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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
52/72

第52話「まるは宇宙海賊です04:猫はプライドの生き物です」

大変お待たせしました。

前回に引き続き、宇宙での戦闘が繰り広げられます。


(承前)


 戦局は、まる達の側に不利だった。

 宇宙の戦闘では、戦闘空間が3次元に展開される。身を隠す障害物も少ない為、絶対的な総合火力が勝っている方が勝つ場合が多い。ましてや数に物を言わせている場合は、各々の機体が障害物となり、肝心のターゲットには攻撃が届かないようにする、などという戦術もある。今の戦場は正にそれであり、敵の小型機体が雲霞の様に展開して居る為に、BL(ブラック・ラスター)の機体には攻撃が届かなかった。対するまるの船隊は〈上喜撰〉と亜空間戦闘艇2機のみ。〈上喜撰〉の近接火力の高さと、亜空間戦闘艇の高機動のお蔭で、辛うじて戦闘のバランスは取っていたが、敵の数に物を言わせる戦術の前に、じりじりと押されつつあった。


 無数の敵からの砲撃をかわしながら、なかなか敵に反撃を返せない阿於芽あおめはイライラしていた。

動的照準器トラッキングサイト、反応が遅すぎる。誰だこれ調整したの」

 阿於芽あおめの愚痴を聞いて秋風は非難するように返す。

『知りませんよ、その付近のCPUを弄った人じゃないですか?』

 阿於芽あおめは敵の攻撃を船体をくるくると器用に動かしながら避けつつのんびりとした会話を返した。

「えー、おかしいな。これぼくが最後に触ったのって6時間も前だよ」

『それから誰も触っていませんよ』

 指摘が面白くなかった阿於芽あおめは操縦席からぬるっと抜け出すと、触手で操船をしつつ、船内のあちこちを飛び跳ねるように動きながらパネルを走査していった。慌てたのは戦闘艇のモニタリングをしていた通信担当のにゃんたである。

阿於芽あおめさん、勝手に操縦席を離れない様にして下さい。センサーが異常な生体反応バイタルを検知して誤動作してしまいます!』

「大丈夫―、戦闘艇内のバイタルセンサーからの連携回路は切っておいたから」

『ちっとも大丈夫じゃありません!』

「怒らない怒らない、お、見つけたここだ。余計なチェックルーチンを通るようになっているなぁ。誰がこんな変更を……」

 阿於芽あおめはそう言いながら、戦闘艇のセッティングをさらに調べた。勿論、敵との戦闘は維持している。

「ほーらこれ、秋風が2日前にいじったのが最後じゃないか」

 阿於芽あおめが勝ち誇ったように言う。

『何言ってるんですか、そこは二人でいじってて、敵の予測に新しいアルゴリズムを思いついたからってあなたがプログラムコードを挿入したんですよ。ログの注釈を確認してください」

 何やら口の中でにゃごにゃごとか言いながら阿於芽あおめは作業していたが、いきなり静かになった。バイタルセンサーからの信号は止まったままだ。

阿於芽あおめさん? 阿於芽あおめさん!』


 やり取りを聞いていたまるは呆れた。

「にゃんた、気にしなくていいわよ」

 まるが言うが、にゃんたは心配そうにしている。

「ですが船長、反応が無いですし、敵の攻撃の只中で、〈カルーア〉動かなくなっちゃってますよ?」

「あーもう」

 まるはイライラして後ろ脚で耳を掻こうとしたが、船長席にまたがっている為、足が届かない。まるは頭を掻くのを諦めてそのまま〈カルーア〉に通信を入れた。

阿於芽あおめ! 戦闘中にねない! 高速マニューバが可能になったんだったら、さっさと右下方に展開している、邪魔な敵の一群を叩きに行ってくれないかしら」

 まるの通信に反応したように、フラフラと亜空間戦闘艇〈カルーア〉が動き出す。次の瞬間、視界とレーダーから〈カルーア〉が消えた。

「ま、まる船長」

 にゃんたは慌てていたが、まるは黙って立体スクリーンの戦況を凝視している。

 〈上喜撰〉の周囲には、敵が帯状に展開しつつあった。特に厄介なのは、右側下方かららせん状に、〈上喜撰〉の紡錘形の船体を包むように展開してくる一波だった。だが、〈カルーア〉が消えた瞬間から、その周辺で、包囲網を形成していた敵の動きがおかしくなった。

