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航宙船長「まる」  作者: 吉村ことり
珈琲豆と猫
25/72

第25話「アレクシアの料理天国01:ごはんが無くなった?!」

まる船長、新シリーズ開幕です。

〈コピ・ルアック〉が戻ってきたは良いものの、とんでもない問題をはらんでいました。

 武装貨物独立航宙船〈コピ・ルアック〉。その食糧庫と食糧プラントは、船首付近にある。


 食糧庫は10トンのウォークスルー冷凍保存室と、20トンの冷蔵庫に分かれていた。食糧プラントは巨大なタンク状の施設であり、植物プラントだけで、約200種類の作物を日産200kg生産する能力があり、その他、肉類の培養プラントが日産100kg。魚介類の高速育成タンクが日産20kgを生産可能であった。

 食べ物を食べたら、当然出すものもあって、そちらにも問題が有った。汚水処理施設は船体中央シャフトのエンジン側にあり、処理の済んだ水はリサイクルされ、その他の固形物は微生物プラントで分解され、堆肥となって植物プラントに送られるようになっていた。リサイクルされる水には、し尿だけではなく、魚介類の育成タンク、シャワーに使う水、調理や掃除のための水、果ては生き物が呼気や体表から出す水分等、多岐にわたっていた。


 そして今、そのすべてが機能していなかった。


 原因は、「武装貨物船競争」での無理な加速によるダメージだった。だが、決定的だったのは、オーバーホールの際に、羽賀参事官の紹介により「仕事が早いから」という理由で、地球人類の生化学に詳しくない異星人業者に発注した結果だった。彼らは食料関連の施設や循環システムに対して、よく分からないままに手を付けてしまい、完全に壊してしまったらしい。急きょ地球人類の業者に発注をしたものの、食糧系のシステムは修復が困難なため再製造となるそうで、復旧は2週間との打診を受けた。

 冷凍庫は宇宙に居ることを利用すればちょっと強引だがどうにかできるし、穀類や根菜類は短期間なら冷暗所で何とか出来そうという事、そして、水のリサイクルシステムを技術部の努力で部分的に修復できた。というのがせめてもの救いだった。


「さて、どうしようか」

 朝食会議は、故障が判明してから慌てて取り寄せたシリアル・バーを食べながら行われた。当然の事だが、まるは猫用ドライフード、所謂カリカリだった。不服だったがこの際仕方がない。

 アレクシア料理長は憔悴しきった顔をしている。

「アレクシアさん、調理場の方の状況は?」

「現状は穀類を入荷した直後で、ご飯、パンなどの炭水化物は何とか出来ます」

「他の食料は?」

「野菜類も常温保存可能なものと、冷凍品中心で買い付けをお願いしています。肉も買い付けをしていますが、問題は捌く設備の問題ですね。培養肉中心の〈コピ・ルアック〉の設備では、精肉が十分に出来ません。かといって、精肉済みの食材を大量買い付けというのはちょっと非効率に過ぎますし」

「生の食材はしばらく無理そうね…」

 総務の定標じょうぼんでん部長が口をはさむ。

「当日消費出来るものでしたら、直接、降下艇ドロップシップで買い付けに行くことは可能じゃないでしょうか。多少は費用がかさむことになりますが、この場合やむなしという事で」

「ふむ、食糧の自転車操業状態ねえ」

「船長は極端な話、カリカリで過ごせそうですか」

「栄養的にはね。心情的には御免こうむりたいわ」

 カリポリと猫用のカリカリをかじりながらまるは言った。まるが食べる音にいちいち反応しているネコスキーはもう、無視していた。

「応急冷凍庫の方は?」

 これに答えたのは秋風技術部長。

「右舷ドッキングベイ近辺の船殻に籠を取り付けています。容量は1トンですが、何とかなるでしょう」

「宇宙放射線とか大丈夫?」

「籠の表面は光を遮断するバリアで覆います。熱だけを排出する感じになりますね、物資の搬入、搬出はロボットアームで行います。ちょっと不便ですが、応急処置ですので」

「他の不具合は?」

「水のリサイクルシステムも問題です。現在トイレは緊急し尿処理施設で稼働していますが、全体としての水のリサイクル率は60%に留まっています。三日ごとに処理しきれない汚水と汚物を捨てて、新鮮な水を3トン補給する必要があります」

