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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
珈琲豆と猫
26/72

第26話「アレクシアの料理天国02:ハンティングでディナーはいかが?」

食糧庫が壊れてしまった〈コピ・ルアック〉、いろんな対策を立てて奮戦し始めていますが……。


(承前)


 惑星〈白浜〉のビーチには、仮設ベースが設営されていた。


 独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉は、名前の通り独立採算である。その実態は希少元素や、「ロー・ナノマシン」という、使用目的に応じたフォーマットの書き込みを行う前のナノマシンなどを中心に、輸送・交易をおこなうことで主な収益を上げる会社組織であり、独立して自衛権を持つマイクロ国家であり、羽賀筆頭参事官との付き合いもあって、半ば公然と〈大和通商圏〉の外交時の軍事抑止力に数え上げられる強力な武装船でもあった。ちなみに、神楽コーポレーションから請け負うような稀少物品や人材の運送は、あくまで通常業務の合間に行うイレギュラー業務であった。

 そういった業務を行っている関係上、フィッシング&ハンティング大会と銘打っていても、一斉に400人が大会に参加するのではなく、休暇シフトの人員の中で、希望者が参加する体裁をとっていた。このため、特定の一日の開催というよりは、1週間という比較的長期スパンでのイベントであり、そのために専任の管理者とスタッフを惑星〈白浜〉に常駐させて、希望者の世話をする形になっていた。

 今回のイベントの専任管理者は、船の通常業務を抜けることができ、何かトラブルが有った際に独立で判断と対処ができ、食に関してある程度の増資が有る人間という事で選ばれた。事前の通達の際には秋風技術部長が立候補していたが、通常業務時に取り換えの利かない人材であり、なおかつ、彼の「食」についてはジャンクフーズに精通しているだけという事で却下された。


「何で私なのかねえ」

 薬研医師……医療部長は不満を垂れた。

「医療部が忙しいなんて事になったら、船の営業は上がったりですし、他の部長は何だかんだと通常業務から抜けられない人ばかりですからね」

 加藤航宙士補は苦笑しながら老人の不満に対処していた。そう、イベント専任管理者は薬研医療部長であった。医療部は特別な管内全体の疾患だったり、全体の健康診断だったり、船長に特殊な医療が必要な時でもない限り、医療部長は一時的ならば、抜ければ抜けられるポジションだった。

「そういう君は、業務に必要な航宙部のスタッフじゃないかね?」

「ああ、僕はあくまで『補』ですから」

 加藤航宙士「補」は照れながら頭を掻いた。

 奇しくもこの二人、〈コピ・ルアック〉のメインスタッフでは最年長者と最少年齢者だった。しかも、薬研医師はまるが生まれる前から土岐家のホームドクターをしていた人物で、まるが〈コピ・ルアック〉の医療部へと乞うて就任してもらった仲だ。対する加藤は本人曰く「ラッキーで」乗船資格を得て、先日の「武装貨物船競争」で大抜擢されてメインスタッフの仲間入りをした、ほやほやの新人であった。古参と新人を絵にかいたような二人の組み合わせは何とも奇妙で、凸凹コンビといった風情だった。

「スタッフの仕事は朝の登録会と釣果の上がる午後と漁から帰ってくる夕刻がいちばんで、朝のこの時間は暇々だと言われてましたけど、……ほんとに暇ですね」

「まあ仕方ないさ、今日の登録は陸組10人、海組20人、何らかの成果を持って帰ってくるのは早くても3時間後。まだ1時間ちょっとはあるだろう」

 そういいながら薬研医師は足元の小型冷蔵庫を開けた。まあ、22世紀までの展開なら、ここで出てくるのはきりっと冷えたビールかも知れない。しかし26世紀に生まれた数少ない嗜好品の一つが、薬研医師の楽しみだった。

