第56話「まるは宇宙海賊です08:自分を騙す方法」
打ち倒された私掠航宙船〈上喜撰〉を救うため、一か八かの時間改変に向かったまる。しかし、そこに現れたもう一匹のまる……。彼女らの運命は、そして〈上喜撰〉はどうなるのか。
どうぞお楽しみください。
(承前)
「大体、あなたは迂闊過ぎるのよ。分かってる?」
あとからやってきた「まる」は、そう切り捨てるように言った。まるは「まる」に説教されて、明らかに面白くなさそうだった。
「そもそも、あなた何者? 私、じゃないわよね?」
言われて目の前の猫は尻尾をくねらせた。
明らかに状況を面白がっている。
まるはまるで、消去法で相手の正体を考えていたが、一つの結論に達していた。そしてそれは、彼女をげんなりさせる答えだった。
「人目もないし、そろそろ本来の姿に戻ったら? 阿於芽」
後から来た「まる」だった猫は舌打ちをした。
「簡単な光学迷彩とイコライザで簡単にだませるんだね」
そういいながら、三毛の雌猫の姿は溶けて、青い目をした雄の黒猫の姿を取り戻した。
「サイズを小さく見せるための工夫が結構大変だったんだよ」
そういう阿於芽から、まるは後ずさった。
「正直、引くわよ。大体余計なお世話なのよ、私がやろうとしていたことを横取りしただけじゃない」
二人が言い合いをしていると、蚊帳の外の加藤が口をはさんだ。
「何が一体どうなってるんですか、そもそも阿於芽さんはどうやってここに――」
まるは目をつぶって吐き捨てるように言った。
「アンカーよ。私の固有時空。もっと詳しく言えば私自身に彼の触手の一部を絡ませておいて、私たちが移動した時空に、彼自身を手繰り寄せたのよ」
「ご名答」
「それは良いけど、一歩間違えたら私たちの邪魔にしかなっていないのよ?」
「もちろんそれは十分確認した上でやって来ているさ」
「……もう」
まるは尻尾をパタンパタンと動かして、不満を露わにしていた。
阿於芽もまるの怒りに、少し反省した素振りだった。
「分かったよ、すまなかったね。相談もせずに」
まるはあきらめたように首を振ると、二人を見据えた。
「やっちゃったものは仕方ないわ。それで、今後の計画だけど」
加藤は不思議な顔をする。
「このまま帰っちゃえばいいんじゃないんですか?」
まるはあきれ顔になり、阿於芽も後脚二本足で立って、前脚でやれやれのポーズをとった。
「良いわけないでしょ。まず私が秋風君のところに現れた帳尻をつけないといけないの。少なくとも私たちの元居た時間まで、私自身にばれないようにしないと」
まるがそういうと、阿於芽が補足した。
「それだけじゃない、計画が完全に遂行されるように、結果をちゃんと見極めないとね。もしこちらが要求するスペック以下の施策しか施されていなかったら、結果的に敵の攻撃を避けられなくなってしまうだろ?」
加藤は少ししょぼんとしながら納得した。
「……ああ、そうですね。でもそれって……」
「そう。この時点の私が帰ってきた後も、秋風君の進捗を確認できないといけないし、この時点の私に、秋風君がその話をしないようにうまく計らわないといけないの」
問題はまだまだ山積みであった。
§
危機はすぐそこに迫っていた。
「どうやってこの時間帯のまるを誤魔化すかが最大の問題だ」
阿於芽は猫の前脚で器用に腕組みの真似をしながら話した。
「私の事は私で分かるわよ。とにかく、帰ってきた私が秋風君に接触しちゃったら拙いわ」
まるに言われて、阿於芽は大仰に前脚を振り上げた。
「さて、そこで綱渡りです」
「僕が秋風に化けてまるに会う。まるは秋風に会ってくれ」
「替え玉で相互の矛盾する話を解消しようっていうの? でもそれだと、会った場所や時間がずれちゃうでしょ?」
そう突っ込むまるに対して、阿於芽は当然という風に目をつぶって尻尾をゆっくりと振り、答えた。
「要は同じ場所で、同じ受け答えをしたと思わせればいい」
「それはそうだけど……」
