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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅱ 《絶望の断崖》
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【#094】 Preparatory period Part.Ⅱ -夢と理想《前篇》-

改稿致しました。


◇中層 鍛治屋『大黒天』◇


 道を行く人の多くが冒険者で占める中層の大通りに佇む鍛治屋。その中でも際立つ異彩を放つのは、大黒天をおいて他にないだろう。


 色町でもないのに瓦を使った和装建造物から思わせるのは、どっしりとした『重さ』である。黒檀の看板から滲み出る日本人独特の象徴足るしるしがブランド力を押し上げている。


 ウインドウショッピング出来るよう日本伝統防具の甲冑が堂々と展示されている。他にも日本刀に酷似した大太刀と小太刀が鞘から抜かれた状態で、美しくも妖しく輝く刀身が客人の目に映り込む。


 この光景に目を奪われた一人が自分であったとガラスに映る自分を見て思い出す。

 当時は、まだ未練があった。生前の例え非合法と言えど、武器を設計するのは趣味であり製造・創作に励むことは夢半ばにして現実となる素晴らしさに取りつかれていた。悪い意味で言えば、それは『呪い』だ。


 鋭く研磨された刀身に魅了されて、いやそうではない。呪いのようにへばりついた未練を棄てきれず、自分の理想形態を求めて扉を叩いた。

 店主であり弟子の皆が師匠と呼ぶトムさんは、俺の夢であり理想の人であった。人間[ヒューマン]ではなく、小人[ドワーフ]だが人種は関係ない。

 鉱石を溶かしてインゴットに作る工程から取り掛かる職人技の数々、素人・職人・熟練の弟子たち数百人を背負う男気に惚れ込むのは時間の問題だった。


 シロナさんとああしてかち合うまで俺は黙々と坦々と修練を積んだ。理想トムさんに追いつくためにだ。時間が過ぎていく最中で、自分にも弟子を持つ機会が巡ってきた。


 まだ早すぎる、と思ったのだが親父トムさんからの命令には逆らえず・・・気付けば大黒天の中でもズバ抜けた才能を開花していた。しかし、それは逆に火種を生んで競走に火を着けることになってしまった。


 派閥が生まれたのだ。

 ――が、結局のところ派閥争いには負けた。

 原因は俺にある。灰色事件の顛末を耳にしても結果は同じ、シロナさんとかち合った時点で俺の派閥が負けることは決定していたのだから。


 ここに来たのは、親父に挨拶をしに。お別れにだ。

 本当だったら親父の背中に追い付くか、追い越してからそうしたかった。けれど・・・。


「が、ガンキチさんじゃないですか!?」


 大黒天のお客様用入り口からちょっと出た辺りで知った顔がそこにはあった。元は俺が所属していた派閥にいたヤツでもあり、俺の弟子の一人でビーンツと言う。


 ビーンツは、俺と同じ開拓世代と言うこともあって話易いし、スジも腕も確かなヤツである。ただ、派閥争いに負けてからというもの彼とは会っていなかった・・・と言うか謹慎中だったこともあるのだが。


「ビーンツ、親父はいるかな?」

「ええ勿論です。

 しかし派閥争い終結後、熟練鍛治師のウォーレンさんがリーダーに着任するまでは良かったのですが、着いていけず職人級の鍛治師さんが辞めていっているのです。剣舞祭も近いというのに」


 そうか、ウォーレンさんが。


 ウォーレンさんは、俺の三つ上の先輩で熟練級の鍛治師。腕は一流なのだが、性格に難がある人物で俺が大黒天に入る前まで彼が竜巻の中心人物だったらしい。彼に着いてこれない、と言うのは市場の取引が上手くいっていないのだろう。


 生産職に就いている者は、と言うか大抵は店主オーナーが市場で必要な食材や素材、鉱石を仕入れる。勿論、仕入れるのは市場で出回っている商品だけで加工は不可能であるために、冒険者や狩猟者に見合った金額で取引する。


 それが常識、というもの。


 しかし、ウォーレンさんはコレをしないのだ。彼は出費を最低限に絞るそんな性格上もあって、現地調達や口八丁手八丁で本人は詐欺を認めないが立派な犯罪行為にも手を出している。


 出費コスト最低限で商品アイテムを高く売る。そんなの誰も着いていくわけがない。俺でも願い下げ、御免被るというもの。


「ビーンツ、お前には言っておくが俺はここを辞めるつもりなんだ。それで今日は親父に・・・」

「え? ガンキチさんも辞めるんですか」


 え? も、ってなんだ。


「なあ、その言い方だとビーンツも辞めるように聞こえるけど言い間違いだよな?」

「ああ、そうですね。実は派閥争いが終わった時分に、とある人物からの要請と親父さんの推薦も受けて専属の職人になることが決まりまして」


 あ、そうなの?