「空気のリサイクルシステムは?」

「そちらは問題ありませんでした。不幸中の幸いですね」

「参ったわねえ、これ以上営業を停止も出来ないし、補給を続けながら営業するしかないわね。五条部長、新穂営業部長、それとアレクシア料理長、後でブリーフィングルームに来て。ラファエル副長もね」


 これが、〈コピ・ルアック〉の食糧騒動の幕開けだった。


§


「本日の買い付けから帰還しました」

 加藤操縦士補が〈渡会わたらい雁金かりがね〉で物資を運んで帰還してきた。

「水が9トン、肉、野菜がそれぞれ200kgずつ。指定された品目通りに買い付けを行いましたよ」

 アレクシア料理長が受けとりに現れたが、その顔は不安そうだ。

「本当に大丈夫? 昨日の買い付け分の野菜、1/4が傷んでたわよ」

「はい、だから一応、調理部の人に立ち合いで付いてきてもらいました」

 アレクシアはむー、という表情で積載された野菜の籠を眺めていたが、加藤に文句を言っても仕方ない事に気が付いて態度を変えた。

「分かりました、ありがとう加藤君。早速確認させてもらうわ」

 食糧プラントと貯蔵庫が壊れて今日で三日目。保存のきかない食料を前に、調理部の忙しさは格段と上がっていた。外から仕入れてくる素材は全量チェックを行って、初めて調理に回せる。しかし、100kgを超える原材料は冷蔵なしにはチェックもままならない。急造の絶対零度の宇宙を使った冷凍庫は「乾燥する、冷えすぎる」という最大の問題がある為、食品を厳重なパックに入れる必要があり、出し入れが大変だったから、どうしても冷凍が必要なもの以外には使われなかった。製氷に関しては別の経路で行うので、氷による冷蔵は出来たが、その氷の元となる水が充分に濾過を行えず、貴重となっていたので、なかなかうまく行かなかった。勿論、貨物用の低温貯蔵庫はあったが、物流の五条部長が匂いの強いモノの持ち込みに難色を示したので、一部の野菜類以外は置くことが出来なかった。

 

「とにかく、常温保存のきく食材を多用して、生鮮品率を下げるしかないわね」

 昼食を人型プローブで摂取しに来たまるはため息をついた。

「数日だったら常温保存できる物もありますし、そこら辺はリスト作成中です」

「悲しいかな、常温保存できる食べ物には、私が食べられないものも少なくないのよね」

「そうですね……葱類は野菜でも長期保存できますけど、猫には禁忌ですし、干物や漬物、干し肉等は塩分が強いですしね」

「だからこうやって人間の食事が摂取できる、人型プローブを使ってご飯を食べに来てるのよ」

「船長一人分でしたら、用意しますのに」

「遠慮するわ、そんな負担掛けられないもの。どうしても元の姿で食事を摂る必要が出たら、カリカリでも齧っておくわ」

「で、今食べられているのがスープカレーという訳ですね」

「玉ねぎ、塩分、香辛料。猫じゃ食べられないモノてんこ盛りですもの」

 その実、人の食べ物を食べる面白味も多少は感じているまるではあった。

「いくら無毒化できるからと言っても、食べ慣れないでくださいね。猫が自分の本来の食事を味気なく感じてしまうと、それはそれで病気になりかねないですから」

 もちろん、アレクシアにはしっかり見透かされていた。ちなみに、この日の昼食のメニューは3種。干し肉と野菜のスープカレー、リングイネのボロネーゼ、茹で餃子と掻き玉スープ。であった。何れも乾物、干し肉や比較的日持ちのする根菜、パウチ食品(缶詰にとってかわったパック食品、缶詰と違い、非加熱食品でも殺菌処理して長期保存できるし、料理によってはパックごと調理も可能)等を使える食品だった。

「それにしても、食材の自給率が下がると、やっぱりコスト面で大問題なのよねえ……」

 食事をしながらまるはため息をついた。

「問題はそこですよねえ」

 すると、そこに餃子を持って五条物流部長がやってっ来た。

「いっそのこと、買い付けるのではなく、捕獲に行ったら如何ですか。短期の狩猟許可や採取許可を取って捕獲したほうが安くつく場合もあるのじゃないですか?」

「ハンティングかぁ」


§


 殆どの星で地球人類が食べている食品は、地球原産のものが大半を占める。そもそも天然の居住可能惑星自体が少なかったから、テラフォーミング時に地球の作物を作付したり、地球産の生命体を連れて来ていたし、天然の居住可能性の産物でも、地球人類の摂取に適当なものは限られていたからだ。

