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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
海賊船長まる
49/72

第49話「まるは宇宙海賊です01:太平の眠りを覚ます上喜撰」

まる船長、宇宙海賊に転職!?

新展開、開幕です。

「船籍不明航宙船に告ぐ、直ちに停船しなさい」

 まるは船長席に座り、ビューワに写っている船に向かって呼びかけた。相手は〈欧蘭通商圏〉所属の船を名乗っていたのだが、欧蘭に問い合わせてもそんな船は存在していないという回答であるし、追跡すると、航路を大きく逸脱し、近隣の〈大和通商圏〉の船と不審な接触を度々行っていた。

 それがいわゆる「海賊行為」という奴ではないかという嫌疑が掛けられているのだ。


「まる船長、通信に反応有りません。代わりに敵性船の重核子砲のチャージを確認」

 当然ながら、まるは既に相手の船に対して重核子砲のチャージとロックオンを済ませている。

「もう、しょうがないわね。ボーテ砲術長、全砲門開け、目標、敵のエンジンと武装!」

 まるはビュワーに写る敵に向かって砲撃を開始した。

「敵性船、高エネルギーのフォースフィールド展開。攻撃は95%無効化されました」

「5%は命中したのね、敵の損傷は?」

「敵性船は機関部を損傷した模様」

「よし、動きは封じたわ。フォースフィールドなら拡散次元転移砲で穴だらけにしてあげましょう、ボーテ、拡散次元転移砲チャージ」

「拡散次元転移砲チャージ開始」

 まるの表情は淡々としている。船内通信で格納庫を呼び出すと、戦闘部隊に指示を出す。新装備の拡散次元転移砲は、敵を丸ごと消すのが目的ではなく、無力化を狙い、敵の武装などを微細な散弾的に貫く兵器だ。重核子砲のようなビーム兵器と違い、対象をピンポイントで時空転移させる攻撃のため、通常のフォースフィールドでは防衛不可能という鬼のような兵器である。

阿於芽あおめ、敵性船への突入準備」

『既に〈カルーア〉、〈ティア・マリア〉、〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉は準備完了! まるの指示でいつでも出れるよ』

「船長と呼びなさい」

『むう……イエスマム、船長』

 阿於芽がブツブツと言っている間にボーテから報告が来る。

「拡散次元転移砲チャージ完了」

「よし、では蹂躙じゅうりんしましょう。殺しちゃダメよ?」

 まるの指示で、容赦のない掃射が、敵の武装をいたぶるように剥がしていった。

「船籍不明船に再び告げる、停戦して降伏しなさい。それと、積荷を明け渡しなさいね?」


§


 話しは少し遡る。

 まる達の「我が家」である航宙船〈コピ・ルアック〉は、見るも無残な状態になっていた。


 まず、既に船の形をしていなかったし、ナセルなどいくつかの構成部位は完全に失われていた。不幸中の幸いとして、中枢部であるシャブランが、破損こそしているが動作に支障が無かったことと、搭載艇は全て搬出していて無事だったこと、そして、8割の部品はサルベージに成功していたので、部品を一から調達して船を建造するよりは、安く再建出来そうだという点位であった。


 厄介な問題もあった。独立武装貨物航宙船は、それ自体が国家とほぼ同格と見做されるため、彼らは船の喪失と共に難民になってしまっていた。だから、早急に大体の船を用意するか、難民受け入れ先への入植をする必要が有った。幸いなことに、受け入れ先自体はすぐに見つかった。乗員達が既に仮住まいとして身を寄せている土岐氏が、すべてを飲み込んで受け入れを表明してくれたからだ。これにより暫くの間、〈コピ・ルアック〉の乗員達は、土岐氏のもとで難民としての生活を送る事になった。勤勉な彼らはすぐに、土岐氏の事業の手伝いなどで忙しく働きだしていた為、生活に困るような状態ではなかったが、何れにしろ、早期に次の船が必要な事に変わりはなかった。


 こうなる事を予見していたわけではなかったが、まると土岐氏は、〈コピ・ルアック〉の進宙直後からある計画を進めていた。それは2番船の建造計画だった。

 2番船は、コピ・ルアックとはうって変わって鋭角的なフォルムの船で、設計時からまるは散々口を出していた。実を言えば、初期のころまるたちが貧乏だったのは、この船の割賦返済が有ったからでもあったし、先日は最後の武装の納品を受けて、支払いを行ったばかりだった。幸いなことに『料理天国』チェーン売却資金の一部を使って、無事完済できたので、後は完成するのを待つのみだったのだ。

