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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
孤影悄然のまる ――21世紀とまる――
33/72

第33話「孤影悄然のまる05:一筋の光」

突然現れた阿於芽あおめ。今回の件に何か関与しているのか……。

21世紀タイムトラベル編、急展開。


(承前)


「にゃっ?!」

<ちょっ……阿於芽あおめ?!>

「ああ、ごめん、まるは今喋れないんだっけ」

 意地悪そうな口調で話す阿於芽あおめに、まるはちょっとイライラした。阿於芽はカート状にまとまっていた人型プローブを再び装着すると、唖然としているまるのスマートフォンに向けて話し出す。

「あーあー、まるの協力をして頂いている皆さん。私、まるの時代から来た阿於芽あおめといいます。彼女の援助に来たんですが、ちょっと驚かせ過ぎたようです」

<こいつ、私が他の人と通信していることまでわかってるのに、わざと追いかけたのね>

 相変わらずの意地の悪さにうんざりするまるだった。これ以上の話を聞かせる気も無かったので、まるは一旦スマートフォンの通話を切った。

「この時代の機械を使って色々やっているんだね、流石は努力の猫」

<ほっとけ。それより援助に来たって云うんだったら。私を補助するための装備くらい持ってこい>

 まるはぷいっ、ッとそっぽを向いた。

「おや、へそ曲げちゃったか。じゃあね、まる、これなーんだ」

 彼が繋ぎのポケットらしき場所から、片手に収まる小さなイヤホン状の物を取りだした。

「にゃっ!?」

<何よ、それ私の小型ヘッドセットじゃないの! 持ってきてるならさっさと寄こしなさいよ!>

 なかなか渡そうとしない阿於芽あおめに業を煮やしたまるは、彼に飛びかかって、無理やりヘッドセットを奪い取った。

「もう、乱暴だなぁ」

 装着手順に沿ってヘッドセットを頭に当てると、さっと巻き付いて装着された。久々の感覚。まるはしばらく目をつぶって、それから息を吐いた。落ち着いたところで、合成音声で一気呵成に喋り出した。

「何言ってるのよ、さっきからずっと意地悪ばっかりしてたのはどこの誰? それにあなた、確かピンインの保護観察……」

「そんなに矢継ぎ早に捲し立てて怒らないでくれよ」

「だって!」

「保護観察の件については、ピンインと話して一次解除してもらって来ているんだよ。と言ってもここで証明する方法はないけど。……あと3つ、渡すものがあるんだから、ちょっと落ち着いて」

「……助けに来たのならさっさと渡してよ」

「はいはい、怒りっぽいお姫様」

 そう言いながら渡したのは、やはり小型バージョンのマニピュレーショングローブと、それにシークレットポーチ、そして、人型プローブのモバイルコントローラだった。

「あら、私のモバイルコントローラ? 私のプローブもあるの?」

「マルティナ装備、だっけ。FERISフェリスから預かって来たよ。僕とピンイン、それにFERISフェリスで改良したモバイルコントローラさ」

「人型プローブはどうやって動かしてるの? 結構大きいプロセッサ必要だよね」

「上空10kmに遮蔽クローキング装置で姿を隠しながら、装着者を追跡している小型艇に搭載された、演算ユニットの力を借りてやっているよ。演算ユニットは君の自慢のFERISフェリスと共同開発した奴」

