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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
孤影悄然のまる ――21世紀とまる――
41/72

第41話「孤影悄然のまる13:最果ての〈コピ・ルアック〉」

遙か遠い宇宙に転移した〈コピ・ルアック〉、船内に現れた異星人と、それに対峙したまる。彼らはどうなっていくのでしょうか。

(承前)


 まるの前脚に装着されていたのはショック銃ではない。高熱・高エネルギーのプラズマビームを発射する熱線銃(ブラスター)だ。まるの瞳は怒りで逆に氷のように研ぎ澄まされた精神のお蔭で、縦線一本になっている。身体は猫特有のカーブを描き、まるで一本のしなやかな鞭の様だ。


「おい、まる」

 冷ややかな声で阿於芽あおめが問う。

「なによ」

 同じく冷ややかにまるが返す。阿於芽は淡々と意見を述べた。

「そんな武器振り回すと船殻せんこくに穴が開くよ」

「ご忠告有難う。でもこの手の輩には全力で当たる事にしているの」

「ああそう……誤射だけはしないでよ」

「祈っておいて」

 実際には、まるが使っているブラスターは「ニードルモード」という、縫い針よりも細いビームで至近距離の対象を穿うがち、切り裂くためのモードにセットされていた。更にいうと光線銃ではなく初速の遅い粒子ビームなので、空気中では到達距離も短い。

 そして、6本の腕をすべて撃ち抜かれた、かつて小峰だった物体は、異形の生物と化していた。壺の様な本体の周辺に6本のしなやかな鞭上に動く腕が伸び、その体を3本の猫脚状の足が支えている。どんな体組織なのかは、ぴっちりとしたシームレスの服に覆われていて見えないが、その動きから骨格のようなものはあるようだ。着ているのは恐らく一種の気密服らしい。まるに撃ち抜かれた際に「シュッ」という音と共に何らかの気体が漏れたから、中は陽圧に調整されているようだ。そして、穿うがった穴はおそらくナノマシンなどの修復機構で即座に塞がれている。体のほうも緊急医療が働いているだろう。ひるんでいるのは今だけだ。

「でも小峰君、スタイリッシュになったわね」

「本物の小峰氏?」

 まるの皮肉たっぷりの突っ込みに、阿於芽あおめが素の反応を返したので、まるは苦笑いしたくなった。

「そんな訳無いでしょ。私が面接したのよ。ただ地球では接する機会が少なかったわね。この事件の最初から入れ替わっていた可能性は否定できないわ」

<後で行動を共にしていた薬研さんに詳しい話を聞くべきね>

「★▽……、何★わかっ◎んだ?」

「おや、自動翻訳機が復調したらしいな」

 阿於芽あおめはしらっとした感じで答えた。

「そこの黒い奴、私が地球人でないと何故分かった?」

「消去法だよ、そんな事も予測できないとか、知能程度が知れるね」

 地球人とは明らかに違う構造で動いている生物、どこが顔かすらも分からないそれがどんな感情を抱いているかは外見からは見て取れない。

 だが明らかに、阿於芽あおめに対しては怒りを露わにしているようだった。

「黙れ未開生物」

「ん? ひどいな。僕は未開生物じゃないよ? 見て分かんないのかな?」

 阿於芽あおめは自尊心を傷つけられたとばかりに耳を寝せて屈み、手先から伸びている触手をぶんぶんと振り回して見せた。まるはそっちの方が不思議だった。その触手、どこから出てるの? 肉球が伸びてるのかしら。それはちょっと気持ち悪いわ。

「あらあ阿於芽あおめ、あなた触手伸ばして悪態付く下品な化け猫かと思ってたわ」

 まるが減らず口を聞く。半分は冗談だ。

「ええっ、ひどいなぁ。これでも一応、超越階梯ちょうえつかいていの生き物とのハイブリッドなんだけど」

 阿於芽あおめの言葉に、少なからずの動揺を隠しきれない異星人は、翻訳ですら明確に分かる狼狽ぶりだった。

「超越……階梯の生物……なぜそんなものが」

「こいつ、何も知らないでここに居るのか。じゃ羽賀さんが手引きした可能性はゼロだね」

「そのようね」

 羽賀氏が、阿於芽あおめが言う処の「超越階梯ちょうえつかいていの生き物」のご本尊である。羽賀氏が関わっているなら、知らない訳がない。二人が話している間にも敵は逃走しようとしていた。

