【#083】 Phantom Part.Ⅱ -灰色の黄昏《前篇》-
●灰色事件編『合流章・前篇・』●
次第に真相へ。灰色事件編『最終章』に繋がる前篇!
◇最上層 甲邱◇
「え? 今、なんて言いましたか」
フェイは国王からの緊急召集を受けて急ぎ足で謁見の間まで到着したのだが、近衛兵からの一言がこの問いを生んでいた。
近衛兵も答えはしたものの、拭えない焦りを汗に変換させていた。―――と言うのも、事の始まりは前代未聞の国王脱走。甲邱に遣える百未満の近衛兵総動員で外部と連絡を取り合う者もいれば、甲邱内を駆ける者もいる。
フェイに答えた汗だくの近衛兵。ウォンシェンは、非常に焦っていた。国王脱走という事態に汗を募らせているのではないからだ。
ウォンシェンは、甲邱専属の近衛兵となってまだ日の浅い新人兵士。
甲邱と言えば、国王の住まう居城であり神経を尖らせるほどに緊張でいっぱいの中で、王のみならず来客に対して粗相のない接し方をしなければならない。非常に滅入る職の筈がこの男ウォンシェンは近衛兵随一の陽気な兵士として知られていた。
陽気と言えば聞こえはいいが、お調子者やバカと言うのが同僚たちの評価だった。そんな彼だからか、密かに国王の愚痴に付き合ったり晩酌のお供にという『友人』の付き合いに至っていた。
ウォンシェン自身も相手が『国王』という立場を忘れて『友人』として接してきた。無論、一兵士の端くれとして近衛兵の立場を弁えて飽くまでも二人になった時に限ってだったのだが『国王=友人』として脱走の手引きをしたのは内緒にしていた。替え玉も用意していたのだが、あっさりバレた故に彼は汗を募らせているのだった。
これは良くないと思うものの、『友人』を裏切れる訳もなくウォンシェンはフェイの質問に答える。
「――ええ、ですから。国王様は不在でして此方も全力で捜索しておりますので、何卒ご理解とこの件は内密にお願いします」
焦りすぎて自分が何を言っているのか自分でも分からないウォンシェンは、ペコペコと頭を再三下げてフェイに謝る。
ただ彼の脳裏に浮かぶのが、申し訳ない。という謝罪の言葉よりも、マイトさんカムバック! と叫ぶ脱走の協力者とは露知らずフェイは肩を落として甲邱を後にするのだった。
甲邱の入り口。鉄格子のゲートの外まで出るとフェイの部下であり精鋭騎士オードリーと彼女を慕う三名の女性が後ろで控えているのが見えた。
第六師団には女性しかいない団体組織のため何の疑いもなしにオードリーに近寄る。疑いはないものの腑に落ちない点がひとつあった。
―――それはすべての報告は【念話】で。と命令した筈ですが・・・。そう考えるフェイはキッ!と睨んで怒り声でオードリーの脳髄が震えるほど叱ってやるつもりが言葉が遅れない状態に瞳孔を開かずにはいられなかった。
「オードリー、これはどういうことです」
「隊長・・・」
敬礼して挨拶を交わしたオードリーは、団長に対して又しても口頭から『隊長』と綴るが、気にも留めずにフェイは続けなさい。と割り切る。
オードリーは、焦りながら後ろの女性三名を手前に差し出す。
どういうつもりなのか。と疑問に思う一方で彼女たちを見るなり答えに行き着くのだった。幾度か彼女には注意したことがあった。それは説明不足。言葉が抜けるクセがあるのだ。それを補う為・・・とは言え、職員を三人も連れてくる必要はないだろうに。と溜め息を吐きつつ事情を聞くことにした。
事情を聞く限り、まず赤髪ロングヘアの少女は三人の中では最年少。その割には、職の階級は三人の中で最上位と驚きであった。最上層詰所の責任者を任せられているという。オードリーが最初に訪れた場所もまた詰所であったことも含めて整理すると。
記念館に押し入ったあの男について。男の名は、イェンバーというCランク冒険者で過去の前歴情報から見下ろせば嘗て四人組のパーティーを組んでいたことが分かった。
メイスの魔法使いイェンバー・槍使いのビクター・ナイフ使いのヴォン。そしてまとめ役リーダーで鋼剣の戦士ボガー。全員がCランク冒険者だが、実績を洗い出すとロクな依頼をこなしてはいない。
冒険者ギルドに在籍する冒険者は、実績がものを言う。それは依頼達成以上に幾百の雑魚モンスターを屠るよりも、最強クラスの天災級以上のモンスターを屠った者が英雄と呼ばれる。依頼だけを坦々とこなすし、一日の収益を一日の酒代で終わらす者は愚者として罵られる。
最下層詰所の報告によれば、ボガー・ビクター・ヴォンの三人が酒場で揉め事を起こしたとある。
