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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅲ 《奴隷市場での覚醒譚》
68/109

【#068】 Awake Part.Ⅴ -変革者-

パソコンとスマホの睨めっこから漸く解放されます。

Windows 10のマルチキャスト欲しいところだけど、アップデートが怪しいのって改善されたのか分からんし‥‥と、まあこれは置いといて。

お待たせしました。第二章クライマックスシリーズ完結話になります。

引き続き、新章になる第三章を執筆予定ですがどっかでキャラクター紹介とか入れんとヤバいかも。と思ったりしています。実際、こんなに増やす気なかったのに(>_<)

Episode重ねるごとに‥‥まあ、その点は次章は大丈夫かな。と思っていますので最後まで読んで戴ければ幸いです。ブクマ保存や感想戴ければ尚幸せです。それではまた来週(。-`ω-)


 ヒロキは引き伸ばされた時間の中で一つの答えを出した。

 しかし、選び取ったそれはジャーにとって予想を裏切り尚且つ凌駕する不可解回答となった。

 答えたのは、全員の命を救い上げる。という不可解どころか不可能な提案だった。―――が実際には不可能ではない。禁忌魔法【時間跳躍】を使えば過去の時間には戻ることが出来る。しかし、同じ時間軸の近くにヒロキ本人が存在した場合は創成期最終章の二の舞になるだけ。

 一体、どんな確信があって提案を述べたのか。聞いた直後のジャーは、馬鹿げたことを…と言って罵るが。


「創成期最終章の降りからして恐らくは、同じ人間が同じ場所にいるというタイムパラッドクスによる時空間の乱れが生んだ産物。それが亀裂現象だろう。同じ人間がダメなら意識体であり現状の記憶データを持った俺が行けばいい。

 それならば、過去にある俺の肉体に今から時間跳躍させる意識体を上書きさせて、内側にいるカルマが記憶共有することで説明する時間も省ける」


 但し、この方法には大きなリスクが付きまとう。というのもだ。

 禁忌魔法というだけあって、膨大なエネルギーが必要となる。その全てを自分の魂の脱け殻である自身の肉体を同時に贄として代用する。それは一歩踏み違えば絶対的な死を意味する危険と隣り合わせの最早ギャンブルと言っても差し支えない。

 ジャーは反対したが、長々と口論する猶予など無い差し迫った時間とヒロキの未来性に賭けて承諾したのだった。


「いいか、ヒロキよ。

 知っているとは思うが、魔法の術式は知識だけや目視だけでどうにか出来るレベルのそれではない。仲介人という形で媒体となって我が【時間跳躍】の術式を発動させる。

 エネルギーの代用として肉体が消滅する。予め言っておくが、死よりも残酷な激痛が上書きされたお前の内側に響くことになるだろう。禁忌魔法とは、自然界の法則を無視する荒業だからな。

 さて、ここからが重要な所よ。過去にお前の意識体が跳躍。同期したら我の名を呼んでカルマと記憶共有をしろ。あくまでも過去に戻すのは、お前の意識体であって我は、そこまで協力的ではないかかもしれぬからな」


 そう言ってジャーは、引き伸ばされた時間の中で何重にも増して巨大な立体型魔法陣を展開した。

 通常の魔法陣とは、自分の立つ下部へ配置した場合は身体能力強化や魔法発動における詠唱短縮と増幅作用を促すことが多い。

 魔法陣を何重にも連なり重ねた連続型魔法陣の場合は、射出する魔法弾の射程向上や連なる魔方陣一つ一つに異なる術式を織り込んで追加術式を魔法弾に後付けする。

 しかし、立体型魔法陣はまた別物。前方・右方・左方・後方・下方・上方の六面体に別々の魔法陣を形成する賢者級の魔法を発動する手前のそれである。


 引き伸ばされた時間の中では、動くはずの無い地面が揺らいでいる。発動が近いのだろう。俺はジャーを見る。

 魔法剣士。そう言う類いの格好をしているがカルマと同等の魔法知識と邪竜の持つ強大な魔力を有した俺の中に居た存在もまた俺を見ている。

 ただ、実際に彼の目が捉えているのは俺ヒロキではない気がしてならない。クロス=ジュニア。中身じゃなく外見、即ちは器となっている外面を見ている。まあ、当然といやぁ当然だ。