「逃がすと思う?」

 敵の体は、阿於芽あおめが射出した触手にがっちりとからめ捕られていた。

「くぅ……」

 敵はじたばたともがいていたが、どうにか動く腕で、何か装置を取りだした。

阿於芽あおめ、奴の出した装置に気を付けて!」

『いや、駄目だ。二人とも下がって』

 まるの指示を脇に控えて見ていた「思索の杖」が突然遮った。

 次の瞬間、周囲の重力が変化した。どうやってか、敵を中心とした円盤状の領域の重力がどかん、と増えた。今度はまるたちが地面に押し付けられて動けない。

まずい! この環境、まだ小さい琥瑠璃こるりが耐えられない!」

『任せなさい』

 「思索の杖」……〈EXTR183〉は巨大ガス惑星内の、超重力の極低温環境に済む生物だ。まるたちが死なない程度の重力では屁でもない。あっという間に敵を組み伏して、装置を握りつぶした。

「お前っ、地球の生き物じゃないのか!」

 敵も不勉強だったらしい。

「ちゃんと資料を調べてくればよかったな」

 重力の呪縛から離れた阿於芽あおめは勝ち誇ってうそぶいた。

<あんたの手柄じゃないでしょう>

 まるは心の中で突っ込みを入れたが、それより重要なことが有った。

「さあ、琥瑠璃こるりを入れたカプセルを開けてもらいましょうか」


§


 〈コピ・ルアック〉は、人類がかつて見たこともないような空間に浮かんでいた。周囲には巨星がいくつも煌めいており、色とりどりのガス雲に取り囲まれている。敢えて言えば、ピンインが居を構えている〈蝶の翅太陽系〉が生まれたての巨星群に取り囲まれているため、似た景色を持っているが、はるかに規模と色彩が違っていた。

