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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅰ 《灰色事件》
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【#080】 Teacher Part.Ⅰ -フィクション《後篇》-

●灰色事件編『序章』●

クーア×カルマ。物語るのは、悲しき魔術師の人生と…。


 自分のことを聖騎士パラディンと言いつつ、別の名を"フィクション"。つまりは、実在しない者であると明かす初老の男は実に軽い口調で一人と一匹に満面の笑みで対面していた。

 

 一人の少女クーアは、これが魔法だと自分では理解出来ても美しく冷たく、何処までも変形と変質する泡や氷塊や雫の演出にキラキラと目を輝かせる一方で一匹のカルマは、相も変わらず意味不明で尚且つ奇妙とも面妖とも言える魔法に視点だけを置いて意識は思考に当てていた。


 カルマはこの図書館で得た知識を思い返していた。

 聖騎士とは、職業の一つに数えられている。この国の騎士ギルドに在籍している騎士は通常職だが、聖騎士はその上位階級であり国家資格を獲得した国に命を捧げる覚悟を持ち合わせた兵士でもある。

 それは魔導師も同じこと。魔法使いの上位階級もまた、魔導師であるからだ。つまるところ、レインを仲間にすることは大変難しい。と思うが今はその思考を切り離す。

 聖騎士は、名の通り神聖な力の加護を受けた騎士であり、下位階級の騎士のステータスとは別次元のそれである。と蔵書には記されていた。記録通りだと細い目をイグニードに向ける。


 一般的な魔法使いの身に宿る魔法性質。即ち魔法の属性は一つないし二つとされているが、魔導師は三つ使えるのが当たり前。それが国家資格の試練でもあるからだ。

 魔法の属性系統『火』は、火炎魔法。『水』は水魔法。『風』は風魔法。『土』は土魔法という基本的な魔法名称はこうなるが、二つの属性系統を組み合わせる合成魔法。例えば、『火』+『風』で爆風魔法。掛け合わせる融合魔法で同じ系統だと爆裂魔法が生まれる。

 一系統は下位魔法。二系統以上の合成を中位魔法。二系統以上の融合を上位魔法。という風に現代版蔵書には記されていたが、目の前のイグニードは他に重力魔法を行使して体を浮かせている。これはつまり、『闇』『光』。東側で言うところの『陰』『陽』という古式魔法を使えることに他ならない。

 そうこう思考を巡らせていると、イグニードは退屈そうにダラリとだらしなく疑問符から言葉を紡ぎ出す。


「どうしたんだい?

 さっきから殺気ばかり放って。それともフクロウ君は、水よりもミルクかミミズが好みだったかい?

 いや違うか。声に問題があるんじゃないかい。安心しなさい。これでも聖騎士だ。この国じゃなくて、僕が仕えているのは国王だから君たちのことは知っているよ」


 唐突に本題の入り口に差し掛かる言葉に対して、無邪気な子供というより働きたくない大人の姿勢をするイグニード。斜め後方で待機する受付嬢の司書トニシャは、無反応・無表情で突っ立っている。

 カルマの視線と意識がトニシャに当てられた瞬間、無邪気な笑みを浮かべてイグニードは指パッチンをする。

 ビク付くクーアは、瞳孔を開かせるがやがて途徹もない眠気に襲われたようで目をぐしぐしした後で静かな眠りに付く。それに気付いたカルマが対応を取ろうとするが氷の鳥籠に囚われてしまった。


「つくづく。魔法の性質は面白いと思わないかい?

 僕はこの学院の学院長になってからというもの、入学してきた生徒は純粋であり世間知らずが殆どだ。大半の生徒は、大きくて強い魔法を知りたがる。そういう子達は、大抵は職に就いたところで躓いてしまう。何故か分かるかい?

 ―――見落とすからだ。

 強大な魔法には、それ相応の基礎を学び膨大な魔力が必要なのは当然。本当に必要なのは、魔法が引き起こすメリットではなくデメリット。欠点を見逃す。それは小さな魔法をも見逃すことと同じだからだよ」


 漸くカルマは理解した。

 この技術は、奇術師マジシャンが得意とするトリックの類いだと。大きな物に意識を向けて仕掛けた小さく連続する魔法によって最初から盤上に転がっていた駒だったと、今更ながらも気付いた自分の愚かさに目を細めることしか出来ない。と恥じる。

 恥じるカルマに追い討ちを掛けるようにして、全身に痺れを感じて思わず視線を下ろす。硬直しつつある翼を広げることも動かすことも出来ないでいた。


「それは毒じゃなくて、ただの麻痺だよ」


 イグニードの言葉に、この冷ややかな濃霧が原因かと思い至ったカルマは視線をクーアに注ぐ。がそれを嘲笑うように苦笑してイグニードは言葉を続ける。


「言った筈だよ。『安心しなさい』と、僕が国王マイト=ゴルディーに仕えている以上は敵ではない。それにこれは飽くまでも試験さ。

 ―――君の目論み通り、この濃霧には麻痺成分が含まれている。けれど彼女は、用意した御茶を飲んでいた。清涼飲料水にも麻痺成分を中和する解毒薬を容れておいたけど、君は飲まなかった。ただ、それだけのことさ。