 しかし、数少ないその星原産の食べ物で、地球人が摂取可能な食べ物は、きわめてエキゾチックなものが多かった。

 天然居住可能惑星は〈大和通商圏〉では6か所。その中でも特に、その星原産の食べ物が多かったのは〈らせんの目〉太陽系にある惑星〈白浜〉であり、エキゾチックフードのメッカになっていた。〈白浜〉はその表面積の9割が海であり、星の大半を覆う亜熱帯気候も手伝って、海生生物の豊富さでは地球を遙かに凌駕していた。有名なのは「白浜ガニ」と呼ばれる、地球の甲殻類によく似た生き物と、「海鶏」と呼ばれる巨大魚(決して「シーチ○ン」と呼んではいけない)だ。また、航宙船に欠かせなくなった「エッグプラント」も、この星原産の植物を品種改良した結果である。その他さまざまな動植物、魚介類がこの星で収穫されている。収穫は緩やかに管理されていて、資源枯渇がないように配慮されていた。

「やっぱり〈白浜〉での漁が一番かしら」

 まるは資料を見比べながら言った。

「土岐氏のプライベートビーチの使用権を持っていますから、漁獲申請だけすれば直ぐに行けますしね」

 ラファエル副長も資料を調べていたらしく、即座に返事が返ってきた。

「丁度明日、〈らせんの目〉との往復貨物が有るし、あちらに行った時にやってみましょうか」

「では、五条さんに許可申請をお願いしておきますね」

「お願いね」

 しばらく考えて、まるは船内通信でアレクシア料理長を呼び出した。

「何でしょうか船長?」

「ちょっと企画を考えたのだけど、協力お願いできるかしら」

「企画、ですか?」

「惑星〈白浜〉でハンティングとフィッシングの大会を開いたらどうかなと思っているの。その成果の調理とかについて、いろいろとね」

「なるほど、面白そうですね。後でお伺いします」

「よろしくね」

 まるは通信を切り替えると、五条物流部長を呼び出した。

「五条君、いいかしら」

「何でしょう船長?」

「運輸計画の途中に、五条君の発案してくれた食糧捕獲の計画を挟みたいんだけど、通常業務のルーティンに暫定的に組み込むことは出来るかしら」

「分かりました、各部と相談してやってみます」

「お願いするわね」

 まるは通信を切ると独り言ちた。

<さて、いろいろと忙しくなりそうね>


§


 アレクシア料理長は400人の乗組員の中でも稀有な、まる船長との昔なじみの一人だった。それは、まるが知性化される前からに遡る。薬研医師とラファエル副長とアレクシア料理長。この3人が、「猫」という生来飽きっぽく気まぐれな生き物のまるを、強力にサポートしてくれているから、まるは船長を続けていられるといっても過言ではない。

「収穫を料理するとして、問題は調味料。特に塩漬け、発酵食品、それにハーブ・スパイス類ですね」

 アレクシア料理長はため息をついた。

「それは貯蔵庫の問題?」

 ハーブとかスパイスと呼ばれるものは、基本的にはフレッシュと呼ばれる生の状態で使うものと、乾燥したドライハーブに分けられ、さらドライハーブは、ホールと呼ばれる乾燥させて原形のままのもの、パウダーと呼ばれる、ホールを粉にしたものがある。通常はこの3種類のいずれかの状態の物を使うのだ。

「貯蔵庫全体がオーバーホールになった際に、少量は貨物スペースを区切って置かせて頂いているのですが、全ての貯蔵品のストックを置く場所を船内に確保できなかったのです」

「ハーブとスパイスと塩漬けかぁ。猫にはほぼ無縁のものだから、気が回ってなかったわ」

「人間の食って多彩で厄介なんですよ。ドライハーブ、塩漬け肉は使用量も少ないし、常温で長期ストックが可能なため、特に問題にはなっていません。問題はフレッシュハーブと発酵食品なんです」