 ―――前回の中身だった転生者の存在か…。可能性がなかった訳じゃないし、急にあんなこと言われても思考がぐちゃぐちゃになるだけだ。今、考えるのはそれじゃない。


 "デッドエンドからハッピーエンドに変える"


 それだけでいい。

 無邪気に微笑むクーアの笑顔を奪ったヤツを俺は―――、決して野放しにはしない。


「術式を発動する。行ってこい!」


 ・・・・・・・・

 ・・・・・

 発動と同時に肉が弾ける。血液が飛散するよりも早く、肉も脂肪も内側で蠢いていた重要器官や肉体を支えていた数十の骨さえも分子状に形を変えていく。

 赤い淀みが浮かぶ液体が詰まった球体状のそれは、ジャーの発動した禁忌魔法の術式の贄となって消失する。それはつまり、ヒロキの意識体が過去に跳んだことを現していた。

 崩壊する意識の中でジャーは思う。

 ―――最古の英雄クロスの我が儘加減にそっくりだと。でも中身は違う。彼はクロス=ジュニアであって、ヒロキと言う名の別人だと悲しげに思うのだった。



 ―――――――――――

 ――――――

 ―――

 時間は逆行して遡っていく。

 まだ痛覚はないものの、記憶を掘り返すこの感覚は好きになれるものではない。

 意識体でしかない筈が嘔吐を催してしまうほど気分が優れない一般的に酔う感覚が無い筈の喉元を狂わす。

 "死よりも残酷な・・・"とは、この事なのか。この程度が? と不安が過る。焦りもある。もし仮にコレが序の口だとするならば、本編メインは一体どれ程の苦痛が俺を襲うのか。想像するだけで身震いがした。身体はないけど・・・。

 そんな織り唐突に襲ったソレは、心を揺さぶられ何度も何度も殴打される過去のトラウマが意識体である魂をすり抜けて恐怖を植え付ける。

 数秒間の体験。

 でも俺には、数年に感じられた。掘り起こされたのは、俺の記憶だけじゃない。俺の中にいるカルマとハガネ、集めた霊魂を取り巻くモンスターが経験した全ての記憶が凝縮して押し寄せる。まさに死よりも残酷なものであった。

 叫びも喚きも虚空に消える不安感に囚われた瞬間―――。

 俺は、目を覚ました。

 最初に見えたのは、旅館「桜牡丹」の天井。聴こえてくるのは、クーアの静かな寝息とおやっさんの豪快な酒気を漂わせて重機で掘り起こす工事現場で発せられる轟音があの体験を夢のように感じられたのが幸いだった。

 目的を見失わずにジャーを起こして思考を引き伸ばした世界で、【反魂術式】の作用によって記憶がカルマに伝わったようで魔導師スタイルの青年が姿を現した。

 

「ヒロキ、君は禁忌を二度犯した。これが何を示すか判るかい?

 君が想像している以上に、"死"が身近に存在する。未来は君自身が築いていくものだけど、永劫の時が経過しようとも苦痛を味わうことになる。禁忌を犯すとは、そう言うことだ。

 ―――君は結局、変わらないね。君の本質は、何処まで彷徨っても行き着く場所はそこなんだな。辛くとも自分を犠牲にして生きていく。それが君の"業"ならば、僕は君に委ねよう。行く末を僕は一緒に見届けよう。

 さあ、行くんだろ? デッドエンドをハッピーエンドに変えに―――」


「・・・ああ、それが俺の答えだ。

 例え――、カッコ悪くたっていい。ブザマでもいい。醜かろうが、愚か者であろうが俺の答えは一緒だ。執念に変えてでも守りたいもの、護りたい人を助ける。

 ―――それが俺の生き様だ!!」


「ハハハハ、良いぞ。実に面白い!

