【#076】 Phantom Part.Ⅰ -灰色の猟奇《後篇》-
●灰色事件編『序章』●
三話目になります。トーマスとハナミチの裏事情と王宮都編三話目と交差するストーリー。
次話は来週投稿予定です。お楽しみに(=゜ω゜)ノ
朝食の支払いは、トーマスが払う。と言うのに横からハナミチがしゃしゃり出て、つり銭はいらんよ。と金貨一枚をポンと番頭へ渡す形となった。
トーマスは不満気に地面に転がっている小石をコツコツ。と蹴りながら歩いていく。そんな様子を見てハナミチは、フン。と苦笑する。
「何がオカシイ。
善意かもしれんないが、俺とハナミチ。アンタとの関係は対等なんかじゃない。親や親戚、血を分けた兄弟でもない。
"夜叉奉行"。あの人の弟子。兄弟弟子なだけだ。兄弟子のアンタが毎回、俺に奢る義理はないだろう」
ハナミチは、小銭袋から一枚の金貨を取り出して握った手の親指の上に置いて上空に弾く。宙で回転する金貨を見ながらトーマスの質問に答える。
「確かにな。
俺とトーマスは兄弟弟子ってだけで、ただの赤の他人さ。でも、それならオマエが気に掛けているヒロキってヤツはどうなる?
友好関係にあるアルファガレスト卿の依頼で関わっただけだと言うのに、その心配癖は少々異常だ。――気に掛けるような大きな何かをソイツから感じたんじゃないのか?」
トーマスはその答えに何も返答できなかった。半分は事実だったからだ。
ヒロキなる人物を見かけた時、情報として耳にしていたよりもずっとかけ離れた。それこそハナミチの言う通り、大きな何かを持った存在に思えた。
昼食の誘いに『ゴブリン肉の煮込み』を注文するわ、逃亡奴隷を匿うわ。世間知らずどころか命知らずのとんでもない愚か者だと思っていたが、彼の心は魂は俺たちよりもずっと澄んでいた。
あの時の俺は、正直ビビっていた。
逃亡奴隷を匿うって言うのは、無謀な話で手を貸せば処刑台に送られる。第一にデイドラ所有の烙印が押された奴隷に手を出したその日には自分の家族をヤツの遊戯に付き合わせられる傀儡になるようなもの。だから、酒場から出て加勢に回るなんて出来なかった。
それでもCランクの冒険者かよ。情けない。ってずっと悔やんで、俺はやってはいけないこと禁忌を犯してしまった。
アルファガレスト卿の息子ルンバが所有権を有している馬小屋を彼等の寝床として提供したのだ。Bブロックと違ってAブロックは貧民層の俺の出身なら悪いヤツはいない。宿舎に上げなかったのは、ヘルハウンドを連れた追手をかわす為だ。
だが俺はまたしても失敗をした。
頼む相手を間違えたのだ。最初から依頼人のアルファガレスト卿へ報告と助けを乞えば良かったものを悪友のルンバに馬小屋を借りたのがいけなかった。昔は真面目な性格でいいヤツだったと言うのに、何が彼を壊したのか。
後で聞いた話によれば、奴隷商人とつるんでいたらしい。酒・興奮剤・性奴隷で大人の快楽を知って、味わって、溺れた結果が奴隷商人の傀儡へと成り下がった原因だとアルファガレスト卿は頭を下げた。
俺は後悔の念に晒された。悔やんでも悔やみきれない。結局最後は依頼人の権力に救われたが、俺が仕出かしたこの過ちは、彼等の心の傷口に塩を揉み込んだようなもんだ。
「・・・すみません。
でも間違ってます。心配癖ではなく、俺はまだヒロキに恩返し出来ていないだけですから償いがしたいだけです。
それはそれとして、毎回奢られるのはイヤなんで次回は奢らさせて貰いますよ。これでもCランカーの冒険者ですからね。多少は顔パスで値切って支払います!」
値切るんかい。と声を大にしてツッコミを言わずにはいられない気持ちを抑えて、じゃあ仙人亭でも行くか? と言うと慌てて取り乱すトーマスにハナミチは笑うのだった。
そうこうする内に・・・。
◇最上層 王宮都 ジュエリーロード◇
王宮都に到着したのだが、早速酒場やバーに足を運ぼうとするハナミチの腕を後ろで拘束して目的の強盗現場に向かう。
トーマスは不図思う。ーーハナミチも昔はここまで酒好きではなかったと。寧ろ苦い味を嫌って一口飲んだだけで吐いてしまう下戸だったのにだ。
何が彼を変えてしまったのか? 酒には溺れているが悪友のようにそれが原因ではない。
彼を変えたのは二年前の災厄だ。当時、ギルド『六王獅軍』の六つある部隊の中でも幾千もの兵士を仕切る隊長として、嘗ての貿易都市シェンリルを最大級の防衛布陣で警戒にあたっていた。のだが、隣国フィラルから攻めてきた悪魔に部隊は全滅。町に滞在していた恋人さえも失った彼は、自らギルドを抜けて放浪者となっていると聞く。
