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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
孤影悄然のまる ――21世紀とまる――
44/72

第44話「孤影悄然のまる16:珈琲酒で悪酔いしそう」

ドロドロした悪夢から抜けだしたら、次は闘いが待っていました。

(承前)


 まるは気を失っていた。

「大丈夫かい? この程度で気を失うとか、君らしくないよ」

 その声を聞いて、朦朧とした意識の中に何かが発火し、まるは徐々に目覚めた。それはまるの心の中にある彼女を突き動かしている原動力とでもいうものだろうか。彼女が今に至るまで折れずに歩み続けるための原動力の様なものであった。

 声についての印象は、尊大で、それでいて崩した感じで、子供っぽいかと思えば妙に老獪。押しつけがましいけれど実は寂しがり屋。そんな言葉がまるの脳裏をかすめた。

<――ああ、そうか>

 目を開けると、そこは打って変わって清潔そうな乳白色の人工物の壁に覆われた部屋だった。

 彼女が慌てて飛び起きると、粘液でべとべとに汚れていた筈の自分の毛並みが、まるでシャワーを浴びた後に綺麗に乾かされた様に、ふわふわになっているのに気が付いた。声の主は最低限度のもてなしはしてくれるつもりのようだ。

 まるは用心深く部屋を見回したが、声の主の姿はなかった。

「良い趣味をしているわね」

 まるはちょっと嫌味を込めてそう言ったが、返事は帰ってこない。

 部屋は卵型をしていて、羽賀氏と阿於芽あおめが起こした騒動の時、阿於芽あおめからの干渉を避けるために使っていたシールドルームによく似ていた。違う処と言えば、ドアと思しきくぼんだ場所が有る事だろうか。

「まあ、行ってみるしかないわよね」

 まるが近づくと、ドアは音もなく開いて、先に道が続いていた。


§


 脇のポシェットの中で震える琥瑠璃こるりを庇いつつ、ピンインは謎の物体と対峙していた。

 ピンイン……オセロットヤマネコは大きくて強い。猫というより猛獣の領域に入りそうな体躯をしている。だが、同時にその温和で人懐っこく、陽気な性向から簡単に捕獲され、20世紀末にはレッドデータアニマルになって仕舞っていた。いや、正確には21世紀半ばに、純血の主としては一度絶滅を迎えていた。28世紀に再繁殖できているのは、遺伝子工学の為せる技であった。

 そのピンインは、陽気で温和なだけには留まらずに、知性化された頭をフルに使い、己の中の野性を理性でコントロールする術も手に入れていた。だから、戦わなければならない時は、彼は人の何倍もの力を持った戦闘マシンへと変貌するのだった。

 赤黒い謎の物体は、肉塊というか、ゼリーというか、不思議なものだった。時折チロチロと触手の様に伸びては、おっかなびっくりとした風情でピンインを探ろうとしてくる。

「この時代の、この場所に所属しているものではありませんね」

 彼らを次元転移させた異星人に関連するなにか。それが眼前の物体への現状での合理的な解釈のひとつではあった。

 ピンインの体には、彼の意思である程度自由に動かせるナノマシンが仕込んであった。もとはFERISフェリス由来のまるのヘッドセットの代用の様なものだったが、一番最初に過去に戻る際に独立システムに作り替え、それと同時に彼の脳波によってコントロール可能な端末に仕立てていたのだ。

 彼はナノマシンの一部を前脚に集約して大きな刃物を形成した。そう、まるで最近知り合った異星人とのハイブリットの黒猫、阿於芽あおめの触手の様に。時空を操るような敵に対してはいささか原始的な装備に過ぎたが、目の前の物理的な相手に対峙するには役に立つかもと考えた。

「物騒なものは納めてくれないかな」

 物体から、聞き覚えのある声がした。

「何の冗談ですかそれは」

 ピンインは声の主に思い当たったが、まだ気を許すわけにはいかない。彼を騙す罠の可能性もあるからだ。

「やれやれ、警戒されちゃってますね。ちょっと手荒な方法ですが、我慢してください」

 その声と同時に、塊は爆発的に巨大化したかと思うと、ピンインに覆いかぶさってきた。虚を突かれて一瞬反応が遅れた彼は肉塊に飲み込まれ、そして肉塊がしぼむと一緒に、一緒に居た琥瑠璃こるり共々、その場から消えてしまった。