阿於芽は、触手を形作る謎の形質を、その体から大きく張り出すと、向かいの通路に向かう道を覆った。彼が出した物質は通路を覆う膜になったが、次の瞬間、もとの通路に見える空間になった。
「まる、この先にちょっと行ってみてくれ」
不審そうにおっかなびっくり、まるは通路の先に進んでいった。
「よし、これを閉じて。と」
阿於芽はそういうと、まるの入って行った道を、あたかもカーテンを引き剥がすように剥がした。再び元の道が現れたが、そこにはまるはいなかった。加藤が慌てた。
「せ、船長をどこへ?」
「慌てない慌てない」
阿於芽が再び膜を展開すると、そこにはきょとんとしたまるが居た。
「まる、そこは僕が作り出した偽の空間だ。違和感はあるかい? この空間を使って、君を騙そう」
§
この時間のまるを、仮に「まる(前)」と呼称しよう。まる・ぜんと言っても、マルゼン無線や書店の丸善とは関係がない。ましてや丸いお膳やすっぽん料理でもない。時間旅行前のまるということだ。彼女は〈上喜撰〉出港のための手続きやら資材購入の折衝で毎日バタバタと飛び回っていた。だから、船に戻って来ても、その少ない空き時間を使って、船内の進捗をチェックする、分刻みのようなスケジュールだった。
余談だが、この時間の阿於芽はまだ仔猫の姿ながら、秋風とともに長距離ビヨンドドライブのためのワープナセルの円滑な交換や管理などの方法を詰めていた。
さて、先ほど帰ってきたまる(前)は、その足で秋風のいるラボに向かっていた。だが、まる(前)がラボに行く道は、阿於芽によって作られた偽の時空につなげられている。ご丁寧にその時空の小部屋には、小さい阿於芽も再現していた。
一方、本物の秋風のいるラボには、まるが向かっていた。そのヘッドセットは阿於芽との通信が取れるように接続してある。これで、肝心な話の部分以外では話のつじつまを合わせ、まるたちが帰還した後に大筋の話が同じになるように工夫をしていた。
彼らの計画では、基本的にはまると秋風は同じ情報を共有しているようにして、ただ1点、秋風はまるに、まるは秋風に指摘されて、ビヨンドドライブ後の防備を強化したと思うように仕向ける。というものだった。だから、二人の子の記憶が入れ違っているということをいかに意識させないかが、計画の成否を握っているといえた。
その要は、今からの会話に掛かっていた。
偽の秋風のところに来たまる(前)は、ちょっとした不満をぶちまけていた。
「まったく、話しにならないわ。お役所の頭でっかち共――」
「どうしたんです?」
阿於芽は、予めこの会話の結末を知っている。まるが記憶を辿って教えてくれたのだ。聞かれたまる(前)は、阿於芽が予め知っている通り、耳をぴくぴくと動かしながら仏頂面をした。人間で言えば肩をすくめたようなものだ。
「なんとか正規の手段で〈欧蘭通商圏〉に向かおうとしているんだけど、どこかで誰かさんが私たちの渡航を阻止したいらしくて。規則破りだっていう事で、お役所の人間にたきつけているらしいわ」
「厄介ですね。やっぱり非公式で向かう、という線が濃厚になりますか」
「その通りよ、嫌になっちゃうわ」
とここまでは時間線の流れ通り。ここから、阿於芽の創作が始まった。
「不正規な手段で行くなら、防備も一層固めなきゃいけないですね」
「そうねえ――」
「ビヨンドドライブの事を考えていたのですけど、万が一、ビヨンドドライブを抜けた瞬間に敵に鉢合わせしたら、手ひどいダメージを喰う可能性があります」
「それは万が一どころか、億分の一の単位より低い確率になりそうだし、ドライブを抜けた直後の防備が薄い瞬間は数秒だから、って、秋風君の方から却下した話題じゃない?」
そら来た。ここからだ。阿於芽は内心舌なめずりをした。
「私もねえ、そう思っていたんですよ。これを見るまでは」