 ラファエル副長はブリッジの全天スクリーンに映し出されたその光景に圧倒された。

「これは……」

「ここは我々が住んでいる天の川銀河系の外れから256万光年離れた場所。メシエカタログ31番、所謂アンドロメダ銀河のバルジ(中心構造)です」

 その時、通信のコール音が鳴った。

『こちらまる、琥瑠璃こるりと、それから密航者を発見したわ。すぐそちらに向かいます』

「密航者?」

『詳しい話は其方についてからね』

「了解しました」

 ほどなくして、まるたちはブリッジに戻ってきた。

「薬研先生、琥瑠璃こるりを見てあげて」

「どうしたね」

 医療キットを取りだしながら薬研はまるの傍にやって来た。

「おおよそ5G位の環境に晒されたの」

 琥瑠璃こるりはぐったりとして意識がない。薬研が医療キットから取り出したバイタルセンサーで琥瑠璃こるりの小さな体をスキャンしていく。

「ふむ、骨折とか、神経や循環器や内臓に問題は無さそうだ。恐らく気を失っているだけだろう」

 そういうと、医療キットからアンプルを取り出して無痛注射器にセットすると、目盛を小動物に合せて「ぷしゅ」っと注入した。

「気付け薬と安定剤を混ぜたものだ。すぐに目を覚ます」

 言うが早いか、琥瑠璃こるりは半目を開けた。

琥瑠璃こるり、無事か?」

 真っ先に声を掛けたのは阿於芽あおめだった。

「あ、阿於芽あおめおじさん……」

「おじさんはご挨拶だな、せめてお兄さんと呼んでくれないかな」

 隣に居たまるが、阿於芽あおめに軽くネコパンチを喰らわせた。

「あんたはもういい爺さんじゃないの」

「そう云うまるも婆さ……ぐふっ」

 ダブルネコパンチが炸裂した。まるはくるっと琥瑠璃こるりの方を向くと、安どの表情を浮かべた。

「心配したわ」

「有難う、船長」

 そして、きっ、と表情を変えたまるは異星人の方を向く。

「こいつ、いつ潜入してきたんだか、小峰君に化けていたわ。薬研先生、地球で小峰君の行動におかしなところはなかった?」

「至っていつも通りだったな」

 異星人は黙って座っていた。こちら会話を聞く気もないらしい。

「羽賀さん、この異星人は?」

 羽賀はじっと見ていたが、やがて答えた。

「ええ、種族は知っていますが、個人的に見知っては居ません」

「どういう生き物なの?」

「かつてあなた方が『始祖の太陽系』とよぶ星系の木星大気内に住んでいた生き物ですね」

 まるはふうむ、という感じで息を吐くと、異星人の周りをぐるぐると回って見聞した。

「この時間線の生き物?それとも先程まで居た21世紀の方?」

「分かりません。ただ、千年ほど前に上位階梯に移行したばかりの新参者です」

「はぁ、千年で新参者ね。地球人類は何時その段階に行けるのかしら」

「数か月後か数千年後か。移行するのは間違いありませんが、あなた方の時間線でそれがいつ起きるのかは確定していません」

「あいまいな言い方ね」

「すみません、そういうものなのです。それより、目の前の現実です」

 そうやって異星人を見る。

「28世紀に保護してあの時間線に飛ばした際と、帰還後には隙は作っていません。おそらくはあちらの時間線で、こちらが手薄の状態の時に乗り移って来たのでしょう」

「あの時間線……って、21世紀に異星人が?」

 加藤がそう言って息をのむ。

「そう云う事になりますね。本物の小峰君がどこに居るのか……船内に生命活動兆候は見つからなかったのですよね?」

「ええ、でもカプセルに封入された琥瑠璃こるりも発見できなかったわ。こいつに何とか会話させて、小峰君の安否を確かめないと」

「そうですね。何か策は?」

 まるは首を振った。

「策も何も、異星人との取引なんてロクにやった事ないんだもの。さっぱりだわ」

「仕方ないですね。本来私はこういう事には干渉すべきではないんですが……」

 肩をすくめながら、羽賀は異星人に近付いた。

「ちょっと失礼しますね」

 そういいながら、羽賀は異星人に触れた。羽賀の体から青紫に輝く何かが出て、異星人を包み込んだ様に見えたが、一瞬で消えた。

「小峰氏は例の時間線にいます。そこで入れ替わったらしいですね」

「戻れるの?」

「ええ、一応マーカーは入れてありますから」

「なら良いわ。こいつを何処かに隔離して、ここに来た目的を果たしましょ」

 異星人は、羽賀が何かをしたらしく、阿於芽あおめが触手による拘束を解いても身動きできないでいる。羽賀は静かにいった。

「今は私が抑えていますが、長くは無理です」

「密航者用のフォースフィールドで作った隔離室が有るけど、使えそうかしら」

「たぶん大丈夫でしょう」

「じゃあそこへ。そして、私たちはどこに向かえばいいのかしら?」


§


 異星人を隔離した後、羽賀の指示に従って、〈コピ・ルアック〉はワープ最大速度=高速の1000倍で航行していた。その速度ですら、今回の移動スケールに比べたら、車が走るのに比べたカタツムリが這う速度より遅い。28世紀の地球人類の技術でで飛んでいたら、アンドロメダまで2500年以上かかってしまう。

「そのものずばりの場所に着かなかった理由は?」

「少なからず、不定要素が絡んでくると思いましたし、まるさんにはやってもらわないといけない事が有りますし」

「私がやらなきゃいけない事って?」

「準備ができたかどうかの、まあ、試験みたいなものです」

「何だか面倒ね」

「私が単独介入する条件として、調停組織から出された条件なのです」

「ふうん」

 羽賀が託された条件、ということ自体が、まるには酷く引っかかりがあるものに感じた。

「もうすぐ目的地です。速度を落としつつ、座標を正確に合わせてください」

 羽賀の指示に従って、太田が数値とにらめっこしながら操船を行う。こういうアシストはFERISフェリスが部分的にでもいれば助かるのだが、基幹部分を残して根こそぎ消えていたので、操船はFERISフェリスの導入以前よりも難解になっていた。

