【#088】 Phantom Part.Ⅳ -灰色の最期-
このお話で『灰色事件篇』は終わりです。
「さてっと。準備体操も終わったし、再開するの?
それとも・・・ただの時間潰し?」
準備体操という名のラジオ体操第一を軽くこなした鴉と呼ばれる少女は、黒く黒く漆黒の鴉羽根の羽織を自身の師匠に預ける。渡されたタクマは、仕方無しに渡された羽織をキレイに畳んで膝の上に置く。
面倒そうな顔のまま、ゆっくりと歩を進めていく。歩中に腕を交差させ、腰の二刀の剣を抜き去る。
剣の鋭く全てを切り裂かんばかりの刃は、温い風を切って何もない空間を捌き落とす。何もない空間。と捉えていたカナタの目には無駄な動きのように見えていたのだが、土がこぼれる音が聴こえた。それは即ち、土人形の魔装兵が透明になる幻惑魔法【透明結晶】で姿を隠していた証拠。
カナタは歯を食い縛る。自分の不甲斐なさにどうしようもなく苦汁を飲まされていた。そんなカナタに目をやって、鴉は鼻で笑う。
「ああ・・・・・・がっかりだな。
シアン姉さんと死合できるって聞いて、折角正装で来たのに」
国王守護部隊『狩猟』の構成員が団体で動くことはほとんどない。要求される大半が、敵対勢力への斥候・監視や潜入・潜伏。危険因子の暗殺・捕縛にチームプレーは必要ない。必要なのは、個々のスキル。それ故に個人が持つ武具に同じものはなく、手入れも個人の責任となる。但し、武着だけは規則に従って着用する義務がある。
鴉の少女が着用しているのもまたシアンと同じく漆黒の武着がぴったりフィットして手首まで伸びている。その上に袖のない黒紫色の胴着はまるで闇夜に紛れるかのような陰を現し、腕には軽装武具の手甲が巻かれている。下部もまた黒紫色の生地を使ったスリット入りのスカートを履いている。
抜いた二刀の剣は、大刀より一回り小さい脇差し。本来は補助の役割を果たす刀だが、大刀よりも小回りが効き接近戦では攻撃回数と手数が増えるメリットがある。
正装してきたと言う鴉に、シアンはクスクス。と苦笑して答える。
「正装?」
フフフフフ。と苦笑し続けて。
「何を言うかと思えば・・・。
貴女は最後に手合わせした時のことを忘れたの。根本的な基礎も出来てなかったじゃない。カナタも同じこと」
悔やむカナタを見て言葉を続ける。
「直情に身を任せて、敵陣に突っ込むのが許されるのは覚悟した愚者だけ。覚悟がないから、そうやって悔やんでるんでしょ―――!?
」
ギリギリ。と食い縛るカナタに視線を向けていたのだが、銀色に輝く一筋の光が邪魔をする。光の正体は鴉が伸ばした左方の剣。刀身を態と斜めにさせて、室内の光を反射させただけだった。
「安い挑発ね。言葉を遮らせて怒りを買わせる。小学生でも使う相手を選ぶというのに、貴女は・・・自分を強者だと確信している」
「そう?
無邪気な子供にからかわれて、そんな物騒な目なんてしてたら本気だって言ってるようなものだよ。それにシアン姉さんは時間を奪うのが目的でも、此方としては筆頭と約束があるんだよね」
ビリリ。と奔る視線のぶつかり合い。
何時崩れるか分からぬ予測不可能な刺激が玉座の壇上を走り抜け、両者の踵が浮きかけた瞬間、目に止まらぬ疾風迅雷の剣戟と疾風怒濤の魔法連鎖がその静かな均衡を割る。
鴉は常に接近を求めて剣を奮う。それに対してシアンは、物理的な魔法で素早く振ってくる剣の刃を遮る。
遮ったのは土魔法【アースクリエイト】。創造系魔法に分類される魔法使いの多くが最初に習う基礎的なもの。魔力を微量しか使わないので魔力保有者なら誰でも扱えるが、シアンはこれを薄い土と石の防御膜を形成させて振り下ろされる剣の軌道を僅かにズラしている。
そこへ幻惑魔法で精神を逆撫でして鴉を翻弄している。
幻惑魔法【多重幻影】。複数体の幻影が鴉の視界を惑わすが見破る。幻影に混ざって土人形の魔装兵が切り裂こう強襲を掛けるも柔軟機敏な身体能力が、その悉くをすれすれで受け流す。
受け流しと鬼気迫る土人形の鋭く尖った腕を利用して、接近格闘術で他の土人形の胴体へ突き立てる。潰れた土人形の衝撃を跳び箱を飛ぶように押し退ける。まさに体育会系少女の動きだが、その目に宿る真っ黒な闇色が告げるのは『無』。何もない虚空を見詰めるように、感情を表に出さず坦々と迫ってくる脅威を木っ端微塵にしていく。
しかし――。
"天武の才"を持つシアンは、自身が創造した土人形が清々しいほどに完膚なきまでに潰されているというのに嗤っていた。妖しく美しく奇怪に嗤うシアンは、トン―――トントン。と後退して距離を取り静かに語り出す。
「滑稽ね。
私達は育ちは違えど、同じ道を通ってきた。『生きる』ために『殺す』ことが人のサガだと言ったのはクルスさん。感情を交えない強い闘い方を教えてくれた人は誰もいなかった。それを見つけたのは私達――――」
一呼吸おいて質問する。
「ねぇ、覚えてる?
