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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
珈琲豆と猫
27/72

第27話「アレクシアの料理天国03:実業家とか芸能界とか趣味じゃない」

まる27話、アレクシアの料理天国3話目です。

思わぬところから新規事業展開を始めたまるですが……。


(承前)


 新規事業「アレクシアの料理天国」は大当たりとなった。だが、その当然の結果として〈コピ・ルアック〉の業務は目の回るような有様となった。とにかく連日乗員の食事の為も兼ねて、どこかに寄港する必要が有ったので、通常業務である貨物運送もそれに合わせたシフトに変更された。

 まる=マルティナと神楽女史も、大いにメディアで取り上げられた結果、芸能界デビューのオファーが連日舞い込む有様であった。

「商売繁盛で良い事じゃない」

 皮肉そうな視線で、このところ連日で装着しているマルティナ=人型プローブを解除して、猫の姿で開きになってへたり込んでいるまるを片目で見ながら、胃腸薬を飲む神楽であった。

「ちょっと、予想外に売れすぎちゃったかもね。本来の貨物業務にも支障出てきちゃってる」

 まるは寝そべったままスレート端末で業務報告書をチェックしながら、猫の「へ」の字の口をますますへの字にして考え込んでいた。

「その分別で稼いでいるんだからいいのじゃない? でも考えたわよね。いろいろあった引っ掛かりをまとめて一つの事業にして立ちあげちゃうなんて」

「もともと、土岐さんからは〈白浜〉の私有地について、ある程度運用を考えてほしいって、前々から云われていたし、せっかく搭乗して貰った『思索の杖』君は、あまりに回りと接する機会が少なくて、殆ど自室で過ごしてる有様だったからねえ」

「ふうん。そういう点の解消も考えていたという訳か。大変だね船長さん」

「これでもまだこのクラスで400人しか居ないから助かっている方かもね。本来1km級なら軽く1000人くらいの乗員が居るものだし」 

「そうなんだ。まあ、私も結構な額を稼がせて頂いているので良しとしたいけど。あんまりメディアでガンガン取り上げられちゃうと、行動の自由が無くなって辛くなってきちゃったわ」

「まあ、人のうわさも75日。とかよ。今回の騒ぎの後大人しくしてたら、せいぜい『あの人は今』で取り上げられる程度に落ち着いちゃうわ」

「あら。それはそれで商売を考えると面白くないわね」

 げっそりした視線を向けるまる。

「茉莉、あなたどっちなのよ」

「中くらいが嬉しいかな?」

<贅沢だわ>

『船長、来客です』

 そういうなり、まるの体は強制的にマルティナ=人型プローブに包まれる。

「ああ、もうっ」

「仕方ないわよ。お仕事しましょ」


§


 昔のチェーン店展開は、資本が有っても建物を建てるのにかかる時間や、何より大事な人材の確保と教育の関係から、すぐに店舗数を増やしていくのはなかなか難しかった。しかし、現代では、施工はナノマシン群に任せれば1日で終わってしまうし、人材についても、明確なマニュアルと、ノウハウの知識ベース化を行いさえすれば、学習機械で一晩寝ている間に教育が終わってしまう。適度な箱さえ確保できていたら、チェーン店を一気に大規模展開することも容易である。

 そして、まるがプロデュースした「アレクシアの料理天国」は、わずか2週間目にして店舗と、その厨房の役割を果たすワープ船のペアの数が400を数える、〈大和通商圏〉でも中堅クラスの大チェーン店になっていた。

 それを支えるものは、まるの貨物船運用ノウハウと、アレクシアのレシピ。毎日1200食を回転させていた〈コピ・ルアック〉の料理部の運営ノウハウが合体した独自ノウハウであり、これはビジネスモデル特許を申請していた。