§


 女性5人は、怪しい肉塊に対峙していた。

「何でしょうこれ」

 垂髪うないはへっぴり腰でナイフを構えて隣のドーラに尋ねた。

「私が分かる訳無いでしょう。まともなものじゃない事だけは確かです」

 全員、この奇妙な状態で緊張は限界に来始めていた。

「あー済みません」

 突然、肉塊から緊張感のない声がした。

「え?」

 彼女らが反応するより早く、肉塊は全員を飲み込んだ。ピンインですら反応が間に合わなかったのだから、無理もなかったろう。


§


 まるは通路を辿って、新たなドアの前に居た。

「さて、と。ご対面ね」

 確信はあったが、それを利用した罠である可能性もあった。だが、どのみちここで躊躇していても何も変わらないので、まるは一歩を踏み出した。

 果たして、ドアに先には広い部屋が有り、中には既によく知った5人の女性と3匹の猫が居た。1匹の猫以外は、狐につままれたような顔をしている。もしかしなくても、あの肉塊に捉えられて、気が付いたらここに来ていたという感じなのだろう。

 まるはため息をつくと、ただ一匹、平然としている猫の前に行った。黒猫はにこやかにまるを出迎えた。

「やあ、遅かったじゃな――ぐはっ」

 まるは思いっきりその黒猫にネコパンチをお見舞いした。そして、

「ファ――――ッ!」

 という、威嚇の声を上げた。

「まる、いきなり酷いじゃないか」

「う・る・さ・い!」

 まるはかなり怒っていた。

「そもそも趣味悪い!

 何の説明もなし!

 どういう事かはっきり言ってもらいましょうか?!

 !」

「仕方ないじゃないか、一切を遮断するこの部屋に連れてくるまでは事情が説明できなかったんだから」

 まるにしばかれた顔を毛繕いしながら、黒猫は少し後ずさりしつつ答えた。

「それにしたって、悪趣味すぎるのよ!」

 起こるまるを見て、アレクシアが口をはさんだ。

「船長、何が一体どうなってるんですか?」

「詳しい事はそこの馬鹿に後でじっくり聞くけど、敵の手から一先ず逃れたことだけは確かの様ね」


 まるたちが連れて来られた部屋は、まさしく対阿於芽(あおめ)戦で羽賀氏が使っていた遮断部屋の拡張版だった。

「僕の知る限りの空間的、次元的な干渉を受け付けない部屋だよ。羽賀氏が用意してくれていたんだ」

「その羽賀さんは?」

「分からない、おそらくは敵の手に落ちたのだと思う」

 一同の胸に「敵」の一言が突き刺さった。

「敵って何者?」

 まるの質問に、ニヒルな阿於芽あおめの表情に一瞬影が宿った。

「分からない。羽賀さんも詳しくは分かっていないらしかったよ」

「――それに、男性たちの姿が見えないわ」

「ああ、彼らは本来の時間線で〈コピ・ルアック〉にいる。今は敵の人質状態だと思っていい。僕も干渉を試みたが無理だった。済まない」

「あのまま、アンドロメダの傍の取り残されているの?」

「いや、どういうつもりだか知らないが、人類圏まで数か月の距離に連れて来られているらしい。敵は本当に僕らで遊んでいるつもりらしいね」

 まるは阿於芽あおめがどうやってまるたちの居場所やら、〈コピ・ルアック〉の現状やらを知ったのかなど、いろいろ疑問は尽きなかったが、羽賀氏と同様、阿於芽あおめはまるたちとは違うレベルに生きる生き物なのだという事で無理やり納得した。

「残るはあの異星人か……」

「奴は行方不明だ。君たちの様にマーカーをセットしておけば、追跡できたんだが」

「――追跡と言えば、あの趣味の悪い肉塊は何?」

「ああ、出来は悪いね。僕の細胞から作りだした人造生体……ホムンクルスみたいなものさ。正体を知られては困るし、追跡されても困るから、あれでもいろいろ工夫はしたんだ」

