【#065】 Awake Part.Ⅱ -魔王の血族-
改稿完了しました。
前半パートの改稿と後半パートの加筆が無事に終わりまして、第二章は残すところ一話です。今日中《6/5》に三分の一程度書き上げて、来週には第二章完結になれるように精進いたします。
また私情を挟みますが、再来週の投稿はライブ参加の為に見送らせて貰います。
最後まで読んで戴ければ幸いです。
♢シェンリル王国 上層♢
シェンリル王国の中層よりも上の階層へ入ることが許されるのは、Cランク冒険者以上の特権階級の貴族たち。大臣という国の重鎮たちに加えて、国王守護部隊やギルド『レオンナイツ』『流星騎士団』の幹部クラスに値する者しか立ち入れない。国民の視点で見れば、まさに国の聖地なのだ。
そんな聖地と思われている一方で想像と現実は大きく違ってくる。
領地として栄えた嘗ての貿易都市から国への転換は、多くの物事を変えていった。国王マイト=ゴルディーが中心に立って進めている『通貨換金政策』もその内の一つだが、大臣の扱いが大きく変貌を遂げている。
まずは貴族についてだ。
この世界の貴族は、資産・収入を莫大に保有する成金貴族。もしくは代々優秀な学歴を持ったエリート貴族。または歴史上に残る大きな戦争や事変などで活躍した英雄の部類に入る名誉貴族の三つに分けられる。
例をあげるなら、ギルド商会会長のベル=ホワイトは成金貴族。最下層Aブロック統治者アルファガレスト卿は、エリート貴族。領主の座を渡したセラフ=アンドリューは、名誉貴族になる。
貴族達が中層よりも上の階層に出向くことは、ほとんどない。と言うのも貴族達には自分の財力で立ち上げたマイホームがある。仕事についても同じこと。財力と地位さえあれば、好き勝手できるのだ。
ところがだ。
大臣という国の官僚達にあるのは、地位だけであって財力などはない。二年前までは確かに莫大な財力を持った大臣達がいたのだが、新領主の戴冠と同時にすべての大臣を切ったのである。
それは何故か? 当然、この疑問が湧くことだろう。
貿易都市シェンリルであった時代で、歴史上に残る大きな傷跡となった。あの天災から彼等は逃げたのだ。市民の命よりも自分達を優勢した。一括り終えてオメオメと戻った彼等に市民の怒りがぶつけられたのは言うまでもない。
勿論だが全員がではない。それでも残った者は、市民を庇い命を燃やした善人もいれば、ブルブルと臆病に囚われた者もいる。
マイト=ゴルディーが町の頂点に戴冠した時点で、当時現職であった大臣を切り捨て市民の中から各分野のエキスパートを選んだ。エリート貴族から選出すると言う手もあったのだが、貴族等には底辺で足掻いた気持ちなんてものはない。
一般知識の許容範囲で知る貴族と一からではなく、ゼロから知る農民や商人ほど心強いものはない。と言うマイトの思想から汲み取った結果がこれである。
最下層は奴隷の町。禍福層は仕事の町。中層は憩いの町。上層は国の聖地。最上層は王の住まう都などと呼ばれてはいるものの、中層よりも上の階層をよく知らない国民の戯言に過ぎない。
二年前までは、ここに大臣等の立派な屋敷があったのだが広がるのは平屋だ。現代の伝統的な日本建築の平屋建てである。選出された彼等には、貯えなんてものは限られているし国の金は一切与えられない。つまり月毎の給与しか認められない彼等に待っているのは仕事だ。
独り身の大臣でも家庭を持つ大臣にとっても、この国出身と言うだけで身を粉にして働く。この国で生まれて転生して育った彼等は、貴族等以上に知っているのだ。このままでは国が崩壊すると。天災の先で垣間見た悲惨な有様を未来を生きる自分たちの子供に引き継がせたくないという気持ちが領地を愛する国民によって築かれていた。
「お父様、…こんなに早く仕事ですか?」
一軒の平屋から出た壮年の男に、まだ寝むそうに目を擦る少女が問う。
