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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
51/72

第51話「まるは宇宙海賊です03:欧蘭混乱猫の目爛々」

織田氏の保管する、人類の負の遺産を巡り、さびまる改めBL=ブラックラスターとの戦いが始まります。

(承前)


 織田氏が立体映像で見せた目録は、まるにとって悪夢以外の何物でもない代物だった。

「織田さん……〈コピ・ルアック(うちの船)〉がこれに、どれくらいひどい目に遭ったかくらいは、土岐さんから聞いているわよね?」

 まるはコンソールの脇に飛び乗ると、引っ掻かんばかりの形相で織田氏を睨みつけた。織田は悪びれもせずに、返事をした。

「ああ、君たちが遭遇したあれか。これはあの現生種をもとに、23世紀に人類が合成した人工生命兵器だよ。君らが知る500年前にすでに人類はこれを制御する術を身に着けていたんだ」

 そう言いながら、織田氏はまるの頭を撫でようとした。まるは「猫ちゃん」扱いをされたことに我慢が出来なくなって牙をむき出しながらその手を避けた。

「おっと、これは失礼」

 そういう彼の口調はだが、全然失礼と考えてる感じがしない。彼は目録を確認しつつ、そこからキー情報を自分の血液にコピーした。

「こうして運ぶと、私を生け捕りして解析でもしない限りはデータを入手できない。私を殺したり摘出したりすると、データも分解されるように仕組んであるし、保持期限の1週間を過ぎても、データは無効化される」

 まるは装備を見ながら感嘆のため息をつく。

「確かに厳重な運び方だけど、同じ解析装置を用意されたら意味ないんじゃない? 大仰だけど、作って作れない事は無さそうだわ」

「もちろん、そこまでの事をやられたら駄目だろうな。しかし、設定は一ヶ月ごとにシンクロして変更されるし、この装置を建造する手間や技術は、普通の相手ならさっさと諦めるレベルだ。時間や金を掛ければ解析できるは、解析できないと同義だよ」

「そういうものかしら」

「さて、用事は終わった、さっさと出よう」


「なんであんなものを保持しているのか、私には到底理解できないわ」

 厳重な保存庫を抜け、地上に出て、人型プローブを装着したまるは、織田氏に詰め寄っていた。

「これは特定の時空の特定の事象を食い尽くして時間改変する。だが面白いことに、時間改変の幅は未来の蓋然性のうち、狙った事象にとどまる特性がある」

「どういうこと?」

「要するに、都合の悪い細かいことだけを無かったことにして、大勢に影響を与えないのだよ。歴史を変えるような大きな事象に関わる事には、こいつは手を出さない。無理に設定して喰わせようとしても自壊してしまう」

「小さな事象から大きな傷が広がってしまう事もあるでしょうに……小心者の記録改ざん専用みたいね」

 まるが嫌味の口調で返した。

「まあ、こんなものでも、軍事的抑止力として欲してくる相手がいるものでね」

 織田氏は事も無げに答える。まるは目を向いて怒りを露わにした。まあ、商売をしている以上、清廉潔白という訳には行かないのは、まるも商船の船長だったから分かってはいる。軍需産業向けの積荷が良い収益になることも承知はしていた。しかし、ここにある品々は、ガラクタなのかもしれないが、越えてはいけない一線を越してしまっているのではないか? まるの心中はぐるぐると混乱していた。

 それでも、何とか気を落ち着け、出来るだけ冷静に見ながら、気になったことをぶつけてみた。

「だいたい、ここにあるものは異星人に知れるとヤバい物ばかりなんじゃない?」

「その点は大丈夫だ。2740年に行われた異星人による保護監察委員会の折に、緩和処分と引き換えにすべてを申告してある。取扱いについてかなり厳しい制限を受けはしたがね」

「保護観察委員会公認、ね。という事は、情報が流布している可能性もあるのかしら」

「その点も大丈夫だった筈なんだがね。どうやって荷物の具体的な場所や、移送予定まで突き止めたんだか。あの猫について君が知っていることは結構あるんじゃないのかね?」

 言外に「同じ化け猫同士」という響きが感じられたが、まるは敢えて飲み込んだ。

「ふむ……」

 BL(ブラック・ラスター)だって全知全能なわけではない。何らかの情報が無い限り、あちこちの空間に出入りするとかは出来ないだろう。というか、生み出した生命体にすら色々と制限があったのだから、それより性能は低いのではないか、と、まるは予測していた。