「錬金術じゃないんだからホムンクルスは止めてよ」

「君たちにとって言えば超越階梯の生き物なんて、錬金術みたいなもんだろ」

 そうはいってみた阿於芽あおめだが、まるの露骨に不快そうな表情を見て言葉を変えた。

「僕の体の一部が高次元の空間に繋がっているのは知っているね。そこと連携できるように最低限の機能だけを維持して、僕の体の細胞を変性させて培養したんだ」

「最初から直接接触するわけにはいかなかったの? 随分不快な目にあったんだけど?」

 まるは合成音声の「不快な」を敢えて強調し、同時に「シャッ」という肉声を出した。

「あれを高次元空間で放って君たちの居所を探したんだよ。君たちに予めセットしたマーカーを追うようにしておいたんだ。バラバラの時空に飛ばされていたからね」

「先に説明が欲しかったわ」

「敵に教えてやる事になったから無理だよ」

 まるはまだ不満をぶつけたかったが、阿於芽あおめも彼なりに努力したのだというのは認めざるを得なかったので、それ以上の追及は止めた。

「で、これからどうする?」

「もちろん、反撃するさ。そのために集めたんだから」

「正体も分からない相手に? 羽賀さんですら手も足も出なかったんでしょう?」

 まるに対して、今度は阿於芽あおめが切れた。

「あのね、何でもかんでも否定的なことを言えばいいってもんじゃないよ。何のために羽賀さんがこんな場所を作って僕に託したのか、少しは考えろよ」

 阿於芽あおめが真面目に切れたので、まるは耳を寝せ、姿勢を低くして謝罪の姿勢を取った。

「――悪かったわよ、君なりに努力してくれんだものね。御免なさい」

「良いさ、不安になるのは分かる。さて、その訳の分からない敵と戦う算段でもしようじゃないか」


§


 〈コピ・ルアック〉の男たちは、船を最大ワープで駆動させていた。

 問題は、地球人類の文明圏までは、どう軽く見積もっても数か月の時間が必要という事実だった。

『人類圏への帰還の速度アップですが、ちょっと実験中です。もう1時間時間を下さい』

 ラボから秋風が連絡を入れてきた。

「期待しています」

 ラファエルはそう答えると、コンソールに向き直って調査を進めた。

「〈渡会わたらい雁金かりがね・改〉は、ほぼ我々が迷い猫時間線に到着した時の状態ですね」

「ええ、副長。装備には傷もつけていない。「敵」は我々の力なんかどうにでもなると言いたげですね。猫が獲物をいたぶる様にして楽しんでいる様です」

 太田航宙士の例えに苦笑しながらラファエルは答えた。

「敵が猫だったら、それこそ船長の出番なのでしょうけどね」

 副長はその時、自分の言葉がどれくらい正しいかをまだ認識していなかった。


§


 実際のところ、阿於芽あおめにこの時点で何か勝算があった訳ではない。ただ、彼は自分だけが敵に対抗する手段を持っていると信じていた。結果的に彼は間違っていたが、誰一人そのことに気付ける人物・猫はいなかった。

「それで、敵に関してはロクに情報もないのよね」

 まるは分かっていることを繰り返し確認した。

「時空間を自由に操作して、航宙船に乗っていた人員をバラバラの時間線に自由に飛ばすことが出来る、羽賀さんに敵対するなにか。そして、今のところ誰ひとり殺していない。分かっているのはそれ位だね」