少女の肩にはコートが半分だけ掛けれているのを見るや慌てて、男は風邪を引かないように羽織らせて抱き寄せる。疑問符を乗せて少女は再び『お父様?』と問う。
「心配は不要だよ。フヨはお家で待っていなさい。
お父さんは、これから王様と大事な会議があるからね。大丈夫…、お母さんが見守ってくれる。おご飯は昼まで用意しているから時間になったら食べなさい。いいね?」
コクン。と頷くフヨを見て、うんうんと頷き長い黒髪の上から撫でる。
腰を上げた男は、真剣で少々怖い顔を自分の娘には見せずに作り笑いを浮かばせて『行ってきます!』そう言って自宅を後にする。
男が向かうのは、最上層の王宮都である。
♢シェンリル王国 最上層 王宮都♢
二年前までは西洋の城がポツリと建ち見てくれとしても寂しいものだったが、マイト=ゴルディーの卓越した魔法力と噂以上に出鱈目なセンスが生んだ傑物は、この階層のすべてを一新させて都を作り上げたのだった。
中層に出回っている商品の多くは、生産職の人間が作った手製の物がほとんどを占めているのに対して王宮都では、ダンジョンで入手した天然素材や武器が陳列する。その性も相まって中層の倍額の金が動き、近隣諸国の貴族やCランク以上の冒険者がここに集まってくる。
現在のシェンリル王国は、この階層の経済力をフル活用して黒字化していると言っても過言ではない。イベントの開催は確かに大きな収益と新しい顧客を呼ぶにはもってこいだが、それ以上に嵩むのは支出額になる訳だ。それらすべてをカバーしているのは国ではない。国の生産職。その中でも指折りのトッププレイヤーが資金を出し合い、収益のすべてを国に還元する。
それでは稼ぎが出ないのでは? と思われがちだが、それを巧くコントロールして円滑に事を成すギルド商会の力によって国も生産職も安泰なのだ。
例えば十人のトッププレイヤーが金を出し合った場合、一人の支出は大した額にはならない。イベントに出店するだけで元手は稼げる上に宣伝効果もある。近々開催される剣舞祭の観戦料金を貰わなくとも問題はないのだ。
大臣である男もまた国民の一片であって観戦料金を支払う義務があるが、これに関しては免除される。名目上はイベントとされているが、国総出で取り組む行事扱いになるからだ。その為に出席が強制されるし、各国の大臣や貴族等などと大きなパイプを築く仕事が任ぜられている。
壮年の男ハルワードは思う。
剣舞祭の日程調整は、既に報告済みだ。この早朝の労働時間外に働くことを許さない国王様が緊急招集とは、よっぽどのことだろう。
最上層の議会室と呼ばれるドーム状の建造物に足を運んで、人の手では決して開けられない重い扉の前で自分の名を言う。
「ハルワード=ダグリュー、緊急招集により参った所存である」
扉に記された黒字の魔法陣は光り出し、ハルワードは消える。
パスに必要なキーコードは、招集状に記されており部外者を遠ざけるようにという為に大臣の一人が提案した案が起用されている。いくら最上層まで登るのに門兵を立たせて、国王守護部隊が見回っているとはいえ、セキュリティーに甘さを持たせれば簡単に情報は漏洩してしまう。
ハルワードが次に目を開けると、既に国王以外が待機していた。
日本の行政機関と言えば一府十三省庁。だがこの国には、ギルド商会という経済面の仲介役が存在する。その性もあって会長のベル=ホワイトが毎度出席している彼が経済水産省の大臣に近しい人物だと思えばいいだろう。財務省の役割を果たすのは銀行屋のトウマが着任している。
選出された大臣は全員で五名である。
役割りは、厚生労働省の大臣に現職の教員。国土交通省の大臣に串焼き屋。環境省の大臣に鍛冶師。外務省の大臣に旅館の女将。そして農林水産省の大臣に引退した漁師と言うのがハルワードだった。それ以外のすべてはギルドマスターが兼任しているのが現状だ。
自分の席に着いたハルワードは、久しぶりに見た鍛冶師の爺さんに挨拶を交わす。最後に観たのはまだ大臣と言う地位についていなかった頃だから、ついつい懐かしく思ってしまう。
