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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
58/72

第58話「まるは宇宙海賊です10:猫はこっそりと魚を盗む」

とうとう犯罪に手を染めてしまったまる船長。彼女の社会生命は大丈夫か?

そしてブラック・ラスターとの駆け引きも本格化!

緊迫の展開、お楽しみください。

(承前)


『船長、流石に拙いです』

 ブリッジから、ラファエル副長が真顔で真っ青な顔色をさせて連絡を入れてきた。

 まるもただ事では済まない事は十分承知していたが、2つの問題を一度にクリアするにはこれしかないと思っていた。

「30分でけりをつけるわ。それまでは対外的な事は善処して」

 それだけ伝えると、周りを不思議そうに眺めている公女殿下の方に向き直った。

「さて。船内を案内差し上げましょうか?」

 まるに言われて、慌てて体裁を作ろう公女殿下だったが、好奇心の色は隠せなかった。

「ふ、不愉快ですわ。こういう事は正式なルートを通して――」

「ルートを通していたら、貴方のお望みの気ままな猫は、かしこまって面白くない周囲の従者と、何ら変わりのない物になり果てますが、それでも結構でございますか?」

 まるは悪戯っぽい真ん丸な目で、瞳孔をくりくりとさせて応えてみる。

「う……」

「どうせ暫くは、うちのラファエルが対外的なお話しをしていますので、その間は存分にお楽しみくださって結構ですよ?」

 まるに促されても、公女殿下は数秒は言葉に詰まっていたが、まるがいきなり欠伸をしたせいですっかり虚を突かれ、それからおずおずと口を開く。

「……あなたが、神楽茉莉の友人というのは――」

「本当です。ちょっとした経緯で意気投合しまして」

 そう言いながら、まるは大胆不敵にも公女殿下の前で顔を洗い始めた。

「茉莉は元気?」

 まるは舐める舌と腕を止め、ちらりと片目で公女殿下を見たまま、合成音声で答える。

「いつも吉田の頭をけ飛ばしたりしてますわ」

 クスッ、と公女殿下は笑った。そして、片腕を首の後ろを回してもう片方の二の腕を掴むと、「うーん」と背伸びをし、それから改めてまるの方を向いた。

「分かりました、では船内を案内して頂けますかしら」

「ではまずこちらへ、そのお洋服では船内を移動するのに不便でしょう。この船は戦闘用に出来ていますので、快適とは言い難いですから」

「ほう、戦闘用……」

 戦闘用と聞いて怯むかと思えば、公女殿下の目はキラキラと輝いていた。

<やっぱり茉莉の友人だわ。類は友を呼ぶ>


§


 見学を開始するに当たり、まるは全船に通達を出した。

「公女殿下に於いては成人として礼儀正しく、ただし、慇懃無礼いんぎんぶれいにならない様に、普通の見学客として扱うこと」

 子供用の船内制服は用意していなかったが、成人用の伸縮可能なフリーサイズ制服を調整することで、公女殿下の体にフィットさせることが出来た。もっとも縮ませたお蔭で、少しもこもことしたデザインになって仕舞ってはいたが。