 そして、まるで〈コピ・ルアック〉を失うのと入れ替わるように、新造船は完成し、納品され来ることになった。

「新造船納品は明日か」

 ある種の感慨を持って土岐氏は言った。

「ええ、直ぐに進宙式も行う予定。待ち遠しいわ」

 まると土岐氏は、〈白浜〉にある土岐氏の別荘に居た。まるだけではなく、体が小さくなってしまった阿於芽あおめは、何やかやと世話が必要だったし、再知性化してから航宙士資格を取ろうと一生懸命勉強している琥瑠璃こるりもまた、まると一緒に生活していたので、土岐氏の別荘は喋る猫だらけになっていた。

 出来上がり予想のホログラムをまるが見ていると、2匹が駆け寄ってきて覗きこんだ。

「なになに、新しい船作ってるの?」

 阿於芽あおめがちょろちょろとホロスクリーンの周りを歩き回った。

「ん、もう出来上がったわ。明日納品されてくるのよ」

「良いなぁ、僕もそろそろまともな船が欲しいと思っているんだけど」

阿於芽あおめはまだその体だし、第一保護観察中なんじゃないの?」

「この前の功績を認められて、過去の事件でのおとがめは完全放免さ。船は我慢するけどせめて乗員にしてほしいな」

「うーん……騒ぎを起こさないというなら、非常勤乗員位には」

「よし、それでいいよ。で、どんな船?」

「この船よ」

 そうやってまるがディスプレイに映し出したのは、紡錘形に近い本体を取り囲むようにナセルの付いた、非常に鋭角的、攻撃的なフォルムの船だった。

「刺さりそう。何この攻撃的な船」

「だって、武装私掠船(しりゃくせん)ですもの」

「え、なになに、貨物船じゃないんだ。私掠船しりゃくせんって云う事は、公認宇宙海賊?」

「まあ、そんなものね。最初は〈コピ・ルアック〉の護衛艦のつもりで作っていたのだけど」

 にこやかに笑う土岐氏も話に参加した。

「この船で出来る業務を探していたら、たまたま私掠船免状しりゃくせんめんじょうを手に入れる機会が出来てね」

「どこから手に入れたのか聞いたら、笑うわよ」

「どこだよ?」

「織田さんとこ」

 阿於芽あおめは噴き出した。猫にしては超絶技である。

「なに、敵から買ったの?」

「敵はひどいわね。今でも彼は大手の取引先よ。私の正体もちゃんと明かした上で話し合って、もろもろの表面上の責任を取ってもらう代わり――まあ、補償金代わりにせしめた、というのが正しいね」

「ちなみに今回、代役は立てずに、私が船長で登録したわ」

「宇宙海賊『まる』かぁ」

 いやいや、作品の題名を変えられても困る。

「〈コピ・ルアック〉は全損したわけじゃないわ。そりゃ酷い壊れ方だけど。どんなに長く掛かっても、2ヶ月あれば戻ってくるわよ」

「そっか。じゃあそれまではこの船で海賊ごっこって訳か」

 ホログラムを触手でちょいちょいと触る阿於芽あおめだったが、後ろから頭を思いっきり猫パンチされてしまった。

「まる船長のお仕事に悪戯したら駄目じゃない」

 頭を抱える阿於芽あおめを尻目にしている茶虎猫は、彼と一緒にやって来た琥瑠璃こるりだった。前回の事件で成長が促進された所為もあって、肉体年齢は既に4ヶ月。遊びたい年頃真っ盛りであった。記憶に関しては回収していたチップに残ってはいたが、本人曰く「自分の立ち位置に居る別人の記憶を眺めているようだ」とのことで、再知性化以前についての実感はまるでないらしい。阿於芽あおめの場合は半身である超生命体が猫である阿於芽あおめの部分まで人格を保持していたため、一度殆ど肉体を失ったとはいえ、記憶は連続していたらしく、好対照となっていた。

「だいたい、ごっこは酷いんじゃない?」

 そう言いつつも、琥瑠璃こるりも新しい船には興味津々である。

「ねえねえ、まる船長。新しいお船の名前はなあに?」

「んー? 今度はね。ちょっと和風のお名前にしてみたの」

「どんなんだろ」

 名前については阿於芽あおめも興味が湧いたらしい。

「この船の名前はね――」


§


「船籍登録番号『YTIS-3325』。名称『上喜撰』。分類『私掠船しりゃくせん』。初代船長は『まる』。了承がおりました」

 YTIS――Yamato Trading bloc Independent Starship―― 〈大和通商圏〉の独立船に割り当てられる船籍だ。ちなみに〈コピ・ルアック〉は3091番である。

