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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
53/72

第53話「まるは宇宙海賊です05:私あなたのママじゃないっ」

敵船の自爆に巻き込まれた3人は?

逃げたBLブラック・ラスターの行方は?

イライジャはなぜ〈エンタープライズ〉に乗っているのか?

お楽しみください。

(承前)


 阿於芽あおめはくるくると滅茶苦茶に回る機体を必死で制御していた。吹き飛ばされた衝撃のほとんどは、戦闘用のフォースフィールドが受け止めてくれている。しかし、受け取った慣性質量に関しては対策を怠っていた。旋回を重力制御できれば、この程度の衝撃、受け流すことは簡単だったのに。同様の制御は「思索の杖」も行っていたが、超重力下の生命体である彼は、さほど気にしていないようで、おかしな方向にすっ飛ぶことだけを警戒して制御を行っていた。


 そして、一番パニックと戦っていたのは、ほぼ生身の猫である、まるだった。

 最早、音声合成に何か声を回すような気力は無く、ギャ、だの、ニュ、だの変な声を口から洩らしながら必死で操船していた。幸いにして、〈川根焙じ・改2〉には、操船補助用の重力制御ユニットが装着してあったので、緊急姿勢制御装置が自動的に動作して、ゆっくりと、船体の回転とは逆方向に重力モーメントを展開し、回転を相殺していったから、他の船より早く安定状態になったのが不幸中の幸いだったが、中のまるは回し過ぎた遊園地のコーヒーカップに乗った後みたいに、ふらふらと目を回していた。


 爆発の衝撃波は〈上喜撰〉にも届いたが、流石にこの程度の爆発の衝撃には、びくともしていなかった。

 しかし、すべての船が次のアクションを起こせるように復帰するまでには、最低でも4~5分は必要となったため、BL(ブラック・ラスター)はその間に自分の次元移動の痕跡をきれいさっぱり消し去っていった。


「あーもう。敵は取り逃がすわ、追跡の足掛かりは断たれるわ。戦闘に勝っても敗北した気分よ」

 まるは尻尾を操縦席に「びたーん、びたーん」と打ちつけて、苛立ちを露わにしていた。

『船長、搭載艇を帰還させてください。このまま目的地に向かいます』

 ラファエル副長からの連絡に、まるは苛立ちを抑えながら答えた。

「分かったわ。阿於芽あおめ、それと「思索の杖」も帰還して」

『了解』

 二人からはほぼ同時に返事が来た。

<二人ともお疲れ様。でも――>

 まるはちょっと気にかかる事があった。


 ドックに進入して〈川根焙じ・改2〉を固定させると、まるはリフトでブリッジに向かった。

「お帰りなさい、船長」

「ただいま。あと少しだったのに残念だわ」

「相手の戦力は削りましたし、まるで成果が出なかった、という訳でもないですから」

「私掠船一隻か。大きな損害には違いないけど、BL(あの子)はクライアントから船を借り受けているだけでしょうし――」

「それでも、損害を出したら評価は落ちるでしょうし」

「まあねえ……、阿於芽あおめはもう帰投した?」

「はい、そのままラボの方に向かったようですよ」

「あらそう?」

 まるは船内通信でラボを呼び出す。

「こちらブリッジ、そちらに阿於芽あおめは居る?」

 まるの通信に、少し困ったような返答が帰ってきた。

『こちらラボの秋風、阿於芽あおめなら先程ちらっと顔を出して、そのまままた出て行きましたよ』

「どうしたのかしら――」

 まるは尻尾を曖昧なS字にしたままくるりと歩いた。

「どうもしないさ」

 噂をすれば影、というか。事も無げな返事をしつつ、リフトから阿於芽あおめが降りてきた。

阿於芽あおめ!」

 まるがそう言いながら近づくと、阿於芽あおめはぴょんと飛びのいて威嚇の姿勢を取った。

「よしてくれ、今はお小言を聞く気分じゃない」

「そういう訳にもいかないの。とにかく後で船長室に来て」

「あーはいはい」

 阿於芽あおめは投げやりにそう答えると、ブリッジの隅に丸くなった。

<なんでわざわざここに来て……>

 まるは阿於芽あおめの視線を追って、その理由を理解した。彼は、ラボとやり取りをしている太田のコンソールを見ていた。

<自分が悪かったのに秋風君と口論したから、ちょっと居づらくなったのかな>

 阿於芽あおめはすぐに、まるの視線に気が付いて顔をそらした。

<やれやれ>

 まるは肩をすくめた。


§


 航路計算を修正し、〈上喜撰〉はビヨンドドライブの準備を完了した。だが、一度ドライブを始動すると、外界との接触は断たれてしまうし、一度のドライブだけで、元居た場所からは亜空間通信ですら、リアルタイムでの通信が難しい位の距離を離れてしまう。だが、彼らには航行を再開する前にやっておくべきことが出来ていた。〈連合通商圏〉との話し合いだ。


