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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
57/72

第57話「まるは宇宙海賊です09:お姫様とか勘弁してほしい」

神楽茉莉の紹介で、やんごとなき公女殿下と謁見し、一日共に過ごすことになったまる。宇宙船で飛び回ったり、時間を飛び越える冒険もこなすまるだったが、この試練に耐えることが出来るのでしょうか。


(承前)


 私掠航宙船〈上喜撰〉の中央球状ブリッジの船長席で、まるは顎載せ(チンレスト)に顎を預けて、前脚はだらんと下げたまま考えていた。


 まるは拘束されるのが嫌いだ。

 そもそも彼女は猫だ。猫は自由を束縛されることを何よりも嫌う生き物だし、おまけにまるには船長としてのプライドもある。だから彼女にとって、一面識もない公女殿下に、まる一日拘束される等という事は、考えただけでもぞっとする話しではあった。


「それで、相手の公女殿下は、茉莉……神楽社長のご学友だったのよね?」

 まるの問いかけに、吉田は表情一つ変えずに返事をする。

「そううかがっております」

 まるはフレーメンのように口を開いて溜息をつく。本来の猫にはない仕草なのだが、人型プローブを使っているとフィードバックされるからか、ちょっと癖になっていた。

「という事は、少なくとも成人なんだから、それなりの常識はあると思っていいのかしら」

「確かそのはずですが……」

 吉田はそう言いつつ顎に親指と人差し指を添え、目を斜め上にしてちょっと考えた。

「奥歯に何か引っかかったような言い方ねえ――」

 まるはその虹彩を細めた。

「まあ、直接お会いになってご確認いただくのが一番かと思います」

 言葉をさりげなくはぐらかす吉田の対応が気になりつつも、今のまるは、今後の事については未だ、鼻を働かせることは出来なかった。


§


 ウクライナに限らず、〈欧蘭通商圏〉の国々は、21世紀には共和制その他の民主主義国家の体裁を取っていた国が少なからずあった。ところが、24世紀に勃発した〈全圏大戦〉後の後始末として、異星人主導により〈通商圏〉が制定され、地球人類社会全体の再編が行われると、〈欧蘭通商圏〉に再編された国々は、次々と王政や公国など、あたかも16世紀以前の様な、専制君主的な国家体制を復活させていった。

 それは、異星人による人類社会の再編に対しての、ヨーロッパの人々のささやかな抵抗とも、再編の機運に便乗した王政派の巻き返しともいわれたが、真実は定かではなかった。


 その〈欧蘭通商圏〉の特色だが、国の在り方だけではなかった。

 居住可能な星のある星系数は、他と比べて少ない3つ。これは、そもそもの居住可能惑星数も少ない事があったが、これとは逆に、永続的な都市を営まない、プラントや実験設備のみが存在する星系は破格に多い6つとなっていた。このため、重金属や稀少元素などの産出量は他の星系よりはるかに多くなっている。

 この時代、核物理学的な方法によっても物質は生産されているのだが、天然資源を採掘する場合に比べてどうしてもコストが割高になって仕舞う。〈欧蘭〉の資金源は豊富で安価な天然資源と、その加工商品であった。


 資金、という話ついでに、28世紀の経済制度について語って来ていなかったので、少し触れておこう。経済制度は社会基盤であるわけだし、詳細を書き始めるとそれこそ一冊の本に収まらない複雑な話となってしまう。だから要点だけかいつまんでみる。

 実体貨幣、紙幣を主とした経済は、24世紀の「全圏大戦」後の、異星人の介入による人類圏の再分割の際に、様々な不都合を生むため、一掃された。そして更に、超空間ゲートを使って行き来することで、現状の亜空間通信の上限である「光速の2万倍」を遙かに凌駕してしまう宇宙の移動があるため、ネットワークを利用した電子マネーも、取引等(土生谷が船をかすめ取る時に使ったような)では使われるものの、頻度の高い通常の支払などには役には立たなかった。そこで、「全圏大戦」後の混乱を予期していた異星人から、副空間財布サブスペース・ワレットなる技術が供与された。いってみれば亜空間上に作られたお金のプールであり、出し入れは認証された個人の継続時空体、コピー不能な本人の「実体」に紐付けられた装置であった。これは持ち主の個人や企業に紐付けられる。このセキュリティに関しては、現状までにまだ破られてはいない。このお金に単位は無く、全通商圏で共通で使えることが保障されている。これを発行する機構がそれぞれの通商圏に設けられ、中央銀行の代わりに貸付けを行う事で金銭を流通させていた。


