表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅱ 《絶望の断崖》
98/109

【#098】 Preparatory period Part.Ⅱ -夢と理想《約束篇》-

三カ月お待たせです!

別作品応募の為に待たせた分を毎週日曜更新で進めていく予定ですのでよろしくお願いします(=゜ω゜)ノ

後半、若干R15です。



 女性ホルモンとカロリー問題を指摘された説教を永遠ウンザリする中。それでもお店は回っていっているようで、そちらに現を抜かしていればそれも含めて叱られてしまいました。


 基を辿れば、サワラビさんが変性スキル【誘惑】と秘書官って言う職権乱用で巻き込まれた口だと言うのに、当の本人はバレたと知ればそそくさと裏口バックドアから逃げてしまったのです。


 そのせいでわたしは羞恥プレイもいいところなお店の出し物のようにお説教される自分を見ながら食事をしていくのです。


"貯まったものではありません!"


 とは言え、流石にランチタイムに時間制限が設けられているお陰で助かりました。


 シェンリル王国中層にある飲食店は、三拍子の時間制を敷いて集中的に効率よく儲けることを意図的に狙っているお店も少なくはありません。ーーと言うのもですね、中層の客層が冒険者や職人さん、国民に限られるからです。まあ、それでも星を獲得している居酒屋や老舗料亭なんかは羽振りのいい国のお偉いさんが出入りしていても可笑しくはありませんが。


 例えば、今日は裏口という裏ワザで来店した揚げ物屋『トンガラシ』は一見豪華絢爛な木造建築に瓦を贅沢に使い強烈なインパクトで客の目を引いて、揚げ物屋特有の脂と香辛料が客の鼻をグッと掴んでしまう。客層は仕事を一段落つかせた職人から冒険者。開店オープンから本日分の商品在庫が売り切れるまで商売は終わらない。そうは言っても毎度のことながら夕暮れ時には完売が毎日繰り返されている。


 他のお店を見ても開店から閉店までがお仕事が基本。でも野菜食店『太陽の恵み』は、時間制の三拍子と言われる朝食時のモーニングタイム。昼食時のランチタイム。夕食時のディナータイム。その内ランチタイムだけに開店する完全予約制という珍しいタイプの飲食店なのです。


 このタイプにどんなメリットがあるか?というと、のんびりスムーズにお店を回せる利点に尽きます。ランチタイムに設定された時間は、午前十一時~午後三時の四時間。普通の飲食店と比べても二~三分の一程度になりますが、短いという言葉を遣うよりも凝縮されているといった方がいいかもしれません。


 その理由が完全予約制にあります。当初『太陽の恵み』は、普通の飲食店と変わりない通常営業をしていたのですがあることがキッカケで今に至ったとワラビさんは言います。それを――、


"食の品質パフォーマンス経営理念サービス"


 ――だと言っていました。


 『太陽の恵み』のオススメ料理はワラビさんがこだわりにこだわって食材を煮込み煮詰めた出汁を中心にした野菜スープですが、料理の完成から時間経過から損なわれる微妙な味の劣化を最小限且つ慌てることなくスムーズに美味しく温かな食卓にお客様がホッと一息着けるようにしたかったかららしいです。


 お説教タイムから一転、閉店と翌日に備えた支度に入った店内に怒鳴り声もなければ少数精鋭の店員がパキパキと自分の持ち場で与えられた仕事をしていた。


 食堂フロアを接客店員が床掃除と窓拭きを。地下はワラビさんが。ただ一点、厨房フロアでは一人の少女が一冊のノートを見ながら、ああでもないこうでもないと自問自答しながら調理をしているのが見えた。


「ん?誰だろう。」


 と壁越しに覗きこめば見た顔がそこにはあった。わたしとヒロキが知り合った魔法薬店『Magic Castle』の店主をしていた半白亜人[ハーフエルフ]の少女ココラちゃん。


 "灰色の猟奇"を名乗る女盗賊シアン=ファズナが引き起こした灰色事件の首謀者の妹だった。今も妹だけど公式上の表舞台では、"狐の魔女"または"終姫"という暗部になった時点で故人扱い。彼女自身も事の顛末後、法廷に立つことも身内である妹に会うこともなく国の闇の中に戻された。