 既に、一度の短距離移動で〈UTSFエンタープライズ〉との間には通信ラグが発生していた。まるはその遅延する通信に任せて、イライジャにある事無いこと捲し立て、何でもいいから彼らのいる場所までこいと言って呼びつけた。イライジャが不承不承諦めて、そちらに向かう旨の通信を返してきたので、〈上喜撰〉一行は、〈UTSFエンタープライズ〉が再び接近するまで待機することになった。その間に、情報のまとめや日誌を記録するために、まるは一度船長室に入っていた。

 すると、部屋のドアフォンが来客を知らせた。

「はい?」

 返事はない。

「どなた?」

 暫くしてもじもじと返事が返る。

「――阿於芽あおめ

「どうぞ、入って」

 まるはドアをコンソールからの指示で開けた。黒い仔猫はまるで親に怒られたような体で、のそのそと入ってきた。

「――悪かったよ。反省してる」

 言いにくそうにそれだけ言うと、阿於芽あおめは部屋の隅でもじもじとしていた。

「それだけ?」

「ああ、それだけだ」

「そう。じゃあもういいわ」

 まるは軽く突き放した。

「何だよ、何か言うために呼び出したんじゃないのか?」

「別に。単なるけじめよ」

 本当はまるは言いたいことは沢山あった。だが、彼の状態を見てぐっと言葉をかみ殺した。

「何だそりゃ」

「そういうものなの。集団生活は」

「僕は集団なんて、正直どうでもいい」

「まあ、それに関しては急にどうこう言うつもりもないわ」

「ならいいや」

 そう言いつつ出て行こうとする阿於芽あおめに、まるは背中から呼び止めた。

「でもね」

 まるの一言に、阿於芽あおめは振り返った。

「秋風君とは、友達になっていたんじゃなかったの?」

 阿於芽あおめは首を垂れ、うつむいた。暫く間をおいて、絞り出すように答える。

「別に、あんな奴――」

「あんな奴、じゃないでしょう。地球の一件以来、結構二人で長い時間を過ごしているのを見て来たわ」

「それは……」

 複雑な感情を示す尻尾の曖昧な動きが、彼の今を如実に物語っていた。

<やれやれ、男って面倒臭いわね>

「無理に仲直りしろとは言わないけど、今回の件はあなたからちゃんと言った方がいいと思うわ」

 まるに言われて、阿於芽あおめは再び、暫くうつむいていたが、顔を上げると一礼して、触手でドアの開閉ボタンを押し、無言のまま船長室から出て行った。


§


 イライジャ・躑躅森つつじもりは、〈上喜撰〉の応接スペースで、居心地が悪そうにそわそわとしていた。

「聞きたいことが一杯、一杯あるわ」

 まるは敢えて人型プローブを身に着けて、威嚇するように話した。

「勘弁してくれよ、俺にだって立場も守秘義務もあるんだから」

「それは承知の上で、それでも聞かなきゃいけないことがあるわ」

「うう……」

 だいたい、一介の宙賊が何で新造の主力戦艦の艦長代理なんかやっているのか。まるが睨みつけると、目を逸らしながら、彼は居れた。

「わかったよ。話せることだけ、な」

「そういう風に、素直にすれば簡単なのよ」

 まるがそういうと、彼は「ちっ」と舌打ちをした。勿論まるはそれを見逃さず、片足を応接テーブルにダン!、と載せてさらに身を乗り出した。イライジャは慌てて顔の前に両腕で×点を作る。

「わかったって、今話すから。……俺の伯父がな、〈連合〉の提督なんだ」

「はあ?」

躑躅森つつじもりは母方の名前。父方は『バークレィ』。俺も若いうちは、その、なんだ。〈連合〉で、キャリア組っていうのか、それになっててな」

「なによあんた、〈連合〉の徴兵崩れだったの?」

「予備役、予備役だよ。一応階級は少佐だったんだ」

「〈連合通商圏〉の若きエース様だったのねえ。その小佐殿が何で〈大和〉くんだりまで来て、安っぽい宙賊のかしらなんかやってたのよ」

「うるせえ、そこはまあ、なんていうか、若気の至り? とか言う奴でさ。色々あって居辛くなったんだよ」

 言いにくそうに吐き捨てるイライジャに、まあ、そこを突っ込むのは可哀想だなと思ったまるは、それ以上、彼が〈大和通商圏〉に来た事情の追及をするのはやめて、現状の話に切り替えた。

