第34話「孤影悄然のまる06:集まる光」
「孤影悄然のまる」連作第6話です。
ついに見つかった〈コピ・ルアック〉のクルー、秋風。
彼との話から、事態は展開していきます。
(承前)
食事の間まだ時折、秋風は泣いていた。
「湿っぽいなぁ、ご飯美味しく食べようよ」
空気を読まない阿於芽は平然と言う。まるはそれは言い過ぎだと思い、阿於芽をじろりと睨んだが、まるの肉眼ではない人型プローブ越しでは、さほど効果も無かった。
<猫同士だったら威圧できる自信あるんだけどな>
そう思いつつも、時折ぐしゃぐしゃになりながらカレーにむしゃぶりつく秋風を見て、そろそろ泣き止んでほしいとも思っていた。
<うれし涙も有ったんだろうけど、今までの辛さが一気に噴出してしまったのかな……>
なんだかんだ言って、結構きれい好きな秋風だった。その彼がまともにお風呂に入れるようになって一週間もない、という話である。まるが神楽坂でご飯を食べたりと、気軽に過ごしていた時に、彼が辛酸をなめていたことが辛かった。
その秋風も、久々に多人数で食べる食事の暖かさと、カレーのスパイスによる癒し、まるに逢えた安心感、そしてお腹が膨れることによる幸福感によって、食後になるとだんだん落ち着いてきた。彼の様子を見ていたまるは、財布をだして、そこから10万を取り出して彼に渡した。
「とにかく、服とか身支度品を買って、お風呂に入って」
秋風は慌てて突っ返す。
「そんな、私は何とかやっていける状態です。ほかの人を探すのに使ってください」
阿於芽はしばらく考えていたが、口を開いた。
「秋風、って名前思い出した。〈コピ・ルアック〉の技術部長さんだね。ピンインが褒めてたよ。……今の職場にお別れして、うちに来てよ。君にやってほしい事がいっぱいあるんだ。衣服のお金とか身支度はこちらで提供するよ」
秋風は一瞬困惑した。
「彼のいう事は信用していいと思うわ。FERISの協力をしてくれているそうよ、多分その手の仕事が溢れるぐらいにあると思う」
まるの言葉を聞いて、彼の表情にスイッチが入った。
「いいでしょう。他のクルーの為になるのなら。ただ、今の場所には恩義もありますので、明日一杯時間を下さい」
「それは任せるよ」
「じゃあ決まりね」
「まるはお金しまってよ。他に有益な事に使ってくれなきゃ貸した甲斐が無い」
取りだした手前、引っ込め難いまるだったが、不承不承財布にしまう。
「あーそうだ。せっかくだし、自分のパソコン買って行けばいいじゃん、スマートフォンは身分証明とか、手続き色々面倒だけど。パソコンはそういう事ないから」
それはまるも考えていた。だがまずは他の買い物もある。
「音素材を買うんだったっけ、まとめて面倒見てあげるよ」
そう言いつつ、阿於芽はさっと立って支払いを済ませ、出口に向かった。
「あ、ちょっと待ってよ」
あくまでマイペースな阿於芽に、まるも少し振り回されていた。
§
阿於芽は、先程の大きな電気店には行かず、マニアックそうな色んな店を梯子した。秋風はお店に戻らないといけないから、と、早々に別れて行った。まるはメッセージソフトの連絡先を伝えようとしたのだが、「あ、コンピュータとか、持ってないので……」と、さびしそうに言われて絶句してしまった。
多分、一見楽しそうにショップめぐりをしている彼らに、まだ秋風が置かれた現実は着いて行ってないことで少し疎外感を味わわせてしまったかもしれない、とまるは後悔していた。
「おー、これ未だ売っていたんだ」
そういうと、色の退色したパッケージを棚から取り出す。
「何であなたこの時代にそんなに詳しいのよ」
まるは疑問をぶつけた。阿於芽は振り返りもせずにこともなげに答える。
「ん?ああ、時空計測をミスっちゃって、まるたちが来る3年前にはここに到達してたからね。いろいろ調べ捲ったよ」
「ちょっと待って、3年前からその恰好?」
「ん?あーこの格好か。これは去年から。別のプローブを使っていたんだけど、ちょっと色々面倒に巻き込まれて」
「何やらかしたこのとっちゃん坊や」
「大したことないよ。資金を増やそうと思って商売やってたら目を付けられちゃってさぁ」
