【#096】 Preparatory period Part.Ⅱ -夢と理想《家出篇》-
多分、書き方これでいきます。
◇禍福層 旅館『桜牡丹』◇
旅館の最上階の『桜の間』を長期期間借りている二人の少年少女がいる。ただ、そこにはゴクゴクと息もつかず酒を飲み干す少年だけで少女の姿はなかった。
銀髪の少女は―――。
◇最下層 墓所◇
クーアは、虚無の瞳で亡くなったアルファガレスト卿の十字架の墓石の前で俯いていた。
あの事件、世に言う"灰色事件"の顛末をクーアはレインから聞いて知っていた。
レインお姉ちゃんからは、クーちゃんは悪くないよ。と言われた。・・・けど、ご主人様は何にも言ってくれなくなった。それどころか、顔も合わせてくれない・・・・・・。きっと、私のことがキライになったんだ。
その姿を遠目で見るメイドは、見ていられずに声をかける。
「やはり、貴女は大馬鹿者ですね。」
クーアは、声の主を知っていた。アルファガレスト卿の邸宅で以前、お世話をしてくれた執事のクラネルさんと一緒にいたメイド長のリファイアさんだと。
それでもクーアは微動だにせず。
その反応にフーと大きく溜め息を吐いてリファイアは行動に出る。それは決して生前の主人、アルファガレスト卿に万が一と・・・と言ってクーアを託されていたからではない。メイド長としてでも、知人としてでもない。
リファイアは、クーアの肩を掴んで身体を反転させる。頬を両手で顔を起こして目を合わせる。
「ヒロキ様が避けておいでなのは、貴女のせいではありません。しかし、貴女はそれを御自分の性だと言うなら、こんなところでうじうじしている暇はありません。」
「で・・・でも。」
視線だけを横にズラして目を背けるクーア。
「でも、ではありません!貴女は、奴隷ではありません。貴女が最上級のオモテナシを断ってでも求めたのは何でしたか!彼と行動を共にすることではなかったのですか?」
そ、そんなのわかってる。ううん、分かってなんかなかったんだ。
クーアは、唇を噛み締めて瞳を潤わせる。
「わたし、私は、ひ・・・ヒロキの側に居たいよ。」
溢す涙を指で丁寧に拭い、リファイアはギュッと優しくクーアを抱きしめる。
よしよしと愛でるように撫で撫でするそんなところに、ところ構わず男が入ってきた。
菊の模様をした男性用の着物を纏った男は、何も言わず花を墓石の手前に添える。
「ちょっと耳を塞いでいてくれる?」
リファイアがどうしてそう言ったのか分からぬまま両手で耳を閉じてキュッと目も閉じる。そんな様子に安堵して、リファイアは男の頬を強く引っ張り叩く。
―――パン!
引っ張り叩く音は、風が拐って霧散していく。リファイアは、俯く男の胸元を掴んで声を枯らす。
「どうして、今になって来たの!私もレコンもアルファガレスト卿のアルフレスト先生の教え子でしょ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、答えなさい!・・・・・・答えてよ。六王獅軍の隊長まで登り詰めた貴方を褒めたアルフレスト先生を国の傀儡にさせたのは、ハナミチ。貴方よ。そんなに戦が好きなの?ねぇ、答えなさいよ!」
「・・・・・・それは、"虚無の魔女"のことを言っているのか。」
「魔女だなんて言わないで!アルフレスト先生の奥さんを悪く言わないで!」
「ファルシア王国の殲滅作戦の全権を握ったのも掌握したのも全部うちのギルドマスターだ。責任を押し付けて貰っちゃあ・・・」
「それでも止めることは出来たでしょ!」
「・・・・・・・・・・・・」
悲惨な光景でも思い出したのか、ハナミチは目を閉じる。
「閉じないで・・・・・・よ。戻っては来ないんだね。もういい、もう、ここには来ないで。」
そう言われて立ち止まることもなく去っていくハナミチは、とある少女の姿が目に写った。銀髪の少女など滅多に会うものではない。
だからか、直ぐにあの時の少女だと分かった。それでも声をかけようとは思わなかった。リファイアが怖いからではない。声をかけたところでどうにもならないと思ったからである。
ハナミチが帰った後、リファイアはクーアをある場所に連れていくことにした。そこならば『氣』の修行にも基礎鍛練にしても持ってこいだと思ったからだ。ただ、予想はしていなかった。
来ないで!と言っておいて自分から会いに行ってしまったリファイアは、ニヤケるハナミチを引っ張り叩くだけ叩きのめして知人の少女に任せるのだった。
◇禍福層 寺院◇
寺院の管理を任されているのは、住職のタクマであることに間違いはない。ただ、彼が何時も何時も何処かしらへと遊びに行くので孫娘のイロハが巫女の仕事だけでなく裏稼業の全権を握っている。
裏稼業とは、シェンリル王国の守護部隊『狩猟』の新人教育である。
新人は、身寄りのいない天涯孤独のプレイヤー。
その中でも選りすぐりの才能を持ったエキスパートの問題児、戦争孤児、奴隷など身分に関係なく集められた少年少女は、三ヶ月という短い期間に『暗部育成計画』が実施される。