「ほれ、アルコールは20歳からだが、これなら17歳からOKだ。加藤君も付き合いたまえ」

 そういって放って寄こしたのはキンキンに冷えたアイスバーだった。

 勿論、年齢制限がある以上、ただのアイスバーではない。その名は「プレイジー」。酩酊なし、依存、習慣性ほぼゼロ。清涼感はアイスや炭酸飲料の比ではなく、全身を突き抜ける刺激とクリアな快感。千年に一度の発明と賞賛された新しい嗜好品だ。最大の問題とされた精神的依存効果も、「摂取し過ぎるとお腹を壊す」というアロエ入りアイスバーに加工することでクリアした。もっとも、日常的に便秘を患っている人にはまたとない快楽になっているのだが、それはまあ、結果がとても健康的で、摂取の快感を上回る幸福感=人間の生理現象としての快楽、によって相殺されるという事で良しとされた。

 だが、加藤はちょっと苦笑いをした。

「あー、『プレイジー』ですか。僕ちょっとお腹が弱いのであんまり好きじゃないんですよね」

 薬研医師はきょとんとした。

「……なんてこった。26世紀の奇跡の発明を嫌がる子がいるとは」

 そういいながらアイスバーを口に頬張った。

「あんひゃら、いひょうやふをひょほうひへやろうは?」

「何喋っているか分かりませんよ?」

 薬研医師はもぐもぐとバーをかじって、ずずんとくる快楽にひとしきり酔いしれた後に再度口を開いた。

「勿体ないから、何なら胃腸薬を処方してやろうか?」

「良いですよ、そこまでして食べたくもないですから」

「ふむ……近頃の若いのは淡白だねえ」

「それ、先生が若いころの150年前は、そっくりそのまま言われたんじゃないですか?」

「それなら大丈夫、私は『プレイジー』依存症で入院したよ」

 加藤はうえっという顔をした。

「今は大丈夫。当時はアロエバーじゃない『プレイジー』もまだ残っていたからねえ」

「不良医者ですね」

「ほっとけ」

 馬鹿な会話をしていると、通信が入った。

『こちら〈コピ・ルアック〉のまる。其方の状況は?』

「こちら薬研。至って平和ですねえ」

 と、ここで言葉を切って、船長のホロ映像をじっと見て、真面目な顔で医者は尋ねた。

「船長、『プレイジー』はご存知ですかな」

『あー、知ってるわよ。猫用もあるし』

「なんと」

『でも、私は常用薬の効果を阻害するから使わないわ。一昨日はハーブでひどい目に遭ったばかりだし』

「……なんと……」

『あら、職務中に「プレイジー」齧ってるわねこの不良医者』

「酔っぱらう訳でもないし問題ないでしょう」

『土岐さんから聞いて知ってるわよ。依存症の既往歴があるのよね』

 うっ、という顔をする薬研医師。隣に居た加藤は噴き出した。

『大概にしておいてね。何か問題あったら連絡宜しく、6時間後には定時連絡を入れます』

「り、了解しました」

「先生も、船長にあっては方無しですね」

「昔は可愛い猫だったんだがねえ」

「それ、船長が知性化される前の話ですよね」

「よく分かるな?」

 加藤は肩をすくめた。今の船長が可愛いと思うのは、猫好き連長だけだろう。あれは猫の皮を被った女傑に違いない。


§


「もう、やになっちゃうわ」

 通信を切ったまるはあきれ顔で船長席の上に腰を落とした。

「どうしました?」

 聞き返すラファエルに、苦笑いに似た独特の表情をする。もちろん、猫は感情で苦笑いはしないが、訓練してそれっぽい顔をできるようにしたのだ。

「〈白浜〉の地上の連中。遊び過ぎてないかしら」

「現状の生鮮物の少ない食事に不満が蓄積してはいけない。それに最近のイレギュラーによる超過勤務の埋め合わせがしたい……って言ってらっしゃったのは船長ですよね」

「そうなんだけど、超過勤務の分は有給の申請を標準時間2年は認めるようにしたし、羽目を外せとまでは言ってないんだけど。しかも最年長の薬研さんからずっこけてるのよ?」