<絶対ろくでもない商売に手を出したに違いない。コンクリート詰めにでもされたかな>
「警察に怒られちゃってさ」
「そっちかいっ!」
「しょうがないじゃない、商売敵が恨み半分でこっちの身元調査して来て、偽造だってばれちゃって」
「あー……そういう事か……」
「だから、人に目を付けられるような行動は控えることにしたのさ」
<……あの格好で?>
まるは最初に逢った時の彼の吹っ飛んだ格好を思い出していた。阿於芽は悪い子ではないんだろうけど、なんというか、情緒的にすっ飛んだところがある。だがふと、生まれてからの時間の大半を社会に接することなく生きてきたせいかな、と、思い当たって、少し可哀想にも思った。愛玩動物をアクセサリーか何かの様に箱入りで買う、というのは、放し飼いによる危険を避けるという意味では正しいのかもしれない。しかし、それでは猫としての情緒も育たないのではないかな……。
「ほら、まる、これをお勧めするよ」
色々考えているところに、阿於芽がパッケージを薦めてきた。
「あら、でもこれ、私の借りてるPCとは機種が違うかも」
よく分からずに付いて来ていた矢田がそれを覗き込んできた。
「なになに。あ、これ私のPCで使えるわよ。音のファイルだけ取りだせばいいかも」
「あ、そうなんだ。じゃあこれ使おうかな、音の種類もたくさんあるみたいだし」
「よしっ、これで音の方はOKだね。次はパソコン~」
この後、更にまるたちは阿於芽に振り回された。
§
結局、今借りているPCより新しい機種(でも型落ち)を購入して秋葉を離れ、阿於芽の用事に付き合って東京駅まで来た一行だった。
「疲れたわ……」
振り回され続けて矢田はへとへとになっていた。
「どこかで休みましょうか」
まるが提案すると、阿於芽が二人を促した。
「なら、駅ナカにお茶できる本屋が有るから、そこに行って一休みしてると良いよ。案内する」
そういって、阿於芽は二人をブックカフェに案内した。
「へえ、こんなお店が出来ていたのね。私も知らなかったわ」
矢田はやっと落ち着けて、珈琲を啜っていた。
「二人ともここで暫く寛いでいると良いよ、僕はちょっと用事を済ませてくるから」
そう行って立ち去ろうとする阿於芽にまるは声を掛けた。
「待って、私に手伝えることが有るなら一緒に行くわよ」
阿於芽は肩をすくめながら答える。
「僕は良いけど、彼女についていてあげなくて大丈夫かい?」
後ろ髪を引かれるまるに、矢田は言った。
「大丈夫だよ、行ってきてあげたら?荷物も見ていてあげる」
「じゃあお願いするかな」
そういうと、阿於芽はまるの手を取って歩き出した。
「で、どこに行くの」
「聞かずについて来ちゃったしねえ」
「色々手伝ってもらったしね。で、どこに向かうの?」
「イタリアン・ワインバル。イタリア風の料理を出す酒場だよ。この格好だと入れないからちょっと変えるよ」
そういうとさっと路地に入り、プローブの模様替えをする。今まで見たことないタイプで、中年の紳士の姿だ。
「なに、格好いいじゃない」
「前ちょっと使ってた格好でね。僕の趣味じゃないんだけど色々と入り込むにはこういう年齢も必要だから」
そういって、まるの格好をじーっと見る。
「うーん。ちょっとイケてないなぁ」
そういうと、モバイルコントローラを取りだしてちょっと弄る。すると、まるの姿がフォーマルなドレスに変わる。
「ちょっと、なに勝手に……干渉できるの?」
「仕様は同じだし、そういう設定にして有るからね。すぐそばにいないと使えないし、変えられるのはせいぜい衣装位だけど」
まるとしてはいろいろと言いたかったが、ぐっと飲み込んだ。
「色々調査してやっと見つけたお店でね。出来れば君も同席していてくれるとありがたいと思っていたところだったんだ」
そう言いながら、阿於芽はまるをエスコートしながら目的の店に向かった。
§
店はちょっと煙草臭かった。洒落た感じの店で、いろんな客が料理に舌鼓を打ちながら、ワインを飲んでいる。
「いらっしゃいませ、二名様です……ね?」
出て来たのはイタリア人男性のフロア係。……まるはその男性を見て目を丸くした。
「ラ……!」