「羽賀さんとあなたがやったこの対抗措置については?」

「もちろん気が付いているだろうさ。この場所自体を突き止められているかどうかについては、正直五分五分じゃないかと思っているよ」

「それでも、戦う以外に方法はない」

「ああ。相手がどんな意図で君ら……いや、我々を狙っているかが分からない以上、全力で遮断して、全力で排除するしかない。たとえ倒すことは出来なくてもね」

 そういいながら、阿於芽あおめはその強靭な触手を大きく張り巡らして、何やら大きなものの荷解きを始めていた。

「私たちアリを巨象にけしかけようとするのね、この黒猫さんは」

 まるは阿於芽あおめの傍を黙ってついて行った。流石にこの作業には猫の手では役に立たない。

「でもそのアリは特別痛い顎の一撃を持っているんだろ?」

 その阿於芽あおめの質問にはまるは中を仰いだあと目を閉じた。

「さあ、どうかしらね」

 荷解きされて出てきたそれは、かなり物騒な外観に見えた。

 それは、全長5mほどのコンパクトな宇宙艇だったが、鋭角的なフォルムに、複数の武装らしきものが見て取れた。

「亜空間戦闘艇〈ティア・マリア〉さ、あっちにあと1隻同型の〈カルーア〉がある。人間の女性方に荷解きの手伝いをお願いしたい」

 言われて、〈コピ・ルアック〉の女性クルー達は頷くと、部屋にもう一つあった山に掛けられている布を取り外しにかかった。

「乗員数は?」

「どっちも15。猫は全員合わせて1だから、どっちか片方でも帰還は可能さ」

「ふむ。武装は?」

「小型の次元転移砲1門、縮退質量弾2門。超重核子砲2門」

 まるは目をまんまるくして阿於芽あおめを見た。

「〈コピ・ルアック〉より強力なんじゃない?」

「さあね、敵は物質的な存在じゃない。こんな玩具では意味ないのじゃないかというのは、僕と羽賀さんの共通の認識だよ」

「なによ……それじゃ『帯に短し襷に長し』じゃない……」

 まるが戦闘艇〈ティア・マリア〉のゲートに触れると、音もなく開いた。

「君たちは既に登録済だからね」

「いつから用意してたんだか」

「時間は無意味だよ。分かってるだろう? まあ、これを作るのに羽賀さんは主観時間で2年ほどかけているらしいけど」

「ちょっとまって、これハンドメイド?」

 まるは口をあんぐり開けた。

「そうらしいね、まあ、羽賀さんがやったんだから、差し詰めゴッドハンドメイドという感じ」

 そういうと阿於芽あおめは他の乗員を振り返った。

「皆さんはこちらに乗ってください、そちらは私一人で乗ります。そろそろ主観時間の残りも少ないです。急ぎましょう」


§


 秋風に呼ばれて、〈コピ・ルアック〉のスタッフはラボに集まっていた。

「いいですか、ここが人類が生息する約6000光年の大きさの宙域です。〈コピ・ルアック〉は160光年ほど離れたここです」

 秋風は集めたクルーを見回した。

「すぐ傍に見えますね」

 ラファエル副長は答えた。

「ええ、それでも人類のワープエンジンでは、地球人類圏を横断するのだって6年かかりますから」

「現状のままで最短時間で到達できるところは?」

「〈大和通商圏〉の〈超人の隣人〉星系です。我々の行動が意味を持つのは、ここが私たちの時空で、通商圏のシステムが生きている、というのが大前提ですね」

「万が一迷い猫時間線とか、そのほかの世界だと?」

 ラファエル副長の質問は答えが分かり切っていたが、

「何の意味もありません」

 と、秋風は肩をすくめた。ラファエル副長も苦笑いで返す。

「で、秋風技術部長の矜持として、そんな現状に甘える気はない、ですよね?」

 太田航宙士の質問に、秋風はにやりと笑う。

「そう、我々は〈超人の隣人〉へは行きません。目指すのは〈始祖の太陽系〉の〈地球〉です」

 3Dスクリーンを大きく移動させ、〈コピ・ルアック〉から地球に向かい、一直線を引く。

「この距離、2時間で踏破して見せましょう」

 流石に2ヶ月を2時間という数字に、他の乗組員は虚を突かれた。

「いやまあ、私の手柄じゃないんですけどね」

 そう言った彼の足元には2匹の猫がどこからともなくやって来ていた。一匹は純白、もう一匹はロシアンブルー。

「我らが強力な助っ人たち。『らまるく』と『ふぇりす』……じゃない、『しゃぶらん』です」


§


 戦闘艇〈ティア・マリア〉に乗ったまるは、あちこちと点検をしていた。

『この場所を「閉じる」時に、僕が張り巡らしたリンクを辿って、僕らはそれぞれ二つの別々の時間線に行く』

 阿於芽あおめが〈カルーア〉から作戦の再確認をしてきた。

「私たちが迷い猫時間線の21世紀で、あなたが私たちの本来の時間線、28世紀ね」

『ああ、僕は地球から2500光年離れた〈コピ・ルアック〉近傍、君らは地球近傍の空間に実体化する。最悪の場合、そこで戦闘開始だ。敵はどちらに居るか分からない、どちらにも居ないかも知れないし、両方に居る可能性もある』

「曖昧ねえ」

『行方不明の異星人の問題もある。恐らくは其方に潜伏しているかもしれない。充分に注意してくれよ』

「了解。出現即先頭になる可能性もあるしね」

『それなら、通常空間に出る前に始まりそうだよ。亜空間上近隣に複数の存在を確認した』

 通常空間とは物理法則から違うここでは、戦闘の勝手が違う。それに対し、時空間を自由に操る相手はどんな空間でもお手の物だろう。出来る限り接触は避けたい。だが、そんなこちらの思惑を知ってか知らずか、敵はちょっかいを出してきた。

 亜空間レーダを監視していたボーテ砲術長が緊迫した声を上げる。

「船長、敵と思しき存在から非実体弾が発射されました! 恐らくはエネルギーの塊のようなものだと思われます」

「回避経路を設定」

「エネルギー弾、追尾します!」

「何でエネルギーの塊が追尾なんてするのよ!」

「分かりません、このままだとあと20秒で衝突します!」

 とっさにピンインは空いているコンソールに飛びついて操作を始めた。人間用のコンソールなので、大型猫種の彼にはちょっと扱いづらいものだったろうが、その動きは俊敏だった。

