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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
55/72

第55話「まるは宇宙海賊です07:一難去ってまた一難!」

私掠航宙船同士の熾烈な戦いの中、〈川根焙じ・改2〉に飛び乗って〈上喜撰〉を後にしたまる船長。彼女に勝機はあるのでしょうか。急展開!

(承前)


 亜空間戦闘艇〈カルーア〉と〈ティア・マリア〉は既に出撃して奮戦していた。

 まるも〈川根焙じ・改2〉に乗り込んで、操縦席をポップアップさせてまたがった。

「〈川根焙じ・改2〉出るわ」

 ラファエル副長はそれに異を唱えた。

『船長、お待ちください、今秋風君から報告が入りました』

 秋風からの報告は、ラファエル副長とまるを絶望させるのには十分だった。

『先程の連絡時には無事だと思ったのですが、亜光速エンジンも、残ったワープナセルも損傷しています。現在修理中ですが、15分ほど時間が必要です』

 まるが猿から進化していたら、ほぞを噛むところだが、猫がそんな事をしたらほっぺたに穴が開く。だから彼女は牙をむいて、ファーッ、と人間には分からない悪態をついた。想定より事態は悪い。

「的確にこちらの足を狙ったわけね。あいつ――」

 ラファエルは軽く肩をすくめると、現状をまとめた。

『敵私掠航宙船に、前回同様の装備が確認できました。敵船は次元転移砲を装備していて、現在チャージ中です』

「撃たれたら一巻の終わり。ワープシェルを展開できるまで、敵の攻撃を避けなきゃいけない訳ね」

『そういう事です。出来ればブリッジで指揮を執って頂きたいのですが』

 ラファエルの通信を聞いて、〈カルーア〉で戦闘中の阿於芽あおめが更に混ぜっ返した。 

『そうそう、船長は邪魔。ブリッジに居てくれた方が良いな』

 だがまるは構わず出撃準備を進めた。

「五月蠅いわね。考えがあるのよ」

 まるの通信を聞いて、明らかに不満そうに阿於芽あおめが返す。

『考えって、戦術会議もろくにやってないまるに来られても、こっちが困るんだけど』

 ごもっともな話ではあるが、まるにはまるで事情があった。

「そっちとは別行動になるから気にしないで。副長、ゲートを開けないと、ぶち破ってでも出るわよ」

 まるの脅しに、不承不承、ラファエル副長は格納庫のゲートを開けた。

『事前に計画をお聞かせ願えるとうれしいのですが』

「御免ね、今はそんな時間はないわ」

 〈川根焙じ・改2〉はバックで滑るように〈上喜撰〉から離脱すると、何故か、戦闘中域からは全然違う方向に進路を向けた。


§


「おいまる! じゃなくてまる船長! 戦闘中域はこっちだよ!」

 まるがあらぬ方向に飛び出したのを見て、阿於芽あおめは面食らった。

「まるの奴、いったい何をするつもりなんだよ」

 敵は妙な動きをする搭載艇に注意を引かれて、〈川根焙じ・改2〉に矛先を変えた。

「あの馬鹿、囮にでもなるつもりかよ」

阿於芽あおめ、通信チャンネル切らずに独り言を言わないでね。それと囮のつもりはないから、追尾してくる敵の対処、よろしくね』

 まるから釘をさす通信が入る。

「何なんだよ一体――」

 ブツブツと不平を漏らしつつも、彼は追撃してくる敵の戦闘艇を行動不能にしていく。

「破壊しちゃっていいなら楽なんだけどねえ」

 その一言には「思索の杖」からの突っ込みが入る。

『船長の方針は「殺すな」だから、仕方が有りません』

「分かってるよ。でもね、空手より寸止め空手の方が難しいんだよ」

『カラテ?』

「例えだよ。説明するのが面倒だ。忘れてくれ」

 阿於芽あおめのレーダーから、いきなり〈川根焙じ・改2〉が消えた。

「おっと……そう言えば」

 そう。「迷い猫時間線」での時空漂流の際に使っていた遮蔽装置。〈川根焙じ・改2〉はあれを装備していたのだ。恐らく敵の装備でも追撃は不可能だろう。案の定、〈川根焙じ・改2〉を狙っていた敵の戦闘艇はいきなりターゲットを見失った所為で、右往左往している。