「お席までご案内します」
フロア係はあくまで平静を装い、二人を座席に連れていく。
「何やってるのこんな店で」
ひそひそ声で男性に話しかける。
「船長こそ、この男性誰ですか」
男性……ラファエルもひそひそ声で返す。
「青い目くるくるの魅惑男子」
阿於芽はそう言いながらにやっと笑って舌を出したが、中年の風体でそれをやると何だか馬鹿みたいだ。
「あお……っ!こいつこの事件の犯人じゃないんですか」
「違うみたいよ、100%の確信はないけど」
3人がひそひそやっていると、カウンターの方からチラチラと他のスタッフが見ている。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「あ、私『キティ』で」
赤ワインをジンジャーエールで割ったワインカクテルだ。
「ペレグリーノ・ピニャテロ・ロッソ、グラスで。前菜はお勧め適当に持ってきて」
「承知致しました」
ラファエルがオーダーを持ってカウンターに下がっていくと、まるは阿於芽に文句を言った。
「何よ、ラファエルがいるならそう教えてくれればよかったのに」
「十中八九、という処で、違うかも知れなかったんでね」
「事前情報が有るなら対処も違うでしょう、矢田さん置いて来ちゃってるから長居は出来ないわよ」
「あ、そうか」
「『あ、そうか』じゃないわよ。連絡先交換して、後で改めて会う様にしなきゃ」
「分かったよ、なんだかんだとせっかちなお嬢様で」
こそこそと話していると、ラファエルが2品の前菜とワイン、カクテルを持って帰ってきた。
「キティとピニャテロ・ロッソ、前菜には鰯のベッカフィーコ(鰯を巻いて焼いた料理)と鶏レバーのクロスティーニ(イタリア風のカナッペのようなもの)です」
「おお、これは美味しそうだ」
そういって手を伸ばす阿於芽。
「後で話が有りますよ」
ラファエルは阿於芽を睨みながらそういう。険悪な雰囲気を感じたまるは慌てて割って入る。
「ごめん、ちょっと人を待たせてきちゃってるの、これ頂いたら退散するから、連絡先を渡しておくわ」
まるが済まなそうにそういうと、ラファエルはちょっと驚いた表情をした後残念そうに言った。
「あ……了解しました。では明日にでも改めて」
そうひそひそといった後、殊更に大きな声で付け加えた。
「では、お楽しみください」
§
「まるちゃん、ちょっとお酒臭い」
着替えただけのまるは、人型プローブが体内のアルコールを排出するために、どうしても匂ってしまっていた。矢田に突っ込まれても仕方ない。一方の阿於芽は一度プローブを再構成した際に不要な代謝物は捨てていたので臭わない。
「また知り合いを見つけたの、酒場で働いていたのよ。明日改めて会う事にしたわ」
「ふうん、明日はひとりで電車に乗るの?」
「うん、お金も出来たしね」
「そっか」
「ごめん、勝手に振り回しておいて」
「いいの、何だかまるちゃんが急に大人になったみたいで……って、本当は私より年上なんだっけ」
「大丈夫、人と猫なんだもん」
そう答えるまるを見て、矢田は目を細めた。
「あ、そうそう、にゃんたさんから連絡入ってたよ、まるちゃんに連絡投げたけどお返事が無いって」
「えっ、あれ?」
見ると、メールが着信していた。
「こういうのに慣れてなくて……、分からないところがあるから打ち合わせがしたいって言ってきてるね。場所は……練馬ってどこ?」
「あー、にゃんたさん練馬なんだ。練馬駅なら、ここから中央線で新宿に出かけたら、そのまま大江戸線でいけるよ」
「ええと……えこだ?えごた?」
「あ、それどっちの読み方もあるの、ちょっと見せて」
そういって矢田はまるが使っているスマートフォンを確認する。
「あ、新江古田の駅ね。うん、練馬駅の一つ手前の駅だよ。今晩8時だって……今晩?!」
「今18:30、あと1時間半。間に合うかな?」
まるがスマートフォンの時計を見て唸っていると、矢田が首をかしげた。
「まるちゃん」
「なに?急いでるんだけど」
「アプリ入れてないんだ」
「え?」
「電車の経路検索をする『乗換案内』って云うアプリが有るんだよ?」
