【#067】 Awake Part.IV -竜を織り成す者-
度々、ごめんなさい。
次週で終わると宣言しておきながら、長々と続いてしましたがPart.Ⅴで第二章完結の目途が経ちましたのでご報告を終わります。マジ、すんませんでした<m(__)m>
暗い。
どこまでも暗い深淵の闇が広がっている。
視界を染めるのは黒ばかりで何もない虚空世界でヒロキは目を開けるのだが、そこには気配も感覚もない。あるのは自分の虚像、愚かしい自分の妄想が勝手に構築したもう一人の自分が立っている。
白と黒。自分で作った筈の虚像だが、無言のままに過ぎていく時間と共にどちらが本当の俺なのか分からない。‥ほどまで至ると黒い俺が言う。
「また、君は逃げてきたのかい?」
何も言い返せない自分が情けないがしょうがなかった。本当のことだからだ。心の内でずっと隠していたわけでもない。
クーアを助けるために自分が死んでもいい。なんて考えては犠牲という言葉に甘えて俺は逃げていた。現実世界でも逃げて…ここでもまた逃げている。
自分の性格は簡単には変えられない。
結局、俺の性分は逃げに徹することなんだから。助けたい気持ちが次第に自分の逃げ場に利用している。
最低なヤツだ。
姑息なヤツだ。
それが残念ながら俺の正体だ。
「そうだ。
俺は願望通りの、妄想通りの出来た人間じゃない。
生きる為? 違う。
俺は今も昔も変わっちゃあいない。死に場所を求めている。
カルマやハガネ、レインにクロム、カエデやクルスは俺に居場所をくれた。クーアは俺の拠り所であり支えだった。
でもな、結局俺は……俺には何も出来なかった。クーアを助けられなかったのは、俺の弱さだ。俺の甘さだ。俺の犠牲や覚悟なんて、その程度だったんだ」
惨めだ。
悲惨だ。涙を流しても漆黒に変わる世界で、孤独に囚われる。トラウマに囚われる。奇妙な錯覚が俺の思考を乱しては、色鮮やかだが逆にキミの悪い気持ちの悪い万華鏡が脳裏を揺らいでくる。
吐き気も嘔吐も変わらぬ、黒一色のまま。その最中で黒い俺は、白い自分の頬を思いっきり殴りかかってきた。
――バゴン! 殴打する打撃の効果音は聞こえても痛みもなければ、ダメージもない。
「カッコ悪いったら、ありゃしねぇな!」
唐突な口調の切り替わりと不良じみた唾吐きが空間と態度を汚す。黒い俺の目は、汚れていない。寧ろ、真剣な見透かした黄金の輝きは白い俺に怒りと嫉妬を浮かべているように見えた。
黒い俺は言い分を続ける。
「今まで散々、宿主として一応為りとも認めてはいたがもう限界だ。
お前は結局、将大大輝でしかないみたいだしな」
理解不能だった。
将大大輝とは、俺の本名だがなぜそれを知っている? そもそも宿主とは一体何のことを言っている? なんだ…なんだよ、この異様な違和感は?
