【#092】 Preparatory period Part.Ⅰ -握手と誓約《中篇》-
お待たせしました(。-`ω-)
本日から連載を再開させていただきます。
本年も愛読いただければ幸いです。
取り敢えず準備期間という時間があるので一旦別行動をすることにした。
ガンキチ君は、今までお世話になった親方のトム=クロバさんに挨拶してくるとのこと。一方でディアンマの奴は、時間があるにも関わらず暢気なことに酒を飲んでくると最上層へ向かったのである。
こんなPTで大丈夫か? と思ったが気にしても仕方ない。
ディアンマは兎も角。ガンキチ君はマジメのようだから、なんとかなるだろう。それに支援・回復担当のココラが加わった四人組でクエストに挑戦する今回の一件は、それぞれが自分の役割をこなせば問題はない。
俺にしても今回の依頼は、いい勉強になる課題なのだ。今まで単独行動で遣って来たせいか全部を背負っていた。二年前のレインとカエデを連れて黒結晶洞窟を彷徨っていた時もそうだった。
命を預ける。
命を守る。
そういうのには精神が擦りきれる思いを幾度となく身をもって体験したからこそ分かる。痛い、とか。苦しい、とか。そんな生易しいもんじゃなかった。
肩に力を入れすぎたのではないか。と不図思うことがある。でも失敗じゃなかった。その結果が例え自己満足・自己犠牲でも彼女等を救えたのだから。そんな過去が俺を生かしている。
けれど、それはもうない。変わらなくちゃならないからだ。
全部を一人で背負うハイリスクよりも「自分を自分で守る」それが叶わなくとも「助け合う」姿勢をこれから作って行かなければならない。
―――と、まあ。そんな事を言ったて、まずは仲直りが先だろう。
今回のPTが一回限り。としても・・・・・・ん?
一回限り?
一回限りなのかな。
依頼を順当にこなしていけば、レインが加入するだろう。あとクーアとココラだが。はてさてガンキチ君とディアンマはクエスト完遂後はどうするのだろうか。
ガンキチ君に至っては、親方に挨拶してくる位だから一人旅でもするのかな。
ディアンマの奴は、ゼンさんの護衛。つまりは傭兵業を続け・・・ても酒と女遊びは続けそうだな。あの口振りから察するに。
う~ん、まあ一回限りでも。と考えながら歩いていると黒ずくめの集団にぶつかった。
幸いなことに大事には至らなかったのだが、反射的に振り向けば彼等の後ろ姿が目に映るところ。しかし、映ったのは衝撃的な絵面だった。
仮面である。
お祭りによくある「ひょっとこ」なら笑えたかもしれないが、面妖な。些か恐怖を突きつける凶悪な面構えが四つあった。
片方の眼下から一筋の赤い血を流したように見える能面。
上から見ても下から見ても、二本の角と強面が印象的な鬼面。
真っ白。口も目も鼻で息する穴の明いていないただただ純白が一層怖く思えるがマネキンの表情のように顔の形が写った奇妙な白面。
呪われているのだろうか? と思うほど板の表面に文字が綴られたお札が貼られた木面。
完全にオカルト染みた集団で誰もが関わりたくないのだろう。彼等に目も合わせずに一定の距離を取って関係を完全に断っている。というか、何かがオカシイのだ。
関係を完全に断絶することができる訳がない。チラシ配りのお姉さんも俺や俺以外の通行人には顔色が急変することなく笑顔で渡している。
彼等にも渡すのだろう。と思ったがUターンして他の人に渡している。これは避けているっていうレベルの話ではない。お姉さんには見えていないのだ。
「なるほど。これは珍しい」
男とも女ともいえない声で四人の内の誰が口にしたのかも全く分からない。だが、四人の内の誰かが喋っているのは俺の【六芒星魔眼】の解析スキルがそれを容易く証明してくれている。
「珍しい? 件のイレギュラーの一人ですよ。珍しくもない。無駄口はそこまでにして下さい」
こっちは女の声だ。
白面の黒ずくめの奴が女で、言動から分析してお三方よりも格下。後輩のように感じられるな。面の向け方からして能面の奴が、驚きを表したと見てとれる。
「"灰色の王冠"を待たせたら後々がコワコワ。芋づる式に道連れは勘弁ベンベン」
変な喋り方をするのは、木面の輩だ。
なんか子供っぽい印象を受けるのも体格がものをいう。四人の内で最も低いのはコイツだ。
鬼面の奴は無言を突き通しているが、体格といい身長といい。かなり出来る奴だという確信がある・・・というか、コイツの見た目は昔の先生の一人を思い出してならない。