「え、ああ、そうか、これ用にソフト作ってて思い至ってなかった。スマートフォンってネットワークに繋がったコンピュータだったんだっけ」
「今からアプリ入れてると面倒だと思うから私が検索するけど、いろいろ入れておいたほうが良いよ」
「うん、わかった」
「えっとねえ、18:42発で、新江古田は19:20着だって。中央線で新宿、そこから大江戸線ね」
「あー結構タイトだね」
「一本送らせても十分間に合うから、落ち着いてね」
まるはくるっと阿於芽に向き直ると言った。
「ごめん、矢田さんのエスコートお願いできるかな?八王子だけど」
「了解。行ってくれば」
「おっけい、じゃあ行くっ!」
そういうと、まるは全速でホームに向かって駆け出した。走っていくまるを暫く見送っていた矢田だったが、はっと気が付いて声を掛ける。
「あ、まるちゃーん、その恰好で行くのー?」
「もう聞こえていないと思うね。あの猫、走り出したらまるで猪だから」
§
新宿駅でウロウロして時間をロスした挙句、駅構内で交番を見つけて頓珍漢なやり取りをして、どうにか大江戸線のホームを教えてもらったまるは、JR新宿駅を出て、一度大江戸線の新宿西口駅に間違えて入り、慌てて出てきて再度駅を探し、やっとの思いで乗り換えたときには、タイミング的にギリギリの時間だった。
「ふああぁ……」
まるは、どっと疲れてた座席で溜息をついた。実際は端末に入って居る地図アプリを使えば、何の苦も無く乗り換えられたのだが、そこまで頭が回っていないまるだった。
メールで指定された改札に行ってみると、にゃんたが待っていた。
「お待たせしましたっ」
そういうまるに、にゃんたは逃げ腰だった。
「だ、誰?」
<……あっ>
今頃気が付くまる。
「……まる、さんの、関係者、さん?」
<さあどうする、ここで誤魔化すか、真実を伝えるか>
誤魔化すのも、真実を伝えるのもリスクが有った。誤魔化すなら誤魔化し続けるリスク。いつミスをするかもしれない。真実を伝えるから、未来への情報汚染だ。時間線はどの程度汚染されているんだろう。どこまで許容されるんだろう。
「えっと、ですね」
口籠るまる。決断は待ったなし。
「お話しします……けど、ちょっと人気のないところが良いです」
にゃんたはあちこちと目を泳がせて考えていたが、おずおずと顎を引いてまる(の入った人型プローブ)を見据え、頷いた。
「じゃ、こちらへ、来て」
にゃんたは喫茶店にまるを案内した。
<人気のないところ、って云ったのに、先客がいるじゃない>
見ると、中では落ち着かないように珈琲を啜っている若い男性が一人、先客で座っていた。
「ちょっと、待ち合わせ、してた」
入り口を開けると、ドアについているベルが「カランカラン」と音を立てる。中の客は慌てて振り返った。と、同時に口をあんぐりとあけた。それはまるも同様だった。
「……船長?……」
「……加藤君?」
「……あ、やっぱり。二人、は、知り合い、だったの。ね。って事は、まる、さんか」
「ああぁ~……」
まるは少々ばつが悪かった。が、それより加藤との再会の驚きの方が先に立った。
「でも、どうして」
「ええと、加藤君。か。私の、フォロワーで、今作ってる、ゲームに、興味、持ってくれたから」
加藤は頷くと、納得した、という顔をした。
「やっぱり船長が絡んでたんですね。あれどう見ても武装貨物船競争……」
言いかけている加藤をまるは抱きしめた。
「よかった……一番若いから、どうやって生きてるんだろうと思ってたのよ」
「僕も猫の船長がどうやって生き延びられているか心配でしたよ。人型プローブ使われていてびっくりしました」
「協力者がいて、ね。今までどうやっていたの?」
「運がよかった、というよりは、作為的なものを感じるんですけど、僕はとある老夫婦の住む家の、庭先に倒れていたらしいです」
「らしい?」
「気が付いたら、家に運び込まれて寝かされていました。ちょっと怪我もしていましたし」
「怪我を?」
「どうも、この時代への出現の際に転げ落ちて気を失ったらしいです。ついでに記憶の混乱もあって……」