暗部育成計画の卒業試験のこと。アレはあの頃の私達には地獄だった。三ヶ月。たった三ヶ月のプログラムで一人前にするだけでも挫けそうで実際に多くの生徒が途中で足を止めた。
でも生き残った私達。一期生は――。その先の地獄を知って心が折れた。貴女もそうだったでしょ?」
距離を取られた鴉は、痛みを覚えて腕を見る。黒く黒く漆黒の武着、その腕に巻かれた手甲が砕かれていた。
すれすれの戦いの中では、仕方無いことと割り切ることはできなかった。何時もなら簡単に割り切る。シアンの言う通り、自分達は感情は闘いの真っ只中では無意味だと身をもって知ったからだ。
でも、その手甲は筆頭から直々に頂いた大切な代物。それを壊されて感情を抑えるほど大人ではない鴉は、怒気を込めて息を吐く。
◇◆◇◆◇
暗部育成計画の第一期卒業生は、九人。
現在の国王守護部隊『狩猟』の構成員となっている暗部の中の一期生は、たったの三人。彼女の言う通り、プログラム期間は三ヶ月。一年と半年で補充されて漸く五十人未満まで数えることができる。
―――けれど、明日幾人が消えるか分からない。それが私達の世界。この世界にごっこ遊びはない。与えられる仕事がどんなに残忍であろうとも必ず全うしなければならない。
だから。だから、あの卒業試験が組み込まれたのだろうと思うことがある。その試験内容は、―――三ヶ月間を共にした。友人になった。未来予想図という幻想を作った。小さな蟠りで喧嘩して親友になった同居人を殺すことだった。
私の同居人は、控え目だけどとても美しい女の子。彼女の本名は、ムイと言っていた。
ムイには家族がいなかった。と言うよりもこのプログラムにスカウトされる条件の一つがそれで寺院に足を運ぶ生徒は大抵が戦争孤児だったり、幼い時分に捨てられた奴隷もいたから普通と言えば普通。普通じゃなく浮いていたのは、寧ろ私の方だった。
奴隷は名が奪われても番号が与えられる。孤児は名はあるが誇りはない。そして、私には最初から名もなく感情もなく両親も友人もいない。唯一の知人は、路上で踞っていた私に手を差し伸べてくれたクルスという人間だけだったからだ。
だから、私は人の情を知らない。訓練で傷付いた私をどうして助けてくれるのか。庇ってくれるのか。手を引いてくれるのか。ご飯を作ってくれるのか。分からなかった。ムイが卒業試験で。私の目の前で自らの命を絶つまで。
"それは真っ赤だった。"
ムイが作ってくれたトマトスープよりもドロッとしていて。私を態と怒らせる為に水魔法【アクアクリエイト】の水鉄砲よりも淀んだ沈んだ鮮血。
首を素早くかっ切って宙に舞い散った赤い血を見たのは、私だけじゃない。試験官のクルスさんとタクマさん。卒業試験を受けた二十人の全員がその衝撃的な瞬間を目撃していた。シアンだけは例外だったけど。それでも、それが躊躇っていた心を後押しする結果になった。
『生きる』か、『死ぬ』か。いくら講習を何度聴いても、訓練で傷付いても、生死を懸けた死合はない。講習の中でタクマさんがある哲学者が言った一言について語っていた。
"死は我々の友である。死を受け入れる用意の出来ていないものは、何かを心得ているとはいえない。"
それから、こうも言っていた。
"生きることは難しい。人が『死』に直面した時、何も犠牲にせず生きることは叶わないのだから。"
そう言ったのはクルスさんだった。
あの時の私には、それが何を指しているのか分からなかった。ただ、そう言ったクルスさんが何時になく悲しそうに言っていたことは今でも覚えてる。そして、今だからその言葉が誰に向けられたものかが分かる。
宙を舞い散った鮮血を見た同期生の目が変わったのも今なら分かる。『死』に直面した時、人は覚醒する。中には退いた臆病者。逃走した者もいたが九人が卒業したその日、私にはなかった感情が覚醒した。
◇◆◇◆◇
「私は、アナタを同期生として認めてないから。だって。アナタはムイが自決を図る前に、誰よりも早く。躊躇うことなく、殺したじゃない!」
シアンは卒業後、単独で隣国フィラルの悪魔信仰教徒。近郊で息を潜めていた武総勢力。爵位悪魔さえも撃滅して『最高戦力』"終姫"の称号が与えられた。最初は、私と同じように感情が備わっていない同類だと思っていた。でも違った。
シアンは絶望していたのだ。
実姉のルビー=ファズナが絶望症。母親のエーテル=ファズナが事故死。父親と自身の真実を知った彼女は、絶望の埋め合わせに誰よりも『死』を求めていた。だから、率先して『死』の最前線に赴いていた。
