【#070】 Nursing -乙女の決意-
明日も投稿出来れば投稿致します。
月曜祝日の為に土曜が仕事日ですので出来るだけ上げていければ。と思っています。
今回は結構振り返った感じがしますが、当初の主人公――超弱すぎから強くなった感じはしますがまだまだです。
目を開けると、見知った天井よりも早く肌寒さが俺を起こす。
チュンチュン。と雀が啼いていることから朝を迎えたようだがなぜにレインの部屋でそれも上半身裸で寝ていたのか疑問に思うことがある。部屋の主のレインはと言うと、掛け布団の中でスヤスヤと寝息を立てている。頭を掻きながら起こさないように静かに立とうと足に力を入れるが、そこに足がない感覚に囚われて転げ落ちてしまう。
ガタッ――バタン! 床に倒れても痛覚はなかった。顔面から落ちたというのに頬に感じるのは柔らかいマシュマロに触れた感触と女の子特有の甘い香りが男の子としての本能を擽ってくる妙な感覚を覚えた。
床と言えば冷たい印象だが、どんどん温かくなりジメッとした湿気を感じて、何ぞやと唸りながら目を開けようとするのだが視界が奪われる。何が何だか分からない状況下で左耳に吹きかけられるテンポの速い生温かい風に反応して重い倦怠感で自由が利かない中で顔だけを横に傾けると、真っ赤に紅潮したレインがいた。
「悪いな、レイン。
ちょっと体に力が入らなくてこけたみたいなんだ。
重いだろうから、直ぐに退くよ。ちょっと待ってろ」
と身体を動かそうとした矢先。胸部にポヨリとした柔らかいものに触れた瞬間、レインが小刻みにピクッピクッ。と身を震わせてさらに呼吸を荒くする。体温の異常な熱さと荒い呼吸から風邪を拗らせているのでは? と思った俺はそっと右の掌を額に乗せる。
ボフッ。と今にも爆発しそうな顔で小声で何かを言っているようだ。耳を傾けて集中すると、はわわわ…と慌てているのか恥じらっているのか分からない声色。
ふ~む、どうしたものか。と考えるよりも早く軽く二度ほどノックした後に、何処かで聞いたことのある声をした人物が心配そうに尋ねてきた。
「おい、さっき妙な音が聞こえたけど大丈夫か?」
この声、誰だっけかな?
全く思い出せない俺に代わって、レインが『だ‥大丈夫だから、心配しないで。にぃ』と言う。にぃ、と言う言葉に引っ掛かるものを感じた俺は物思いに更ける。そこで思い出したのは、一流の料理人を目指すレインの実の兄であるクロムだ。声色からシスコンは治っていないと確信する俺は、久しぶりの再会に声を上げようとしたのだが何故かレインに止められてしまう。
クロムの『く』の字だけが微かに聞こえたのか、立ち去る足音が一旦止まるが気の性か勘違いだと思ったらしくパタ、パタ。と階段を下りていき足音は小さくなって耳に聞こえなくなった辺りで一つの溜め息をついたレインは俺を見て目を閉じるように言う。少々疑問を持ったが、女の子には女の子の事情があるのだろうと思って詳しくは聞かずに了承した。
「あ、開けちゃダメだからね」
再度言及する意味が分からないが、強く閉じた瞼を見て安心した様子で倒れている俺の身体から這い出る。女の子の考えることはさっぱりだが、這い出る際に肌を転がす柔らかさには一人の男として悶々してしまう。
と言うか、コレはあれだな。
最近の下着が進化しているのだろう。素肌同然に感じられる。え? そんなやましいことを考える俺は変態か、って。そりゃあ、ね。俺だって一応は男だからな。興味ぐらいはあるさ。とだけ言っておこう。
だってさ、流石にあのレインが男の寝ている部屋が例え自室だったとしても淫らに全裸で寝るわけないじゃんかよ。いくら二年間、レインが何をしていたかは知らないとはいえ・・・。
開けちゃダメ。と再三に渡って言及する怪しさから不図気になったので、まあ確認のためにチラッと目を配らせた直後だった。覗き込むようにジッと凝視するレインの顔に冷や汗を浮かべる羽目になった。
好奇心に負けなければ。と思った矢先に熱烈な鉄拳制裁を必須事項で受けた俺は、気付けば再びベッドの上に寝かされていた。またもや倒れてしまったのだろう。手足を動かそうにも痺れていると言うよりも感覚が鈍っている感じで自由が利けない。
目線だけを辛うじて動かせて部屋を見渡すと、クーアが俺の右手を握ってくれている。がやっぱりだ。感覚がないのだ。まるで神経を奪われた病人のソレだ。
俺は、本当にどうしてしまったのだろう?
その問いに答えてくれたのは、心中で二つの魂が率直な意見と提案を寄越すのだった。
魔導書カルマは、率直な意見を述べる。
『私は言った筈だ。
――"死が身近に存在する"と。ヒロキは既に禁忌の代償を受けたと思っているようだが、それは勘違いだ。アレは反動に過ぎない。
本当の代償は此れから永劫の時間の中で死に逝くまで断続的に恐怖がトラウマとなってヒロキの精神を削っていくだろう。物理的なダメージと違って、精神的なダメージは心を濁して何時しか自分が思いもしないような感情が芽吹く』
それじゃあ、何か?