 ラファエル副長は笑った。

「良い事じゃないですか。上の物から崩して見せるのが全員をリラックスさせるのには最上の手段です」

「ふむん……」

 暫く空を仰いで考えて、やおら副長の方を向くと、まるは真面目な顔で聞いた。

「私、羽目を外すべきなのかしら」

 しばらく目を合わせていたラファエル副長は盛大に噴き出し、それから笑い転げた。

「失礼、木天蓼またたびひとつで大騒ぎされるような船長が羽目を外すというと、どんな状態か想像してしまいました」

 ラファエルの脳裏には、床でゴロンゴロンしながらうにゃうにゃと暴れまわり、猫じゃらしにとびかかる船長が想像されていた。

「何だかわからないけど、変な想像は止めてほしいわ」

 と言って、ふとあることを思いついた。

「ねえFERISフェリス聞いているかしら」

『はい船長、なんでしょうか?』

「例の人型プローブを装着した時、私がアルコールを摂取するとどうなるのかしら」

『猫に許容される上限まではアルコールが徐々に供給されます』

「という事は、人間のお酒で酔えるのね」

『はい、必要に応じて』

「これが分かってなかったから、アルコールには手を出していなかったのよね」

 まるは暫く考えた後、マニピュレーショングローブに組み込んでしまったプローブ展開ユニットで、人型プローブを呼び出した。猫耳少女バージョンのマルティナ扮装になったまるは、仁王立ちで宣言した。

「よし決めたわ。今夜は全員地上に降りて、宴会にしましょう!」


§


「船長ご乱心」

 〈コピ・ルアック〉船内ではまことしやかにそういう噂が流れた。

「別に乱心したわけでもなんでもないわよ。率先して砕けて行こうとしているだけ。だって船内イベントの真っ最中なんですもん、盛り上げていかなきゃ」

 今度はラファエル副長が苦笑いをする番だった。

「職務中は羽目を外さなくてもよろしいかと」

 そういうラファエルに、マルティナ装備で表情がよく伝わるのを良い事に、まるは目をキラキラさせながら答えた。

「大丈夫、大抵の取引先にはラファエル、あなたが表立っての船長だし!」

「ああ、はい」

「ここで有能なマルティナ副長が、船の不調でフラストレーションが溜まりそうな船内に向けて、イベントを鼓舞するのよ」

 あえて船長ではなく副長というところがまるの悪乗りである。

「あの、船長」

「なに? ラファエル船長っ」

「言ってて少し馬鹿みたいだなぁとか恥ずかしいなぁとかありませんか?」

「大丈夫!」

「ですか」

「猛烈に恥ずかしいし、なんでこんな馬鹿な事やってるんだろうって思ってるから!」

「ですよね」

「だって仕方ないじゃない。ハンティングの企画、あんまり船内で盛り上がってないんだもの」

「実際のところ、食事が保存食に代わってまだ一週間そこそこですし、間欠的に新鮮なものも出してますし、2週間も待てば元に戻るとみんな思ってますからね」

「実際は元の状態に戻るには、プラントが正常なサイクルを取り戻して体から、1か月近く掛かるんだけどね。説明不足なのかなぁ」

「ちゃんと冷蔵庫が稼働すれば、鮮度を保って寄港地でたくさん買い込めますから、今より全然改善しますし、間違ってはいないかなと思います」

「それはそうだけど」

 ちょっと不満そうなふくれっ面をするまる。人型プローブだと感情が伝えやすい。

『船長はイベントで盛り上げたいのですよね』

 FERISフェリスが助け舟を出す。

「結局はそうなるのかなぁ。保存食メインだからって、アレクシアがいてくれて、応急処置の冷蔵庫も動いているんだから、そんなに食事の質が低下するとは、実のところ思っていないし」

