【#093】 Preparatory period Part.Ⅰ -握手と誓約《後篇》-
◇最上層 テッペルン通り◇
お手洗いを後にしたディアンマは、自らの正体を顕にしてテッペルン通りを歩く。
通りに入るまで其なりに視線を集めていたが、ここでは違う。人間[ヒューマン]以外の亜人種が行き来するテッペルン通りで自分を見てくるものは少ない。この通りを主軸に経営。店を持つオーナーは、自分と同じ亜人である。
ディアンマは、韓国風な建造物に入っていく。
真っ赤な窓枠と白い壁が印象的だが、それは飽くまでも外見。内側を見る為の術は窓を覗こうとも見ることは叶わない。
見えない魔法術式が発動されているのではなく、鉱石【魔晶石】と素材【グラスポット】を合成錬金した工芸品【マジックミラープレート】。主に賭場や取引所などプライベートを大事にする場所に使われている。ここもその一つなのだ。
ここは亜人以外の人間も出入りするが、人間たちの多くは『暗黙の領域』と言って他人話す者はいない。利用者はグレーな商人から爵位持ちの貴族。国王のマイトも特別なお客様に最高のオモテナシをするためにVIPルームを使う。
ここは弩が付くほどの高級レストラン『仰角』。
入場料に金貨十枚。飲料水一杯にも金貨一枚支払う。がそれは人間に対しての利用金額。亜人からは酒代しか取らない特殊な飲食店なのである。
ディアンマが入店した先で待ち受けていたのは、同じ亜人。獣人[アニマ]の中でも武闘派の『獅子』だ。ゴツい胸板を晒して、黒ズボンに黒いサングラスを掛けている。
ただし、サングラスを掛けていようとも素顔はライオンなので丸分かりなのだが・・・彼曰く。
「久しぶりだな、ディアンマ」
「おおう、相変わらずデカイ図体してんな」
「ガッハハハ。そんな舐めとる発言した人間はグラサン取ってからに、威し掛けるところやじゃが。アンタは別じゃてに。
なんせ、"孤高の銀狼"と謳われた・・・おっと、すいません。昔話はNGでしたね。先にお客さんが見えてますよ。例の・・・・・・」
ああ、わかった。と言ってディアンマはエレベーターの鍵を受けとる。
鍵を渡した獅子の獣人は、恐怖していた。
"孤高の銀狼"という異名を発してから表情が、目が豹変したからだ。長年、取引所やこういう特殊なお店でのガードマンをしてきたが彼のような怒気を放つのは稀だ。昔話に触れらると困ることが多いために接客業でこういうのは一般的にもNGだが、彼の前ではタブーだったと冷や汗を掻いていた。
獅子の獣人の後ろには、まだ痛々しく残った拳圧の痕跡を見て大きな図体を縮みこませる。それは前任のガードマンが彼の逆鱗に触れて内臓破裂に至った過去があるからだ。
本来、揉め事厳禁なこの場。しかし、オーナーの知人でもあり常連客を近衛兵に引き渡す訳にも行かず、結局のところは酔った客が暴れた。と言いくるめてその場を治めたという。
その件があってからと言うもの、常連客でもガードマンでも一階の従業員でも彼と大きな接触を避けている。ガードマンの獣人に到っては、毎度二回は必ず顔を合わさなくてはならないが為に敢えてフレンドリーに挨拶している。
一階の従業員。という言葉に疑問を持った方もいるだろうから一応説明しておくと、この高級レストラン『仰角』は全部で五階まである構想となっている有名店舗で一階から五階までそれぞれランク付けがされている。
一階の従業員にしても客人・常連客にしても、亜人と人間の差別なき場となっている。万が一にでも、他の客人相手に無礼な言葉遣いをしてしまった客人が例え常連客でもガードマンが外へご案内する形となる。
従業員が烏滸がましい発言をした場合については、最悪のケースで奴隷まで身分を降格される非常に厳しい罰が執行される。
次に二階だが、ここは人間[ヒューマン]の富豪や貴族等が多く利用される。従業員も全員が人間。厳罰はほとんどないとされているが、客人の所持品をスリ取ろうとした輩に対しては近衛兵を招くことがあるとか。
三階は接待の場ではなく、百人を超える熟練料理人とそれぞれの専門分野の料理長クラスが己の技を出し切って一品一品を丁寧に仕上げていく調理場である。
