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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅱ 《絶望の断崖》
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【#099】 Preparatory period Part.Ⅱ -夢と理想《後篇》-


 大量の水がシャワーのように降り注ぐ音がとおくのほうで無情に聴こえていた。


 敗残者は耳を両手で塞ごうとはしなかった。ただ・・・ただ、今は自分のことが精一杯で外界の雑音を認識する余裕もなければ、下手に意識して後悔を噛み締めることが辛かったのかもしれない。


 ――自分のこと。それは自分の内側に潜む悪魔たちのことだ。


 禁忌魔法。それは嘗ての時代、人間種[ヒューマン]の部族の中でも構築能力に特化した古代人アルティマが才力と努力と知恵を振り絞って完成させた完成させてはならなかった禁忌の魔法術式のこと・・・らしい。


 らしい、という曖昧な表現を使ったのは、そういう仮説を記した書物をカルマがスキル【速読】で記憶したものを共有したからに過ぎないからだ。裏付けもしないで断言はできない。


 何故?どうして?この魔法を遥か古の時代を生きた古代人たちが作ったかは俺にも分からないが『禁忌』というだけあって、蓋を開いた自分が良く理解している。禁忌魔法の共通点、それは命を平然と天秤に乗せてしまう常軌を逸した術式だということ。


 禁忌魔法【創造世界】、魂だけとなった意識体という状態下でも人間を構成する媒体が例えモンスターの血肉だろうが脳髄だろうが骨だろうとかき集めて、殺めたモンスターの血液と肉と骨と自分の血液を繋ぎ合わせる。そうして新しい肉体を構築する術式だ。


 思い返せば恐ろしいことをしたものだ。それのせいで『今』が壊れかけているって言うのに、人間の"生きたい"っつう本能に負けてこのザマだ。冷静に考えれば分かりそうなもんじゃないか?


 あそこに俺の意識体があったなら、殺したと思っていたモンスターにもうっすら魂の灯火があったかもしれない。その仮説が成り立った場合、俺のこの器に俺以外の意識体があってもおかしくないだろう。


 敗残者は、静かに目を閉じる。例え閉じなくとも照明器具が一切ない部屋で闇を求めた訳ではなく、心の内にいるもう一人の自分と向き合うべく目を閉じた。


"どうしてだ!"

"どうして・・・、"

"どうしてなんだ。"

"どうして、こんなことに気付かなかった!"

"願わなければ良かったのか?"

"強欲に、"

"生を求めなければ、"

"あそこでくたばっていれば、"


「・・・・・・・・・。」


"――違う。"

"そうじゃないだろ。"

"あそこで、"

"あの場で刃を起こさなかったら、"

"クーアに逢うことは出来なかっただろう。"

"自分に秘匿された過去の一部も分からなかっただろう。"

"新しい友人トーマスにも巡り逢うことはなかった。"

"楽しいことばかりじゃなくても、"

"それが辛い結果でも、"

"俺が生きた道だ!"

"逃げて何になる?"

"臆して、ゼロに戻るくらいなら――、"

"俺は今の自分を犠牲にして前に進む!"


 敗残者は内側に問う。


「答えろ、カルマ。俺の中の悪魔モンスターは生きているんだろう。だから、奴等のスキルが覚醒したんだ。違うか?」


 生前、禁忌魔法【創造世界】を使う前の人間種[ヒューマン]だった頃の俺は、古代人の血を受け継いだ影響で魔法を使うことが一切出来なかった。ステータスの数値を見てもその答えは歴然。なんせ魔法を発動しようにも魔力値ゼロだったのだから。


 再転生後、人外の身体を持った通称セカンドプレイヤーと言われる存在の正体不明の魔導書グリモアのカルマと黒騎士鬼ナイトメアゴブリンのハガネと【反魂術式】で魂の契約を結んだ。さらに新しい肉体は魔人種[フェイスマン]となり、数多のモンスターの血という情報が肉体の中で混在した結果がステータスに刻まれたのだろう。