「船長、敵の小型艇が制御を失ったように放散していきます」

「ほらねぇ、やればできる子なのよ」

 挙動のおかしい敵の船の状態を確認すると、動力伝達部を破壊され、エンジンが動作停止すると同時に、攻撃力も失い、慣性で流れるだけのカプセルと化していた。〈カルーア〉はこの時空と亜空間を瞬時に出入りすることで、敵が察知する前に敵の弱点だけを打ち抜いて離脱、を繰り返していた。亜空間戦闘艇の面目躍如である。

『やればできるとか、避妊を忘れた子みたいに言わないで欲しいね』

 少し憤慨した声で通信が帰ってきた。同時に彼のバイタルサインも復活する。まるは耳を後ろに寝せて不快感を表現した。

阿於芽あおめ、それ下品だから」

 彼らが漫才のようなやり取りをしている間、「思索の杖」は〈ティア・マリア〉で黙々と敵を行動不能にしていった。気が付いてみれば、〈カルーア〉と〈ティア・マリア〉で、敵の戦闘艇の7割を行動不能にしていたが、6割は「思索の杖」の働きであった。

「敵戦闘艇、撤退していきます。追撃しますか?」

 ボーテが報告する。

「放っときなさい。それよりBL(ブラック・ラスター)の私掠船を叩くわよ」

 戦闘は、まだまだ始まったばかりだった。


§


「ま、こんなものよね」

 戦闘艇の大半を失う事態になっていたが、BL(ブラック・ラスター)自体は極めて冷静、というよりけだるい感じで人間向けに設計された船長席に居た。

「行動可能艇は行動不能艇を回収後、いったん撤退。五月蠅い蝿に注意してね」

 BLブラック・ラスターは船長席からストッ、と飛び降りると、航法コンソールに向かい、席に居たクローンを合図して脇に退けさせると、自ら船のコントロールを開始した。

「まあ、予想の範囲ではあるけど、結構な損害を出させてくれたわ。多分あの黒猫ね」

 そう言って、彼女はふと素に帰った。

 まるも黒猫も90歳を超えている、猫にしてみれば化け猫の領域だ。それに対して、彼女は見た目の生体年齢にほど近い成体の猫だ。あの「ワーム」に様々な改造を施され、情報を詰め込まれたとはいえ、2匹には圧倒的に人生の経験という点で及ばない。人間相手には効いた、猫としての機転を利用した攻撃も、2匹にはあまり効果は無さそうだ。さて、何をアドバンテージにして戦うのか……。

「あいつらに勝たない限り、私の立ち位置は出来ない。この世界に生きていく場所を作るには、この一戦、負けられないのよ」

 そう呟いて、2匹が考えそうなことを次から次に考えて、自分の策を練り直していた。

「報告致します」

 彼女が副官に任命しているクローン、「八割れ黒」がやってきた。端のところにはちょっと黒い模様が入っていて、鼻くそっぽい。BL(ブラック・ラスター)は、彼の事を内心「鼻くそ小僧」と呼んでいた。その方が親近感がわいた気にもなる。もちろん、公式には識別番号で呼ぶ。