「フレッシュハーブって、要するに野菜みたいなもの?」

「ええ、以前は植物の栽培プラントで一緒に作っていました。長期の栽培は当面の問題ではないので後回しにするとしても、1℃~10℃の温度を保てる生鮮用の冷蔵庫が無いと色々不都合が出ますね」

「秋風君、船内温度って基本的にはヒーターによって保っているのよね?」

「そうですね。恒星付近を通過する場合などは逆にレーザー冷却などを使いますが」

「確か、空気循環系はブロックごとに違っていた筈よね。部分的に設定温度を下げれば、冷蔵庫代わりに出来ないかしら?」

「実際、恒温倉庫の一部はそういう冷蔵仕様になっていますが、商品用の貨物倉庫と食品用の倉庫の共用は出来ないですよ。品質管理上の問題が出てしまいます」

「倉庫じゃないわよ」

「エンジンブロック周辺もダメですよ。食品が汚染される可能性が有ります」

「もちろんわかってる。通常はほとんど使われない独立循環系のブロックが有るのよ」

 秋風は目を上に向けて暫く考えていたが、「あっ」という表情をしてまるを見た。

「あそこですか……でも、植物用の冷蔵庫となると、湿度調整も必要ですが、そうなるといざとなる時の運用に問題が」

「まあ、滅多に使うモノじゃないし、暫くの間だったら大丈夫でしょ」

 アレクシアが興味を持って聞いた。

「それって、どこなんですか?」

「次元転移砲の制御ブロックよ。滅多に使わないでしょ?」


§


 航宙船〈コピ・ルアック〉の最強の武器、それは「次元転移砲」である。照準方向の一定の空間内の物体を別次元の空間に分解転移させる事で排除するという、ある意味究極の物理兵器である。だがその実態は、その強力さがあるが故に、無差別な殲滅を否定するまる船長によって使用が制限されるため、ほとんど使う機会が無いという、いってみれば非常時以外はお荷物以外の何物でもなかった。

 「次元転移砲」の外見は、珈琲豆を逆さに伏せたような〈コピ・ルアック〉の主船体の、珈琲の溝にあたる部分の中央付近に突き出た、パイプの複合体のような物体である。大きさは150mほどもあり、その制御室も直径100mほどのドーム状をしており、機構の性質上かなりの空間が空いている。転移砲動作中は入室できないが、通常はメンテナンスと回路の保全のために与圧区画となっていて、入室が可能である。凍結しない程度の熱には保温してあるが、基本は元から冷蔵庫の様な気温だ。此処を冷蔵庫に使うアイデアに問題点があるとすれば、「『次元転移砲』を使う前に物体を撤去してしまわないと撃てない」という点と、「それでも無理やり撃とうとしてセイフティを解除して撃ったら、冷蔵していたものはすべて一瞬で台無しになる」ということ。つまりは「次元転移砲」を使わないこと前提であれば問題ない。という事になるだろうか。

「転移砲なんて、使わなければ使わずに過ごせるものよ」

 と、まるは(うそぶ)いた。ラファエル副長はため息をつきながら答えた。

「それはまあ、正体不明の攻撃を受けて対処法が無いとか、超巨大戦艦がやってきたりとか、超天才の攻撃を受けたとか、そういう事でもない限り使わないような代物ではありますけど」

「でしょ?」

「今までその手の事件に、ひと月間遭遇しなかったことってあります?」

「そこら辺はイレギュラーでしょう」

「だから、『うちの船はなぜかイレギュラーに遭遇する率がとても高い』と言ってるのですよ」

「う」

「船長、私は最初この船を入手した際、超強力な重力波砲30門を以てしてもどうにもならない事なんて起きない、と進言して、この「次元転移砲」の撤去を提案しました。ですが、いまは「次元転移砲」を封印するなんて考えにくいと考えています」

 ラファエル副長の表情があまりに真剣で、まるも躊躇はした。

「でもね」

「はい?」

「つい先日までは、この船自体がない状態で、やんちゃなとっちゃん坊やの黒猫を撃退できたじゃない」

「それは、相手に土岐さんという精神的なウィークポイントが有ったうえで、ピンインの協力を得られたからじゃないですか」

「それはそうだけど、言葉を返すようだけど、「次元転移砲」がまともに役立ったのって、「武装貨物船競争」での小惑星密集帯でのデブリ撤去位じゃないの。こんな滅茶苦茶な武装、普通の戦闘では使い道が無いわよ」