シアンは、自分が思い描く『地獄』を求めている。
「この言葉を覚えてる?『生きることは難しい。人が『死』に直面した時、何も犠牲にせず生きることは叶わないのだから』
貴女が敬愛するクルスさんの言った言葉。私は好きよ。老いた人間は生きる為に財産を手放すか、思い出を忘れるか。戦人は身体の機能を失われるか、想い人が死ぬか。
もう、知ってるんでしょ。私が―――。
どうして。どうして、こんなことをしているのか。これは王国へ仕掛けるクーデターでも、王への復讐でもない・・・」
そんな言葉を信用できるか! フザケルナ! と激怒するカナタをまあまあ。と引っ捕らえて両腕を背中で拘束して抑える。
そこへタクマは、暗術という闇魔法と接近格闘術を混同させた技の一つ【影舞踊】。分身の類いだが、人の形をした真っ黒な存在がカナタを押さえ付けている。
ハァ――。と溜め息を着いてタクマはカナタを見る。
「――カナタ。どうして、お前を筆頭にしたと思う?」
急になんだ? とカナタは押さえ付けられたまま目線だけを上げる。タクマが見るのはまたしても自分ではない。嘗ての生徒たち。そして同期の第一期生の二人だった。
「暗部育成計画の卒業生の中で次席だったお前が、筆頭にさせたのは国王だ。人の上に立つ資質と何よりも『光』を持っていた。
ここで思い知った弱さは、剣舞祭で国王に忠誠を再度誓えばいい。どうせ、今回の一件は見送られる。そういう手筈なのでしょ?」
それが誰に対する答えなのかカナタには分からなかった。押さえ付けられたままの視界では、視野が限られているからだ。
五人目の気配を感じ取った時、白く長い紐が見えた。空間魔法特有の靡きがゆらゆら。と紐が竜のように舞う。白装束の魔導ローブを纏った栗色の髪の少女は、自身の持つ魔導書を開いて持っている。
「――はい」
顔は見えないが、その言葉だけで充分だった。同世代の魔導師と薬師で彼女の名を知らない者はいないのだから。
「今回の一件は国王認可の基に見送られるのは決定事項です。
国王不在は近衛兵にとっては、前代未聞でしょうから口外はしない。『不法侵入者が出没した』と屯所に連絡がいけば、四小隊中三小隊が駆け付ける。噂を大きくしない為に騎士団に『不法侵入者に対する訓練』という名目で協力を依頼しています。
シアンさん。シアンさん『本人』も捕まるのは時間の問題ですよ」
カナタは硬直していた。
自分が蚊帳の外だったとかではなく、目の前にいるシアンに対して『本人』という言葉を遣ったことに引っ掛かったからだ。まるでそこにいるのが『偽物』だと言わんばかりにそう言う。
頬をひきつるカナタを見ながら嗤うシアンは、砂のように風化していく自身の身体を見て最後の言葉を振り絞る。
「本当にカナタには、ガッカリね。
狐につままられた顔は面白いけど、最期くらいは見破って欲しかったな――。もう幕切れね。サヨウナラ、終演の時間よ」
砂は灰化して等身大の魔法人形だけが残されていた。サラサラ。と宙を舞う灰をパタパタ。と掌を広げて無邪気に仰ぐのは鴉だった。
ああぁあ、呆気ない最期だな。と呟く鴉にカナタは拘束された状態のまま怒気を言葉に変えて放つ。
「フザケルナ!!」
え、なに!? と振り向く鴉は、拘束されて床に押さえ付けられたカナタを見る。
「最初から知っていたならーーー」
何も知らないクセに・・・。と鴉はギュッと拳を固めてカナタの方へ歩いていく。
手を出す鴉の拳から守るように両腕を広げて立ち塞がるレイン。
「――止めて!」
「レインさん。そこをどいて。一発だけ殴らせてもらえない? 何も知らないクセに、口だけは達者な、その喉に喉打ちさせて!」
振るい上げる腕に目を瞑るレイン。
その後ろで何も出来ずに床で抗うカナタ。
三人のやり取りに、やれやれ。と鴉の腕を別の【影舞踊】で止めたタクマは不本意ながら今回の顛末を話すことにした。恐らくは自身の仕事がコレだろうと、ここに送った当人の顔を思い出しながら語ることになったのである。
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同じ時刻。日付が変わるまで半時を過ぎようとする王宮都を走り抜ける三人がいた。
一人はローブを纏った男にオンブされて、少女は尖った耳を隠すように両手で押さえている。先陣を切って前を駆ける少年は、引き離さないように注視しながら目的地に向かっていた。
真横まで少女をオンブした男が迫ると、息を切らしながら質問する。
「本当にいいのか?」
その質問の意味が直ぐに理解する少年は、間を開けることなく答える。