イェンバーの自供によれば、過去に犯した過ちを基に嘗ての仲間とは縁を切っているとのこと。記念館に保管されていた『リーグルの魔女』に触れようとしていたことについて頑なに口を閉じていると言う。
そこでオードリーは、『リーグルの魔女』に関する案件を調べるべく冒険者ギルドに向かったらしい。冒険者ギルドの資料保管庫で依頼書類を管理する青髪おさげの少女が言うには、過去の資料に"リーグルの魔女"と名乗る魔法使いはエーテル=ファズナだと判明。
そこから冒険者ギルドに登録されている名簿からリストアップした結果、既に事故死していることが分かり、これをギルド商会の事務をしている緑髪ショートヘアのエルフに聞いたところ事故死したエーテル=ファズナ"リーグルの魔女"にボガー率いるパーティーチーム『パシフィック』が関係していることが分かった。
フェイは事の真相を聞いて頭を抱えた。
イヤな予感はしていたものの、予想を裏切る深い闇を感じずにはいられなかった。
記念館に保管された『リーグルの魔女』が剥製されたエーテル=ファズナだとするならば、イェンバーは何処からか仕入れた情報に耳を傾けて罪の意識の現れから触れようとしたと思うのが自然なことだと考える。
情報を仕入れる方法は、人それぞれ。しかし、冒険者の多くは大抵が酒場で仕入れるものだと認識する。そう思ったとき思いつく。行き着くのは、仲間たちと一緒に立ち寄る酒場。ボガーが揉め事を起こした酒場を一度調べる必要アリと判断を下す。
「オードリー、貴女は単独で揉め事を起こした酒場を調べなさい!」
ああ、え~と。とはぐらかせるオードリーにキツイ視線を送る。
ビクリッとして身を震わせて答える。
実はですね・・・。と言って答え始めたオードリーの口から語れたのは、死人に口なし。
酒場『小悪魔のルビー』の店主でサキュバスとヒューマンのハーフの半魔ルビー本人と思われる遺骸を発見したと言うのだ。それも驚くことに、死亡から二年以上の年月が経過しているという。
発見したのは、調査に訪れたオードリー。酒倉の床下の地中奥深くに埋葬されていたルビーには花が添えられていたらしく、鑑定したところ素材【シオン】と判明。シオンの花に込められた花言葉は、『追憶』『君を忘れない』。
一緒に埋葬された花から思うのは、彼女を葬ったのは極親い女性による悲しみに溢れた弔い。ルビーに代わって店主を語る偽物がこの事件に深く関与している。と推理したフェイはオードリーに人物捜索の指令を下す。
「あの、た・・・じゃなかった。団長はどちらに?」
指令を出したと言うのに、この子は・・・。と睨もうと顔を歪ませる寸前で止まって溜め息を吐き出す。
「私は・・・これから人と会う約束をしていますから、【念話】が使えない以上は情報入手次第に茶屋町『玉露』までお願いね」
そう言ってフェイは急ぎ足で目的地へ急ぐのだった。一方で途中言葉を詰まらせて頬をピンクに染める団長の可愛らしい一面を見たオードリーは初めてのことに戸惑いを感じていた。
―――ええ!? あの、た・団長に男の影なんて。これは大問題です!
何故に大問題なのか。
それは女性だけに作られた神聖なる掟だからである。騎士団たるもの恋愛御法度だと言い出した団長フェイが自ら破ることは、他の団員に悪影響だという口実を頭の中で唱えて静かに尾行を開始するのだった。
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◇最上層 王宮都 薬店『Magic Castle』◇
「いらっしゃい、ませ~」
薬店に常連の冒険者から魔術師。見習い魔法使いから魔法学術院卒の魔導師までがこのお店に来たらいいな。と思いながら新規のお客様に挨拶を交わす。
ペコペコ。挨拶をするココラは、本日の売上を確認しようとレジに手を伸ばす。その直前、キィー。とドアを開ける音がした。手を止めて入り口を見ると、紫色のフードを深く被った客人が立っていた。
フードを深く被った客人は、この辺りでは不自然ではない。
テッペルン通りで開業しているのが人間種でなく、獣人種[アニマ]や自分と同じ白亜人種[エルフ]・黒亜人種[ダークエルフ]などの亜人だからだ。
そういった場所に例え人間種[ヒューマン]であろうと、堂々と顔出しする輩は殆どいない。高位の人でも勝手に独り歩きする噂話で位を落とす者も少なくない。
ただ開業している人達にとっては、出来れば店内で位はフードを取って頂きたい。と言うのが共通の想いなのである。
その答えは、常連客の確保にある。どのお店にも『顧客名簿』というシステムが設けられているが、顔写真・個人情報の入力が必須となるからだ。顧客名簿は一重にフレンドリストと同じに見えるが、起用されるのは注文連絡『電話』での一点に限定される。