「なに? BC001」

「はっ。敵攻撃艇が本船に攻撃を仕掛けております。防御用フォースフィールドの出力は保ってあと10分ほどです」

「まあ、10分もかからないわ」

<黒猫とダンゴムシか……引きずり出したいのは〈渡会雁金・改(菱形のやつ)〉なんだけど。奥の手を少し見せるしかないか>

「掃射型次元転移砲のエネルギー充填は?」

 振り返りもせずに冷静に質問する。「鼻くそ小僧」ことBC001は、彼女の質問に淡々と答える。

「は、完了しております。いつでも照射可能です」

「わが方の船の撤退が完了次第、プログラムパターンM1で照射しなさい」

「イエス、マム」


§


 まるは爪を噛んでいた。

「敵の撤退が早いわね」

「損害を慎重に評価したのでは?」

「それにしても、ね。……敵私掠船の船隊エネルギーの分布状態は?」

「それが、戦闘開始直後から、特定部位だけずっと、高エネルギー状態を維持しているんです」

「ふむ……」

 何か嫌な予感がしていた、特に、敵との乱戦が終われば、自分と阿於芽あおめたちの戦闘艇は、件の私掠船から見て見れば丸裸も同じだ。フォースフィールド? 直前に次元転移砲で狙い撃ちされている。またワープ? いや、今度はおそらくワープシェルの展開を阻害してくるだろう。

<敵が何らかの攻撃の準備をしている可能性が高いとして、対抗策は……撤退する敵と一緒に移動するか、離れてそのまま各船でワープシェルを展開するか。前者は敵私掠船がザコを狙わないことが前提だし、後者は既にワープシェルを展開した敵が潜んでいたら台無しだし、何れにしろイタチごっこだわ>

 まるは考え続けた。

 どうする? どうする?……。思考はにゃんたの声で遮られた。

「船長、通信が」

「敵から?」

「いいえ、それがその。凄く複雑な暗号なのですけど、キーとアルゴリズムがうちのシャブランに内蔵されていました」

「シャブランに? こちらが知っている相手か……。チャンネルを開いて」

『だからなぁ! ん、通信が繋がった? 馬鹿野郎早く言え。……ゴホン。こちら〈UTSFエンタープライズ〉。船長代理のイライジャ・躑躅森つつじもりだ』

まるはフレーメンでもないのに、口をあんぐりと開けた。

『まる姐、何を馬鹿面ばかづらさらしてるんだ? 面倒なことになってるらしいな。手伝えることはあるか?』


§


 色々分からない事だらけだったが、詳しく聞くには状況が切羽詰っていた。

「いろいろ面倒臭い相手と戦闘中なのよ」

 まるは口を閉じて、ようやくそれだけを合成音声で伝えた。

『ああ、〈欧蘭〉の私掠船だな。俺らもその問題で駆り出されていてね』

「何でその船に乗っているかは後々きっちり聞くとして、イライジャ(あんた)が来れば、敵との膠着状態を打開するのに絶好のチャンスだわ。今どの辺なの?」

『う……まあ、そこまで4光日ってところかね』

「結構距離あるわね……最大ワープで6分弱か。よく通信がリアルタイムで繋がってるわね?」

『片道0.29秒、往復で0.58秒か。遅れてるぜ? ただ、予測変換された通信を聞いて答えてるからな』

「ああ、そう」

<という事は――予想外の事をすると慌てる訳ね>

 まるは後脚で立ち上がると、マニピュレーション・グローブで自分の目を両側に引っ張って変顔をして見せた。猫の顔は柔らかいので、引っ張るとすごく変な顔になる。

『そう云う事だ。……ぶっ』

 通信の向こうで、イライジャは1秒遅れで噴き出した後、悶絶した。

『……ゼェゼェ。まる姐、何馬鹿やってるんだよ』

<……ふうん>

 まるは顔を元に戻して答える。

「あんたの反応が本当に遅延するか確かめたのよ。これ自体が罠だって可能性もあるからね。取り敢えず今はこれで良いわ。敵の攻撃を何とかやり過ごすから、全速力でそのデカ物を運んできて」