§

 遮蔽装置の動作を確認してから、まるは操縦桿を握りしめた。

<これで、敵には私の居所はつかめないはず。まあ、あの馬鹿猫が何か新しい装備でも手に入れていたらご破算だけど>

 まるはそう考えつつ、方向転換して敵船目がけて飛んだ。そう、彼女は囮などになるつもりはない。攻撃は最大の防御。敵本体への攻撃を目指しているのだ。

「それにしても、ひどく派手な船ね」

 その表現はまるとしては控えめ過ぎた。毒々しいカラーリングの〈デンドロバテス〉を見て、彼女は正直呆れていた。

BL(あいつ)の趣味が悪いとは思っていたけど、こんなに美的センスがぶっ壊れていたとはねえ」

 その時、〈川根焙じ・改2〉は、〈上喜撰〉のラファエル副長からの通信を傍受した。

『船長、敵は一時的攪乱状態に陥っているようです。暫くは当船への攻撃は回避できています。ただ、敵は船長を血眼で探しています。注意してください』

<まあ、それはそうでしょうね。攻撃してこない船より、行方の分からなくなった攻撃機の方が脅威だわ>

 統率の乱れた敵の攻撃隊は、〈カルーア〉と〈ティア・マリア〉に蹂躙されていた。二人に任せていれば問題はないだろう。それより、敵の本船だ。

 まるは、意を決して敵の懐めがけて飛んで行った。


§


「あのくそ猫! 搭載艇に遮蔽装置を……」

 まるの読みは当たって、BL(ブラック・ラスター)は遮蔽装置への対抗策を用意していなかった。

迂闊うかつだったわ、あいつらと一緒に地球にいた時、何度も遮蔽装置を使っているところを見ていたのに>

 ワープエンジン以外の宇宙航行用機関は、28世紀のこの時代でも、一応、作用反作用を基本にした、21世紀の中学校で習うような基礎物理にのっとってはいる為、排出されたガスの痕跡を追えば敵の位置を探知することは不可能ではなかった。だが、敵が本体を遮蔽したうえで、予測を困難にする軌道を描いている場合、その本体をリアルタイムに見つけることはほぼ不可能といってよかった。

 だがそれは、敵の目的が分からない場合だ。

「遮蔽装置を使う敵がこっちに突っ込んでくるわよ、迎撃態勢! 〈デンドロバデス〉の全重核子砲門を開いて弾幕を作れ!」

 重核子砲のレーザーは一種の質量弾だ。敵がフォースフィールドに覆われているなどして破壊できなくても、敵が弾幕に突っ込んでくれば位置が把握できる。BLブラック・ラスターの戦略は的中し、重核子砲のビームのフォースフィールドへの衝突によって、まるの乗った〈川根焙じ・改2〉のシルエットがくっきりとレーダーに浮かび上がった。船影から〈川根焙じ・改2〉と確認したBL(ブラック・ラスター)は、あの世界での出来事を振り返って、搭乗者は恐らくまるだと考えた。

「そう、あなた自らが出てきたのね。ほらほらまるさん、年寄りの冷や水はいけませんよ?」

 BL(ブラック・ラスター)は目を細めながら呟く。

「レーダー上の敵影に向けて掃射型次元転移砲の照準セット」

「照準、セットしました。チャージ中です。掃射まで15秒」

 BL(ブラック・ラスター)の顔が歪む。彼女自身、それが何故かはわからない。何だか苦いものが口に溢れている感じだ。だが、まるは今の彼女にとって、立ちはだかる障害以外の何物でもない。

<まるさん、あなたとは歩む道がほんの少し違っただけなのよね。でもまあ、正直嫌いだけど。……殺しあうなんてことは考えてなかったわ>

 胸の中で様々な思いが渦巻く。

「掃射準備が出来ました。命令を」

「グッパイ、まるさん――」

 BL(ブラック・ラスター)は、静かに掃射を命令した。


§


 まるは敵の集中砲火に舌打ちしていた。

<あいつ、これで私の位置を掴むつもりなのね>

 いや、間違いなくて気に自分の位置は知られただろう。もたもたしていると、敵の次元転移砲の餌食になる事は分かっていた。BL(ブラック・ラスター)は恐らく、知り合いだからと言って手を緩めてくるような猫ではない。この数秒の判断が生死を分ける。次元転移砲はワープシェルの中に居る者は攻撃できない、だからワープすればもちろん〈川根焙じ・改2〉は次元転移砲からは逃れられる。だが、敵を攻撃するタイミングは逸してしまうし。敵は標的を〈上喜撰〉に変えてくるだろう。秋風の報告から考えて、修理までまだ数分の時間が掛かる。ナセルが損耗している状態の〈上喜撰〉では、ワープで逃げることも難しい。