 確かに、船内の食事の質はほとんど低下していない。それはアレクシア以下、料理部の努力の賜物だった。

「そうか、船内の食事の質を低下させれば」

「船長、それは本末転倒です」

「冗談よ。でも、うちは長距離航宙船としては破格なくらいにご飯の質が高いのよねぇ」

 まるは、折角のこの機会に、なんとかイベントを成功させたいと思った。まあ、実際のところは、ただの意地っ張りというのも否定出来ない感はあったかも知れない。

「そうだ。アレクシア料理長、こちらブリッジ」

『こちらアレクシア。船長何か御用ですか』

「とっても大事な御用。前回も相談したハンティング&フィッシングがいまいち盛り上がらないから、もう一度相談に乗ってほしいのよね」

『あらら、そうでしたか』

 しばしの沈黙の後、意を決した声で返答が帰ってきた。

『分かりました、ちょっと本腰を入れてお手伝いさせて頂きます。少々用意を手伝っていただきたいので、一日お付き合いいただけますでしょうか』

 まるはこの声を待っていた。

「貴女が本腰を入れるというのに、私が何もしない訳無いじゃない」

 そして通話を切ると、ラファエル副長に話しかけた。

「副長、暫く船長業務の代行をお願いできるかしら」

 ラファエル副長も諦めたように笑って答えた。

「まあ、仕方ないですね。行ってらっしゃい」

 ふと思い出して、まるは一言付け足した。

「ああ、そうそう、今夜の宴会は延期ね。ちょっとしたイベントをやるから、その打ち上げの時に改めて宴会しましょ」


§


「で、〈コピ・ルアック〉の食糧生産施設が壊れたのと、私たちはいったい何の関係が有るの?」

 いきなり呼び出された神楽は少々迷惑そうな表情を浮かべていたが、その実は、まるが何か面白い事を考えているのだろうという期待でわくわくしながらやって来ていた。

「その件なんだけど、アレクシアがアイデアを出してくれたの。じゃ説明して頂戴」

 同席しているのは神楽だけではなく、土岐氏、〈EXTR183〉の「思索の杖」、そして織田コンツェルンの織田会長だった。

「〈コピ・ルアック〉料理長のアレクシアです。皆様にご足労頂いたのは、〈コピ・ルアック〉直営のリストランテの開業についてのご説明と、可能ならば経営への参画を頂くためです」

「何でそういう話になるかがよく呑み込めないのだが」

 土岐氏はきょとんとした顔で尋ねる。

「はい。現状、〈コピ・ルアック〉では食料の自給率が極端に低下し、料理部が総力を持ってなんとか維持している状態です。しかし、いちいちあちこちに食材を買い付けて、船内だけで消費するという、経営的にとても健全とはいえない状態なのです」

「それがリストランテとどういう関係があるのかね」

 織田氏はちょっとイライラしていた。

「わたくし、アレクシア・アレクサンドルは、かつて就航していた〈レインボーフラワー2〉にて、17年勤続し、副料理長を務めさせていただいた時期もありました」

 土岐氏は頷きながら相槌を打つ。

「〈4通商圏総合・遊覧航宙船星各付け〉で、何度も5つ星を頂いていた船だね」

「その通りです。そして、うちの料理部のスタッフは私が以前の船から15年しごき上げた11人のメインスタッフと、その全員が認めた20人の、総勢32人からなっています。ですが、現状の満足に食糧を回せない船を維持する為だけに、その人数がかかりっきりになっていることはコストの無駄です」

「ふむふむ、そのスタッフを中核に据えて、外食展開をすると?」

「ありていに言ってしまえばそうですね。船の中で食事を回さなくても、〈コピ・ルアック〉の主要な就航先に近い惑星で店舗展開をしていれば、低いコストで食事を賄えますし、船員以外にも広く顧客に開放すれば、収益にもつながると思いました」

