【#009】 Snow garden -幻想砂漠-
大変長らくお待たせしました。
漸くの間、一日の仕事量が二倍に増えて体調管理に専念していた為投稿が遅れました。ごめんなさい。
{2015.7.20}→{2016.1.11}改稿完了しました。
「……」
「……」
朝食の席で気まずい雰囲気を作りだしているのは、この二人だ。
片や昨日夕暮れ時に行われた公式PVPのキッカケを作り、挑発めいた言葉で転生し立ての新人ルーキー相手に魔法を使った罪でクルスとバイモンから世にも恐ろしい拷問ゲームを体感させられたゲイル。
また片や無謀とも呼ぶべき公式PVPで自身の奥底に眠っていた潜在能力を引き出して勝利を手にした新人は、自分の体力限界の結果が出た性もあって体調回復までのペナルティの反動が強すぎて口に物を運ぶことに苦しむヒロキ。
互いに目を合わせ辛い場面ではあるが、本人たちは別の意味で…と言うのはもうお分かりだろう。
セラフ領;ダバブ市内の「拷問ハウス」という十八歳未満出禁の珍妙な店で購入していた拷問専用アイテム。
ピンクの百足体液とミミズの入った瓶詰【飲食厳禁_百足粘液の触手入り】。
激辛香辛料を十種ブレンドした黒い瓶詰【多量摂取厳禁_ファイアードラッグ】。
何時も誰かの視線を感じさせる【複眼のマッドアイプール】。
普通の紙に「反省」と書かれたお札【貼るだけ!_反省のお札】などなど。
計十点の多くが嫌がらせ御用達の品々だが、単品としての扱いではなく複数の品と構成を変えると面白いほど多種多様化出来るとか。
例えば【飲食厳禁_百足粘液の触手入り】の本来の使い道は、裸の同然の格好の状態で瓶の中身をぶちまけてドロドロヌルヌルの粘液を纏ったミミズが敏感部位に刺激を与えて麻痺効果を同時に与えることで身動きを封じる拷問道具。
これに【複眼のマッドアイプール】の幻覚作用が引き起こす誰かに観られれている感覚が道具の力で引き上げられる。
この他にもバイモンがいくつか調合したクスリの実験台。
クルスの幻惑魔法で精神崩壊寸前のところまで堕とされていた。
ゲイルは偶然から生まれた攻撃で食欲が完全に失せていたのだ。
「どうした、旨いぞ。やはり朝食は軽いものに限るからな。いつもの活気はどうした?」
「ヒロキも。今日からは一定速度でこの白金砂丘一番の難所を越えなけきゃいけない。
じゃないと、貿易都市には入れないからな。
今のうちにしっかり栄養補給して、身体を作っておけ」
「旨い。流石はマイトさん自慢の一品、シーランスのソーメンですね」
また訳の分からない「シーランス」という固有名詞を聞いて直ぐにイベントリホームからインフォメーションの「モンスター図鑑」を覗いてみるが矢張りない。
現在登録されているモンスターの五種類。
高級食材なのに勿体ない。とマイトにツッコまれた甲殻種サソリのホワイトダガー。
討伐未達成の知りうる情報だけが、組み込まれた堅甲種サメのシロザメ。
バイモンから教わった採取や調合技術で入手したアイテム。
基本的なサバイバル実習で捕獲した大獣種トカゲのシニワニや甲殻種トカゲのホワイトアイ。
クルスとの基礎戦闘訓練最中に捕獲した気味の悪いヘビを何故か子供のようにハシャいで『幸運を呼ぶ白蛇じゃん』とか言って記念撮影する対戦相手ゲイルにクルスが小さな商売を持ち掛けられ青い顔になっていたが。……はて?