 まさか弟子が先に抜けるとは。しかし、そうなると剣舞祭を凌ぐのはキツいんじゃないか。いや俺はここを出ていく人間だ。ここで止まったら、足がすくんだら、ダメだ。


"お前の限界はそこだ。逃げる逃げないじゃねぇんだ。足が止まったら、止まった原因を考えろ。"


 そう言ったのは、俺を慕っていた実の兄貴だった。まあ結局は、抗争の最中の流れ弾に被弾して俺の目前で死んだけどな。その時、思ったんだ。この世は不条理だと。


 兄貴の手当てはした。けど、間に合うレベルの傷じゃなかった。真っ赤に染まり滴る血と、溺れる恐怖に、怖じ気ついた俺が流したのは涙じゃなかった。流したのは、落としたのは情だ。


 だから、今度は拾わないといけない。そんな気がするんだ。見捨てるんじゃなくて、俺は卒業するために骨を拾おう。

 

「ビーンツ、最後の仕事を手伝う気はあるか?」



          ▲

          ▼



「あの何処に行くつもりです?」

「市場だ。」


 骨を拾う。つまりは、ウォーレンの後始末をやるってことだが、市場での信頼回復だけじゃすまないところまでいっていることは間違いない。


 辞めていった同じ鍛治職人の説得からウォーレン本人の意思改革が必要だろう。ウォーレンさんが今武器にしているのは、格安で雇った新人の冒険者のPTパーティーチーム。新人ほど扱いやすいものはないからだ。何も知らない新人冒険者に銀貨一枚か二枚を掴ませ、それを多人数を揃えたところでPTを組ませればコスト最低限に抑えつつ鉱石がっぽりイケるって寸法だ。


 勿論、犠牲はつきものだ。ギルドに非合法な依頼を知らせない為に雇ったであろうマンハントが活躍する。人間狩りの連中の目的が違えど、人間の血を匂いで見つける彼等の執念は異常だがウォーレンさんは、『異常』さえも利用する。


 もしも仮に、ウォーレンさんが底知れぬ悪魔なら別のリーダーを代役としてグフタフさんに引き継いで貰いたい。グフタフさんは、ウォーレンさんの昔馴染みで右腕みたいな人だった。


 チーム態勢でやりこなしていた仕事を競争態勢に変更した途端に彼は大黒天を後にしていた。競争態勢が物語るのは、派閥争いというのもあるが、あの表情から察するに『嫉妬』だろう。


 自惚れてるつもりはないが、ウォーレンさんと俺は勝負事が絶えなかった。ひたすら打ち込み続ける個人の作品がチームで作った作品を凌駕する。その悔しさと妬ましい嫉妬に魂を持っていかれたのだろう。


 ただウォーレンさんの要求が個人を鍛えて、チームにプラスとなればと当初は考えていたとしても悪乗りした波に煽られて目標がズレてしまった。その結果をグフタフさんは見抜いていたのだろうと今ならそれがわかる。


 壊れてしまったウォーレンさんを止める術を投げ出した訳じゃないとは思いたいが、今は実際に会うしかない手はない。



◇最下層 市場◇


 仕入業者が海から、白金砂丘から、洞窟や遺跡などのダンジョンから帰還した冒険者や狩猟者から買い取る。品質を見極めた上で食材を捌き、鉱石や薬草などの素材を低コストである程度まで加工。あとは定められた規定とマナーを守って競りが始まる。


 シェンリル王国での競り開始時間は、早朝の五時からと夕暮れ時の五時からの計二回行われる。その大きな要因は、冒険者や狩猟者の納入時期に合わせていると言うのもあるが大きな漁船を持つ商団の取引に合わせている。


 ほんの少し前までは、オグワードの商団【オグワード美徳会】も市場に顔出ししていたが例の一件以降見てはいない。当然の報いだと思う。最高級ワインの本物を一、ミネラルウォーターを九で混ぜ合わせた物を売り付けていたのだから商売人の風上にもおけないヤツである。


 と、まあ、そんなことはどうでもいい。

 おっ、良質な鉱石発見! これもあれも!