因みにフレンドリストの使用は、リストから一人若しくは複数人選択後に『思考チャット』『電話』『立体ホログラム会議』までが出来るようになっている。
このように軽々しく会話が出来るのだが、万が一でも顧客名簿が盗難被害や情報漏洩した場合はお店の信用ダウンに繋がる以上に元々が亜人経営のお店故に誰も登録しようとは思っていないのが現状なのだ。
紫色のフードを被った新規のお客は、レジカウンターに近寄って一枚の紙切れを卓上に置く。紙片に目を通したココラは頷いて、どうぞ。と告げる。
こういう取引もよくあること。
紙片には、魔法道具【コキュートスの涙】を生成するのに必要なレシピが記されていた。
シェンリル王国から同じアルカディア大陸でも迂回する陸路よりも海路の方が早く目的地に着く場合がある。その海路上にあるのがティレニア海なのだが、魔法道具【コキュートスの涙】がなければ船が戻ることは永遠にないとされている。
その理由の一つが海底神殿アトランティアに住まう正真正銘の神。海神ポセイドンが支配する絶対領域《ティレニア海》に海魚や貝類以外の不純物が侵入した場合は三叉矛を振るうという。
海神ポセイドンの振るう三叉矛は容易に嵐を巻き起こし、時には大地を揺るがして津波と大陸をも呑み込む力を持つ。これを防ぐための魔法道具が【コキュートスの涙】なのである。
【コキュートスの涙】は、船先に吊るしておくだけで海の波動を生成。船全体を薄いベールで包み込んでくれる。これによって海神ポセイドンの逆鱗に触れることなく航海することができるという訳だ。
必要となる素材は、次の通り。
幻獣種スイヨウのケルピーからの【幻馬の心臓】。太古種ザウルスのティロギクスからの【鱗竜の脊髄】。太古の島フィンシャルで採取できる【泡麦】【メテオホップ】【千年松毬】を正しい手順で生成するのだが、新規のお客様が求めたのは素材だけだった。
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私はココラ=ファズナ。
多少は名の知れた"クラフトクリエイター"。幼い頃から母に憧れて魔法薬を作る素材を遊び道具にしていた。それを叱ってくれる姉と新しい道を歩んでいける勇気を母からもらい、何時しか魔法薬と魔法道具を作成するエキスパートまで至った。
だけど・・・ね。
やっぱり、私はお母さんの劣化模造品に過ぎない。どんなに頑張ったって理想には追い付けないでいる。
そればかりか・・・。
お母さんが遺してくれた植物園を縮小して建て替えた薬店『Magic Castle』。夢を追い掛ける私のお城も崩れかけてる。
亜人だから?
ううん、違う。私が・・・・・。
ココラは、首を横に振って考え直す。その間、店主の顔も暮れずに代金を卓上に置いて店を後にする。誰もいなくなった店内に悲しくなって顔が俯く。
そんな店主に何処からともなく現れた黒いベールが印象的な美しい女性が声を掛けてきた。赤く赤く血のように赤黒い髪が肩まで伸びたクセ毛の多いミディアムロングの女性は、御伽噺に出てくる魔女の出で立ちを想わせる。
彼女は最下層の奴隷市場に酒場のお店を持つ店主さん。このお店唯一の定期購入者で酒場で飛び交う冒険者の冒険譚や失敗談、少々の噂話などの情報を教えてくれるお得意様。
「どう、準備と覚悟はできた?」
彼女の問いに対してココラは迷わず即答する。
「うん。お母さんの仇は取るよ!」
合間を空け、続けて彼女を心配そうに見上げて質問する。
「それよりも大丈夫なの?」
不適に笑って彼女は答える。
「大丈夫。心配しないで、ココラは私の言った通りに動いてくれればいいの。計画にズレがやや生じてるけど、此方からすれば嬉しい誤算なのだから。
例の人質は、そのまま眠ってもらいましょう。―――言ったでしょ。心配は無用。彼女に危害を加える気はないのだから。彼女は飽くまでも通行証。ね。大丈夫」
そう告げる店主だが、多少の警戒は必要だという考えがまだ捨てきれないでいた。
その理由は、ここを偶然にも訪れた訪問者が国王守護部隊『魔導』の筆頭を任せられている。あのレインが・・・。と聴かされたときはヒヤヒヤしたものだが眠り茶でぐっすり。この切札を手中に収めたことはまさに幸運だった。
しかし問題はここからだと考えを改める。
レインと同じ眠り茶を飲んだ筈が彼女を置いてきぼりにして、男の方は出ていってしまったこと。聞くに、その人物が『ヒロキ』と呼ばれていた。それがもしも本当の彼の者なら、予定を早める必要アリと思わせる他になかったのである。