彼の話では、加藤は記憶の混乱の所為で、夫婦の同情を買ったらしい。落ち着いてきた彼は、テレビなどでこの時代の事を知り、自分の方が記憶が変なのかと疑ったそうだ。そのまま、夫婦にお世話になりながら、学校に通う事になったらしい。そして、学内のパソコン部からネットにアクセスしているうちに、にゃんたと知り合ったようだ。
「学校? ひと月もたっていないのに?」
「え? 僕がこの時代に到達して3ヶ月が経過していますよ?」
「どういう事? 一人ひとり到達時間が違うの?」
「かも知れないです。そうそう、ボーテ班長と太田さんにも連絡付いていますよ」
「何だか堰を切ったように出てくるわね、こちらは秋風君と副長を見つけているわ。あと阿於芽もね」
「阿於芽?! 奴はこの犯人じゃないんですか?」
「みんなそう考えるみたいだけど、私にこの装備を届けてくれたのは阿於芽よ」
「じゃ一体誰が」
「分からないけど、この件は、羽賀参事官や阿於芽に匹敵する能力を使える相手の、〈コピ・ルアック〉全体に対する明確な攻撃だと思う」
§
話をじっと聞いていたにゃんた嬢は、PCを開いて何やら作業をし始めた。
「二人、と、連絡、する」
「今2人はどこに居るの?」
「ボーテ、さんは、ベルリン。太田、さんは、NASA、に」
「遠すぎるわ。……ちょっと待って、太田君がどこに居るって?」
「NASA。米国、宇宙局」
<ちょっと待ってちょっと待って>
「すぐに連絡を取って、今すぐ!」
太田はすぐににゃんたからのダイレクトメッセージ(相手を特定してその人だけに送れるメッセージ)に応答した。太田はハンドル名を「ミスターサトー」にしていた、何だかクッキーの様な某宇宙船の操舵士の日本放送時の名前のような、微妙な名前だ。
ミスターサトー:船長がそちらに居るって本当ですか?!
にゃんた:うん、悪魔船長ってアカウントのひと。
ミスターサトー:見つけました、確かに船長しか知らないことが書いてある!
にゃんた:まるさんが、時間改変について大丈夫か、って聞いてる。
ミスターサトー:ああ、その点は大丈夫です。ほんとうはJAXAで済まそうかと思っていたんですけど、たまたま良い縁が有りまして。
にゃんた:何をしているの?
ミスターサトー:事情話しても大丈夫ですか、船長?
悪魔船長:今更隠す必要もないわ。
にゃんた:いままるさんからDM行ったと思います。
ミスターサトー:ああ、太田です。実は、宇宙船を手に入れようとしているところです。
悪魔船長:NASAの宇宙船とか、歴史に対してヤバくない?
ミスターサトー:そんな事はしていないですから安心してください。他に誰がいますか。
悪魔船長:副長、加藤、秋風。あとは阿於芽。ここには加藤君だけ。ついでに言うと阿於芽は犯人じゃないわ。ドイツにはボーテ砲術長が居るらしいわね。
ミスターサトー:ええ、阿於芽じゃないことは推測してました。こちらには垂髪、定標、渡辺、五条。そちらの明日昼に、ボーテを拾って向かいます。
「すごいや、一度に4人も」
加藤は目を丸くした。
「たれがみさんに、ていひょうさん?」
にゃんたが尋ねる。
「垂髪と定標よ。この展開だと、ボーテの方にも何人か居そうな気がするわね。ところで……」
悪魔船長:ちょっと待って、どうやってドイツ経由でこちらに来るの?
ミスターサトー:完成した宇宙船で行きますよ。
悪魔船長:完成?
ミスターサトー:こちらの業者につなぎを取って、部品の調達をやっていたんですよ。設計は私と渡辺君で、組み立ては4人がかりでやりました。お金の調達は垂髪さんがうまくやってくれましたし。
悪魔船長:何人乗り?400人は無理よね。
ミスターサトー:流石にそれは無理ですね。幹部全員は乗れるように20人乗りにしています。
悪魔船長:どれくらい時間が掛かったの?
ミスターサトー:8ヶ月前にここに到着して、立場を確立して、渡米して……と、実際の制作は4カ月くらいでしょうか。
悪魔船長:8ヶ月?!私ひと月もいないわよ。
ミスターサトー:道理で船長を探しても足取りも無かったわけですね。各人割とバラバラのようです。五条氏は1年くらいアメリカに潜伏されていました。
悪魔船長:気が遠くなるわ。明日、こちらはどこに行けばいい?