「お久しぶりですね、カイエンさん」
「ムッ、おおう。漁師のハルボンかいな、久しいの…」
他愛無い世間話で盛り上がる中で国の顧問の席に着くゴウが咳払いをする。
一瞥で睨みを利かしたゴウによって静寂に包まれる。国王不在の中で立ち上がる者も喋る者もいない中でカイエンが話しを切り出す。
「のう、ゴウよ。いくら待っても王は来んのだろう。
緊急招集と言ったか、所詮はワシらを缶詰にするのが目的じゃろう。そろそろ話したらどうじゃ? 隠蔽は好かんぞい!」
カイエンの言葉に反応する大臣たち。どうやら知っている風な顔をするギルドマスターに緊張が奔る。
嘗ての災厄で失った妻の顔を思い出してしまうハルワード。
暫くの静寂は他の大臣にも汗を募らせる。その最中で耳を疑う言葉がゴウの口から放たれたのだ。
「国王守護部隊『狩猟』から報告が上がっている」
国王守護部隊は、三つの組織で構成される国の最高防衛ラインとされている。
『聖騎士』は、国の盾とされ最上層の巡回から国王の護衛を行い構成される隊員は全員が聖騎士である。
『魔導』は、国の矛とされ魔法工学による開発や軍事に特化し構成される隊員は全員が魔導士である。
そして問題の『狩猟』だが、彼等は国の耳である。諜報部隊として知られる彼等は、二年前の災厄を忘れず胸に刻み二度と起こすまいと闇を掻き分けて暗躍する。彼等は耳だけではない。職務上、危険に晒される隊員は暗殺を得意として隠れた牙を持つ。そんな彼等、暗殺者の報告は、国の崩壊をも招く危険信号を現す。
皆の反応などを窺う様子もなく淡々と話しを続ける。
「二年前の災厄から異常までに各国の奴隷商人が動き出したのを皮切りに、人造人間が多々目撃された。―――現状。遠国ではあるが北の帝国ボドリスクと反政府組織の紛争にギルド『六王獅軍』が介入しても止まってはいない。他国でも同様の紛争が勃発している中で動き出した勢力がある。
長年――、マイト殿の所属するギルド『観測者の宴』が監視していたが表だって動かなかったが今になって動き出した。魔王の血族とその眷属が―――な」
大臣たちは絶句した。
その言葉は文字通り災厄以上の何物でもないからだ。
魔王。
その名は魔法大戦で目覚めた災厄と死を撒き散らす王の名だ。英雄王アカツキとの戦いに敗れたという話だが、あの魔王に血族。血の繋がった者がいると言うのは初耳だった。しかし、ゴウは違うと言って言葉を続ける。
「動き出した魔王はレイニーの血族ではない。
ヴィネア=”V”=クリストファーだ。
Vの名を冠する原初の吸血鬼。十四の血族だが、問題なのは魔王レイニー=”ルシフェル”=サタンの眷属が最下層で暴れている。それについては解決策として我が国の最高戦力を投入している。怯える必要はない」
答えになっておらんぞ。と思うのはカイエンだった。
(缶詰にしたのは、外部の情報を断つためであろう。
魔王の血族。魔王の眷属たち。人造人間。奴隷商人。二年前の災厄もすべて繋がっている。それを何時まで隠蔽するつもりだ。
マイトよ、ヒロキは何れ知ることになる。自分の存在意義をな―――)
△
▼
♢シェンリル王国 最下層 奴隷市場♢
崩壊した街並みに残されたのは、国王守護部隊『聖騎士』所属の隊員とギルド『流星騎士団』の団員が下級悪魔を葬っていく姿だった。下級悪魔程度なら経験を積んだ冒険者なら討伐は可能である。しかし現状はそれを許してはくれない。
国王の意思の下に各階層を行き来することは許されず、対処のすべてが三つの組織に一任されているからだ。
制圧状況は七割五分といったところにあった。
長時間に亘って継続戦闘をしているのは、ギルド『流星騎士団』第六師団団長フェイと少女型の上級悪魔による魔法戦戟。国王守護部隊『聖騎士』筆頭カナタと少年型の悪魔将校”中将”による剣舞戦戟が見える範囲で繰り広げられていた。
