしいが、それでも激しい衝撃に、小さな搭載艇は制御を失って変な横滑りの様な飛び方になる。亜光速で攻撃を仕掛けてくるとか、正気とは思えない。粉々になったら五体満足どころではない、まるは宇宙の塵になりかねない。

「あ、あなたね、バッカじゃないの? 私が粉々の散り散りになったら、何も得られないわよ」

 まるは精いっぱいの虚勢を張って通信を返してみる。

『そこまで壊すつもりはないわ。何しろ、その船はうちの大事な備品なんですから』

 からかうような口調で通信が帰ってくる。

<ド畜生、猫の本性丸だしで遊びに掛かってきてるわね>

 そう考えた後、自分も別に畜生で猫なんだという事に思い当たって、この緊迫した状態の中ではあったが、まるはふふっと軽く噴き出した。

『何がおかしい?』

 追い詰められている筈のまるの笑い声に、ラスターは明らかに不機嫌になった。

「あんたも猫だって事を思い出したのよ。私もだけどさ」

 まるの言葉に、ラスターは牙をむいた。

『そうさ、お前も私も猫。猫は小さいからって愛玩動物呼ばわりされているけれど、むしろ逆。小さく凝集された、どう猛なハンターなのさ』

「ハンター。ね」

『そう、ハンターさ。まる、お前は殺さないを信条としているらしいが、それは猫としてはとても不自然だという事は分かっているのかい?』

「猫として不自然。ね。喋って航宙船で戦ってるあなたが、言えた事じゃないと思うけど」

『ああ、不自然だとも』

 通信のラスターの顔が、一瞬蔭ったように見えた。だが猫には表常筋がとても少ない。細かいニュアンスを伝えるのには、本来不向きなのだが……。

 まるは首をかしげた。そもそも、今回の一連の彼女の行動は腑に落ちない。何故ラスターはこんな真似をしているのだろう。海賊稼業は、確かに彼女の性分には合っているかもしれないが……。

『さあて、まる。観念することね』

 〈デンドロバテス〉は、〈テトラオドン〉に向けて、再度重核子砲を発射した。


(続く)

敵の攻撃に晒されるまるの運命は、

そして阿於芽と公女殿下は……。

運命の糸は絡まり合いながら九十九折を続けます。

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