「構わないさ。
もうじき、陽動も時間切れだろうし。屯所に引っ張られる前に、お姉さんに会いたい。って気持ちも分かる。ただ、イェンバーさん。着いてくる以上はココラを守って下さいよ」
最後の言葉の意味が分からない。という表情で改めて問うと少年は、キョトンとして間を開けて意外な言葉の羅列を並べてくる。
「やっぱり知らなかったんですね。
今回の灰色事件の顛末は、そんな甘いもんじゃないんですよ。記念館の館長がココラとルビー。そして、シアンさんの母親エーテル=ファズナを嵌めたのは間違いなくオグワード=ベルヤードです。しかし、彼はただの操り人形に過ぎません。
考えても見てください。記念館の館長が例え伯爵という地位を利用して、人一人を嵌めたと言うのに記録を改竄しなかった。それよりも、どうしてエーテルさんを騙したのか。それは喉から手が出るほど欲しいものがあったからだ」
それは一体――。と言い掛けたところで目的地に到着した。
◇最上層 王宮都 オグワード邸宅◇
一際、悪目立ちしている洋館。
ゾンビゲームをしていたゲーマーならよく知る洋館にそっくりな悪趣味で真っ白な西洋の館には、守衛三人と首輪付きの猟犬が警備にあたっていた。
少年はその警備の中を真っ直ぐに突き進んで守衛に話し掛けようとする。その常軌を逸脱した行動に、正気かどうか問うよりも早く到達する。口をパクつかせるイェンバーとオンブされたまま祈るココラを見て、オーバーだな。と思いながら声をかける。
「やあ、どうも。
自分。ヒロキって言います。今、来客中のツレってことで話は通っているはずなんですけど。行き違いになってませんよね?」
その言葉にどういうことだ? と二人は顔を見合わせて答えを一緒に模索するがさっぱり見当がつかないでいた。暫くしてヒロキが手招きで自分達を呼ぶので、彼を信じて駆け寄る。
守衛の一人が案内してくれるらしく、一緒に着いていく二人はヒロキにどういうことかと尋ねるのだが聴こえていないフリをしているのか。再度尋ねると、静かに。というサインで質問を取り下げるように仄めかす。
小首を傾けて考える二人は、結局着いていくことしか出来ず仕舞いでヒロキの後ろを追うのだった。
その最中でヒロキは心中穏やかではなかった。これから相反する敵をどう攻略すべきかをひたすらに悩むばかりだったからである。
オグワード=ベルヤードは、その敵と言うような認識はない。そもそもが操りの道化なのだから眼中にすら入っていない。シアンさんが協力的ならば、勝機はある。しかし、油断は大敵。証言人はイェンバーが守るとしても残りの二人を守りながら戦うのは難しい・・・・・・。
そうこう考えている内に案内してくれた守衛は、通った道を帰っていく。案内された部屋は書斎。ソファーに腰をかけた男は用意された紅茶に口を着けて静かに啜る途中。その斜め後ろに立っている赤髪の男の背中には、予想外の人物がオンブされていた。
あの娘、誰だろう。可愛いな♪ と言う同じくオンブされたままのココラが呟く一方でワナワナ。と震えるヒロキは口を広げる。
「約束と違うんだけど!?」
ヒロキの計画が破綻した瞬間だった。
当初。と言うよりも最初からクーアだけは巻き込めない。という考えの基にアルファガレスト卿の邸宅に預ける手筈だった。
――のに、この始末である。
渡した手紙にも要注意でお願いします。と記した。それがどうしてこうなった。と頭を抱えるヒロキにアルファガレスト卿はたったの一言でそれを返す。
「スマン」
スマンじゃないでしょうが。というひねくれた顔にトーマスが立ちはだかって頭を下げる。どうしてトーマスが頭を下げるのか。と思えば、俺がここに来ることをバラしたらしく尾行されこうなったらしい。
なんちゅうことをしてくれてんだ!? とぶちギレそうになったが、むにゃむにゃ。と寝返りを打つクーアを見て怒りを心に押さえつける。
そんな意味不明の仕草と行動に追い掛けて来た二人はクスクス。と苦笑するのだったが和んでいる時間はなかった。刻々と過ぎていく時間を切り裂くように爆発音と地揺れがワンルームどころか洋館全域に響いたのである。
慌てて窓から外の情景を見渡すココラは、不思議なことに気付く。地揺れで傾いたり亀裂が生じた地面が洋館の敷地内だけに留まっているのだ。イェンバーもソッと覗くが彼には一目瞭然だったようで、息を飲んで振り返る。
振り返った先には、地揺れがあったにもかかわらず悠長に熱い紅茶を飲むヒロキの姿が飛び込んできた。アルファガレスト卿というAブロック統治者も暢気にクッキーを口にして会話を進めている。