 目の色を輝かす師を見て思わず溜め息をこぼすのは、弟子のビーンツだった。


                    ◇◆◇◆◇


 ビーンツは、新生者である。シェンリル王国を覆う白金砂丘を東に突き進んだ町【ダバブ】の出身で漁師の息子として生を受けた。


 多くの冒険者が白金砂丘を抜けるルートを諦めて、地下の坑道かダンジョン【水晶洞窟】の主道を通って嘗てセラフと言う領主が治める都、貿易都市を目指した。それ故に宿泊施設と海鮮料理を巡って金を落としていく。それが町の利益となって幸福を生んでいた。


 だからといって漁師としての生活は、決して楽じゃない。例え友人であったり親戚であったとしても、大きな獲物を獲得した漁師だけが名誉と金が持たされる。漁法は漁師によって異なるが、ビーンツの父親が得意とした業は、大物一本に絞ったもの。


 高級鮮魚【カジキマグロ】を狙った漁は、極めて困難とされている。漁の解禁期間は、5月から9月の産卵期に合わせ沿岸にやってくるカジキマグロを標的とする。餌は小魚【オセニアアジ】【オセニアマグロ】を大きくカットした血肉を海に投げ入れて好機を待つという一見シンプルだが、食いつく確率は極めて低くシーズン中に捕れないことが多い。


 それを見兼ねたビーンツの兄貴は、その漁法に手を加えた。餌はそのまま同じだが、『待つ』のではなく小舟を出してやって来たカジキマグロ相手に銛で挑むという無謀な挑戦をした。その結果、ビーンツの兄は名声と名誉を得る変わりに命を失った。


 医師が言うに、潜水病と言うヤツらしい。高級鮮魚を捕ったという衝撃に父親は我を忘れて喜んで、町総出でお祭り騒ぎする中でビーンツの介抱も已む無く。ビーンツの胸中で息を引き取ってからというもの、父親と揉めに揉めて反対を押しきって上京したのだ。


 上京。とは簡単に言うが漁師の息子がおいそれと直ぐに転職というのはかなり難しいものがあった。上京に向けての金銭確保に、丸一年を費やして上等な服とモンスター対策に盾と短剣とバックパックを仕入れ貿易都市を目指した。途中、気立てのいい熟練冒険者のPTと出会ったのが、この業界に入る手前となった。


 鍛治スキルと漁師という職業ステータスが相まって、それなりの筋力値と器用値が役に立った。彼等のPTには戦闘職メインで料理人も支援者もいない。所謂ガチ勢らしく経験値獲得に生涯を費やしているって感じで、防具や武器は限界寸前の鉄屑状態だった。


 小鬼ゴブリンから受けた突如の襲撃から救ってくれた恩返しにと、荒削りではあるが鍛治スキルで研いだ武器と器用値が防具をそれぞれ修復が完了。そこからは早かった。研がれた大剣は小鬼の肉を易々と断ち、修復された盾は棍棒からの攻撃を弾き群れで襲い来る小鬼を吹き飛ばしていった。


 ダンジョン【水晶洞窟】の迷宮層を抜けて無事に貿易都市に到着するともう会わないと決めていた人物がそこにはいた。ずっと待っていたのだ。好きだった酒を断ってか加齢臭が懐かしく思う親父の抱擁は、自然と涙を溢す。それでも親父とは、もう帰れないと断りの返事をするが返ってきた言葉は想像とは違っていた。


"間違っていたのはオレだ。もう反対なんぞは、せんよ。自分が決めた道があるなら、真っ直ぐ進むといい。オマエはオレの息子だ。誇れる自分になれ!"


 親父は泣きじゃくりながら送り出してくれた。背を向けた自分も泣いた。あれから、真っ直ぐ道を進んでいった。鎚を投げ出さずーーーそして、彼に出会った。ガンキチさんだ。ガンキチさんとは、鍛治ギルドで幾度か見掛けることはあっても、声を掛ける勇気はなかったと言うのも『百年に一人の天才』と言われていたからだ。


 鍛治ギルドは、鍛治スキルの基本を磨く鍛治職人育成所みたいなもんで貴族だろうとシゴキに容赦はない。講義から実技指導をしてくれるのは、その道十年以上の熟練ベテラン鍛治師なのだが、実技指導を担当するのはここを卒業して間もないガンキチさんだった。ガンキチさん曰く、『ダイヤの原石』を選出することが目的だったと卒業後に聞いた。


