【#091】 Preparatory period Part.Ⅰ -握手と誓約《前篇》-
大変遅れました。
この投稿が今年2016年最後になります。予定では3話ほど上げたかったのですが、やっぱり難しいですね。そうそう都合よくいかないものです。
来年も奮って投稿を続けて行きますので、これからも応援宜しくお願いします(´ω`)
良いお年をお迎えください。
僕がヒロキ君を信じているからです。吟遊詩人が謳う"黒結晶洞窟の英雄譚"の主人公だからではなく、アルファガレスト卿という友人が信じて。託したヒロキ君だからこそお願いするのです。
・・・とは言ったものの。
自分が思っていた答えとは、少々違うことに反省しながら自分の仕事場に引き摺られていた。
ベルを引き摺っているのは、彼の専属騎士を勤めているガーネット=シャネルである。
仕事を放棄して遊戯に走ろうとしたところを見逃さずに頭をがっしり掴まれて現状に至る。
ガーネットは、考える仕草をする護衛対象に一瞥して問い掛ける。なぜ、あの少年にそこまで義理高く相手をするのか。それが商売人としての業なのか。それとも二年前に関係しているのか。
ベルはガーネットの質問に答える。それはガーネットが懸念していた通り二年前の負傷事件に答えがあった。当時、華麗なる脱走劇をする前にガーネットの給金話で馬鹿馬鹿しくなったあの時の話だ。
転生したてのプレイヤーがほっそりした少女を背負って走り抜けていく最中でベルの頭部に『三十番』というタグ付きの鍵が刺されていた。
勿論、故意の犯行ではないが今から思えば、その少年は彼に良く似ていた。その後、名前も知らぬ少女を救い出した少年は禍福層の旅館に預けたまま処罰。処刑されてしまった。
本当によく似ているのだ。名前も知らぬ少女は今も生きている。と聞く。
中身はおっさん外見美少女の情報屋が言うのだから間違いはない。
前回のケースがあったからこそ、トーマスは彼を。いや違うな。
ヒロキ君のことは国王の勅命を受けたアルファガレスト卿がトーマスを使いに出したに過ぎない。それとも最初から若い世代同士がぶつかり合うように仕組んだのか。
どちらにせよ。ヒロキ君は、これから先の未来でトップバッターとして最前線で活躍する冒険者だ。商売人としてうずうずするのは業ってものだが、それ以前に一人の人間として支えてやりたい。と思ったからだ。
例え、アレがあの話に偽りが含まれようともその気持ちに偽りはない。
「どうしました?
浮かない顔をしていますが、華麗なる逃走劇が失敗したことを気に掛けているなら有給休暇を取って報告してきた自分の部下を恨んでください」
はぁ!?
今日のこのクソ忙しい時分に有給休暇を提出してきたヤツは一人しか思い当たらなかった。ケビンのヤツだ。
あの野郎は彼女とイチャコラして旅支度してた思えば、今回の有給休暇の目的もアレだったな。
ケビン=クイーンズコート。
優秀な部下であることに変わりないのだが、元は写真家で世界各地の様々な美しい風景画から鮮烈で残酷な戦場でカメラを持って駆け回っていたヤツだ。
クイーンズコートという名家の令嬢でもあり、ギルド商会の執政を任せていた彼女とのひょんな付き合いから友人に紹介されてから気付けば部下になった。
デスクワークは苦手そうだったので調査兵団に回したらコレが意外に役立つのだ。
戦場カメラマンとして備わったのか。と思える固有能力【ステルスモード】を存分に活かした諜報活動で情報を手にしてくれている。・・・ただ、ダンジョンの調査に行ってくれ。と頼めば有給休暇を出す。まあ危険な役回りだからしょうがないが、暢気に風景画を撮っているヤツが自分の逃走劇を写真で押さえるとはいい度胸である。
しかし、結局はなにも言えないのだ。
『クイーンズコート』という家は、貴族でありギルド商会会長という社会的ステータスでも足りないからである。
階級不足。というのも、この国にも矢張『階位』という序列が備わっているからだ。
国王が第一位。
その下、第二位に王妃や王子等が加わるがいないために第三位が自動的に繰り上がる。王族。マイトさんの血を持った唯一無二の親族のアルファガレスト卿がこの位置だったのだが彼はそれを放棄した。
相応しくないから。と言って。だから立場上は第五位の男爵に落ち着いていた。
同じく第三位の公爵階位の内に三大名家と有名な三人が連なる。
三大名家筆頭の巨大財閥であると共にアルカディア大陸内で第二位の富豪ともされる成金貴族『ダイアモンド家』。