「予定を組み替えることは出来ないの?」

「もちろんそれも考慮に入れているが、どうやってか情報が筒抜けでね。かといって移送を諦めていたら、そこを襲撃される可能性まで出てきている」

「うちの船で移送するという手もあるけど」

「ご自慢の珈琲豆は再構築(リビルド)の最中じゃないのかね? それとも海賊船で運ぶ、と?」

 海賊船という言葉には侮蔑が含まれていた。まるは出来る限り平静を保ちながら返した。

「私掠船ですわ、織田様。それに、当方の所持している船はそれだけではありませんのよ」

 そう言いながら、まるはシークレットポーチから3Dフロントプロジェクターを取り出すと、〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉の姿を映しだした。

「弊社の誇る〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉です。全長8mですが、異星人の技術で内部空間が折りたたまれているので、積載量は十分ですし、船体の性能も織田様の〈黒船〉に匹敵……いえ、場合によっては軽く凌駕致しますわよ?」

「ほう。これが羽賀参事官から贈られたという、噂の船か……」

 織田は明らかに興味をそそられた様だ。それはそうだ。〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉は、未だ一般的に流通していない未知の異星人テクノロジーの塊のような船だ。商品価値は計り知れない。勿論、まるはこの船を手放すつもりは毛頭ない。織田は暫く映像を見ていたが、ある事に気が付いてはっとしてまるを見た。

「それより、『弊社』とは? 君は独立船の船主だろう?」

「あら、失礼しました。〈コピ・ルアック〉は現在入渠(にゅうきょ)中ですけど船籍除籍はしてませんし、〈上喜撰〉を所持した段階で2隻以上を運用する関係上、船会社の設立が必要になりましたの」

「そうすると、逆に準国家級の扱いのある独立船特権を失ってしまうのでは?」

「ええ、でもそれは船会社の方に引き継ぎました」

「会社に独立特権?」

「独立船を運航していたものにだけ与えられる特権ですわ」

 織田氏は顎に手をやりながらまる、というかまるの入った人型プローブをじっと見た。

「まったく君はいまいましい」

 まるは肩をすくめて見せる。

「私がどんなに望んでも永久に手に入らない物を、君は簡単に手に入れてしまう」

「まだマルティナとのロマンスを夢見て――」

「ああ忘れられないね。理想の女性が現れたと思ったんだ。それが、猫だと? いい笑いものだ」

 織田氏はそこまで言って目を瞑ると深く息をした。

「済まない、取り乱した。もう過去の事だな」

 まるはどういって答えたらいいか分からなかったが、とにかくそれ以後は商談に集中することにした。


§


「僕が操縦するんですか!?」

 加藤は目を丸くした。

「ええ、だってあなたが 〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉の専属パイロットになっているんですもん」

 まるは事も無げに云う。

「そんな重大局面、僕未だこなす自信ないですよ」

「あらそうかしら? 今までだっていろいろ一緒に修羅場を潜り抜けて来たでしょう」

「そうは言いますけど……。ラファエル副長だって、阿於芽あおめだって居るじゃないですか?」

「大丈夫、君なら何とか出来るわ」

 不安そうな顔をしながらも、加藤は重要な仕事を任されたことで内心は紅葉していた。まるから見て見れば、それはバレバレだった。


 今回、まると織田氏の話し合いの結果、〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉には、件の生物兵器が積み込まれる予定になっていた。阿於芽あおめが事件の性質上適任ではないかという話もあったのだが、彼はワームの傍に近寄りたくもない、と同機の操縦を拒絶してきた。まあ、彼が一番ひどい目にあったといえなくもないので、まるは彼に無理強いはしなかった。

「実のところ、嫌というより、近づくと蕁麻疹が出るようになっちゃってね」

 阿於芽あおめは体を触手であちこちと掻いていた。どうやら、事件にかかわったことで、微弱ながら体に反応が出ているらしい。

<見た目が気持ち悪いけど、便利そうね>

 猫の毛の下は蒸れるため、割とかゆみが発生しやすく、かゆみを止めるために引っかいたり噛んだりする事があるのだが、正直人間の爪のように優しくはないので、血が出てしまうこともある。自由に硬度や形状を変えて体の好きなところを掻ける触手はちょっと羨ましくもあった。