「良く似合ってますよ、エカチェリーナ公女殿下……名前の方が長すぎますね」

 まるが言うとふふっと笑って、公女殿下は返した。

「ではカーチャで。茉莉も私をそう呼んでいたわ」

「オーケイ、カーチャ。じゃあ行きましょう」

 まるは真っ先にブリッジへと向かった。まあ、あそこまでのイレギュラーをやったわけで、辻褄つじつまをつけておく必要もあった。

 中央リフトから見る〈上喜撰〉の船内に、カーチャはいちいち驚き、質問してきた。

「あの巨大なコイルは何ですの? そっちの配管がくねっているところは? 大きなタンク! あれは何?」

 まるは少々面倒臭くなりながらも、適当な説明をしていった。

「コイルは船内を賄うエネルギーの導管、配管は船内のリサイクルシステムの一部、大きなタンクは水タンクです」

「水タンク?」

「宇宙船で最も重要なものはエネルギーと空気と水です。ここからは船内のその3つが全部、俯瞰ふかんできるんです。さて、そろそろブリッジに到着します」

 まるはそういうと、カーチャを巨大な球体の中へといざなった。


§


 私掠航宙船〈デンドロバテス〉は未だドックで修復中だったため、ラスターはバロンを引き連れ、搭載艇である〈テトラオドン〉に乗って〈ヴェルソー太陽系〉の第4惑星〈プロヴァンス・ベント〉へと向かっていた。いま惑星〈プロヴァンス・ベント〉は公転周期の関係で、まる達が居る第3惑星〈星都〉とは、太陽を挟んで真反対となっている。

「織田の工場があるのはここなのだな?」

 爪の手入れをしながらラスターが聞くと、姿勢を低くしながらバロンが肯定する。

「そうですマム」

「マムは止めろというのに」

 顔を上げると耳を寝せて不快感をあらわにする。バロンも耳を寝せて少し後ずさる。

「しかし――」

 彼の警戒を解くために、ラスターは立ち上がりながらくるりと回って、搭載艇のメインモニターに向けて歩き出した。

「まあいい。さて、問題の格納庫は通常の工場とは違う星にしている可能性が高い。何しろ危険物だらけだからな」

 バロンも後に続きながら尋ねる。

「ではなぜここに?」

「ここにヒントが眠っている可能性が高いからだよ」

 ラスターは後脚で立つと、前脚でスクリーンの一点を抑えた。

「惑星〈プロヴァンス・ベント〉の〈フランス星間共和国・プロヴァンス・ベント領〉にある『ヌーヴェル・ニース』。ここで、面白い物を見付けたという話を入手したの」

「面白い、物ですか」

「そう」

 錆猫は牙を見せ、舌なめずりをしながら続けた。

「と・て・も、面白いものよ」


§


 公女殿下、いや、カーチャはブリッジ中央に浮かぶ巨大な3Dメインモニタを、穴が開くほど見つめていた。現状、船は待機モードであり、それほど面白い情報が表示されているわけではないのだが、戦闘用航宙船の装備そのものが何もかも珍しいらしく、彼女は興味津々であった。


 それを背後から苦虫をかみつぶしたような表情で見ているラファエル副長の肩に、まるは顎を乗せて話しかけた。

ウクライナ政府(あちらさん)の反応は?」

 ラファエル副長は肩をすくめた。

「ご想像の通りだと思いますよ。国家間の外交問題だけではなく、通商圏間の問題になるとか散々捲し立ています」

「武力行使は?」

「それはまだ歯止めが効いているようですね。こちらが下手を打てば即時動き出すでしょうが」

「〈欧蘭通商圏〉には、〈連合〉や〈地球〉みたいな超巨大戦艦の建設は確認されていないのよね?」

「その点はいろいろ確認してみましたが、確認できる範囲内では問題なさそうです」

 まるは欠伸をして顔を洗う。

「まあ、予定通りではあるわねえ」

 ラファエル副長も頷いて見せた。

「まず通信に公女殿下を出せとの催促が一番ですね」

「私は構わないけれど、彼女は抵抗あるでしょうね」

 当のカーチャは、二人の話などどこ吹く風、太田航宙士や、通信士のにゃんたに質問攻めをしていた。カーチャに質問されたクルーは、まるに助けを求める視線を送ってくるが、まるは静かにかぶりを振って「あんたたち、自分が聞かれていることは自分でやりなさい」と、言外に突っぱねていた。


 そして、にゃんたをカーチャが質問攻めにしているちょうどその時、その通信は来た。相手はくだんの治安維持軍だった。まるは自分とカーチャを通信から選択的に排除処理した。画像と音声処理の数ミリ秒の遅れを犠牲にして、彼女たちは「いない」として通信が行われる。実際にはカメラで写された情報をシードとして、仮想空間に映像を再構成し、音声や背景音も認識したうえで再合成しているので、二人の映像や音声は入り込む余地はない。