「なぜあなたにFERISフェリスが力を貸しているか、とかは聞くだけ無駄みたいね」

「説明するには時間が掛かるしね。君らをここに送り込んだ相手についても調査中だよ」

「……プローブを作るのに使うナノマシン・リソースは、さっきのカートの分だけ? つまり、二人分は用意してないの?」

「ああ、それは小型艇に搭載してある。必要なら投下するよ」

「OK、まだ要らないわ。聞いておきたかっただけ」

 そういうと、スマートフォンで矢田に電話した。

「ごめんなさい、ちょっと未来に関する事項とかある電話だったから切っちゃったわ」

「あらそう……って、今喋っているのは誰?」

<あ、つい癖で>

「ごめんなさい、うっかりしてた。私。まるです」

「まるちゃん? 自分で喋っているの?」

「友人に、いろいろ機材を持ってきてもらったの。おかげで色々捗るわ。これからそっちに戻ります」

 そういうと通話を切った。

「で、阿於芽あおめも一緒に来るの?」

「んー、やめておこう。ちなみにシークレットポーチに通信機を入れて置いた。それを使えばぼくと通話できるから」

「それにしても、何でそういう派手な格好を選んだのよ」

 顔をしかめながらまるがそういうと、如何にも心外そうな表情で阿於芽あおめは答えた。

「派手? そうかなあ。まあ、派手だとしても、この時代の風俗にある格好だし、問題はないよね」

「あるわよ、悪目立ちし過ぎてる」

「そんなもんかな? まあ、あと3パターン位衣装は用意してる」

 そう言いながら、何やら操作すると、今度はサッカー少年に早変わりした。

「妙に爽やかすぎるし、その恰好で街中を歩かれても困るわ」

「注文が多いなあ」

 また阿於芽あおめが操作すると、落ち着いた系の浴衣男子に変わった。

「悪くはないけど、お祭りでもない限りはそんな恰好しないわ」

「あーもう、面倒くさい」

 さらに阿於芽が操作すると、高校生くらいの学生っぽい格好になった。

「うん、それだと自然ね」

「地味で好きじゃないなあ」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。というより何故高校生なの。この老年」

「まるだっていい年であのロリ端末じゃん」

「あれはもともとFERISフェリスが自分用に作っていたものだし」

「でも使い続けているよね」

 余計なお世話と言いたかったが、実際マルティナ装備の方が性能は良かった。

「……ありがとう」

「君が殊勝だと気持ちが悪いな」

 まるはそういわれてムッとした。

「じゃ私にどうしろとっ」

「ああ、ごめんごめん。取り敢えず普段はこの格好を使わせてもらうよ」

「……夜中、その恰好でウロウロすると、この時代では補導されるから気を付けて」

「ご忠告痛み入ります。とにかく、僕は一度根城にしているところに戻るよ」

「じゃ、私も協力してくれている人の所に戻る」

 同時代の人、いや、この際猫でもなんでもいいけど、知り合いとの再会は、もっと感動的だと思っていたまるは、ため息をつきながら岐路に着いた。


§


 まるがテトテトと赤城神社の境内に戻っていくと、矢田が駆け寄ってきて抱きしめてきた。

「おかえりーまるちゃん」

「ただいまっ」

「うわー、本当に喋れてるんだ」

「口から音が出てるわけじゃないのよ、ほら、耳の下当たり」

「あ、何かある。小っちゃいの。これスピーカー?」

「スピーカーとマイクと、それから人間に近い色覚や視力を得るためのカメラ。それらを使うためのコンピュータユニット。かな。このスマートフォンの100倍くらい賢い奴だと思えばいいかな」

「……えっ。でもこれ、小豆粒くらいの大きさしかないよ」

「それでも、扱いやすいように大きくしてあるのよ」

 目を丸くして矢田は感心した。

「凄いねえ、未来ではこんなの売ってあるんだ」

 まるはストン、と、彼女の手をすり抜けて地面に降り立つと、こともなげに言った。

「売り物じゃないよ、私くらいしか使う猫は居ないし。自分で作ったの」

「あ、そうか、まるちゃんみたいなのは珍しいんだっけ。凄いなぁ」

 言われてまるは顔を落とした。

「私が凄いんじゃないわ。向こうの時代の技術が進んでるだけ……」

 すぐに顔を上げて、まるは矢田を見た。

「何か希望も出てきたし、ここに来た甲斐はあったわ」

 まるを見て暫く黙っていた矢田だったが、にっこり笑って答えた。

「うん、そうだね」

 そして、彼女は立ち上がると、にゃんた嬢と小坂夫妻の方を見た。

「帰りましょっか?」


§


 それから暫くは、まるはソフトの制作に没頭した。マニピュレーショングローブとヘッドセットの威力は凄まじく、作業効率は40倍くらいに跳ね上がった。にゃんた嬢とのやり取りも、適当に借りた無料ストレージを利用して効率が上がっていたし、かなり大規模なゲームにも拘らず、1週間ほどでだいたいの形が出来上がってしまった。