但し、ここで作られる料理の全てが一階と二階に配膳されるだけであって四階と五階に運ばれることは絶対にない。何故ならば、上の各階には専属の料理長が一人で料理を一組の或いは個人に提供するからだ。
四階に来店し得る客人は、予約された客人の中でもVIP認定されたオーナーの知り合いか。家族か。良く来る面子で言えば、ギルド商会会長や国王。つい先日亡くなったアルファガレスト卿がお見えになったという。
そして、五階である。
ここに足を運ぶ者は、オーナーの信頼における知人に限られるが利用しているのはオーナー自身と彼だけである。
「ようこそ、いらっしゃいました。ディアンマ様」
エレベーターで最上階の五階で降りたディアンマを真っ先に迎えてくれたのは、五階専属の従業員リース君。黒亜人[ダークエルフ]である。
ダークエルフと言えば、不気味なイメージ要素しか湧かないだろう。対照的に存在する白亜人[エルフ]が善と捉えて、黒亜人[ダークエルフ]を悪に。ゲームの基本だとか転生者はいうが、全ての黒亜人が悪い訳ではない。
そういう観点からオーナーは、リース君を雇い入れたと言っていた。勿論だが漠然と選んだ、という訳では決してない。彼はこうして接客を任されているが、確かな舌の持ち主で何処で作られたかが一口で分かるそうで将来は料理人を目指しているとか。
「やあ、リース君。
何時もの手筈で酒を頼むよ!」
「畏まりました」
丁寧にお辞儀して煉瓦の部屋に入っていく。
リース君に注文したのは、超弩級の高級洋酒【ドラゴンエーテル】。
飛竜種に分類されている"赤竜"の内臓物の中で最高の旨味が含まれた肝臓から搾った肝油と"碧竜"の生き血を発酵させたもの。グラス一杯分ではなく、ボトル注文限定の扱いだけあって非常に高価な酒である。
ボトル注文限定の理由は、酸化が非常に早く。最高の味を味わうリミットは二時間とかなり短いからだ。
ディアンマが歩くにつれて、芳醇な肉の薫りがヨダレを生んで食欲を擽る。
入り口付近から別の匂いがしなければ、もっと楽しめるだろうにと短く溜め息を吐く。
別の匂い、とはシェフの手前で肉料理を堪能している僕を招待したでもないのにがっついている男ではない。入り口付近に立たせているその男の護衛と言ったところだろう。リース君とシェフは気付いていないようだが銀狼族の鼻は誤魔化せない。
ステルス効果のスキルで目を欺いても護衛に染み着いた戦場の残り香なんてのは、洗浄しようが消毒しようがこびりついて取れない呪いみたいなものだ。
そこを小突けば、この護衛二人が精鋭なのはすぐ分かる。そこから考えていけば、辿り着く人物は自ずと見えてくるのだが彼に会うのは気が引けた。
正直言って会いたくはない。その意味を含めて隣の席に怒りを込めドスッと座る。
横に目を向けると、やはり彼である。
ダスカのヤツは、腹が減っていてもがっつり肉を貪る性格はしていない。席を立とうとモーションを起こす寸前で男が声を発する。
「そんなにダスカが恋しいか?」
その声で分かった。
一番会いたくなかった昔馴染みだ。
「なんで、アンタがしゃしゃり出てくる。
ギルド連盟のナンバースリーが態々、この国に立ち入るなんてどういうつもりだ。祭事だけが目的じゃあ動かないアンタが動いてる。となれば犯罪者探しか?」
「ハハハ、私も年を食った身。何時までも犯罪者と生涯を共にする気はないさ。しかし、間違ってはいないよ。我々が探しているのは、二冊の"本"さ」
鉄板焼のラウンジで男が食すのはステーキ。
赤く輝くレアな部分を堪能して安物のシャンパンをお口直しに、続きを語りだす。
「本と言えば、灰色事件の裏では神書を巡っていたようだがソレではない。予言なんてものは、いくらでも引っくり返すことができる。
権力者は喉から手が出るほど欲しがるだろうが、我々が追い求めているのは・・・『第四の存在を呼ぶ』という召喚の書だ。詳しくは言えぬがな」
第四の存在、その言葉には詰まらせるものがあった。反応を見せたのは、目前で調理する日替りシェフもである。それだけ気になってしまうキーワードだったからだ。
この世界に存在しているのは、大きく分けて三つの種類のプレイヤーがいる。
転生者と呼ばれる。こことは別の異世界から人の魂が肉体を作り、或いは死した肉体に入り込んで再構築した異世界の記憶を持った者たち。