ミスターサトー:出来るだけ人気のない処がよいのですが。
にゃんた:えっと、それなら、長崎県の無人島とかはどうですか。幾つかは観光用に開放されていますし、羽田から飛行機で長崎まで1時間半、そこから漁船をチャーターして向かえば行けると思います。
「うーん、そうねえ……」
ふと思い出して、まるは通信機を取り出して掛ける。
「阿於芽、ちょっといいかしら?」
阿於芽もすぐに通信に出て捲し立てた。
『あ、まる、大丈夫だったその恰好で。何度も呼びかけたんだけど』
「えーとねえ、ちょっとテンパってて通信機まで気が回ってなかったわ」
『なんだよ、しょうがないなあ』
「で、バレた」
『げ』
「でも大丈夫だったけど」
『……まあ、まるがそういうならいいや。で、何? 何か用事があるから掛けたんだよね』
「うん、実は明日行きたいところが有って。阿於芽の船を貸してもらえるかなあって」
§
『事情は分かった。僕の船は最大搭乗4人、僕とまるが猫に戻れば人間はフルに4人まで乗れる』
「必要なのは3人。副長と加藤君と秋風君の分。向かうのは日本の長崎県の離島。でも長崎で落ち合った後の行動どうするかが問題ね」
「……あの……」
にゃんたが話しかけてくる。
「あちらで、の宿泊先、ですか?」
「ええ、13人になるから結構大きい宿を取らなきゃいけないんだけど、急場でいきなりは難しそうだなって」
「実家、の宿が、有るんです、けど、案内し、ましょうか?」
「にゃんたさんの実家、宿なの?」
「ええ、まあ」
「いきなり押しかけて、難しくない?」
「さっき連絡、取ったら、15人まで、大丈夫だ、そうです」
「だって、どうしよう、彼女に宇宙船見せるのは流石に拙い?」
『問題ないんじゃないかなぁ。ただ、着陸には結構広い土地が必要だから、それだけ考えてね』
「分かったわ、じゃあ、秋風君とラファエル副長に連絡を入れる。明日10時、えーと、場所何処にしようかな」
加藤がちょっと考えて口をはさむ。
「広い土地が有って、日曜日に人が割と少なくて、集まり易い場所ですよね……後楽園じゃ人多いだろうし……」
『いや、後楽園が良いね』
阿於芽は確信を持って返す。
「え、でもドームに着陸なんて無茶でしょう。遊園地も人でいっぱいでしょうし」
『違うよ、後楽園違い。小石川後楽園だ。入園料掛かる上に、季節じゃないと見るところが少ないから人が来ない』
まるは腕組みして、片手を口に当てた。
「なるほど、有料のオフシーズンの公園か……よし、そこにしよう」
『じゃあ、明日10時に小石川後楽園の梅園に来てよ』
そういうと阿於芽との通信は切れた。
「さて、と。じゃあ私は残りの二人に連絡を入れるわ」
まるがそう言って立ち去ろうとすると、にゃんた嬢がスカートのすそを引っ張る。
「えと、あの」
「……あっ。そういえば打ち合わせが有るんだっけ」
「いえ、それは、良いんです、けど。私、も明日?」
「うん、宿を案内してくれるのよね」
「わか、った」
まるはにっこりと笑うと、席を立った。
§
八王子に戻り、矢田の家に着いたまるは早々に人型プローブを解除した。
「ああああああああ、疲れたっ」
「お疲れ様ー。あの後、私、阿於芽さんにご馳走になっちゃって。まるちゃんお腹空いてる?」
「うんまあ、お酒と一緒に少しは食べたけど」
「待ってて、何か適当に用意するわ」
「カリカリで良いわ。手間かけさせられないもん」
「……あ、そうか。まるちゃん猫だっけ」
そういうと、慌てて戸棚からドライフードを取りだして皿に入れて出す。
「もう、あなたがどんな存在か分からなくなってきてるわ」
「ごめんなさい、色々混乱させちゃってるわよね」
「良いよー、一人暮らしより全然楽しい。もうそろそろまるちゃん来てから1ヶ月なのね」
「……うん、そうね」
「……明日でお別れなの?」
「……いいえ、多分もうしばらくは。でも、他の人たちと一緒に暮らす可能性が高いかも」
「そっかあ」
「今までほんとにありがとう、何かお礼したい」
「良いよ。一杯貰った思い出が、まるちゃんからの贈り物」
まるはとととっ、と、矢田の膝に走っていくと、伸び上がって矢田の頬にキスをした。
「帰るまでは必ず何度か顔を出すわ。後、スマートフォン、もう少し借りるって小坂さんに」
「うん」
「明日は忙しく成るけど、来週一日遊びに行きましょう」
「うん……うん」
あとは、二人は無言で過ごし、矢田がベッドにもぐりこむと、まるもそこに入って寝た。
(続く)
続々と集結する〈コピ・ルアック〉クルー達。
次回、いよいよ宇宙へ!