マリアの知らない世界
ヴェリタス女学院。格式のある女子校でクリスチャンばかり集めるような、辛気臭い学校。マリアはうんざりしていた。
「そうも言っていられないよね」
そう、マリアは今日から伯父が勤めるヴェリタス女学院の教師だ。クリスチャンではなかったマリアは、違う学校へ進学したが、人手不足という手前。臨時教師のような形で身内の頼みを引き受けてしまった。
それは、格式のある女学生の間では【七光り】と呼ばれても仕方の無いことではあるのだ。
「それにしても。久しぶりに見る校舎だわ、伯父様が遊びにおいでとおっしゃって以来かしら? 職員室も変わってしまったようだし、参ったわ……」
絶賛迷子な彼女はクスクスと心無い笑い声を他所に自分のやるべきことに集中していた。
生徒と教師、そんなものにかまける暇はなかった。
「あ、あのぅ。どちら様でしょう?部外者ですわよね?」
そう怪訝な声を上げたのは、やや強気な女学生。振り向くと、ヴェリタスには珍しい髪質の子だった。
艶やかな漆黒の日本人。無宗教と聞いていたが稀にいるのだろうか?と思いに深けていると、彼女はさらに続けた。
「不審者……ですか? 」
「いえ、ごめんなさい。私、これでも列記とした教師なの。でもそうね、迷子な教師なんて貴方の目には不審者で間違いないわよ」
「あ! 新人のマリア先生ですか?」
名前まで知られているとなると、この先思いやられるなとマリアは胃痛をヒシヒシと感じつつ頷く。
「御無礼申し訳ありません、わたくし、緑川 ヒカル。日本の父と外国の母を持つハーフです。ヒカルは本来ならば漢字ですが、ここではカタカナでよろしくお願いします」
緑川光と名乗る彼女は確かに礼儀正しい日本人だった。父がとても厳格と見た。マリアは優しく微笑みヒカルの頬を触り感謝を述べた。
「いいの、私もどちらかといえば異国のようなもの。お互い助け合いましょうね」
まだ、この時のマリアはヒカルとの逢瀬で本当のヴェリタスの悪魔を知らなかった。
ヒカルは何故本名の漢字を名乗らないのか。
日本人である誇りを捨てなければならないのか。
ヴェリタスを支配するのは伯父では無いことすら、マリアには到底理解できない、女子校の恐ろしさの片鱗を知る事になる。