その全権を任されているイロハに感情はない。新人=捨て駒の兵士に幾ら愛情を捧げようと卒業試験にてどちらかの人間は切られる運命にあるのだから。と割り切っていた。
彼女がここを訪れるまでは。
銀髪の少女。クーアには素質があると、見ただけでわかってしまった。彼女は『鬼の力』を身に宿した天性の殺戮者の血が流れている幻人[デウス]の中でも希少な鬼人族だった。
鬼人族の戦闘能力は、人間[ヒューマン]が辛うじて到達出来る限界領域を遥かに超越する圧倒的なまでの力を有すると言うのに、無垢な微笑みを生む少女は戦い方をあの時。家事の手伝いをした時には知らないと言っていた。
―――のに、少女は自分を救ってくれた主人の横を歩きたいと言う。
イロハは、あの微笑む少女の幼い顔が豹変した様を見たくはなかった。しかし、少女の決意は固かった。必死にお願いするのだ。祖父のタクマからも、もしも訪ねてきた時は宜しくとは言われていたが気が気ではなかった。
そこでイロハは提案することにした。
「分かりました。ただし条件があります。クーアさんは、今から三ヶ月の間、この寺院から出ることを禁じます。これは暗部育成メンバー全員にお願いしていることです。それからクーアさんには、入門試験として審査を受けてもらいます。」
「審査ですか?」
「はい。道場にボロ雑巾が居ますから相手にとって不足はないでしょう。」
イロハは、大声でハナミチを呼び『死合い』をお願いする。
「はぁ!?」
何の冗談かとクーアとイロハの顔を交互に見る。クーアは、お願いしますと頭を下げる。それに対してイロハは付け加えて取って着けたように注意を促す。
「あ、そうでした。クーアさん。」
「はい?」
「この場所では、勝敗はありません。勝利というゴールしかないのです。幾ら不条理でも卑怯でも不正を働こうとも揺るぐことはありません。つまり、敗北や敗者に待っているのは『死』です。貴女も入門する以上は理解下さい。さあ、ハナミチさんは今回なにを要求しますか?」
「言っておくが俺は入門者じゃない。」
「お掃除をすっぽかしておいて?」
「・・・ん、ぐっ。分かったよ。でもよ、良いのかよ?今のところ全戦全勝だぞ。」
「女の子とばかり争って、セクハラを要求する小さな男ですからね。そうですね、ではクーアさんから勝ち越しを上げれば一晩女の子を好きにしても構いませんよ。」
「・・・・・・・・・は!?いいのか!!」
うわ~と顔を引きつるクーア。
「変態を遠い目で見ても、困るのはクーアさん。貴女ですよ。」
え?と戸惑うクーア。
「一晩で大人になる予定なのは、クーアさんですよ。これが不条理な世界の一歩先の未来です。それがイヤだと言うなら、全力で敵を葬ればいい。私は貴女の本気を見たい。それとも貴女は非情にはなれない乙女ですか?」
その言葉にグサッと来たのを感じたクーアは、異空間収納術式を発動して異空間から二本の刀剣を取り出す。
―――のだが、その光景に驚愕したのはイロハだった。
何故ならば、鬼人族が魔法を使うなど文献にも記載していなければ知人の鬼人族が言うには戦闘部族に魔法が使えない。使えたとしても小規模の小さな魔法を放つのが精一杯と聞いていたからだ。
異空間収納術式は、魔法の中でも中規模に位置する上に上級魔法使いでも滅多に使い手がいない。
それをクーアが習得していたのは、カルマフクロウと言う腹黒いファンシーグッズだったとは誰も思わないだろう。
そこへクーアは、さらに身体強化術式を発動させて一歩を踏み出す。
一歩。
クーアにとっては僅かで小さく床を蹴った一歩は一瞬にしてハナミチとの距離を詰めて下段から上段へ振り上げられる。が既にそのモーションが攻撃へと転換されて腹部をかっ捌く。
不意を突かれようとも普段から『氣』を纏わせたハナミチは無傷で身体を起こすも今まで味わったことのない衝撃的な激痛が襲う。
「があああっ・・・!」
なんだコレ?と腹部を見れば外部のダメージは皆無だが、あばら骨が数本粉砕骨折と内出血を訴えるように吐血する。
―――が、まだクーアの攻撃は終わってはいない。今のダメージは、まだモーション中の出来事からなったもので振り下ろされる刀剣を見て冷や汗が浮かぶ。
「わりぃな、嬢ちゃん。居合【竜尾】!」
モンスターの上位に君臨する"赤竜"の尻尾が振るう打撃の一閃がクーアを真っ二つにする。
するつもりだった。
一閃がクーアの手前まで迫った時にそれは引き起こったのだ。それはクーアの血に潜む悪魔。『鬼の力』が産声を上げた誕生の瞬間だった。
スキル【物理限界突破】である。
物理の限界を越えた先で見た超低速世界を体現したクーアは、血に潜む悪魔『鬼の力』をあっという間に呑み込んで先祖の記憶を辿る。
その全てをカルマフクロウから教授されていたクーアは、超低速世界で一人笑みを溢して思う。流石、カルマフクロウさん!