 警戒心が仇となった訳だ。でも、これで漸く分かったよ。君は魔物ではない。霊化する魔物が人間、鬼人族を気にする訳ない。それに魔法陣の一部を解読出来る筈もないしね」


 相槌を打つと、相も変わらず無表情のままのトニシャが痺れて動けなくなった嘴を無理矢理抉じ開けて白い紙札を入れる。口の内側で過剰に分泌された唾液がそれを溶かして自然と胃袋へ落ちていった。

 何の外見的な変化はないがカルマは、自身の解読スキルで紙札の情報を読み取っていた。紐解いた情報は、これが『ある術式』が組み込まれた護符だということ。


 イグニードは年代物の懐中時計を取り出して、時間を図ること五分。が経過したところで用意した水を飲ませて解毒する。

 氷の鳥籠を気体まで分解させて、自由にさせたフクロウはクーアの肩に乗って嘴で叩き起こそう。とするがまたしても体の自由を奪われる。


「悪いがこの話は君としか話せない。鬼人族の娘さんには、まだ夢の中でドーナツを食べてもらうよ。

 さあ、声を聞かせてもらおうか。何時までもフクロウ君。と呼ぶのは人間味に欠けるだろう。それともセカンドプレイヤーと呼んだ方がいいかい?」


 別段と驚きはしなかったが、麻痺で封じられた感覚は戻っていることを認識・確認してから嘴を開ける。


「私の名は、カルマと言う。此方で寝ている銀髪の少女はクーア。国王マイト=ゴルディーと繋がっているなら存じているだろうが・・・」


 カルマの言葉に割り込む形でイグニードが答えを言う。


「吟遊詩人が謳った"黒結晶洞窟の英雄譚"。件の少年がヒロキ。と言ったか。

 ―――そうか。さて、何処から話をしたら・・・そうだな、うむ」


 未だに怠い格好をするイグニードにツッコンデ遣りたいところだが、話を折るのは彼の長話を聞いた後でもいいだろう。と心を折って悩んだ末の決断に耳を傾ける。


「僕の表向きの業務は、学院長として魔法学術院エンブリアの生徒を守っているが実際には軟禁状態にあると言ってもいい。

 ―――リーグルの魔術師を知っているか?」


 目をパチクリして肯定するカルマ。

 蔵書に記録されていた情報をすべて記憶しているのだから、そのキーワードは直ぐに思い至った。資料の出来が低レベル過ぎて及第点以下の雑な断片的な情報しかなかったからだ。


 リーグルの魔術師に関する資料の大元となっているのは、とある事故で犠牲となった女性エーテル=ファズナが、そう冒険者の内輪で話していた。と言う供述が記録されていた。

 その他の文献からの記録によれば、シェンリル王国から北北東の遠い田舎町リーグル出身のエーテルは、薬学と魔法を組み合わせた研究を行っていた。とある。その内容から察するに冒険者の内輪では僧侶ヒーラーとして依頼を果たしに行った。と見てとれる。


 依頼は、『骸骨坊主の討伐』とあった。

 骸骨坊主とは、黒結晶洞窟で新たに生まれた新種モンスターらしい。

 正式名称は、サウザンド・スカル・ロード。という天災級モンスター。ヒロキが嘗てダンジョン【魔窟】で薙ぎ倒していった骸骨兵士ワイトの親玉だと記述されているが未だに討伐はされていない。


 それは間違いだ。と言う突飛なイグニードの言葉で一瞬我を失うカルマは、思考を停止して翼を広げて嘴を掻く。

 続けてイグニードは、姿勢を崩して重力魔法を解除。地面に降り立った。学院長の席まで戻ると座席に手を置いて、ゲスト席に座るソファーと対面する形で瞬間移動して見せた。

 当然のごとく座ったイグニードだが、正しい姿勢で腰を下ろしていることに意味があるとカルマは感じずにはいられなかった。


「リーグルの魔術師は、エーテル=ファズナではない。この僕、イグニード=エンブリアこそが本物のリーグルの魔術師さ」



    ▲

    ▼



◇禍福層 旅館『桜牡丹』◇


「どうだ。見つかったか?」


 フクロウのカルマは、ごそごそ。と物探しに励む銀髪の少女クーアに向けて言葉を放つが返ってくるのは、もうちょい。とか、待ってて等々。たかが髪飾りを探すのに、何十分懸けるつもりだろうか。と呆れる。