「じょうきせん?」

 一緒に来ていた阿於芽あおめが登録証を覗き込む。

「そう、上喜撰」

「スチームパンクだね」

「蒸気じゃないわ」

「太平の眠りを覚ます上喜撰、たった4杯で夜も眠れず。だろ? 浦賀にやって来た黒船は蒸気船じゃないか」

「……よく知ってるわね、1000年も前の歴史よ?」

「どうでもいいけどさ」

 阿於芽あおめは急速に育っていた。本人曰く、その気になれば直ぐにでも成猫サイズにだってなれるらしい。ただ、一度育ってしまうと、再び小さくなるのが難しいので、加減をしているそうだ。仔猫でいると、色々と得らしい。先程も頭を撫でて貰いつつ、おやつを頂戴して「にゃーん」とか鳴いていた。

「あんたの中身が、90歳を超える化け猫だって知ったら、相手はどういう顔するでしょうね」

「年齢に関してはまるだってブーメランじゃないか」

 そうだ。暦の年齢で行けば、まるは100歳を超えているし、主観年齢でも90歳は越えている。人間の尺度に直せば、数百年を生きてきた感覚のかもしれない。まると阿於芽あおめ、2匹は、まだ喋れない普通の猫だった1世紀前からの腐れ縁だった。

 まるはシークレットポーチから小さな端末を取りだすと、マニピュレータ・グローブを使ってチャカチャカと通信を送った。猫の思考と筋肉を動かす微妙な電気信号を察知して、それを指を動かす動きに変える装置で、肉球と爪の為に細かい動きのできない猫の手を、自在な機械工作や電子機器操作に耐えるように動かせるようにする、まる謹製の補助機械だった。

「さて、乗員達に連絡は投げたし。船を見に行くわよ」


 まるはもう、堂々と猫の姿で街を歩いていた。未だにマスコミがやってくることはよく有ったが、1時期の様にもみくちゃにされる危険性は去っていた。

阿於芽あおめ、お願いできる?」

「はいはい」

 阿於芽あおめはその体から、思念を使って作り出す触手を作り出すことが出来る。人類より遙かに進んだ超越階梯の生命体と猫との共生体(ハイブリット)だった。まるだと背が届かない呼び出しコンソールまで触手を伸ばして、タクシードロイドを呼ぶ。

「行先は?」

「〈トキオ・EXA(エクサ)〉にある世界樹(ユグドラシル)タワー。最上階の宇宙港スペースポートよ」


§


 800光年の広がりを持つ〈大和通商圏〉の、首都機能を集約した惑星〈星京〉は、居住可能惑星ではなかった星を改造して作りあげられた、所謂テラフォーミング惑星で、表層は4枚の積層された地殻に覆われ、各層に様々な都市や工場が集積されていた。中でも〈トキオ・EXA(エクサ)〉は、〈星京〉の中でも、特に大きな巨大都市メガロポリスだった。

 世界樹(ユグドラシル)タワーは、その〈トキオ・EXA(エクサ)〉でも、屈指の巨大さを誇る建造物で、第3地殻から最上層の第1地殻を超えて伸びる、高さ200kmの巨大タワーである。CNTカーボンナノチューブの1000倍の引張強度と、数億トンという重量に耐える「バイオ素材」で出来た「生きているタワー」であり、それは衛星軌道上から一見すると、扁平な巨木にも見える。同様の建物は〈星京〉にいくつかあるが、その中でも最大の規模を誇っていた。


 そんな世界樹(ユグドラシル)タワーの宇宙港(スペースポート)は、大気中に降下可能な巨大船が寄港できる数少ない宇宙港(スペースポート)であり、地上での新宙式などのセレモニーにも使われていた。

 そして、そこにその船はいた。


 〈大和通商圏〉独立私掠船〈上喜撰〉。それが、まる達の新しい船であった。

 細長い紡錘形を基本として、船体を取り囲むように5本のナセルが密接している。巨大な珈琲豆にエンジンとナセルが付いた様な〈コピ・ルアック〉に比べると、ずいぶん小ぶりな船に見える。だが、それでも全長は800mと、充分に巨大船の範疇であり、搭乗人員は800人と、〈コピ・ルアック〉の搭乗員の倍の人員が働くことが出来る。現状では〈コピ・ルアック〉からの400人でやっていくが、近々大々的に人員募集を掛ける予定になっていた。