「対エネルギー弾用のフィールドを発生!」

 エネルギー弾は、ピンインが用意したフィールドと接触すると徐々に衰退した。衰退後に確認すると中に何かコアのような構造が有ったようで、それがエネルギー弾を動かしていたらしい。

「よくあんなフィールドを作れたわね」

「この船が使っている技術はワープを100倍くらい進化させたようなものだからね。多分こういう真似が出来ると思ったのさ。ただ、その分推力を失った。回復まで20秒かかる。目標地点到達まで3分ほど遅れるな」

「亜空間上でのその数値がどんな意味を持つかさっぱりわからないんだけど」

「うん、僕にもさっぱりだ」

「……」

 五里霧中の戦いだった。敵に新たな動きはない。こちらを消耗させること自体が目的だったのだろうか? あるいは単に遊んでいるのか。

『ピンイン師匠、お見事』

 阿於芽あおめから連絡が入る。

『こちらにも同様の敵からの攻撃が来たから、参考にさせてもらったよ』

「お役に立てて何より、それより師匠は止めてください、あなたの方が何倍も――」

『いやいや、人生観の師匠だったりするし、師匠でお願いします』

「そういうあなたは人生の支障だものね」

 まるがまぜっかえすと、何やら意味不明な抗議の声が通信から流れてきた。通信に聞こえにくいように悪態をついたらしい。

「船長、敵が接近します!」

 にゃんたが見よう見まねで計器を読んで叫んだ。

「ええ、気が付いているわ。直接攻撃を仕掛けるつもりか、あるいは船体ごとこちらにちょっかいを出す気なのか」

 しかし、そろそろ通常空間に出る時間だ。間に合えば敵の追撃をかわせる。

「通常空間より0.03秒早く通常空間に抜けます」

「よし、敵は無視してそのまま!」

 まるが叫ぶ。アレクシアがカウントダウンする。

「7,6,5,4,3,2,1,通常空間です!」

 しかし、間髪入れずにボーテが叫ぶ。

「敵がそのまま追尾してワープアウト!」

「転移砲全開で敵を狙って撃て!」

 すでに照準はロックしてある。ボーテがトリガーを引くと敵に向かって無慈悲な消去の波が襲う。しかし、それは通常の敵の話。

「転移砲キャンセルされました!」

<やっぱり役立たずか>

 まるは内心の落胆を隠し次の一手を打った。

「縮退質量弾発射!」

「発射します!」

 敵に月一個分に匹敵する重量のオレンジほどの大きさの塊が亜光速で飛んでいく、人類がまだ手にしていない武器だ。厳密には通常の物理法則のみなので実現は可能だろうが、現行の地球人類の科学力ではこんな巨大質量どこにも積載できないし、亜光速での発射だって無理だ。

「敵に接触……敵が縮退質量弾を吸収!」

 呆れた敵だったが、その分成果もあった。

「敵に重力モーメントが加算されました。亜光速で飛び去っています」

「まあ、こんなもんで追っ払えたら安い物だろうけど……」

「敵、通常空間から消えました!?」

「え?」

 どういう訳か、縮退質量弾を喰らった敵はどこかに転移してしまった。

『やはり効いたか』

 阿於芽あおめの通信だ。

「知ってたの?」

『推測だよ、敵は時空間を自由に操ることは出来る。しかし、物理法則を捻じ曲げる力はない。そう思ったんだ。別の時空に物質を分解して送り込む次元転移砲は意味が無い可能性が高かったけど、ごく原始的だけどバカみたいな質量と速度の縮退質量弾なら。って思ってね』