 クロス=ジュニアなんぞ忘れるほどに、貴様の生き方は孤独で興味が尽きん。

 我も一枚噛まして貰うぞ!」


 思考が引き伸ばされた世界で取り合った三者の握手は、奇妙に感じられたが此ほどまでに強力な仲間はそう出来るものではない。全くもって頼もしい限りである。

 戦力の大幅アップ間違いなしだが、一体どれだけ強くなっているのか全く分からない。

 魔法知識に事欠かさないカルマ。魔剣【ダークリパライザー】に宿ったハガネ。肉体の内側に潜む"堕天の邪竜"と契約を交わしたジャーの潜在能力は、俺の想像を越えるだろう。――が 、それぐらいが丁度いいかもしれない。

 これから相手取るのは、数百。下手を打てば数千に昇る下級悪魔と数十の上級悪魔。数体の悪魔将校に加えて、単機で国の軍隊に匹敵する爵位悪魔をたった一人で殲滅するのだ。敵はそれだけじゃない。コガネイと名乗るカルマの解析能力で判明したギルド「赤星教聖騎士団」のギルドマスター故人と魔王の眷族である"暗黒騎士"デイドラに関しては、未知数の能力が備わっているだろう。


 もう、遠慮も余興も威嚇も要らない――。

 境界線ボーダーラインを越えた俺にあるのは、確固たる意志と命を燃やす執念と鼓動続くまで戦い殺し続ける覚悟だけでいい。

 俺は孤独じゃない。みんなが俺の中で生きているんだから。もう逃げない。



◇シェンリル王国 最下層 奴隷市場◇


 まだ、みんな生きている。

 熟練の猛者達から初心者の冒険者、新米転生者を騙そうとする狡猾な詐欺師もいる。雌の魅惑的な肉体に溺れる低所得の人間たち、自分の体を平気で売り付ける娼婦が夜も更けると言うのに勧誘してくる。

 色街と言えば、しっくりくるものがある。あと数時間足らずで、ここは戦場に変わると言うのに暢気なものだ。

 でも、それが丁度いい。誰にも知られず、遣って除けた方が後々の凝りも残らない。国が傷付くのは、最小限に抑えることで此からのイベントにも差し支えないだろう。それに騒がしいほど好都合だ。


 魔法発動には、詠唱が前提条件で用意されているが俺の場合はカルマの保有する膨大な魔法知識によってコレをカバー。詠唱を破棄して【六芒星魔眼】で三倍魔力が必要な魔法を攻撃に転換している。

 詠唱の重要性は、起点である魔法そのものだが多くの術者は発動する魔法強度を高める為に長い呪文を詠唱する。

 騒音で言葉が遮られても唱えることが重要なのだ。それも頭の中でイメージ拡張した詠唱は、より強力な魔法術式を展開できる。

 奴隷市場に踏みいった瞬間から発動する術式の座標をデイドラの屋敷に固定し、歩きながら五分も要する長い呪文を詠唱―――展開する。


「・・・・・我を護り、咲き誇れ。

 古式結界魔法【五光結界】―――発動!!」


 解析不可能な最古の結界術式【五光結界】は、核攻撃レベルの魔法をも凌ぐ鉄壁の強度を誇り、展開した術者は以外は侵入出来ない。

 欠点が有るとするならば、別空間から召喚する魔法が無効化出来ない点だ。コレばっかりは、仕方ない。本来、この魔法は味方を守る為に使うからだ。


 結界の内部に侵入した矢先、侵入者を逸早く感知した守衛が数人出てきた。

 何者だ! と威勢のいい声をあげて尋ねてくるが余計な時間は捨て置く。

 

"二年間歩んだ修業場の藻屑に散れ!"