「彼等の驚きようからして計画は着実に進んでいるようだな。安心したぞ」
二人には一応は話しておいた方がいいだろ。とアルファガレスト卿が言うので何がなんだか分からない二人をまずは座らせて本題に入ることにした。
「二人共、聞いて欲しい。
この事件の後についてのことだ。外の薄い障壁を見たイェンバーなら分かるだろうけど、アレは国王守護部隊『魔導』の結界班が張った強力な防御・魔封・暗黙。三つの術式が編み込まれた三重結界だ。発動の指示時間は陽動の終わりを意味する。民衆を欺ける時間は短いから質問は受け付けない。
いいか。ココラとイェンバーには、証言人として法廷の場に立って欲しい。これは唯一、公の場でオグワードを裁く方法だからだ。よって二人には悪いとは思うが―――」
「大丈夫だよ。私達は裁かれるべき罪を犯した。それぐらいことは出来る。それにお母さんの仇だから」
どうやら心配は無用のようだ。
日付が変わるまであと数分――。俺はトーマスと共に地下倉庫へ急ぎ足で向かう。勿論クーアはアルファガレスト卿に預けてだ。残されたココラとイェンバーは、今だからこそ尋ねる。どうして、彼は私達の為に命を張れるのかと。
その問いにアルファガレスト卿は、フハハハ。と笑って答えるが寝息をたてるクーアを起こすまいとマズイ、マズイ。と言いつつ口を押さえる。
「そうだな・・・君等はこの娘をどう思う?」
ええ・・・と。と言って二人はそれぞれ違う答えを出す。ココラは、ヒロキのパーティーメンバー。イェンバーは、家族だろうと言うがアルファガレスト卿の奴隷だった。と言う言葉に驚愕する。それも『だった』という過去表現の意味が分からなかった。
奴隷は一般的に、一般人から奴隷に降格された瞬間から一般人扱いされることはない。それを『だった』とはどういうことなのか。ココラとイェンバーは、興味津々にアルファガレスト卿の話を聞くことにした。
◇オグワード邸宅 地下倉庫◇
その一方でヒロキとトーマスは、オグワードの私兵を退けて地下倉庫に来ていたのだが扉を引いた先で二人が見たのは予想外の光景だった。戦況は押しているものだと思っていたシアンがオグワードの盗賊風の私兵二十人未満に深傷を負っている信じられない場面に、トーマスが大剣を抜く。
しかし、そこでストップがかけられた。
かけたのは、オグワード=ベルヤード・・・ではないと直ぐに分かった。カエル顔と太った容姿は間違いなく本人だが、中身は別人だと『氣』がそう告げている。
『氣』とは大自然の根源が形となって人間の目や肌に感覚として現れるもの。それが震えて見えたからだ。正しくは歪んで見えていた。空間が形を成さない気持ちの悪いネジレが吐き気を催す。
私兵たちは本物のようだが、何に怖がる必要があるのか。震える手足は伝えたい言葉があるように見えるものの、口は閉ざしたままで目を血走らせている。中には、目から流血させる者もいる。
「オイ、ヒロキ。
コイツら妙だぞ。何に抵抗してるんだ。それにあのカエル野郎はーーー」
トーマスの考えは大体合ってるし、正解だろう。しかし、腑に落ちない。魔封の結界で魔法は一切使えない状況下でシアンさんを押している事実。それ以上になぜ【堕天使の剣】を使わないのか。その疑問は直ぐに解消される。
それはまるで蛇のようにズルズル身体を引き摺って口から出てきた。唾液の粘った水分ある液体を被ったバケモノは、オグワードの脂肪分と生命力を全て搾り取ったかのようにパンパンに膨らませている。
その一方でゲッソリと窶れた皮と骨だけの老人は、うめき声を上げるが弱々しく言葉に力はない。
バケモノの肉体バランスが悪く、丸々に膨れた脂肪分を凝縮させて呑み込む。不必要なエネルギーをガスに変換させた気体をゲップとして吐き出した。アンバランスな肉体は改善されて美男子に生まれ変わった。バケモノは、ニィ。と口を歪ませて折角のイケメン面を台無しにする。
「俺様ァは、ヴァルス。ヴァルス="V"=スーサイド。
不死族の頂点。偉大なる原初の吸血鬼魔王ヴィネア=”V”=クリストファーの十二番目の血族とはぁ、俺様ァのことよ。そして、こ・の・力・こ・そ・が、俺様ァの最強の剣たち。
さあ、前進せよ! "吸血皇帝"の眷族たちよ―――」
短い言葉なのに長く言うヤツを待つほど器が大きくない。
トーマスは、ヴァルスが攻撃宣言を下す前に全てを切り捨てたのだが、幾ら斬っても斬っても。吸血鬼の特性なのか肉体が瞬時に回復する面妖な力の前に膝を折っていた。