若い時分に冒険家と賞金稼ぎを生業として生活。単身で平均気温氷点下三十度という過酷なダンジョン【トワイライト連山】に挑んだ愚者。持ち帰った神装具をギルド連盟に献上したことで成り上がりの名誉貴族『グラーク家』。
礼儀正しく、美術をこよなく愛する。アーティストの家系で有名であり、親族の全員が優れた芸術才覚を持つエリート貴族『クイーンズコート家』。
そして国王守護部隊それぞれ筆頭たるカナタとレインとクルスが第三位の権限を有している。その二つ下にオグワードがいたのだが、罪人となった今では邪魔者でしかないだろう。
煌貨を手にしたトーマスがどう動くかによって国の未来が左右する大事な時期。そうでなくとも問題は山積みだというのに・・・困った顔のまま引き摺られるベルはそんなことを思いながらドナドナの歌を歌うのだった。
それを半ば呆れた顔で引き摺り続けるガーネットを町の人間は、何時もの光景に笑いを溢していた。
▲
▽
◇最下層 郊外◇
最下層の再建が一旦停止している。
デイドラの行方眩ましから直ぐに他界してしまったアルファガレスト卿の影響が強いのだろう。治安は安泰に近かったというのに、統治者を失ったことは大きな痛手なのだろう。
最下層の職人たちも気力は低めだが炉を休める訳にもいかず、季節の変わり目もあって手を温めている者も少なくない。まるでこの世の終わりのように『主のお導きを・・・』などと神様に願う者もいる。それでも冒険者の数が非常に寂しい。みすぼらし景色が続いている。
なんでここに来たか? と言うとだ。
ガンキチの宿舎がこの辺にあるらしいのだ。中層で職持ちなら普通に考えて中層に住んでいると思っていたのだが、現在のシェンリル王国の物価事情も相まって稼ぎの少ない職人・冒険者でさえ最下層のここ郊外に移り住んでいるとか。
物価事情に大きな影響を及ぼしているのは、俺個人だけでなく王国側と貴族と魔王の血族と商人たちが関わった大事件『灰色事件』の打撃によるものがほとんどである。
事件解決には至っているが、女盗賊"灰色の猟奇"。その正体は"終姫"という国の最終兵器シアンが盗んだ物の多くが実は、中層から盗難被害の出ている盗品であったり装飾品に施されていた宝石が偽物であったりと。
最上層のジュエリーショップのオーナーが続けて逮捕される『ジュエリーショック』で高所得観光客の激減もあって国の財政難が予想されている。しかし、それを巧みに見繕うギルド商会会長=ベルさんのお陰で経済的危機とはなりそうにない。
ベルさんの話では、物価急騰も週末には解消されてテストケースで始まったこの『通貨換金政策』もギルド連盟の承諾により一部改変されて受理されるとのこと。それをガンキチに伝えるとかなり嬉しそうだった。
矢張、そこは商売人なのだなと思う。
経済回復は物流の新しい流れを作るのもあるだろうが、それ以上にこれから始まる剣舞祭を皮切りに滅多にお目にかかれない物資。鉱石や植物の種子などの素材が大量に輸入されるのだから。鍛冶師や錬金術師などの生産職にとってこれ以上の好機はないだろう。
「すみません。こんなみすぼらしところで」
そんなことはないよ。という前にディアンマに先を越されてしまった。
「そんなことはないさ。
僕もね。多くを見てきた一人だから言うけど世界はもっと厳しい環境下で飲む水にも食べ物にも困る戦争孤児がいる。特に観光名所【ホットピーク】なんざ、スラム街だ。そこよりも何倍もマシだ」
観光名所【ホットピーク】。
恋人たちが訪れてはイチャコラする温泉町だったそうだが、源泉の枯渇と地下から沸き上がった大量の低俗モンスターが観光客を襲う事件多発の為に事業撤退を余儀なくされたという。
今でもいろんな噂が絶えず上がっている。
例えば、経営難に追い込まれたホテル従業員がモンスターを呼んだだとか。源泉を盗んだとか根も葉もない噂だが、それでもスラム街に変わっているのは事実なのだ。
因みにそこを統治していたのは、宗教国家【ボドリスク教国】になる前の統合国家【ボドリスク帝国】らしいが。・・・まあ、考えるに工作があったのではと思うのが妥当なところだろう。
どちらにせよ、今考えたって俺には何も出来ない。モンスターや例え相手が人間であろうと国を敵に回せば厄介なイザコザに巻き込まれる。それだけはマジ勘弁だ。せめて後ろ楯がないと立ち回りは・・・いやいや、ヤらんけどね。
大体の予想はしていたが、うん。これは所謂、長屋ってヤツだな。