「〈連合〉の軍に繋がりがあるのは分かったわよ。でも、少佐じゃこんな艦の艦長代理なんか無理でしょう? せいぜい中佐以上でないと……ましてや予備役なんて――」

「伯父の提督がな、〈エンタープライズ〉の艦長でさ」

「はぁ!?」

「ところが、色々あって心労で倒れちまってな……。まる姐、大半はあんたの所為だわ」

「はぁ」

「そこで、甥っ子の俺が無理やり担ぎ出されたってわけだ。階級も二階級特進だ」

「親族のコネか、二階級特進ね。今度お線香供えに行ってあげるわ」

「やめてくれ。少佐のままだと、体面上の問題があるからと、伯父が画策したんだ」

「なんでもありね」

「訳があるんだよ。今この艦は特務中で……って、あぶねえ。この先は駄目だが、今は艦長を必要としていて、この宙域に明るい俺に、叔父が白羽の矢を立てたんだ」

「ふむふむ」

 まあ、こいつは宙賊とはいえ、組織を何十年も切り盛りしてきている。たぶん彼の伯父という人物はその実績もある程度考慮しているのだろう。大体、通信に漏れ聞こえる内容から、彼の部下もクルーとして連れてきているのが分かっている。まるは頭の中で色々と推理をめぐらせた。

「そういうわけだ、これくらいにしてくれないか」

 イライジャはそういうと、席を立とうとした。

「何よ、まだろくに話してないじゃない」

「頼む、まる姐。本当に勘弁してくれ、昔話以外を話していると、すぐに守秘項目に触れちまうんだ」

「もう……じゃこれだけは聞かせて。うちは織田氏から仕事を依頼されているの。その件は知ってる?」

 イライジャはすごく答えにくいことを聞かれたな、という非常にばつの悪そうな顔をしてしばらく考えていたが、唸るように言った。

「……ああ、知ってる」

「私の邪魔をすることになりそう?」

「……答えられない」

「じゃあ、一方的に伝えるわね。私たちの邪魔をするなら、その時はあなたも敵よ。容赦しないわ」

 まるの言葉に含まれた決意に、イライジャは身震いを抑えきれなかった。実際、まるがイライジャ個人にも、〈連合〉にも伝えたかったのはこの一言だったから、言葉に含ませた凄みはただ事ではないものがあった。

「……う、わ、分かった」

 まるに気おされて、何とかそれだけ言葉を絞り出したイライジャだった。

「ありがとう」

 まるはそれだけ言うと、にっこり笑ってイライジャに手を差し伸べ、いやいや伸ばしてきた手をぎっちり掴んで握手をした。


§


「最新鋭の私掠船一隻を沈めておいて、何の成果もないとはどういう事だ!」

 机をバン、と叩いて捲し立てるクライアントを前に、ナノマシンで出来た人間の格好を下木偶でく人形を自分の代わりに据えたBL(ブラック・ラスター)は、木偶でくの中で後脚で耳掃除をしていた。

<あーあ、まるの所の人型プローブみたいに、自分の体みたいに動かせる人型インターフェイスが欲しいわ。この木偶でくったら、操縦が面倒なうえに、せいぜい歩いて回るとか、挨拶をするとか、その程度しか出来ゃしないんだから>

「ですからその件については、作戦立案時にちゃんとご説明差し上げましたわ」

 努めて冷静な声で対応したが、相手は一向に納得した気配はない。

「成果なしで沈めるとは聞いていない!」

 BL(ブラック・ラスター)は怒鳴り散らすクライアントの顔を見ながら、オランウータンってこんな顔だったっけ。などと失礼なことを考えていた。

「ですから、成果でしたらプロファイリング用のデータが多数集まっております。無意味に船一隻沈めたわけでは無いです」

「その程度のデータを取るために一隻沈める必要があったのかね?」

「ええ、相手は巨大戦艦2隻を相手に平然と渡り合うクルー達と、戦闘に特化した最新鋭艦ですわよ? この程度の犠牲でデータを一定以上入手できるチャンスと言えば、分かって頂けますよね?」

