【#079】 Teacher Part.Ⅰ -フィクション《前篇》-
金曜の夜ぐらいから回線が繋がり難くなっていたようですね。
原因はよく分かりませんが…。
●灰色事件編『序章』●
王宮都編【#071】からの分岐。クーア×カルマのコンビルートの始まりです!
私の名はカルマだ。しかし、私の本当の名前ではない。
大賢者エルリオット=フェメルの魔導書として長年、側で見守り。時には力を貸した。彼は、人と物の区別をハッキリする男だったからか私に対しても『魔導書』と割りきっていた。だからこそ、私は『物』としてここまで冷静に、冷酷に、ヒロキからは腹黒と言われているのかもしれない。
彼の仕事の大半は、世界中の有りとあらゆる魔法を調べて記憶する代わりに魔導書たる私に書き留めていくことだった。理由は知らない。別段と興味も湧かなかったが、今となっては違う。いつの間にか備わってしまった知識欲が後悔の念を晒してくる。
――それは恐らく、あの時に得たのだろう。禁忌魔法【創造世界】による記憶情報の共有で得た膨大な科学・物理・数学・医療・文学・音楽・体育・芸術などの様々なジャンルが、記憶情報のハーモニーが私の無い脳と心を動かした。
記憶情報の共有をする前から私の同胞の妖精女王から聞いた少年の此れから残酷な道をどう歩くのか。どんな生き様を魅せてくれるのか気になって私はレシピ集に化けた。
私を拾い上げてからのヒロキを見て、幾時か力を貸そうかと思ったが、彼は妖精女王の言うとおり強靭な魂を持っていた。普通の人間ならば諦める命を最後の最期まで燃やした。肉体の限界を越えても抗うその様は、嘗ての持ち主であったエルリオット=フェメルでは到底無理な芸当だった。
情が移った。と言われればそうかもしれないが私にはヒロキが必要だと判断した。世界の深淵を覗く一番の近道であり、歩いていく相棒がいると。そして、私は新しい主人から『業』という偉大な名を頂戴した。
それからというもの・・・私はヒロキに大賢者が記した魔法と魔法戦闘技術・応用技術を教授。『鋼』からは剣術の極意・剣術スキル【飛勇一天流】という古式を現代版に改良しては身に付けていった。ヒロキには強くなって貰わなければならないからだ。
確かに、魂は常人と比べれば歴然だろうし追い込まれた時に飛躍する潜在能力は異常値に達する。しかし、それだけではこの世界を生き抜くのは至難の業だろうし私を縛っている因果の鎖は破壊出来ない。土台である基礎の向上を図りながら、柱であるスキルの応用技術をレベリング。
―――その結果、ヒロキは一つの偉業を成し遂げた。
思い返せば、地上に出てからの方が圧倒的にヒロキを追い詰めていたかもしれない。
奴隷少女の命を救うが為に、自分だけを犠牲にする。異常なまでの"死"に対する覚悟がなければ、いや・・・もうヒロキは人間の心を持ち合わせていないのでは。と思うことがある。
たかが一人の娘の笑顔を守るだけに、全てを尽くす。それはまだヒロキが人間であることの証明であり同時に壊れつつあるのだろう。と頭を悩ませるように小首を傾げる。
ただ【反魂術式】で現在はフクロウに身を預けている性か太い首根っこが行動を邪魔するのだった。
「・・・・・・・・・・・・」
銀の毛並みのもっこりモフモフしたフクロウのカルマは、腕と手に値する翼を広げて再認識する。【反魂術式】で入る器を間違えた。と今になって大きく後悔していた。
ーーーと言うのもことの発端は自分に無いこともないのだが、この入れ物を薦めてきたのは他でもない。この娘の性なのだ。
ヒロキには確かに、クーアを護衛と勉強させると言う名目で【反魂術式】をお願いした。機動力に優れた小動物、例えばネコやイヌぐらいなら丁度いいと思ったのだが輝く瞳で世にも珍しい銀色のフクロウなんぞを見つめるものだからこの有り様だ。