 研いだ黒結晶の刃が散弾銃の弾丸となって守衛の体を穴だらけに変える。この日の為に用意していた訳じゃない。それでも役立って何よりだ。

 四体の骸を股がって血の海を平然と歩く。波紋を立てる血溜まりに映るのは、悪人でも罪人でもない。巻き戻した時間の世界で変革を望むバケモノである。


 感覚を研ぎ澄まして屋敷内に潜む敵を感知する。オーラ判別によって、人型の気配の塊は色で見分けるが使用人も悪態が着いているようだ。真っ黒だ。

 地下牢に閉じ込まれた奴隷達だけが、青色に見えるのは悲しみと近い"死"を感じ取っているのだろう。――なら、問題はない。身近に守る者がいないなら攻め続けられるってもんだ。


「さあ、虐殺の狼煙を上げよう」


 敵の数を減らすのは戦略の基本だ。

 女、子供であろうともメイドと老いた優しい顔の執事だろうが関係ない。痛みが伝わることの無いように、急所に成り得る重要器官を粉砕・射撃して骸に変えていく。

 数分が経過した。

 それなのに傭兵や悪魔さえ出現しない。

 どうもイヤな感じがする。そう思った俺は、地下に急ぎ足で向かったのだがそこでは既に侵入者の俺を待っていた。



◇デイドラ邸 地下儀式場◇


「説明して貰おうか、侵入者君。

 なぜ君は今宵の"死の晩餐会"を邪魔する?

 まるで私たちの計画を知っていたかのようだ。二年前の災厄をもう一度撒き散らすつもりだったが、もういい・・・憂さ晴らしに結界の術者の貴様を葬れば、見えてくるのは黒い死の世界だ」


 質問を投げたのは、コガネイだった。

 その手前には暗黒騎士の鎧に身を投じて臨戦態勢に入ったデイドラが魔剣【アガル・フリード】を片手で持って待機している。

 さらにその後方に浮かび上がる複数の魔法陣から現れたのは、予期していた幾百の下級と上級悪魔の群れが雪崩れ込む予想を越える最悪の始まりが歓迎してくれた。


 歓迎には、寛大な処置としてデッカイ迎撃で迎え撃とうじゃないか。

 悪魔を出現したことで埋め尽くす莫大な魔力の一部を代用して、複数展開した爆裂魔法【フィジカルボム・バーストトリガー】が押し寄せる悪魔の軍勢に向かってオレンジの閃光が焼き尽くしていく。


「――虐殺の戦場には、絶対にさせやしない。

 俺が案内してやるよ。地獄までの道程を。―――"竜人武装"ォォォォ!!」


 これは正装だ。

 対等な相手と正々堂々闘う為のもんだが、悪魔を全部ぶった斬るにはこれしかない。

 手加減は不要だ。


「コガネイ―――!!」


 竜面を着けた頭部の紋様が変形する。

 天を仰ぐ竜を想像した仮面の模様は鬼へと変貌を遂げる。これはジャーが仲間となった影響なのか、狂戦士の圧倒的な威圧感と破壊力を模した夜叉は地を叩き込んで儀式場の地面を割る。

 一本の刀身を顕に群れを成す悪魔に横殴りする大剣が放つ白夜は、世界を灰色に染めて飛散していく。

 荒い細かい粒状の空気を押し退けて現れるは、より強力な悪魔たち、それも悪魔将校の中将クラスは変態化した自らの肉体を武器に自分達を召喚した術者の望みを叶えるが為に決死の覚悟で刃を降り下ろす。ーーが、暴虐竜の無尽蔵な常軌を逸した力は「凪ぎ払う」という一撃で三十にも及ぶ悪魔将校を撃滅する。

