【#069】 Rein -薬師の生業-
新章突入です。
今回はメインヒロインを中心に描いた二年間の出来事とちょっぴりエッチな展開になっています。
第三章では、前々からフラグが立ってる剣舞祭は勿論ですが冒険者らしいサイドクエストを出していければと思っています。
最後まで読んで戴ければ幸いです。来週から本編開始です。応援のほどをヨロシクお願いします!
わたしの名前は、レイン。家名は持ち合わせていない。ただのレイン。
わたしには兄がいる。兄の名前はクロム。この世界に転生したから血縁関係はないけど、元いた世界で兄妹は同じ両親から血を分けて産まれた子供。器は違えど、魂はいつも一緒だった。
転生者になってこの世界で目覚めた時、最初に手を差し伸べてくれたのは当日"漆黒の断罪者"と呼ばれていたクルスさん。クルスさんは、わたしたちに生きる希望をくれた。――と言うのもレイン《わたし》は父親から暴力を受けていた。愛を知らないわたしに、誰かを愛しく思う感情を教えてくれた。
クルスさんの第一印象は、「優しい」と言う仮面を着けた「虚無感」が強かった。それは今もそう。国王守護部隊『狩猟』筆頭の座に就いた途端に、この街で横行していた犯罪系のギルドは壊滅・蔓延していた血銘酒『ドラゴンブラッド』の中毒者を隔離・極めつけは兵器ブローカーのシンジと言うわたしたちを襲ったリーダーの確保。
クルスさんは、わたしたちには見せないポーカーフェイスで犯罪者を確保し時には自らの手を真っ赤に染めてでも断罪を続けている。そんな遣り方は、間違ってる。――ってわたしなりの権限で行使してもダメだった。
"コレは僕にとっての償いだ"―――そう言っていた。
何に対しての償いか?
そんなのは直ぐに分かった。だって・・・それはきっとわたしの性だから。あの時、ダンジョン【黒結晶洞窟】でわたしが足手まといに成らなかったら、わたしにもっと力があれば、カエデにも痕が残っちゃう傷は負わなかった。
わたしはずっと逃げてたんだ。自分が傷付かないように、後ろも見ずに目隠ししたまま迷走していた。
兄は、わたしを心から愛して支えてくれた。パムチャッカのみんなも一人目の師匠だって、こんなどうしようもないわたしなんかに知識と素晴らしい世界の一端を教えてくれた。ヒロキは勇気を。それだけじゃない・・・ヒロキがくれたのは、ホッと安堵する安心感からいつの間にか異性の愛情が芽生えていた。
――でも、わたしは何もかも遅かった。あのダンジョンであろうことか、失って漸く自分の気持ちに気付いた。バカだよ。わたしは、本当にバカだった。
泣いた。ずっと・・・涙が枯れ果てるまで泣きまくった後のわたしに残されたのは、脱力感と無気力で窶れた自分の弱さ。立ち直る希望の影も形も見えなかったわたしに、最年少の薬師コハクさんはプレゼントがあるイベントなんかで良く用いられる『ボイスボックス』を手渡していった。
立ち去ったコハクさんに遠い目を送りながら、部屋のドアを閉ざす音を聴いて自暴自棄になっていたわたしは興味を引くことなく床に転がした。そんな時だった。声が聞こえた。ボイスボックスだから当たり前だけど、馴染み深い知っている声色に眠りかけの目が急に冴えた。ヒロキの声だったからである。
『やあ、声色で分かると思うけどヒロキだ。
今、俺は無謀な挑戦をする一歩手前にいるわけだが聴いてほしい。
俺はさ。話したと思うけど、自殺願望を持ったまま異世界へやって来た。砂を泳ぐ巨大なサメに襲われたって言うのに生きている。変な話だよな。死にたい筈が、マイトさんやクルス、クロムにレインやカエデに会って・・・生きたいと思うようになっちまった。
水晶洞窟で教科書上に載っかている食物連鎖を垣間見た時、或いはクリスタルレインを美しく見えた時かは自分でも分からない。それでもさ、気付いたんだ。『生きる』その先にあるものを。
生きることは、そりゃあ難しいよ。現実上じゃあ、常につきまとう社会的ステータスがマイナスに転じるだけで批判されて自分を見失って・・・時には犯罪にも手を出してしまう。俺がそうだった。直接的な人殺しじゃないけど間接的な意味合いじゃあ、俺が彼を殺したようなもんだ。あの時の俺には、"死"こそが償いだと思った――でも出来なかった。