<ああ面倒臭い>

 相手はまだまだ色々と突っ込んできたが、BL(ブラック・ラスター)は既に別の事に意識を向けていて、ここでのやり取りは適当にうわの空で済ませていた。彼女の元には、BC001から連絡が入っていたのだ。


――ご報告します。新造船が納入されてまいりました。

――わかった、ここを適当に切り上げたら向かう。

――はっ、了解しました。お待ちしています。


 じっと耐えて耐えて、いろんな条件を呑みまくって、それでもただ一点だけ妥協しなかったこと。それがこの新造船の建設だった。

「私の美しい船。Dendrobatesデンドロバテス――ヤドクガエル。その猛毒で、まるを殺っちゃいましょうね」

 そういうと、BL(ブラック・ラスター)は、まるでスキップでもするような歩調でその場を後にした。


§


「本船、間もなくビヨンドドライブより出ます」

 太田航宙士が景気をチェックしながら報告する。まるもざっとコンソールを見て指示を出す。

「ドライブ終了後ただちに周辺宙域をチェック」

「了解しました」

 一連のやり取りの後、モニターに外の宇宙が映し出された。

「ドライブ終了、通常航行に復帰しました」

 ブリッジに多少の疲労と共に、いずこからとも分からないため息が漏れる。おおよそ6~7分ごとに、ほぼ2時間ぶっ通しでビヨンドドライブが続いていたので、全員の精神が疲弊していた。

 ドライブの動作期間中は外界との連絡が一切つかないだけではなく、目隠しをしたまま突進しているようなものだ。止まるまでは最初に設定した航路を飛んでいると信じるしかない。だから、ドライブから通常航行に写るまでの間に、ストレスが断続的に蓄積して行ってしまうのだ。


「これで20回目のビヨンド・ドライブ終了、と」

 ため息をつきながらまるはうつ伏せに、跨って乗っている、猫専用船長席に沈み込んだ。

 航路上の障害物にぶつからないように航宙するため、ビヨンドドライブでの移動は大抵は小刻みだ。それでも、予想をはるかに上回る速度で、彼らは〈欧蘭通商圏〉に近付きつつあった。秋風がずれた位置からの軌道修正ついでに、最適コースを再検算したのだ。

 その秋風からブリッジに連絡が来た。

『船長、そろそろワープナセルが限界です。交換に30分ください』

「そうね、お疲れ様」

『まあ、カートリッジ式のほうがこういうのは簡単でしたねえ』

「仕方ないわ、フル規格のワープナセルを使わないと、〈上喜撰〉の積載量では必要な量を搭載できなかったんだし」

『とにかく、交換の間はしばらく巡航になります』

「了解、秋風君大変だけどよろしくね」

 通信が終わった後、まるは船内全体への通信チャンネルを開いた。

「こちら船長。これから30分、ワープナセルの交換のため、通常航行で巡航します。技術部、及び航宙部の一部の船員を除き、休憩を取っておくように」

<太田君と秋風君が一番疲れていると思うけど、交代は難しいでしょうね……>

 まるは暫く考えていたが、意を決したように船長席から飛び降りた。

「船長室に居ます、緊急事態の時は呼び出してね」

 そう言い残すと、船首にほど近い位置に設置されている船長室に向かうために、リフトに飛び乗った。

<こんな時にFERIS(フェリス)が居てくれたら、すごく助かっていたんだけどな――>

 だが彼女は、今は遙か260万光年のアンドロメダ星雲。置いて行った人型端末も、彼女との連絡が復活している兆しはなく、無機的な反応を返すシャブランの端末と化している。

「せめてシャブランが人並みだったらねえ……」

「性能上げて、また上位階梯の生命体になったりするんじゃない?」

 その声にぎょっとして、後続のリフトを見ると、阿於芽あおめが付いて来ていた。

「ちょっと阿於芽あおめ、何勝手に付いて来てるのよ」

「休憩時間だよ。それに緊急事態の時は呼び出せって言っていたよね」

 まるは今のリフトの位置からほど近い場所に飛び移った。〈上喜撰〉内部の遠心力区画は、〈コピ・ルアック〉のような2連ドラムではなく、相互に逆回転するトーラス状の区画が8つ、リフトの周りにだるま落としのように連なっている構造を取っていた。リフトから直接遠心力帯に飛び移るのは危険が伴うため、リフトに沿って一本の背骨のような構造が通っていて、そこからあばら骨の様な動く歩道が伸びている。まるはその背骨の部分に取りついたのだ。