本人から幾ら兄弟分の弟子でも聞けるようなものではない。自分達の師匠に当たる"夜叉奉行"にも言われたことだが、『最後まで責任を持てないなら手を出すな。他人がしてやれるのは傷口に薬を塗ってやるだけで、治すのは本人次第だ』と無責任なことを言うが実際はその通り。
結局は本人次第だ。宗教の勧誘やセールスマンの口車に乗って合意するかどうかも本人の気持ち次第。俺達があれやこれやと言ったところで傷口が余計に開いてしまうのだから。
王宮都を歩いていると、妙な視線が一点に注がれていることに気付く。殺気に近いオーラを放っているのは、どれもが若手の男性冒険者ばかりで名の知れた称号持ち。そんな彼らの目に写っているのは、一人の美少女が手を引いている男だった。
何処かで見た顔だと思えば、彼だった。償うべき相手のヒロキが、この町で知らない者はいない程の高嶺の花。彼女の親衛隊やらファンクラブまで結成されている。
そしてファンクラブ会員十五番の自分を差し置いて、手を握る!? ジト目!? ふざけんなよ! と内心、憤怒と葛藤が抗争していたトーマスは無意識に悪意を飛ばす。
それを感じ取ったようでレインの手を引いて姿を眩ました。その瞬間だった。
キャー! と言う女性の悲鳴がジュエリーロードを駆け抜ける。逸早く飛び出したハナミチが"氣"を巡らせてジュエリーショップ『Sunshine』へ入って目に写ったのは奇妙な光景だった。最初はドライアイスによる霧を発生させた演出かと思えばそうではない。
実体が確かにそこにある。という感覚はあっても姿が見えない。目に見えないものを見ることが出来る氣の流れを見ても見えない。という有り得ない現象にハナミチは呼吸を荒げる。
直ぐに追い付いたトーマスは、呆けているハナミチを押し退けて店の中に入ると居ても立ってもいられない寒気が、全身を襲いガクつかせる足をなんとかしようとするが耐えられずに倒れる。
「トーマス!」
名を呼ぶが反応はない。
精神系統の魔法か? と不図思ったが、王宮都で魔法やスキルを使えば警報が鳴り響いて近衛兵の耳に入ると言うシステムが築かれている。それが無理だ。と考えれば矢張、奇術の類いかという自分の推論へ思い至る。
目の錯覚での姿眩ましなら、氣で追える筈が追えない。システムをスリ抜ける幻術使いなど聞いたことがないハナミチは、止む得ず懐に仕舞っていた閃光手榴弾を店内に放る。
ーーカッ! と白い閃光がジュエリーショップの店内を襲う。ハナミチは、氣の流れを操って視界に薄い膜を張って敵を視認する。
「腕っぷしのいいヤツ。魔導に長けたヤツ。護衛や私兵として雇っていた宝石商もいた。
それらをすべて殺さずに事件に関する記憶を消す盗賊が男だと思っていたが、女盗賊とはな」
発声による人物の特定を恐れているのか、無言のまま影の中に身を置く女盗賊は、警戒と防衛にナイフを構えているのが見える。
「教えてほしいもんだね。
それは奇術か? 幻術か? それともシステムをも掻い潜る魔法か?
閃光手榴弾の光に勘づいて近衛兵が来るのも時間の問題だ。どんな手段かは知らんが、レベル二百オーバーの俺に通じるかな」
駆け引きによる情報収集で大事なのは、此方の手の内を一部分晒して決して弱みを見せないことだ。
この場合は、レベル二百オーバーと言う免疫力や耐性が相手よりも上手に見せてスキル【威圧】で言葉の力を最大限まで引き上げる。近衛兵が来る。という脅しも効果は大きい。
身体を微動しているのは焦りだろう。
もう一押しってところだろう。と言葉を続けようとしたのだが意外にもあっさりと折れてくれた。
「どうせ直ぐに突き止められるでしょうから、お答えしましょう。
私たちは"灰色の猟奇"。魔法でも奇術でも幻術でもない。女の嗜みも知らない男には、一生理解出来ない。国王に伝えよ。
政策を止めるか、変えなければ、私たちは手付かずの資源。例えば、鉱石や原油を強奪するとな」
これはいけない! と思った時には遅かった。と言うよりも、もしかすると最初からいなかったのかもしれない。
投影魔法かも。と思ったが違う。これはまるで幻影だ。亡霊や幽霊を相手取るよりも怖い。この感覚は本物だ。間違いなくアレは怪物じゃあなく、人間の悪意だった。
◇最上層 近衛兵詰所◇
後からやって来た近衛兵に一旦は拘束されたものの、誤解は匿名からの情報で解けてあっさりと解放されたのだが詰所の外で待機していた会いたくなかった人物に偶然再会することになった。
「十数年ぶりだな。ポリポリ・・・。