 当時の自分には、そこまで頭が回っていなかったが図書館でカルマが得た知識があるからこそ分かる。全てではないにしろ、多くのスキルが人外のものだと――。


 内側に潜むカルマは、当然のように最初・・から其れについては存じていた。聴かれなかったから答えなかった、と言うわけではない。答えるに答えられなかったのだ。


 恐れていたからだ。


 移植手術において最も難しく厳しい問題『拒絶反応』が何時棘となって襲い狂うか。禁忌魔法【創造世界】を経て凡そ二年が無事でも精神的なダメージがどれだけ肉体に負荷を掛けることになることかも計算にいれていた。しかし、計算による予測は予想の斜め上を行く劇的な現実に変わってしまった。


 クーアを助ける為に禁忌魔法【時間跳躍】で時間を遡っただけでも許容限界はギリギリだったと言うのに、灰色事件で精神的な傷口を広げてしまった結果が今の事態を生んでいたのだ。


 カルマは内側の仕事を一旦止めて、心の内にやって来たヒロキと向き合うように腰掛ける。マジックローブの魔導師スタイルで装おったカルマは、絶望の断崖から一死報いたヒロキの目を見て答える。


『そうだ。魂の契約をしてなくても、肉体を構築した時点で混在していた魂は木の根っこのように張って統合意識体を生んでしまった。無論、放置していた訳ではない。』


「それなら、それでいい。」


 カルマはヒロキが何を言っているのかワケが分からなかった。


 イヤな直感。絶望が与えた精神的なダメージのショックでイカれたのかと脳裏に浮かんだ。それを踏まえてヒロキを見れば、前向きなのに歪な微笑を浮かべていた。


「記憶を共有してるんだから分かるだろ。人間ってのは結局のところ何かを犠牲にして生きる生き物だ。だから俺は今の自分を殺して前に進む。使えるものなら何だって踏み倒して利用する。」


 予感は的中した。どんよりと黒く濁っていく心の世界を目の当たりにして、壊れていくヒロキの背後で霧が集まっていく。だった。形を得ようとする統合意識体。


『止めろ!』



「ダメ!」


 意識を呼び起こす声が聴こえた。


 ハッと我に返ったヒロキは前を見る。ハッキリと姿は見えない。それでも彼女の声を聴いてレインだと直ぐにわかった。途端に口の中で鉄の味がした。


 何度も味わった痛みなのに、痛覚よりも先に温もりが俺を包んでいた。


「ダメだよ。ヒロキの悪いところ・・・ちっとも直ってない。辛かったら、話してくれていいんだよ。もう一人じゃない。一人になんてさせないから。」


 レインはグズって温かい涙を流しながら、拳を作って痛くないパンチを俺の胸板に当てていた。何度も何度も。


 嬉しかった。そう言ってもらえるだけで心が安らいでいく気がした。でも、これは俺自身の問題だ。レインを巻き込む訳にはーーとそう思っていれば今度は額に軽いけど強い衝撃と痛みが襲った。


「―――っつう、レイン何して?」


 頭突きしたレインも痛そうに額を擦っていた。


「ううう・・・。痛いね・・・うん、痛い。」


 心臓の場所にレインは温かい手を乗せて、


「でも、ここはもっと痛かったよね。辛かったよね。苦しかったよね。」


 温かい何かが流れてきた。


「レイン?」


 心臓という循環器官を通して血管に温かいものが浸透してくる。冷たい身体にホットコーヒーを飲んだ時みたく温かいものが巡る感覚を感じた。何かが作用している。それは間違いない。でも、それがなんなのか分からないけど心が・・・気持ちが・・・ほんの少し軽くなった気がした。


「ヒロキが強くなって帰ってきたみたいに、わたしもね色々辛いこともあったし苦い経験もあった。でもね、それが生きたっていう証明なんだよ。強がらなくたってヒロキの側にはみんながいる。クーちゃんがいる。ディアンマさんがいる。ココラちゃんがいる。それから新しい仲間だって・・・きっとヒロキの味方をしてくれる。そうわたしは信じてる。」


 だから・・・と続けて、レインの方から俺を押し倒して強引に口の中へねっとりした甘い粘液が混じりあって気持ちの高揚を感じた。レインなりの自分を信じてほしい、という愛情を混ぜ込んだ表現だったのだろう。


 溢れてくる喜怒哀楽の様々な感情を抑えることなく、抱擁してレインの激しい熱烈な愛情表現に返答する。ゴロリ、とベッドの上で転がって上下を入れ換えたヒロキは理性ブレーキを解き放った。