そんな気苦労も知らずに暢気に鼻歌交えてスキップとは、一喝ビシッと淹れて遣りたいのは山々だが手が届かないでいた。
バサバサ。と羽ばたくフクロウを見て行き交う人の多くは、クーアのことを調教師と思う一方でクスクス。と苦笑する。今までにない羞恥を直接感じるカルマは不本意ながら自然に俯く。
◇中層 魔法学術院エンブリア◇
暫く歩いて到着したのは神殿風の建造物。
各国に点在する教育の場。歴史を知り、国語・数学・理論・体育・魔法学というこの世界の五教科を学び、友人たちと競い合う魔法使い養育所が魔法学術院である。
生徒の過半数は、魔法使いを目指し勉学に励む成人を迎えていない十六歳以下の学生が寝る間も惜しむ一方で貴族らは単位欲しさに出席する。彼等の授業料・宿舎や寮への宿泊費・食費の全ては国が支払う形になっている。故に単位欲しさに出席だけする貴族の多くは、魔法試験で奮い落とされるのだ。
これは貴族に限ったことではない。一般学生の貧民や推薦入学の優等生さえも及第点を取れなければ退学処分される。が大抵は真面目に授業を受けてさえいれば退学になることはない。
ここは魔法学術院エンブリア。地域別でも地方別でも敷居の低い最低辺の学術院だが、アルカディア大陸で最も国家資格級の魔導師を排出する魔法学術院である。
学術院に出入りするのは、なにも学生だけではない。魔法使いになった大人から老人までが新しい知識を追い求めて度々、学術院の図書館に足を運ぶ。但し、学生ではないが為に身分証明書の提出と蔵書の貸し出しには一冊へ最低でも金貨一枚の支払いが必要になる。ーーだが、
「えーと、私。
まだ持ってなくて・・・その・・・・・・」
チラチラ。と上を見上げたりフクロウのカルマを見るクーアは出入り口の司書におどおどしていた。
当然と言えば当然の問答である。とカルマは微動だにせず思いを巡らせる。
そもそもヒロキは、クーアを戦いには巻き込みたくない。と言う考えの方が強いのだから当然のように冒険者登録はしていない。
しかし、これからはそうはいかんだろう。
ヒロキも身に染みた筈だ。二年間ミッチリ修行したにも関わらず禁忌魔法に手を出す始末。此れから先に待つ強者と戦うなら、足手まといはかえって邪魔になる。万が一でもヒロキの精神が崩壊すれば今度こそ命を落とすやもしれない。
そうなれば・・・"竜を織り成す者"。強大な力にはハイリスクが付き物。邪竜の力を有するジャーの他にも六、いや七体の竜が完全な状態で世に放たれれば・・・・・・いや、今はよそう。
戸惑い続けるクーアに視線を向ける。と今にも泣き崩れる一歩手前の潤う瞳をしていた。頬を朱色に染めて腫らしたぷっくりした顔でぎゅうぎゅう抱き着いて来る苦しさに思わず声をあげてしまった。
「ホッホー・・・!?」
考えてみれば当たり前のこと。
フクロウと人間は別種なのだから人間の言葉が出るはずがないのだが、心の奥で何か大切なものが壊れる音がした。
視線を僅か上に見上げるとクーアだけでなく、司書までが疑いの目で自分を見詰めていた。
クーアだけを視野に入れれば自分の弱点を見つけたような冷たい薄笑い。司書はどう思っているのか無表情のまま、ジーと彼女の瞳が鏡のように自分の愚かしく見苦しい姿があった。
「・・・・・・・・・・・・」
どれだけの時間が経過したのだろうか。数秒か、数分か。実際には自分だけの思考を構築能力【加速】で時間延長された一秒の時間の中にいる。
勢いで逃げに転じてしまった。女の子が怖い。等と腑抜けたセリフを吐くヒロキの気持ちがここで分からされるとは思わなかったが、これはこれで好都合だ。勢い。とは言え、この状況を最大限利用しよう。
そう思い至ったカルマは、【反魂術式】の特異な力をもう一段階活躍できる【霊化術式】を発動させて自分の魂魄を分離させる。