 それにしても、猫「が」異次元生命体にアレルギーとか。

「どういう機序なのかしら。精神的なもの?」

「いや、気が付いたら出ていたから多分違うね。おそらくは僕の半身が何かの拒絶反応を起こすんだと思うけど、よく分からないよ」

「まあ、問題があるなら仕方ないわ。じゃあ、今回も〈カルーア〉のパイロットをお願い」

「端からそのつもりだよ」


 とまあそんな感じで、なんだかんだと日々を過ごす中で、準備は整えられていった。


§


 目録から、封印を解くためのデータを抜き出して2日後。惑星〈星京〉では、織田氏の本社のある〈トキオ・EXA〉は深夜の側になっていた。まるは今日は人型プローブで、〈トキオ・EXA〉にある高級バーのカウンター席に、カクテルドレス姿で座っていた。隣にはダンディに決めた織田氏。

 まるとしては、こういう形の社交には違和感しかなかった。だから表舞台に立たずに、ラファエルに船長代行を頼んでいたという経緯もあったのだが、ひとたび船長を名乗ってしまった以上、もう避けて通る事は出来ない。

 相手が織田氏だという点で、まるは本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのだが、その感情は完全に飲み込んで対応していた。

「〈欧蘭通商圏〉への〈上喜撰〉での正式な通行許可は、とうとう下りてこなかったわ」

 顎をカウンターに乗せたくなる。でもこの身体は猫じゃない。

「ああ、明確に敵対しているわけではないにしても、他の〈通商圏〉直属の私掠船を簡単に通してくれるほど、お人よしでもない、ということか」

「あるいは、黒幕に〈欧蘭〉の中央機関が何らかの形で関わっているのか、ね」

「〈通商圏〉自体が? 何の為に。それなら難癖をつけて直接抑えてきた方が効率がいいだろう」

「それなんだけど、〈通商圏〉って、国とかみたいなかっちりしたものじゃなくて、組合よりちょっと強制力がある程度の緩い政体じゃない? アクションを起こすほどの強い権限がないんだと思うわ。羽賀さんとやり取りしていても、そんな重大な決定は〈通商圏〉の組織じゃなくて、そこに存在する中央政権を担う国がやっているでしょう?」

「まあ、巨大な共同体はメンバーがメインで、取りまとめる組織は、あくまでかじ取りに過ぎないからな」

「それに、4大通商圏自体が、異星人が人類の世界に保護観察を設定するときに強制させたものが始まりなんでしょう? 同じ主義主張でつながっている政体でもないんだから、当然色々あるでしょうよ」

「む、まあいい。それより、〈欧蘭〉への渡航手段はちゃんと用意できているのか?」

「羽賀さんの裏ワザとかを使わせて貰えれば簡単なんだけど、そういう訳にもいかないみたい。こちらでも色々画策している処です。現状有望なのはナセルを次々入れ替えながらビヨンドドライブを使う事でしょうか」