『分かったが、6分で間に合うのか』

「間に合わせて見せるわ」

 まるの頭に、ある勝算が浮かんだ。


§


「〈連合〉の通信?」

 BL(ブラック・ラスター)は首をかしげた。今まさに発令しようとした掃射型次元転移砲の発射は凍結し、状況を聞いた。

「はっ。〈連合通商圏〉の軍用複複合型の可変長8次元暗号です。解読には時間が掛かります」

<まるが最初からその暗号を持っていた、という事なの……? 成程ね、相手の推測は出来たわ。ちょっと厄介ね>

「発信源は?」

「それが、不明です」

「不明?」

「亜空間搬送波のパターンが特殊で、通信をエコーの様に無数に流していて、通信源を錯誤させています」

「念には念を、か」

 推測が正しいなら、敵はとても面倒な存在だ。下手に手出しをすれば、こちらが逆にやられる可能性もある。慎重に行動しなければ……。

「次元転移砲掃射中止。エネルギーを重核子砲に回して」

「え、しかしそうすると」

「未知の敵の参入を契機に敵がワープシェルを展開する可能性が高い。そうなれば次元転移砲はどちらにしろ役に立たないわ」

「は。了解しました」

 「鼻くそ小僧」ことBC001は船内に通達を出す。

<さあ、未知の第三勢力は、どう関わってくる気かしらね>


§


「敵の攻撃が激化しました!」

「ボーテ! フォースフィールドは?」

 〈上喜撰〉の強化された戦闘用フォースフィールドは、ダークグリーンに鈍く光っている。

「現在出力80%! 何とか現状を維持できるのはあと3分ほどです」

「仕方ないわね……。ラファエル副長、船をお願い。私が〈川根焙じ・改2〉で出るわ。

「船長、それなら私が!」

「私よりうまく操船できる?」

「う……分かりました、ご無事で」


 〈上喜撰〉の中央リフトは居住性より機能性を考えて作ってあるため、〈コピ・ルアック〉のように複数人が同時に移動できるボックスが移動する形ではなく、ブリッジと直行したシャフトの様になっていて、中を一人一人が、体格によって現れるカプセル型のフォースフィールドだけのリフトで移動するようになっている。ブリッジは800mの船体の前方1/3の位置にあり、ドックは船尾近くにある。高速化されている中央リフトは、その間約600mをわずか5秒で動くのだ。


 まるはドックに降り立つと、並ぶ搭載艇の中から〈川根焙じ・改2〉に乗り込んだ。〈川根焙じ・改〉を戦闘用に改装したそれは、元は旧式の貨物用降下艇(ドロップシップ)であり、フル改装を2回経たとはいえ、基本は箱型の平凡な商用船用搭載艇に、ゴテゴテと巨大なエンジンやら武装やらを建て増しした形になっていて、搭載艇の中では一番……何というか、どんくさい外見をしていた。

 だが、まるには〈コピ・ルアック〉以前からの愛用の宇宙艇であり、しっくり彼女の前脚に馴染む馬であったし、愛着もあった。なにより、性能は生粋の異星人船である〈渡会わたらい雁金かりがね〉に準じるほどまでにパワーアップされているのだ。

 彼女は猫用の操縦席をポップアップさせると、それにまたがり、発進シーケンスを呼び出した。状態を考えて既にウォームアップを済ませていた機体は、1秒ほどで出撃可能になる。

「こちら〈川根焙じ・改2〉。出撃準備は出来たわ。ドックのフォースフィールドを透過可能に出来る?」

『こちらブリッジのラファエル。敵の攻撃が激しいので難しいです。亜空間戦闘艇1機を支援に回らせます』

「いや、それじゃ手薄になるわ。0.5秒で良いから何とか出来ないかしら」

『コンマ5秒ですか……分かりました、タイミングを流します』

「了解、お願いね」


 まるからお願いされたラファエル副長だったが、正直どういう策を講じていいかまだ悩んでいた。だが、彼も伊達にまるの部下を60年以上も続けていない。0.5秒を要求されたらきっちり応えるしかない。