新生者と呼ばれる。転生者の異性が愛を育んで産まれた第二の存在。彼等彼女等は、遠い昔では禁忌とされて忌み嫌われ隔離された者や処刑された者、奴隷のように扱われた者もいた。
異生者、また広くはセカンドプレイヤーとも呼ばれる。異世界から人の魂が魔物、モンスターの類いに間違って入り込んでしまった特殊な事例。情報屋によれば、鬼人がどうのこうの言葉を濁していたがこの付近では『妖精女王』だけだという。
そこへ第四の存在だ。
この世界を管理する神様は、一体なにを考えているのか。凡人には理解できないものがある。そう思いに更けるディアンマを見て男は笑う。
「ハハハ、変わらんな。お前は昔から・・・そうだった。ディアンマ、これから世界は大きく唸る激動の時代に突入することになるだろう」
そう言って男は、次の肉料理を注文する。
注文したのは、野獣種に分類された"悪牛"と"暴牛"の脂身を炙って、その脂と赤ワインで軽くソテーした肉料理『レアモンスター』。見た目はサイコロステーキだ。
両種共にイノシン。悪牛は、黒く荒々しい毛並みと大きな牙二つひねくれた形状で見た目怖くて恐ろしい印象を受けるが、実際は臆病者。その一方で暴牛は、真っ白で突然変異種のように思われがち、それも凶暴な性格をした暴れ者である。
Dランクの冒険者では太刀打ち出来ず、専門家のDランク狩猟者が退治するケースが多い。実際、ディアンマも一度だけ対峙したことがあった。とは言え狩りをしたのは、ジュニファーとダスカの三人でだ。
悪戦苦闘、と言うか主に足を引っ張ったのは当時英雄に憧れた僕だった。ジュニファーの機転とダスカの剣術、そして僕の走り回る囮役で狩ることができた。今から思えば、ジュニファーの立案した計画とダスカの剣があればもっと早く撃退することも討伐を容易だったろうに・・・。昔話はここまでだ。
本当にこの人は昔から肉料理が好物だった。
血が滴るほどのほぼ生の肉を良く食えるもんだ。と呆れながらも関心するのだった。
"悪牛"にしても"暴牛"にしても高価な肉ではない。農民やDランクの冒険者からすれば御馳走だが、貴族等にとっては野蛮極まりない料理である。その大きな理由は、数百回以上の咀嚼を得て漸く口の中で小さくなって食道へと向かうことが出来るほど噛みづらいのだ。噛む、ことはいいことだがコレを貴族連中は下品と言って避けてしまう。
個人的にもあまり好きではない。ジュニファーは女の子の割りには好いていたが、どちらの食材も匂いがキツい。・・・というのに目前の鉄板に香ばしい赤ワインと肉汁が食欲の中枢神経を刺激して自然とヨダレを分泌させてしまい抵抗を忘れて口に含んだ瞬間、トロッと固い筈の肉を溶かす。
肉の表面が溶けて一気に溢れだす旨味の肉塊に「待った」なんてかけられる訳もなく噛み潰す。ホロリ、と簡単に崩れる。最早、噛むことが快感に思える見事な逸品を満足気に食べるディアンマに後ろで控えるリース君が料理に関する蘊蓄を促す。
「肉料理『レアモンスター』は本来、二種類の肉類をサイコロ状にして軽くバターでソテーする家庭料理です。しかし、彼が今回組み立てたのは家庭料理を宮廷料理に変える恐るべき技術力が伺える最上の料理と言えましょう」
「それは言い過ぎだよ、リース君。
俺は少なくとも家庭料理をさらに美味しく、誰にでも召し上がって頂ける一品を再構築したに過ぎない。肉類にはそれぞれの個性がある。人間と同じですよ。同じ人間でも性格や趣味、好き嫌いはある。"悪牛"と"暴牛"はどちらもイノシンですが、同じではない。だから、俺はそれぞれ別の調理をして共通点を調和しただけです」
「それがスゴいんですよ、ハッ! すみません、お客様。失礼しまして・・・」
クッククク、と苦笑して「構わない」と言う。
ディアンマも頷いて「問題ない」と言う。
しかしながら、僕自身としてはリース君の言う通りだと思う。これを調理して農民が冒険者や吟遊詩人に食を提供するのに選んだのは、安易に調達できる野獣種"一角兎"と同じく野獣種"樹鹿"。即ち兎肉と鹿肉をバターでソテーしたものだったという。
肉料理『レアモンスター』という名前は、これを食べた冒険者や吟遊詩人が着けたらしく、由来は簡単なこと。彼等からすれば滅多にありつけないモンスターの肉類だったからだ。