団員や隊員は、これに手出しできない。加勢は可能だろうが、下手に介入すれば邪魔にしかならないと言う個人の判断で戦いを見守っていた。
フェイは、スキル【物理限界突破】の痛みを知る一人である。
人間[ヒューマン]が【物理限界突破】を酷使続けると疲労困憊によって、魂魄がズタボロになる。スキルの連続発動は危険とされているがエネルギーの消費率の高い俗に言う燃費の悪さが、肉体に激痛を齎しては精神を削って体力を消耗する。女性の身ならば尚更である。
物理の限界を越える時点で人間業ではないのだ。ゼロから百以上へと力の配分を著しく取扱い、回避力と命中率といった戦闘能力を格段までに引き上げる。そんな力が何の代償もなく行使できるわけがない。
だからこそ、フェイはカナタのことを尊敬していた。
黄金世代の面子でこのスキルを習得しているのは、知る限り十人にも満たない。それはスキル習得条件が一〇〇%これだ! と言うのがないから。それでも習得者は生半可な人生経験を積んではいないことが分かる。ただの努力では手に入らない。それが生まれ持った才能ある強者と平凡な私の違いだと思った時、総帥が教えてくれたのは諦めたらそこで終わり・投げ出したら終わりという敗北だと言う。
フェイは毎日鍛錬を欠かさなかった。
総帥の言葉と自身の気持ちを信じたいんじゃない。
”夢を叶える”
その執念が魂と命を燃やして、漸く手にした。
これは誇りだ。
フェイは覚悟の表情を顕わにして立ち上がる。
「悪魔風情に本気を出すのは癪に障るけど…認めるわ。
アナタは強い。だから全力をもってアナタを速やかに排除します。
炎尾狐、アレをやります。 ”再炎せよ、【精霊武装『久焔』】!!”」
火の精霊である小柄な狐。ルビーと呼ばれる炎尾狐は、炎を吐きだしてフェイの肩にピョンと飛び乗って妖艶なマフラーに早変わりする。やがて吐き出された炎は、意識ある生命体のようにフェイを守るように衣となる。それは一見してヒロキの【竜人武装】に似るが全くの別物である。
精霊武装とは、精霊が内に秘めた霊力を使役するフェイが防御服として展開している。竜人武装は、ヒロキの内側にある竜の力と魂の力を練り込んで形にしたもので当然、竜人武装の方が戦闘に特化している。
一方で精霊武装『久焔』は、ルビーの精霊力すべてを武装に組み込んだことにより、防御だけでなく攻撃にまで転換と応用が可能となった形態である。
この状態になったフェイを止められる者は第六師団にはいない。というのもフェイ自身でさえ制御が完全ではないからだ。
「ハアアアア!!」
高周波数まで引き上げられた声を始まりに炎の衣に身を包んだフェイは、【物理限界突破】発動と同時に連続した爆裂が周囲を呑みこむ。
人間の目が捉えることの出来ない圧倒的な速度と火力で焼き連なる轟撃は、空に火花を生む。その度に少女型の上級悪魔が一方的に音速レベルの連続魔法攻撃を浴びているのだが団員には見えない。
炸裂する上級魔法の数々に耐えられなくなった上級悪魔がここで初めて声を吐きだす。ただし、それは声であって言葉ではない。憎しみの籠った悪意が奇声となる。
「ギャアアアアアアアアァァァァァァァ!!」
グニャリ。不気味な音と気色の悪いほどに変形する肉体が弾けると血雨が降り注いだ。赤黒い血がフェイに注がれることはない。接触するよりも早くに蒸発してしまったからだ。瞬炎による劫火滅却によって降り注いだ悪魔の血を払拭したフェイは、限界時間ギリギリ勝利を確信した矢先のことだった。
誰もがホッとしたのも束の間。
下級悪魔と侮っていた雑魚の遺体が複数体起き上がってきたのだ。何が起きたのか? 頭の回転が追いつかない中でそれは巻き起こる。鋭利な刃物で切断されたような切り口が物語るのは、質のいい武器を使っている証拠では決してない。どんなに腕利きの戦士でも下級悪魔とはいえ、複数体を連続して切り刻むのには相当な技術が必要になる。