「なあ、お前。もしかして・・・」
バイモン。
二年前、マイトさんと旅を共にしていた衛生兵。ベレー帽にスキンヘッドの後ろ姿は今でも昨日のように思い出す。頼り甲斐のある背中だったが・・・どうやら違うらしい。と言うのも。
「ダスカからの勅命が降りたぞ。
"匣"の入手に成功、"王"への謁見に向かうとのことだ。"本"の所持者の抹殺と上書きが仕事だそうだ」
思いっきり物騒な言葉が飛び交った。
匣とか王とか。意味不だが"本"と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、神書【アポロンの予言書】。その所持者となれば、ココラの父親アルジオが脳裏に浮上。
言葉よりも手と足が動いていた。しかし、一歩。一手。一関節曲げるばかりが精一杯だった。動かないのだ。まるで―――。
「まるで――、誰かに自由を奪われたようだったか。この世界に自由もなければ、平等社会の成り立ちもないというのに―――」
聞いた声だった。
俺はこの声を知っている。
もっと普通に再会出来れば、どんなに良かっただろうか。再会を望んでいなかった訳じゃないし、出来るならもっと早くに会いたかった。でも、それさえ・・・世界は。天上の神様はそれを許さないらしい。
繋がっていてほしくはなかった。
マイトさんだけが黒幕だったなら、少しはゆとりを持てたかもしれなかった。でも、それはかなわない。
「――その言葉はまるで、二年前からこれを望んでいたかのようじゃないか、か。随分と僕も勘違いされたようだね。
ヒロキ。僕も、ね。駒の一角に過ぎないんだよ。昔の話を覚えているかい? 銀色の先駆者たちのことを――」
言葉が一瞬だけ途切れた。
「――覚えているかい?
ああ、ごめんね。この話は彼等には出来ないから時間と空間を切り離したんだ。このモノクロに見える灰色の世界では、僕とヒロキだけが邪魔されることなく会話できる」
視線だけを左右に動かすと、確かに止まっている。
時間と空間を切り離すなんて神業が有り得るのかカルマに問うと、『ユニークスキルかゴッズと呼ばれる神具を所持しているなら可能』だという。
神書【アポロンの予言書】も神具の一つだというのだから余程大層な力を用いての所業だと推察できるが、どうも腑に落ちない。"黒幕"といい、"駒"といいつつ二人だけの世界に身を投じているのだから。
はっきり言って目前に控えている仮面の集団は、俺よりも強い力を感じる。【六芒星魔眼】が『ヤバい』と、カルマでさえ『ピリピリ感じるものがある』という程の相手。それらを前にして悠々と闊歩する。
正直、タイミングからして彼等の仲間と疑っていたが。そういう風に口頭を述べたでもない。
ならば、なぜ・・・と目前で膝を折って同じ視線の高さに合わせる師匠を見る。
「問いたいことも言いたいこともあるだろうけど、そんなにこの世界を維持することは出来ないからね。それはまたの機会に。大丈夫だよ。僕も任務が終れば時間ぐらい用意できる待遇は得ている」
時間と空間を切り離す。という力は矢張大きな代償が求められるようだ。
カルマも必死になって解析に望んでくれているが、『彼はまるでトリックスターだ』と称賛する。ということはだ。何らかのトリックで隠蔽工作すらも並行して発動していることになる。何に対する防衛策だかは兎も角、俺の師匠にはどうやっても追い付けないのではと思う。
さて何処から話したものか。と言って話を切り出して、『銀色の先駆者たちについては覚えているかい』と尋ねてきた。
勿論、覚えている。と頷いて返す。
銀色の先駆者たち。
最初に発現した先駆者は、戦闘能力皆無の出来損ないと言われていたそうだがモンスターを使役。最終的にはドラゴンさえも手懐けたという。
二人目の発現者は、身体能力が絶望的。身体障害を持って産まれたか或いは運動オンチだったかは兎も角、魔法を極めて世界を救い、世界を殺そうとしていると言っていたな。
三人目の発現者は、錬金術。物質の上位変換や下位変換の他に理論上だけだった「複合変換」「核融変換」の論文を発表したというのは、驚くべきというか何というか・・・一度会って依頼を受けた。
あのヘレンさんのことだ。