 法人格では、管財代理人がこのワレットへの紐付けを行われる。これは社長などの人より、総務等実際の水筒を行う人間に紐付けられることが多い。まるの会社でも、ワレットの管理人は定標じょうぼんでん那由多(なゆた)だった。


 その定標(じょうぼんでん)が、血相を変えてまるの所にやってきた。

「船長大変です!」

 敵の攻撃に対する警戒の必要性も下がり、日常業務も少ない航宙の最中、ブリッジの船長席に座ったまま睡眠タイミング延長のための投薬を忘れていたまる、はウトウトしかけていたが、彼女の慌てぶりに目を覚ますと、少しけだるげに対応した。

「最近は大変のオンパレードだから、大抵の事では驚かないわよ、何?」

「わが社の預金が3倍になっています」

 ふうん、という風にコンソールに顔を戻しながら、気の抜けた答えを返すまる。

「ああそう3倍なのね。……は?」

 目玉が飛び出しそうになって慌てて振り返った。

「3倍です。赤くないです。真っ黒です。この船を購入して多少赤が出ていましたけど、先日織田氏から入金があって潤ったばかりの預金が、いきなりその倍額を振り込まれて3倍になりました」

「どういうことなの……」

 まるが顎に前足の肉球を当てて目を細めていると、ラファエル副長が吉田を伴ってブリッジにやってきた。

 吉田は定標(じょうぼんでん)女史の慌てぶりにすぐ心当たりが付き、平然と言ってのけた。

「ああ、ウクライナ星間公国の公女殿下からの、振込みの件ですね」

 言われてまるは眉間にしわを寄せて、牙を見せた。

「ちょっと待ってよ、謁見のお話はしたけれど、こんな資金を受け取る話は一切ないわ」

 それを見ても吉田は顔色一つも変えずに答える。

「資金って、支度金ですよね」

「支度金?」

「お会いになる以上、そのお金で身なりを整えて頂きたい。との事かと」

 まるが猿の血を受け継いでいたら口を尖らせていただろう。彼女は髭をだらんと垂らして、鼻の孔を三角にするのが関の山だった。そして、

「私にどんな格好で行けっていうのよ」

 それだけの言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。


§


 〈欧蘭通商圏〉の事実上の中央部である〈ヴェルソー太陽系〉は、太陽と同じG2型の主星の周りに、11の惑星を従えた星系であった。居住惑星数は3つと、〈欧蘭通商圏〉でも筆頭の星系ではあった。

 最内周で太陽の周辺を回るのは、マイクロ・ホットジュピターと呼ばれる小型のガス惑星である〈ニュアージュ〉。惑星形成の一般的な理論だと、この惑星がある時点で、太陽系内には十分な「星のもと」になる物質が残らないため、外に地球型の大きな岩石惑星はできないはずなのだが、この星系には、外側に向かって地球程度のサイズのいくつかの岩石惑星と、木星より大きいガス惑星が存在していた。一説によれば、これはもともと外惑星の位置にあった〈ニュアージュ〉が、何らかの要因で偏心軌道を描く「エキセントリック・プラネット」になり、最終的には現在の位置に収まったのではないか、と言われている。

 ちょっと風変わりな事と言えば、この星の衝(星の陰に入ること)の影響で、この星系の他の惑星には「星曇り」と呼ばれる現象がある。すべての日光が遮られるわけではないし、〈ニュアージュ〉の公転速度はわずかに15分であるため、この「星曇り」は、空をよく見ていないとわからない程度ではあったが、日光の微妙な脈動は動植物に対して様々な影響を与えているのではないかと言われていた。

 2番目を回っているのは天然居住可能惑星の〈ヌーベル・カピタル〉である。ここは温暖というより、熱帯地方に近い気候の地帯が多い星であり、希少なコーヒーである「コピ・ルアク」の、現存する3大生産地の一つがあることで知られていた。

 3番目の星が、〈欧欄通商圏〉の中央星として機能しているテラフォーミングされた惑星〈星都(

Ville de l'étoile)〉であった。ここは、〈大和通商圏〉の惑星〈星京〉のような多重地殻を設けるのではなく、惑星の低高度軌道上に浮島状のプレートを円環状に幾重にも並べることで、地表面積を得ているため、非常に人工物的な印象のある星となっていた。