 だがボトルネックも存在した、チェーン展開の目玉中の目玉、特別メニューである〈コピ・ルアック〉のクルーズディナーは、予約が数十年に達する勢いだったのだ。

「これ以上の予約受注は危険よね」

 まるはラファエル副長と話していた。

「そもそも、何十年もこの業務を続けるんですか?スタッフが疲弊してしまいますよ」

「そこについては、ちょっとだけ返答を待ってもらえるかしら、今色々と検討しているの。それより、〈EXTR183〉の他の演劇団を確保できたって本当?」

「ええ、『思索の杖』から報告が有りました。新たに4劇団が運用可能だそうです。彼らとしても外貨が獲得できるとあって、力を入れて来ていますね」

「それはよかったわ」

「しかし、結局演目を上演するのが〈コピ・ルアック〉だけなので、ちょっと辛いですね」

 まるはきょとんとしてラファエル副長を見た。

「え?」

 まるの反応を見てラファエル副長もびっくりした。

「え?」

 まるは説明していなかったことに気が付いて慌てて付け足した。

「ああ、ごめんなさい、話しが通っているとばかり思っていたわ。『武装貨物船競争』出場船のうち、契約できる幾つかにディナークルーズのお話を振っているところよ。既に〈黒船〉は準備完了してるし、〈ミシシッピ〉に関しても、織田さんが暗躍して傘下に収めているそうよ」

「ええっ」

「でね、いま予約が入っている中で、他の船でもいいから早く予約したい人たちに、振り替えの案内を送る予定なの」

「そうですか……何だか、織田氏の資産をどんどん投入していますねえ。乗っ取られたりする心配はないでしょうか」

「乗っ取られるも何も、最初から共同経営だし、彼だって出資分や働きに見合う権利と利益の享受はしているでしょ」

「〈コピ・ルアック〉自身に対して、所有欲を伸ばしてこないかが心配なのですよ」

「ああ、そういう事ね。それなら土岐さんが防波堤になってくださっているわ」

「確か織田氏と土岐氏って、血縁なんでしたっけ?」

「そう、まあ、土岐さんの方が全然末端の分家なのだけど。事発言力に関しては結構あるらしいのよね。惑星〈白浜〉の政府にコネが有ったり、筆頭参事官の羽賀さんと太いコネクションが有ったりで」

「成程……巧みなパワーバランス、という事ですか」

「そういうこと。さて、朝食会議に行きましょうか」


 最近の〈コピ・ルアック〉の朝食会議は、試食も兼ねて凄い事になっていた。常に一人当たり3種類くらいのメニューが並んでいる。まるも敢えてマルティナ装備で出席して、人間用の食事を味わっていた。今朝のまるの食事は「エッグ・スラット=マッシュポテトに半熟卵を乗せたもの」「英国風オニオングラタンスープ=玉ねぎをバターでしっかり炒めて塩コショウで味付けし、堅焼きのパンとチーズを乗せてグリルしたもの」「夏野菜のキッシュ」となっていた。一人一人の食事を列記するとまた凄い事になるのでこれくらいにしておこう。

「で、新穂くん、ナノマシン納入先のお得意先からの苦情はどうなったのかしら」

「正直あまり芳しくはないですね。他の事業から数倍の資金が入ってきているので、金銭的な問題ではないのですが」

「金銭より信用よ。〈渡会わたらい雁金かりがね〉を使って追加搬送することで解決できないかしら」

「ああ、中クラスの貨物船位の容量が有るのですよね、検討してみます」

「船長、その件ですが、操縦士が足りないです」

 太田航宙士が困り顔で申し出た。

「ああ……仕方ないなぁ、加藤君はハンティングのコースからまだ外れられないのかしら」

 この質問には薬研医師が応える。

「ああ、私と加藤君ならもう外れていい感じだよ。早速加藤君を航宙任務に戻してください」

「有難う薬研先生。じゃあ、追加の運送任務は加藤航宙士補と、そうね……私が当たろうかしら」

「船長はダメですよ」

 新穂が苦笑する。

「あら?」

「今日もマルティナの出演オファーが8件ほど来ています」

「ああ……FERISフェリス、代役って可能かしら」

『わたくしですか? ちょっと難しいですね。船長のアドリブによるキャラクターに人気が集まっていますから』

「うーん。他に手隙の航宙士は?」

「加藤君より経験の浅い航宙士補なら何とか」

「それじゃ不安よね……」

『その件ですけど、折衝が終わった「思索の杖」氏が、航宙士としてのお仕事を欲しているそうです』

「……あ、そういえば、彼も航宙士だったわ。ラファエル、打診をしてみて」

「了解しました」

「船長、宜しいですか?」

「なに、ボーテ砲術班長」

「実は、最近「料理天国」を狙って、チンピラ宙賊がウロウロし始めているそうです。〈コピ・ルアック〉と違って充分な武装も無いですから、何らかの警備強化をした方がよいかと思います」