超低速世界で空中回避を難なく成功させ、静かに降り立ったクーアは一歩を踏む。
タンッ―――。
床を蹴った超飛躍は、超スピードを生んで二本の刀剣をハナミチの首目掛けて突きを放つ。
それをハナミチは見逃さなかった。
正直なところ、スキル【物理限界突破】を使って来るなんて予想外もいいところ。しかし、伊達に隊長まで登り詰めたでもないハナミチは部分的にスキル【物理限界突破】を発動していたのが不幸中の幸いだった。
目で追えるレベルの力なら次の段階に行けると踏み、クーアの中の超低速世界に同調させる。
「スキル【物理限界突破-弐ノ段】」
「え?」
『超低速世界に入ったが最後ではない。』
そう確かに声が聞こえた。
そこでアレ?と不思議に思うクーア。
『超低速世界の中で発揮出来るのは、常人以上の身体能力向上だけがすべてではないのさ。弐ノ段、停滞者となれば十回高速で殴った分―――。』
「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
強制的に解除された現実でクーアは、悲鳴を上げずには入られなかった。
超低速世界で受けたダメージが超高速で襲い狂うそれは奴隷時代のオシオキを思い出す。ガクガク震わせながら立ち上がるクーアに容赦なく幾度も幾十も打ちのめされる。
それでも負けじと、まだ・・・・・・ですと弱音を吐かないクーアは、ヒロキの優しい顔を思い出す。
ご主人様だったら・・・・・・・・・絶対に諦めない。私を。奴隷だった私を・・・・・・見捨てなかった!
目を血で染め、クーアは禁忌の扉を叩く。
「ごめんなさい・・・。」
「ん?」
「え?」
「カルマフクロウさん、言い付け守れませんでした。アルティメットスキル解放、【鬼人武装】―――。」
その瞬間、クーアは赤い妖気を放つ鬼の霊装を纏い、おでこから生えた鋭く尖った二本の角は荒ぶる鬼を模したそれは幼女ではない。狂気を持った夜叉の姫巫女であった。
邪悪さを感じさせない純粋な殺意は、無邪気な微笑みから爆発する。
ハナミチの超低速世界からの停滞者を容易く捩じ伏せて左腕を弾く。
クーアにとっては弾いたつもりだったのだが、宙を舞う左腕と血飛沫を垣間見たイロハは戦慄した。
アレは、彼女はクーアさんではないと。
止めないと思った時には、もう遅かった。流血するハナミチの首を掴み上げてボキボキと骨を砕き、意識を喪失しているというのに腹部をかっ捌き心臓を抉り出す。グチャグチャと心臓を食らうソレは最早"小鬼"を思い出してしまう。
赤い目が迫ってくる。
ああ、どうしたら・・・とふらつくイロハは、何とか道場の内部を守る結界術式だけは解くまいと意識を持ち直そうした時だった。
パチン―――。
と平手打ちが頬を打ったのだ。一体誰がと両目で見開いた先には、住職であり祖父のタクマが立っていた。それも意識を喪失したクーアを抱えて、ハナミチはというと腹部に重度の打撲痕はあるものの左腕はちゃんとある状態に、
え!?と驚愕する。
「はぁ、頼むぞ。」
呆れた顔をするタクマ。
「一体何がどうなって・・・まさか幻覚?」
「『鬼の力』は、憎悪と狂気の塊。それを具現化させたアルティメットスキル【鬼人武装】が放つ赤い妖気は、強い神通力を脳内に直接送り込む幻覚剤になってな。並外れた精神力を持つ魔導師でも地獄を誘発させる悪夢に魘されるとは良く言ったもんじゃが、コレは儂の想像を上回るか。」
末恐ろしいなんてもんじゃないの。そんなことを思った目先で当事者のクーアは、力を使い果たして寝言を呟くのだった。
「ご、ごめんなさい・・・。」
優しい無垢な言葉にイロハは、涙を流す。
追い込んだのは、自分だと言うのになんと優しい健気な子なのかと。そして、イロハは決心する。
「タクマお爺様、私はクーアさんに全ての暗術を教えようと思います。」
「好きにするといい。」
・・・とは言ったタクマではあったが、これは後でマイトのヤツからこっぴどく怒られるなと思いつつも常識を逸脱した先の未来を想像するのだった。
次回は【#089】ラストから始まるレイン視点のお話。
余談ですが先日、またしても欲をかいて『ゴーストリコン ワイルドランズ』というゲームを買いまして。『ホライゾンゼロドーン』の操作ばっかしてたせいかスライディングのボタンを間違えて押すを連発。死体溶かすオッサンが幼稚で面白かったです。・・けど自重しながら頑張ります。