異世界に来て、生きる本当の意味を知って思ったんだ。俺には、こんな遣り方しか出来ないって。誰かを助けるために自分の命を犠牲にしようって。間違ってる、ってそんなのは分かってるしクルスにも言われた。でもさ、俺には・・・今の俺にはこれが精一杯なんだ。
―――こんな最期で終わりにしちまって悪い。もう、俺には残された時間がないんだ。だから、最後の最期に一言だけ残しとく。
レイン、笑え! 兄貴の横を一緒に歩くお嫁さんになるんだろう。じゃあな・・・、』
枯れて乾いた目を潤した最愛の人の最期の言葉が今のわたしに大きな原動力をもたらしてくれた。
コハクさんからは、医学と薬学の知識を。クルスさんからの紹介で知り合ったルナさんとは、最悪の出会いから始まったけど魔法学と錬金術の基礎を教わり、同時にルナさんは魔法戦闘におけるわたしの二人目の師匠となった。そんな折り合いに、あの事件は起きてしまった。
蜥蜴の尻尾。
冒険者の間では、そう囁かれている忌々しい災厄の亡霊。その影と言うべきか、尻尾と言うべきか。災厄の元凶だったギルド『赤星聖教騎士団』のギルドマスターは、黄金世代序列第一位の"紅蓮の閃光"によって討たれたのを皮切りに終結したけれど・・・災厄の裏で暗躍し糸を引いていた人物は町に潜伏していた。そう思わされたのも、一向に取引中断されない偽物の血銘酒と近隣諸国で始まった紛争がわたしたちに傷と影を残していたからだ。
近隣諸国の紛争を終結するべく影で動くクルスさんやルナさんという古参プレイヤーに守られる中で、わたしたち黄金世代のプレイヤーは一致団結して血銘酒の対処に追われることとなった。ギルド『流星騎士団』と『レオンナイツ』が総出で兵器ブローカーを追跡し最後には紛争から戻ったクルスさんがソレを確保に至った。――でも、わたしは薬師としてなにも出来なかった。
中毒者の死者は、百人以上まで上り、その中には優秀な薬師も含まれている。どうして死んだのか? 感染症の急激な悪化による死傷がほとんどを占めていた。クルスさんの後方支援で生産者特定がなければ、もっと多くの死傷者が出ていただろう。
わたしは、わたしだけじゃない。
あの時点でシェンリルにいた医師・看護師・薬師等の命に携わる職業をもったプレイヤー全員が大きな迫害を受けた。その人たちにも失った家族や友人に恋人がいるのに。わたしもその一人、カエデの親友でもありわたしの友人でもあったボーゼスの妹サチが目を閉ざした日に、わたしはヒロキを思い出した。まだ息はあったのに、この手で重ねてしまったヒロキを切り刻むことなんて出来る筈もなく・・・正気に戻った時には傍らではボーゼスとカエデが泣いていた。
わたしは、自分が許せなかった。
またしても、一人として救えなかった自分が腹立たしくて・・・ヒロキには成れないけど、自己犠牲覚悟で自分の身体に血銘酒の感染症を含んだウイルスを打って実験体になった。コハクさんから激怒され、こっぴどく説教を受けた。ーーでも、受け入れてくれた。コハクさんもヒロキのことを悔やんでいた一人だからだろうか。
医療系のギルドの全面支援協力を受けて、血液解析・DNA解析・身体外傷解析を夜通し行った結果から抗体物質を創薬から投薬実験でわたしという実験体は、いま苦しんでいる彼等・彼女等の希望の光となった。
抗体物質の完成で知ったわたしの自己犠牲に兄は初めて手を挙げた。優しい平手打ちと狂おしい涙の流星群と愛情いっぱいの抱きに、わたし自身も自然と涙が溢れた。
ヒロキの恩人であるマイトさんがシェンリルを救った英雄の一人としてだけでなく、セラフ=アンドリューの昔馴染みということで次期領主に戴冠したことで新しい時代がやって来た。黄金世代のわたしたちが先輩となって、開拓世代の後輩プレイヤーを導いて・・・今度こそ争いのない平和な世界にしていくようにと。