 矢田の家事も出来る限り手伝った。人型プローブを使って調理して、ご飯を用意して帰ってくる矢田を驚かせたこともあった。

 だが、そうこうしているうちに、まるの計画の穴が問題となり始めたのだった。


「困ったわね」

 矢田に言われて、まるも座り込んで尻尾をぶんぶんと振って悩みを表現していた。

「うん……でももう、別にこのままで出してもいいかなぁと思い始めてるんだけどね」

「ちょっと味気なくなっちゃうんじゃないかなぁ」

「宇宙では音はしないし、大丈夫」

 そう、まるのソフトには音楽や効果音がろくに入って居なかったのだ。

「そうはいっても、演出としてのものは入っていた方がいいんじゃないかな。タップ音とかは操作の確認として必要なんじゃない?」

 まるはきょとんとして矢田を見る。

「詳しいのね」

「だって、いまどき端末持ってアプリ使ってるような人は、それ位は常識に感じていると思うの」

「そっかあ。一応、フリー素材でネットで手に入るものは使っているのだけど」

「音関係はお店に買いに行かないとね」

「え」

「え?」

「お店に売ってあるの?!」

「知らなかったの?! ネットを検索してたら出てくるものじゃないの?」

 まるはorzを地で行く格好をした。

「だって、販売中とか書いてあって検索しても出てこないものとかはあったのだけど、リンクが無くなったまま放置してあったりしたのかと……あれはお店に売ってあるって云う話なのね」

「ああ、全部ネットでの売買だと思ったんだ」

「そうよ。……仕方ない、明日土曜日か、一緒に買い物に付き合ってくれる?」

「良いけど、結構高いわよ。私最近ちょっと経済的にきつくて……」

「あっ。忘れてた」

 ポーチを取りだして通信機をいじると、すぐに阿於芽あおめが出た。

『嬉しいね、まるから頼ってくれるなんて』

「私も焼きが回ったと思う。あなた、どうやって生活しているの? 費用は?」

『多分聞かれると思っていたよ。貴金属を持ってきて売ったのさ。この世界にあると拙そうなものは避けて』

「なるほどね。じゃ後払いで返すから、資金を少し貸して」

『オッケー、どれくらい必要?』

「100万」

『ペソ?』

「ボケてないで、100万円って言ってるの」

『どっちにしろ、まるにしては偉く安い金額だね』

「口座も何もない私にはこれでも多い位よ」

『あれ、僕は口座作ったよ』

 阿於芽あおめの言葉にまるは目を向いた。

「何を、誰を、どういうペテンにかけたの?」

 まるの剣幕にちょっと引きながら、阿於芽あおめは答えた。

『酷いことを言うなぁ、正規の手段だよ。住民票のコピーと印鑑もって銀行に行って……』

「住・民・票・で・す・っ・て?」

『ああヤバっ。……人間の体が有ると、割と簡単に作れるんだよ』

「相変わらずの犯罪者属性……」

『仕方ないじゃないか、非常時なんだから。恐らく君のクルーも似たり寄ったりの方法を使って生き延びているよ』

 それは十分に考えられた。この時代に何の根拠も持たない未来からの飛来者としては、緊急事態でやむなくやっているのは事実だし、あんまり阿於芽あおめを責めるべきではないのかもしれない。しかし、イリーガルはどうしても鼻についてしまうまるだった。だが、今のまるにとって、自分の居所というのは喉から手が出るくらいに欲しい物ではあった。

「私にもできるかしら」

『やれば何とかなるんじゃない? で、資金の受け渡しはどうする?現金だとちょっと面倒なんだけどさ』

「先ず住民票を取って、口座を作って……って、それ一日仕事じゃない……痕跡を残したくもないし」

『やれやれ、分かったよ。明日、指定の場所に来てくれるかな』

「ちょうど買い物に行く予定が有るから、そのついでに行ける場所なら」

『了解、何を買うの?』

「音の素材集」

『となると……大きな電気店かな。新宿とか秋葉原とか』

「秋葉原かぁ良いかも」

『よしわかった、秋葉原中央口を出て左側に行ったところで、横断歩道を渡ると大きい電気店のビルが有るから、そこの上の方にある本屋さん。エレベーター前にベンチが有るからそこに12時で良いかな』

「うん、多分それでOK」

『じゃあしたよろしく~』

 阿於芽あおめとの連絡を追えて、矢田に待ち合わせの件を話すと快諾してくれた。

「じゃ、そのお友だちがお金を貸してくれるの?」

「うん、今まで私に掛かった分とかもまとめてお支払するわよ」

「ううん、今までの分はいいの。私がやりたくで出した分だから」

「気持ちとして受け取ってはくれない?」

「私に出せる分が有ったら、今後の事に使ってほしいな」

「……わかった」

 まるとしては、借りを作ったままにするのは釈然とはしなかったが、今ここで言い合いをしても仕方ないなと思って、話しはそこまでになった。


§


 秋葉原。1980年代までは電気街として繁栄し、その後さまざまなサブカルチャーを受け入れる街として発展した、別名「オタクの聖地」。情報を調べてから、まるも一度は見に行きたいと思っていた。例によってカート型のケージに乗せられ、まるは秋葉原に到着した。今日は同行しているのは矢田だけ。ぞろぞろではないから気ままではあった。