到着したのは、恐らくは住居区画と思われる列を成した長屋式の宿舎だ。時代劇でよく見る木造建築と違って流石は最低賃金の支払いでOKが出る石造建築である。
中層の色町のような贅沢が出来ない。という理由で最安値の素材で振る舞われるのが石造建築というわけだが、見た目の品が大いに欠けている。と言ってもいいだろう。
使っている素材が素材だけに砂埃が目と鼻に直撃する。アレルギー持ちには少々キツイ環境と言える。しかし、必要最低限度の生活用品・日常用品・家具は揃っているらしい。因みに毎月大家さんに銅貨五十枚で足りるという。
「さあ、どうぞ上がって下さい。
荷物を纏めて来ますから少々お待ちを」
そう言って奥の方でガサゴソ。準備を始めるガンキチ君。
今まで同年代か年上の人間ばかり相手にしてたから何かと新鮮な気持ちになる。ココラも年下だけど、同じ男としては初めてだからノーカンな訳だ。
ん? なに、BLっぽい・・・だと。俺にそっちの趣味はないぞ。
兎に角だ。埃防止に絨毯を敷いている分。マシなのだが生活した気配がまるでないのは帰っていない証拠。大方、職場で寝ずに炉の前にいるか刀剣や鎧のメンテナンスに当たっているのだろう。だとすれば、十分な稼ぎがありそうなものだが・・・。
「なー、ディアンマ。お前は報酬。金の使い道って決まってるのか?」
「いんや、酒代で消える時もあれば色町の賭け事に使って無一文になる時もある。気分次第だな。ヒロキはどうだ?」
む? そういやぁ、今まで散々レインやクーアに奢るばっかで自分にご褒美をあげていない!?
旅館の支払いはノーカンだろ。トーマスに煌貨を。ダメだ。あげるばっかで何一つ自身に遣っていないじゃねーの。こりゃあ、いかんよ。
「そうだな。この際、色町に行くのもアリかな?」
何やらディアンマのヤツが、グッドサインを出して喜んでいる。準備を終えたガンキチ君も混ざって、それいいですね! と変顔で迫ってくる。
そう。これこそが健全な男子の求めるちょっぴりエッチで大人の思考・・・ってちゃうわ!
どんだけ女に飢えてんだ、コイツらは。イカンぞ。俺だけでも真面目にならんとレインに殺される。
「と、まあ。冗談はさておき・・・これからの予定だが、ベルさんの話じゃあクエスト開始は明後日の明朝らしいから各自で準備といかないか?」
冗談。という言葉にガックリ気を落とすガンキチ君だが、キミはそれでいいのだ。なんせ、まだ未成年の身だからね。
問題があるとするなら、露骨に気を落としたディアンマのヤツだ。同士を見詰める視線からうって変わって喧嘩腰の姿勢となっている。どんだけ女好きなのか。
うん、コイツは後回しでいいだろう。
俺も俺で色々と準備が必要になるのだ。暢気と景気付けに一杯やっている暇も余裕もない。
レインとの仲直りもあれば。クーアの今後のこともあるし、一度トーマスと話し合う必要もある。と言うのもだ。今回のベルさんから依頼は長期に渡る可能性があるからだ。
ベルさんの話はこうだ。
ダンジョン【水晶洞窟】に向かったベルさんの部下である調査兵団『深紅の蹄』。調査兵の生存確認ができれば回収。不可能であれば、その場で埋葬。それに加えて資源調査。主に魔素の調査と言っていたが、俺らのPTだけを行かせるわけにはいかないらしい。
そこで、とあるクエストと並行・同行しなければならないとのこと。そのクエストというのが『千年蟹の捕獲』だそうだ。
千年蟹の捕獲は別件だが、飲食店「大喰らい」の料理長クーパーからの依頼は『百年蟹の熟成肉』。ダンジョン【水晶洞窟】の同じエリアに生息しているというので不都合なことはない筈だ。・・・と言っていた。
因みに千年蟹の捕獲は毎年行われる恒例の狩猟らしく、生け捕りされた千年蟹を捌いて祭事やお正月のオメデタイ食材として無料で振る舞われる。捕獲に参加する面々も決まっているらしくCランク以上の冒険者が従えた創設二年前後のギルドメンバーだとか。
その規定にも理由があり、何でもギルド連盟からのお達しで活躍祈願と実力を測るのが本来の内容だという。さらに言えば、捕獲が遂行すればギルド連盟から莫大な報償金と栄誉が参加したギルドに与えられるので断るものはいないらしい。
どちらにせよ、此方としては確かに都合がいい。最低でもCランク冒険者が同行してくれるのだから、心強い味方が増えたと思えば楽だろう。