どう言うことだ。
転生者とは、人間の魂魄と魂無き遺骸が必要。誰かが言っていた。『町で転生するのが普通』だと、なら俺が白金砂丘で転生する確率はかなり低い筈なのにーーどうして、あの女の子は俺を待っていた? 偶然など有り得ない。
確率を操作した? 違う。あの女の子は知っていたんだ。俺があの場所の、この身体に転生することを。もし、それが事実なら偶然の多くが全て計算上の出来事であるならば、マイトさんとの出会いもクルスが師匠になったことも……。
「教えてくれ。
俺は、俺の存在意義とはなんだ?」
長くなる。と言われたが俺には知る権利がある。そんな気がした。
「古の創成期の時代を治めた最古の英雄、彼を我々王者はこう呼んだ。―――"竜を織り成す者"とな。
遥か昔の話だ。
最弱種族の人間の少年が竜と親しい友人となって世界を謳歌する冒険譚だ。
創成期第一章、少年には小さな力があった。ほんの小さな力だ。自分よりも大きな相手にも怯まぬ勇敢な心意気。しかし、それは逆に愚者でもある。それでも彼は力の限り手前に拳を奮った。弱者なりの戦いに一人、また一人と彼に忠誠を誓い仲間となり臣下となり、彼のもとに集っていった。
彼は何時しか一国の王となり、最愛の娘と結婚し子を作った。仲間もまた出世して名を轟かす王者となり彼の子に忠誠を誓った。平穏な日々が続いた。全ての民に平等で食事を振る舞い、仕事を分配し娯楽も飢えることなく永遠に続くだろう平和は…ある日を境に唐突に終焉を迎えた。
創成期第二章、天空を支配する神聖な天使と死の世界を蹂躙する邪悪な悪魔が相反する大戦争ハルマゲドンによって崩壊の道を辿った。人間の民だけではない。獣人、白亜人、黒亜人、小人、魔人、幻人の多くの民が絶滅寸前までいった。
あられもない死骸の山々に人間族の王クロスは、全ての種族の王と同盟を結び嘗て仲間であった我々王者を従え、親愛なる竜王の血族たち七対の竜と三つ巴の争いに終止符を撃った。今で語られる天魔戦争の終結だ。
クロスは死んだ。最も愛した息子を悪魔の手から守って命を落とした。我々王者たちは誓いを守れなかった。故に七対の竜と契約を交わし生涯、忘れずに彼の血縁者の力となり、知恵を運び、身を清め、時には怒り、またあるときは慰めようと。
それが我だ。我は、ーーー"堕天の邪竜"全てを破壊する暴虐の竜と契約を交わした狂戦士ジャーだ」
俺は、何も言えなかった。
情報量が多過ぎるとか、物語が壮大だとか言うんじゃない。朧気ではあるが、創成期の邪竜がああだこうだ言っていたのはコガネイだったか、デイドラだったかもどうだっていい。問題は、どうして俺の中に創成期の大昔の存在がいるのかってことだ。
どう行き着く?
魂無き遺骸が古代人の末裔だったからか? いや、待てよ。そんなうまい話があるわけがない。そのクロスってヤツが古代人で俺の血縁者なんて都合良すぎる。
「続きを教えてくれないか?」
「ああ、良かろう。
その為に態々引き伸ばした時間なのだから、有効に使わんと損だ。というものよ」
さっきの話では、全てを破壊する暴虐の竜と契約を交わしたとは言っていたがどう言うことなのか。
時間を引き伸ばすなんて、それは創造することに等しい筈なのに…どうも気にかかるが今はジャーの話を聞くのが先決だろうと言葉に意識を向ける。
「創成期第三章、クロスが死んだ世界で我々七対の竜と王者たちは二度と天魔戦争が来ぬようにと九つの秘宝を世界各地の最果てへ設置して封印を施した。
クロスの子は次代の人間族の王位に着く筈が、旅に出られしまった。父親が嘗て垣間見た世界の全てを知りたいと仰った。我々はそれに従い、あの御方もまた王の器。禁忌魔法【不老長寿】により不老体を手にし、今でも魔王と名を変えて轟かしている」
はあああ!?