「どうする? どうする――」

 考えていると、突然背後から声がした。

「アンカー打ち込んどいて正解だったね」

 まるが振り返ると、そこには阿於芽あおめの小さな触手があった。空間アンカーでこちらと時空をつないだらしい。

「気持ち悪いわ、器用な真似をしないで」

「馬鹿言ってないで、今逃げないと転移砲で素粒子に分解されるよ」

「〈川根焙じ・改2〉を放棄したら、敵は〈上喜撰〉を狙って――」

「だからって今のままだと無為に死ぬだけだ」

「あなたのアンカーで20分前に戻れるなら、いくつかやり直しも効くんでしょうけどね」

「時間方向に打ち込むことも不可能じゃないけど、今は無理だ。せいぜい格納庫に打ち込んできた位――」

「格納庫! 私をあそこに戻して!」

「わかった! しくじるなよ」

 まるは阿於芽あおめの触手に絡め取られると、時空のアンカーを通じて〈上喜撰〉の格納庫に放り出された。

 次の瞬間、〈川根焙じ・改2〉は掃射型次元転移砲で素粒子に転換され、異次元にまき散らされた。


§


 まるは格納庫を猛ダッシュして、〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉に飛び乗った。

 船内には加藤が待機していたが、まるが血相を変えて飛び込んできたので、何事かと目をしばたいた。彼が口を開いて何か言おうとしたが、まるは前足を上げて彼の口に当てた。

「ごめん、説明してる暇はないわ」

 驚いている加藤を尻目に、まるは猫用操縦席をポップアップさせて、時空間エンジンを操作し始めた。

<この時間改変は、結構大きなペナルティが来そうね。仕方ないけど>

 まるはとある時空に狙いを定め、時空間エンジンをスタートさせた。


 そして〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉が時空跳躍をした僅か0.2秒後、敵の次元転移砲が〈上喜撰〉を切り裂いて行った。


§


「――私が君に惹かれたのは……事実だと気が付いたからな。それは恋愛感情を抜きに考えた今でも、私の心に残り続けているんだ。ええい、畜生。いや君のことを言ったわけじゃないぞ。私の事だ。そうさ、私は君に未だに惹かれているんだ。一人の人物としての君に」

 唐突ではあったが、織田氏の目から感じるそれは真摯であった。

「賛辞として受け取っておくわ」

 まるはそう言いながらバーテンダーを手招きすると、メニューを指差して2つ注文した。

「乾杯しましょうか、友情に」


 格好をつけている自分を見るのは正直恥ずかしい。

 物陰からこっそり二人を見て、まるは何度も顔を洗っていた。そう、まるは今回の出航準備前まで時間を遡って来ていた。

<さて、どうやって接触しようかしら>

 敵との2度の交戦について、何とか出発前の私に知らせておく必要がある。ただし、極端に後の事象が代わるような干渉をすると、結果の未来が予測不能なものになって仕舞う。それでは意味のある歴史改変にはならない。最悪、戻る世界すらなくなってしまう。だから必要なキーポイントだけが変わるような干渉でないといけないのだ。

「あら猫ちゃん、どうしたのかな」

 色々考え事をしているうちに、周囲の事がすっかり疎かになっていたらしい、バーテンダーに見つかってしまった。

<面倒臭い事になりそう、一旦退散するしかないようね>

 まるは「にゃあ」と軽く鳴いた後、くるりと背を向けて走り出した。しかし、まるは街中に出ると危険だった。何しろ、まるはちょっとした有名猫である。しかも、〈トキオ・EXA(エクサ)〉では、単独で街を歩く猫はあまり見かけないから、目立つことこの上ない。おまけに、この辺りの通りは猫が隠れられるような植木や雑草はない。

<ちょっと逃げ場がないわね……>

 何しろ、ここにまるが居た、という話が残っては、それだけで時間改変になりかねない。〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉は、長さ8メートルx幅5メートルだから、ちょっとした広さの空き地が有れば遮蔽装置で隠しておけるので、僅か3ブロック先の公園上空に留めてあるのだが、その3ブロックは、今のまるにとっては数光年にも匹敵する距離に思えた。

<個人用遮蔽装置がもう一台あればよかったのだけど>

 頼みの個人用遮蔽装置は〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉に使ってある。残る手段は――。