「貴船には〈ウクライナ星間公国〉の公女殿下誘拐の嫌疑がかけられている」

「はあ、私どもも船長が行方不明になっておりまして、捜索をしているところです」

 ラファエル副長はいけしゃあしゃあと嘘をついた。

 そもそも、時空にアンカーを掛けて人や物体を引きずり寄せるなどという技は、地球人類圏では阿於芽あおめくらいしか出来ない芸当である。そもそも阿於芽あおめにそういう芸当ができる事実自体がほぼ知られていない。おそらくは関係者として疑われているにすぎないし、疑わしいといっても証明の手段はない。しらを切りとおしたほうの勝ちである。


「ねえ、まる……さん?」

 カーチャは声をかける。

「何でしょう? カーチャ」

「私たちはここにいても通信に映っていない事になっているんですの?」

 不思議そうに通信画面をのぞき込む。

「その通りです。私とあなたはこの船に乗っていないことになっています」

 まるは体をなめながら答える。

 なおも不思議そうな顔をしているカーチャを、まるはブリッジの外に促した。そして、ラファエル副長に向かって目配せをしつつ、自分もブリッジから外に出た。


§


 警備の無能を露呈しないためか、〈ウクライナ星間公国〉は、公女失踪の情報の開示を最低限度に抑えていた。だが、あちこちへと動き回られていたら、大騒ぎになることは見えている。あと1時間ほどで、このお遊びは切り上げなければいけないだろう。

 その前に、まるにはやるべき事があった。

 織田氏から来た情報を、自分の生体キーを使って解かなければいけない。

「で、通商圏間書簡というのはこれ?」

 まるの目の前には、「物理的な」書簡が有った。長さ20cm程の金属の様な円筒だ。継ぎ目はない。彼女の船が到着したら送付されるように、予め届けられていたのだろう。

「高エネルギーのビームなら外装を破れそうなのですが、それをやると内部を破損する可能性がありましたし、手を出せませんでした」

 ドックの中でで秋風はさじを投げたという風に肩をすくめた。

「実際の品物があるなら、私のところに持ってくればよかったんじゃない? そもそも、なぜドックの中で――」

「書簡がこれだけだったら、そうしてました」

 そう言いながらドックの床を指差す。

「あれと書簡が、どうも不可分らしいんですよね」

 見ると、床に黒い塊が癒着していて、そこから、細いワイヤー状の物が伸びて、書簡と繋がっている。

「何よこれ……」

「輸送された書簡を受け取る際に外装として一緒に送られてきたのですけど、突然融解して、こうなって仕舞ったんですよ」

「気持ち悪いわね。壊れたりしてない?」

「融解した時にその円筒と一緒に出てきたチップに記録がありました。これはこういうものらしいです。他に持って行かれないようにする措置だそうです」

「床ごと剥がしてくれればよかったんじゃない?」

「それが、厄介なことにこの塊、ナノマシンの集積体でして、剥がそうとすると動いて行ってしまうんです」

 彼が突くと、塊はずるずると逃げる。

「周りから追い込めばいいじゃない」

「もちろん試しました。その結果があれです」

 秋風が指示した先の床は補修跡があった。

「床の素材を食い破ってどんどん逃げようとしたんですよ。慌てて包囲を止めたら戻ってきて床に張り付きました。立体的に包囲することも考えたんですが、包囲そのものを食い破ってくる可能性もありまして――」

