【#061】 Label -臆病者-
五話以上は正直なところ無理かもしれませんが、面白いという作品作りを目指します。もうじき日常篇もラストに差し掛かります。楽しんで読んで戴ければ幸いです。
朝、目を開けると桃源郷が広がっていた。
まだ夢の中か、はたまた幻かと疑ってしまうほどピンク色の光景が俺が寝ているベッドの上にはあった。
右にはレインと左にはクーア。
俺の腕を枕がわりにしてすやすやと寝ている。それだけなら、良かったのだが…いんや良くない。思春期の男の子にはキツいものがある。特に理性がはち切れそうでならない。
問題なのはここからだ。
全裸なのだ。産まれたままの姿。賢い男子諸君なら察してくれるだろうか。
非常に気まずい。昨夜の宴効果。基、酒の飲み過ぎでレインの部屋まで来たところまでは覚えてる。でもその先が分からない。覚えていないないのだ。
さらに大問題なのは、俺も全裸であることだ。これはマズイなんてもんじゃない!
何か遣ってしまっていたら―――と脳裏を過る。過った瞬間から悪寒がして、布団に潜り込む。
これは夢だ。
夢、夢に違いない。と念じながら、ソッと布団の中から回りに目を配る。
はい、解決しましたとも。
俺はどうやら、やらかしてしまったらしい。言い訳のしようもないR-18指定を犯してしまったようだ。いや決めつけは良くない。もしかしたら、暖を取ろうと肌と肌を擦り合わせて‥‥って何を考えとんじゃ俺はアホか!?
いくらなんでも、レインがそんな事するわけがないだろ! と俺はこっそりレインの顔を見やる。
可愛い。可愛すぎる。小顔がキュートで唇の艶がエッチく見えてしまう。
大人だ。最早、これはもう大人の可愛さだ。ただ寝癖が酷い様で栗色の髪がぐしゃぐしゃになっている。
ええい、そんなことはどうでもいいんだ。
背を丸めた猫のようにしなやかな肢体と細い腕二本が胸部を隠している。顕わになったほっそりした脚部が自然に曲げられて秘所部を隠してている辺りが、これまたエロいのだ。まるでどこかのグラドルみたいだ。とハガネは言う。
ん? んん?
………――――ハガネ!?
ビックリして布団を跳ね除けて…レインとクーアに布団を掛け直して床に座り込む。そして現在、魔剣になったハガネと言葉を交わすために心へ問い掛ける。
ハガネ起きてるのか? と。
『なんじゃい、朝っぱらが騒々しい奴め。ゲフッ――。まあ感謝はしておくぞ。なんせ、あんな美酒を呑ませて貰ったのだからな』
美酒?
そんなもんを与えた覚えはないぞ。
『はぁ? ああ、そうか言ってなかったな。反魂術式の副産物だとでも思ってくれ。ヒロキにとっても悪い話でもない筈じゃぞ』
どういうこと?
『私から話そう。
まず反魂術式とは、内部に収めている意識ある魂魄が入れ替わり立ち代わりする。内から外へ、外から内へと意識を変える。その他にも記憶情報の共有がある。ハガネの言う副産物とは記憶情報の共有に値する。
アルコールの多量摂取は身体に悪影響を及ぼすことは事前に知っていたから対処したまでだ。心臓と脳、血液に負担が掛からないようにハガネ直通の感覚共有回路を形成しほぼすべてのアルコールや余分な脂質をカットしたということだ』
!? いや、待て待て。
それはつまりアレか。昨夜の宴で喰ったメシや酒の大半をハガネが食べていたってことか。そんな都合のいい話がある訳ない…マジですか?
『この程度のことは朝飯前だ』
言い切っちゃったよ。
それはもう人間の域を越えてるよ。もう魔人だけどさ。
しかしこれは少し悲しくなってくるな。料理一品一品の味の情報はあるのに、満腹感がない。必要最低限のカロリー摂取とか女子がすればいいのではないでしょうか!
はあ~。溜め息しか出てきませんよこれは。
さて、と。どうするかな? と思っていたのだが俺の命運は尽きてしまったらしい。部屋に二人分の衣類や家具、洗面用具にベッドがあって気付かない俺が悪いのだが、どうしてこのタイミングで入って来ちゃうかな。
カエデの奴―――。
カエデが部屋に入った時、俺はマッパだ。無論、パンツも穿かずにオッサン座りをしている。なので大事な部分は見えていない筈が、この切り出されたピンクの破廉恥な光景に頬を引き攣って目を反らされた。
「あ―――、え~と。なんかゴメンなぁ。
まさか三人でイチャラブ生活に励んでるところにお邪魔しちゃって…」
ご‥、誤解です!!