 中央口、という場所は割と何にもない感じで、改札を出てすぐに左右につながる道が有った。指示通り左に行くと、確かにかなり大きな電気店が見える。

「丁度ここで買い物できるね、たぶん一番品揃いは良いから」

 矢田はこっそりとまるに言った。

「そうなんだ」

 まるはよく分からないままに答えた。

「そうそう。じゃあ、待ち合わせのフロアに向かいましょ」

 そう言いながら、まるの乗ったカートをガラガラと引いて行く。実のところ、人型プローブを出したい思いでいっぱいになっていたまるではあった。

<この格好じゃあ、街を好きに見て回れないし……>

 マルティナ装備の「材料」になるナノマシンは、近くまで来ているはずの遮蔽した小型艇に搭載されている。必要に応じて指示すればすぐに発動可能だ。ただ、それは矢田をさらに情報汚染することに他ならなかった。いまでも既に彼女を巻き込みすぎている。これ以上は出来る事なら避けたいのだ。


 電気店ビルの上層階にある書店は広かった。ネットでは手に入らない情報も、書店には色々とあるに違いない。まるは居ても経っても居られなかったが、今は我慢の時だというのも分かっていた。


 鼻面をカートから突き出して低く唸っているまるを見て、矢田が声を掛けた。

「ねえ、まる」

「ん?」

「一緒にトイレに行こうか」

 矢田はまるを連れていくと、「誰でもトイレ」という、中が広いトイレまでやって来た。矢田は、こともなげに言った。

「人間の姿になって、やりたいことが有るんだよね?」

「な、なに」

「まるちゃん嘘が下手くそ。料理作って見せてくれた時に、いろいろ言っていたけど、どうやったって猫の大きさじゃ無理なことが多すぎたよ」

<あ……余計なことし過ぎちゃったか……>

「他にもいろいろあるんだけどね。私のPCのカメラが動いてるの、気付いてなかったでしょう。監視とかそういうつもりはなかったんだけど、つけっぱなしで放置しちゃってたから、止めなきゃと思って、見ちゃったのよ」

<そうか、職場から見えていたのか>

「おーけい、隠し事は出来ない物ね。でもここじゃ呼び出せない。一度屋外に出ないと」

「あ、そうなんだ」

 トイレを出ると、エレベータを使って一度地上まで戻り、交差点から高架下に行く。

「此処ならひと目につかないかな」

 そういうと、丁度高架の裏側になっているところの路地で、まるは人型プローブを呼び出した。直ちに追跡して来ていた小型機が遮蔽したまま降下して、まるの傍にマルティナ装備の元になっているナノマシンの塊を投下する。地上に到達する前にそれはまるの指示によって光を放ちながらまるの周囲で人の形を形作った。