でも、実際はそう簡単なことではなかった。ルナさん師事の基に、わたしは新しく設立された部隊の筆頭を任された。国王守護部隊『魔導』国の矛とされ魔法工学による開発や軍事に特化し構成される隊員は、全員が魔導士でソコのトップがわたしなんて冗談じゃないって思ったけど、今では隊員が善き友人。
女友達だけじゃない。カナタ君って言う"剣聖"や銀行屋のトウマ君。顔はおっかないけどディアンマさんとの会話は面白い。
カエデともあれから、サチが亡くなって喪に服した後に冒険してヒロキと最後に別れた黒結晶洞窟に御花も供えたんだよ。
嬉しかった。
二年が経過して色んなことがあって、わたしはこんなに変わった。でも、そこに何時もヒロキはいなかった。ニナさんとカエデから連絡が来なかったら、わたしはまた塞ぎ込んでいたかもしれない。
でもね、生きてた。それだけで、あの懐かしい顔付きが見れただけで嬉しかった。クーアって言う奴隷の子を連れているのも、なんとなく想像できた。ヒロキの性分は、何一つ変わってはいなかった。カエデはわたしに遠慮して先に旅立って、応援してくれた。だから、今度こそ自分の正直な気持ちを伝えるつもりだったのに―――、どうしてまたアナタは寝ているの? 起きてよ、これから一緒に冒険しようって言ってくれたのに。
わたしは結局、待ってばかりだ。
ヒロキの新しい強さを過信していた? 違うよ、そんなの違う。ベルさんの依頼をわたしも一緒に受ければ・・・それでもない。
どうしてなの? 今回は本当に分からない。聴いたところによると、最近物騒な事件も死傷者も出ていなかった。なら、それ以外で危険察知して・・・う、ううん。それは可笑しい。大きな事件がないのに、この傷の深さは常軌を完全に逸脱している。
目立った外傷はないけど、医学に精通している人間が診れば一目瞭然。内部の損傷具合だけでいま生きていること自体が不思議なくらい。
満身創痍もいいところ、一体誰がここまで運んできたのか? そう思い至った当りで出て来たのは、国王守護部隊『狩猟』の非合法な諜報活動と暗躍する黒い部隊。彼等は小さな情報も溢しはしない。
国王マイトさんの右腕であり『狩猟』を統治する筆頭クルスさんが主体となって動く組織は、耳にした噂では『魔王の眷族』『魔王の血族』の動きを調べているとか。
魔王。人智を越えた最強最悪のモンスター、或いはプレイヤーと囁かれている。ルナさんの魔法学で知ったことだけど、創成期の御伽噺"竜を織り成す者"。創成期の神話"原初の魔王"に実際登場したバケモノがいる事実は興味がそそるけど、それだけじゃない。
『魔導』の筆頭の座に就いてから、色々調べていく内に浮き彫りになっていく『とある組織』に注目していた。コレはカエデの専門分野になるけど気になってしょうがなかった。そんな折りに、声が掛かった。それがギルド『観測者の宴』。
本来、一個人が組織したギルドと言うのはひとつの分野に固執していることが普通。ーーなのだけれど『観測者の宴』に集まったギルドメンバーが他のギルドと比べて異質過ぎる。その点に気付いた所で組織への加入を勧められた。最初は怖かったけど・・・わたしが知る人みんなが在籍している事実に心が踊っていた。・・・・・・そして、わたしは彼等がヒロキを手助けする本当の意味を知ってしまった。
許せなかった。
許せる筈がなかった。
ヒロキは、兵器じゃない。
ヒロキは、バケモノじゃない。
わたしの反論の言葉は、たったひとつの言葉で塗り替えられてしまった。
『世界の命運』。
世界なんてわたしには、どうだっていい。ヒロキと一緒に冒険するだけで、言い合いになって口喧嘩したって、いいじゃない。―――でも、わたしの言葉は彼等には届かなかった。
マイトさんは、知ってたんだ。ヒロキが白金砂丘に転生することを。
クルスさんも知ってたんだ。ヒロキが黒結晶洞窟で死んで、より強靭な肉体と共に蘇ることも最初から全部知ってたんだ。知らなかったのは、組織の上位幹部以外のわたしやベルさんに最近加入したカナタ君ぐらい。
悔しいよ。わたしは知らなかった以上に、何も出来ない自分の弱さが。
ねぇ、教えてよ。 ヒロキは何処まで自分のことを知っているの?