 可哀想ではあるけど割り切らないといけない。でも、あの事件の真なる黒幕はシアンさんじゃなかった。垂れ下がった餌に食い付かせたのは、他の誰でもない国王マイト=ゴルディーなのだから。すべての思惑は今だからこそ合致する。


 国の最高権力者が自国にトラブルを自分から持ち込むとは考えにくいところだけど、それを平然とやってのけるのがマイトさんの恐い性格の一部。カナタ君を含めたギルド『観測者の宴』メンバーも知らない何かを隠してる部分もあるから、わたしでさえ灰色事件の全容は未知の部分があまりにも大きすぎる。


 でも、今は――。どうしてココラちゃんが此処にいるのだろう?と不思議そうに見詰めていた。そんな好奇心旺盛なわたしを知って後ろからポンポンと肩を叩かれる。そうさせられると自然に身体が反射的行動で振り向いてしまうところ・・・でも毎度毎度同じ手に引っ掛かってワラビさんがイタズラしてくるので叩かれた肩とは反対側に顔を振り向ける。


「何ですか、ワラビさん。」


 でも、結局はそれもワラビさんのイタズラの範疇でした。『質問してくる』=『口を開ける』ことが分かっていたのでしょう。ワラビさん特製の棒つき生姜飴を口に突っ込まれたのです。いきなりのことで――、


「ふぐろわぁあ!」


 自分でも何を言っているのか意味不明で分かりません。


「ふふん。それを舐めときなさい。今のアンタには必要なもんだからね。」


 そう言ってワラビさんは自分のお仕事が終わったようで水洗いした手の水気をハンカチで拭いながらココラちゃんの方に歩み寄っていきました。


 自問自答を繰り返していたココラちゃんにそれを解りやすく手解きしているのでしょう。説明を聞き終わった彼女の表情は、新しいことを初めて知ったという曇りなき嬉しさでいっぱいでした。


 喉の奥にまで突っ込まれた棒つき生姜飴を引っ張り出してペロッと舐める。


 普通のは食べやすくする一つの知恵として糖分を含ませて甘みを加えていますが、これはどちらかと言えば駄菓子キャンディーでなくクスリキャンディーとでも言いましょうかピリッとする辛味と生姜特有の暖かさ口の中を埋めていきます。


 ――と言うのも生姜に含まれるジンゲロール・ショウガオール・ジンゲロン。この三つの成分が身体に影響を与えているからです。


 まあ、わたしも薬師の一人ですし。これくらいのことが分かっていてもワラビさんに飴を突っ込まれるまではイタズラと思っていましたし、今だから『なるほど!』と思えますが説明は・・・・・・薬師だから必要ないと思ったのでしょうね。


 ジンゲロールは、ファイトケミカルという植物が外敵から身を守るために作り出す物質の一種で、生の生姜の辛さの元となる成分。これがあのピリッとした辛さを生んでいます。


 それでこのシンゲロールには、血管を拡張させる作用があってですね、体の末端にまで熱が行き渡るように改善してくれるので血行不良による肩こりや頭痛といった不調を改善するよう手助けしてくれます。それから免疫力を高める作用が強く、殺菌作用により胃腸の調子を整えてくれるので風邪や食欲不振にも効果があります。


 ほら、くるくるお皿がレーンを回って子供に大人気のお寿司屋さんがあるじゃないですか。お寿司につける調味料と一緒にガリが置かれているのは生ものによる消化不良や食中毒を防ぐ為なんです。・・・・・・あとはですね、風邪の引き始めに発熱を伴う場合、生の生姜のすりおろした物を白湯に入れて生姜湯に。発汗作用を促進し、熱を下げる効果が期待できます。


 おおうっとと話が脱線してました。でも、こうやって見てみると薬の世界も捨てたものではないと思いませんか。薬師になることは難しい道でしたが、暗記というより楽しく覚えていくのも一つの手だってコハクさんは言っていました。


 それでですね。


 ショウガオールとジンゲロンは、加熱と乾燥させた時にシンゲロールが変化した効能になります。生の場合は、ピリッとした辛さですが熱を加えることでジワッとした遅延性の辛さがありまして飴を舐め進めていくとジワッとくる二層目に到達したことになります。