「〈コピ・ルアック〉は、ナノマシンの取引と、希少物質の運搬をメイン業務にしていたんだっけ。なんで海賊船なんかにしたんだよ」

 阿於芽あおめの質問はもっともだった。

「正確には私掠船ね。厳密な敵対国というものは現状の4大通商圏には存在しないけれど、小競り合い的な衝突は日常茶飯事で、そこに業務もたくさんあるという事で、事業の展開を考えての事たったの」

「要は、軍のおこぼれ的任務を請け負う、独立愚連隊なんだろ」

 阿於芽あおめは容赦のない意見を言う。

「まあ、そういうと身も蓋もないけど。通商圏に加盟している国々にはそれぞれ軍隊があるけれど、通商圏自体には明確な軍事的組織はないわ。それを担うもの、という考えで良いんじゃないかな」

「非公式軍。ってところか」

「ま、そんなところかな。交易は重要な資金源ではあるのだけど、相場の読みやら、色々大変だからね。……話してる間に着いたわよ、もうみんな先に来てるみたいね」

琥瑠璃こるりも来たがっていたみたいだけど」

 そう言いながら黒い仔猫はととっと降りた。まるはポーチからカードを取り出して支払いを済ませ、それから外に出た。

「航宙士の筆記試験の日と重ならなかったら、連れて来たんだけどねえ……」

 そう、式典よりも、彼女には試験を受けに行くという重要な節目が来ていたのだ。ちなみに、完全な睡眠学習が完成しているこの時代の筆記試験には、暗記問題は無い。だから試験は適性や、反応速度を見るのが主な目的となっていた。


 巨大な船体の横に設けられた式典会場には、敢えて身内と、特に要請されて断りきれなかった人だけを通して、内内の進宙式となっていた。

 まるは壇上に上がると、ヘッドセットの出力にマイクのピックアップを接続した。合成音声で喋っているまるは、直接マイクに向かっても「ニャー」と鳴くことくらいしか出来ないからだ。


「皆さんお久しぶり。船長のまるです」

 第一声に、会場はわあっ、ッと湧きあがった。

「静粛に、静粛に。我々は愛すべき家を一度失いました。現在再建が進められていますが、1ヶ月から、最悪2ヶ月は時間を必要とするそうです」

 会場は静まり返った。何人かすすり泣く者もいる。家としての愛着があるからだろう。

「ですが、我々は立ち止まっていません。本日我々の2番船として〈上喜撰〉を進宙させる事となりました」

 ぱちぱち、と、あちこちから拍手の音。

「本船は、武装船とはいえ貨物船であった〈コピ・ルアック〉とは異なり、戦闘を主な生業とする『私掠船』です。そこで、私は船長として、集まって頂いた船員の皆さんに問いたい」

 会場には緊張した空気が走った。

「この私掠船〈上喜撰〉への搭乗を望まない乗員は、敢えて強制はしません。もちろん、ここで搭乗しなかったものについても、〈コピ・ルアック〉再建後は、そちらへの配属が可能です。2船体制となった暁には、母港も必要となりますから、母港勤務も選択できます」

 重い空気が辺りを覆う。

「選択はあなた方に任せます。敢えて〈上喜撰〉搭乗をせず、〈コピ・ルアック〉復帰まで待つ方は、来賓席に移動してください。本日をもって独立船から離れ、いずれかの国に国籍を持ち、退船を望む。という方は、観客席へどうぞ」

 退船者はいなかった。ただし〈上喜撰〉搭乗を選ばず、〈コピ・ルアック〉の復帰を待つものは43名。事前に選択は通知してあったため、かなり悩んだ末の結論であったと思われた。そのほとんどが事務方搭乗員であったのも、頷ける話ではあった。ちなみに、朝食会議のメンバーからの脱落者はいなかった。

 船側と桟橋の間に張られたリボンの、桟橋側付近にワインボトルが括りつけられている。まるは腕にナイフ付きの手袋をはめてもらい、リボンをサクッと切った。括りつけられたボトルは船側に向かって振り子の原理で振られて行くと、船殻に当たって粉々になった。

 わあっ、と歓声が上がると、ブラスバンドが21世紀の有名な宇宙SFシリーズのオープニングを奏で始めた。ビームと予め散布されていたナノマシンが、空中に華やかな模様を描いて行く。そして、船体が自力浮遊を開始し、船を固定していたハーネスが外される。