「±4光分の精度で到着しました。」

「レーダースキャンしてください。近くに構造物が見つかるはずです」

 羽賀の指示に従い、加藤がレーダースキャンを行うと、2光分程度の距離の場所に、正8面体の構造物が見つかった。サイズは一辺が400km。かなり巨大な構造物だ。

「あれです。搭載艇で、船長一人で接近してください」

「私一人だけ?」

「ええ、他の人は待機です」

 まるは即断した。

「それが要件ならお受けするしかないじゃない」

 まるは船長席から降りると、ゲートを抜けて中央リフトに乗った。

<結局、琥瑠璃こるりを連れてきたこと自体は関係なかったって事なのかしら。羽賀さんと調停組織は、私に何をさせようというの?>

 搭載艇ドックに到着したまるは、〈川根焙じ・改〉のゲートを開けて中に乗り込み、操縦席をポップアップさせて跨った。

「準備良いわ、搭載艇ドックのゲートを開けて」

『了解、気を付けて』

<相手の意図が分からない以上、なにをどう気を付けても大差はないけどね>

 まるはそう思ったが口にせず、ゲートから外に出た。


§


 〈川根焙じ・改〉は程なく、8面体構造物の前まで来た。構造物は頂点以外、突起もないもない漆黒の物質で出来ていて、スケール感が狂う。

<ここで衝突とかしたら馬鹿みたいだしね、慎重に……>

 まるはレーダーを見ながら進んだ。だが、それはあっさりと無意味にされた。

『船長、気を付けてください、〈川根焙じ・改〉が構造物に引き寄せられています』

「気が付いているわ! でもどれだけ速力を出そうとしても一定の速度で引っ張られちゃう」

 まるが乗った〈川根焙じ・改〉はどんどん引き寄せられて、船体がその力にきしんで悲鳴を上げていた。

これ以上力が加わると船体が持たない。まるはそう決心して、抵抗を止めた。すべての推進装置を切って為すがままにした。すると……全てが静かになった。そして、何も前触れもなく、滑り込むように〈川根焙じ・改〉は構造物の中に取り込まれた。


「……」

 まるはじっと身構えて辺りの様子を伺った。真っ暗だ。ライトを点けてみたが何も映し出されない。漆黒だ。

「こちら〈川根焙じ・改〉のまる」

 〈コピ・ルアック〉に連絡を投げたが返事は帰ってこない。どうやってか亜空間通信も遮断されている。

「孤立させられたのか、じゃあ仕方ないわ。動きが有るまで待ちましょう」

 しかし、いつまで待っても何の変化もない。

<馬鹿にしてるのかしら。それとも、私が何らかの解決策を講じるのを待っている?>

 まるは試しにエンジンを起動しようとした。

「ギギギギギ……」

 軋み音がするが、それ以上は何も起きない。

<やっぱり無駄か>

 外の空間がどういう状態か分からないので、船外に出るのは冒険が過ぎるように思えた。

「さて、どうするかな」

 まるは操縦席を降り、計器をいじりだした。


§


「船長……」

 ラファエル副長は気が気ではなかった。言っても仕方ないとは分かりつつ、羽賀に嘆願をしてみた。

「誰かついて行くことは許されなかったんですか」

「駄目です。これは船長だけ、という条件なのです」

「船長に何をさせるおつもりですか」

「それは彼女が見つける事です」

「?」

「彼女が試されている現状は、実は不可能命題なのです。今、彼女が何をしても、何も起きません。武装はロックされ、船のエンジンを起動しても動きません。船外にも出ることは出来ません」

「なっ……!」

「今連絡を取ろうとしても彼女は完全に遮断されています。無駄です」

「そんな……、船長が不可能命題、私たちは指を咥えて見ているだけ。ではいったい、なぜ我々上級船員は、船長と一緒に過去の時間線に飛ばされたのですか!?」

「あなた方への試練は、まるさんが無事戻られた後行います。いや、今の何もできない状況も、考え方によっては試練なのです」

 ラファエル副長は、ぐっと言葉を詰まらせた。気を揉みながら、結果をじっと待つしかない。これでは、長崎で彼女が単独行動をした時と同じではないか。羽賀氏が分け与えてくれる異星人の科学力は魔法の様だ。だが、その力が逆を向いた時。それは抗う事の出来ない強大な壁になる。