 続々と沸いて出てくる悪魔たちを夜叉の威圧で重力を自在に操っては、立ち向かう愚かな雑兵をぺしゃんこに押し潰し突き進む。それはまさに鬼の所業であった。


 コガネイは、当初抱いていた甘い考えを捨てて目前までに迫りくる強敵へ最大級の報復を目論む。

 それは爵位悪魔の最上位に君臨するバケモノの中のバケモノたち"公爵級"と"悪魔王"を召喚するべく、忠実なる下僕デイドラを手前に立たせる。

 これで布陣は完璧だ。後は"暗黒騎士"たるデイドラが侵入者を殺したなら、そこで結界魔法は破れて二年前の災厄をもう一度撒き散らすだけだ―――という甘い思考を脳裏の隅っこで行っていたのだが現実は、思惑とは別の方向に進もうとしていた。


 ヒロキは【反魂術式】を最大限利用する戦術は無いものか。とずっと考えを凝らしてきた。

 メリットでもある「魂の入れ替わり」とジャーが話してくれた思い出話に付け加えて自分が体験した禁忌魔法【創造世界】発動時の記憶から「魂の脱け殻」という二つの事柄から閃いた。

 竜人武装という"器"を容器として扱い、俺自身がそこから居なくなっても稼動できる方法。

 ハガネは魔剣に定着しているから無理でも、魔導に特化したカルマを一体。狂戦士であったジャーの魂を竜人武装に込めた一体。魔法も剣も構築能力も使える俺とで計三体の竜人たちが引き起こすそれは、十秒と掛からずに場を一瞬で鎮圧化していた。

 デイドラの首をバッサリと飛ばされて黒い血飛沫が舞い踊り上げ、チェックメイトをコガネイに差しつけるが、嘲笑うようにコガネイの口から吹き出るのは言葉ではなく赤い血だった。


「・・・有り得ん、よもやデイドラ―――。

 貴様! 最初から・・・この計略に加担していたのか。裏で糸を引いていたのは、敬愛するレイニー様ではなく貴様だったのか・・・・・」


 デイドラ!?

 首を斬り落とした筈の暗黒騎士が・・・いや、それよりも。違うな、最初から分かっていたことじゃないか。災厄をもう一度撒き散らす、という計画を知っていたのは【頭脳操作】を打ち破っていたーー。


 俺たち三人が振り向いたそこには、首を失った暗黒騎士が無惨にもはてて横たわっている。と誰しもが予想していたのだが、立っている。飛んだ首を持って平然と立つソレは、暗黒騎士などではない。

 首なしの騎士デュラハンだ。

 黒い血飛沫は、同じく黒い騎士鎧に吸い込まれて負傷を負った肉体と鎧が自己修復をしていく。完全に修復したデュラハンは、自分の頭部を元へ戻して仕えていた主であったコガネイに引導を渡す。

 誰も察知できない刹那の転移でコガネイの頭部がモギリ取られたように残虐な仕打ちでデュラハンの右手に握られていた。


「魔王の眷族を舐めて貰ちゃあ困る。

 特にオレが慕うレイニー様が屑に知恵を授けるわけがないだろう。二年前の災厄も此れから引き起こす筈だった災厄もすべては計画の範疇だったが、黄金世代って奴等を少し甘く捉えていた。それが今回の失態の大きな原因と言える」


 死に絶えたコガネイの頭部を見据えていたデュラハンだが、自分の首を斬り落としたヒロキを見て凶悪な笑みを浮かべる。


「認めようじゃないか。

 黄金世代の中でも侵入者、オマエはかなり強い。オレが本気を出せば潰せるが、計画自体が破綻しているし全力を出した後に来るであろう今回の主役と一騎討ちは少々辛い。

 何れオマエも知ることだから言っておくが、Vヴイの血族は時機に動き出す。もうじき始まると、この国の王に伝えておけ。

 また、会うこともあろうて古き血族よ!」


 そう言い残してデュラハンは、モギリ取ったコガネイの頭部をボーリングの球を投げるように捨てて転移魔法で飛んでいった。

 本当なら感知系の魔法で無理にでも追跡を掛ける所なのだが、体が思うように動いてくれない。それどころか、動悸と息切れが激しく襲っては脈打つ心臓の鼓動が荒々しく逆流する。猛烈な激痛が込み上げてくる感覚を叫びで多少なりとも緩和しようともがくも意味を成さない。