「うーむ……」

 トップ二人の口論を、周辺のスタッフはハラハラしながら見守っていた。ラファエル副長とまるがここまで意見が合わないことはそうそうない事態であったし、大抵はどこかで副長の方から折れてくるのだが、今回はそれが無くて延々と言い争っているため、周りの物としても不安はぬぐえなかった。

「じゃ分かったわ」

 まるは尻尾をぶんぶんと振り、不満を振りまきながらも妥協案を出した。

「戦闘開始後、ただちに冷蔵庫からは人を退去させて、しかる後はセイフティロックを解除して、冷蔵物より『次元転移砲』の照射を優先するわ。それでどうかしら」

 ラファエル副長はむっとした表情で暫く考えていたが、やがて口を開いた。

「結構な損失になりますよ?」

「まあ、その時はその時だし、『次元転移砲』を極力使わせない様にすればいいのよね?」

「そういう事になりますでしょうかね」

「よし、じゃあそういう規則を徹底させるようにしましょう」

「分かりました。ではこの件はこれで」

 二人とも言い分をぐっとこらえての妥協は、流石に船の運営を第一に考えた結果ではあった。


§


 実際のところ、次元転移砲制御室の冷蔵庫化がもたらす恩恵は無視できないものが有った。アレクシア料理長が喜び勇んで、定標じょうぼんでん総務部長を連れて自ら調味料の買い付けに行ったほどであった。垂髪うない経理部長も一緒に出たがっていたが、調理部その他からの大量の必需品の買い付けや、修理の不備についての交渉で経理部が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたのでお預けとなった。

 買付から帰ってきたアレクシアが、まるににこやかに話しかけた。

「ねえ船長、『キャットニップ』ってハーブをご存じ?」

「うーん、ごめんなさい、ハーブとかはあんまり興味がないので疎いのよ」

「『イヌハッカ』っていう名前でも知られているそうですよ」 

「犬なのか猫なのかはっきりして欲しいわね」

「そうですね」

 そういいながら、持ってきたバッグからハーブの苗を取り出した。

「面白いから仕入れてきたんですけど、船長に少しお渡ししようと思って」

「ふうん、なかなか独特な香りが……」

 そう言いかけて、まるはくらくらとした。

「このハーブ、猫が好むハーブとして有名なのだそうです。少し木天蓼マタタビと似た成分が入っているそうで……船長?」

 気が付くとまるは、苗をかじったりひげをこすりつけたりしていた。

「はっ」

 人間だったら赤面してる。

「ま、木天蓼マタタビに似た成分は勘弁してほしいわ」

 アレクシアは済まなそうに笑いながら答えた。

「ごめんなさい、そんなに効果があるとは思わなくて」

「もう……悪戯の為に仕入れたの?」

「ああ、そういう訳じゃないですよ。基本は肉料理の香り付けとかに使います。名前の由来が面白かったのと、猫が好き、ということを聞いたので船長も楽しんで頂けるんじゃないかなって。まさかこんな効果があるとは思ってませんでしたわ」

「ふうん……。ああ、なんとなくわかったわ」

 猫は一日10時間程度しか起きていられず、残りの時間は半覚せい状態で寝て過ごす。寝る子=「ねこ」という名前の由来でもある。しかし、まるはそうはいかない。船長として船の運行管理をする以上、飽きっぽくて日がな一日寝て過ごす、猫の生態とは決別する必要があるのだ。そして、まるはそれを薬物の力に頼って実現していた。今回は恐らくその薬物と木天蓼マタタビに似た成分が反応して、まるを過剰な行動に駆り立てたのだと思われた。

「香りにもその成分が有るのよね、注意しなくちゃ」

「船長によくない効果が出るなら、使用を諦めましょうか」

「ああ、せっかく仕入れたのだし、それはしなくていいわ。私の方で何とかする」

「あまりご無理をなさらない様に」

「他に買いつけたものはどんな感じ?」

「ええと、味噌が4種類と醤油、味醂みりん、醸造酢、ヨーグルト、バター、チーズが20種類ほど、ハーブとスパイスが150種類ほど、塩、砂糖、といったところでしょうか」