「いいのかい?」

 そう言いながら阿於芽あおめも同じ場所に取りつく。

「なにが?」

「船長室はまだ先だろ?」

「それよりあなたの話を聞かせてよ。何が緊急事態なの?」

 まるの答えに、阿於芽あおめはその真っ黒な眉間にしわを寄せる。でも仔猫がそれをやってもさほど怖くもない。

「分かってると思うけどね、秋風君と太田君だよ」

「ああ――阿於芽あおめも気が付いたのね」

「二人とも疲労の限界だよ。他の者に休憩を取らせるより何より、二人を休ませないと」

「太田君の代わりになりそうな人材、と言っても、加藤君にはまだビヨンドドライブを含めたこの船の操船は無理。私も船長を抜け出して航宙士のを遣る訳にはいかないしね。秋風君なんて代わりが勤まる人なんているの?」

「二人とも適当な代役が居るじゃないか」

「そう?」

「太田君の代わりは『思索の杖』が引き受けたいそうだ。それに秋風にビヨンドドライブを伝えたのは僕だ」

「さっきの戦闘で疲弊した貴方たちに任せる? 余計に危ないじゃない」

「僕は半分高位生命体だ。君の基準で考えてもらっては困る。『思索の杖』だって超重力生命体なんだから、君らとは出来が全然違うよ」

 まるはじっと阿於芽あおめを見ていたが、くるっと背を向け、降りたトーラスに向かうスライダーに乗った。阿於芽あおめは声を掛けようとしたが、頭を振ってまるのあとに続いた。

 彼らが降りたのは食堂ブロック。決まった時間には料理班が食事を用意しているが、それ以外の時間であっても、自動調理機を操作すれば、食事を摂る事は出来る。

 まるは調理機のコンソールに向かうと、軽く操作した。

「まる!」

 阿於芽あおめは返事をしないまるにしびれを切らした。まるは食事の取り出し口に向かいながら答える。

「聞こえてる。船内では船長と呼びなさい」

 調理機のコンソールや取り出し口には、猫でも操作可能なようにステップが設けられている。まるはステップの前に立って食事が出てくるのを待った。食事は適温に温められた状態で、口で咥えられるパックに入って出てきた。

 出てきたパックは二つ。まるは一つ咥えると阿於芽あおめの方を振り返った。

「とにかく、食事でもしましょ?」

 阿於芽あおめはまだ何か言いたげだったが、諦めてまるが勧めたパックを触手で掴むと、まるに続いて猫用のテーブルに向かった。

 テーブルにパックを置いて爪を立てると、パックは自分から開いた。中には茹でた鶏肉と、瑞々しい葉野菜が入っていた。鶏肉の傍にはゼラチンボール。これは口に咥えるとさっと溶けてスープに変わる代物だった。

「人間の食事に慣れちゃうと、何となく質素に感じるかもしれないけど」

 そう言いながらまるは食べ始めた。

 阿於芽あおめも、パックを開けて食べ始める。食べる彼の口からは、時折「うにゃう」という声が漏れる。

「食事、どれくらい摂っていなかったのか覚えてる?」

 言われて阿於芽あおめは口を止めた。まるは冷静に続ける。

「記録によれば、あなたは22時間と45分。食事を取っていない、休息もただうずくまるだけで睡眠をとってはいない」

「……」

 無言で俯く阿於芽あおめに、まるはやれやれという感じでゆっくりと尻尾を揺らしながら近づいた。

「秋風君とはもう仲直りしてきたの?」

「――顔を出しはしたよ。でも彼は仕事で手いっぱいだった」

「その手一杯な状況でも、彼は食事を手を完全にはふさがない程度の軽食に分けて4回食べてる。睡眠も仕事中に4時間おきに15分ほど取ってるの」

「あ……」

 そうだ、彼は忙しい最中でも必ず休憩を入れていた。

「まったく気を抜けない時間は、彼も張り付きだったけれどね」

 阿於芽あおめは俯いた。

阿於芽あおめ、あなたは張りつめすぎてる。いくら高位生命体が半身にあるとしても、残りの半身は人より脆い猫なの。長い年を経て老獪さを身に着けていても、あなたの肉体は今は仔猫――」