レインの話では、魔法研究のエキスパートとは聞いてたけど錬金術まで詳しい・・・いや、待てよ。依頼されたのは、カエルだったな。錬金術と魔法。二つのエキスパート・・・・・・って考えたらヤバいな。
んでもって四人目が俺な訳だ。
「三人目に発現したのがヘレンさんだというのは、もう気付いていると思う。それから薄々感じ取っていると思うが、最初の発現者は御伽噺【竜を織り成す者】にも登場する"最古の英雄"がそうだ」
やっぱり、な。
と言うのも図書館の文献や資料からの情報からでも『ドラゴンを使役することは不可能』と記されていたからだ。
使役が可能なのは、現時点では『友好関係に応じて』つまりは何処まで近付けるか。能力値が高い精霊を複数体トモダチ関係を築く者もいれば、小動物の鳥型モンスターや蛇型モンスターを使役・契約を結んだ者もいるようだがドラゴンと契約した奴はいない。
俺を除いてたが。契約はしていないが力を借りているのは事実だ。
「今回の問題は二人目の発現者についてだ。
彼は魔法大戦で最も貢献した栄誉、マイトさんと同じ≪五芒星英傑≫の称号を表す指輪【五芒のブラッククリスタル】を所有している世界最高峰の権力者。ギルド連盟の創始者であり、統括理事長ハロルド=イプソン氏だ。
彼ハロルドの方針は、至ってシンプル。「世界平和の維持の継続」だった。ーーが、ここ数年でギルド連盟は戦争を引き起こす火種を撒き始めた。その原因というのが、世界に五体が確認されている魔王の存在だ。
活動的で世界に混乱を与えようとし、魔法大戦で敗北に帰した嘗ての魔王レイニーの眷族が動き出したことを皮切りにハロルドは、咎人の彼等に神具の回収を命じていると言うわけさ。ここまでは理解出来たかな?」
頷いて答える。というか、それしかできない。
神具回収が彼等に与えられた任務。ならば、なぜクルスがここへ来たのか? それはつまりは妨害工作ということだろうか。それに咎人、とはどういうことなのか。
「・・・彼等と僕はよく似ている」
え? それはどういう・・・・・・。
「それは病人ではない。罪人でもない彼等が咎人と言われるのは、生を受けた時点で魔王の血を引いていたからなんだ。魔王の血縁者に転生を果たしてしまったプレイヤーの総称を"咎人"という。
あの面妖な仮面は、"咎"。魔王の力を抑える効力がある訳だが僕の場合は、ーーまた今度にしようか。時間が迫っているからね。
僕の仕事は、彼等と行動を共にする監査。なあにこれも真っ当なお役所仕事だ。心配するようなことにはならないよ。
ヒロキ。君はベルからの依頼をこなすことを優先するんだ。単独行動と集団行動はまた違った経験を得られる大事なことで必要なことだからね。さあ、時間だ――」
そう言ってクルスは時間と空間を元に戻す。
灰色の世界。
色彩が奪われた世界は、色を取り戻して人々も動き始める。あたかも何もなかったようにだが、"咎人"の彼等の反応は違った。
「へえ、そっちの肩を持つわけ。
時間と空間を切り離したところで私たちの目を欺こうなんて百年早いのよ。魔王の力を抑えているとはいえ、仮にもギルド連盟で育った身。私たちの観察眼や肌を舐めないでくれるかしら」
「ダスカからの命令は、絶対だ。これに変わりはない。いくら国王の懐刀のクルスでも四人の魔王血縁者と戦って勝てる自信があるとは到底思えないが」
「そうなのですデスデス」
「いい加減にしないか。無駄話はもういい。
客人を待たせることは許されてはいないのだから」
三人がクルスを消し描けようとする中で、能面の人物が手前までやって来て此方を見る。この人物が彼等の纏め役のようで彼の言葉には手も足も口さえ出ず仕舞い。
能面の人物は、俺の手を取って立たせると耳元で囁いてきた。
「悪いね。部下が失礼をしてしまって。
これは私からの謝罪と英雄に会えた感動と感謝の品だ。受け取ってくれたまえ。なあに、打ち倒した魔王血縁者の遺品だ」
打ち倒した!?
俺はバッと物凄い形相で彼の目を見る。
俄には信じられないことだったからだ。だってそうだろ。魔王の血縁者ということは、彼等にとっては兄弟であり身内の家族。備わった能力はバケモノのそれだった。
現に俺が相対峙した"吸血皇帝"と名乗ったヴァルス="V"=スーサイドは、エグい登場をしてやがった。オグワード伯爵の脂肪と生命力を奪いさって受肉を遂げていた。人間を家畜のように扱いオグワードの部下が何人死んだ?
強い。と言うのは分かるが・・・。と思いながら手元を見る。
―――!?