 ――と言うのもワラビさん特製の生姜飴には、三つの層に分かれていて一日に摂取できる最低限の分量でキープされたスゴイ飴なんです。健康維持のために摂りたい生姜の一日の目安量は十グラムだと言われています。


 すりおろした場合の生の生姜は、大さじ一杯弱で十グラム。乾燥させた生姜パウダーなら小さじ二分の一で生の生姜十gに換算されますが、飽くまでも制限ではなく目安なので過剰摂取を控えれば身体に悪影響はありません。


 まあ、そんなわけでこの飴一個には生姜の三つの成分が掛け合わされたサービス商品らしいです。大量生産できる機材もないこの世界で緻密な計算と調合で生まれた傑作が来客者に無料で配っている。それがワラビさんなんです。平等に誰もが健康であるように願うのが彼女の表裏ない一面なのですが・・・。


"もうちょっとだけでもお説教を軽くしてもいいんじゃないでしょうか。"


 ――と思っていれば声がかかる。


「ねぇレインちゃん。反省はした?」


 本当に地獄耳です・・・読心術を使っているかもしれません。


「は・・・はい。」


 距離があっても脅しに聞こえてしまうそれに抗う術なく気落ちした声を上げる。


 その声で初めてレインの存在に気がついたようで、『え?』とココラの声が漏れる。調理の手を止めて振り返った先でレインが視界に入った途端、側に駆け寄っていた。


「ありがとうございました。」


 泣きながら感謝されたレインだが、どうしてなのか分からずあたふたしていれば理由を明かしてくれた。


 冷静に考えれば直ぐに分かることだった。


 ココラが灰色事件で犯した罪は首謀者シアンに少なからず手を貸してしまった幇助。しかし、シアンの存在を公の場で公表できない国の上層部が下した決断にギルド商会のベル=ホワイトが持ち掛けた司法取引により『罪人』という立場から一転。


 すべての権利、勿論魔法薬店『Magic Castle』の土地権利も剥奪され底辺の階級。奴隷の身分まで降格してしまったココラは、ヒロキの所有物となっている。そういう風にレインもまたベルさんから聞いてはいた。


 わたしも関係ない話じゃない。国の上層部、と言うのは国王を含めたわたしとカナタ君とタクマさんとクルスさんにそれぞれの大臣が意見を言い合って決めたこと。ここに私情が入ることは許されてはいない。自分としても間違った判断はしていないと思ってる。でも、ココラちゃんが感謝されるようなことはなにもしていない。


 今だってそう。わたしが壁越しに隠れて覗いていたのは、良心の呵責に耐えられなかったから。だって、わたしがしたのは寧ろ罪を重くしてしまう言動が多かったんだから。それが知人でも罪を庇うことがどれだけ辛いか・・・・・・国と一人の知人を天秤に掛けた時、あのときのわたしは国を選んでしまった。


"わたしは悪人だよ。"


 もしも仮に罪人がヒロキだったなら迷わず罪を軽減させてるのに・・・わたしは・・・・・・。


「ココラちゃん、ヒロキを宜しくお願いね。きっと、きっとヒロキは今回請け負った依頼でもムリするに決まってる。だからココラちゃんが手綱を握って欲しいの。」


 わたしは悪人でもいい・・・・・・でもこれじゃあヒロキに言い返せないや。あれだけ自分を犠牲にしないで言った当の本人が犠牲にしてるんだもん。これだけ。たったのこれだけの犠牲で身体が言うことを効いてくれないなんて。だったらヒロキはどれだけの自分を捧げてきたの?


