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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅲ 《奴隷市場での覚醒譚》
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【#062】 Training -剣と拳と剣-

 お待たせしました。

 大好きなアーティストのライブ参加が漸く叶い、同じ趣味を持った仲間たち・ファンとそれを全力で楽しむ。充実したGWでした。皆さんはどうお過ごしなりましたでしょうか?

 さて今回のお話は、第二章クライマックスの序曲を描いた一話になります。

 振り絞って「覚醒譚」数話を描く予定です。

 楽しんで読んで戴ければ幸いです。



 翌朝の早朝。

 一昨日といい。昨日といい。宴会続きで、すっかり鈍ってしまった体を解すために寺へ足を運んでいた。勿論だが軽くジョギングしてだ。

 カロリーやアルコールは、ほとんどカルマが形成した回路を使ってハガネが喰らっているので余計な脂肪分は付いてはいない。それでも毎日のトレーニングはしっかりしておきたいものだ。

 そこで女将さんに訊いたところによると、修練にはピッタリな場所があると言うので案内してもらっている。女将のキヨさんも毎朝通っているので、ペースに合わせてジョギングをしているが、


「結構やりますね。女将さん!」


「フフフ、昔は冒険者やっとたんけ。若いもんにはまだ敗けへんよ」


 因みに女将さんの年齢は三十代半ば。朝だけで此処まで体力があると、此方も敗けまいと張り切ってしまうものだ。

 リミッターを三重に掛けているとはいえ、魔人のステータスは常人の域ではない筈なのにこれである。カルマに【魔導解析】をして貰うと『結構なお手前だ』と言うのだ。相当高いのだろう。


 張り合いを競ったせいもあって、両者とも息を切らしてお寺の門を潜る。女将さんとは、一旦別れて俺は散歩しながら目を配る。女将さんは禍福層で働く女性従業員とヨガを楽しんでいた。

 他はどうだ。とキョロキョロしていると白い胴着に黒の袴を着用した同年代の少年とぶつかった。ーーのだが、ぶつかったことに気付かなかったようで素通りしていってしまった。


 そこにカルマから提案が挙がった。周囲を気にするよりは、自分のことだけを考えたらどうだ。と散漫になっていた心の内を一気に冷めてくれる。

 カルマの意見は最もな答えだが、一人で修練するよりは他人の動きがあってそこに自分の動きを当て嵌めた方が効率がいいのだ。流石にここで反魂術式を使って前みたく、創造魔法【石像兵の虚像】にハガネを組み込むことは出来ないからな。

 第一だ。既に魔剣と魔法契約しているハガネだから、身体の中に保管していても共有と言う副産物は利用出来るが、主である反魂術式本体は使えない。

 かなり不便な状態だ。仮にカルマを使うとなると、魔法戦争が勃発する事態になりかねん。それは流石に迷惑ってもんだ。


 それにしても早朝はいい。地下だと言うのに風が吹き込むのだ。

 旅館『桜牡丹』に植えられた牡丹桜も見事だったがお寺の境内のしだれ桜も素晴らしい。花弁の大きさは違うが、垂れる桜枝を支える竹と雄大に咲き誇る濃いピンク色が惚れ込んでしまう。

 ハガネからは『桜より酒だ!』と言うし、カルマは『美しい風景は脳に刺激を与えて想像力を高めてくれる』など願いと助言が混同している。

 心の内での囁きは置いといて、この時間を静かに楽しみたい。そう思う俺の願望虚しく今度は男たちの猛々しい覇気。威勢と張りのある声が飛んできた。


 境内の中腹当たりから十数人程度の声が聴こえてくる。何重もの鳥居を潜って寺の中腹に向かうと朱色の袴を履いた巫女さんが左右に五、六人控えている。

 監視という感じではないが、祭事でもあるのだろうか。そこを素通りして石畳道を歩いていく。

 梅の花が散って次第に緑が多くなっていく。小道の両サイドの青い竹林。縁起のいい松の小道を通り過ぎれば少年から青年までの男たちが竹刀を振っている。剣道の素振りだろう。指揮を取っているのは丁髷のオッサンだ。


「そこ! 弛んでおるぞ!