「本来ならこういう行為は、反則やチートになるがシーランスの捕獲や討伐は難しい。
だから今回は特別だ。インフォメーションの無線通信をオンにしてくれ」
クルスに言われた通りモンスター図鑑を仕舞う。
インフォメーションの一番下の欄に設置されている「無線通信」を開いてオンにする。
送信元の一通のメールをモンスター図鑑にインストールして、再度図鑑を開く。
「New」と表記されたシーランスのモンスター情報が記載されていた。
大獣種クジラのシーランス
生存分布;アルカディア大陸【白金砂丘;幻想砂漠南西部】
希少価値;レアリティー☆7[全身無傷捕獲:50,000,000C~]
備考欄;白金砂丘の事実上、最大の体長を持つだけあって体力値は<白金砂丘の王者>の十倍。個体別では体長七百メートル~特大サイズで千メートルを超える個体や白金砂丘の名所【鯨の墓場】では二千メートル級のシーランスが骨となって眠っている。
上顎から伸びる一対の大牙のサイズは年々成長を遂げて百年を越えたその牙は滋養強壮剤や活力剤に用いられる活性薬になり、百年未満の若い牙は装飾品によく使われる。
四つの脚基。四つのヒレは砂を掻き分ける役割を持っている為筋肉質で貿易都市中心の町では定番の肉料理として振舞われたり、保存用に干し肉として多くの冒険者が持ち歩いたり需要が高い。
貿易都市の伝統料理には高い技術を要し、ヒレ肉と腸を混ぜ込み乾麺に変換させる調理長ランクのプレイヤーが作るソーメンは上品な味覚と強い喉ごしを生んでくれることで有名。
マジでか。
二千メートルのクジラって……、ダメだ規格外すぎてイメージできない。
そもそもリアルで最大全長を誇る哺乳類シロナガスクジラでさえ三十四メートルくらいの筈だ。
「このソーメンってクジラの肉なのか?」
「肉質にもよるが、老舗旅亭や高級ホテルなんかで出されるクジラ肉は繊細で調理法によっては牛肉にも似るが馬刺しに近いかな。
大抵は生の刺身で客の前に出されるが、シーランスの肉は冷凍保存には向かず乾燥食材として人気の高い麺類や冒険者の身体を支える干し肉に加工される。ソーメンの原料は小麦粉だが……」
「日本の手延べソーメンの場合は、小麦粉に食塩と水を混ぜてよく練って綿実油などの食用油もしくは小麦粉やでん粉を塗ってから、引き延ばして乾燥後に熟成させる製法です」
「流石は高校生だっただけはあって博識だな。
ヒロキの言う通りリアルのソーメンはその製法を使うが、シーランスの肉は部位によって最初からよく塩味が効いている。その上、部位によっては脂身からシーランスのオイルを抽出して、それを塗って同じ製法つまりは引き延ばして乾燥後に熟成させる。
色鮮やかなピンク色は沸騰させた熱湯で茹でることで赤色になり、氷や冷水で引き締めることで色はさらに濃くなる。因みに一・三ミリ未満のものはソーメンで、一・三ミリ以上一・七ミリ未満のものはヒヤムギだ」
ソーメンを入れたガラス製の器が醸し出す暑さを一掃する清涼感。
器下に設置された冷却魔法の魔法陣が丁度良い冷たさのまま口の中に運べる工夫がなされている。
麺つゆには料理人オススメの【贅沢一番出汁_麺のお供[濃縮二倍]】を薄めず、そのまま麺に浸して食べるそれは見事な喉ごしらしく三人ともマナー関係なく。ズルルルルルルと啜っている。
全員が日本人で田舎出身ならあり得ない光景ではない。
ベチャと麺つゆを溢す辺りは、ただの大雑把な集団にしか見えない。
美味しそうに食べる三人を見る内にお腹の欲求には勝てず、恐る恐る未知の味に挑戦すべくピンク色の麺を薄めていない麺つゆにつけて口の中へ。ちゅるりと啜る。
「―――!? 旨い、」
「そうだろ、そうだろ。
贅沢一番出汁に使われているのは、カジキマグロのガツンとくる旨味と風味がその喉ごしを生んでくれる奇跡に感謝して啜れ。
料理人にとって一番うれしいことは、楽しく騒ぎながら振る舞った料理を堪能してくれればいい。
マナーなんてのは貴族や王族の嗜みに他ならんのだからな。
食え。食って精を付けて。今日を生きろ」
ガハハハと笑うマイトさん。
その励ましに、ズルズルと気品の欠片もない音とオカワリをシェフに要求するのだった。
三杯目のオカワリと共にあれだけ盛られていた麺の山は、四人の腹の中に収められたようでスッカラカンだ。
ガラスの器や麺つゆ入れに使っていた鉢は、冷却魔法で洗浄してバックパックに収納されていく。
バイモンとヒロキでテントを片付けていく。
バックパックに収納して約束通りゲイルが全員のバックパックを持たせて出発する。
しかし先頭を歩くゲイルから覇気が感じられなかった。
何故か。ずっとミミズがどうのこうの。と呪文のように呟いている。
何かあったのですか? と肩を叩いて尋ねようとする前にバイモンがそれを阻止する。