ねぇ、起きてよ。 ヒロキはわたしとクーアにした約束守ってくれるよね?
ねぇ、答えてよ。 ヒロキはわたしのことどう思ってるの?
ねぇ、ヒロキはわたしの英雄なんだよ。ずっと・・・これからも、
「ヒロキ、ヒロキ、起きてよ!
もう涙が出ないよ。だから起きて、いまクーアがね、一生懸命初めてのおむすび作ってるんだよ。にぃも下で手伝ってる・・」
魔導師としての治癒魔法によるヒーリングで重要器官の再生能力を活性化させ、薬師としての漢方薬とオリジナルの創薬を掛け合わせて開発までこぎ着けた新薬【賢者の石[プロトタイプ]】。
失った血液を増やし、劣化と欠乏した細胞を再構築して元に戻す作用を持っている。無論これだけの便利な薬には副作用が付き物だが、実際の試験上では三日以上五日未満の期間で倦怠感を催す程度である。
実験段階の試験用を何時も持ち歩いているわけではない。レインは『魔導』筆頭の権限を利用して信頼における護衛の研究員に届けさせたのだ。
研究員は是非にサンプルデータを取らせてくれ。と言ってきたが今回ばかりは断った。大切な友人以上の感情を抱いている彼にマウスの役割を与えたくはなかったからだ。
レインは、汗一つとして掻かずに呼吸の乱れもないヒロキを見てクスッと嗤う。ツンツンと弾力のある頬をつついて、意識が無いことと近場に誰もいないことをこっそりドアを開けて確認する。
「ヒロキが悪いんだからね。
女の子だってエッチな気分にもなるし、好きな人の隣でその・・・添い寝したいとか。ふ、普通なことだって、カエデが言ってたから問題ないよね?」
ゴクリ。と生唾を呑み込んだレインは、そろりと衣服を一枚一枚脱いではキレイに畳んで丸い卓袱台の上に。
するり。とヒロキの眠る布団の中に入り込んだレインはドキドキしながら、二年前から比べてワンカップ半ほど大きくなった胸囲をヒロキの裸の筋肉質な胸部に押し付けて反応を窺う。―――のだが、悲しいことに反応なし。
む~。と若干険しい顔付きで下半身に目を向けるが赤くなって火照った熱でくらくらするレインは、ぽふりーーと布団を自分の頭で押し退けて突き出す。
「ヒロキ、超鈍感・・・」
どうしよっか? と悩むよりも先にガシャン――。と言うガラス製の鉢が割れた音の方角に目を向けてビックリする。
誰もいないことを確認した筈が、割れたガラス鉢にも自分が作った自慢の料理が台無しになったことにも目が行っていない。
その原因はたったひとつだった。瞳孔が開ききった先で自分の愛する妹が素っ裸で旧友の下半身に跨がっているばかりか、湯気が立ち上るほどに運動した過呼吸がひとつの不正解に行き着く。
思考が停止したクロムは、グッと涙を堪えて部屋を後にする。
「レイン 、俺は嬉しいぞ!
今日は鯛メシだ。起きたらヒロキにも伝えておいてくれや、赤色と黒色と黄色のスパイシーな鯛メシを特別に食わせてやるってな」
静かに閉ざされたドアの音と階段をしょんぼりと降りていくクロムの反応に、真っ赤な顔をさらに紅潮させて悶えるレインはヒロキに掛けていた布団を殻にして引き篭るのであった。ヒロキが目を覚ましたのは、翌日の早朝で風邪を拗らせたのは言うまでもない。