 剣の道とは目覚めたその瞬間から意識して基礎を磨くものなり!

 それが我が流派、西条一天流の真髄である。地道に技を磨き、他者と研鑽することでこそ真の実力とは身に着いて行くのだ」


「「「はい!」」」


 少年が七、少女が三。という割合で竹刀を振るっているが、一人だけ離れた位置で木刀を振るっている青年がいる。

 黒い短髪にしっかりとした肉付きは、ここからでも分かる。基礎を毎日取り組んでいるのだろう。ぶれないスジ・呼吸の切れ方・素振りの動きも実に見事だ。‥‥九百九十七、九百九十八、九百九十九、千! と言ったところで素振りを止めてタオルで汗を拭っている。

 如何やら中央で固まって素振りしている団体様とは、別のようだ。丁髷のオッサンも気にも留めずに門下生への指導を止めない。



『ふわぁ、儂は眠いぞ。物見遊山なら、いつでも出来る』


 全く持って勝手ばかりいう奴だ。


『ほう、じゃあ何か。儂を鞘から抜いてみるか?』


 無茶言うな!

 門下生や丁髷オッサンじゃあ相手にならんだろ。


『なら、あの青年はどうだ? 【魔導解析】の結果では、かなりの手練れだ』


 あのなぁ。

 俺がここに来たのは鈍った身体を解すためであって喧嘩が目的じゃないぞ。

 第一に相手が了承してくれるかも分からんのに。


 そうこう心内で話していると、話題の人物が近寄ってきた。

 目が合う。その瞬間、彼の足が止まる。何を思ったのか青年は、


「一試合、どうです?」


 付き合いもなく初めて会った俺相手に試合を申し込んで来た。

 下で修練に励んでいる門下生と指導する丁髷のオッサンを一度見て答える。


「彼等の方が俺よりも適任だと思うぞ」


 返答に苦笑する青年は、即座に木刀を握って俊足の足で俺の首に『突き』を放とうとする。それが俺には見えていた。魔人[フェイスマン]になってからというもの、身体能力の大幅な底上げで超人を超越する感覚。スローモーションの世界に身を置いた俺に避けれない訳がない。

 だから避けなかった。

 避ける必要が無い。とそう判断したからだ。

 カルマの【魔導解析】と俺の分析能力があれば、距離計算と筋肉の動きと経験予測で分かる。この攻撃は当たらず、一寸手前で止まると。余計な素振りをすれば、それこそ致命傷になり兼ねない。


「これが答えだ。

 一般人なら逃げ出すなり、防ごうとするが君は違った」


「―――いいよ。分かった。試合をしよう。その代わりと言っては何だが、アンタは剣を。俺はこの拳で相手をするというのはどうだろう」


 この答えにハガネは猛反対で五月蠅いったらないが、ここで魔剣を使って本気なんか出せば寺が潰れる。女将さんにも迷惑掛かるし、いま泊まってる宿を追い出さたら敵わん。

 素手の修練は、ほとんどなかったからな。

 魔法・剣術・氣・構築能力・スキルは、二人の優秀な‥‥まあ、そこそこ優秀な師から教わったが格闘術だけはガイアスだからな。間合い、詰め方はナイフに近いが戦法によっては遠距離からでも十分にダメージを与えられる。


「構わないさ。

 こっちから願いを乞う訳だから。その代り、全力で試合にのぞんでくれよ。下手なケガか致命傷になっても治癒魔法は持ち合わせていないので」


 

 ルールはこうだ。

 俺は身体能力と格闘術。青年は身体能力と剣術だけの魔法なし、回復アイテムなしの対人試合。指定された戦闘フィールドは、寺の境内。物損は申し込んだ以上は…と言って彼が何とかするらしい。勝敗方法は、倒れてからのテンカウント。

 西条一天流の朝稽古が終わるのを待って、俺達は中央のスペースに移動した。丁髷のオッサンが、いい刺激になるので門下生に対人試合の観戦を要求してきた。無論、断る理由もないので了承した。