「えっと?」
「気にする必要性は皆無。問題なし。これが彼の正常な状態だ」
「クルス。全員の意識に潜り込んで干渉魔法テレパスを発動してくれ。
バイモンは風の精霊魔法で認識阻害。
ゲイルはサバイバルスキル【サーチ】で周囲を警戒したまま、移動続行」
「「「了解です」」」
マイトさんの呼びかけで全員の目の色が変わった。
クルスが最も得意とする魔法。干渉魔法とはリアルで言うところの超能力に近いという。
SF小説で登場する念動力やサイコメトリー。テレパスとは、テレパシーで言語や表情によらず直接に他の人の頭に伝達することが出来るものらしい。
バイモンが発動した精霊魔法は、自然の力や精霊の力を利用した魔法。
通常の魔法と比べてMPをほとんど消費しないが、自然の力は高い器用値を要求される。
精霊の力を利用する場合は、仕える精霊と契約を結ばなくては使えない。
ゲイルの【サーチ】は俺自身も使える訳だが、レベルの大きな違いによって見渡せる距離は別格。
これがエキスパートの行動か。と関心を寄せる。
クルスの発動したテレパスが、介入して来たことに気付いて答えを返す。
『ヒロキ。バイモン。マイトさん。聞こえてますね』
『はい』
『うむ』
『感度良好だ』
『おい、俺を無視すんなや』
『ヒロキ。無線通信はオフにしているな』
『はい。でも、どうしてこんな面倒なことを。
オンにしたままなら時間が省けるのに』
『そうだな。でもそれは絶対にするな。
特有のスキルで個人情報を盗み見する輩がいるからだ。
無線通信は主にプレイヤー同士の情報交換に使われる。
このシステムアシストは損失のデカい穴だからな』
『つまりはハッキングされるってことですか?』
『そうだ。
プレイヤーが意識して操作するイベントリホームのように、頭部はパソコンでいうハードディスク。
違うのはセキュリティプログラムにプレイヤー認証しかないというところだ。
無線通信はプレイヤー認証という盾を外している状態でないと情報の交換や共有は出来ないからな』
『なるほど、大体解かりました』
『今ここで説明したのは、これからスノーガーデンを進むからだ』
『僕が説明しよう。
貿易都市シェンリルに行くには、第一の難所を越えなきゃなんない。
視界を奪う幻想砂漠を越えてロケーション【鯨の墓場】もしくは【白雪のオアシス】で一度、身体を休めて第二の難所【巨壁地帯マグナイト】を通り抜けなくてはならん』
鯨の墓場って、確か二千メートルのシーランスのか。
『ヒロキ、言い忘れたが心の声はここでは筒抜けだぞ』
『え!?』
『ガハハハ。素直でいいじゃないか。
丁度、そのロケーションにも立ち寄る予定があるから問題はない。
寧ろそこまで迷子にならなけりゃあの話だがな。
スノーガーデンにモンスターの存在は確認されていないが、迷ったら出られないそういう場所だ』
『迷ったらって、視界が奪われるのにどうやって前に進むんですか?』
『オマエ等、俺の存在忘れているだろ。
サバイバルスキル【サーチ】は別に目を閉じても十分に使える。
まっ、今のヒロキには百年早いがな』
『この干渉魔法【テレパス】は、一定の距離感が足りないとノイズが発生するから。
その都度パーティーの動向を確認すれば問題ない』
『おい、無視すんなや』
『見えてきた。あの白い気流がスノーガーデン。
クルス。重力魔法で全員に負荷を掛けてくれ。
ペナルティは重量十五ほどで問題ないはずだ。みんな、飛ばされるなよ』
あれがスノーガーデンか。と息を呑む。
砂の暴風と言うよりも、暴雪地帯だと確信する。
白金砂丘の白い砂がここら一帯の特有の気流によって舞っているのだろう。
しかし見た目は、雪がゴオゴオ吹雪いているようにしか見えない。
フィールド全面が白い雪が積もって見えるこの白金砂丘でこの暴風地帯。
モンスターがいない安心感はある。
迷ったら出られないなんて、目隠ししたまま迷路を突破するようなものの性か恐怖心に足が竦む。
その怯えた様子に気付いたのたのだろう。そっと、手を差し伸べてくれるのはクルスだった。
『スノーガーデンは、熟練の冒険者でさえ迷子になる場所でもある。
手を離さなければ迷うことはないだろう。行くぞヒロキ』
『ありがとうクルス』
幻想砂漠。
歩いて貿易都市【シェンリル】に向かうまで誰しもが必ず通らなけばならない一番の難所。
雪山の吹雪のようにゴオゴオと強烈な暴風域は、侵入者やモンスター関係なく砂地から引き剥がされ空中に舞って遠方に飛ばされることが多いらしい。
商人が運搬する商品を乗せた荷馬車は、バラバラに壊されるほどの危険を伴うほど。
これを避けるために多くの冒険者や商人。観光客などは安全な地下に設けられたトンネルの道や地下の水脈を利用した列車もしくはモンスターが出没する坑道を通って直接向かうルートを使う。