「わかってるさ」

 阿於芽あおめはまるの言葉を遮った。だがまるは続けた。

「迷い猫時間線の時もそうだったけれど、張り切りすぎ。阿於芽あおめ、あなた疲れてるのよ?」

「肉体の疲れは大したことじゃない」

「嘘」

 その一言を言うと、まるは一口食べた。阿於芽あおめは鼻面を軽く指ではじかれたような顔をした。

「秋風君と言い合いになっていたじゃない。設定を最適化しようとして、逆に〈カルーア〉の挙動を遅くしてしまっていたのよね? 貴方らしくもない。どう見ても凡ミスよ」

 図星を突かれて阿於芽あおめはうなだれた。

「集団で行動することに慣れていないのは仕方ないわ。だって猫ですもの」

「――まるは」

「ん?」

「まるは船長をやっているよね」

「ええ。私は船長よ」

「僕は単なるぐれた猫さ」

 今度はまるが衝撃を受ける番だった。

<――一番厄介な病気にかかってたのね。私もそれを原動力にしてはいるけれど>

 まるは頭をぶるぶるっと振るうと、阿於芽あおめの方を見た。

「とにかく食べて、それから10分で良いから仮眠しなさい。船長命令です」

「……わかったよ」

 阿於芽あおめは食事を黙々と食べ始めた。仔猫の体には少し多いかなとも思ったが、阿於芽はぺろりと平らげた。

「〈カルーア〉で寝るよ」

 そう告げると、阿於芽あおめは一人で出て行った。

<この短時間で二度目か……少し肩の力を抜けば、マシになると思うんだけど>

 そう思ったものの、口には出さないまるだった。


§


 〈デンドロバテス〉は、名前に恥じない毒々しい外観の船だった。有機形状の船体は極彩色に彩られている。いわゆる「警戒色」という奴だ。船自体は私掠航宙船としては決して大きくない300m級だったが、内容はほぼ武装の塊だった。BL(ブラック・ラスター)は目を細めて新造船を惚れ惚れと見つめた。

「セットアップの進行状況は?」

「はっ。各部のチェックや燃料や循環系の補給はほぼ終わっていますが、ソフトウェアのセットアップがまだ進行度30%で、あと5時間ほど掛かる見込みです」

 BC005という粟色のブチ猫が報告に来た。

「遅いわね。少しでも早く仕上がる方策を考えなさい」

「はっ」

 BL(ブラック・ラスター)は進捗が思いのほか進んでいないことに少し不満を感じた。だが、実際は口調にわざと出したイライラ感よりはずっと気持ちが軽かった。そこに、例の鼻くそ――BC001がやって来て、話を切り出した。

「失礼しますマム」

「なに?」

「我々第一次クローン隊残存25名、定時チェックにおいて著しい機能低下を起こしております」

「機能低下……要するに『疲れている』という事ね?」

「いいえマム、我々は疲労を感じません」

<感じないと思っているだけよね>

 BL(ブラック・ラスター)は思ったが、音声には出さなかった。

「よろしい、機能低下の調査をするために25名はメインの作業ラインより後退し医療班の診察と指示を受けなさい。現状25名が受け持っている分野にはバックアップクローン隊を培養装置から出して充てなさい」

「はっ。直ちに通達します」

<平たく言えば、お前ら休めって事よ>

 BL(ブラック・ラスター)は溜息をつきながらそう思った。クローン隊の速成の為に自由意志を奪ったことについての後悔は、度々彼女を苛んでいた。ただ、自由意志と信頼で結びついた兵隊を手に入れるには、彼女にはあまりに時間が無かった。彼女は頭から後悔を振り払って考えた。

<休ませるのは良いけど、まるの動向はすごく気になるから、出来るだけ早く作業を終えたいところね>

 BL(ブラック・ラスター)はコンソールに向かうと、その「ワーム」に改造された指で、器用に端末を操作して、現状の進行を早める手段を、自ら模索し始めた。


§


 まるは、イライジャからの通信を受け取って少々面喰っていた。

 光速の1千万倍の速度で飛ぶ〈上喜撰〉に対して、亜空間通信は光速の2万倍という上限がある。勿論、亜空間通信を超える通信は実験としては存在するが、〈上喜撰〉にはそのような通信を受け取る設備はない。

「手品でも使ったのかしら?」

 まるは首をかしげながら、まる船長宛の親展になっているメールを開封した。

 そして、目を通していたまるはいきなり全身の毛を逆立て、毛玉のようになったのだった。


(続く)


まるに届いたイライジャからの謎のメッセージとは?

決戦のカウントダウンが始まろうとしています。

以下次回!

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