<こっちは多分、知っている人は少ない筈>

 まるはコントローラを操作して、〈渡会わたらい雁金かりがね〉に搭載してある「しゃぶらん(中枢コンピュータ『シャブラン』のサブセット)」にナノマシンを送るよう指示した。

 数秒で薄霞の様にまるの周りにナノマシンが集まり始めた。そして、それはあっという間に人型になり、まるを包み込んで立ち上がると、膝の埃を払った。

 それは「マルティナ」モデルの様に美麗な人型プローブではない、もう一体の地味な女性のプローブだった。単機能ではあるが、この程度の隠れ蓑にはうってつけだ。

 まるはスーツの襟を正すと、周囲に気を配りながら公園に向かった。


§


 阿於芽あおめは、我が家が仲間を乗せたまま切り裂かれるのを、ただ見守る事しかできなかった。〈ティア・マリア〉の「思索の杖」も、悲しげに光景を眺めて、その4本の腕の先のかぎ爪を握りしめていた。

「まる……、今はお前に託すしかない。皆の命と、未来を――」


§


 BL(ブラック・ラスター)は、やりすぎを反省していた。

「相手の死傷者は?」

「まだ確認は取れません。大半の乗員は『緩衝ボール』に包まれて生存している模様です」

<ふむ――>

「で、格納庫にあった筈の船は?」

「我々の攻撃で切り裂いてしまったものと思われます、現在残骸を捜索中」

 BL(ブラック・ラスター)はただ、スクリーンに映る残骸と、それを調査する船の様子を眺めていた。


§


 まるはあの後、弁当を買い求めてから〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉に戻った。中では退屈そうにレクリエーションプログラムに興じている加藤が居た。

「ただいま。加藤君はあまり出歩かない方が良いわね」

 加藤は背後から声を掛けられ、船長が帰還したと知ると、慌てて居住まいを正した。

「あ、おかえりなさい。時間旅行時のお約束は分かってますけど、いきなり連れて来られてそれは、何だか釈然としないです」

「急いでいたし、君を降ろす理由もなかったからね。食糧の積み込みがまだだったから、買ってきたわ」

 そういうと、まるは加藤に買ってきたお弁当をひとつ渡した。加藤はまるから手渡された弁当を受け取ると、ふたを開く。中にはサンドイッチが入っていた。

「ありがとうございます」

「何しろ、出発時点の〈上喜撰|《私たちの船》〉は多分壊滅してる。何とか阻止しなきゃいけないの」

 まるも自分の分を開いたが、中には茹で卵が入っていた。今の人型プローブには食事を消化する能力が無いからだ。マルティナ装備を呼び出せば良いのだが、食事の為だけにそれをやるのはまるの気が引けた。

 まるは茹で卵の殻をむくと、手でそれをいくつかに割り、それから人型プローブを解除して食べはじめた。

「目標としては、大きな時間改変なしにミッション遂行、ですよね」

 加藤はサンドイッチを頬張りつつ言った。まるは卵を食べながらそれに応じる。

「大きな改変をすると、リスク回避が出来たかどうかの問題じゃなくなっちゃう、引き起こされるのは未知の未来になるから」

 加藤はサンドイッチを加えたまま宙を仰ぐ。そしてもぐもぐと口に入れると答えた。

「どっちのタイミングを潰すか、ですよね」

 まるはさっさと卵を食べ終えていて、再び人型プローブを身につけた。

「一度目の戦闘はこちら側の勝利だし、吉田さんを運ぶ必要は相変わらずだと思うから、買えなくていいと思うわ、二度目の戦闘に入る前の損傷を食い止めなきゃ」

「これ、一度目の戦闘が終わった時点に行って直接教えればよかったんじゃないですか?」

「それも考えたんだけど、何か特別な準備が必要になった、っていう時には、それじゃ対処できないでしょ?」

「そうか……」

「ビヨンドドライブ終了直後を狙われたら、手酷い損傷を喰らうよ、っていう事を、私か秋風君に何かの形で伝えられると良いのだけど」

「直接船長が船長に伝えたらダメなんです?」

「それだと、私の事だから、色々余計な事を考えちゃいそうだから却下」

「じゃあ、秋風先輩に伝えるしかないですね」

「私かあなたが、この時間の自分の振りをして秋風君に接触して、ビヨンドドライブ直後の強化対策を伝える、という感じかしら」

 二人はプランを練り続けた。


§


 船長からの難問に、秋風は頭を抱えながらスレート端末を持って、〈上喜撰〉の格納ドックのデッキをウロウロしていた。ビヨンドドライブだけで、100光年を踏破できるようにしてくれというのだ。一応青写真的な設計は提出したものの、実際に組むとなると色々面倒な作業になる。