「ふむ、しかしそうなると店舗数はメインスタッフの数に縛られるのではないかね?」

 織田氏の前という手前もあり、猫耳と尻尾の無いバージョンのマルティナの格好をしたまるは、至極当然の質問を受けた、という笑顔で返した。

「最初のうちはそうなりますね。ただ、現在レシピのマニュアル化と、料理法をプログラムした調理機の開発を進めていますので、直営店以外では安価で提供が可能になるかと思います」

 まるが説明すると、織田会長は話に乗ってきたようだった。

「まずは、それほど話題にする〈コピ・ルアック〉の食事、試させてもらおうじゃないか」

<待ってました>

 まるが合図を送ると、この日のために用意した300品目以上の料理が運び込まれてきた。

 全部挙げているとそれだけで大変なことになるが、雰囲気を味わってもらうべく、50品目ほどを列記してみよう。

 卵とソーセージのガレット、田舎風ラタトゥイユ、玉ねぎとアーティーチョークのマリネ、プロヴァンス風ピラウ、葡萄の葉とラム肉のドルマ(ロールキャベツの様なもの)、砂肝のコンフィ、タコとオリーブのマリネ、魚介のトマト煮込み、パルミジャーノ・レジャーノのリゾット、ウイナーシュニッツェル(ウイーン風仔牛のカツレツ)、リングイネの猟師風セピア(イカスミパスタ)、タリアテッレのボロネーゼ、カネロニのチーズとほうれん草詰め、ペンネの蚕豆とプロシュートのアーリオオーリオ、スパゲッティーニのカルボナーラ、フェデリーニのジェノベーゼ、ピッツア・クワトロ・フォルマッジ、ピッツア・マルガリータ、胡瓜の緑のガスパチョ、チキンパエリア、はもの蕪蒸し、大村風箱寿司、茶碗蒸し、ちゃんぽん、ハトシ(海老すり身はさみパンのフライ)、豚の角煮、海獣のおばいけ、海獣ベーコン、ゴーヤチャンプル、ソーキ蕎麦、チキン南蛮、牛のしぐれ煮ご飯、サモサ、タンドリーチキン、ジャークポーク、あんこう鍋、ひつまぶし、味噌煮込みうどん、香露うどん、讃岐うどん、パラク・パニール(ほうれん草とカッテージチーズのカレー)、マトン・ビリヤニ、ポッピアソット、トムヤムクン、ヤムウンセン、パッタイ、カオマンガイ、ゲーン・キョワーン(タイのグリーンカレー)、プーパッポンカリー(タイ風・卵とカニのカレー)、ナシゴレン、ピロシキ、ボルシチ……。

「洋の東西を問わず、エスニックから北の国まで、300品以上を網羅した外食チェーンを展開します」

 料理の種類に圧倒されるも、織田は肝心な突っ込みは忘れなかった。

「料理の種類が出せるのは分かったが、在庫管理はどうするね。作り置きして食べられなかったら破棄では大赤字じゃないかね。それともローテーション中心にして、300種類を常時は扱わないという手段に出るかね? それだと味を覚えてもらってリピートという事に繋がらない」

 まるはにやりと笑った。

「最大の焦点はそこです。うちの食糧問題も結局は保存の問題に突き当たりました」

「ところが、まさにその保存の問題そのものが、チェーン店の問題と直接合わさることで解決可能な問題となったのです」

 ディスプレイに図が表示された。

「チェーン店そのものを倉庫と見做して、相互運用するのです」

「星系間でチェーンをつなぐのか?2時間待ちのメニューとか食べたくないぞ?」

 織田がさらに鋭い突っ込みを行う。そこに、待ってましたとまる……マルティナ副長仕様……は答えた。

「ええ、それは無謀ですので、星系ごとに80メニューを扱う店を最低4店舗。厨房は各店舗に所属するワープ船上に作って、各船との間は複数のドロップシップで結びます。星間の輸送時間は5分以下。当然ご存知の事ですが、ワープ船は事実上無制限のエネルギーが有るので燃料は不要ですし、ドロップシップもバイオロケットは有機廃棄物で運用できます。つまり、多少なりとも発生してしまう破棄食材を燃料に出来るのです」