「5分しか持たないんだろう? 一体何基のナセルが必要になるのか、考えただけで不可能に近いと思うがね」

「今回は消耗用のカートリッジナセルではなくて、フル規格のナセルを使いますわ。それなら、2時間の稼働が可能です」

「ふむ、私としてはどの超光速船も使っているワープナセルが、何故そんな速度を出す装置に流用できるかが興味の対象だがね」

「企業秘密ですわ♪」

「しかしそれで1回2時間、約25光年だろう。〈欧蘭〉の必要な領域に入れるのかね?」

「計算では4回100光年、入れ替え時間も含めて10時間弱で、必要な場所まで到達できる予定ですけど、宇宙図に一部不明な点があって……」

「ああ、航路上の障害物を粉砕してしまうのだったかな」

「そう、生命体やら、所有物の天体やらを破壊するのは避けたいですわ」

「よかろう、4時間以内に〈欧蘭〉の支社に必要情報を手配させよう」

「ありがとうございます。こちらからも、航路情報などを御社に送るように伝えておきます」

 織田氏は手に持ったグラスを暫く覗き込んでいたが、それを置いて、頭を掻いた。

「なんだ、その」

「はい?」

「君自身の本当の姿がその、猫だというのは頭では理解している」

「何ならここでこの人型、解除しましょうか?」

「いやいや、そういう事では無く」

「人間にとって、頭で理解しているという事と、心が実感することは違う」

 まる、というか、彼女の入った人型プローブは、微妙な笑みを浮かべた。

「私はどんな姿をしていても私です」

「うむ……女性に歳の話をするのは恐縮だが、実年齢は90歳以上だそうだな」

「織田さんも土岐さんと大差ないお年だと伺いましたから、100歳は優に超していらっしゃるでしょう?」

「しかし、猫の90歳越えは人間で言えば400歳近いのじゃないかな? 我々がとんでもないガキに見えていないかね」

「人も猫も、一定の年齢に達してしまえば年齢なんて意味が無いと思います」

「そう、か。とにかく、いろいろ失礼な事をしたのは改めて謝罪する。そして、改めて男女や生き物の差を越えて、友人として付き合い直してくれると有り難い」

「意外ね、でもその謝罪、謹んでお受けするわ」

「私が君に惹かれたのは……事実だと気が付いたからな。それは恋愛感情を抜きに考えた今でも、私の心に残り続けているんだ。ええい、畜生。いや君のことを言ったわけじゃないぞ。私の事だ。そうさ、私は君に未だに惹かれているんだ。一人の人物としての君に」

 唐突ではあったが、織田氏の目から感じるそれは真摯であった。

「賛辞として受け取っておくわ」

 まるはそう言いながらバーテンダーを手招きすると、メニューを指差して2つ注文した。

「乾杯しましょうか、友情に」


§


「代替ナセルの方はどうなってるの?」

 まるは〈上喜撰〉の船内で各部署を実際に見て歩きながら、最終段階の進行をチェックしていた。もうあと15分ほどで出発である。不穏な事態が予想されるだけあって、各部はピリピリと緊張していた。進行状況をまるに聞かれた秋風は、そんな中で一人余裕の表情で嬉々として作業を進めていた。