「酷いわね。なんて物送ってくるのかしら」

「それだけ重要な気密、という事じゃないでしょうか」

「まあいいわ。で、私の生体認証って?」

「その不気味な奴を、まる船長が生身で触ればいいらしいですよ」

 まるは一瞬固まり、それから秋風を見て、そして床に付着している黒い塊を見て、また秋風を見た。

「どうぞ。マニュアルにはそう書いてありました。織田氏も船長に危害を加えようとは思っていないでしょう」

「ううう」

 まるは露骨に嫌そうな顔をしながら、そおっと前脚を伸ばし、それから引っ込め、周りを見て、観念したようにまた伸ばし、それから黒い塊に触れた。

 塊はまるの指を認識すると、一瞬でずるずるっとまるを包み込んだ。

「うにゃああっ!?」

 まるは地声で叫んだが、その口からも容赦なくナノマシンが入り込んだ。

<ちょっと待って、生体認証ってこんなんだっけ!? 勘弁してほしいんだけどっ>

 まるの声にならない抗議は無視された。


§


 まるが気が付くとそこは〈上喜撰〉の医務室だった。

「ああ船長、気が付かれましたか」

 覗き込む薬研医師の言葉に、声を出したいが、どうやらヘッドセットが外されている。

「ああ、失礼。残留したナノマシンが無いかなど、いろいろチェックさせて頂きましたから、ヘッドセットとグローブ、それにポーチは外させて頂いてましたよ」

 そう言いながら、薬研はヘッドセットとマニピュレーション・グローブを持ってきてまるに渡す。ヘッドセットとグローブはまるを認識すると半自動的に装着された。

「で、書簡は?」

 まるは起き上がるとすぐに質問した。

「何も」

「え?」

「円筒にはあまり意味のない紙切れが一枚入っていただけです」

 そう言いながらまるに小さな紙を見せる。そこには「航宙船 上喜撰、船長 まる殿。情報の件よろしくお願い致します」とだけ有り、織田氏の直筆の署名があった。

「何よこれ」

「さあ?」

 やり取りしてはっと気が付いて辺りを見回す。

「公女殿下は? 私はどれくらい気を失ってたの?」

「船長がナノマシンに接触して5分ほどですな」

 まるは薬研の方をじっと見る。

「申し訳ない。予め織田氏からの情報が入ったチップに、医療班の待機についても記載されていたのですわ」

「私には話すな、の一文付きで?」

「ご名答」

「酷いわ……で結局情報は何処にある――」

 そこまで言いかけて、まるには分かった。

「あのくそオヤジ……」

「追加された記憶チップの事ですか」

「診察してるから気が付いてるわね。これが書簡の正体かぁ」

「ええ、脊椎に新しくインプラントされています、数日で生体組織に同化吸収されるタイプですな」

「手の込んだことをするわねえ……まあ、情報の質からして、最高機密だとは思うけど」

 まるが診察台から降りると、医療室に通信が入った。

『こちらブリッジ、まる船長居られますか』

「何かしら」

『第4惑星〈プロヴァンス・ベント〉の織田氏のプラントに、敵が現れたようです』

「勘弁してほしいわね、次から次へと。今からそっちに行くわ」

 まるは不平を漏らしながら、ブリッジへと急いだ。


§


 〈ヴェルソー太陽系〉第4惑星〈プロヴァンス・ベント〉の、〈フランス星間共和国・プロヴァンス・ベント領〉にある「ヌーヴェル・ニース」は、南フランスの街並みを再現した、風情溢れる街だ。

 その町の一角を、2匹の猫が歩いていた。

「なぜ殺さなかった?」

 先を行くラスターは、振り返りもせずに尋ねた。

「無用な殺生はしません」

 バロンは憮然と答える。

「恐らく、あいつに通報された。まる達にも話はすぐに伝わるだろう」

 ラスターは吐き捨てるように言ったが、バロンは答えずにただ歩き続けた。

<私の命令をただ、はいはいと聞くだけの奴かと思っていたが――>


――2匹の侵入に気が付いた職員は、最初は野良猫か何かと思ったらしかった。だが、ラスターが咥えて構えていたニードル・ガンに気が付くと、慌てて逃げ出したのだ。どうやら手配書は、このプラントにも回っていたらしい。