そう言いながらコンソールに記事を出した。それは、〈欧蘭通商圏〉が広大な空間を対象にした、大規模な工事を敢行している、というものだった。記事自体は本物だが、通商圏間のニュースは限定的なやり取りしかない為、特に注意を払って調べない限り見落としも多い。実際に改変前の歴史では、〈上喜撰〉のクルーは、このニュースは見る機会が無かった。
「これがどうかしたの?」
「どうもある種のレーダー網の整備らしいんですけど、対象範囲がきわめて大きくて」
「ふむ、施工されている施設は何光年にもわたって設置……か。超光速の飛翔体でも探査しようって感じね。確かに私たちを網に掛けようとしているように感じるわね」
「もし、あの錆猫。BLでしたっけ? あれの背後のパトロンが通商圏の有力な政府に深いつながりがあるなら、充分にありうる話じゃないかと思うのですよね」
「そうね……分かったわ、慎重に進めてくれる?」
「了解しました」
まる(前)の確かな反応を引き出した手ごたえに、にんまり笑いながら、秋風に化けた阿於芽はまるに合図を送った。
だがむしろ、簡単に思えたまると本物の秋風の話し合いの方が難航していたのだった。
§
話しは少し遡り、阿於芽とまる(前)が話し合いを始めたのとほぼ同時刻。
本物の秋風のところに、まるがやって来ていた。
実際のところ秋風には、阿於芽が話をつけている。だから、つじつま合わせ以外の何物でもないはずだった。
しかし、まるが行ってみて、この計画が実は、最初から殆どとん挫しかけていることが分かったのだ。
「ああ船長、大変です」
まるがやって来るなり、秋風は真剣な顔つきで話した。
一抹の不安を覚えながら、まるは大変な話を聞くいつもの自分を演じようとした。
「先程、船長の偽者が私のところに来たみたいなんです」
<ぎ・く・っ>
まるは自分の「声」が合成音声であることに感謝した。嘘をつくことは最初から分かっていたから、動揺が表に出ない様にヘッドセットに現状の心理状態を反映しないようにセットしてきたのだ。
「偽者? セキュリティを破られたの? 拙いわね」
「それが不思議な事に、船内のセキュリティには侵入の形跡がないんですよね」
「なぜ私の偽者だと分かったの?」
「ヘッドセットですよ。偽者の奴、ヘッドセットの形は真似ていましたが、音声が口から出ていたんです」
<阿於芽の馬鹿野郎――――――――――! 迂闊なのはあんたの方じゃないのさっ!>
だが、まるはある事を思いついて、直ぐに機転を働かせた。
「ははあん」
そういうと、秋風をねこ招きでちょいちょいと呼んで、ヘッドセットの小型スピーカーの出力を差し出して見せた。秋風はすぐに合点して、どこからか骨伝導イヤホン端末を持ってきてまるのヘッドセットに接続し、自分の顎に出力を張り付けた。まるにしか出来ない、完璧なひそひそ話である。
その状態で、背後で作業をしている黒い仔猫の方を見た。殆ど自室から出ない状態で作業している阿於芽だが、今は丁度やって来ていた。
一度はピンチだと思ったが、これは話しに信憑性を持たせるのと、秋風への口止めと、二つを同時にやる千載一遇のチャンスだった。
まるは秋風と阿於芽を交互に見ながら言った。
「多分それ、阿於芽の仕業だと思うわ。最近ろくに話せてないのよね?」
「よく知ってますね」
まるは口に前脚を当てて「静かに」と合図した。秋風は頷く。
「で、どんな話をされたか、声に出さずに伝えてくれる?」
まるがそういうと、秋風は傍にあったスレート端末に何やら書き込んで渡してきた。それには、直前のセキュリティ強化についての会話の内容が書き記されていた。
「間違いないと思うわ。でもこの内容、一度却下になってたはずよね?」
まるの質問に、秋風はスレート端末に答えを書く。
――そうなんですが、直前に加藤が来て、気になるって話してきたんですよ?
「おかしいわね。加藤君はまだ帰省先から帰ってきていないわよ」
秋風の目が丸くなる。
「恐らくはそれも阿於芽ね。人型プローブを使ったんだと思う」
――なぜそこまで?