「はい、アタッチメントの修正も済ませて、積み込みを終了しています」

「これだけの重量物を積載すると、船の性能にも影響でるんじゃないかしら」

「亜光速航行時の性能は落ちていますが、〈欧蘭通商圏〉に到着すれば使用済ナセルを破棄できますし、問題はないと思いますよ」

「それまでに問題が無い事を祈るわ」

 そういうと、まるはブリッジに向かった。


 〈上喜撰〉の球体ブリッジには、既にスタッフが待機していた。

「船長、間もなく出発の時刻です」

 ラファエル副長が副長席から声を掛ける。

「ええ、そうね」

 相槌を打ちつつ、まるは猫用の船長席を床からポップアップさせて跨る様に着席した。それから、ヘッドセットを船内にリンクすると、まるは人工音声で船内通信を行った。

「船長より各位、これより本船は私掠船業務の執行のため、〈欧蘭通商圏〉に向けて、連続ビヨンドドライブによる強制突入を敢行します」

「進路オールグリーン、いつでも発進できます」

 太田航宙士が応える。

「では、発進」

 船体が振動し、ワープナセルが声にならない断末魔の悲鳴を発し始める。全ての視野、外部モニター、航宙用計器などが一瞬にして死んだ。ビヨンドドライブが稼働したのだ。

 だがそれは数秒で、船全体を押そう激しい衝撃と共に終わった。


§


「まさか、そのまま行かせてもらえるなんて、甘い事は考えていないわよねえ?」

 強制介入通信で、サビ猫はその体を何十倍にも巨大化した映像を、ブリッジに映し出していた。

「さびま……BL(ブラック・ラスター)、お早いお出ましね」

「あなた方に行かれると、私のクライアントとの契約が、ちょっと厄介になるのよね。ここで諦めて頂けるかしら?」

「あら奇遇ね、こちらもクライアントとの約束があるのよ」

 まるはそう言いながら、船長席に仕込んだ緊急通信ボタンで秋風に連絡を送った。

「それは困るわね。でも私の方が先約なの、大人し――」

 通信はそこで止まり、BL(ブラック・ラスター)の姿は空間で固まった。

「通信遮断はうまく行ったみたいね」

 まるは船内通信で秋風に言う。

『いつまで持つか分かりません。今のドライブの再開を急いでますが、どうもナセルを破壊されたらしいです』

「近くに敵がいるという事なのか――」

 すると、格納庫から阿於芽あおめがブリッジに通信を入れてきた。

『こちら格納庫の阿於芽あおめ、敵の存在をキャッチした。〈カルーア〉での出撃許可を願うよ』

「こちらブリッジ、敵の正体が分からないうちは無謀だわ」

『そんなこと言ってる暇じゃないだろう。〈上喜撰〉にこれ以上被害が出ると作戦自体の遂行が難しく成る』

『こちら〈ティア・マリア〉の「思索の杖」。こちらも出撃準備を完了している』

 まるは爪をがじがじと噛んだ。

「ああ、もう、分かったわ、ドックを開放、戦闘艇出撃。ただし、無謀は止めてね。敵の正体を掴んで報告するのが現状の目的よ」

了解イエス・マム

 阿於芽あおめの素直な返事は、むしろまるには不安を感じさせるものだった。


§


 見通しの悪い宇宙、というのは普通、数光秒程度のショートレンジな宇宙空間(それですら30万~数百万キロメートルという単位だが)では余りお目に掛からない。ガス惑星のリングとか、アステロイド密集帯とか、濃密系のガス星雲とか、ブラックホールによる空間歪曲とか。せいぜいがそんなものだ。勿論、レンジが光月単位以上になったりすれば、惑星間ガスだの暗黒物質だの、重力レンズだので、視野を思いっきり制限される場合がある。しかしもはやそれは天文現象であり、そもそも距離が1光月あるなら、光が伝えてくる状態は1ヶ月も前の物だ。

 にもかかわらず、その空間は見通しが悪かった。

「レーダーかく乱されています。視野も恐らくは空間に断層のようなものが意図的に作られていて、センサー、及び肉眼での確認が困難です」

 コンピュータが解析結果を伝えてくる、阿於芽あおめはそれを聞きながら、コンソールの上に触手を飛び回らせていた。

「敵もやるねえ、大抵の手段は封じられている」

 彼の独り言に、同型機に乗っている「思索の杖」からツッコミが入る。

阿於芽あおめ殿、敵から攻撃が来る以上、それ自体が敵の行動を判定させる手段でもある。必ず見付かる筈だ』

<そんなこた虫頭に指摘されなくても分かってるんだよ>

 音声には出さずに心の中で悪態をつく。阿於芽あおめは正直この深海生物的な同僚とは馴染めていなかった。悪い奴ではないと思う、外見に反して、感情豊かでもある。しかし……その巨体が嫌いだ。与圧服から覗く虫のような目が嫌いだ(だから虫頭なんて心の中で読んでいたりする)。何より真面目そうなのがどうにも苦手だ。それは、猫としての阿於芽あおめにしてみれば、犬に対する感情に近いものだった。

<しかし、BL(あのサビ)のやり方にしては偉く手が込んでいる。恐らくは協力者の趣味だろうが……>

 敵の攻撃によって破損したナセルから、敵の使った武器がある種の次元転移砲であることは分かっていた。しかし、次元転移砲は〈大和通商圏〉の軍事共同体が保持しているテクノロジーだ。想定している〈欧蘭〉にはまだ類似のテクノロジーは無い筈(誰かが流布してでもいない限り、という但し書きは付く)。次元転移砲は現状のところ、いくつかの例外を除いて防ぐ手段がない。だがその例外の一つは割とありふれていた、他の武器と同じく、ワープシェルを展開している相手には届かないのだ。だから、ワープすれば避けることが出来る。問題は、ビヨンドドライブ中にはワープシェルを展開しない、という点で、恐らくは敵はそのことについて予め下調べを済ませていたに違いない。

「ああ、そうか」

 阿於芽あおめは単純な事を思い出した。

「〈カルーア〉より〈上喜撰〉へ。ワープ中の修復作業は可能か?」

『こちら船長。ちょっと確認するわ……大丈夫だそうよ』

「ならこれから目的地に向かう航路にセットして、最大船速でワープしてくれ。敵の攻撃はそれで防げる」

『そちらの2機は?』

「同じ方向にワープ航行を行いつつ、敵をあぶり出す。合流のタイミングについては、まあ、僕の能力で何とかなるだろう」

『了解。任せたわ』

 通信が切れて15秒後、〈上喜撰〉はワープシェルに包まれたあと、光の筋を残して消えた。

「こちら〈カルーア〉、〈ティア・マリア〉へ。考えがある、〈上喜撰〉の向かった方向に全速ワープ」

『了解』

 〈ティア・マリア〉も光の繭に包まれると、軌跡を残して消えた。

「さて、僕もワープするか。奴が必要以上に利口でも、馬鹿でもない事を祈ろう」

 そう言いつつ、船に目的地を設定してワープを開始した。


§


「敵のワープを確認。か」

 BL(ブラック・ラスター)は私掠船〈ジャン・バール〉のブリッジで、周囲に触る事無く操船を行っていた。いや、実際には触っているのだが、彼女が計器やコンソールに触る「手」は、通常では見えない物だった。