「わー……かっこいい」

「秘密をいっぱい背負わせちゃって、すごく申し訳なくて」

「とんでもないわ。こんなこと、まるちゃんが傍に居なければ体験できなかったことだもん」

 そう言った後、まるをまじまじと見て感嘆の声を上げる。

「まるちゃん美少女。外人さんなんだ」

「本当は別の人用に作ったモノなんだけど、色々と合って私が使うことになっちゃって」

 じろじろと見聞して、矢田は言い放った。

「そうかなぁ。とってもまるちゃんの感じを反映していると思うんだけど」

「そう?」

「でも、敢えて言うなら、髪の毛が黒くて、日本刀でも持って振り回しているような印象もあるわね」

「何その任侠女」

 二人はそろって笑った。

「じゃ、待ち合わせ場所に戻ろ」

 矢田の誘いで、まるは再び電気店の本屋まで戻ってきた。

「遅いじゃないか」

 二人が再び戻ると、既に阿於芽あおめが来ていた。

「学生……くん?」

 矢田は不思議そうな顔をする。

「見た目通りに捉えないで、こいつも私と同じだから」

「……猫ちゃん?」

 阿於芽あおめはさっと顔色を変えて、まるに耳打ちする。

「何でこの子、プローブの事知ってるの」

「ばれちゃったのよ」

「何だよ、まるの間抜け」

「仕方ないじゃない」

 二人がひそひそと話していると、頭の上に疑問符を浮かべたままのような表情で矢田が声を掛けた。

「あのー」

 まるははっと気が付いて切り返す。

「あああ、ごめんなさいっ」

「ううん、良いんだけど」

「で、まる、これ」

 と、いきなりバッグから分厚い封筒を取り出す阿於芽あおめ

「やめてよこんな所で」

「じゃどこで渡すのさ。いいから」

 と、まるがさっきまで入って居たカートに封筒を突っ込む。ケージに見えないカートで良かった。とまるは一瞬思ったが、それどころの話ではない。

「……もう」

 やり取りを見ていた矢田も慌てた。

「ねえねえ、今のお金?」

「うん」

「危ないよ、こんな誰が見ているか分からないところで」

「だと思うんだけど、この唐変木が……」

「ひどいなぁ」

 三人は目を見合わせていたが、やがてくすくす笑いで終わった。

「まあ、やっちゃったものは仕方ないわ」

 まるはちょっと考えてから矢田に耳打ちした。

「確か、ATMの預金限度額は200万でしたっけ? 少しの間、預かって居て頂けます?」

「え……預かるだけよ?」

「助かります」

 3人はぞろぞろとまた一階まで下りて、ATMにお金を預ける。まるは阿於芽あおめから預かったお金から15万を手元に残して、矢田に渡した。

「本当に預かるだけだからね?」

「わかってます」

「はぁ」

 預金を済ませた後、矢田はあることを思いついて、再び電気店に入ると、3回に遭った革製品のコーナーへ。

「へえ、電気店なのにこういう処もあるんだ」

「上には飲食店街もあるわよ」

「何の店か分からないですね」

 雑談をしながら着いたのは財布やバッグのコーナー。

「さて、お金を持つならこれは必須」

 ざざっと見て、適度な値段でしっかりしたバッグと財布を見つける。

「これを買ってね」

「あ、ええ。わかった」

 まるの時代、紙幣を使う金銭流通はなくなったわけではないが、殆ど電子的なお金に取って代わられていた、だから、まるでも全然問題なくお金を使えたのだが、まるは身分も不明なので当然カードは作れないし、紙幣を使う以外に方法はない。財布は必要ではあったし、その財布をむき出しで持ち歩く危険も冒せないので、バッグもまた必要ではあった。

「じゃあ、音素材を買いに……」

「ちょっと待ってよ」

 ずっと付いて来ていた阿於芽あおめが悲鳴っぽい声を上げる。

「ご飯食べに行きません? お腹すいちゃったよ。この上でもいいけど、街に出ると色々あるよ」

「ご飯……って、猫ちゃんの?」

「まるも僕も、この姿の時は人間の御飯で大丈夫ですよ」

「あ、凄いわねそれ。じゃネギ中毒とか塩分とか考えなくていいんだ」

「全然問題なしです」

「そうかー、でも、私秋葉原の御飯ってよく分からないのよね」

「あ、それなら僕、調べてきました。案内させてください」

 妙に手回しの良い阿於芽あおめを目を細めてみるまる。

「食事に都合のいい時間に誘ったり、ご飯の店をあらかじめ調べたり……」

「だって、まるが親しくしている人だからね、お近づきになりたいじゃないか」

 他の下心はないのかとちょっと不信感を持ったまるだったが、彼を見る限り、純粋に楽しみにしていた風でもあるし、それ以上追及はせずに置いた。

「じゃ、エスコートしてくださる?」


§


 阿於芽あおめが連れて行こうとしたのは、老舗のカレー屋らしかった。だから、矢田がからい物が大丈夫と聞いてほっとしていたようだった。

「僕ら猫は、この格好じゃないと食べられないからね」

 そういうと、路地を渡って、目的の店に近付いて行った。

 途中で、ちょっと古ぼけた感じのオープンカフェが有ったが、阿於芽あおめは得意満面で「此処、OSの名前が付いているカフェなんですよ、面白いでしょ」と説明を入れていた。