 ラスターはニードルガンを撃ったが外れた。

「バロン!」

 だが、バロンは持っていたビーム銃を使う事はなかった。

「行きましょう、目的を果たすのが優先です」

 そう言って、彼は職員には見向きもせず先に進んだ。


「結果的に、必要なものは入手できました」

 バロンは、多少後ろめたそうに言う。

「まあな」

 ラスターは背中の荷物を振り返った。

「結局それは何なんですか」

 バロンは不思議そうに言う。ラスターは悪戯っぽく目を輝かせて応えた。

「これか?」

 彼女の背中には、卵を半分に切ったような装置を入れた袋が有った。

「これはね、奴らを困らせ、私を目的に近付けてくれる物さ」

 ラスターは邪悪な感じで口を開いた。


§


「目標、第4惑星〈プロヴァンス・ベント〉の周辺宙域。ワープシェル展開、最大ワープ」

 航宙船〈上喜撰〉では、ブリッジに到着したまるがワープの指示を出していた。

「公女殿下を帰す方が優先ではないんですか?」

 船を動かす前にラファエル副長は尋ねたが、まるは頭を振った。

「優先度はこっちが先。まだ彼らが惑星から飛び立っていなければ、何とかなるわ」

 太田は頷くと復唱した。

「了解、目標第4惑星、ワープシェル展開して最大ワープ」

 〈上喜撰〉は虹色の膜に覆われると、直後に光の帯を残して消えた。

「敵は何を盗み出したんですか?」

 ラファエルの問いに、爪を噛みながらまるが応える。

「物理キーよ」

「物理?」

「私が織田さんから託されたのは、積荷の倉庫の論理キー。彼らは物理キーを持って行ったの。2つ揃わないと解除できないわ。何処で嗅ぎ付けたのかしら――」

「我々が動かなければ、奴らも手が出せない、という事では?」

「そして契約不履行になれば、私たちは破産だわよ」

 まるの切り替えしに、ラファエルは言葉を詰まらせた。〈コピ・ルアック〉の修理費用、〈上喜撰〉の改修費用、その他もろもろと、彼らには出費が立て込んでいた。今回の仕事の収入が無くなれば、彼らは支払い地獄に陥ってしまうだろう。