「想定の範囲内。敵は3隻に分かれてワープしていった。とすると、合流地点はおそらくここか」

 BL(ブラック・ラスター)は空中のスクリーンを指示した。

「御意」

 隣に控えていた副官と思しき鯖猫が応える。BL(ブラック・ラスター)は軽いため息をつく。

<私の遺伝子から作りだした忠実で優秀な配下。だけど、忠実過ぎて面白みに欠ける>

 遺伝子操作の技術は、彼女が〈欧蘭〉に渡った原因の一つでもあった。他の通商圏は、遺伝子の操作に関しては消極的で、クローンなどを実質禁止していたが、〈欧蘭〉はある程度寛容だったのだ。彼女は船を運営するために、200体のクローンを促成した。毛並みは偶発要素を多分に含むため、BL(ブラック・ラスター)のクローンたちは多種多様な外見をしていたが、そのすべてが無表情で只管忠実なだけの、まるでロボットのような一団だった。それは、BL(ブラック・ラスター)が集団を率いる為に、大脳に制御因子を埋め込んで、邪魔な自由意志を取り除き、知性を引き上げるのと引き換えに、自発的な思考を抑止した、ロボットのような存在に作り上げていたのだ。

<こいつら自由意志が無いから、いちいち命令してやらないといけない。まあ、与えた命令には絶対だから、一度命令したらその内容をどんな状態でも遂行するけど。こんな木偶、話し相手にもなりゃしない>

 周囲にはまるで何かに取りつかれた様に作業する猫の一団。

「いっそ人の姿にでもすれば、効率も良いし、気にもならないんだろうけど」

 人間型のクローン個体は試はした。しかし、どこかに自我の根でも芽生えるのだろうか、動作不良を起こした末、ある種の自閉症に陥ってしまう。

 BL(ブラック・ラスター)は頭をぶんぶんと振って雑念を振り払った。

「敵合流想定地点に向かいこちらもワープ、攻撃艇遅れるな」

 とにかく、奴らを倒して、それから積荷だ。錆猫は首を上げて正面を向いた。


§


「合流予測値点です。ワープアウトします」

 太田が報告する。

「周囲を警戒しつつ合流待機」

 まるは船長席でコンソールを流れるように操作しながら指示をした。通信席のにゃんたが顔を上げる。

「亜空間戦闘艇2隻、シグナルキャッチしました。無事です――もう一つ、2つ、無数の反応が!」

 まるは即座に指示を飛ばす。

「周辺解析して中央スクリーンに投影」

 球体の中心に3Dでレーダー画像が投影される。直ちににゃんたが詳細を読み上げる。

「僚機と共に敵戦闘艇隊ワープアウト、総数101!」

 まるはちょっと顔をひきつらせた。

「101!? ちょっと奮発させ過ぎなんじゃない? あのアホ猫。全砲門、敵戦闘艇の動力伝達機構を狙え」

 ボーテ砲術長が既に準備を済ませていた。

「既に敵に照準合わせています。拡散次元転移砲を敵母船と思われる私掠船に向けて照準しますか?」

「ええ、お願い。亜空間戦闘艇各位、ザコには構わず敵母船に向かって!」

 まるの呼びかけに即座に返事をしたのは阿於芽あおめだった。

『了解。あいつどうせ死なないだろうし、ぶっ壊してもいいかな?』

「やめてよ、貴重な証拠品なんだから、原型は留めておかないと」

『面倒臭いなあ』

 話していると、「思索の杖」が割り込んでくる。声は無表情だが、間合いから呆れているのが感じ取れる。

『船長の指示了解した。阿於芽あおめ、君も船長の指示に従いたまえ』

「敵、来るわよ、無駄な戦闘は避けてね。通信おわり」

 まるは通信を着ると、船内の指示を始めた。

「ボーテ、全砲門開け。太田君、回避パターン外周旋回で。秋風君はビヨンドドライブの再始動を急いで」

「了解!」

 まるの指示で、戦闘の火ぶたは切って落とされた。


(続く)


次回、大乱戦!

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