 4番目の星はやはりテラフォーミングされた星で、〈プロヴァンス・ベント〉、つまり「プロヴァンスの風」という名前の星だった。その名が示す通り、南フランス的な雰囲気を重んじている星で、食や芸術の文化の亢進に積極的な星となっていた。外観的には、海と地表のバランスのとれた、地球を思わせるような星になっている。

 5番目の惑星〈ピエール・ルージュ〉は「赤い石」という意味だが、外見こそ火星に似ているものの、火星の半分ほどの大きさで、あまりに小さいためテラフォーミングされていない。一時期は準惑星ではないかという議論も立ったが、星の成り立ちから、この星は惑星であるという主張が今では一般的となっているため、第5惑星という地位を得ている。

 6番目の惑星は〈ミストラル〉という、暴風を意味する名前の巨星である。木星より大きいが、あの木星のような見事な紋様はなく、一面に流れる線が走っている、黄土色の陰気な星である。

 7番目の惑星は〈ラ・メール〉という、海を意味する星で、海王星と同じく、メタンを主成分とする大気のために真っ青に見えるガス巨星である。

 8番目の星は地球の倍ほどのサイズのあるメガアース、〈ビッグ・ベレ〉である。その地表は氷塊が点在する、メタンの厚い雲に覆われた荒野であり、テラフォーミングは行われていなかった。

 9番目の惑星と10番目の惑星は二重惑星〈ジュメル〉である。大きさも地表の様子も酷似している上に、双方が双方を回る軌道のため、一見するとどちらがどちらか区別がつかない。観測上〈ジュメル1〉と〈ジュメル2〉の名前が付いているが、利用法もないために現状ではどちらがどちらでもあまり重要ではなかった。

 そして最後、11番目の惑星は、かなり風変わりなものだった。

 〈ヴェルソー〉第11番惑星が何なのかは、長い間研究の対象となり、そして度々議論の対象にされた。そもそもそれが惑星と呼んでいい物かどうか、1個なのかどうかなどが、激しく意見の分かれるところであった。それが生まれ至った理由は、第1惑星〈ニュアージュ〉の成立に深くかかわっているのでは、とも言われていた。

 第11惑星〈モート〉は生命体だった。より正確に言えば、「かつて生命体だったもの」だった。

 第11惑星は直径2万メートルの生命体の骸だったのだ。一個の生命体かどうかは定かではない。複数の生命体が合体してできたものである可能性も十分に示唆されていた。何処からやって来て、どうやってその大きさになったのかは分からない種族。空想は果てしなく広がって行った。まる達の様に著しい制限付きとはいえ、時間旅行できる団体は、地球人類にはほぼ現存していないため、謎は謎のままだったが。


 まる達を乗せた私掠航宙船〈上喜撰〉は、ワープ航行を解き、亜光速航行で〈ヴェルソー〉第3惑星〈星都〉に向かって進路を取っていた。

「船長、優先通信です」

 と、にゃんたが言う。

「中央スクリーンに投影」

 まるはそういうと、船長席を収納して中央スクリーンの方に泳いで行った。中央スクリーンに映ったのは軍人と思しきいかつい人物だった。

『領宙侵犯中の武装航宙船に告ぐ、直ちに停船せよ』

 まるは目を細めた。予定通りだった。まるはヘッドセットを船内通信につないで吉田をコールし、「予定通りの通信が来たわよ。ブリッジへ」と伝えると、脇に居たラファエル副長に流し目を送った。

 ラファエルは目で返事をすると、通信に向かって返答をした。

「〈大和通商圏〉の武装航宙船〈上喜撰〉です。取引先とのお話しの為に惑星〈星都〉へと向かっております。失礼ですが、どちらの国の方でしょうか」

 通信の相手は仏頂面を一層ぶすっとし、ゆっくりと口を開いた。

『当方は国ではない。〈欧蘭通商圏〉治安維持軍である』


§


「ラスター様」

 黒ブチの猫は報告書を携えていた。

「バロンか」

 BL……いや、もう「ラスター」で良いのかもしれない。彼女はコンソールの前の人間用の椅子に、丸くなって寝ていた体を起こした。勿論、〈デンドロバテス(彼女の船)〉には人間の乗員を置く予定はない。あくまで趣味で作らせたものだ。