そこにあったのは手首よりも上の部分。つまりは掌がポーンと置かれていた。指には複数の高価な宝石が嵌め込まれた指輪がある。まさかとは思うが、これが魔王の遺品だというのだろうか。
「ああ、これは度々失礼を。
魔王血縁者の一部を渡してしまって大変失礼しました。ここへ足を運ぶ途中、とある領地を占領していた魔王の血縁者を名乗る不貞な輩の方々を皆殺しにしましてね。残念ながら血縁者という立証も出来ず血の雨を無駄に降らせてしまいました。
アナタは神を信仰しますか? この孤独な世界に君臨なされた慈悲深き神々に祝福と幸あれば、キミも救われることだろう。覚えておくといい。我々はギルド『神の道化団』」
ここに来てまで神頼み? 冗談だろ。
"咎"を神が治療するなら戦争も起きなかっただろう。神なんてヤツがいるなら、俺はソイツをぶん殴って"今"を見せてやりたいね。
彼等とは、そこで別れた。
クルスとは、ベルさんの依頼『千年蟹の捕獲』『百年蟹の熟成肉の捕獲』完遂後に飲食店『大喰らい』で一杯やろうと誘われた。
俺もここでじっとはしていられない。
先ずはレインと仲直り・・・・・・ふ、不安だが。結局のところ、クルスはどういったトリックを用いているのか。カルマでも分からなかったが魔法を複数掛け合わせていたなら絡み合って分析出来なかったとしてもおかしくはない。
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その頃、一旦別行動をとったディアンマは自前の赤茶色の装束をして、ある約束の場所を目指していた。
ディアンマは、ここまでの道のりを思い出す。
ディアンマは、転生者という「偽り」を被って生きている自分が許せないでいた。誰かの命令を受けたでもない。神の啓示を授かったでもない。この忌まわしい肉体を解呪するにはダスカの言いなりになるしか道はなかったのである。
彼と出会ったのは、魔法大戦終結直後の小さな村でまだ人間の時分。ダスカは敗残兵のようにボロボロで肉は焼け爛れ、右腕は切断され、喉も酷く腫れて、顔に皮はなく真っ赤な血と膿で生きているのが不思議なくらいだった。
村の医者は、僕の祖父で一生懸命の治療と看病のお蔭も相まって一命を取り止めることができた。何週間、幾月か半年が過ぎて漸く彼は声を取り戻した。
隠し事をしている印象はあったが彼は自分を「ダスク」夕闇と言っていたが「ダスカ」と呼ぶようにお願いがあった。と言うのも彼は以前の記憶をすべて失っていたからだ。
二年。結局、二年間の治療を終えて僕とダスカともう一人。村の勇者であり僕の腐れ縁の彼女ジュニファーと旅に出掛けた。
僕には目的があった。若気の至りと言ってもいいのだが、魔法大戦で活躍する魔導師や拳闘士に憧れて英雄一直線だった。ジュニファーは村長の娘という社会的ステータスと自分の夢の実現を目指す為に魔法教会へ進路を向けていた。無論、ダスカは記憶を取り戻す為の旅路だったが結末は直ぐそこにあった。
ただ御約束のハッピーエンドなんてのはなくて、夢を砕かれるデッドエンドで幕を閉じることになった。
全部僕が悪かった。
英雄一直線で魔力を一気に使ったからジュニファーは、小鬼の餌食になってしまった。ダスカが剣の達人でなければ、あのまま蹂躙されていたことだろう。あの時のダスカは本当に凄かった。憧れた英雄のように剣を奮い、記憶が元に戻るのも時間の問題だろうと思った矢先だった。
獣が現れた。ただ、ソレは獣と呼ぶにはお粗末様な野獣。
もっと正確には、「呪い」という特典付きで僕は不甲斐なくジュニファーに守られて。八つ裂きにされる彼女の勇姿しか見ることしか出来ず。最後には彼女の頭部を抱き締めることしか敵わず。僕は彼女の遺言を受け取った。
"生きて"と・・・。
僕は結局ダスカに命からがら助けられ、この"呪い"が魂に刻み込まれた。その呪いというのがコレだ。
お手洗いの鏡の前で立ち尽くすのは、獣の顔をした人間。僕は人間[ヒューマン]から獣人[アニマ]の中でも希少種という銀狼の一族。
いつも腹部に巻いていた鎖帷子を今はしていない。アレはダスカから貰った『人間になれる』特異な術式が編み込まれたもの。まだ、呪いは解けない。
ジュニファーから託されたのは、"生きて"と"諦めないで"。
「時間だな。
さて、ダスカとの再会は何年ぶりか」
楽しみで仕方ない、と思うディアンマは赤茶色の装束を解いてオオカミ顔のまま、お手洗いを出ていくのだった。