「つまりだ、4店舗x6星系で24店舗と、そのバックヤードとなる船団を運営する、と。〈コピ・ルアック〉船内にシェフがいなくなってしまうのじゃないかね?」

「各店舗には専任シェフは一人ずつ、本船には私アレクシア含め、選りすぐりの6人が残り、スペースクルーズ体験、惑星〈白浜〉でのフィッシング&ハンティング体験をパックにしたツアーで、スペシャルメニューを提供します」

「ほほう」

「成程、私を呼んだ理由はそれだね」

 土岐氏が納得の声を上げた。

「はい、現状では本船が一部の区画でのハンティングの許可を頂いている状態ですので、営業許可を持つ土岐様の参画が必須となっております」

「そして私はワープ船とドロップシップの提供、か」

 織田氏は唸った。

「店舗展開についてもご協力を頂けると助かります。織田様は各所にテナントビルをお持ちですから」

 ここまでのやり取りを見て、神楽は不思議そうな顔で尋ねた。

「じゃ、私の役割は?」

「商売を立ち上げるにはまず広告塔。私マルティナと、神楽社長でイメージ戦略のCMを打ちたいと思います」

「放送メディアに二人で露出しろって云うの?うーん」

 神楽はちょっと考え込んだ。

『それなら、私は何のために呼ばれたのでしょうか? 地球人類の外食チェーンには関係が無いと思われますが』

 確かにどう考えても場違いな「思索の杖」が尋ねてきた。

「いえいえ、あなたも今回の件では重要な計画の一翼なのです」

 まるの目がきらりと光った。それはまるで、猫のまる本人の目の様な妖しい光だった。


§


「なんだって???」

 薬研医師は、ラファエル副長からの通信に「プレイジー」が効き過ぎて自分の頭が馬鹿になったのかと思った。

『ですから、4日後からフィッシング・ハンティングの客が毎日200名になります』

「船外の人間もいるんだな?」

『ええ、パックツアーですから』

「なんでそんな事になったんだか」

『まる船長の発案ですよ。新事業展開するようです』

 ラファエル副長もちょっと呆れ気味である。

「正直言って、老人と若者の二人組にそんな人数は捌けんぞ」

『もちろん、そんな無理は考えておりません。当日に抜けられる人員が付き添って、船内で浮いているドローンをプログラムし直してパックツアーのガイドドローンにするそうです。お二人には織田コンツェルンからの派遣社員さんたちが業務を掌握して、システムが自立して回せるようになるまで、リゾートの全体統括をお願いしたいそうです』

「織田も引き込んだのかうちの可愛いキトゥンは」

『船長の事をキトゥンなんて言うのは薬研さん位なものです。あれはやり手婆の一種でしょう』

『ラファエル、聞こえてるけど』

「おっと、取り込み中の様だな、通信以上」

 通信の向こう側でちょっとろくでもないことが起きていそうなので、慌てて薬研医師は通信を切った。

「何がこれから始まろうとしてるんですか?」

 加藤が不安そうに尋ねる。薬研は食べかけの「プレイジー」を口に突っ込んで、頬張ったまま喋った。

「わはらん!」


§


 実の所、まるの本当の思惑を理解している人物は、アレクシア料理長と、船内のほぼすべてを把握する〈コピ・ルアック〉の頭脳、FERISフェリスのみと言ってよかった。ラファエル副長も巻き込もうかと思っていたが、何かと矢面に立つ彼にすべてを明かしてしまうと、ポーカーフェイスがどの程度通じるか不安ではあった。