なぜ、僕がこんなことを知っているのか。それは調べたからだ。旅路の食事のすべてをレストランや食事処で摂取できる訳ではない。『食』はプレイヤーの生きる糧だと言ったのはダスカだ。あの時のことはまだ覚えてる。ジュニファーのメシがクソ不味くて、"暴牛"の肉塊を台無しにしたのはいい思い出だ。
リース君は僕が所望した高級洋酒【ドラゴンエーテル】を持って、グラスに注いでいく。
ブランデーと言えば、大抵が琥珀色。アルコール度数は四十前後のまろやかで上品な味わいが楽しめるもの。
その一方でドラゴンエーテルは確かにブランデーではあるものの、琥珀色ではなく淡い青色。仄かに香るのは、北欧産の果実食材"氷晶林檎"。果実食材と言えど、最初に発見したのは採掘家だったし採取される場所も北欧の極寒地域の洞窟内でのみで僕からすれば鉱石食材と見てとれる。
この身体になってから匂いの区別をより鮮明に、解析スキルも格段に向上していることは嬉しい。だが嬉しいことばかりではない。
僕が歩んできた道のりには、ジュニファーとの涙の死別があった。ダスカとの友としての短い別れがあった。同族の呪われたプレイヤーとの出会いがあった。幾つもの戦地を渡り闊歩した先で目撃したのは、終焉に向かいつつある。人間たちが見えないように蓋した本当の現実。
人間は勝手な生き物だ。
そうダスカが言っていた。この世界は、誰かが影で真実を隠していると。影で覆われた上に築かれた理想郷で生かされた僕らは、それを暴く為にダスカの指示に従った。
今日、ここに来たのもダスカからの指示だった。と言うのになぜコイツに会わなければならない。
ギルド連盟。
嘗ての魔法大戦で魔王の一団と拮抗する戦力を持ち合わせたギルドが手を取り合い組織されたのがギルド連合。後の時代に、それぞれギルドの長たち。ギルドマスターが最高幹部に連なって世界を平定に向かわせた現政府。
そのナンバースリー。最高幹部十人の第三位の権限を有する顧問。元は犯罪者を追っていた公安ギルド『アブソリューション』のギルドマスター、トオル=ハザマ。
日本人の名前に見えるがコイツの容姿は、北欧生まれの屈強の老兵をイメージさせるが肉をがっつくところを見ていれば体つきが老人であろうとも若き青年にしか見えない。
ディアンマはグラスに注がれた淡く青いドラゴンエーテルを見詰めて思う。
似ていると。迷走している英雄の眼にそっくりだ。
改めて思う。
不思議なものだと。ドラゴンエーテルは、自分が最も好きな酒であり、アイツのことも好きになりかけている。どことなくダスカと似ているからか、もしくは息が合うからか。
「僕に話があるのでは?」
ドラゴンエーテルを一口含んでディアンマは、ハザマに問う。ここに来た本当の目的とは、一体なんなのか知るためだ。
ハザマは肉料理を食べ終えて、フォークとナイフを置く。シェフはハザマの表情を読み取って、リースと共に席を外した。漸く重い口を開けるのだろうと期待するも、返答は意外なセリフからだった。
「ラストオーダーだ」
「それはつまり・・・最後の任務と言うことですか?」
ナプキンで口元を拭うハザマ。
「そうとは言えぬな。
私がダスカから聞いたのは、永久的な任務の着任。生涯を。余生を任務に捧げよ、とのことだ」
「・・・・・・ダスカは、来ないんですね」
「すまない。――が二度と会えぬ訳でもない」
「教えてもらえませんか。その最期まで貫かなければならない任務の内容とは何か」
「ある人物の護衛。いや、はっきり言おう。
黒結晶洞窟の英雄譚の主人公、ヒロキなる人物の護衛と観測。成長を見守りつつ、生涯を共にして死なぬようにすることが君のラストオーダーだ」
僕が答えたのは、たった一言。
そうですか、だった。
ハザマは僕の表情を見て察してくれたのだろう。戦場ではない何処でまた会おう。そう言って彼は店を後にしていった。勿論、護衛の二人を連れてだ。
独り残されたディアンマに、シェフが勧めたのは自分の好物ドラゴンエーテル。思い出の"暴牛"ステーキ。ほろ苦い焦げた香辛料が肉の旨味に刺激をくれる。
ディアンマは寂しく、あの頃に味わったジュニファーのメシを思い出すのであった。
ディアンマのお話は」、一旦ここまで。
余談ではありますが、劇場アニメ『虐殺器官』面白かったです。