「〈上喜撰〉が治安維持軍に拘束されました」

「そうか」

 ラスターは牙をむき出し、長い欠伸あくびをして、全身の伸びをして、椅子から降りた。そして猫用のコンソール兼座席に乗ると、「まあ、奴らの事だからすぐに動き出すだろうがな」と言いつつ、何やら作業を始めた。〈デンドロバテス〉の猫用座席は、まるの使う跨るタイプではなく、平らな面の周りに縁取りのある、毛足の長いファーの様なもので出来た台だ。

「〈デンドロバテス〉の修復は65%程度です。まだしばらくは動けそうにありません」

「まあ、仕方あるまい。それに、彼らが〈欧蘭〉に到達してしまってからは、私たちに出来る事は多くない。彼らが織田から例の荷物を受け取ってからが勝負だ」

「了解しました」

「それより、織田の施設は何処にあるか判明したか?」

「はっ……それが、難航しております」

「〈ヴェルソー星系〉にある事はほぼ間違いない。探せ」

「了解しました」

 ラスターはコンソールを操作する前脚を止めて、再び欠伸あくびをした。つられてバロンも欠伸あくびをする。猫の欠伸あくびは伝染しやすい。

 欠伸あくびをしながらも、ラスターは薄っすらと目を開け、眼光を鋭くした。

〈私は必ず目的を果たして見せる。まる、覚悟しなさい〉


§


 まるは瞳孔を真ん丸に開いて、眼前の人物を見ていた。

「で、この猫ちゃんが神楽の友人って子なの?」

<子、って……あんたの方がお子様じゃないの?>

 大広間の謁見室の、似つかわしくない巨大な椅子に座っている眼前の人物は、どう見ても12歳前後の少女だった。

「失礼を承知で申し上げます、エカチェリーナ公女殿下」

 まるがそう切り出すと、少女はふん、と鼻を鳴らしてきびすを返す。

「失礼な事なら、話す必要はありません」

 つ、と席を立ち、振り返りもせずにそう言いながらすたすたと歩いて行く公女殿下を前に、まるは言葉を詰まらせていた。

<ぐぐぐぐぐぐ……>


 吉田の謎の手練手管により、治安維持軍からはあっという間に解放されたものの、その見受け人として名を挙げたエカチェリーナ・リューリコヴィチ公女殿下の元に行くまでがまたひと悶着だった。

 様々なお役所仕事を3時間かけて潜り抜け、やっとのことで〈上喜撰〉を周回軌道上のドックに停泊させて〈川根焙じ・改2〉で惑星〈星都〉の〈ウクライナ星間公国・星都領〉の首都〈ヌーヴェル・キエフ〉に降り立ち、天を突くような白い尖塔……リューリゴヴィチ・パレスに到着し、お目通りした相手は……どう見てもゴスロリ少女、しかも強烈にタカビーだった。本当に身分の高い人は、むしろ腰が低いと思っていたまるはちょっと意外だった。

<王侯貴族とかっていう人、こんなもんなのかしら?>

 外見年齢が低いのは何となく推測できる。恐らくは延命薬物エリクシアを早期投与したのだ。成長期の投与は通常は禁忌とされている。身体に、それ以上に精神に、どんな悪影響が出るか分からないためだ。彼女の性格がネジくれているように感じるのも、幼いと見下されないためのガードを長年続けた結果なのかもしれない。

 しかし、まるにとって相手の事情ははっきり言ってどうでも良かった。とにかく、この場をちゃんと切り抜けて、織田氏からの依頼を遂行しなければならない。

 まるは、きっ、と、吉田の方を見る。彼は相変わらずの鉄面皮でどこ吹く風。まるはそのすねに後ろ脚をさっと伸ばすと、爪をさっくりと突き立てた。吉田は顔色一つ変えなかったが、すねの筋肉が収縮したところを見ると、かなり痛かったことは確かだ。彼は片眉だけを上げ、それから一歩踏み出すと、エカチュリーナ公女殿下に向けて喋り出した。