「ま、細工は流々、仕上げを御覧ごろうじろ。という感じかしらね」

「船長って、ほんと意地が悪い所が有りますわね」

 人型プローブを解除して猫の格好で毛繕いしていたまるは、ドヤ顔で振り向いた。

「だって、私猫だもん」

 と言いつつ、その口を大きく開けて、牙をむき出しにして笑い顔を作る。

「猫は可愛さと猛獣の鋭さを兼ね備えた完璧な生物である。と。おお怖い」

 そういいながらアレクシア料理長は店舗に配置する人員のシフト表を作っていた。

「どう、まとまりそう?」

「ええ、メインスタッフは2000レシピ以上をこなす逸材ばかりですし、正式スタッフはすべて船内の年間ローテーション1日9食365日中、繰り返し3回以下を満たすレパートリーが有ります。相互のレパートリー運用表はほぼ出来ましたし、補助機械と、織田氏が急遽かき集めた人材で、2日後にはお店が開店可能です」

「こういう急造のお店はトラブルが怖いのよねえ」

「はい、だからある程度経験のある、実稼働中のチェーン店をそのまま織田氏に回して頂きました。メニューと、その独特な発注システムを集中的に学習機で習得して頂いてます」

「いやー、持つべきものは友人ですわね」

 まるがちょっと茶化した口調で言うと、アレクシアがたしなめるような目を向けた。そう、まるより年上の数少ない船員なのだ。アレクシアは、超有能な妹の暴走を窘める様な気分でまるに言った。

「船長、織田氏はあなたに特別な好意を抱いていらっしゃるのですけど」

「私に、じゃないわ。存在しないマルティナに、よ」

「どっちにしても、ちょっと可哀想ですわ」

「んー。まあ、彼が傷つかないように、時期を見て本当の事は明らかにするつもり。茶化してごめんね」

「良いんですけどね、ちょっとハイなくらいが今の船長には求められていますから」

 仕事をしつつ、まるはシークレットポーチに入れていた袋から「カリカリ」を取りだして齧った。アレクシア料理長もシリアル・バーをかじっている。2人はお互いを見て笑った。

「今から料理で大勝負を掛けようって2人がこれじゃあね」

「いいえ、料理は踊り子さんですから、裏方が手を触れてはいけないんですよ」

「あー、もともとは私が美味しい物を食べたかっただけなんだけどなぁ」

 まるはちょっと本末転倒な流れに不平を言った。

「そのうち見るのも嫌なくらいに食べられますよ」


§


 そして、わずか2日後に、店は華々しく開店した。

 その日は1日中、マルティナと神楽が美味しそうに各地の料理を食べまくるCMが各ローカルネットでネット配信され、様々なメディアを飾った。

「数百のメニューが自由に選べる、素材は新鮮、食事メニューはかつて「遊覧航宙船中で最高」と謳われた〈レインボーフラワー2〉のかつての副料理長『アレクシア・アレクサンドル』がプロデュースする古今東西の300品目。名付けて『料理天国!』。本日〈大和通商圏〉すべての惑星でオープン!」

「週3回、『武装貨物船競争』で優勝した航宙船〈コピ・ルアック〉によるワイルドなクルーズディナーと、エキゾチックな食材で溢れる楽園、惑星〈白浜〉のハンティング&フィッシングのスペシャルパックセットを200名様にご提供」

「そして圧巻。人類が楽しめる数少ない異星人戯曲、〈EXTR183〉の『歴史絵巻』を船内で上演!」

 そう、〈EXTR183〉には、地球人類が殆ど唯一愉しめる異星人文化の戯曲が存在し、演劇文化が有った。「思索の杖」を通して、現地演劇団に交渉した結果、〈コピ・ルアック〉のホールを一時的に低温与圧状態にすることで、公演会場を作るのを条件として、これまで評価は高かったものの、見られる機会がほとんど無かった〈EXTR183〉の戯曲上演が可能となったのだ。

 〈白浜〉のハンティング&フィッシングと、その釣果を使った贅を尽くした料理に、全人類星系上此処だけでしか見られない上演会、これで人が集まらない訳がない。高額なディナークルーズは、一瞬で数年先まで予約で埋まってしまった。


(続く)

何だか斜め上の方向に向かい始めたまるの戦略。どう流れていくのでしょうか。

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