その一方でこの暴風域には商人の落し物、例えば高価な生地であったり。宝石が散りばめられた装飾品だったり。と宝の山を目指して毎年、命知らずな若い冒険者が失踪することが多いという。
自暴自棄になったプレイヤーが命を棄てて自殺する。不穏な名所として知られている為、隣国【フィラル】が調査団を送っているものの帰って来た者は一人としていないそうだ。
近年広がりつつある噂によれば、悪魔が棲みつき訪れた者に災厄を齎す。というありもしないデマで観光地として知られる【白雪のオアシス】と【鯨の墓場】で店舗を構えていた商人は集客力を失い錆び切れた場所になっているとか。
これに見兼ねたマイトさんがダバブの市内でクエストを受注したという。
ゲイルの話では、寄り道は冒険者の特権らしいが。――どういうことなのか。
何はともあれ幻想砂漠へ入っていくヒロキたちだった。――のだが。
見た目と噂を鮮やかに裏切る。なにコレ!? と言う光景が目の前に映し出されていた。
台風の目をご存じだろうか。あるいは熱帯低気圧の目とも言われている。
それは熱帯低気圧東南アジアでは台風。北米ではハリケーン。インド周辺国ではサイクロン。
それぞれには雲の渦巻きの中心部にできる雲のない空洞部分のことである。
螺旋状の上昇気流はアイ・ウォールと呼ばれる積乱雲の壁を作る。
それより中心に近い部分は気流が侵入できず気流が穏やかで、雲がほとんどなく晴れた区域だ。
それを踏まえて言うと、幻想砂漠は気流が生んだ螺旋の上昇気流がどういう理屈でこうなったかは定かではないが大陸を横断しているのだ。
恐らく台風の目はこの気流の向かう先。海にあるのだろう。
納得のいかないゲイルが真っ先にツッコミを入れる。
「なんじゃこりゃあああああああ」
これはもうひとつの町と言ってもいい。
幻想砂漠が生む莫大な風力が白金砂を持ち上げて永久的にアイ・ウォールが形成されている。
大自然の環境が生んだ気流は完全に停滞している性もあって内部はモンスターを引き寄せない。
安全圏となっていた。
その場所に辿り着いた冒険者や商人たち。
調査団さえ帰って来れなかった理由がコレの性だと理解したマイトは落胆している。
気持ちが分からないではないが仕方ない。と頷ける。
砂の質感が残る白金砂を固めたもので建てられた街並みは、魅力的な観光地を想像させる。
青空と海に包まれるような白壁の家々と丘の上に立ち並ぶ可愛い風車群。
ミコノス島を思い浮かべてしまうが残念ことに海はない。
代わりに石造りの路面の溝を澄んだ水が流れている。
大通りを抜けた先で見たのは、クリスタルを加工した石碑と噴水から湧き出る透明な湧き水。
石碑には文字が刻まれている。
しかし読めない。日本語でもない。英文や中国語でもない。
首を傾げ悩ませる俺の姿を見て、やれやれとクルスがこの言語を翻訳してくれた。
「これはこの世界共通の独自の言語だ。
絵本から勉強すれば、その内読めるようになる。
これにはこの町と統治者の名前が刻まれているな」
「絵本からって、どこまでリアルなんですか?」
「ヒロキがどういう世界から来たのかは知らないが。
最近のTVゲームやPCゲームはこれぐらい普通だろ。
VRMMOメインのゲームまで歴史が進んでいたなら尚更だと思うが、―――あ、まあそうだな。
ゲーム自体に触れていないヒロキなら仕方ないか」
「すみません」
「謝ることはない。
家庭によって違うだろうし、それは置いておいて翻訳しよう。
『魅惑と平和の町_スノーガーデンへようこそ』と下段に『統治者_ゼン=ヘドリック』。
…ゼンか」
「お知り合い…「ゼハハハ、」」
と行き成り聞いたことのあるフレーズが聞こえた。
後ろを振り返るとマイトとバイモンに近い筋肉質な巨漢が仁王立ちしている。
なぜか? 歓迎するように笑っていた。
「よくぞ来たな、小童ども。
吾輩の名前はゼン=ヘドリック。
この町の統治者にしてマイト=ゴルディー唯一の…―――ゴフッ、」
自己紹介の途中。
マイトの豪快なスイングがゼンの顔面に直撃して言葉が瓦解する。
鼻から赤い飛沫を上げて白い壁に叩き付ける。
容赦なく第二撃を与えるべく闊歩する先で、何故か不敵な笑い声をあげる。
「ゼハハハ、腕は鈍っていないな。流石は吾輩を倒しただけはある」
「お前は変わらんな。相も変らずアル中とは……二ルディーは元気か」
「お、おう。それよりマイト」
「なんだ」
「止血してくれ。鼻が骨折したみたいだ。血が止まらん」
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。
第一章「裏切られた世界」新規執筆・編集、あと少しで終わりです。
今後ともよろしくお願いいたします。