「ふむ、分かったわ。その件はちょっと心当たりが有るので、当たってみます」


 と、こんな感じで以前の業務に、新たな展開が加わったために、朝食会議ものんびりとした雰囲気は消えて、バタバタと慌ただしくなってしまっていた。


§


「と、云う事なのだけど、協力して頂けないかしら」

「何が『と、云う事』なのかさっぱりわからん!だいたいあんたは本物のまる姐なのか?」

 まるは直接、宙賊船〈キングハウンド〉に乗り込んでいた。

「ああ、そう。ちょっと待っててね」

 そういうとまるは「マルティナ=人型プローブ」を解除する。

「イライジャ、猫の格好になったところを捕まえて……とか考えているなら無駄よ」

「確かにまる姐だ。そんな恐ろしいこと誰がするかよ」

 まるはぴょん、と彼の肩に乗って、尻尾で顔をなでる。

「今警備力が足りなくてねえ」

「そんなもん、警察か警備会社にでも頼めばいいだろう」

「だから頼んでるじゃない、警備会社に」

「ふざけてるのか?」

「あら、至って大真面目。そろそろそういう「表の仕事」の拡充をしてもいいんじゃないかしら?」

 イライジャの肩から飛び降りると、再びマルティナ装備の人型プローブを起動する。

「知ってるわよ、最近パトロンからの収入が減っているんでしょ?」

<ほんとはカマ掛けなんだけど、多分あってるはず>

「ぐっ」

<ビンゴ>

 宙賊〈覇狼はろう〉は名目上は〈白浜九州連邦〉所属の貨物船という事になっている。だが実態は〈連合通商圏〉からの資金援助を受けて活動しているのではないかと噂されていた。まるは、もしそうであれば、近年〈連合〉が、巨大航宙戦艦〈UTSFエンタープライズ〉に謎の就航をさせたりと、何やら怪しい動きをしている関係で資金の運用先を大きく変えて来ているのではないかと踏んだのだ。

「どこで調べたかは分からないが、うちのパトロン……〈連合通商圏〉からの資金は停止されたさ。仕事も具体的な指示が途絶えて久しいから、事実上の解雇だな」

「よその通商圏の仕事なんか受けるから……」

「これでも出身は連合だからな、向こうにコネがあるんだよ」

「ふうん。じゃあ、丁度いいじゃない。あなたの所をひっくるめて雇ってあげようって言ってるのよ」

「だから、うちじゃ400からの航宙船の護衛なんて無理だって言ってるんだ」

「あら、知ってるわよ。宙賊同士の横のつながり。そこで〈覇狼はろう〉って、一定の地位が有るんでしょ?」

「ちょっと待て、俺に宙賊連合に口を利けって言うのか」

「どこだか知らないけど、それが出来ればさらにいう事はないわね。私としては、釘を刺してくれるだけでもありがたいと思うんだけど」

「どっちも同じだよ。宙賊連合じゃチンピラまでは話は通らない。力を借りるしかないだろさ」

「て事はやってくれるのね」

「これが結構かかるが、大丈夫なのか?」

 イライジャは古風に指で輪っかを作って資金を意味する仕草をした。

「ああ、それなら織田コンツェルンの方との直接契約になると思うから、連合の代表者を見繕って、どれくらい資金が必要か話し合っておいてね。あとで打ち合わせをセットしてあげるわ」

「って、まる姐がそこら辺を引き受けてくれないのかよ!」

「良いけど、そしたら分け前貰うわよ?」

「う……。って、まる姐はそこからの取り分は無しで良いのか?」

「だって、あなたの仕事として紹介するだけだから」

「そ……そうか……なら良いんだが」

 イライジャとしては、当然仲介料位は抜かれる覚悟でいた。それが、宙賊連合もひっくるめで直に取引していいと言われて、ちょっと狐につままれた感じであった。

「まあ、交渉が苦手って云うのだったら、手助け位はサービスでしてあげるから」


§


 そしてまるは、人の格好をして、当代の若い子たちに人気の、透き通る羽のようなものがいっぱい付いた服を着て、満面の笑顔でカメラに向かってポーズをしていた。

「はいOKです。お疲れ様でしたーっ」

 一気に脱力するも、ここでげっそりした顔は見せられないのであくまで笑顔。

 神楽が社長業でなかなか出られない分のカバーは、まるが引き受ける形になっていたので、写真撮影やインタビューなどが目まぐるしい、本当に芸能人のような生活になっていたから、本業はその合間を縫うような形で行っていた。