 そこで思い出したのが、今では別の時間軸でジャーに言われた「死よりも残酷な激痛」という言葉が過る。


 "ここでかよ‥‥"


 激痛が情報の分子体となって頭に押し寄せてくる勝手なイメージが膨張し、有りもしない具象が現実状に浮かび上がっていく。軋む骨が内側で引き裂かれ、神経を逆撫でするよりも早く内蔵破裂する腹部の違和感が胃を痙攣させる。


 "ふっざけんなよ・・・、この程度で"


 過剰な痙攣が生んだ乱れが浸透するように感染して、麻酔なしに肌を捲られる痛みが心を抉っていく。

 実際には何も起きていないのだが、恐らくは時間が、【時間跳躍】した時間に到達したことによる別の時間軸で受けた"贄"にしたダメージがフィードバックしたのだろう。とカルマは冷静に分析する。

 無言になって伏せるジャーは、過剰なまでに引き出した三者三様の竜人武装を施した理由を漸く気付くのだった。―――痛みの分配を我々に痛感させない為であったかと。

 【反魂術式】による記憶共有能力は、体験した実例に基づいて共有されるが外界から覗く場合は別なのだ。内側に潜んでいれば、見ると同時に激痛を味わう羽目になるが外側で見るという体験だけでリンクされないのだ。

 そうまでして・・・、最小限の犠牲だけで。と思うジャーはカルマと共に意識が途絶える瞬間までヒロキを見守った。


 実に半刻あまりの時間、叫びで喉が裂けた部位を治癒魔法で回復させた次の瞬間眠るように落ち着いた。ヒロキを抱き寄せて消失した二つの竜人武装から抜け出た淡い輝きを見せる魂はスルリと体内に宿っていった。

 崩落する天井。

 押し寄せるコンクリートの残骸がヒロキ目掛けて降ってくるが、そのすべてが漆黒の閃光によって消滅する。全身漆黒の肢体をした集団は、落ちてくる瓦礫と建造物全体にかけて魔法を放って修復させる。

 集団の中から現れた黒を基調として紫色の波模様を刺繍させた衣を纏った少女は、横たわっているヒロキを見てクスッと嗤う。


「良かったね。

 筆頭のお気に入りでさ。もう、会わないだろうから言っておくね。―――さようなら、兄さん」


 膝を曲げて頬をツンと触れた少女は、立ち上がって魂の力【念話】で筆頭なる人物に連絡を取り出した。その間、手話に似るサインで隊員を動かして後始末をするように命令する。


「あ、繋がった。良かった――、筆頭。

 無事にターゲットは確保完了です。例の魔王の眷族には逃げられましたが、重要な情報を押さえました。どうやら・・・・・って聴いてます?」



◇シェンリル王国 上空◇


「ああ、悪い。

 風当たりがいい場所でね。報告は帰還後に聴くよ。ターゲットに関しては、冒険ギルドの薬師の部屋へ遣ってくれればいい」


 通信での会話を終えた黒い人物は、絶景と呼ばれる夜明けを眺めては思考に老けていた。

 絶対的な確信があって、上空に現れる爵位悪魔の中でもイカれた"公爵級"を相手取る予定が何も起こらない。

 絶対に的中するという黄金世代序列二位のカサネによる固有能力ユニークスキル【星天占い】が外れた。これは起こっては成らない現象であって実に不可解だと思わされた人物は、嘗ての弟子ターゲットを思い浮かべて哀しく顔を伏せる。


「目覚めたか、変革者パンドラの血が―――」


 言葉は強風に煽られて、上空で停滞していた黒い人物と共に消えるのだった。


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