 わたしはやっぱりヒロキには成れないよ。カッコいい英雄になんてなれっこいない。でも、この約束っていうわたしの願いが叶うならそれでいい。


「どうしてレインさんが泣いているの?」


 頬を伝う涙に後ろを向いて拭いながら『何でもないよ。』と答える。


 あれだけ喧嘩したって言うのに、ヒロキを想っている自分がいる。


 わたしがヒロキを異性と感じたのは、にぃと戦っていたあの時の模擬戦だった。魔法を使わず相手の行動パターンと魔法の特性を巧く利用しての勝利は一見すれば頭脳プレイにも思える。でも一歩間違えれば大ダメージを負うハイリスクのプレイの中で見せたあの笑みに惚れてしまったんだと思う。


 模擬戦だから死ぬことはなくても、あの時分もそう。水晶洞窟でのコガネイ戦でわたしを置いていけば誰も傷付かなかったのに・・・ヒロキは優しかった。


 黒結晶洞窟に階層降下フェーズアップしても寧ろ自分を犠牲にしてわたしとカエデを助けてくれた。普通の人だったら狂い出して食糧も飲料水だって独り占めしたって可笑しくない状況で、大蛇も巨人を前にしても臆することなく立ち向かうなんて・・・もしも逆の立場だったら逃げちゃってるのに一人で無理してくれた。


"ありがとう。"

"でもね、ここからは一人になんてさせないよ。英雄にはなれないけど、横に一緒に立ってサポートさせて。"

"今度会ったらちゃんと言おう。うう・・・言えるかな。でも言わないと伝わらないし、そうでなくてもニブチンだから。きっとクーちゃんのことも仲間ぐらいの認識だと思うしね。"


 そう思っていると目を疑うことが目前で起こった。窓の外を左から右へと歩いていくヒロキの姿を視認したのだ。


 もう逃げない、と誓ったばかりなのに揺らいでしまう心を――、


「――大丈夫だよ。」


 止まったわたしの心をひと押ししてくれたのはココラちゃんだった。その一言に苦笑したワラビさんはダメ出しする。


「さっさと伝えてきなよ。アンタは顔に全部出てるから解りやすいんだよ。それともまた立ち止まって何もせずに後悔するつもりかい?ココラちゃんや私が押してやってんだから走っていきなよ。」

「ワラビさん・・・。」

「泣く暇なんて無いよ。女が諦めたらそこで終わりなんだからフラれたらもっと自分を磨けばいいじゃない。早く行きな!」

「うん!ありがとう!」


 わたしはお店を飛び出して走った。すべてはこの想いを伝えるために。


「ヒロキ!」


 叫んだ声に彼は立ち止まってくれた。今がチャンスだと思ったわたしは形振り構わず告白する・・・筈だったのに。ヒロキはあろうことかわたしに駆け寄ってくるなり、


「丁度良かった。」


 そう言って突拍子もなく【空間移動術式】で拐われてしまったのである。しかも到着したその目的地に向かってポカーンと空いた口が戻らないほどに驚いてしまった。


 シェンリル王国だから当然のようにこういう町があって然るべきだし、自宅や寮や宿舎には相応の道具やプライベート空間を守る術がない。魔法使いの女の子でも防音効果のある魔法術式を自分の部屋に施していると耳にしたことは何度かはある。


 でも自分でしようかとは思わなかった。立場上はマズイのもあるし、そういう発散とかは温泉町に日帰りで行った時くらいしか・・・ってそうじゃなくて!


 どうして!?とヒロキを恐る恐る見る。


 怖かったのだ。ヒロキだって男の子だし、欲求が爆発したら無茶苦茶にされるんじゃないかって。でも、と信じて顔を見上げる。そこにはいつもと変わりないヒロキがいた。


 ホッと安心した。


 あのヒロキがそんなことするわけないじゃない、と内心疑ってしまった自分を恥じらいながら理由を聞くことにした。


「どうして此処に?」

「あ、うん。ちょっと大切な話があってさ。大通りの往来じゃあ話し辛くて・・・。個室で静かなところの方が良いかなって思ったんだ。ああ、ゴメン迷惑だった?」

「ううん、そんなことないよ。わたしも丁度大切な話があったから・・・その・・・えーと、ね。準備とか大丈夫?」


 その質問にヒロキはと言うと内心困惑していた。え?何で準備がいるんだ?仲直りにプレゼントとかいるの!?そんな現金な子だったけ、と行った感じに自問自答するヒロキにやれやれと内側に潜むジャーが追い討ちを掛ける。