「ありがとう。」


 でも・・・まだ出来ない、と歯止めを掛けることにした。流れに逆らうよりも乗った方が簡単だが、それでも譲れないものがある。


「でも、今は出来ない。」


 だから、俺が選んだのは先延ばしだった。レインから見れば、怖くなって逃げた臆病者チキンに思えただろうか。それならそれでいい、と思った・・・でもレインの答えは違った。


「・・・・・・うん、いいよ。」


 激しく荒々しく乱れたレインは、呼吸を整えて待ってくれると言うのだ。それが俺を信じてくれた彼女の答えだった。涙が出るほど嬉しかった。


 嬉しすぎて言葉に詰まって優しくレインの栗色の髪を撫で下ろして接吻した。それ以上も求めたかった。でも、この熱は冷まさないといけない。だから、この辺で去ることにしたのだが―――、


「待って、ヒロキ。」


 部屋から出ようとする俺を引き止めるその声の方角を見ると、暗がりではっきりとは分からないものの白いバスローブを羽織っているのは分かった。そこへ床一面ガラス張りのブラックライトの光とクラゲのクリアボディーがバスローブの絹に反射して、レインの頬が火照って恥ずかしそうにする顔が見えた。


 レインは、マジックローブの内ポケットをごそごそ探り入れて自分がこっそり作っていた物を取り出す。


「あのね、コレを持って行って。」


 それは葵色和柄の御守りだった。


「これは?」


 その質問は愚問だったな。これが何を意味するのか良くわかっていたのに、でも、聴きたかったのかもしれない。


「御守り。もしも、窮地に立たされた時にコレを見て思い出してほしいの。わたしはずっとヒロキの側に居るよって、ね。」


 俺から離れていくレインは、自分の着てきたマジックローブを持って振り替えって佇む。


「うん、行ってきます!」

「いってらっしゃい。」


 まるで夫婦のやり取りをしてしまい苦笑を溢すも、俺は此処に来て良かったと思う。あんなに澱んでた心が洗い流されて、今じゃあすっかりキレイで暖かな愛情で満たされている。


"ありがとう。"


 そして――、


 前へ進むためにも、とディアンマに連絡を取ることにした。さっきからプルル・・・、とうんざりするほどの着信音に気付いたからだ。


 OCCオープンチャットチャンネルに切り替えた途端に怒鳴り声が聴こえて、身震いする羽目になるわ。何故か俺の居場所が筒抜けで外で待ち構えていたディアンマに捕まって質問攻めされた挙げ句、旅館に戻る手前で今度は噂を聞き付けてきた女性冒険者たちから在らぬ疑いを掛けられることになったのだから堪ったものではない。


 まず何処で俺とレインが淫らな関係という邪な思想に発展したのか心当たりのある人間は一人しか思い当たる節がなかった。あの無愛想な受付のおっさんしかいなかった。そこで再度、あの場所へ戻ったのだがおっさんの姿もなければ、そんな人間がそこにいた痕跡が何一つなかったのである。



◇翌日◇


 それどころか翌日にはキレイさっぱり噂話をこそこそ話すプレイヤーはいなくなり昨日の出来事が嘘のような朝を迎えた。ただ、それが嘘でないと証明付けるように首にかかった御守りにニヤけてしまった。


 俺のニヤけ面を見たディアンマが無言のまま目的地に一緒に歩いていくのだが、顔を見上げても目線がそっぽを向くのだった。無理矢理OCCに引き込んだ。


ディアンマ

『なんだ?』


ヒロキ

『なんだ、とは結構な言い草だな。それで、どうして彼処に居たんだ?』


ディアンマ

『帰り道だったんだよ。友人との懐かしい食卓にありつくところだったんだが、すっぽかされてな。代わりに昔の雇い主とマズイメシを食う羽目になったって訳だ。つまりは偶然だ。それにしても意外だったな。』


ヒロキ

『何がだ?』


ディアンマ

『あんなこと言うもんだから女に対しての免疫力ゼロだと思ってたのに、あのレインちゃんと一発遣ってるとは案外"漢"してるじゃねーの。見直したぜ!』


ヒロキ

『・・・・・・あ、うん。』


ディアンマ

『おい、冗談だろ。まさか、遣ってないのか?』


ヒロキ

『わりーかよ。俺にだって色々あるんだよ。現に外歩きゃあ俺が無理矢理レインを犯したヘンタイ扱いだぞ。なんでそんなことになってんだよ!?』


ディアンマ

『・・・アレはだな。色んな説が浮上してたんだけど、どうもファンクラブの暴走発言が基らしいな。でも一番の問題は自分たちにあるんじゃないか?人通りの多い往来で告白紛いなことをしてたって言う目撃情報から一転したスキャンダルだ。昨日の今日でイヤに落ち着いたムードを作ったのは、国王のマイト=ゴルディーだって話だ。』