微塵斬にされただけではない。切り口から仄暗い粒子が空を舞って弾けるようにして、次々と灰燼に帰しているのだ。
一体、誰がこれをやって除けたのか。
下級悪魔複数体を瞬殺した彼女をフェイは知っていた。
赤い髪と赤い眼が特徴的な少女。
帰って来てくれたのだ。二年前の災厄の黒幕を葬り、あの私以上に華奢な体の何処にそんな力が秘められているのか。この国の最高戦力にして、黄金世代序列一位『紅蓮の閃光』が笑っていた。
「久しぶりね、フェイ!」
彼女が最高戦力と呼ばれる意味は、とても悲しい過去と血がそれを証明する。
ギルド『流星騎士団』の役割は、金銭面のトラブルや商人と交渉する窓口を担っているが新しく新設された第六師団は過去に発生した事件を担当している。それ故に団長のフェイはギルド『レオンナイツ』からアーカイブを貰っては解決している。アーカイブのすべてが対象になるだけあって、遣り甲斐はあるのだが未だに解決できたのは三十件未満――。
その中でも国家機密に値する大事件に分類されるものは、団長クラスでしか調査できないことが任ぜられている。二年前の災厄を整理していた時に耳に入った教会で起きた真っ赤な血で染まった惨劇事件で彼女アリアは生まれたという。
”生まれた”―――とは、転生したと言う意味ではない。
死に戻ったのであるらしい。
私自身も最近知ったことなのだが、魔王の血族にはそれぞれ化物のように恐ろしいスキルではなく血統が継げられるという。
人間として生を受けながら、一度目の死で覚醒する吸血鬼の王ヴィネア=”V”=クリストファーの残酷無比な血の力【死の呪い】で縛られたアリアに死ぬことは許されない。彼女の噂話はまるで御伽噺のように吟遊詩人が歌い上げる。
咎落ちが引き起こし滅びたミクシリアと言う国の物語。伝説級モンスターの討伐により世代別序列一位を早々と獲得した都市伝説。Sランクダンジョン【奈落洞窟】のソロ攻略。そして二年前の災厄を引き起こした黒幕を倒してからというもの彼女は私達の前から姿を消していた。
何があったのか? それはもう聞けない。
最近の噂ではソロで有名な彼女がギルドに加入した。と風の噂で聞いたことがある程度。
周囲がザワツク中でアリアは、余裕ある表情で友人を信頼における知人の団員に任せて飛び去る。敵の本陣に一刻も早く向かって、原因の魔王の眷属を屠りたいところだが彼方には別の人物が交戦しているようであった為にピンチなカナタの方へ足を運ぶ。
途中で出くわした下級悪魔を地に叩き付けて頭部を粉砕。悪魔たちは不死ではない。下級悪魔なら尚更だ。上級悪魔以上までの格となれば体つきが成長段階から仕上がりまでに至り、生命力が桁違いになるが下級悪魔は未発達な赤子と変わりない。
腕を捥がれた下級悪魔は考える。
有り得ん! まだ、後ろには数百の悪魔が待っているというのに、この娘には感情がないのかと。感情を荒げないアリアを見て下級悪魔は恐慌状態に陥る。
下級悪魔の思考など無駄だった。
アリアはただ歩くだけで、一歩を地面に着けるだけで襲い狂う悪魔を躊躇いなくゴミを踏み潰すように切り捨てる。歩いた後の道に死体は一体もない。あるのは灰燼となった悪魔の遺灰だけ。戦闘の術をすべて己の拳に集めた氣だけで両断しては、舞う灰が宙に消えて行く。
逃げ出す下級悪魔に向けられるのは、魂の力【念糸】の先に括られた極薄のセラミック製の槍が背から心臓を突き破り死に至らしめる。それも十体同時にである。アリアの持つ魂の力【念糸】は、指の数までの糸を自由自在に操ることが出来る為に自己のセンスだけで空を飛ぶことも、肉を断つことも可能とする。
故に目の前で下級悪魔とも人間とも分からずにむしゃぶりつく巨人型悪魔だろうが、全てを切り裂く。先端に何も付いていない【念糸】を突き刺して氣の集束弾を肉体の内側で破裂させては剥き出しになった弱い肉体をなぞるように自在槍の極薄刃が巨人型悪魔を残虐にその容姿をミンチに変えていく。