「阿於芽は体が回復しきっていない、あの仔猫状態を相当ハンデに感じているわ。だから発見した問題を伝えたいけど、自分からの話では伝えにくいと思ったんじゃないかしら」
――なるほど……。
「取り敢えず、彼から打ち明けてくるまでは、触れないでいていてあげてくれる? 後、どこで誰に伝わるか分からないから、私に対してもこの件はなかったことに振る舞ってちょうだい。進捗だけ上げてくれればいいわ」
――分かりました。
ここでまるは一旦ヘッドセットの接続を外した。
<あとは加藤君の首尾ね……>
まるは通信機で作戦終了の信号を送り、連絡を待った。
§
時間はまた少し遡る。
「じゃあ、二人が作戦中、僕はお留守番ですね」
ちょっとほっとしたような顔の加藤に、阿於芽は器用にウインクしてみせた。
「そうじゃないさ。だって解決したのは秋風部長と、この時点でのまるの認識だけだろ?」
「それで充分なんじゃないですか?」
「二人だけで〈上喜撰〉の重要な改修を決定できると思うかい?」
「……出来ないんですか?」
まるは耳を寝せて見せた。
「んー。私がワンマンに強権を発動すれば、出来なくはないと思うけど、新たな予算のために、垂髪さんや定標さんを説得する材料はないでしょ? 織田さんから出してもらう手もあるけれど、やっぱり何故経費が新たにかかるかを説明しなきゃいけないし」
話を聞いて加藤は腕組みをして暫く考えて、それから顔を上げた。
「なるほど。わかりました。けど、僕が何を出来るっていうんです?」
「簡単な話だよ。実例があればいいんだから」
さも簡単だ、という風に顎を上げてドヤ顔で説明する阿於芽にたいして、加藤は口をとがらせた。
「それはそうでしょうけど、ビヨンドドライブから抜けた直後を狙うなんて、そんな特殊な状況、どうやって実例を作れって言うんです?」
それに対しては、まるが慣れないウインクで答えた。
「特殊な状況の実例なんかいらないのよ。危機対策の強化っていう名目が通ればいいんだから」
§
加藤は、未来から来た〈渡会雁金・改〉のコックピットに居た。
「まったく、無茶をさせてくれるよ」
彼は愚痴を言いつつ、歴史改変度数探知装置の表示を確認しながら、〈上喜撰〉のいるドックへと向かっていた。
作戦開始直前。
「私も最近知ったんだけど」
まるはかいつまんで加藤に説明していた。
「歴史改変度数探知装置は、最終的な歴史改変の率を知るモードだけじゃなくて、もっと細かい指定が出来たのよね」
まるの説明によると、時空の特定ポイントに照準を絞ると、全体の変動率ではなくて、その事象だけが変化して、他が大きく変化しない状態を検知できるのだそうな。
「それが確実に分かるなら、歴史改変なんてお茶の子じゃないですか」
「失敗したらやり直しはほぼ不可能なんだから、難易度は大して変わらないわ。むしろピンポイントの事象をいじろうというんだから、調整は本当に難しくなるかも」
「僕は〈渡会雁金・改〉でそれをモニタリングして、お二人に知らせればいいんですね」
「正確には僕にだ。まるは僕の通信を傍受している」
そして、二人が予定を決行した結果……変動は収束していなかった。
「駄目です。全体にかなり大きなブレが有って、未来の時間線が収束してないみたいです」
阿於芽は顔を曇らせて通信機を操作する。
『一番大きなブレは?』
加藤は〈ヒモフレディ〉の表示を確認する。
「問題のポイントの直前ですね。阿於芽さんと船長が一緒に行動している時みたいです」
『僕/私たち?』
二人は同時に答えた。
そして、暫く考えてそれに思い当たった。落ち込んだ阿於芽とまるが話していた時だ。
『ちょっと待ってくれ、それは多分結果だ。その元になったブレがある筈』
加藤は時間線を遡りながらチェックしていく。
「防御策強化のやり取りと、その機材搬入とかの部分が最初の大きなブレですけど、これは仕方ないですよね」
『ええ、その後は?』
「ええと……待ってください。これはどう読めばいいのか。秋風さんと阿於芽さんが、以前は無かった遭遇をしているみたいです」
報告を聞いて、まるが頭を抱えた。
『分かったわ、多分秋風君が口を滑らせたのね……』
ここでまるは、想定外の事態に対して、阿於芽を悪者にしたストーリーを仕立てて、秋風を説得したことを話した。
『それを話しちゃったのかな。僕はかなり傷ついたと思う……』
阿於芽が深刻そうな声で答え、まるはそれに謝罪した。
『ごめんなさい、とっさの事で――』
『いや、それは仕方がないさ。――秋風はお互いの仲の修復で心を痛めているんだから、箝口令じゃなくて、物理的に僕にそのことを話せないか、あるいは話しても構わない状態を作るしかない』
しばし阿於芽は考えていたが、結論を出したようだ。
『よし、今の作戦はここまでにして、後は阿於芽を何とかしよう』