 朝っぱらから寺の境内が騒がしい。と門下生の他に造船所の職人・冒険者までがぞろぞろと観戦に興じようとしていた。


「すまないな。ここまでの騒ぎになるとは――」


「いいよ。それに観戦者は多い方が燃える。悪くない」


 この感じは見覚えがある。

 二年前のダイン戦を思い出す。あの時は重火器とナイフだったが、今回は剣と拳だ。もう、あの時とは違うんだ。


「「殺ろう!」」


 俺は彼を知らない。彼も俺を知らない。なのに心が高ぶってしょうがない。

 だからか。

 何かを悟ったように剣と拳がぶつかり合った境内に衝撃が奔る。一撃。たった一撃で木刀が粉砕したのだ。それも拳は顔面すれすれで止まっている。観戦者は全員が息と唾を飲んで声を荒げる。

 これをどうぞ! と投げられたのは一本の日本刀。

 鞘から抜き去った刀は造りで分かる。業物の刀剣だ。


「続けようか。

 しかし、矢張り素手では本能的に加減をしてしまう。だから、どうだろうか?

 剣術だけの試合と言うのは―――ルール違反なのは分かってるが、」


「分かったよ。なら俺はこれを使う」


 いつ何時も用心に越したことはないだろう。と忍ばせていた二つの剣。素材【黒結晶】で作り上げた自前の投擲用ナイフだ。これをさらに【物質変換】でナイフから形だけ一本の刀に変える。

 硬度は保証出来るもののキレ味を一切持たない剣だ。外野の観戦側から見ればナマクラも良いところだが、これでいい。

 ……と、聞き損じるところだった。


「―――俺の名はヒロキ。

 まあ一応、冒険者始めました。ど新人なんでお手柔らかにお願いしますわぁ」


 ん? なんだ、その表情は俺の顔に何か付いてるのか。ギョッとした目で俺を見て来るので、顔をイジイジするがなんもない。

 その仕草に青年は苦笑する。失礼な男である。――ああ、そうか。これはアレだ。俺のことを知っているって言う口だな。

 マイトさんたちも言ってたが、本人の知らぬところで随分と飛躍した噂と言うよりは都市伝説が浮上しているようだしな。

 む? しかし、名は知られていないんだっけか。


「そうか、君がヒロキか。

 なら手加減はできないな。俺の名はカナタ。国王守護部隊『聖騎士』筆頭。

 君の帰りを待っていたよヒロキ。レインさんが唯一認めた男の腕前、見せてもらおうか!」


 おいおい、何? いまの会話の流れ。まるで恋敵みたいな言い回しだったけど…。

 と言うかだな。国王守護部隊ってコイツ、滅茶苦茶強いんじゃ。ーーいや、その方が面白いか。


 互いに距離を取って中段で構える。

 外野の観戦者が息を呑む中、境内でヒートアップする気迫と熱の均衡が片寄った瞬間だった。

 それは汗。誰が流した、溢した汗かは分からないが、一滴の汗水が落ちた音が二人の戦いの幕をあげる。


 誰の目にも止まらぬ圧倒的な迅やさで激突する剣撃の音だけが遅れて、外野に飛んでいく。

 外野で観戦に興じる門下生がスゴイなどとガヤガヤワイワイ言う中で、丁髷オッサンは、直感で分かっていた。彼等の剣は既に完成したものだと。それと同時に悔しさの涙が込み上げてきた。


 完成された剣にカナタは、毎日の鍛練で磨きを一層際立てさせている。その一方でヒロキと言ったか。彼の剣は…戦術で一歩をいや違う。アレはそんなものじゃない。

 カナタの剣術を呑み込んでいく。今までにない戦法だ。技を振るったカナタの剣術を奪いながら自身の剣の限界を上書きしていく。才能だけじゃない。努力が生んだ奇跡だ。


 カナタは剣を奮いながら考える。

 正統派剣術が此処まで崩されることは、今までなかった。速さも技量も俺が上の筈なのに、それを次の剣に乗せてきやがる。

 これは生半可な努力で為せる業ではない。地獄に足を突っ込んだ人間…そんなもんじゃない。死線を何度も乗り越えて抗った英雄の剣だ。

 まったく見せつけてくれる。しかし俺の剣は、この国と王を守るためにある!