「あー体が3つくらい欲しいわ」

 控室で思わず愚痴るまるに、外出用携帯「ふぇりす」が反応した。この「ふぇりす」はFERISフェリス本体とは通信網でつながっているため、いつでも本体との通話が可能になる。

『何なら影武者作って差し上げましょうか? 外での行動パターンはだいたいプロファイリング出来ていますから、よほど詳しい人出ない限り見破れないような分身なら私の端末を使って作れますよ』

「んー……そうねえ。転ばぬ先の杖で、作っておいて貰った方が良いかしら」

『了解しました。船長の帰投次第使えるように、用意いたしますね』

「ありがと」

「マルティナさーん、次のスタジオ入りお願いします」

 スタジオのスタッフがやって来て声を掛ける。

「はーい」

 黄色い声で答えたまるは、悪態を飲み込んで荷物をまとめて、目立たなくするための地味なコートを羽織ると、サングラスを掛けて控室をあとにした。


§


「宜しくないですな」

「さいですか」

「船長、茶化さないでください」

 医務室で、薬研医師は渋い顔をしてまるの診察を終えた。

「猫に過密なスケジュールの芸能人なんて務まりませんよ。極端な睡眠不足と過労の症状が出ています。本当なら週一回は、薬を使わない日を作って頂きたいくらいです」

「無理は多少は承知しているわよ。薬を変えるとかで何とかあと1週間もたせられない?」

「お勧めはしませんなぁ」

 そういいつつも、医療ライブラリで最適な処方を探す薬研医師。

「本当に一週間ですよ? 薬を強くすると、さらにハーブや市販薬などへの過敏症状が出ます。要注意ですからね」

 調剤器で処方した薬を作り、渡しながら薬研医師は言った。

「お手間を掛けるわね」

「それと、一日最低でも4.5時間の睡眠は必須です。これを現状の体調で越すと、薬で抑える限界を超えます。所謂過眠症と同じ症状が出ますよ」

「どういうこと?」

「道を歩いている最中や、船の操船時にいきなり寝落ちてしまうということです」

「命に別条はないのね?」

「たとえば、それがクリティカルな状況下だと、大事故を起こして命に別条が有ります」

「……気を付けるわ」

 ミッションクリティカルな状況が日常茶飯事なだけに、薬研医師のツッコミは痛かった。


§


 「アレクシアの料理天国」は順調だったが、正直、400以上の店舗を作ろうとすると、ワープ航路上の問題が出始めていた。そこで、経営戦略の転換が迫られ始めていた。現在は当初とかなり状況が変わり、不人気なレシピの淘汰と新規レシピの投入も一段落し、レシピはほとんどの店舗で共通化し始めていた。当初調理の手間を分散する手段だったワープ船に関しても、在庫を一つの店舗で複数持つリスクを軽減するために、ワープ船同士の食材の融通が行われる状態に徐々に遷移して来ていた。そこで、新たな手段として、店舗を無在庫にするのではなく、店舗上の在庫をある程度作り、ワープ船の在庫を軽減する策が考案された。特に、調理済みで冷凍が可能な食品は、瞬間冷凍で鮮度を保って在庫化することで、店舗での安定供給を可能にした。ワープ船が提供するのは保存がきかない生鮮品や、作り立てでなければ品質を保てない食品に絞られていった。