 特にすることもなく退屈なカルマは、魔法学術院の学院長イグニードから聞いたことを思い返す。アレを依頼と解釈するかは別問題だが、とても悲しい話だった。と今は思えるのだから彼の『人間味』と言う言葉をどうしても思い浮かべずにはいられなかった。


『リーグルの魔術師の本業は、魔導書【ファティマ聖魔導の予言書】に記される未来の出来事イベントを誰にも悟られずに見守ることだ。例え、どんなことがあろうとも自分は干渉してはならない。

 そういう契約だった。でも僕は、家族を守るためにエーテルに話してしまった。魔導書との契約は絶対に破ってはならない。規約を犯した僕の代わりに妻エーテルが新しい契約者となって・・・僕は家族と縁を切った。そうでもしなければ、魔導書が家族を手にかけてしまう気がしたからだ。

 貿易都市に行った家族を見送ってから、長旅をしていたマイトさんとはリーグルで偶然知り合った。

 マイトさん曰く、魔導書【ファティマ聖魔導の予言書】は神話級の代物で『禁』を犯した者の全ての記憶と記録が塗り替えられる危険物だと聞かされた。

 実際にそうだった。リーグルで表の顔は、"氷塊の魔導師"と謳われていた筈が"呑んだ暮れの熟練冒険者"に成り下がっていたのだから。居場所を失った僕をマイトさんは救ってくれた。

 国王に戴冠したマイトさんから、別の人間イグニード=エンブリアと言う貴族の家名を頂いた時はどんなに嬉しかったか。これで妻エーテルに逢える・・・筈だった。でも彼女は僕よりも先に逝ってしまった。

 冒険ギルドに介入しようとしたが無理だった。魔導書【ファティマ聖魔導の予言書】は、何の因果か僕への罰なのか。手元に戻っていた。それも記憶と記録が改竄されずに。そこで僕は、二度と誰も巻き込まぬように自分からここに閉じ籠った訳だ』


 そうイグニードは告げた。が既に私を巻き込んでいるのでは尋ねると、


『最初にも言ったけど、安心しなさい。

 それが人間でなければ問題は起こり得ない。カルマ君、君はセカンドプレイヤー。人間と同じように魂魄はあるけど人間ではなくフクロウだ。クーアと言ったか、彼女を眠らせたのは巻き込まない為だ。

 トニシャに関して気付いている通り、土魔法で作った人形に過ぎない。これがすべてだ。君に話したのは、止めて欲しいからなんだ。娘達・・の犯していることを・・・』



「・・・・・・・・・・・・」


 カルマは考える。

 巷で騒ぎになっている"灰色の猟奇"という盗賊の話を。―――と、また時間を構築能力【加速】で引き伸ばして思考を重ねようとした矢先のことだった。


 下の階。確か、『滝の間』だったか。と記憶を思い返す。カルマは、人の気配を感じて・・・イグニードに言われたことを先に思い出したことが幸を生んだのかもしれない。

 強力で大きな魔法ではなく、小さく隠密に優れた魔法で話を盗み聞きすることにした。実践試験も兼ねているが、彼等が話している内容が知り得た噂話よりも有益だと感じたからだ。


『・・・まずは"灰色の猟奇"についてだが、・・・・・・・・・盗難被害にあったのは・・・・・・王宮都の宝石店やジュエリーショップ。それも強欲な・・・・・・標的になっている』


 ノイズが少々酷いので術式を丁寧に組み直して盗聴を続行する。


『・・・・・・ルビーから聞いた情報によれば税金が上がっているらしい』


 ルビー?

 確かヒロキがトーマスという熟練冒険者と知り合って立ち寄った酒場が【小悪魔ルビー】だったな。と考えるが未だに髪飾りをガサガサと探すクーアを一瞥して、アソコヘ行くのは無理だと即決する。


 クーアにしてもヒロキにしろ。アソコヘ行くべきではないからだ。コガネイとデイドラが居ない。それでも地獄の苦しみと痛みと心の傷みを思い出す最下層に足を運ぶには、まだ・・・。

 そう思っているのは、自分だけかもしれない。人間の成長は早い。ヒロキもそうだった。二年という修行や鍛練よりも、ここ数日間の方が圧倒的に目まぐるしい成長を遂げている。

 ―――どうして、ここまで考える必要があるのか。解析能力を使えば簡単且つ、効率的に対処・・・・・・そうではない。それでは、そんな思考・・・考え方ではいけない。と首をフルフルと回す。


『・・・・・・何らかのトリックを使った魔術師か奇術師の仕業・・・』


 どうやら会話はここまでのようで退出の気配だけを感じ取ったカルマは、まだか。とクーアを見ると盗人に荒らされたような散らかりように呆れる以上に嘴を開けたまま。開いた口が塞がらなかった。

 余談だが、髪飾りはカルマのサバイバルスキル【サーチアイ】で見つける羽目となった。


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