これこそが手負いの理由かー。と分かったところでトーマスの手前に立って助太刀に入る。まずは普通に斬ってみるが瞬時に回復する。その光景を見て、一つの考えを改める必要があると捉えたヒロキは魔剣【ダークリパライザー】を召喚する。
魔剣に『闘氣』としてジャー君の『破壊力』をぶちこんで真正面から真っ二つに斬り倒した。その結果、回復することなく命尽きるようにふわっと。苦しみから解放された魂魄は浄化するよりも早く砕かれて灰化した。
「な、なァ何をした―――!!?」
五月蝿い。とオグワードの私兵を殲滅していくに連れて、こんな時に甦らなくてもいいだろう。と脳裏を圧迫させるトラウマが劇的な攻めを鈍らせる。
禁忌魔法【時間跳躍】する前のクーアを襲う刃を目撃した時分の記憶。何かを失う、居ても立ってもいられない感情。時間を巻き戻す自然の摂理と禁忌を犯した死よりも苦しい激痛。肉体と心を引き裂く茹でた熱量が脳裏で裏返る。
脈打つ血が逆流するような感覚が押し上げて復活したトラウマが、残すところ十一という場面で打ち倒される。それも私兵の抵抗した弱々しい一発の拳に地を着いたヒロキに、なんだ? どうしたんだ。と駆け寄ってヒロキのサポートに回るトーマス。
青ざめたヒロキの表情を見下ろすことで一拍遅れた反応は私兵にとっては、格好の的に他ならない。斬首しようとする刃がトーマスの首筋に迫る。
間に合わない。と思った瞬間に漆黒の粒子砲撃が私兵を焼き払う。それをヤったのは手負いのシアンだったのだろうが遠方で気を失っている。
最後の余力で助けてくれたのだろう。と思う中でも状況は最悪に近かった。何故ならば、シアンのあの漆黒の粒子砲撃【堕天使の剣】が効いていないのだ。衣服は燃えても肉体が瞬時に回復する異常な再生能力に手の打ちようがないトーマスは、アレでもダメなのか。とヒロキを拾い上げてシアンを背中に背負って逃げ仰せる。
私兵の数は半減され、どうやら索敵能力は欠けているのか。行動制限があるのか。追ってこないことを確認したトーマスは、青ざめたヒロキに冷水を飲ませる。
シアンは取り敢えず無事のようだが、彼女は放っておくことにした。現状で必要なのは唯一、吸血鬼モドキを倒すことに成功したヒロキの能力が必須だと考えたからだ。
手当たり次第に倉庫の保管庫を抉じ開けて、回復薬を飲ませるが一向に回復の兆しが見えない状況で幸運にも目を覚ましたヒロキはトーマスを止める。
「もう大丈夫なのか?」
「違う。それは全部偽物だよ。ラベルは回復薬でも効能はミネラルウォーター。とんでもない悪人だ」
冗談だろ!? と言うトーマスが飲むと普通のミネラルウォーターに偽物の瓶製回復薬を割りたい気持ちをグッと抑えて謝る。
「すまない。俺が不甲斐ないばっかりに」
力強くギュッとトーマスの衣服を掴んで起き上がったヒロキは、今にも倒れそうなそんな状態にも関わらず言葉を振り絞る。
「――大丈夫だよ。シアンさんの看病を頼めるか? 俺はヤツに訊かないといけないことがあるんだ。どうしても。どうしてもだ」
魔王。魔王の眷族ではなく、血族と言うことは、アイツの後方で控えているのはヴィネア=”V”=クリストファー。ソイツなら知っているんじゃないか? 俺のことを。正確には、俺の半身と呼ぶべき存在の"最古の魔王"のことを。
この件は放っておきたかった。まだ先のことだと思っていたからだ。でも。でも、それじゃあダメなんだ。
「アイツの目的は、魔導書【ファティマ聖魔導の予言書】と言われていた神書【アポロンの予言書】だ。
ここからは俺の妄想だ。
ヤツは最初からオグワードを利用していたのだろう。強欲商人は金に目が眩んで手を取り合って、エーテルさんを騙した。でも彼女は所有者ではなかった。そこで彼女の家族に目をつけて、"灰色事件"を引き起こすように裏で糸を引いた。商人と地位をも利用して、大臣の一人を買収することなんて雑作もないだろう。
よくよく考えて見ろ。あんな剥製など展示していなければ、今回の事件が表立つことはなかった。今回の一件のその全てが物語っている。操っている人間の地位が高い者が犯罪を犯せば、国の信用は陥落する。
そうだろ。吸血皇帝さん――」
ヒロキが目を細めて奥を見詰める。
最後の言葉に反応してトーマスが振り向いたその先には空間を歪めて赤色と紫色が混同する澱みの中から現れたヴァルスを見て硬直する。吸血鬼モドキの私兵は連れていないようだが、その憎たらしい顔だけで恐怖が生まれるには充分だった。