『おいおい頼むぞ。ここまで来ておいて童貞で帰るつもりか?折角の子孫繁栄を彼女が望んでいるのに、言葉の理解も出来ないのかオマエってヤツは何処までチキンなのだ!』


 はぁ!?そんな訳ないだろう。レインは大事な仲間だぞ。


『だからオマエは進展しないんだ。あれだけ周りに可愛い女の子がいて興味のひとつも示さないなんて男という性別をバカにしてんのか!?クーアの時もそうだ。同じ部屋で過ごしておいて手を出さないって・・・オマエひょっとして男が好きなのか!?』


 ちげーよ!そっちこそ馬鹿言うな。


『だったら―――、な、本気で攻めて見ろや!』


・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・


「ヒロキ、行こっ!」

「あ、うん。」


"俺は臆病者だ。"

"誰かに押してもらわないと何もできない。"

"英雄ヒーローでもない。"

"でも、これからは違う。もっと前向きに考えて仲間と一緒に行くって決めたんだ。"


 だからー――、


 受付の愛想のないおじさんから個室『ゼリーフィッシュルーム』の鍵をもらって大人の階段ならぬエレベーターを使って最上階に到着した。


 チーン、とエレベーター特有の音がして扉が開くと出迎えてくれたのは、癒しの浮遊体クラゲが暗い廊下を青く照らしていた。どういう仕掛けなのかは分からないが、床一面がガラス張りになっていてブラックライトの光がクラゲのクリアボディーに反射して幻想的な癒し空間を作っていたのだ。


 ゼリーフィッシュルーム。そこはまさに癒し空間そのものである。ソファーやイス、ベッドに至るまでクラゲのぷるん、とした憎めない肌触り最高のオモテナシでカーテンのレースも美しいクラゲ仕立てと来たもんだ。


 ベッドに腰を下ろすとシーツの滑らかさは極上品。それも程好く冷たく寝心地抜群さに意気揚々と寛ぐことを目的に転げたのだがレインは何をどう判断したのかマジックローブを脱いで下着姿で俺の隣へ転がってくる。


"ちょ――!?"


 内心穏やかではない俺にレインは華奢な腕で上着を脱がしに掛かってくる。もうエンジンが掛かっているようで甘い吐息がハアハア、と。心臓の音だろうかトックントックン、と小刻みに聴こえてくる。


 上半身を裸にされた俺は臆病者を脱して、反抗的にレインの胴体を股がって上に乗る。そこにいるのがレインだと分かっていても、暗がりの照明器具が一切ない部屋でお互いにどんな顔をしているのか分からない。


 でも俺には分かっていた。魔眼やスキルに頼らなくてもレインのことをよく知る俺には、羞恥でいっぱいのレインが両手で顔を隠していることくらい想像つく。


 しかも、


「いいよ。」


 ――とレインの方から誘って来たのだから断る理由はない。ジャーが言うようにここで逃げたらチキンも良いところだ。でも本当にこれで良いのか?と思ってしまう。


 右手だけを歩み寄っていきレインの肌に触れる。


「んっ。」


 小さな反応だった。それでもそれを期にレインの脈、血の巡りが早くなるのを感じた。火照っていく身体を抱き締めて愛を互いにまさぐるつまりでいたのに――、その衝動という異変が俺の意識を奪っていく。


 発作から始まる動悸は、内側に潜む悪魔を呼び起こすかのように性欲に対する欲求が限界まで膨れ上がっていることが容易に理解できるほど頭と本能が悲鳴を上げたのだ。


 自分で自分が分からないでいた。そこには自分がいる。でも、そこにいる自分はヒロキではないのだ。レインが喘ぎ声を上げる度に酷い罪悪感に捕らわれた俺は必死に自分を取り戻そうとするが、は俺を嘲笑って大事な物を奪おうとする。


『ヤメロ!』


 ――気付いた時には俺は自分の舌を噛んでいた。黒い血液がポタポタと垂れ、其れに気付いてくれたレインが『大丈夫?』と甘い吐息のまま抱き締めてくれる。嬉しい筈なのに、レインを抱こうとしていたのが俺ではない何かで悔しくてそのまま・・・。


 ―――俺は臆病者に戻ってしまった。


次回で「夢と理想」後篇の最終回パートです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