「エカチェリーナ・リューリコヴィチ公女殿下」

「なあに、神楽の部下」

「吉田で御座います」

「吉田で御座いますが何の御用?」

 吉田は眼鏡をくいっ、と上げた。臨戦態勢だ。

「神楽茉莉社長より伝言をお預かりしております」

 エカチュリーナ殿下は怪訝な顔をする。

「失礼しまして」

 そういうと吉田は一歩進み出て、何事かを公女殿下に耳打ちした。

 とたんに、彼女の顔が蒼白になる。

「なっ……」

「そのメッセージに加え、どうぞまるさまと仲良く、と、追伸されておりました」

 公女殿下の顔が引きつり笑いに変わっている。どうやら何か、神楽は公女殿下の弱みを握っているらしい。

「えーと。まる船長、でしたね。失礼をいたしました。神楽の友人を無碍むげに扱う訳にはいきませんね」

<一体何を言ったのよ、怖いわね>

 まるも苦笑いしながら片方の前脚を出して、公女殿下の手に肉球をぽて、と添えて頭を下げる。

「よろしくお願いします、公女殿下」


§


 それでも公女殿下はご機嫌斜めになっていた。晩餐の席に、まるが人型プローブを装着して現れたからだった。

「人と同じ食事を出す、とのお話しでしたので、同席して食べるにはこの格好でなければ……」

 まるの弁解を殿下はきっ、と目を剥いて制止する。

「そんな事を気にしているのではありませんわ!」

 まるは怪訝そうに首をかしげた。

 公女殿下は口の中で何かブチブチと呟いている。

「……なんでそんな大人の格好で現れんのよ、このクソ猫……」

<あ……>

 まるが使ったのは所謂マルティナ装備、20歳前後のプラチナブロンドと均整のとれた容姿の見目麗しい欧州系女性の姿だ。公女殿下は少女の姿が相当コンプレックスらしい。あてつけでは無いとは頭で分かってはいても、配慮位はほしいとか考えているのだろう。

<FERISでもいない限り、急にフォーム変更とかは難しいし……>

 そう考えて、ふと、神楽茉莉は彼女と親友だったことを思い出した。

<茉莉が彼女と学友だったころは、二人ともほぼ成人していたはず。茉莉はどうやったのかしら>

 神楽の性格をよく思い出してみた。

茉莉(あの子)もいい加減タカビーだし、そんなに配慮するタイプにも思えないし……>

 無言で会食は進んでいく。まるは苦笑いしながら新しい皿が置かれていくのを眺めていた。

 そんな最中、通信が入った。勿論、人型プローブ(マルティナ)の中に居るまるにしか分からない。

『船長、宜しいですか?』

 相手はラファエル副長。

『あんまり宜しくもないわね、会食中なの。でも用件だけ聞くわ』

『織田様からの通商圏間書簡が届きました。輸送する品物に関わる情報らしいですが、船長の生体キーでの解読が必要です』

『何、セキュリティが固いわね……。でも、約束で今日は勝手に動けないし』

『それが問題なんです。解除の有効期限はあと6時間。それを過ぎると情報は消えます』

『拙いわね……分かった、何とかする』

 通信を終えて「何とかする」と言ってはみたものの、目の前の障害について、何の対策もないまるではあった。


§


「神楽社長からは、めぼしい情報はお預かりしておりません」

 吉田は平然と言う。

 会食を終えた後も微妙な雰囲気での会見は続いていた。

 まるはマルティナ装備を解除して、猫の姿で接しているが、エカチュリーナ公女殿下は会食以来へそを曲げたままだ。外出に際し彼女が服装を召し替える、という合間を利用して、まるは吉田に何か参考になる事はないか、と神楽と公女殿下の関係を色々と聞いてみたものの、芳しくはなかった。

「気位が高い2人がどうして友人になったかとか、そういう逸話とか、今の関係とか、何でもいいから無いの?」

「存じ上げません」

「むう……」

「そうですね、あ、社長は一言だけ言われておりました」

 まるはぴくっと耳を上げた。

「まる様なら大丈夫、と」

 まるはガクッと肩を落とす。

<それがうまく行っていないから泣きたいんじゃないの>

 そしてふと思い出して吉田に問う。

「そう言えば、何か耳打ちしていたわよね」

「ああ、あれで御座いますか?」

「そうそう、それ」

「例えまる様に聞かれても秘密にしろ、と、社長から言付かっております」

「ケチケチせずに教えてくださいな。こちらの仕事の成否にもかかわってきますのよ」

「その件は失礼ながら、まるさまの手腕の問題で御座います」

 融通が利かない吉田の態度に、まるは耳を寝せてフレーメンした。

<私なら大丈夫、とか言われてもねえ……>


§


 まると公女殿下は未だにぎくしゃくとしていた。

 広大な敷地のパレスの中を執事に案内されながら見て回ったり、パレス内の歌劇場に歌劇を同時に見に行ったり、様々な予定がつつがなく進んでいく。だが、公女は不満げなまま、頑なな姿勢を変えようとしない。