「渡辺君、〈川根焙じ・改2〉と時系列リンク。ボーテ砲術長、現在拡散次元転移砲のパルス照射はどれくらいで用意できる? 2秒で良い」

「2秒ですか。20秒下さい」

 素早い手つきでボーテはコンソールを操作する。

「了解した。目標は敵私掠船の先の高エネルギーを検知した箇所、及び本船周辺の敵戦闘艇エンジン部」

 言われるままに照準を入力していたボーテはびっくりして顔を上げる。

「それでは、あからさま過ぎて敵に逃げられてしまいますが」

 答えるラファエル副長は時間が無いんだと言わんばかりに捲し立てる。

「それが狙いだ。さっさとやりたまえ」

「イエス・サー」

「あと10秒、渡辺君、〈川根焙じ・改2〉にタイマー共有」

「了解!」

 ラファエルは固唾を飲んで数秒を待った。


§


「敵私掠船から高エネルギー反応、並びに当船に対する照準マーカーを検知しました!」

 BC001(鼻くそ小僧)が声を上げる。

「次元転移砲を撃つつもり? そんなの相手の動きを封じてなければ逃げられるに決まってるじゃない。回避パターン計算して直ちに回避」

 BL(ブラック・ラスター)はちょっと呆れ顔で対応する。

「何を初心者みたいな手を打ってきてるのよ。まるも焼きが回ったわね」

 そういってからはっと気が付いた。違う、これはワザとだ。

「回避中断、敵私掠船を集中砲火!」

「いきなり指令を変えられても無理です!」

 やられた……。彼女がそう思った瞬間、〈上喜撰(敵の船)〉から一隻の搭載艇が躍り出た。


§


 ラファエル副長のハッタリ攻撃が功を奏して、敵に出来た一瞬の隙をついて、一瞬開いたフォースフィールドから、まるを乗せた〈川根焙じ・改2〉は発進した。そして、まるが発進してから0.5秒きっかりにフォースフィールドは再び展開された。

「よし。散々色々やってくれたわね、これからお返しに行くよ!」

 まるはそう呟くと、乱数により刻一刻と変わるマニューバで敵の攻撃を攪乱かくらんしながら、BL(ブラック・ラスター)の搭乗する私掠船に向けて、稲妻のようにジグザグと突っ込んでいった。


「こちら〈川根焙じ・改2〉のまる。〈カルーア〉、〈ティア・マリア〉両機は私の戦闘指揮下に入れ。今から敵私掠船を攻略するわ!」

了解(イエス・マム)

 即座に冷静な返答を返したのは〈ティア・マリア〉の「思索の杖」だった。一方、〈カルーア〉からはすぐには返答がなかった。

「戦闘艇〈カルーア〉、返答が無いけど?」

 まるが促すと、何だかぼそぼそというような音が聞こえる。声帯から出してる分けでもないのに器用なものだ。そもそも未だに阿於芽あおめが人間の言葉を発するメカニズムは謎そのものなである。なにしろ、本人も良く分かっていないらしい。

「ん? 〈カルーア〉、聞こえないわよ? 阿於芽あおめ?」

『……何でしゃしゃり出てくるんだよ……』

 小さいぼそぼそ声で辛うじてそう聞こえる。

「ぁあ? 聞こえないわよ」

 まるがわざとらしく居丈高に音声を流すと、阿於芽あおめも仕方なく応じる。

『あーはいはい、我が麗しき船長様の仰せの通りに』

「返事が長い」

『あのなあ!』

「戦闘中にいい度胸よね」

 二人とも敵の雑魚のエンジンや武器だけを的確に破壊しながら無駄口をきいているのだ。

『指揮下は良いとして、具体的にどうする?』

「雑魚の相手はそろそろもう良いでしょう。敵の母船、名称不定、所属――恐らくは〈欧蘭〉の私掠船に対して、3機で波状攻撃を仕掛けます」

『具体的な作戦は?』

「亜空間戦闘艇2機はデュアル・スパイラル・フォーメーションで亜空間と通常空間をパルススイッチしながら突撃してください。私はその中央を、現状の乱数マニューバのまま突っ込みます」