「大変ねえ。猫ならそんな種類は要らないのに」

「でも、そのおかげで食文化は豊かですよ」

 まるは真顔になって考えた。

「たしかにね。最近味わえるようになってよく分かった気がする。あれは一種のドラッグかも知れないわ」

 アレクシアは流石に苦笑した。

「ドラッグは言い過ぎかもですけど、美味しいごはんは幸せになりますね」

「それよ。幸せになるという事はドーパミンとか、そういう脳内麻薬が出ちゃうわけでしょ。やっぱり麻薬的な魅力だと思うの。他の生き物にはない特徴だわ」

 アレクシアは肩をすくめながら答えた。

「そういうものですかねえ」

「そうよ、だからみんな美味しいごはんには夢中になるんだと思う。良く規制されなかったものだわ」

「ドラッグ、言い得て妙かも知れないですね。昔は確かに、色々と今では規制されているようなものが普通に流通していたって云いますし」

「そうよ。料理も規制されてしまわないように注意しなくちゃ」

 そういいながら悪戯っぽく目を輝かせ、尻尾を付与付与と振るまるを見て、アレクシアは笑った。

「船長、たちの悪い冗談ですわよ」

 人間だったら、たぶん声を立てて笑っただろう。猫にはそういった明確な爆笑いというものはないが、感情の起伏が激しくなることはある。

「ごめんね。軽い冗談よ。話を戻しましょう。今回仕入れたものが有ったら、ハンティング&フィッシング大会のご褒美が飛び切りのごちそう、というのはアリなわけね」

「はい船長、一世一代の腕によりをかけた料理を振る舞いますわ」

「船員の士気高揚にもなるし、良いと思うわ。よろしくお願いするわ」


§


 まるの考えとしては、今ちょっと船員のストレスになりつつある食の不安への補てんを考えると同時に、レクリエーションも兼ねた一石二鳥のイベントが出来ると思っていた。

 しかし、ここまでのお祭りになるとは、正直予想していなかった。ハンティング&フィッシング大会は搭乗員の9割が参加となり、有志による模擬店も開催され、どういう経緯か、そこでのB級グルメ大会も含めた食の一大イベントとなってしまった。

 面白かったのは、このお祭り騒ぎに際しての、船内での唯一の異星人〈思索の杖〉の反応だった。彼ら〈EXTR183〉の星でも、食は重要な問題だったが、それは食事によって栄養を得る喜びや、味覚や嗅覚などの様々な感覚を刺激することが、彼らの知的好奇心を満足させるからであって、地球人類の様にそれを快楽と感じているわけではないらしかった。食糧倉庫・プラントが故障したことによる損失は、彼にもかかわっていた。彼は地球の食品をそのまま摂取できるわけではなかったが、冷凍庫に彼が主食としている彼の星原産の食品類を預けていたのだが、今回の故障でそれが出来なくなっており、やむなく、自室に持ち込み貯蔵可能な栄養パックによって生命維持をする状態になっていたので、それによってフラストレーションがたまっていたのだ。今回の地球人類のお祭りに乗じるように、彼の食の原材料となる惑星〈白浜〉の深海プランクトンが入手可能らしく、彼は彼でこのお祭りに参加しようともくろんでいるそうだった。なお、〈思索の杖〉は、現状ではオブザーバーとして〈コピ・ルアック〉に在籍しているが、主に異星間交流をその研究テーマとしており、彼の紹介で〈EXTR183〉との間の新たな貿易の可能性が見出される可能性が出てきつつある為、面白い地位を確立しつつあるようだった。


 かくして、様々な乗員の思惑を集約して、〈コピ・ルアック〉船員による、惑星〈白浜〉でもハンティング&フィッシング大会は開催される事となった。船員全員を集めた開会式が行われ、まるが開会の言葉を述べることになっていた。

「まあ、私はあんまり言葉も得意じゃないし、言いたいことはいろいろあるけど、纏めていっちゃうわね」

 そういうとぐるっと船員を見回して、ばっと後脚二本で立ち上がり、右前脚を空中に突き出した。

「みんな、大いに獲って、大いに食べよう!」

 集まった船員はまる船長の合図に合わせて右手を振り上げて掛け声をかけた。

「大いに食べよう!」

 かくして、前代未聞な食の大会は開催されたのだった。

「良い大会になると良いですね」

 ラファエル副長がまるの隣で目を細めた。

「まあ、これで士気が上がるなら安い物よ」


(続く)


表題のアレクシアさんが活躍するお話しになる予定です。

こうご期待。

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