「あのさ」

 突然、阿於芽あおめが口を開いた。

「なんでしょう?」

「僕はこの船のクルーじゃない」

「そうですね」

 羽賀氏は静かに答えた。

「何で一緒にされているのさ?」

「将来の時間線を見越しての事です」

「この船の人と行動を共にする、という事かな?」

「そうとも言えますし、違うともいえます」

「ああもう、イライラする。回りくどいんだよ羽賀さんはっ!」

「少し落ち着きなさい」

「僕がそういう事に我慢できないって事は以前経験しているよね」

「だから?」

「今、この状況を制御しているのは誰? 羽賀さん?」

「お答えできません」

「僕が今、羽賀さんに襲い掛かったら、状況は変わるのかな。この中では唯一僕が、羽賀さんの力に抗う事が出来る可能性があると思うんだけど」

 阿於芽あおめは触手を研ぎ澄ました矢の様にして、羽賀氏に狙いを定めた。

「試練そのものの放棄になりますよ?」

 ラファエル副長が割って入る。

阿於芽あおめさん、まるさんが何とかしてくれます、抑えてください」

 それでもしばらくは、阿於芽あおめは攻撃姿勢のままだった。

「あの、よろしいですか?」

 琥瑠璃こるり阿於芽あおめに声を掛けた。

「小さいお嬢ちゃんは大人しくしていなさい」

 阿於芽あおめはイライラと言い放つ。仔猫は、異形の黒猫の剣幕に、一度はびくっと体を縮めたが、それでも勇気を振り絞って顔をまっすぐあげると、再び声を掛けた。

「私はまだ生まれてひと月、本当ならロクに意思も伝えられない仔猫のままの筈でした」

「だから?」

「まる船長は、それを変えたんです」

「大したことはやっていないじゃないか、街を彷徨さまよって偶然君を拾って、船に帰った。そして行き羽の無い君を助けるために知性化を決めた。それだけだろ?」

「そうですよ。彼女が知性化されたのもそう。事故に巻き込まれて、偶然知性化されただけなんです」

「全ては偶然だ」

「それでも、彼女は活路を開きました」

 阿於芽あおめは黙った。仔猫の琥珀色の瞳を、自らの海のような青い目でじっと見つめた。そう、すべては偶然だ。だが、その偶然の中にあって、まるはやるべきことを全力でやって来た。

「あーあー分かったよ。好きに待つがいいさ」

 阿於芽あおめは触手を引っ込めると、踵を返して歩き出した。

「どこに行くんですか?」

「こんなところでイライラ待つのは性に合わないんでね」

 そう言い残すと、黒猫はブリッジを後にした。


§


「なかなかお手上げね」

 まるは周囲の計測をやったが、結果がすべて否定的だったことに落胆した。まず、船体は何らかの方法でロックされている、武器も同様だ。船外に出ようとしてもハッチが開かない。

「しょうがないわね」

 まるはそういいつつ、気密服を装着した。相変わらず猫用気密服は装着が面倒だし、動きに著しい制限が付く。でも今は必要だと思った。

<動かないものは、動くようにすればいいのよね>

 そういいながら、工具を取りだすと、ハッチを分解し始めた。溶接部分はハンドブラスターで切り開いて行く。壊してしまっては後々問題なので、まるは慎重に解体を進めた。

<ふうん、こういう行動は規制されていないのか。もしかしたら無効化されているかと思ったけど>

 ハッチは外れた。外からは明かりが見える。

<外は漆黒の闇、という訳ではなさそうね>

 恐らく、外部モニター用のカメラも死んでいるのだろう。まるはその外に、持ち込んできていた衛生パック……排泄物処理用の……を投げた。暫くすると「ぱさっ」と、どこかにパックが落ちた音が聞こえた。

<外の空間に出たものが分解される、とかは無さそうね>

 まるは慎重にそこから顔を出した。〈川根焙じ・改〉は、がっちりとワイヤーのようなもので固定されている。ワイヤーはエネルギーを示す燐光を放っている、ある種のフォースフィールドの様だ。武器も同様の物で塞がれていた。

「ああ、これじゃ動けないわね」

 驚いたことに、「外」には重力が有り、〈川根焙じ・改〉の下には道が有った。

「これを歩いて行け、という事かな」

 まるは道の先を見た。数百kmを歩け、とかだったらどうしようかと思ったが、少し行った先には乗り物の様なものが用意してある。細長い玉子型の半透明の物体で、中にはまる専用に仕立てられた座席と思しきものがある。

「なるほど、脱出してくるのは既定路線という事か」

 まるは慎重にぐるぐると乗り物を外から見聞して、それから思い切って乗ってみた。

「操縦するための装置は無し。と」

 まるが着席すると、身体を固定され、乗り物は密閉された。

「ジェットコースター、スタート。とか?」

 まるが冗談を言ったのに呼応するように、乗り物は加速を始めた。比較する対象物が見えないので、速度感は分からないが、その加速から、相当な速度に達している感覚はあった。

「早いけど、面白味のないジェットコースターね」

 一直線に疾走する乗り物の単調さに、まるは肩をすくめた。


§


「ついて来ても何も面白くないぞー?」

 阿於芽は、後ろからちょこちょこと追いかけてくる小さな影に、振り返らずに言葉を掛けた。

「私も好きで行動してます。気にせずにどうぞ」

<こいつ、ちょっと苦手かも。こんなに小っちゃいのに、きっちり雌猫だし>

 遺伝子レベルで、雄猫は雌猫が苦手なのかもしれない。例えば、恋の季節に雄猫に選択権はない。雄猫は一般的に温和で、雌猫は気性が荒い。勿論それは個体差があるが、阿於芽あおめ琥瑠璃こるりの関係には、なんとなくその片鱗が見て取れるものだった。