『俺らは露払いか』

「大事な役目でしょ。最終到達時点では全機で殲滅攻撃を仕掛けます」

『――あいつ、殺しちゃうのか? 殺さない船長が』

BL(ブラック・ラスター)? 少々の事じゃ死にゃしないわよ、あのタマなら」

 阿於芽あおめは暫く黙ったが、鼻をフン、と鳴らして答えた。

『じゃあ思いっきりやるかね』

「OK。じゃあ、行きましょうか」

 3機はまるで稲妻のように、敵船目がけて突っ込んでいった。


§


「敵の搭載艇3機、捕捉困難なコースを描きつつ本船に突撃してきます」

「あら、まるの癖に亜光速で特攻を掛ける、みたいな空気読まない攻撃が無くてちょっと残念だわ」

 勿論そんな直球の攻撃を仕掛けてくれば、エネルギーを他に転用しているとはいえ、残存エネルギーを使った掃射型次元転移砲で「なで斬り」にする予定だった。亜空間戦闘艇も亜空間突入~再出現のパターンは解析されているから、予測掃射すれば赤子の手をひねるようなものだ。

 BL(ブラック・ラスター)は、今回まるがそんな力押しの様な攻撃を仕掛けてくるとは、当然の様に考えていなかった。だから、今回のまるの絡めての様なフォーメーション攻撃は、予測の範疇内ではあったが、それでも戦闘艇2機だけを想定していたので、伏兵の搭載艇が厄介だった。しかも奴は、まるでねずみ花火のように、こちらに移動したかと思えばあちらという具合に、量子コンピュータ・アレイの予測をも上回る不規則さで動いている。

「敵の搭載艇の識別は? ――いや待て、あれには見覚えがある」

 敵の解析をしているコマンダー・スクリーンに、78%の確率で件の搭載艇が〈川根焙じ・改〉ないしなその改良型であるという結論が表示された。

「旧式の貨物艇を改装して、それをさらに改装? 誰かが愛着でも持っているのかしら……ふうん、成程ね」

 BL(ブラック・ラスター)は通信チャンネルをONにして、〈川根焙じ・改2〉に呼びかけた。

「やってくれるじゃない、『まる』」

 反応はすぐに帰ってきた。

『あら。もう気付かれちゃったのね』

 まるは合成音声の口調を、微妙に高圧的に調整していた。BL(ブラック・ラスター)は牙をむき出しながら返事をする。

「そのままこっちに突っ込んでくるつもり? 蜂の巣か八つ裂きか、どちらがお好みかしらね」

『もちろん、どちらも願い下げだわ。あなたこそ粉々に粉砕されるのと、膾に切られるのじゃどちらが良いかしら?』

 通信を傍受している阿於芽あおめは額を右前脚の肉球で覆って、肩をすくめた。雌猫二匹の戦いは、周囲にも異様な空気を作り出している。やがてまる達の攻撃隊がBL(ブラック・ラスター)の乗る私掠船の防衛ラインを超えた。容赦ない攻撃がその船体に直接攻撃を仕掛けてきた。