ヒロキ

『マイトさんが?』


ディアンマ

『箝口令を敷いただけじゃあこうはならない。今日はシェンリル王国にとって大事な一日になるからさ。ヒロキは知らねーかもしれねぇがアルカディア大陸全土からお偉いさんが集結する日取りなんだわ。各国の国王から爵位持ちの貴族や名家の長、大戦を凌いで一際大きな権力を握っている英雄騎士、国王の矛となり盾となる聖騎士パラディンと五大大国の覇者たち五帝傑、そして今回の剣舞祭最大の依頼主クライアントである剣王が来訪する。』


ヒロキ

『そう言われると偉い仰々しいメンツだな。英雄祭の時もそんな感じだったのか?』


ディアンマ

『・・・・・・英雄祭と剣舞祭じゃあイベントの規模が違ってくる。ヒロキ、お前も参加するんならそれぐらいは知っとけ。英雄祭ってのは新人ルーキー同士をぶつけ合って世代別の強者を決定する闘いだが、剣舞祭はすべての世代の強者を集って世界最強を決める場なんだ。開催地がアルカディア大陸だろうが、世界中から名誉と力を持て余す輩が剣王を目指す。つまり、事実上は今回の剣舞祭で優勝を飾ったプレイヤーは"剣王"という名誉に加えて、"世界最強"の称号が与えられるってことだ。』


ヒロキ

『うおお、そりゃあスゲーな。』


ディアンマ

『なんで棒読みなんだよ!?』


ヒロキ

『だってそりゃあさ、俺が"剣王"の座を頂くからに決まってるだろ。どれだけ臆病者呼ばれされようが、人間っていう種を越えた人外のバケモノだろうが、世界中のプレイヤーの目が向けられた舞台ステージの上で勝利を積み重ねりゃあ誰だって俺を認めざるを得ないだろう?』


ディアンマ

『――やっぱり英雄は言うことが一々違うねぇ。でもな。この剣舞祭には僕も出るんだぞ、対戦者それが仲間でもお前は剣を振れるか?』


ヒロキ

『無論だな。立ちはだかる全てを叩き潰して前へ進むさ!遠慮はしない。躊躇もしない。退かない。憶さない。それが冒険者ってもんだろ。』


「さあ、行こうぜ。俺たちの闘いに―――、」


 ディアンマを連れて到着した場所は、ギルド商会別館の応接室《VIPルーム》だった。


 目的は、ベルさんから依頼を受けた『ベルさん専属の調査兵団<深紅の蹄>メンバーの回収or埋葬・資源調査』だがそれは飽くまでもサブクエスト。表向きのメインクエストは『千年蟹の捕獲』である。


 『千年蟹の捕獲』は、シェンリル王国毎年恒例の一種のイベントクエストらしく一攫千金を狙った冒険者が数多く参加するらしい。現に今回立ち合うギルドやパーティーメンバーのリーダー格のプレイヤーとそのツレ計二名ずつが召集された。その中の一つがヒロキをリーダーにしたと言うべきか、されたと言うべきかノーネームパーティーも召集を受けての連絡が昨日の着信だったと言うわけだ。


 応接室に入るなり、ジッと視線が寄ってくる。昨日の噂話のこともあって騒然とする密閉空間の中でスピーカーのノイズが邪魔な思考を取っ払う。それをしたのは依頼主のベルさんだった。


「さあて依頼を承諾したメンバーは集まったことだし、茶々と始めようか。」


 一間おいてベルさんがマイクを握って壇上へ上がっていく。それを追い掛けるのは、ベルさんの護衛騎士ガーネットさんともう一人の見知らぬ女性が壇上のセンターへ到着するなり声を張った。