宙を舞う血と成れの果ての遺灰だけである光景に多くの団員たちが嘔吐を催す。
第六師団の団員の八割が女性ということも勿論あるのだが、若手の開拓世代の人員がほとんどである為に騎士団としては情けない光景を見てフェイを託された副団長のケンジは、俺には荷が重すぎますよユウセイさん。とボヤくのであった。
アリアは滑空する。
翼が生えている訳でも獣人である訳でもない彼女は自在槍の極薄刃と【念糸】を有効活用して空を飛んでいるのだ。上空から灼人と化したカナタが作り出した【陽炎分身】の耐久限界を越えたようで数体が爆炎を生んでは次々と倒れていっていた。
溜め息を小さく溢してアリアは、少年風の悪魔将校を蹴りで吹き飛ばす。チラリと満身創痍のカナタを見て手を貸すことにした。
「立てる?」
「‥‥問題ない。
それよりも、どうして吸血鬼退治の専門家がここにいる?」
「国王から『最高戦力』として緊急要請があったんだけど、私にとってはどうでもいいのよ。国の窮地なんて、知ったこっちゃないしね。二年前の災厄まではセラフ様のことがあったからだけど、今の国王は生理的に無理だから。
‥‥そんな答えになっていない。っていう顔、止めてくれる。私がここに来たのは、いま所属しているギルドの要請と興味本位よ」
手を借りて立ち上がったカナタは、聖剣【紅蓮朧】の切っ先を地面に突き立て梃の原理を用いてふらつく足を強制的に歩かせるが横目でイライラ感を募らせるアリアには目障りで仕方なかったのか謎の液体をぶっかけるのだった。
ジュウウウウウの肉を焼くような痛みとグロテスクな音がカナタを苦しませるのも一瞬だった。腹部に突き立てられたナイフによる外傷だけではない。気付いた時には骨折や内臓破裂と言った目には見えないバッドステータスまでキレイサッパリ解消されていたのだ。
「感謝はいいわ。
そこでジッとしておくことだけ、守ってくれればそれで充分お礼になるから」
ザッ。と地面を擦らせる小悪魔な顔を見せる少年型悪魔は、カナタに恐怖を植えつけるように残虐でありながら無垢な表情で言い放つ。
「な~んだ。次はお姉さんが僕の遊び相手になってくれるのかな?
そこのお兄さんは脆くてさ。ガンプラを壊してるみたいで面白くないんだ。やっぱり解体にはもう少し硬くて壊れにくい頑丈な物がいい、―――――よね」
速攻。
瞬きしていれば反応できない音速レベルの迫りからの一撃ボディーブローが炸裂したかに見えたのだが、吹き飛んだのはアリアではなく攻撃してきたアブルだった。顔面がブサイクに変わり果てたのを目にしてカナタの苦笑は怒りを買うには充分だったのだろう。脈打つ額に募った血管を顕わにしてアブルは、憤怒を声に変えて轟かせる。
「―――ッザケンナヨ!!」
ぐるん――。とまるでホラー映画のワンシーンに出てきそうな目の動きはバケモノであろうかと思わせるには充分過ぎるものだった。
急激な冷ましで冷静さを取り戻したアブルは肉体変異を始める。
カナタは瞬時にマズいと思い、結界を作り出して防御に徹する。少年から熟して一回り進化を遂げる青年型悪魔に変異したアブルは、怒り任せに地面に足を突き立て大爆発と燃焼と衝撃波を生んで周囲を一瞬にして塵へ。結界によって守られたカナタであったが、アリアにはその余裕がなかったであろうと爆発で生じた白煙の中に身を落とすアブルが見たのは信じられない光景だった。
灼熱の炎に身を焼かれれば焼身遺体となって転がっているか、動けなくなった人形にように弱弱しく蹲っているだろうという予測は、全く違う。予想を上回る異形の光景によって怒り以前に呆気にとられた。
アリアはそもそも人間ではないのだ。
産まれた当初は新生者としてこの世界に生を受けたのは確かなことではあるが、一度死しての死に戻りは人間では決して有り得ない。すべてのプレイヤーがそうであるように一度肉体と魂魄が消滅した者は例外なく、この世を去るとされている。