魔王って、あの暗黒騎士デイドラはその眷族だろ。なら悪人に成り下がったってことなのか? それにまた禁忌魔法か、不老体の話が本当なら≪万有の魔導師≫ルナさんが追い求める【賢者の石】はどうなるんだろ。
いや、それよりもだ。安易に禁忌魔法が使えるのだろうか。こうもあっさりと耳にしていては、そう思えて仕方ないのだが……。
「禁忌魔法は誰でも簡単に扱えるようなものではない。禁忌に触れる。とは災厄を引き摺り出すと同義であり、同時にデメリットも存在するからだ」
!? 一瞬、心を読まれたかと思ったが違うようだ。
デメリット。と言われれば、確かにそうだと言える。禁忌魔法【創造世界】は、危険と隣り合わせの死に最も近い蘇生方法の上、俺は、今だからこそ魔人とはなっているが正規の魔人ではない。言い換えれば死人と同じだ。
「禁忌魔法を行使できるのは、古代人の血族。それも賢人や賢者と呼ばれた者たちの血縁者だけだ。
お前の中で眠るカルマという魔導書も元を辿れば古代人の末裔に当たる。エルリオット=フェメルという名は知っている。大国アダマンナイトの筆頭魔導師だったからな。
話が少々ズレたな。
創成期最終章、魔王となったクロスの子は禁忌魔法【時間跳躍】によって時間を巻き戻し天魔戦争を制し父親を救い上げて自身さえも助けたものの、後の次代で新たな魔王がこの世に生まれた。さらに九つの秘宝が必要としなくなった性と【時間跳躍】で世界に大きな亀裂が生じた。亀裂は幼いクロスの子を呑み込んで拡大していった。
最古の英雄クロスはそれを元に戻す為に最期の冒険を歩んだ。最古の魔王クロス・ジュニアもまた世界を統一するべく最後の聖戦の火蓋を切り落とし…世界は一度完結されたのだ。
それが御伽噺【竜を織り成す者】。お前は、お前のその肉体は【時間跳躍】が生んだ亀裂によって呑み込まれて死したクロスの子よ」
つまりはタイムパラッドクスと言うヤツか。時間軸を遡って過去の出来事を改変した結果、因果律に矛盾をきたすって言うアレだろう。タイムリープとか、タイムマシンなんてSF小説の中だけの存在だと思っていたが、禁忌魔法でそんなことまで出来れば別だ。
しかし、どうも腑に落ちない。
時間の亀裂に呑み込まれたクロスの子が死して白金砂丘に転移したなら、それは偶然であって確率操作であの女の子が、あの場所にいたとは考えにくい。
「クロスの子が転移したのは、白金砂丘ではない。大国アダマンナイトが眠る今で言うシェンリル王国の教会にだ。それも一度、別の人間がその肉体に転生を果たしている。
名をユースケ。話を少々端折るが、その者は稀代の英雄であった。魔王の血族に挑み、ある少女の心を救い出し―――そして華々しくあの地で散ったのだ」
オイオイ、まさか…。
「そこに俺が転生したって言うのか?」
馬鹿げた話だ…
「それは違う。
お前が転生したのは、偶然でも必然でもなく、故意に転生させられたのだ。
いや、違うな。お前は少々勘違いをしている。お前は元々転生者ではなく新生者なのだ」
は? そんな腑抜けた言葉しか出て来なかった。
だってそうだろ。俺の記憶上では、現実世界のPCからこの世界に来たわけで……意味がわからないよ。
「ふ、ふざけるのも大概にしろ!
俺の記憶には、そんな記憶はないし…第一そんなのは記憶操作でもしなけりゃ…あ。
遣ったってのか、なんだよそりゃあ。
なら俺は、一体なんなんだよ!?」
「それは現段階では、教えられない。
自分の真価は既に答えた。どうしても知りたいなら、生きることだ。
時間は無限ではなく、有限だ。死域到達までの時間が差し迫っている。答えを聞こう。そのために作った時間なのだから。
生きたい。と願うならクーアを助けよう。死を望むなら我は何もしない」
なんだよ、そりゃあ。
そんなの一択しか無いじゃねぇーか。
どうしてだ。どうして、真価なんて教える?