「秘奥義―――"斬鉄砌牙"!」


 これはユウセイさんに教わった撃剣。鉄を斬り相手の牙、獲物を砕く力業の剣。俺には似つかわしい技だが、この流れを打ち砕くには自分らしくない剣を使うしか――。

 剣戟の最中、ヒロキは呟く。


「逃げるんだな。

 アンタは自分の誇った剣を。俺の剣は、俺の二年は重いぞ!」


 誰もが未来に終わりを見た。というのにヒロキは嗤っていた。

 それは王道の剣だ。だが筋肉の震えで分かる。これはカナタの剣ではないと。勝利にこだわった性で自分を見失った剣ほど、薄っぺらな業はない。

 さあ! 振り絞れ、晒し出せ!

 英雄…。王道…。愚者…。違うな、コレはバケモノを喰い殺す破壊の剣だ!


「【飛勇一天流】剣術、一之太刀【哭月】」


 カナタの刀は、技と一緒に粉砕される。

 カナタの目に映ったのは、砕けた刃と自分の弱さを完膚なきまでに壊された強い魂篭った一撃。

 奥義、兜割りだが頭を割ることなく持っていた刀を壊し斬撃は境内の地面を割る。外野までは届かないものの、割られた地面のキレ味に観戦者は背筋をゾッと震え上がらせる。


 外野が割られた地面に注目する中でも戦いは続いていた。

 黒結晶を素材にした剣は、技と衝突でカナタの剣ごと地面を割ったところで粉砕していた。しかし決着は着いていない。互いの獲物が壊れようが即座に立て直すカナタ。

 カナタはヒロキより早く近接格闘術の構えを取るよりも、拳に氣を灯らせ近寄る。


 "そうじゃない、とな!"


 壊れた剣は、【物質変換】では修復できない。錬金術師ではないからだ。

 バラバラになった欠片を修復するのと、二つの物を一つの形に作り変える。では、同じように見えて全く違う。

 形にはできるが、刀にはできない。ーーだからと言って諦める訳にはいかない。


 "最強の一撃をもって、全ての理不尽をぶっ壊す!"


 カナタは見た。

 自分の師が使えて。俺が使えない。人智を越えた究極の業【物理限界突破】がもたらす低位の空中三角跳びで攻撃を回避する。

 動きは見えてはいても、身体が反応しない悔しさが滲み出る前にヒロキは肩を掴んで後頭部に肘撃ちをかます。


 カナタは衝撃を受けた。

 頭部に受けたダメージもそうだが、頭の記憶が受け入れられないでいたのだ。

 こんな戦術は知らない。なのに嬉しいんだ。さっきからニヤケてしょうがない。コレは平和な日常の終わりだ。


 頭が地面に埃被るよりも早く、足を踏ん張って留まる。足を切って拳が地面を突く。

 ―――!?

 突いたのは地面であって、そこにヒロキはいなかった。


 歓声が唸る。

 カナタは気付けなかったのだ。真正面から懐に撃ち込まれる強撃【虚空拳】を予測しなかった訳ではないのに、この攻撃が何時かは来ると会談時に知っていても。

 それでも躱せなかったのである。


 カナタの瞳孔が開くと共に、腹部に圧縮した空気の塊が直撃する。咄嗟に魔力を身体に巡らせるが、衝撃を吸収しきれずに弾かれる。

 吹き飛ばされたカナタに絶句する観戦者一同。砂埃が立ち込める中で、ふらっと起き上がる人影に歓声が上がるも束の間。


「俺の――…完敗だ」


 その一言が決め手となった。

 拍手・声援・喝采の春風が二人に贈られた。その一方でカナタを知る門下生は、勝者のヒロキに様々な問答を丁髷のオッサンへ並べ立てている。が知らないことを教えられずに困惑した顔で此方を見てくる。

 そんな目で見られても困るのだが。と頬をポリポリ掻いているとカナタが話し掛けてくる。


「レインさんの言う通りの人だ。

 君は自分の信念を決して曲げないで突き進んでいく。俺もそうだった筈なのに…な。今回は完敗だが、次は互いに全力で殺ろう!