ヴァルスは保管庫に収められている瓶製の回復薬を持ち上げて、平然とした顔で落として割る。今となっては、素材【ガラス】は植物【グラスポット】の栽培方法の確立により高価ではないと言ってもグラスがタダで貰えるわけでもない。それを次々と割っていく。
トーマスが恐怖でビクつくまで続き、箱に収められていた最後の一瓶を開けたところで口を開ける。
「商団【オグワード美徳会】。明日には潰れるだろうね。商人にとって一番必要なのは、『信用』だ。信用さえあれば、客は偽物や贋作を本物だと信じ込む。例えば試飲や試食でオグワードが信用を勝ち取った。
客が商品の魅力に囚われる最大の焦点がそこにはあったからだ。最高級のワインを試飲で飲ませて買わせる。勿論、買わせるのは半分は年代を誤魔化した偽物を。定期購入者には、五対五から四対六・・・気付けば一対九。
オグワードが爵位を手にするまで本当に面白かった。だがーー契約は果たされた欲望も悪知恵も俺様ァにとっちゃあ前菜。メインディッシュが欲しくてね。チンケなスープや肉料理よりも。だから渡してもらうよ。
神書【アポロンの予言書】さえあれば、俺様ァが天辺に立つことができる。もう、ウンザリなのさァ。俺様ァたち。偉大なる吸血鬼が影でコソコソする時代じゃあねぇんだ」
回復薬を飲み干したヴァルスは、瓶だけを叩き割って左右の指に嵌められた指輪の力なのか再度空間を歪める。澱んだ空気を埋める腐りかけの動物臭と焼き焦がれた皮と骨だけの私兵一体が混じった不死の眷族たちは、力なくペタり。と床を踏む。
最早、彼等に抵抗する気力もない魂が抜け落ちた道化人形。筋力も落ち込んでいるようで携えている長剣と盾は構えることも儘ならず、ダラン。と垂れ下がっている。
そんな彼等を道具のように指図するヴァルスを打ちのめす如く、トーマスが恐怖を高ぶった感情で殺し憤怒の形相で大剣を奮う。それを嘲笑うように焼き焦がれた私兵を盾に使い潰す。力籠った一撃でパッカリ。と一刀両断された私兵だが有り得ない再生能力で回復。
両断されたままトーマスに抱き着いた私兵ごとヴァルスは、人差し指を私兵に向けて魔法を放つ。火炎である。火を吹いた指先の一閃するレーザーは私兵に直撃して爆裂魔法を発現させる。
爆裂魔法【フィジカルボム】。嘗てヒロキ自身も使ったことのある魔法だが、格も質も異次元のそれだった。ヒロキが発動させたフィジカルボムは、魔力を火球に変換させて位置固定後に更なる魔力を注ぎ込ませて膨張した火球を爆発させるもの。それに対してヴァルスのフィジカルボムは、一点に集約させた魔力をレーザーで放出させて自身の眷族を媒体にさせた人間爆弾。
破裂と爆裂した魔法で吹き飛んで来たトーマスを体一個で押さえ込むヒロキが目撃したのは、塵からも再生する不死性だったがそこでヒロキの内側にいたカルマから答えが出てきた。
それは魔力に対する絶対的な耐性である。しかし、そんなことは今に至ってはどうでもよかった。問題なのは、封魔の力で抑え込まれていた筈の魔法を難なく使えている事実であった。
「どうして・・・」
驚愕するヒロキを見てヴァルスはケタケタと笑う。
「おいおい、俺様ァを低俗な魔物と一緒にしてもらっちゃあ困るぜェ。魔王の眷族達でさえ、魔法に対する絶対的な耐性が備わっているんだ。幾ら十二番目の血族とは言っても、変わりはねェ。
まさか・・・とは思うが、その程度で止められるとでも。魔王を舐めんなよ、三下!!?」
ヴァルスは、都合のいい私兵の顔面を殴打で潰して鬱憤を晴らす。勿論、不死性の再生能力で元通りになるがヒロキには腑に落ちないところが見受けられた。
それは私兵達の損害箇所である。カルマもそこには気付いていても言葉に出して助言しなかったのは、不正確な情報だったからだ。私兵達の損害は負っているが不死性を手に入れているのにだ。そこがおかしいのだ。
不死の肉体なのに傷付いているのは、『不死』の特性が劣化している薄まっているのでは? とどうしても思ってしまう。個体差はあれど、眷族全員が万能な不死体ではない。のであればトーマスでも倒せることが出来たであろうがもう無理強いはできない。
ヴァルスの放った爆裂魔法【フィジカルボム】を直撃受けた影響は大きい。素早い防衛反応の反射で『氣』だけのエネルギーで防御膜を作ったお蔭で全身火傷は免れた。
爆発と熱量の影響で意識が飛んでいるのが幸いした。荒療治だし、あんまりヤりたくはなかったがカルマの霊核を入れて内側から治療することは出来ないからな。俺と違ってトーマスには魔力を保有している分は早く治癒することだろう。
「三下か・・・」
確かに俺は弱いよ。トラウマで倒れるほどに、でもなぁ。俺はオマエを許さねぇ!