そしてしばらくの間をおいて、更に一言、阿於芽は付け加えた。
『僕が、僕を騙す』
§
2匹と1人は〈渡会雁金・改〉のコックピットで頭を寄せて話していた。
「ノープラン?!」
まるは眉間にしわを寄せ、目を細め、……要するに、猫のあきれ顔で阿於芽を見る。
「ああ、僕相手にこの手の小細工は効かない。誰かが接触するだけで、未来から来たことも多分ばれる」
「じゃ、あなたじゃなくて秋風君をもう一度騙すしか……」
「まる、それは危険だよ。今だって十分危ない橋を渡っているんだ」
「――うう。でもそれじゃあどうするの」
「だからノープランだって。でも要は、秋風と必要以上に喧嘩しない様にすればいいんだ。こうやってね」
そういうと、阿於芽は変化した。この当時と同じ仔猫の姿だ。
「光学迷彩の応用で、実際の体が縮んだわけじゃないけどね。じゃあ、行ってくる」
§
阿於芽はラボから出て食事を摂っている秋風に、当時の自分を演じ切り、まると加藤の振りをしたこと等について、「形ばかりの謝罪をしたが、態度は硬化したまま」という演技と、「もうこの話題は繰り返さないでくれ」という念押しをした。だが〈ヒモフレディ〉の表示は多少改善されたものの。依然として問題が起きることを示唆している。
残った問題は、秋風と話し合いをした事実を、阿於芽(前)が知らない事だった。
改善されていない事象の報告を聞いて、暫く考えた阿於芽は、渋々という風に口を開いた。
『多分、僕自身が凄く面倒臭い奴だ、っていうのが鍵なんだ』
そういうと、食事をしている秋風をしり目に、阿於芽はラボに向かった。
ラボでは阿於芽が一人で作業をしていた。
「やあ」
阿於芽は阿於芽(前)に声を掛ける。
通信を見ていたまると加藤は、あまりのド直球振りにパニックを起こしていた。まるは「阿於芽の馬鹿っ! 何もかも台無しにするつもり!?」と、天を仰いだ。
だが、この時代の阿於芽(前)の反応は淡々としていた。
「やあ、どの時空から来たのかな?」
「ちょっと未来からね。みんな死にそうなんだ」
「それは大変だね」
「うん。かなり修復したんだけど、後は僕の行動如何で全部変わる」
「そうか。責任重大だ」
「うん。重大なんだ」
「そっか」
「そう。だから、この後、秋風が変なこと言うけど、無視してくれないか」
「……それだけかい?」
「うん。それだけ。僕がしくじった結果なんだ」
「そうか。わかった。……秋風と仲良くしろとは言わないんだね」
「うん。言わない」
「……わかった。要件はそれだけ?」
「それだけ。未来の事で身構えたりはしないよね」
「ああ。どうせ時間が来たら君と再融合して全部わかるんだよね」
「そうだ。秋風の失言の件を除いたら、僕が知っている事と差はなくなるけどね」
「そっか。じゃあいいや」
「じゃ、僕は行くよ」
「ああ、お疲れ様」
あっけなかった。
加藤が見ている前で、〈ヒモフレディ〉は、事態が収束したことを示していた。さっさと帰ってきた阿於芽は、何事もなかったように座席に陣取ると、丸くなった。
「直接話し合いって、あなたはいったいどんな手を使って――」
阿於芽は、まるの問いかけに、片目を開けて面倒臭そうに答える。
「何も不思議じゃないさ。僕の半身は時間すら超越する生命体なんだぜ? 事態を逸脱する行動さえ分かれば、それだけを避けて行動するのは何でもないよ」
「うん、まあ……理屈ではそうだけど……」
「とにかく、帰還前に5分だけ、眠らせてくれないか」
それだけ言うと、再び目を瞑った。
§
過去から3人が帰還した瞬間。
加藤は〈渡会雁金・改〉で待機していた。
まるはブリッジで指令出していた。
阿於芽は〈カルーア〉で、かなりダメージを負った敵船の周りを旋回していた。
『こちら〈カルーア〉の阿於芽、まる船長。無事成功したようだね』
まるも再統合された意識の中で、修正された歴史を飲み下している処だった。
ビヨンドドライブ直後の戦闘用フォースフィールドの展開のお蔭で、〈上喜撰〉は、敵の強襲から脱出していた。幸いにして敵の攻撃は、フォースフィールドでは避けられない次元転移砲による攻撃ではなく、攻撃隊によるものだったから、直ぐに体制を建て直し、反撃に出て、攻撃隊を撃滅(もちろん、まるの指令により「殺さず」に)した後、私掠船同士の一騎打ちになり、〈上喜撰〉は辛くも勝利していた。
〈デンドロバデス〉内は、船の状態が維持できず、外見よりひどい状態になっていた。
BLは、牙をむき出しながらも、撤退の意思を固めようとしていた。
そこに、傷だらけになったBC001がやってきた。
「船内は半壊滅状態です。これ以上の戦闘は自殺行為と思われます」
「そんな事は分かっている。お前も酷い状態だ」
言われたBC001は、自分を見回した。そして、BLを見ると、苦笑いのような表情を浮かべた。
苦笑い?