 卒業後は、鍛治ギルドの卒業試験での能力査定の結果に基づいて就職先が決定する。A評価を獲得すれば、何処の店でも雇ってくれるが、ガンキチさんに憧れを抱いて鍛治屋『大黒天』の素人級として弟子となった。雇用された職人にとって技術は勿論だが、それだけでは稼げない。


 ーーのだが、漁師の息子として接客スキルを獲得していたこととダンジョン【水晶洞窟】で迷いに迷って迷宮層で知り合った冒険者が幸を呼んだ。定期的に修復を求めて訪れるお得意様の獲得が、弟子時代に拍車をかけて漸く巡ってきた専属職人の道である。


                    ◇◆◇◆◇


 最後の仕事とは、恐らく先輩でもありガンキチさんとは別派閥に在籍していたウォーレンさんがやらかした後始末をすることだろう。辞めた同じ鍛治職人の説得、いや最初に辞めていったグフタフさんに会うのが先決だ。だから市場に足を運んだのだろうけど、珍しい鉱石を見る無邪気さが見れなくなると思えば何だか寂しく思うビーンツは分かっていても、ミイラ取りがミイラになることを選んだ。


「おっ、此方見てください。この銀色の光沢、鋼よりも硬い性質を持つというミスリル鉱石ですよ。」


 鍛治師は、何も武器や防具の修復・修理だけが仕事ではない。冒険者や狩猟者からの注文で中華鍋を作って欲しいと言う要望から新しい武器を一から作るオーダーメイドを作ることも仕事の一環である。


 一から作るオーダーメイドに関しては、発注者の要望に合わせてデザイン・攻撃力/防御力・材質を見極める必要がある。ガンキチさんは、あの派閥争い以前は最高の武具を鍛えていた。そこに拘りがあったのは『最強』という一点のみだった。


 こう言っちゃあいけないことだが、ガンキチさんは何か取り憑かれていたように感じられた。怖いほどに執念深く鍛えられた武具は、まさに『最強』を誇っていた。しかし帰ってくるキズだらけの武具を見詰めては、まだまだだという。


 この世には、決してキズか付かないと噂される魔剣があるという。ガンキチさんも辞めると言うことは、自分と同じように専属職人の道を取ったということだろうか。もしも、そうならば何時しか『最強』の魔剣を打つのだろうとガンキチを見る。


 そんなことを考えているなんて露知らぬガンキチは、ミスリル鉱石と財布の中の銀貨を睨めっこしていると声がかかる。それは先程、別行動と言う理由で別れたばかりの冒険者の声にそっくりでミスリル鉱石を持ったまま身体を捻って後ろを見る。


「やあ、ガンキチ君。さっきぶり。」


 その一方でビーンツにも声がかかる。


「よう! ビーンツ君。そろそろ迎えに行こうと…」

「「あ!」」


 まるで二人が知り合いだったかのように、声が揃った瞬間。ビーンツの後方に立つ男もガンキチの後方に立つ男も沈黙で目を背ける。ただ、その沈黙は直ぐに破られる。


「トーマス。話は全部、ベルさんから聞いたよ。でも、それはそれだ。俺が気に入らないなら決着ケリつけないか?」

「ヒロキ。俺はアルファガレスト卿の後継者として、冒険者を引退する身。ここにいるビーンツ君は、専属職人としてダリル家の財産を築く手伝いをしてもらう。

 ――俺は、俺はな。はっきり言ってオマエには感謝してる。『家族』を護れる側に付けたんだからな。だから、これは決着なんかじゃない。俺がまだルーキーのオマエに教えてやれる最後の手向けだ。」


 その時、ガンキチは思った。この人は、一体どこまで凄いのかと。


 トーマスさんと言えば、Aランクまであと一歩と謳われた伝説の冒険者だ。まあ、ちょくちょく大黒天うちのビーンツ君に修復依頼を持ってきていたけど…まさかトーマスさんの専属職人になるとは、何足る幸運か。でも他人のこと言えないよな。僕もこの人と・・・ってまだ契約結んでないけど。


 結局のところ、ガンキチとビーンツは二人の闘いに立ち会うこととなった。なってしまったのである。ただ、二人共わくわくの高揚感を抑えきれず、そわそわしながら未来これからを一緒に歩く一人に目を向けていた。

次回、激突します!

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