それは誤解…じゃないかも知れないけど。
「え? なに、その誤解です。自分は何も知りません的なツラは―――、ははあぁん。お酒の飲み過ぎでヤッチャッタと。それも三人でイチャコラと‥‥――――まっ、責任は取ってやんなよ」
そんなことを言ってカエデはささっと荷物を纏めて出て行った。
出て行く時に言った一言が気になるが、今は現状の打開策を考えないといけない。
▲
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♢シェンリル大通り♢
「何も追い出さなくてもいいんじゃないか?」
俺は小石を爪先で器用に蹴りながら歩いていく。その後ろから寄り添うように、追いかけるのはクーアだ。頬がまだ膨れている。恐らくレインに裏切られたと思ったのだろうがそれは違う。
レインは自分が残ることで事態を鎮静化してくれたのだ。
しかし‥‥な。結局のところ、分からず仕舞いだ。カルマやハガネは、責任を取るようなことは遣っていないと言うが、それなら俺が全裸だったのかが説明がつかない。自分で拭ぐ以外の何か別の力が働いたのならば‥‥俺にはそれを知る義務と権利がある。
それはひとまず置いておくとして、どうしたものかな。
俺に貼られたレッテル『色情魔』がシェンリル王国中に知られたようで、視線が痛いのだ。道を聞こうにもガン無視される気分はいつ以来だろうか。
「大丈夫です。ご主人様は、私だけを頼ってください」
と健気にいうクーアだけが俺には心の支えになっていた。
本当に出来た娘である。
ガン無視される俺の為に自分で今日泊まれる格安の宿泊所を聞いて回ってくれているのだ。俺はマジで頼りねぇ。泣けてくるほどにだ。
そりゃあまあ俺だって、町の人に聞くのは最終手段だったよ。昨日知り合ったベルさんに声を掛けたら『色情魔のヘンタイに貸す宿はねぇよ!』とさらりと言われる。カイエンさん・ゴウさん・トウマにも断られ撃沈した。いまの俺にはクーアしか味方がいないのだ。
暫くして聞いて回ってくれていたクーアから朗報が上がった。禍福層と呼ばれるすべてのブロックが造船所と化した。この下の層に格安の旅館がある。と言う。
感謝の涙を浮かべながら、俺はクーアの手を引いて禍福層に向かった。
◇禍福層 造船所中腹街◇
造船所には一度、足を運んだことがある。と言ってもだ。ほとんどスルーで登って来ただけなので、イマイチ分からなかったが実際に歩いてみると印象と随分違うもんである。
専門職の工員が七・冒険者の見習い工員が二・食事処や宿泊施設で働く従業員が一という対比がこの禍福層の全てらしい。
その捉えは、専門職の工員と冒険者の見習い工員では服装も違えば、筋肉の付き方も異なるからだ。
次に気付いたのは、皆が着用している和風の職人服だ。全員が白地の布を纏っているが、腹部をぐるりと巻いている帯は色や柄が様々だ。
一番需要があるのは、緑色を基調とした波に桜という帯。これは男性限定のようだ。女性はまた別で桃色を基調とした波に桜という帯をしている。
次に目立つのは、指揮者の着ている職人服だ。これは男性・女性問わず波に菊文様。菊の花弁が橙色で、他の工員とは迫力があるように思える。
最後は波に菊文様。それも黒と白の帯をした壮年の男性が親方なのだろう。工員だけでなく指揮者もペコペコと頭を下げている。かなりガタイのいい男の中の男って感じだな。
挨拶を一通り終えた壮年の男性は、俺達の存在に気付いたようで声を掛けてくる。
「なんだぁ? 仕事に来たって感じじゃないな。冒険者にしては、幼い少女を連れておるし訳アリかーーー。ふむ、よし案内してやろう。どうせ、ワテの仕事は昼からだ」
そう言ってドンと任せや。と言うのは、このブロックを統括する親方のデンさん。歩きながらいろんな話をした。
デンさんの職場は、設計した貨物船の船体ブロック建造らしく鋼材・木材を設計図に従って切り出し・部分的な溶接も行っているとのことだ。この造船所では、大きさにもよるが一年で最大六隻を造船するという。
残業手当も出るので腕っぷしがあるヤツは、大歓迎だ。と勧められたが現状では無理なので丁重にお断りした。
剣舞祭本選の切符を手にするには、金では解決できない。エントリー戦を負けずに勝ち抜いて自分の力で手にするしかないのだ。その為には十分な休養が取れ、クーアの安全を確保する為にも宿は不可欠なのだ。
「ーーーあの、それで桜牡丹って言う旅館はまだでしょうか?」
何故か苦笑された。
「ハハハ、やっと重たい口を開いたか。
なぁに心配せんでも、もうじき老舗旅館『桜牡丹』や。女将さんがドえらい美人に目を眩ませて手を出したらーー……ええのう」
殺されるな。これは。
待ってクーア。なんでジト目で俺を見てんの。さっきの言葉は何処にいったんですか!?