「各員、乗船」

 360名の乗組員が隊列を組んで乗船していく。その列には阿於芽も加わっていた。全員が乗船し終わると、まるが一礼し、乗船していった。


 〈上喜撰〉のブリッジは〈コピ・ルアック〉のような複雑な立体構造ではなく、全体として球状の形をしており、球の中央付近の帯に座席スペース、下方に戦術スクリーン、上方に立体星図、中央に透明度60%程度の非実体型汎用立体スクリーンを配したシンプルなものになっている。球全体を制御する人工重力により、高機動旋回や200G以上の高加速にも耐えうるなど、建造中に手に入れた新技術は余すところなく投入してある。

 そして、〈上喜撰〉は武装も進化している。重核子砲は小型化されたため、船体をハリネズミのように大小100門が取り囲んでいる。目玉は拡散次元転移砲で、障害物の排除を目的とした〈コピ・ルアック〉の大出力次元転移砲とは異なり、敵の無力化に特化し、防御困難な微細な穿孔攻撃を行う。大出力ではないため、チャージ時間も短い。障害物の排除に関しては、ビヨンドドライブの技術からの転用で、前方の物体を排除する機構が考案され、搭載されている。

 5本あるナセルのうち2本は使い捨てを目的としていて取り換えが可能であり、僅か3分間だが、光速の1千万倍という途方もない速度でのビヨンドドライブが可能であり、全人類圏中の宇宙機で、瞬間的な最高速を誇る事になった。ただし、実際の使用には特注品のナセルの焼損を覚悟したうえで、航路上の障害物など、厳しい条件が付くため、非常時のみの運用に限定されている。

 船内のエコ・システムは〈コピ・ルアック〉のそれより退化しており、食物プラントは大きく縮小されている。それでも、約1週間は無寄港で、生鮮物を含めた食事で800人の生活を支えることが可能である。それ以上は保存食で対応することを考えると、2週間の無寄港航宙が可能であった。現状の半数に満たない状態での航行なら、食物プラントの能力を維持できるため、2ヶ月の無寄港航宙が可能だった。

 生活をするうえで重要な船内重力区画はその2割を異星人テクノロジーによる重力コントロールにより重力化しているが、船体中央部分にトーラス状の4本の互い違いに回転する疑似重力区画が有り、船員の生活区画となっていた。

 紡錘形の船体の船尾には低速・亜光速航行用のバイオマス・ロケットエンジンが搭載されている。全体の形状としては何となくレトロなロケットを思わせる形状になっていた。


「船内装備、各部署でのチェック終了しました」

 ラファエル副長が報告してくる。

「お疲れ様」

 まるは猫用座席で頷きながら報告を受け取る。

「部署割りの決まっていない乗員は?」

「登場志願者・候補生および司令部所属者の総勢361人中、80人がまだ部署未定です。

「まだ22%も未定者がいるのね……厄介だわぁ」

「はい、何しろ業務形態がごっそり変わって仕舞いましたからね。配属の決まった者の中にも、戸惑いを隠せないものが少なからず居ます」

「ふぅ……前途は多難、って所かしら」

 まるが被りを振っていると、通信席に座っていたにゃんたが声を掛ける。前回の事件後、適性の再適合を調査した結果の配属だったが、すぐに慣れてその能力を発揮し始めていた。