「蚊トンボ風情がいくらやって来ても、撃ち落とされるのが分からないかね」

『さあ、それはどうかしら。イライジャ、いい加減出てきなさいよ、6分とかケチなこと言ってるんじゃないわ』

 まるの声に反応して、時空震が発生した。

「マスター、本船より1千キロメートル先で、巨大なものがワープシェルを解除します」

 BC001(鼻くそ小僧)がそう伝えると同時に、全長50kmの巨大な船体が姿を現す。

「〈UTSFエンタープライズ〉。〈連合通商圏〉の巨大戦艦です」

 BL(ブラック・ラスター)は怒りで顔を歪める。そこにまるの冷静な声の通信が入る。

『さあ、チェックメイトよ』


§


 気が付けば微細なワープシェル飛翔体が周囲の空間に配置されており、新たなワープシェルは展開できなくなっていた。

『えー、おほん。こちら〈UTSFエンタープライズ〉。船長代理のイライジャ・躑躅森つつじもりだ。直ちに戦闘を中止して待機せよ』

 BL(ブラック・ラスター)は諦めの表情を浮かべていた。ざっとコンソールで調べたところでは、次元転移砲はすべて敵の攻撃目標に設定されている。

「見事なお手並み、感服いたしましたわ」

『目の上のタンコブみたいな猫に、これ以上増えられたら堪らないんでね』

『タンコブなんて失礼ね』

 まるが通信に割って入る。

『まる姐がいると色々行動しにくいんだ。勘弁してくれ』

『それより、〈上喜撰〉の武装も攻撃対象にされているんだけど、何のつもり?』

『ああ、それはうちのクライアントからの指示でね。2隻とも大人しく拿捕されてくれるかな?』


§


<あの糞ガキ、うちの船まで拿捕するとか。調子に乗ってるんじゃないわよ――まあ、予想は付いていたけど>

 まるはイライジャとの会話で、距離について鎌をかけた時に彼の嘘を見抜いていた。

<噴き出すのを遅らせたのは流石だったけど、その為に息を溜めちゃ駄目よね>

 当然、嘘を見抜いた段階で対策は打っていた。

『船長、準備出来ました』

「よし、じゃあ全船ロックして始動!」

 まるの指示と同時に、〈カルーア〉と〈ティア・マリア〉、それに〈川根焙じ・改2〉。それだけではなく、BL(ブラック・ラスター)の私掠船までもが、〈上喜撰〉から放射されるフォースフィールドに包まれた。

『おい、ちょっと、なにをする気だまる姐!? おい、妨害は出来ないのか? ダメ? ダメとか言ってる暇は――』

 イライジャが慌てている間に、〈上喜撰〉はそのビヨンドドライブを始動した。

「あんたを助けるつもりは毛頭ないけど、トンビに油揚をさらわれるのは論外ですもの」

 あっけにとられているBL(ブラック・ラスター)に、まるは尻尾をくるくると振りながら声を掛けた。

 〈上喜撰〉のフォースフィールドに包まれた、2隻の私掠航宙船と3機の航宙艇は、一瞬の後、全て同時に戦闘宙域から離脱して、0.3光年の距離を移動していた。

「必殺、強制離脱。ってね」

 そう言いながら、まるはしっかりとBL(ブラック・ラスター)の行動も掌握していた。

『フォースフィールドでホールドされて身動き取れなくされて、「離脱」も何もないですわ』

 憤慨したように通信を返すBL(ブラック・ラスター)に、まるは平然と答える。

「あら、だってあなたはうちの獲物だもの」


§


「今回はどう見ても分が悪いわね……」

 BL(ブラック・ラスター)は爪を噛んだ。BC001(鼻くそ小僧)が報告に来る。

「武装、すべてフォースフィールドで覆われていて使えません」

「掃射型次元転移砲は?」

「掃射範囲が外向きにロックされてしまっています。敵を狙えません」

「むうう」

<全部考えた上、か>

「しょうがないわ。船を捨てて退去しましょ。次元転移ホールを開けるわ、全員そこに入って」

 BL(ブラック・ラスター)は空間に爪を立てると、くるっと円を描いた。すると、空間がぺろりと剥げて、「向こう側」の空間が見えた。彼女の促すままに、船内に残っていた部下はその穴から「向こう側」に退避する。彼女はコンソールで何やら設定すると、同じく穴に入った。

「戦略的撤退、か。まあ、今回は小手調べだしね。置き土産も出来たし」

 そう言い残すと、彼女は「向こう側」から穴を閉じた。


§


『船長! BL(ブラック・ラスター)の私掠船内の、生体と思しき熱源反応がすべて消えました。まさか全員死――』

 船内をモニターしていたにゃんたが慌てて報告する。

「落ち着きなさい、死んでもそんなに急には無くならないはず……逃げたわね」

<船を捨てて逃げたか……ん?>

 まるはある可能性に思い当たって、慌てて通信を流す。

「まずいわ! 〈上喜撰〉はフォースフィールド解除! 全機緊急ワープでこの宙域を離脱して!」

 フォースフィールドの解除とほとんど同時に、ワープシェルが展開されたが、一瞬早く、敵の私掠船が自爆し、敵船に近い位置に居た戦闘艇3機は、弾き飛ばされてしまった。



(続く)





新勢力も参戦の気配で、先行き不安なうえに、敵の爆発に巻き込まれたまる達の運命や如何に。

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