「だから、奴らを逃がすわけにはいかないのよ」

 まるは毅然として船長席の上に身を起こしていた。


 そんなまるをよそに、カーチャは興味津々で緊急事態の船のモニターを眺めていた。

「戦闘があるんですの? 戦闘があるならぜひ拝見してみたいですわ」

 まるはうんざりしたが、一応説明しておく必要があると思った。

「申し訳ありませんが公女殿下――」

「カーチャ」

 正式な話をしようと、公女殿下の名前を出したことで、カーチャはむっとした表情になった。

「――カーチャ、あなたが戦闘をご覧になる事は出来ません」

「あら、なぜですの?」

「戦闘時には、非・戦闘員は安全区画に隔離されるからです」

「えー、では私も臨時の戦闘員に――」

「流石に今は我儘わがままが通る場合ではないんです」

 カーチャは完全にむくれた。まるはやれやれと思ったが、他にどうすることも出来ない。

 そこに、太田航宙士が声を掛ける。

「船長、ワープアウトします」

「了解。にゃんた、周辺の索敵」

「現在索敵中。治安維持軍の航宙艦10隻を確認しています」

BL(ブラック・ラスター)の私掠船は?」

「姿が有りませんね」

 にゃんたとまるの話に、ラファエル副長が言葉を挟む。

「まだ1日を経過していませんから、敵は前回の戦闘の傷が癒えていない筈です。別の船、おそらくは搭載艇を出してきているのだと思います」

「ふむ、そうなると大規模な戦闘になる可能性は低いわね」

 まるが言うと、にゃんたが眉間にしわを寄せながら言う。

「でも搭載艇となりますと、相手が小さすぎますので、索敵に引っかからない可能性がありますね」

 にゃんたの意見にラファエルも頷いた。

「一応用心しておいたほうがよいかと思います。あと対外的には、現在船長は『居ない事になっている』ので、その点もお忘れなく」

「治安維持軍か――厄介よねえ」

 どんどん増える問題に、全部投げ出したくなっているまるであった。


§


「ラスター様、敵影多数」

 〈テトラオドン〉に帰還し、操縦席に座ったバロンが報告する。

「まるか?」

 管制席に座っているラスターは顔をしかめた。

「はい、敵の私掠船と、後は軍艦と思しき艦船が近隣に少なくとも10隻」

「面倒ね、〈デンドロバテス〉の修理にはもう少し掛かるし……」

「これだけの包囲を抜けて行くには、この〈テトラオドン〉にはロクな武装が有りません」 

 ラスターは危機感に尻尾を太くした。だが、暫く考えて落ち着いた。

「仕方ない、こいつは捨てる」

「貴重な搭載艇ですが――」

「そこまで物質に執着する必要もない。必要だったらまたどうにかするさ」

 そういうと、爪でくるっと空間をなぞると、回廊を作り出した。

「帰るぞ、バロン」

「はっ」

 2匹は空間の回廊を通り、包囲をあっさり抜けて行った。


§


 バロンとラスターが既に逃走した後だとは知らず、まる達は〈プロヴァンス・ベント〉の軌道上に到達すると、〈川根焙じ・改2〉で地上に降下した。織田氏のプラントに行って状況を検分する必要もあると考えたからだ。カーチャもついて行くと散々ごねたが、隠しきれないという理由で却下した。まるはと言えば、猫だから、そのままでも恐らくばれることはないと思ったが、念の為に個人用遮蔽装置を装着して姿を隠していくことにした。

 まるは降下に、技術的な問題を検討するために秋風、阿於芽あおめと、陸戦の可能性を考えて小峰を同行させた。

 「ヌーヴェル・ニース」の街並みは観光できたのならば楽しめる物だったろうが、以下の彼らは先を急いでいた。


「ええ、猫が2匹。片方は錆猫、もう一方は黒のブチです」

 目撃した職員は、震えながら答えた。阿於芽あおめは例のパンクロッカー然とした人型プローブを纏っていたが、まるに厳しく言われたので、服装だけは〈上喜撰〉の制服である船内制服を着ていた。