「船長、貨物船〈キングハウンド〉から通信が入っております」

 まるはその瞳孔を少し太くした。

「あら、イライジャから? 繋いで」

『まる姐か! なんで私掠船なんか始めちまったんだ?』

 情けない声だ。

「これは躑躅森つつじもり船長。わざわざ文句を言いに来たの?」

『そうだとも! いや、そればっかりじゃないが……。私掠船なんて、宙賊の天敵じゃないかよ。勘弁してくれ』

「別にあなた達をターゲットにするつもりはないわ。それより、要件が有るんじゃないの?」

『うー……。言いたいことは一杯有るが、取り敢えず後回しだ。俺の雇い主から私掠船の仕事を持ってきた。初仕事、請けてくれるか?』

「雇い主……って、どっち? 織田さん? それとも?」

「もう一方の方だ。これは〈連合通商圏〉からの正式依頼だよ」


§


 イライジャ・躑躅森つつじもりは、〈上喜撰〉のブリーフィングルームで、熊のようにウロウロと歩き回っていた。

 まるは牙をむいて威嚇する。

「鬱陶しいのよ、その巨躯でウロウロ落ち着きなくしないで!」

 イライジャの身長はラファエル副長とそれほど差はないが、それでも3船著ほど高い、それより問題なのは横幅だ。鍛え上げられた逆三角形の体ではあるが、なんというか、ガチムチ体型なのだ。まるが2番目に嫌いなタイプだ。勿論1番目は騒ぐ子供達だ。居て安心するのは老人と女性と、意外だろうがデブだ。小峰も結構ガチな体系だが、身体がスリムなので耐えていられる。だが正直、ラファエル副長に慣れるまでは、まるは暫くかかった。

「2週間くらい前から、織田コンツェルンの貨物船が襲われているんだが、宙賊連合の連絡網には関連しそうな船が浮上しない」

「で、まず織田さんから調査依頼が来たのね?」

「ああ。だが調べていくうちに、事件は〈大和通商圏〉の船を狙ったものではないことが分かってきた」

「織田さんの所って、〈連合通商圏〉と結構太いパイプを持って商売してたわね」

「そう、その連合の船が狙われていて、その積荷を受け取った織田氏の船はついでの感じで狙われていたわけだ」

「で、その件について〈連合〉に尋ねたら、政治的な要件だって突っぱねられた、と」

「最初はな。だがそのまま引き下がるのは癪だったから、思い切ってまる姐の話を持って行ったら、喰いついてきた」

「まあ、うちとしてはこの船の初仕事がもらえるし、有り難いんだけどさ」

 そう答えると、再び躑躅森つつじもりはウロウロと歩き始めた。丸が再び牙をむきそうになったのを見て、彼は慌てて言い訳をする。

「とにかく、情報が少ないんだよ。こんなんで敵を割り出せるか?」

「今情報部の連中がやってるわ。暫く待って」

 情報部は、私掠船として新しく編成を変えたときに創設した部門だ。渡辺ネットワーク部長をチーフとして、解析のスペシャリストや、プロファイリングのプロが集まった。〈コピ・ルアック〉の時には宝の持ち腐れで埋もれていた連中だ。噂をすれば影というか、丁度渡辺がデータをスレート端末に入れて持ってきた。

「結果が出たようです」

「ありがとう」

 そう言ってまるはスレートを座席にセットしてもらい、操作する。

「ふむふむ……これ、マジなの?」

「本当らしいですねえ」

 まると渡辺のやり取りを見て、躑躅森つつじもりが首を突っ込む。

「なにがどうしてるんだ?」

 彼の体の熱気から体を引きながら、まるは表示を見せた。

「これ、通商圏間の小競り合いね」

「は?」

 躑躅森つつじもりの目が点になる。

「どうやら、〈連合〉の船を狙っているのは私掠船だわ。しかも〈欧蘭通商圏〉のね」


§


 かくして、調査に乗り出した〈上喜撰〉は、敵の出没エリアで網を張って待っていたところ、敵に遭遇し、戦闘となったのだった。

「〈欧蘭通商圏〉の船籍を名乗りつつ、その存在が無い……どういうことなのかしら」

 敵の船体はもはやボロボロだった。

『戦闘部隊、敵の船を強襲します』

 僅かに残っていた敵の武器も沈黙させ、〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉が船内に強制ワープする。

「船内の捜索を宜しく!」

 まるが伝えたが、暫くして呆然とした声が帰ってくる。

『乗員の姿が有りません、積荷も空です』

「え? どういうこと?」

 その時、敵からの強制割り込み通信が入ってきた。

『あらあ、お久しぶり、誰かと思えば、お人よしのまるじゃないの』

 まるは耳を疑った。そしてビュワーに写った敵の姿を見て、自分の目を疑った。

「……さびまる……」

 さび猫はにやりと笑うと、嘲笑うような口調で返してきた」

『そんなダサい名前はもう捨てたわ。ブラックラスターと呼んで頂戴。あ、積荷とその船の連中は頂いて行くわね』

 通信が切れると同時に、にゃんたの叫びが聞こえた。

「船長、1.5AU先に謎の航宙船のワープシェル展開反応です!」

「追跡は?」

「……だめです、逃げられました」

 まるは歯をぐっと噛みしめた。

「さび……ブラックラスター……ふざけるんじゃないわよ」


(続く)



突然現れたブラックラスター。

3つの通商圏が絡む事件は、思わぬ展開へ。

待て次回。

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