「わたしはギルド<ラビットフッド>副団長サブマスターのレイチェル=ワイズマン。今回の『千年蟹の捕獲』の総指揮を仰せつかった魔導師である!」


 そう高らかに自己紹介した彼女は、数多くの冒険者が犇めくこの密閉空間から俺だけをジッと見て指を指す。最初は何かの間違いないだと思った。どうせ隣でアクビを掻いているディアンマが手付きの悪いクセを働かせたのだろう、と仲間を疑ったのだがどうも違うっぽい。


「早速紹介しよう!"黒結晶洞窟の英雄"を語り我等が女神に手を出した外道冒険者のヒロキ君だ。キミ達ノーネームパーティーは、最後尾にてギルド商会専属の運搬班の護衛役を担ってもらうことになった。さあ、頑張って英雄的行動を示してくれたまえ!」


「な・・・・・・、」


 余りに衝撃的な言葉に息が詰まった。遅刻してしまったことが原因なのか、自分の不手際なスキャンダルが生んでしまったことが元凶なのか分からぬまま俺は野次馬にヤンヤ言われながら応接室を追い出されてしまったのである。


 一人残されてしまったディアンマは、ベルとガーネットを見るが答えは同じだった。噂話が浮上した時点でこの事態は予測できた。それでも幾ら公の場所ではない密閉された場でもこうはならないだろうと冒険者たちを信じていたのだが、抑えるどころか色んな噂が新しい有りもしない噂に飛び火して最悪の事態を招いてしまったのである。


 それが例え予測された事態でもディアンマには関係なかった。今回の召集の課題は『ヒロキの今後について』ではなく『千年蟹の捕獲』を速やかに捕獲して、どう迅速に人を動かした人海戦術で地上に運搬するか、という対策の意見を論じる場だと理解していたからだ。だからこそディアンマは激怒した。


「いい加減にしろ!」


 その言葉に立ち塞がろうとする野次馬は誰一人としていなかった。傭兵以前に"孤高の銀狼"という異名を持ったディアンマを熟練の冒険者なら誰もが知る有名人だったからだ。野次馬の中には、アクビから一変して激怒する彼を見て震えるプレイヤーもいた。


「テメェ等は餓鬼かぁ?」


 ディアンマは更に声のトーンを低くして、


「いいか、テメェ等が口にする"英雄"ってのは言葉じゃねーんだ!剣を取ってモンスターと直に命の取り合いをした冒険者が此処に何人いる?魔力欠乏症を発症させても勇敢に立ち向かった勇者が何人いる?自分の魂を掛けて・・・呪われ絶望や苦汁の決断を呑んで尚、前進した真の英雄が何人いる?」


 ディアンマは前進しながら総指揮者に問い掛けて、ベルさんからマイクを奪い参加者に振り替えって声に覇気を纏わす。


「"英雄"って言う生きてきた、命の限り抗った証を馬鹿にするな!」


 シーン、となる部屋で唯一苦笑したのは最前列で卓上に足を乗せたマナーを知らない長身の男だった。ディアンマはその男のことを知っていた。知らないのはヒロキくらいだろうと思いながら、鼻で笑って男の名を疑問系で呼ぶ。


「ふん、"巨人狩り"のアルアだったか?」

「ああ、そうさ。巨人討伐数は百体に迫る勢いの絶賛彼女募集中、ギルド<ジャイアント・フラッグ>ギルドマスターのアルア=ホプキンスとはオレのことさ。こっちの堅物はサブマスターのジャイガード、宜しくな!」


 熱く握られた握手が何を生んだか参加する冒険者たちは、総指揮者レイチェル=ワイズマンをおいてけぼりにして歓声が沸き上がる。自らが生んだ波紋を打ち消す新たな波に呑み込まれる形で作戦会議は前代未聞の終結を迎える中で、仄かに泡立つ闇を知るのはまだ誰も知らない。


 強制的に追い出されてしまったヒロキは、OCCでレインとの連絡を試みるが音信不通のまま重なりあう脅威が迫っているとも知らずワイワイ盛大に盛り上がるテンションを噛み締めることしか出来なかったのである。それが精神的なダメージとなって傷口を抉ることになろうとも、まだ約束を想うヒロキはただ願った。


"どうか、誰も死なないように。"


 ――と御守りを強く握りしめた。


次回、新篇スタートです!

次週は三連休とその次の週は諸事情でお出掛け中なので二話投稿予定です。

それでは(つ∀-)オヤスミー

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