「やっつけちゃったのかしら」

『それはないだろう。恐らくとっさに吸収してしまった質量と運動量を捨てに行ったんだと思うよ。少しは時間が稼げたかな』

「そっちは大丈夫なの?」

『同じ方法で撃退した。これから〈コピ・ルアック〉の連中を追いかける、彼ら何か思いついたらしくて、光速の1000万倍の速度で移動しちゃってるんだ』

「秋風君かな……お疲れ様ね」

『じゃあ、幸運を』

「よし、じゃあ本船はこれから地球に向かって降下します」


§


 秋風が考え出した方法は、果てしなく「ずる」だった。

「この方法は、通常の航行には使えません。航路上の物を無差別に破壊してしまう可能性があるからです」

 秋風は他の乗組員を集めてブリーフィングを行った。

「生物や文明に関わるものが航路上にあったら一大事だな」

「ええ、だからシャブランの力を借りて、空隙領域を計算していました。星や銀河の運行も考えると非常に面倒でしたが、何とか出来そうです」

「これだけの距離のある空間だと、相対論的な非同時性の問題(離れた地点AとBでは、時間の流れが同じことが保障されない)があるんじゃないかね」

「同時性は問題ではありません、その場を私たちが通過する際の状態を特定できればいいのです」

「ふむ……よくは分からんが、具体的な方法はどうするのかね?」

 尋ねられて秋風はなぜか尊大な態度になった。

「それがですねえ」

 「しゃぶらん」の頭をなでる。

「この子のメモリに何故かこれ見よがしなファイルがありまして。そこにこの航法のヒントが――」

 これを聞いた一同が一斉に引いた。

「ちょっと待ってください。そんなの、敵の罠かもしれないじゃないですか」

 五条が露骨に嫌そうな顔をして訴えた。

「今更この状況で罠の一つや二つ増えてもどうってことないじゃないですか。ちゃんと検証はやりましたよ」

 ラファエル副長は目をつぶってため息をついた。

「まあ、確かに今の状態、使えるものは使っておいた方が得策ですね」

「そうそう。一応署名に『皆さんの愛する阿於芽あおめより』って書いてあってむかついたんですけどね」

<まあ、彼ならやりかねないか>

 ラファエル副長はそう思った。

「では、始動2分前です。着席して体を固定してください」


§


 地球に降下したまる達は、真っ直ぐ日本の東京に向かうと葛西臨海公園の浜辺に静かに接近した。

「現地時間ではちょうど入れ替わり、か」

 まるがクロノメーターを冷や汗を流しながら確認した。

「双方クローキングしていると、馬鹿馬鹿しい衝突事故を起こしかねないしね」

 ピンインは鼻歌を歌いながら周囲のチェックをしていた。

「おっ」

 その彼は何かを見つけた。

「動体反応、36.5℃の熱源、高さ180cm、重量65kg。人間の成人男性っぽいですね」

 その影は近づいてくると周囲をくるくると見回した。

「小峰君だわ」

 アレクシアが確認した。

「ちょっと様子を見ましょう、罠の可能性もあるし」

 まるが注意する、しかし、ピンインはそれに不満そうに答えた。

「いまさら何が罠だって話もあるよ」

「それはそうだけど……」

 外のモニターを見ていたにゃんたが注意を促す。

「あ、マーク付けてますね」

 垂髪うないも横から覗きこんでいた。

「どうします船長? 放っておくと彼、帰っちゃいますよ」

「しょうがないわねえ……」

 まるは一人でゲートを抜けて降り立った。

 しばらく周囲の様子を見ていた小峰は、近づいてくるまるに気が付いた。しかし、彼は虚を突かれたような、何か魂が抜けたような表情をしている。

 まるも自分に気が付かないような小峰に当惑して、彼の元にととととっと走り寄って行った。

「おや、猫か」

 小峰のこの反応に、まるは衝撃を受けた。それはもう、全身の毛が逆立つくらい。

「ん? 怯えてるのか?」

<ええええええええ……何で忘れてるの? そこにナノマシン絆創膏で印をつけることは覚えてるのにっ>

 まるはそのままの姿勢で、つつっ。っと小峰の足元に行った。

 すると、小峰の足元に、先程まで気が付かなかった影が居るのに気が付いた。

「あら、見つかっちゃったわね」

 まるは二度びっくりした。小峰の足元に居たのは所謂さび猫。しかも何だか不敵な表情を浮かべた猫だった。

「ああ、まる船長」

 小峰はそのさび猫に声を掛けた。

「ええええええっ、何言ってるの小峰くん! まるは私よ!」

「普通の猫が喋った?!」

 小峰が飛びずさった。

「小峰君、気を付けて、こいつは敵よ!」

 さび猫はまるに向かって敵意をむき出しにした。

「何言ってんのよ、あんた誰!」

「私? 私は『まる』よ?」

 小峰はどこから取り出したのか、手にブラスターを構えて、まるを狙っていた。

「ちょっと待ってよ……何がどうなっているの……」


(続く) 



地球に現れた新たな猫。

猫まみれの様相を呈してきた航宙船長「まる」です。

次回、まると新たな猫の対決!


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