「錆猫は手配どおりですね」

「はい、ブチ猫の方は手配には入っていなかったと思われます」

<黒ブチ……多分、BL(ブラック・ラスター)がたくさん作ったクローンの中の一匹かな>

「黒縁の方は、錆猫の命令を無視したようで、少し2匹が喧嘩しているようにも見えました。おかげで私は逃げ出すことが出来ましたが――」

 職員の象限に、まるは首をかしげた。

<捕まえたクローンたちは、自主性が無い、まるで木偶人形の様な奴ばっかりだったわ。錆猫の云う事に背いて、あまつさえ喧嘩とか。どういう事かしら>

「錆猫の方が口に武器を咥えて辺りを滅茶苦茶にしたんですが、ブチ猫は武器らしきものを使うのを拒否したうえで、錆猫の武器も使うな、と、遮っていました」

<うーん、分からないわね。知性化猫を雇った? いやいや、そもそも知性化猫なんて少ないんだから>

 まるが考えていると、秋風が技術的な質問に切り替えていた。

「それで、盗み出されたものというのは?」

「それが、私達にも半分ほどしか正体が分からないのです」

「どういう事ですか?」

「御社に輸送をお願いしている物資とペアになって動作するもの、という事は本社とのやり取りで知っているのですが、具体的な内容については開示されていないのです」

<本当に機密保持に徹底しているわね、よくやるわ>

 実際のところ、まる自身が生体認証で得た知識でも、詳細は伏せられていた。

「何か追跡の手掛かりになるような情報はありますか?」

 秋風が聞くと、少し自慢げに職員は答える。

「このラボ全体に追跡用ナノマシンが散布してあります。正規の入退場を行わないと、そのナノマシンが位置情報を発信し続けます」

「なるほど。それで、無効化の方法はありますか?」

「ナノマシンを破壊して全滅させるか、なんらかの方法で除去するか。でしょうかね? ただし、呼吸で肺まで侵入している筈ですので、容易ではないと思います」

「ふむ。外部からの停止コマンドなどはないんですか?」

「一応は――ここの出口の除去処理がそれですし」

「調べさせてください」

「分かりました、どうぞ」

 秋風と阿於芽あおめは、出口のセキュリティ解除装置をチェックした。

 5分ほどのチェックで、秋風は渋い顔をして顔を上げた。

「駄目ですね。クラックされています」

「恐らく、彼らはセキュリティを解除して出て行ったんでしょう。我々はこのまま出ていくと、ナノマシンの指標を引きずり続けることになります。多分、敵はそれをモニタしているでしょう」

 職員はそんな馬鹿な、という顔をしたが、阿於芽あおめが解析結果をスレート端末で手渡すと、みるみる顔面蒼白になった。

「大丈夫、直ぐに修正できます」

 そう言いながら、秋風はクラックされたセキュリティシステムの修復を開始した。

<ま、こんなものよね。どうしようかしら>


§


 そして10分後、無事に施設を出たまる達は、搭載艇を発見した。

 小峰が船内を覗き込んで、乗員が居ない事を確認する。

「諦めて捨てて行ったか――」

 阿於芽あおめはやれやれという風に肩をすくめた。人型プローブを使った時の彼は妙に人間臭い。

「そう悲観しなくてもいいかも。超空間ゲートの開閉タイムラグを考えると、彼らが他の星系からここに着た可能性は低いわ」

 まるはそう言いながら、敵の搭載艇を検分した。

「この星系のどこかに居る、と。それですら砂浜に落ちた一粒のケシの実を探すようなもんだけど」

「大丈夫。あの荷物を狙っているでしょうし、それには私の情報が必須だわ。私が表だって動けば、彼らは付いて来る」

「でもまる、君は居ない事になっているんじゃないか?」

「君? 船長と呼びなさいね。――ふむふむ、一応ワープエンジンも搭載してるのか」

「どうする気? まさかこれを持って行く気?」

「そのまさかよ。彼らはこれが動いたら気が付くでしょ」

「何が仕掛けられているか分からないよ?」

「まあ、その為に、あなたにいっしょに乗ってもらうんだし」

 阿於芽あおめはうんざりという顔をした。

「冗談だろ?」

「仕方ないでしょ、この船、完全に猫仕様なんですから」

 そうなのだ。〈テトラオドン〉は猫専用の搭載艇だった。船内は狭く、人間の入るスペースは無かった。

「秋風君、小峰君。二人は〈川根焙じ・改2〉で船に戻って、ラファエル副長と一緒に公女殿下を送り届ける算段を考えて。緊張も高まっているようだし、敵を追う私とは別行動したほうが良いわ」

 厄介事に顔をしかめながら、秋風がうなずく。

「了解しました」

「でも、敵の搭載艇はこのままだと目立つよ」

「それは大丈夫、私のこれを使うわ」

 まるは、装着してきた遮蔽装置を外すと、敵の搭載艇に取り付けた。

「じゃあ、出掛けましょうか?」

 阿於芽あおめはやれやれという風に最後にポーズをとると、人型プローブを解除した。彼は黒猫の姿に戻ると、プローブの元であるナノマシンで出来たバッグを引きずりながら乗船した。


(続く)




貨物の行方は?

公女殿下は無事に送り返すことが出来るのか?

次回に続きます。


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