「新しい保存方法さえあれば、一定時間置きに生鮮品をワープ船から配送して、あとは各店舗で独立してやっていけそうな雰囲気ですよね」

 まる=マルティナは、織田氏との経営会議を〈黒船〉で行っていた。

「300を超えるレシピをよく短期間でこれだけ圧縮して長期在庫化できたと感心します」

 織田氏はにこやかに笑いながら資料を見つつ、部下に食事の用意を指示していた。

「この技術って、生鮮品の搭載を躊躇しているような中規模以下の船に、安定して美味しい食事を提供する手段にも使えそうです」

「成程、それは新しいアイデアだ。どこの船も〈コピ・ルアック〉の様な食材環境を持っているわけではないですからな」

「それが、まだ故障中ですの。最低限度の運用にも、あと一週間はかかるそうですし……」

「原因は『武装貨物船競争』でしたかな。あれはいろいろと影響を与えてくれました」

「まあ、織田様とのお仕事の縁が持てたのもあの大会のお蔭ですから、痛し痒しという処ですね」

 話しながら、本体のまるは欠伸をしていた。

<なんというか、退屈な男ねえ……土岐さんの爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいわ>

「そうそう、紹介差し上げた警備の件はどうなりました」

「うむ。面白い手段を考えられたとは思いました。目には目を、ですか。実際効果を上げているようですよ」

「それはよかった」

「さて、食事の用意が出来たようです」

「あ、ご用意いただいて大変申し訳ないのですが、これからショー番組に出ないといけませんの」

「何と……キャンセルという訳には、行かないのでしょうね」

「はい、この「料理天国」の為ですし」

 面白くなさそうな顔をする織田に、まるはすまなそうな笑いを浮かべて見せた。芸能活動用にFERISフェリスと秋風に新開発して貰った「思ってもいない表情を作るインターフェイス」の賜物だった。シャトル代わりに乗ってきた〈川根焙じ・改〉に乗り込むと、一路惑星〈星京〉へと向かう。振りをして、その軌道付近に来ている〈コピ・ルアック〉へ向かった。


FERISフェリス、ダミーは配置している?」

 ダミーとは先日作ってもらった影武者の事だ。

『もうスタジオ入りしています』

「あんまり演技し過ぎない程度の演技でお願いね」

『少しドジっ子気味で?』

「ドジ属性は要らないけど、天然っぽい感じの方が受けるかしら」

『了解』

 そういうと、さっさとマルティナ装備を解除して、まる用の操縦席を床の格納部から出して座る。

「〈コピ・ルアック〉へ、こちらまる。これから帰投します、格納庫の扉を解放して」

『お帰りなさい船長。格納庫開きます』

「ああ、FERISフェリスに伝えそびれたわ、第二素体を用意しておいて」

『別バージョンの人型ですか?』

「ええ、なるべくこっそりとクルージングに参加してみたいの」

『宜しいですけど、あの素体だと食事はまともに出来ませんが』

「あ、そうか……でも、マルティナは今収録中の筈なのよね」

『ばれない程度に変えればよろしいのですよね』

「出来る?」

『基本デザインを変えると別素体になっちゃいますが、鼻をいじるとか、そばかすをつける程度でしたら』

「んー、分かったわ。鼻を少し低くして、そばかす付きでお願い」

『了解しました』


§


 人間の顔なんて、少し崩すともう別人になってしまうものだ。マルティナの部分改変はあっさりと通用して、誰もが彼女を気にしなかった。

「猫みたいに嗅覚も動員されたら難しいけど、人間ってそこら辺は鈍感なのよね」

 そして今は、フィッシングコースでアクアスーツを着て、ジェットスケートを装着しようとしていた。隣には加藤が居た。

「僕は、しばらくここには来ないと思っていたんですけどね」

「あら、加藤君インストラクターやっていたんでしょ。その腕を見せてほしいわ」

「インストラクターって言ったって、まるきりの初心者の人に装着法とか、操作法、操作姿勢、それに

問題が起きたときの対処法を説明していただけですよ」

 聞いてまるはふんふんと鼻を鳴らした。

「薬研先生が言ってた通りねえ。もうちょっと柔らかくなったほうが良いかも。じゃエスコートして」

「あ、待ってください、フィッシング用の携帯漁具を」

「あー、これで捕まえるんだっけ」

 それは、射出式の超小型投網とセンサーが一体化したものだった。沢山の人が集まるフィッシングで、お互いを傷つけない漁具として採用したものだったが、操作が比較的難しいため、釣果を絞る働きもあり、〈白浜〉の現地政府=〈九州白浜連邦〉からも資源乱獲を防ぐとして賞賛されたものだった。

「よく勘違いされるんだけど、猫はお魚が好きって云うのはあんまり正しくないのよね」

「そうなんですか?」

「ええ、本来は鳥とか小動物が好き。お魚も良いけど、あの微妙な海臭さが嫌になることもあるのよね」

「へええ」

「古来の日本という国では、灯りに魚油とかを使っていて、それを脂が好きな猫が舐める、というので、魚が好きって云う方向になったみたいよ」

「そうなんですか」

「そう。だから、私の今回の獲物は海獣狙い!」

 そういうと、まるはジェットスケートのスロットルスイッチを握りしめた。大量の水しぶきを上げながら、彼女の体(というか彼女が入った人型プローブ)は水の上を滑走していった。