何もヒロキだけが強くなった訳ではない。ヒロキの内側に入った時から幾度となく実験の挑戦と記憶情報の共有で獲得した知識で新しい魔法を幾つか開発した。その内の一つがこの【霊化術式】だ。
この術式は、魂と魄に分離させて肉体部分の『魂』だけをフクロウの内側に置いて精神部分の『魄』を外界へ放つ。情報だけを仕入れるにはこの遣り方が一番効率的でもある。
――が、勿論リスクもある。現状に置いて肉体部分の『魂』から半径二キロ圏内が自由に動ける範囲という制限付き。肉体部分にダメージを負えば強制的に分離が解除される。
ふむ。と霊化になった魔法使い風に具現化した青白い霊体のカルマは、分厚い壁を難なく通り抜けて延長された時間の中で図書館に保管されている蔵書を速読と記憶していく。
凡そ三年以上掛かっても読み切れない蔵書の過半数を記憶したところで図書館の構造に違和感を覚えた。案内図と保管されている図面を比較すれば一目瞭然の違いがあった。明らかに何かを隠すために作られた部屋を見つけた。
隠し部屋の手前に立つ霊体のカルマは、壁に触れようとする直前で手を止める。解析能力が触れてはいけない。と警告してくるのだ。壁を隅の隅々まで良く見返せば、それがどうしてか分かる。
魔法陣だ。
触れた瞬間に侵入者を足止めさせる百万ボルトの電流が体を貫通させて神経を麻痺させる。近衛や司書、学術院の教員までもが押し寄せる仕込み罠魔法とは難儀な物この上ない。厄介なのは、これを組んだヤツは霊化した者に対しても有効にしていること。
暫く思考を重ねたが、解除したにしても術者にバレることを恐れてここは一旦退くことにした。
延長された時間で得た一年分の記憶を一秒で取り込んだフクロウのカルマは、ぶるり。と体を震わせて【念話】で事の次第をクーアへ簡潔に説明したところで受付の司書さんではなく。
初老の杖をつきながら歩く男性が歩いてきた。目を閉じたままで床まで伸びきった特徴的な白い髭がカールしてジャンプからのビヨヨヨン。とバネのように弾む様子に興味津々のクーアの肩に手を置くと彼は言う。
「老体になると、色々と見えてくるものがあってのぉ。特に幽霊なんてのをこの国で見た日には、たまげた。と鼻で笑って血より真っ赤なワインを呑みたくなる」
「お、おじ・・・おじい・・・さん?」
固くなってギコチナイ喋り方をするクーアに、ペチッ。と翼を広げて視界を奪う。
「動物でも魔物でもない。
本当に驚いたよ。まさか人生の節目にヤマト大国のカサネ姫にしか使えぬ筈の【反魂の秘術】を使い、さらには霊化までも行使出来るとは・・・・・・立ち話は目立つ。
トニシャ。娘さんとフクロウを私の部屋にお通しして御茶を」
トニシャ。と言われた受付の司書の女性は、深いお辞儀をした後。此方へどうぞ。と案内されるがままに学院長室へと到着していた。初老の男性が言った通り、一人分の御茶と清涼飲料水が用意された。
クーアは遠慮なく御茶を啜る一方で室内を可能な限り見渡して探るが、別段と絵画に魔法陣が描かれている訳でもなく監視されている様子もない。
どういうつもりなのか。と出された御茶と御水と茶菓子を解析するも何も反応はない。学院長の席に座る初老の男性を見ると、ふすふす。と奇妙に笑って杖なしで立ち上がる。
意識が宙に浮いた隙間を突いて、初老の男は目の前の座席ではなく空気を固めて空中に悠々のんびりと転がる。
ポカーン。とそれを眺めるクーアは自由奔放な初老の男から染み出る何かに怯える。
「はっはは、恐れることはないよ。
これでも聖騎士。またの名を人は僕のことを"フィクション"と呼ぶ。
魔法学術院エンブリアの学院長を務めるイグニード=エンブリアだ。ヨロシクちゃん」
ひらひら。と軽く掌を仰ぐイグニードにカルマは難しい表情を表には出さずに、読めない男だと目を細めるのだった。