「ここの貨物タンクを一時的に外して、ナセルの内部構造だけ積載すれば……しかしそうすると、交換に時間を要するよなあ」

 秋風は頭を掻きむしり、「あ゛あ゛あ゛ー」という謎の吠え声えを上げていた。


 まると加藤は物陰からその様子を伺いながら、ひそひそと話し合っていた。

「この時間の本来の私たちは、私が外で資材の交渉、加藤君が実家に一時帰宅しているのよね」

「ええ、5時間は自分たちと鉢合わせすることはないです。でも、秋風先輩に後からこの時の事を機からたら、もともとの時代の僕たちが当惑して、事件にならないですか?」

「細かいことを言い出したら、ここに入るセキュリティチェックだって、後から不審な記録になるものでしょ」

「それはそうですけど……」

「要は私たちが再合流するまで、何とか隠しおおせればいい事よ、じゃ、手筈通りにね」

「なんだか緊張します」

「あなたが失敗したら、私がやる。それも失敗したら全部ぶっちゃけて、予測不能な未来を選ぶわ」

「――とにかく、行ってきます」

 加藤は意を決して秋風のほうに歩いて行った。


§


「秋風部長、お疲れ様です」

 加藤は手に珈琲の入ったカップを持って、秋風の元に近付いた。

「おや、加藤君か。確か実家の方に行ってたんじゃ無かったかな」

 秋風に珈琲を渡しながら、彼が予想外にクルーの事情を把握していることに、内心舌打ちをしながら、加藤は苦笑いをしながら頭を掻いて見せた。

「あはは、うちに居ても結局やる事が無くて」

「まあ、次の仕事は結構ハードになりそうだから、緊張感もあるのかもしれないねえ」

 確かに加藤は緊張していた、これから一芝居打つのだから。

「ええ、まあ。……これ何ですか?」

「換装型フル仕様ワープナセルユニット。本来はカートリッジ型で短距離のビヨンドドライブを使うために付けた追加ナセルなんだけど、ほら、100光年を半日で踏破しなくちゃいけないだろ。チマチマとカートリッジでやるわけにもいかなくてさ」

「ふうん」

 加藤は興味を無くした振りをして顔を上げ、話をそらし始めた。

「敵はあの錆猫だそうですね。僕あの子、狡猾そうで嫌いです」

 秋風は腕組みをして頷いた。

「うん、地球の事件の時は、あいつに船長も振り回されてたしな」

「このビヨンドドライブで移動している最中って、敵に狙われたりしませんか?」

 秋風は珈琲をすすり、ふふんと笑ってその問いに答える。

「それは大丈夫。ビヨンドドライブ中はほぼどんな外部からの干渉も受けないんだ」

「ビヨンドドライブから抜けた直後は?」

「それはまあ、一瞬は無防備になるだろうけど、すぐに回復するし、ドライブから抜ける地点を予測するなんてまず不可能だから、問題はないだろう」

<その「まず不可能」が起きたから問題なんですけど>

「さて、珈琲有難う、僕はこれからもう少し作業しなきゃいけないんだ」

「え、あ、はい。お仕事中お邪魔しました」

 加藤、失敗。


§


「もう、あと一押しだったのに」

 まるはガッカリしながら加藤に言う。加藤は口をとがらせながらそれに答えた。

「難しいんですよ、僕、別部署ですし」

「しょうがないなぁ……って、誰か来た見たいね」


 物陰から見ていると、やってきたのは何と、打ち合わせ中の筈のまるだった。

「秋風君お疲れさま。調子はどう? 無理難題押しつけちゃって御免なさい」

 まるがやって来て、秋風は居住まいを正して返事をする。

「船長、お疲れ様です。今日はお出かけだったのでは?」

「そうなんだけど、こっちも放っておけないじゃない。早めに切り上げて帰ってきちゃったわ」


 物陰に隠れていたまると加藤は慌てた。

「どうするんですか、船長帰ってきてるじゃないですか」

「おかしいわね……私この日、帰ってくる予定なんて覚えが無いんだけど」

 秋風と話している方のまるが、ちらり、と、隠れている二人の方に視線を送ったように見えた。

「こっちを見た気が」

 加藤はちょっと慌てて震えていた。

「あいつ、絶対おかしい」

 だが、同じ時間線に戻る際に、改変後の自分が再び来たとは考えにくい。なぜなら、異星人テクノロジーによるこの時間移動は、帰還した際に元の時空間の自分と融合させられるからだ。時間旅行中のまるの前に、自分自身の時間移動の事を知っているまるが現れる可能性は二つしかない、この時間線の延長線上のまるが、未来の自分の時間移動の事を知って、入れ子のように時間移動をした場合がひとつ。もう一つは「迷い猫時間線」のように、もともと異なる時間線、平たく言えば並行世界からやってきた場合だ。