こいつに感情などないはずだ。
……ない筈だった。
「BC001、どうした」
「マイマム……。ブラック・ラスター……。いいえ、さびまる様。あなたも酷いお疲れようです」
「……クローンが何を言うかと思えば」
「私は単なるクローンではありません。……いいえ、単なるクローンでした。以前は」
「……感情は芽生えないはずだ」
「……自分で自分を改造しました。その時、それが最善と考えたからです」
「なっ……」
「あなたが私の事を、時折『鼻くそ』と呼ばれていることも知っています。侮蔑の意味もあるのですが、親しみもこもって居ると思っていました」
「……いつから?」
「前回の出撃前です」
ブラック・ラスターは顔に前脚を乗せ、乾いた声で嗤った。
「やれやれ、分かったよ。ところで『さびまる』はよせ。私の事は以後、ラスターと呼べ」
「分かりました、ラスター様」
「自由意志があり、感情もあるお前に、BC001や鼻くそじゃ可愛そうだな。『バロン』と呼んでやろう」
「少々、格好付け過ぎの感もありますが」
「五月蠅い、黙れ。それにしても、作戦にミスはなかった。完全に不意を突けたはずだったのに」
「それでも、こちらの動きはほぼ読まれていたようです。完敗ですね」
「うむ。……今この場は緊急撤退だ。この船まで失う訳には行かぬ」
「御意。全船通達、緊急撤退命令」
〈デンドロバデス〉は、ワープシェルを展開して逃走した。
§
「敵の船はその後襲ってくる気配は無さそうね」
まるは船長室でくつろいでいた。
インカムからラファエル副長の声で「入室、よろしいでしょうか」と伝えてきたので、まるは「どうぞ」と応じると、ドアを開けた。
ラファエル副長は、神楽コンツェルンの吉田を伴ってきた。
「あら吉田さん」
大体、吉田の要件はわかっていた。
「次のドライブから抜けると、〈欧欄通商圏〉の〈ヴェルソー太陽系〉の外周部になりますね」
吉田の単刀直入の質問に、まるはこともなげに答えた。
「ええ、一応当船の目的地になっています」
「さようでございますね。そして、ここには惑星〈星都〉があります」
「ええ、私たちの目的地だわ」
「はい。そして、その〈ウクライナ星間公国・星都領〉には、公女殿下がお待ちです」
「神楽社長の元ご学友、でしたかしら」
「はい。そして、この船の来航を正当化するために、公女殿下への拝謁の予定を入れております」
まるは尻尾の先をゆらゆらと左右に振って、軽く不快感を表明した。
「すっぽかして本来の予定通りに行動、というわけには」
「通商圏間の政治的問題に発展するでしょうね」
<やれやれ……>
「わかりました、では、スケジュールなど詳しい話をお願いできますかしら」
「畏まりました。ところでまる船長。あなたにはそのままのお姿で拝謁願いたいと思います。公女殿下のご指名でございます」
<なんだか厄介な話ね>
まるは思ったが、音声では平静を保った。
「別に構いませんが」
「公女殿下は、船長にお会いになるのを大層楽しみにしていらっしゃいます。何卒失礼のないようお願いいたします」
「私も外交で王侯貴族の方と拝謁することは割とありますから、失礼になるようなことは致しませんよ」
「はあ、しかしですね」
吉田は眼鏡のブリッジに指を掛けて、くいっと調整した。
「公女殿下は、船長と一日お過ごしになりたい、と、おっしゃっているのです」
<うわ、めんどくさっ>
(続く)
遂に〈欧蘭通商圏〉に到達したまる達。しかし、そこでは公女殿下への謁見という、新たな試練が待ち受けていた……。
おたのしみに。