一緒に行動をお供するのは、ギルド『ラビットフッド』。直訳でウサギの足。と言えば昔から幸運を呼ぶ・招いてくれるという縁起のいい御守りと知られている。ーーーだからといって油断は禁物だ。
二つ目はギルド『トーテムバード』。
こちらについては、ベルさんから助言があった。"彼等は監視人だ" と。
トーテムと言えば、特定の集団や人物。部族や血統など。宗教的に結び付けられた野生動物や植物などの象徴として知られる脳内イメージ上では、柱に顔をくっ付けた感じのヤツだ。
そして、その監視人とはマイトさんと対立している組織。魔法大戦を終結に向かわせた政府と言うべきか、ギルド連盟の将官が覆面監査人としてメンバーを引き連れて・・・何をするのか? それがどうやら、俺が監査の対象らしい。というのもデイドラ戦で使った禁忌魔法の発動は、感知できる人間なら誰でも分かるらしく要注意人物の一人として監査対象となったようだ。
今回のクエストでは、千年蟹を捕獲後。安全と迅速に地上へのルート確保の為に複雑に交差した抜け穴の多いチェックポイントのモンスター駆除と商人たちの護衛が役回りとなるという。
三つ目は覚えていない。
いやいや、違うよ。耳が痛くなるような数の多さに圧倒されただけだから。
それに重要なのは、ギルド『ラビットフッド』とギルド『トーテムバード』の二つだけ。後に語られた複数のギルドやパーティーは、俺たちと同じ商兵捕獲団が向かう先の道を切り開く護衛役だからだ。
「あー、そうだった。
ヒロキに渡すものがあるんだ。これがなきゃあ意志疎通が困難に為りかねんからな。名称は記憶情報端末とクモのヤツは言うが、消費アイテムだから。僕らはこう呼んでる【メモリークリスタル】と」
そして。と繋げてディアンマが言うには、この美しい水色のクリスタルはシステムやプログラムコードをアップグレードしてくれる「上書き」する特殊アイテムらしい。
特殊。と言うからには相当な値段が予想されるが・・・なんと無料配布されているのだとか。
配布提供をしているのは例のギルド連盟。彼等がいう目的はプレイヤーの生存率を僅かにでも上げることだという。
ディアンマが渡してきたこのクリスタルには、【モンスター大全 > 更新情報ver3.06】とある。思うに大幅なアップグレード内容なのだろう。図鑑を開けば、情報がさらに細かく詳細に記されていた。
【モンスター大全ver3.06】> 悪鬼種カテゴリ
【ゴブリン】
生物ランク:魔物級[最低位]
魔物レート:レートD+
生息圏:鬱蒼とした森林,じめじめした洞窟
生物的特徴:全裸に近い深い緑色の体表。溝色の布きれで下腹部から膝までを覆っている耳が特徴的な醜い小鬼。
雑食性で腐った肉だろうが何でも口にしていたが、最近では人間狩りが目撃されている。最底辺の魔物級モンスターに分類され、新人冒険者が最初に討伐すべき対象。個人差にもよるが、人型モンスターという点で転んでしまう冒険者も多々。
魔物史:新人のEランク冒険者が手こずり村や集落で大きな被害を被っているが為に、魔物の強弱を測る「レート」上昇。
生物装備品:斧【酸化したアイアンアックス】,長剣【歪んだロングソード】,盾【崩れかけたアイアンシールド】
下位個体:悪鬼種チルドゴブリン
上位個体:悪鬼種ホブゴブリン
討伐証明部位:素材【ゴブリンの耳】×2
討伐関連称号:"ゴブリンスレイヤー"
討伐報酬額[一体]:銀貨一枚 銅貨五枚
はっきり言って非常に鮮明だと言えよう。
俺が使っていた頃なんて扱う装備品の情報もなければ、下位個体にチルドゴブリンがいるなんて知らなかった。
しかし逆を突けば、面白味がやや欠ける。戦い慣れしていない新人冒険者にとっては、この情報がいい武器になるのだろう。
だが、これをガンキチ君は、そうとは限らない。と言うのだ。その理由と言うのが最近目撃情報が飛び交っている魔法を使うモンスターの存在に繋がるらしい。
モンスターが魔法を使う。
まず言ってそんなことは有り得ない。例えば、炎のブレスで知られる【火竜の吐息】。一見魔法攻撃にも見えるが、これは立派なスキルに相当する。勿論体内の魔力とスタミナが消費されてだ。
しかし、すべての個体が魔法を使えない訳ではない。人間の言葉を理解し、決められた言葉の力「詠唱」と体内の「魔力」で事足りるのだが、知的な・・・例えば上位のモンスターならば魔法を行使できるかもしれない。
あくまでも推測の領域だが・・・実際に<ゴブリン王>ことゴブリンキングは人間の言葉を話していたのは事実なのだから。