二年前の災厄で心が折れた。と聞いていたが元気そうだな。氣の呼吸法を習得しても、まだ甘さは抜けんのぉ~。パリッ、ポリポリ・・・」
灰色の短髪と黒色の僧侶着が存在を浮かせる。ハナミチとトーマスの師匠"夜叉奉行"タクマは、憎めない顔付きで揚げたてのポテトを食べながらハナミチの背後へと瞬間移動する。
「・・・その性根から叩き直してやろう。
明日、境内まで来んようなら酒は断つことだな。トーマス共々鍛え直してやる。有り難く思えよ!」
誰にも聞こえぬ小声の一言でハナミチは、幸せが逃げる陰鬱な溜め息を吐くのだった。
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▽
◇最上層 王宮都 テッペルン通り◇
ヒロキとレインは、ジュエリーロードの裏手にある少々入り組んだ路地が続くテッペルン通りまでサバイバルスキル【隠蔽】で逃げて来ていた。
ヒロキは知るよしもなかった。まさか恩人がレインのファンクラブに所属していることも悪意を放ったことも。ーー知らない方が良いかもしれないが。
レインを見る。
走った性で呼吸が少々荒々しく、茶色ぽいフード付き魔導ローブが乱れて白い肌とそうでなくとも薄手の白色ワンピースの胸元からエッチな谷間が見える。視線をズラすが異性の勘には鋭いのか、ジト目で警戒している。
「ダメだよ!
女の子にそんなケダモノの視線なんて浴びせたら。まぁ、ヒロキだから良いけど・・・」
え? 最後の方なんて言った。って顔をするとプイッと拗ねる。こういうやり取りも良くあるけど新鮮に感じられる気がした。その原因は恐らく・・・ここテッペルン通りの人の往き来がジュエリーロードと比較するまでもなく少な過ぎるからだろう。
レインの話では、テッペルン通りは王宮都の外れで唯一人間種[ヒューマン]以外の亜人などの外見がアレな種族が開業している店が連なっているらしい。ーーらしい。と言うのも人間種がここに立ち入ることすら珍しく、灰色の犯罪者に近しい人間が稀に踏み込むという。
まあ、確かに怪しいお店がいっぱいだ。
この店なんて名前からしてきな臭い。『Magic Castle』直訳で"魔法の城"。キツイ香水の匂いからして化粧品のお店かな? と思ったのだが、スンスン。と香りを嗅いては俺の手を引く。
匂いが気に入ったのだろうか。と思いはしたが入店して直ぐに分かったことだが化粧品店ではなかった。
店内に入って目に映った緑の植物は美しい色合いと形をしているが根には、致死性の猛毒。黄色の果実からは幻惑作用の毒が抽出できる。その他にも気味の悪い赤紫の植物からは、治癒力が向上する成分を抽出できるものまである。
レインが匂いから感じたのは、女の子としてではなく一介の薬師としての鼻が好奇心を擽ったのだろう。まぁ、俺としちゃあ女の子の長い買い物に付き合わされるよりは此方の薬効植物を見て回る方がよっぽど価値がある。
確かにレインがいろんな服を着せ替えていくのも男の俺からすりゃあ冥利に尽きるが、旅に出て大きな価値を生むのは衣服よりも薬効植物だ。
衣食住は安定した収入を手にしている民が必要することで、冒険者が求めるのは傷口を塞ぐ回復薬などの『医』。モンスター討伐や薬草採取などで疲れきった体を内側から回復する『食』。傷付いた武器や防具の修理をする『業』であり『衣』に同義だ。残った『住』は退役した冒険者か、大きなギルドを作った拠点がそうだろう。
レジカウンターや店内に店員さんが見当たらないのいいことに、興味津々に効果が大きい回復薬の素材を見て回っている。甲邱の研究施設にあった青薔薇の園と同じくらいの技術が注ぎ込まれた水路が、水なしでは生きられない薬効植物に栄養を与えている。
見て回っていれば、いつかの時を思い出す『多肉植物サボテンの白兜』が薄い膜を水面に張って毒々しい青い根が水路の底まで届いているのが見える。白金砂丘で見た青い根は極細だったが見事な太い根っこは興味深いが危険な色をする花がイヤな記憶を思い出してしまうのだった。
それぞれに薬効植物を観賞していると、レインよりも小さな女の子が尋ねてきた。
「お探しものは見つかりましたか?」
店員さんなのだろう。作業用のエプロンのポケットにはハサミや手袋が見える。人間種以外の亜人と聞いていたが普通に人もいるじゃん。と思ったのは最初だけだった。
この子は人にも見えるけど、特徴的な尖った耳で分かる。翡翠色の髪は、どこかの迷子薬師を思い出すが瞳の色は琥珀ではなく空を思わせる俺と同じ青い色の目が印象的な少女。白亜人[エルフ]だった。