魔王の血族たる者も同じことである。死ねば二度とこの世を歩くことは不可能な筈だが、吸血鬼の王ヴィネア=”V”=クリストファーによる【死の呪い】は永遠に訪れない死を意味し焼け爛れた皮膚や内臓を元のクリーンな状態までを瞬時に回復させる。それは致命傷を避けて受けたダメージでも同じことであり、これこそが『最高戦力』と呼ばれる所以でもある。
開眼したアリアは呆けたアブルを見逃さずに首を切り落とす。
アリアによって絶たれた命は戻ることはない。それが例え、魔王の眷属が生み出した強靭な生命力を持ってしても蘇ることはないのだ。
吸血鬼の王から受けた血統能力ではなく、アリア自身が生み出してしまった【灰燼化】によってアリアの血液に触れた人間であろうがモンスターであろうが関係なく全てを灰燼に帰する恐ろしい能力によって誰も彼女に近づくことはない。
――とは言えだ。普段は構築能力【硬化】と吸血鬼の常識の概念を打ち砕く身体強化術式で皮膚そのものが鎧のような物になっている。故にそう易々と肌が傷付けられて血を流すことはないに等しいが、恐怖は人間のシビアな部分に寄生する習性があるのだろう。簡単には信じられないのだろうし、なんせ魔王の血族と言うだけで危険信号が点灯してしまうことは確実だ。
それでも、と。カナタは彼女に清潔なマントを被らせるのだった。
これが【死の呪い】の唯一の欠点と言っていいだろう。肉体は修復できても爆発によって吹き飛び、爆炎によって燃やされた衣服は修復されない。生身の二十代の女性の肢体は同世代の思春期にはキツイものがある。という優しさだったのだが、顔面に優しくない拳が炸裂する。
「うおおい、俺の優しさを無下に扱うなよな!」
「下心があったら今頃、一物が灰燼に帰ってる頃なんだけど」
ぐぬぬぬ。と押し黙るカナタを差し置いてアリアは最終目標地点に足を向けるが、爆発的にインフレーションする魔力の渦はBブロックを中心に黒い瘴気を吐いては作物と建造物を呑みこみ始める。暴走した魔力によって引き起こされた事象かと思うカナタであったが急ぎ足で向かうアリアに着いて行くことにした。
△
▼
ヒロキは吠える。
暗室に響く声は反射して遠くで儀式の準備をするコガネイの耳に入る。
「止めろぉぉぉ!!」
「言っただろう。
もう時間がないのだ。その喚きは祝砲として受け取るぞ小僧よ!
ダークナイト、その小僧の首を持って祝賀杯と洒落こもうぞ。悪魔将校では話にならん。つい先程もアブルを仕留めた者もおるようだしのぉ。爵位悪魔どもを召喚し二年前の災厄の再現というのも面白いやも知れんぞ」
コガネイの言葉に目の前の暗黒騎士を模した漆黒の騎士は、魔剣【アガル・フリード】を地面に突き立てて黒い瘴気を生み出しては黒光りする魔法陣を展開した。魔法陣の中から瘴気を掻き分けるように現れた悪魔たちはどれもが人間に近しい存在感を醸し出していた。先程の悪魔将校とは明らかに纏うものが異質であると感じるヒロキを一瞥。
――ドン。という音の後ではなく、耳に聞こえる直前で音よりも早く喉の軌道が遮られ圧迫と同時に壁まで弾きだされもがくヒロキに手刀が振り下ろされる。
グチ、ドッパァ。と鈍い音が振り下ろした悪魔の耳に入り何らかの危機感を覚えて戦線を離脱する。自分の身に何が起きたのかと腕を見やると、引き千切られた真っ黒な肉片と骨が突き出ていた。
「時間がないのはお互い様だ。
カルマ、枷を二つまで解除。ハガネ、出番だ。
加減は必要ない。全力を持って儀式を止めるぞ!
―――――”竜人武装”――と出でよ、魔剣【ダークリパライザー】ァァァ!!」
爵位悪魔四体と暗黒騎士デイドラの前に顕現した竜面の鎧武者は、歪な純黒の刀身をした何処となく禍々しさを感じる一本の太刀を目にしてギョッとする。しかし、その油断が生んだ隙を逃がすヒロキではない。一太刀、一振りの圧倒的な衝撃を持って一体の爵位悪魔が消した飛んだのを皮切りに血戦の火蓋がいま切られた。