俺がバカだった。こんなヤツに質問しようとした自分が愚かしい。魔王の血族がもしも全員こんなヤツなら俺は、今の自分を保っている自信がない。トーマスが意識を失ってくれて本当に良かった。こんな姿は見せられないからな。
「なぁ、オマエ。魔王の血族で十二番目って言うのは、産まれた順だろう。強さはどの辺だ?」
人間を道具のように扱うコイツには、丁度いい。実験体になってもらおう。なんせ、このアイデアは自分でもバカらしいほどに危険すぎる術式だからだ。
あの時分とは勝手が違う。魔王の眷族と言った首無騎士デイドラ戦で使えない状況ではなかった。使わなかったのは、彼も言った通り舐めていた。それが敗因だ。
ヒロキの種族は魔人[フェイスマン]。人間[ヒューマン]との相違点は保有する莫大な魔力にあると言われているが正確な答えではない。魔人[フェイスマン]に秘められた力は、莫大な魔力を一気に消費し肉体を活性化する『魔人化』の発動で身体能力を飛躍させること。無論、デメリットもある。
魔人化を果たした魔人[フェイスマン]は、個体差にもよるが確実な死を迎えることになるのだ。図書館の書庫の記録を読み込んで知ったヒロキは、そのデメリットを勿論知っている。そして、ヒロキの考えたバカらしいアイデアがここに融合することとなった。
魔力ではなく、モンスターの霊魂を爆発的に燃やして変換させたエネルギーを肉体に流し込む荒業。ソウルブースターと名付けられた増幅回廊は、麻薬を服用したハイの感覚を植え付けて顔を自然と嗤わせる。
「――七番くらいだな。
魔人化とは、命を懸けるには小さい。なァ、アンタは本当にただの魔人なのか? この気配は魔物に近い。でも人間らしい一面も持ち合わせている。実に興味深い・・・でも死人にはクチナシ。去らばだ、少年―――!!」
魔人化か―――。
予想以上に痛みがキヤガル。でもトーマス。シアンやココラ。アルジオはもっと苦しんだ。こんな痛みはまだ序の口だ。
「後悔させてやるよ。
人間を道具に扱うオマエを俺は絶対に許さねぇ――!? なんで。なんで、オマエがここで出てくるんだよ」
ヴァルスの臨戦態勢の状況下で間を割るように入ってきた第三者を俺は知っていた。来て欲しくなかった一番の人物。一度目だけでアレだけ後悔したっていうのに、結局俺には何もできないそんな運命を呪いたかった。
魔人化を果たしても助けられないって、ふざけんな!? 俺はどうして。どうして、守られてばかりなんだ・・・。
△
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―――次に目を覚ました時、俺の目の前に現れたクーアとその後の記憶を失っていた。
それどころか、あの事件で俺とトーマスは大事な大切な恩人を失ってしまったことを聴かされた。不思議と涙は出ずに、ただ・・・ただ悔しかった。胸が圧迫される辛さともう戻ってはこない恩人の面影が、もう俺の頭の中にはなかった。
葬儀は慎ましく行われた。時期が時期だけあって集まりは悪かったものの、トーマスを始めに最下層の住民や付き合いのあった中層の職人が手を合わせに向かっている。
俺は行けなかった。
別にクーアが深傷を負った訳ではない。寧ろ無傷で、今もこうしてむにゃむにゃと背中で寝ている。
メイド長のリファイアさんが泣いた顔を初めて見た。唯一の親族の筈のマイトさんが式に出ることはなく、トーマスに目を向けることなくアルファガレスト卿邸宅の前を素通りした。
すれ違うのは、全員が彼の知人ではないとしても目を合わせることはおろか地面だけを見下ろす俺に声を掛ける者は一人もいなかった。その中には、俺の知人もいた。
レインは立ち止まって声を掛けようとしたが、フェイがそれを止める。クロムは無言で立ち去っていった。何も言うことはない。と言う意味だろう。
―――俺では、守れないのかもしれない。誰も。誰一人と助けることができない。なあ、教えてくれないか? 俺はどうしたらいい?
悲痛の叫び。奇しくもその声は、カルマやジャーにも届かなかった。
気付けば俺は、甲邱の鉄格子を掴んで叫んでいた。オマエは全部を知っていたのだろう。と怒りを込めて、その名を呼んだ。
「マイト=ゴルディー!!!」
どこまで行っても報われない主人公の叫びとその想いは次篇に引き継がれます。
これはほんの始まり。悲痛の叫びから始まるEpisode.Ⅰ-chapter.Ⅱでは、主人公の意外な決断から始まります。次回をお楽しみに!