 それ以外であれば――相手はまるではない。

 入れ子の時間旅行運用については、可能性の示唆はされているものの、時間改変の過程が複雑になってしまい、ペナルティが予想の範囲を超えるので、使わないほうが良い、というのが持論だ。並行時間線からの旅行者に関しては、そもそもこんな時間帯を狙う意図が分からない。

<消去法で考えれば、あれは私じゃない。……誰? 猫でしゃべることができるなんて限られてるし……>

 まるが見守っていると、もう一人のまるはその場を離れようとしていた。

「じゃあ、秋風君、忙しいでしょうけど、頼んだわ」

「お疲れ様です、船長」

 そういって、一度は離れようとしたが、ふと何かを思い出したように振り返った」

「そうそう、ビヨンドドライブ解除直後の防御態勢がちょっと不安よね、あれの強化もお願いできる?」

「あ、そうですね。先ほど加藤君にも言われましたわ」

「そうなんだ。じゃあ、よろしくね」

「分かりました」


 会話を聞いて、まるはむくれた。

「あれ、私の役目なのに……あいつほんとに誰? BL(ブラック・ラスター)じゃないわよね、私たちを味方するような真似するっておかしいもの」

「でも消去法で行くと、船長以外あり得ない気もするんですけど」

 まると加藤がひそひそと話していると、件の「謎のまる」は、まっすぐ二人のほうに歩いてくる。

「やばい、逃げないと。正体不明の相手何かと接触できないし」

 まるはそう言うと、加藤の袖を爪を引っ掛けて引っ張って、逃走を促した。加藤も慌てて低い姿勢のままこそこそと小走りに逃げる。「謎のまる」は、そんな二人がいる方向にずんずんと歩いてくる。どうやら、秋風にばれないように走らない様にしているのか、二人との間は徐々に開いて行った。

「よし、そこの角を右に曲がったら全速力でダッシュして、さらに先の角を左!」

 まるはもう加藤の袖は引っ張らず、全速で駆けだしていた。「謎のまる」は、おそらく物陰からまがって彼女らの追跡を開始するまでは走る事は出来ない。何とかまける筈だ。

 彼女らが逃走しているのを知ってか知らずか、「謎のまる」の歩調はじりじりと上がる。だが、ここで駆けだしたら何もかもおじゃんなのも、このまるは承知していた。だからじりじりと焦りながらも曲がり角まで2人を追いかけて歩き、角を曲がって秋風の視線から離れた瞬間、「謎のまる」は駆けだした。


「やっばい、もう角をこっちに曲がって走り出したわ! しかも猛烈に早い!」

 突進する猫は弾丸と同じだ。わき目もふらず真っ直ぐにこっちに向かってくる。

 当然ながら、まる達もなりふりを構っている状態ではない。2人は一目散に走った。

 だが、加藤は一歩、まるの速度には及ばなかった。息を切らして速度が落ちたところを、頭の上からがっしりと、「謎のまる」に取りつかれ、爪を立てられてしまった。

「あ痛っ、痛い痛い!」

「あたりまえでしょう、爪を立ててるんだから。なるべく跡が残らないようにはしてあげるけど、こっちも手加減する余裕なんてないの!」

 まるはそれを聞いて慌てて止まると、加藤の元に突進していった。

「こらあんた! うちの加藤君から離れなさい!」

「うちの加藤君、ねえ。あなたも立場を考えたほうが良いわ。まる、加藤君の身が心配なら止まりなさい」

「ぐっ……」

 まるは立ち止まると尻尾を丸々と太らせて、派手な警戒の声で「シャーッ! おわおうぅー」と鳴いた。

「こら、秋山君に聞こえてもいいの? せっかくここに来たのが台無しになっちゃうでしょう?」

 図星を突かれて、まるは鳴き声を必死で止めた。

<一体全体、何がどうなっているのよ!>


(続く)


過去に戻ったまる達の前に現れた、全ての事情を知る新たな「まる』は一体……。

次回、今回の戦闘に決着!

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