もう正直さ、存在意義なんてどうでもいいんだよ。
俺は、
俺はさ、救いたい。ただ、それだけなんだ。
竜が俺の中にいるとか、
世界の命運がどうとか、
最古の英雄クロスの子が俺だとか、そんなもんは知ったこっちゃあねぇ~んだよ。
俺は俺だ。
将大大輝は、俺であって俺はヒロキだ。
△
▼
◇シェンリル王国 上空◇
シェンリル王国は、アルカディア大陸の西に位置した現実世界で言うモロッコと西サハラの間にある。
真っ直ぐ東と南に進めば真っ白なキャンバスに見える白金砂丘。西を見渡せば、青い大海が地平線の彼方まで続いている。北東にはワイン名産の国々や美しい建築が目を映やすだろう。
シェンリル王国の最上部から見渡すのが夜中であれば、満点の星空と数十万の流星が降り注ぐ偉大な大自然の力を身をもって知ることになる。――しかし、今は夜更け。凛とした太陽の光なる雫が閃光を散らして白金砂丘の地平線を照らそうとしていた。
その最中、上空には一体の悪魔が壮大な空気を味わっていた。
「暗黒騎士めが、とんだ邪魔をしてくれる。―――が、絶景を見せてくれたのだ。礼をせねば成らんだろう。その前に気配を消していたと言うのに、私を発見した貴様を葬るとしようぞ」
上空の気温はゼロを下回り、西へ広がる大海が運んできた潮風が突風となって襲う。パタパタと悪魔公の漆黒のローブがはためくのに対して、上空で制止した黒い人間は揺らがない。
悪魔公は、ただならぬ感覚を察知して距離を取ろうと空気を蹴って足下に小さな魔方陣を作り制止する。感覚が鈍った訳ではない。第一、地獄の世界で百戦錬磨のさらに上を行く悪鬼羅刹のこの私が危険察知するなど有り得……、
!? これは―――。
まさに刹那の出来事だった。悪魔公の認識速度を遥かに越えた超スピードでの斬首は、肉体的ステータスによって皮一枚繋がるものの打撃力がそのまま貫通してダメージを与える。
上空で摩擦熱を引き起こしてダメージを分散させる。卓越した戦闘能力はスキルのキレで一目瞭然だった。何時もなら遊戯程度の玩具扱いだが、敵だと認識した悪魔公は上半身に纏っていた破れかけのローブを脱ぎさって臨戦態勢に移行する。
悪魔が生み出す特有のエネルギーである瘴気と魔力を圧縮した暗黒物質を球体状に形成。詠唱なくして漆黒の流星は蒼穹を穢すように奔った。――かの様に見えたのも束の間、別の漆黒の閃光がそれを相殺する。
悪魔公は瞳孔を開いて、ただただ…有り得ない。と呟いた。戦略級攻撃魔法は、一軍を滅ぼすレベルのそれだったのだ。それを意図も簡単に相殺されるなど有り得ないと思考を広げる間もなく、先手を打たれた。
気付いた瞬間には、右腕が完全に滅却されて三手目の漆黒の閃光が頭部に炸裂した。
痛い。…痛いなんてものではない。
悪魔の肉体的ステータスと爵位悪魔"公爵"としての圧倒的資質で引き上げられた防御力と生命力があって、これだけのダメージを負う? 有り得ない。と憤慨する悪魔公は焼き切れた腕を回復させスキル【脱皮】で完全回復させる。
次の瞬間、空に浮かぶ黒の十字架が黒い人間に襲いかかる。飛び交う十字架を連続して回避する空いた時間の中で悪魔公は、自身の誇る最強魔法。暗黒魔法【漆黒歌劇団】を全方位に展開する。
「終わりだ。
暗黒魔法【漆黒歌劇団】!」
空間を覆い尽くす数千の黒い魔方陣から射出されるのは、暗黒物質を弾丸状に形成した集中攻撃陣形は黒い人間を捉え圧殺する。逃げ場のない空中でなら尚更、回避不可能に等しい。
回避出来るものなら…と思った矢先のことだった。
―――"若いな、まだ青いよ"―――
大型の魔法発動による影響でスタン状態にある身体が微動した瞬間に初めて囁いた。しかし、それは悪魔公が最期に聞く言葉となった。漆黒の閃光が蒼穹の搾り取られて欠き消された朝日が黒い人間の顔を照らす。
「馬鹿弟子が、さっさと勝負を着けてこい」
―――覚醒の日。
そう呼ばれることになる朝の陽射しは、一体の悪魔公の消失と共に新しい伝説の産声を上げる。
それは叫びであった。