俺の身体が全く動かない上に、このイヤな怠惰が募らせる倦怠感は精神の異常が引き起こした反動だってのか。
俺の答えを否定して答えるもう一つの魂。邪竜ジャーは、倦怠感は別だと言う。
『それは違うな。
倦怠感はレインとか言う薬師がお前に投与していた薬物の副作用だろう。半分は薬が影響しているがもう半分は、お前の肉体の内部に原因がある。
お前の肉体は、魔人であって人間でもあるがそのどちらでもない存在だ。人間体が一度崩壊した時点で人間[ヒューマン]じゃない上に、魔力を持ったモンスターの肉と霊魂で繋ぎ合わせたことで魔人[フェイスマン]に近しい存在ではあるがソレでもない』
何が言いたいんだ?
その問いには、カルマが答える。
『【魂の繋がり】については理解しているな? 今まで知り合った人間たちとの深い部分での接続は、同調率によって大きなダメージを負う。仲間であったレインやクロムにも何らかの形でヒロキの"死"を感じたことだろう。
禁忌魔法【創造世界】でヒロキは新しい肉体を創ったが、それは一言で言えばハリボテの人形のような状態だった。それを一つの身体へ保つために【念糸】で縫い合わせて補強。時間の経過と共に完全な肉体となっていたが・・・今は分断されている』
物理的なダメージ、例の反動の性で内側の繋がりが分断されて動けない訳か――。と言うことは、薬の副作用が切れてもかなりの時間が要するってことかよ。
『そうなるな。
カルマが内側で微調整を繰り返しながら風邪を引いた熱をエネルギーに代用して、【念糸】を張り巡らせているが暫くの間は動けんから安静にしておけ』
と言われてもな。動けんのは性に合わん。
歩行程度も出来んのか?
『完全に治したければ無理はしないことだな。無理をした分だけ回復には時間を要する。いくら魔導書だったこの身とはいえ、』
・・・時間か。なんとか、なるんじゃね?
『時間跳躍で未来に飛ぶのはナシだ。余計に身体を壊すだけでそれこそ時間の無駄になる』
ああ、違う。違う。
時間を飛び越えるんじゃなくて、時間を加速させるんだよ。よりもっと正確には、治癒能力そのものを構築能力【加速】で能力向上を図ればいい。それならば、問題ないだろ?
『た、確かに問題はないがそんなこと可能なのか?』
俺とジャーの問いにカルマは、その発想がなかったのか唖然として答える。
『よくもまあ、思い付くもんだ。
確かにソレは可能だ。構築能力の大きなメリットはソレだな。あらゆるものを対象に出来る点と想像力で能力が向上するが、――久しく構築能力を使っていなかったから・・』
うわぁお、カルマさん忘れてやがったな。
元々、俺のメインだった戦闘スタイルを忘れるとかないわー。まあ、忘れちまったもんをぐちぐち言っても仕方ねぇ。
構築能力【加速】を治癒能力に絞って発動させた結果から言って薬物の副作用である倦怠感も身体の神経感覚も見事に回復した。なんと言う都合のいいスキルなのか・・・、まぁその辺はコアの数が多い俺だからこそ出来る特権だと受け取っておけば問題ないだろう。
元々、回復力は人間[ヒューマン]の五倍。魔人[フェイスマン]の二倍の回復力はあるらしいからな。それもこれもモンスターの血肉と霊魂がこの身体に浸透している影響だが害はない。あくまでも今はだが。その内、・・・いやネガティブな思考は止めとこう。本当になったらイヤだしな。
さて、と。身体は回復した。
次にすることは決まっている。二人には、何時の日か知られる俺のことを話そうと思う。何故かって? 此れから一緒に冒険する信頼における仲間には、知っておいて貰いたいからだ。心配されるのは、当たり前だが内緒にしておいて万が一、俺が倒れたらカルマをどう説明するよ。
カルマだけじゃない。魔剣に住むハガネや俺の中にいる"七対の王者たち"の一対ジャー。それにこの二年間で俺の身に起きた全てを話しておこうと思う。受け入れて貰わなければ、俺はきっと先には進めない。此れからは、俺一人の問題じゃなくなる。パーティーってのは、そういうもんだろ。
俺は、クーアを起こしてレインを呼んで貰った。自分で行っても良かったのだが、クーアに余計な心配はさせたくないからな。
暫くして・・・・・・、薬師として俺を診察したレインは驚いた様子でまじまじと見てくる。そりゃあそうだわな。人並み処か魔人をも越える回復力には、どんな医師だって驚愕することだろう。
「治ってる・・・。本当なら二、三日は安静にしておいて欲しいけど―――」
「心配は要らないよ。
薬師の助言にはちゃんと耳を貸すよ。それに話しておきたいことがあるんだ。此れからパーティーを組んで一緒に冒険する仲間になるんだから、秘密はナシにしときたい。