 その気になれば、中央リフトに乗る時に締め出すことは出来た。そうなると、琥瑠璃こるりは次のリフトを待つことになる。阿於芽あおめがどこで降りたかは、探し回る事になるだろう。だが敢えて、阿於芽はそれを選択せず、同じリフトに乗った。

「ついて来ることを拒まないんですね」

「ああ、女の子はリードしなくちゃいけないしね」

阿於芽あおめおじ……お兄さん、フェミニストですか?」

「プレイボーイと呼んで貰えるかな?」

「でも、プレイとか、したことないんですよね」

 阿於芽あおめは思わず吹き出しそうになった。仔猫が何を言い出すんだか。

「お嬢ちゃん、おませだねえ」

 琥瑠璃こるりはツン、と、向こうを向いた。人間なら赤面しているところだろう。

<まだ延命措置はしていないし、1年ちょっと経てば綺麗な成猫に成長するとは思うが、今はまだ頭のまわるませガキだな>

 猫の成長は早い。草食動物に比べればそれでもゆっくりしてはいるが、人間が16年かそこら必要なところを、1年ちょっとで成体になる。だからと言って、どちらの生き物が優れているとかいう事はない。

<思えば、今この船には、知性化猫の代表格が集まっているな。これも羽賀さんの意思なのか……?>

 阿於芽あおめは、まるの成否を待つしかない自分が不甲斐なかった。

<プライドを傷つけられた? いや、そうじゃない>

 阿於芽は悶々としながら、工作室に向かっていた。必要な作業が有るわけではない。だが、何かしていなければ落着けなかったのだ。


§


 まるを乗せた卵型の乗り物は、やがて減速に転じ、そして止まった。

「どのくらい来たのかしら」

 体を固定していたものが離れて、まるは自由に動けるようになった。気密服を着けているので動きにくかったが、何とか乗り物を降りると、外に降り立った。気密服の表示を見ると、外気が有る。1.1気圧。酸素21%、窒素77.5%、アルゴン1%、二酸化炭素0.5%。若干大雑把な感はあるが、地球型惑星の大気組成に近い。まるは苦労して後脚で立つと、スーツを脱いだ。

「ふぅ」

 空気はしん、と音が聞こえるように冷たく澄んでいた。周囲は青白く仄かに光る素材で覆われていて、奥に通じる回廊になっている。その更に先には扉が有った。

「ここからは歩け、という事ね」

 まるはひたひたと道を進んでいった。


 扉に前に到着したが、何の反応もない。

「着いたら自動で開く、という訳じゃないのね」

 まるは試に扉を押してみた。びくともしない。

「また考えろって言うの? 面倒臭いなぁ」

 そういいつつも、まるは周囲の調査を試み、やがて、天井に何やら突起が有るのを発見した。

「動物園の知能テストじゃないんだから、こういう仕掛けは勘弁してほしいわ」

 そういいつつ、壁にある引っ掛かりに飛び移り、そこをよじ登ると、さらに天井に向かってジャンプして突起を押した。

「設問者は、私を馬鹿にしてるのかしら」

 ブツブツとまるは不平を言いながら再びドアに触れた。

 変化なし。

「ああ、もうっ!」

 あからさまに見える突起はダミーだったようだった。

 まるの我慢はそろそろ限界に近づいていた。何もかも放棄してふて寝しようかと思った。

「でもここ、寝るには寒すぎるのよね」

 一度乗り物まで戻って対策を考えようかな。と思って振り返ると、道が有ったところはいつの間にかふさがれ、壁になっている。

<私に何を期待してるのよ……>

 まるはげっそりとして、再び扉に向かった。見上げると、先程足場に使った壁の突起。それは左右にあった。

<さっきは右側を上ったから、今度は左に行ってみようか>

 壁に向かってジャンプすると、壁の突起によじ登る。そして、そこから再度回りを細かく見直した。

 すると、先程まではなかったへこみが床に出来ている。

<順番通りに行動しろ、という事なのかな>

 まるは壁から飛び降りて、凹みに向かった。丁度まるが座れるくらいの凹みだ。もう何が有っても驚かない、そう思ったまるは、堂々と凹みに行って座って――落ちた。

「何がどうなってるのよーもうー――――――――っ!」

 叫びながらまるは空中を無駄に引っ掻きながら落ちて行った。


(続く)



まる、また落ちたまま次回に続きます。

まるの「ふざけるんじゃないわよーっ」

という声が聞こえてきそうです。ごめんね。

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