「船長こういうの好きそうだとは思っていたけど……待ってくださいよー!」

 加藤も慌てて彼女の後を追った。

 ジェットスケートで水上を滑るように移動していると、携帯漁具についているセンサーが付近に魚群がいることを示した。魚群がいるという事は、それを追う海獣もいるはず。まるは体重移動で方向転換して魚群に向かおうとした。すると、既にフィッシング組の参加者がわらわらと集まってきていた。

「参加者多すぎるんじゃない?」

 苦笑いしながら、水飛沫の音に消されない様に、追いついてきた加藤に向かって叫ぶ。

「こうやってわらわらと来るので、逆に釣果は落ちるんですよ。おかげで漁獲は一定に収まるという寸法です。偶に慣れた人がグループで参加してくるんですが、大抵は他の参加者に邪魔されちゃっていますね」

 にやにや笑いながら加藤が応えた。

「何それ、詐欺商売みたいじゃない」

「漁が目的というより、レジャーですからね。これで不満を言う人は少ないですよ、漁も出来る水遊び。そういうもんだと納得するみたいです」

「ふうん……私は興醒めしちゃったかなぁ」

「ハンティングの方はまだまだ良いみたいですよ、最も獲物が少ないですけど」

 ジェットスケートの出力を絞って緩やかに流しながらまるは不満を口にした。

「先日やったわ。マルティナだって即バレしちゃって碌に楽しめなかったけど、でもあれも狩りというより、放し飼いの動物をネットで捕獲する感じよね」

「基本狩猟免許の無い人相手のイベントですし、管理外の動物を狩る狩猟許可は無理ですから、管理されたエリアに放った生き物を捕獲するようになっちゃいますよね。で、獲り過ぎた分は返す、と。夜店の金魚すくいみたいなものですよ」

「何だかなぁ……私、CMで『ハンティングの興奮!』とか言っちゃってるわ。詐欺になっちゃってるわね」

「まあ、疑似体験という意味では、かなりいい線行っていると思います。それ以上は免許の無い人にはもともと無理ですし、狩猟免許持った人は、そもそもディナーつきのハンティングコースには行かないですし」

 冷静な加藤のツッコミに、ちょっと虚を疲れた表情をしたまるは、ちょっと考えて納得した笑いを見せた。

「まあ、そういう事よね。結局はイベントか」

「アイデアは船長でしょう?」

「そうなんだけど、実現化を企画してくれたのは土岐さんと織田さんなのよ」

<まあ、結局は商売の器の中の物かぁ……あと5日の辛抱かな>

「何があと5日なんですか?」

「あらいやだ、口に出してた?」

「ええ、何だかブツブツと」

「急造でプローブのソフトウェアを弄ったせいかしら、ちょっと動作不良起こしてるわね。予定している業務の事を思い出しただけよ」

「……そう……ですか」

 なんとなく不信感をぬぐいきれない加藤をしり目に、まるは沖を眺めた。

「これ、どこまでがイベントのエリアなのかしら」

「ああ、行けばやんわりとフォースフィールドのネットに当たるから分かりますけど、もうかなり外れに来てますね」

「ちょっと行ってみたいわね。視察目的だし」

「良いですけど、何にもないですよ」

 加藤の言葉を軽く受け流して、沖を目指してジェットスケートの出力を上げる。程なく、「ぼよん」という感覚と共に、水上で止まった。

「この外の生き物は、基本は入ってこないのよね」

「まあ、プランクトン程度ですかね」

 まるの第六感というか、猫の予感と女の勘の合成というかが、何かを訴えていた。非科学的だとは思いながらも、妙な不安をぬぐえない。

「なんだろう。ちょっと不安を感じるの」

「船長の勘なら信じるに足りると思います」

 何の疑いも無く、真っ直ぐに見てくる加藤の目には、純粋な信頼が有った。

「このイベントエリアのフォースフィールドについて、秋風君に調査をしてもらうわ」

「切り上げて船に戻るわ。何だか色々やり方の甘さが気になる」

 急造したイベントクルーズに対して、まるの不安感がどんどん膨らんでいた。


(続く)

今回は重要なつなぎ回。

次回、急展開です。

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