ただ内容が内容だけに、結界術式は発動させてもらうよ。―――古式結界魔法【五光結界】!」
今回は強敵を相手取る訳じゃないから。と言う理由で五分も掛かる詠唱は破棄して発動している。元来、最強の結界術式だから問題はない。
古代人の末裔で俺が魔力を持たず、魔法が発動出来ないものと思い込んでいたレインはかなりの衝撃を受けたようだ。いったい全体、なぜ使えるのか? と言う質問から始まったので二年前の黒結晶洞窟の攻略劇から語り始めることにした。
黒結晶洞窟の攻略劇。モンスターとの無双なんて御伽噺や吟遊詩人の詩でしか聞いたことのないのだろう。少々、興奮気味で俺の話に耳を傾ける。
ゴブリンの多様種を次々と蹴散らして、怪物級のサイクロプスを撃破。冷気で場を凍てつかせるゴーストとの戦い。ゾンビを爆発で吹き飛ばして、引き寄せてしまった天災級のリッチーをも倒す英雄の物語を見守りながら夜が更けていく。
夜が明けて軽食にと作ったクーアのおむすびを頂いて、二年前の続きを話始めた。
リッチーを倒した俺は、黒結晶洞窟第四階層の王の間に足を運んで階級社会を築き上げていたゴブリンキング率いる千二百体との無双を語った。途中で出現したキマイラを撃滅して俺自身の死を語って涙脆く崩れるレインを一旦寝かせて翌日に続きを語った。
今のこの身体を手にしたことで多くのスキルを獲得したことで魔法が使えるようになったこと。【魔導解析】で相手の精神領域に潜り込んで最終奥義でナイトメアゴブリンを倒して、ハガネという剣術の師から学んだ修行時代。
剣術だけに固執せずに、ここで"氣"を習得したこと。獲得したスキルの使い方をマスターしたこと。
洞窟内で意外な人物たちに出くわしたこと。ガイアス="マギ"=ドラゴンに習った近接格闘術とドワーフの鍛冶師カイエンとの約束に答えて、黒結晶洞窟よりも更なる下層の未知のダンジョンに赴いての卒業試験。
激突したワイトソルジャーやリッチーの上位種エルダーリッチーとの総力戦。ラスボスの死神シスとの激戦の果てで獲得した素材で名剣【ソウルイーター】を魔剣【ダークリパライザー】に打って貰ったこと。
そこから語ったのは、黒結晶洞窟をカイエンと脱け出した脱出劇。善き友人トーマスと奴隷だった少女当時"三十番"を名乗るクーアと出会った経緯。――そして、大恩人アルファガレスト卿に救って貰ったこと。
それから語ったのは、問題の事件に触れる。悪魔の襲撃なんて情報は、自分の耳に入っていないけど不思議とそれらのことが嘘に聞こえないレインは真摯に受け止めてくれた。
カナタとフェイとで向かった奴隷市場で引き起こっていた大量虐殺で死に逝く民と下級悪魔の存在。完全に確立した発動が可能となった竜人武装で下級悪魔を一掃。
上級悪魔と悪魔将校"中将"クラスとの激突や存在することだけは知っていた爵位悪魔とデイドラの裏の顔であった"暗黒騎士"という事実に加えて、そこで死すクーアを救うために自身を犠牲にして【時間跳躍】する行いにクーアが涙をこぼす。
誰も犠牲者出さない覚悟で舞い戻ったヒロキが知った自身の"器"のこと。内側に潜んでいたという"七対の王者たち"。御伽噺【竜を織り成す者】。魔王の眷族"デュラハン"。魔王の血族"V"の落とす影。
全てを聞き終えた二人は、壮絶過ぎる過去と受け止められない辛さにヒロキを抱き締めて泣くことしか出来ない自分達がどんなに愚かしい存在であったか目の当たりにしたのだった。
レインは思う。
――ヒロキは、ずっと・・・ずっと苦しんでいたんだ。わたしはこの二年で何をした? 過去に目を向けずに反らしてばかりいた。だから、サチも救えなかった。わたしに出来ること・・・もう決まってるよ。
―――"薬師の医学知識と魔導師の魔法で今度こそ、あの時みたいに守られてばかりじゃなくて隣でサポートする"――!!
クーアは思う。
――ご主人様は、私に新しい名前をくれた。例え時間軸が違えど、私なんかのために自分を犠牲にしてまで助けてくれた。私にとってご主人様は、恩人以上の存在です。今の私に出来ることがあるならば・・・それは守られてばかりではいけない。
―――"私は、ご主人様の隣を並んで歩みたい"――!!
二人は決意した意志を燃やして自分の命に掲げるのだった。そんな二人を見て安心したヒロキは、次の目標地点に行くためにレインに一つの提案を申し出るのだった。
それは、
「え!? それ、本気なの――」
「ああ、俺はどうしても今確認しておきたいんだ。
だから案内を頼むよ。謁見の間までさ」