 待ってるぞ。剣舞祭本選で――」


「ああ、今度は全力で!」


 カナタが求めてきた握手にヒロキは、握り返して宣戦布告した。その後だった。なにかを思い出したようにカナタは言葉を続ける。


「――ああ、そうだ。

 レインさんとは幾度か対戦してね。顔馴染みなだけで深い意味はないから。それともう一つ言っておくよ」


 ヒロキはホッとした。

 いやいや俺も深い意味なんかないけどさ。こう、何て言うかだな。

 恋敵じゃなくて良かった的な意味じゃなくてだな。え~と、アレだよ。アレ。そうそうアレって、なんでしょうね?


「レインさんが本気で戦ったら、君でも勝てないかもしれない」


 ん!?

 おいおい、あのレインがコイツよりも上だってことか?


「そうか。

 君は知らないんだったな。この二年で黄金世代のトッププレイヤーたちは、君の想像以上に変化している。最早、二年前は彼等にとって全盛期でしかない。

 いくら塞ぎ混んでいたから。と言ってもレインさんは俺を凌ぐ強者の一角なんだよ」


 カナタの言葉が信じられないでいた。

 俺の知っているレインが別にいるなんて、到底信じられない。でも確かに、この二年は俺を此処まで変えた。成長しているのは、強くなっているのは、俺だけじゃない。

 過信は身を滅ぼす。

 もしレインが俺の前に立ち塞がるなら、今度はきっと伝えられるだろう。自分の想いを。だから、人は前に進むしかないんだ。


「カナタさん。

 いや同世代なら――カナタでいいのか。

 ありがとな。教えてくれて。今度は向き合えそうだ」


「感謝は止めてくれ。

 こっちが感謝したいんだからさ。それに―――」


 バックン。と心臓が潰れそうな張り裂かれそうな漆黒の闇が雷みたいに衝撃を打った。

 最初は何だか分からなかったが、それが魔力だと理解した瞬間ーーー外野で観戦していた連中は全員倒れていた。

 カナタは【魔力感知】で魔力放出源を探るが、見つけるよりも答えを出すよりも早く、速く。ヒロキが真っ先に答えを出す。


「最下層、奴隷市場Bブロックか」


 カナタは思う。

 魔力ゼロだと聴かされていたのに。自分よりも早く感知したズバ抜けた才能に嫉妬を覚えていた。

 それも束の間。何を思ったのか青い顔をしたヒロキは、足早に境内を去っていく姿を見て声を掛ける。


「おい、何処に行くつもりだ!」


 ヒロキの足は一旦止まる。


「―――護らなきゃなんないヤツがいる。

 出逢って間もないけど、俺はもう決めたんだ。それが間違った道でも決して曲げないと。

 カナタはマイトさんに報告してくれ。国王守護部隊なら――『バカ言うな!』――!?」


「俺は確かに国王守護部隊『聖騎士』筆頭だが、同時にこの国と民を守るという責務がある。ヒロキが冒険者でもだ。

 行こう。助けにいくんだろ、君の大切な人を!」


「ああ、行こう!」


 カナタは思う。

 これはきっと言葉じゃ埋まらない。

 彼は、ヒロキは、地獄を見たんじゃない。

 あの目は地獄を見た。そんな目付きじゃなかった。

 アレは地獄に行った人間の目だ。

 努力? 違う。

 才能? 違う。

 アレは執念だ。必死に生きようとする。必死にしがみつこうとする。人間の瞳だ。

 彼を支えるのは、何なのか?

 俺はそれが見たい。


 カナタは彼の背を追いかけた。

 自身が思う最強の師匠ユウセイが認め、幾度も対戦を重ねても追い付けない同世代のレインもが認める。

 この男の生きざまの中心にあるものを知りたくて追いかける。

 ―――そこにまだ見ぬ覚醒があるとも知らずに。


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