 その時だった。

 彼らが歩いて行く道の並びの店から、小太りの男性が猛ダッシュで突っ込んできたのだ。

 慌てて女性二人をガードする阿於芽あおめ

「何だこいつっ、でかい図体で飛びかかってきやがって!」

「何だこいつはおれの台詞だあっ!」

 見ると男はボロボロな風体だったが、辛うじて店員の服を着ている。阿於芽と揉み合いになりつつも、女性の方に手を伸ばした。

「だから何するんだよ、女性に怪我でもあったらどうするんだよ!」

 起こる阿於芽あおめに食って掛かる男。

「何だとこの野郎、俺はあそこの女性に用が有るんだ!」

 まると矢田はあっけにとられてやり取りを見ていた。が、まるにはなんとなく見覚えがある気がした。

「ちょっと待って、阿於芽あおめ

 すると、つかみ合っていた男は、いきなりお阿於芽あおめから手を離して離れた。

「あ、阿於芽あおめだあ?! こ、このガキが?」

「ガキで悪かったな、お前誰だよ」

 すると、再び、今度は明確にまるの方向を向いて突進しようとする男。

「だからよせって言ってるだろう!」

 阿於芽あおめが再び制止に入る。構わず、男は出来る限りのひそひそ声でいう。

「船長!船長!」

「え」

 まるはじーっと相手の風体を見て、顔を二度見した。

「秋……風……くん?」

 言われた男は、涙腺を崩壊させて涙と鼻汁で顔をぐしゃぐしゃにした。

「せんちょおおおおおおぉぉぉぉ、船長、船長……」

 呟きながら、その場にへたり込む秋風。

 まるも駆け寄って男性を抱きしめる。

「秋風君、酷い姿になって……」

「なに、まるの知り合い? って事は〈コピ・ルアック〉のクルーか」

 呆然とやり取りを見ていた矢田もはっと気が付いてまるに囁く。

「この人、まるちゃんの知り合い?」

 聞かれたまるの顔も涙でぬれていた。

「うん、……見つけたの。仲間の一人……やっと見つけた……」


§


 秋風は職場に行って、頭を下げて時間を貰ってきた。

「とにかく、酷い姿ね」

 少し笑って、まるは言った。

「船長は…。お元気そうで。その装備は?」

阿於芽あおめとピンインとFERISフェリスが画策してくれて、阿於芽あおめが届けてくれたの」

 秋風は「きっ」と、阿於芽あおめを睨む。

「こいつ、信用していいんですか」

「多分ね。FERISフェリスが協力していることは、このプローブが届けられたことでほぼ間違いないし。でも、何が起きてるか、私にもわからない」

「信用してくれなくてもいいよ?」

 うそぶ阿於芽あおめの頭を殴るまる。

「酷いなぁ……」

 まるは矢田の方を見て、困惑を感じ取った。

「……彼女がいるから突っ込んだ話は後にしよ」

 秋風は頷いた。

「この時代の方ですよね……分かりました」

「秋風君、ご飯は?」

「パンをかじりました」

 まるは秋風をじーっと見つめた。

「……ひとかけら……」

「よし。阿於芽あおめ、まずはご飯に行きましょう」

「えー、こいつと一緒に?」

「うるさい」

「……分かったよぉ……」

 阿於芽が目を付けていた、というお店に到着する。

「秋風君、カレーは大丈夫?」

「好物です」

「なら大丈夫」

 4人はお店に入ると、案内されてテーブルに附いた。料理はお昼のプレートを頼むと、まるは秋風に向かって聞いた。

「此処に到着した時の事を教えて」

「はい。気が付いたら就寝時の姿のまま、裏路地に倒れていたんです」

 矢田がいることを鑑みて、最低限度の話だったが、大枠はまると同じような状況だったらしい。秋風は生真面目な性格が災いして、イリーガルな事には手を出せずにいたため、住居や職にはありつけず、最近まで浮浪者まがいの状態だったようだ。浮浪者として知り合った老人から見咎められ、身体を綺麗にする方法、短期間の稼ぎを得る方法などを伝授され、秋葉原に流れ着いて、周辺の店の雑用手伝いの仕事をしていたのだという。そこで、聞きかじった知識をもとに、電子関係で頭角を現し、アルバイトの地位をどうにか手に入れた矢先だったそうだ。

「私は幸運だったのね……ひどい目に遭ったわね」

「大したことはないです。生きていれば必ず仲間に会える、船長にも会えると信じていましたから」

 この言葉に、まるは感謝の気持ちをそのまま伝えた。

「会えて嬉しいわ」

 すると、秋風の涙腺はまた大崩壊した。矢田がバッグからティッシュを取りだしたので、まるはそれを秋風に渡す。たちまち彼の周りにティッシュの山が出来た。

 それを片付けていると、料理が運ばれてきた。

「まずは食べましょ、ゆっくりね」


(続く)


装備を手に入れ、ついにクルーの一人と再会を果たしたまる。

怒涛の展開が彼女を待っています。

次回をお楽しみに。

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