 今は、パレスの庭に設けられたテラスに、お茶のセットが持ち込まれてきていて、お茶会の準備が進んでいた。

 まるはといえば、嫌な雰囲気を好転させようとあれやこれやと考えてみるものの、妙案が思いつくまでもなく、なすすべもなく流されていた。今も、お茶会の準備が進むのをただただ眺めている事しかできずにいた。

<私なら大丈夫、私なら――。茉莉と私って、いつから知り合いだったかしら>

 まるは神楽からの言葉を反芻はんすうしていた。

 目の前の公女殿下は不満げだ。神楽はなぜ、まるとエカチェリーナ公女殿下を会わせたのか。神楽と似たようにタカビーで、身分が高い。そして、外見も手伝ってお姫さまとして壊れ物のように扱われている。でも、中身は神楽と同じ。自分の事は自分で決めたい。そういう年齢。今の時代、高価とはいえ、延命薬物エリクシアを使える人物は、航宙経験の長い人物や、身分の高い人物にはそう珍しくもない。だが、少女の姿のまま年齢を固定されるような人は、やはり少ない。周りからはどういう風に扱われてきたのだろう。

 エカチェリーナの元に使用人らしき人物が合わられる。恭しく扱う態度に対し、彼女は一層不満をぶつけていた。周りの配慮に、むしろ辟易している感じがした。

<まるで周りの連中は米搗きバッタみたいね。――あれ? この比喩何処かで――>

 まるは、初めて神楽と出会った日を思い出した。

<茉莉はあの日、私の存在を嗅ぎ付けて、あの手この手で私と接触しようとしてやってきたんだっけ。そう言えば、茉莉もあの時、周りの連中が米搗きバッタのようにへこへこと頭を下げながらゴマをする、と、憤ってたな。そして――>

 まるは事故で二人きりで閉じ込められた時、彼女から語りかけてくれた言葉を思い出した。

――そんな時、救いになったのは猫。猫は気まぐれで、私のいう事なんか聞いてもくれない。でも、それがよかった。対等に扱ってもらえている感じがした。お嬢様が猫に対等に扱われて喜ぶとか、周りが聞いたらきっと笑うか、顔をしかめるでしょうね――

<ああ。そういう事ね>

 まるはいきなり立ち上がり、椅子の上に飛び乗った。

「公女殿下、失礼いたします」

「え?」

 驚く彼女に次の行動を起こさせる暇も作らずに、まるは通信機で阿於芽あおめを呼び出した。

阿於芽あおめ、私の位置にアンカーは掛けてる?』

『おっと、まるか。びっくりさせるなよ。ちゃんと掛けてるよ』

『私と、随伴する相手を船内に引っ張り出せる?』

『難しくはないね』

『じゃあ、今やって頂戴』

 そういうと、まるは公女の袖を噛んだ。

 次の瞬間、まると公女殿下は空間に引きずり込まれるように消えた。

 当然のことながら、周囲は騒然となった。


§


 まるは周囲の空間がいきなり捻じくれる感覚を一瞬味わった後、見覚えのあるラボの片隅に、公女殿下と共にいるのに気が付いた。目の前には青い目の黒猫がきょとんとして座っている。黒猫の背中からは赤黒い触手様の謎の物体が伸び、それがまるを絡め取っていた。

 触手が空間に溶けるように消えると同時にその黒猫――阿於芽あおめは声を発した。まるの様にヘッドセットで合成した声ではなく、どこからともなく響いてくる感じの声だ。

「はいよ、お望み通り。ってその子誰?」

 阿於芽あおめは興味深そうに公女殿下を覗き込む。

「〈ウクライナ星間公国〉のエカチェリーナ公女殿下よ」

「え、ちょっと待てよ。冗談だろ?」

「嘘なんかつかないわ。ちょっと誘拐して来ちゃった」

「おい、それは流石に拙いんじゃないか。相手は一国の――」

「あら、私だって国相当の組織の主よ」

 猫二匹が適当なことを言っているのを、虚を突かれてボーっと見ていた公女殿下だったが、はっと我に返った。

「え、なに、ここはどこ?」

「公女殿下、ようこそ我が航宙船へ」

 まるはチェシャ猫の様な笑い顔を作って見せた。


(続く)

まる船長、それは犯罪です。

とうとうやらかしてしまったまる船長の運命やいかに。

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