「ほれぇい、着いたぞ!」
強引にドンッと背中を押されて目に写ったのは、一軒の木造四階建ての旅館『桜牡丹』だった。
既に営業中のようで、桃色の暖簾が掛かり火の灯っていない提灯だが味わいがある。ガラス戸ではなく、日本文化の障子張りの戸も中々に歴史を感じる。
デンさんとは、ここで一旦別れて俺たちはチェックインを済ませた。番頭に立っていたお爺ちゃんは、この旅館のオーナーでナギミチさん。
「ほっほほ。珍しいお客さんが来たもんじゃい。御一人は魔人に、もうお一方のお嬢さんは幻人かいな。代金は、しっかり頂くけんどお客様である以上はゆるりと過ごしなされ」
そう言って部屋の鍵をくれた。陽気なお爺ちゃんだが、ギルドカードも見ずに俺達の正体を見破るところを見ると只者ではない。
取り敢えず。と言う気持ちで一泊三食付いた二人分一部屋で銀貨二枚。持ち合わせが既に金貨しかないので、金貨一枚を渡して旅に出るときに残金を貰う手筈だ。
アルバイトで働いているという中居さんに案内されたのは、一番上の階の『桜の間』だったのだが二人が住むには広すぎる。ーーのだがオーナーからの計らいだと言う。
障子戸を開けると景色が一望できるとのことなので、二人で片方ずつ引くと三階のテラスに植えてある白と桃色の桜が広がっていた。
「す…スゴいよ。まるで桜の国みたい!」
この日、俺たちは夜桜をバックにデンさんと女将でデンさんの娘さんとで盛大に盛り上がった。勿論だが、金は俺持ちだ。
でも十分だ。心が晴れるように救われたからかもしれない。色んな人の支えがあって自分が、クーアがいる。今はそれだけで満足だった。
▲
▽
◇最下層 奴隷市場 Bブロック◇
「本当に宜しいのですか?」
足下に擦り寄ってくる奴隷服を着た人間たちは、男女問わず虚ろの目をしていた。しかし彼等を欺くように、躊躇いなく顔を踏みつけて歩む男は言う。
「構うものか。奴隷に人権などない。
我輩の道具であり、傀儡であり、贄である。供物を奴隷にしたところで問題はない。それとも君は情でも湧いたか?」
苦汁の決断を迫られる貴族風の青年は、簡単に人を虫けらのように踏み潰す権力の権化に歯軋りを立てる。
不適に笑いを込み上げて長く苦笑する男は、ほんの一言。"ーー愚かな…"と囁いて真っ黒な魔方陣を展開する。
「待ってくれ!
俺はまだ死にたくない。頼む。後生だ!」
「もう遅いわ。所詮、貴様も我輩の傀儡でしかないのだからな。な~に殺しはせんよ。生かしもせんが、感謝せよ人間よ!」
真っ黒な魔方陣は、次第に奴隷たちを呑みただの肉と血に変える中で貴族風の青年は叫ぶが全ては無駄に終わる。自らの腕もが漆黒へと分解され、そこに痛覚はない。虚無の世界だったからだ。
漆黒へと変わり果ててしまった瘴気は、球体となって宙を漂う。奴隷たちだった血肉の中に溶け込んでいく漆黒の球体は、螺旋する複数の魔方陣を形成しそこにはなかった別の個体が生まれた。
その容姿は、まさに悪魔だ。
漆黒の超硬度のボディーと禍々しいばかりの凄まじい魔力を抑え込み、秘めた高エネルギーを持つ生命体は男の前まで遣ってきて膝をつく。
「我は主人様の命を受けて参った悪魔。名を炎の化身アモンに御座います!」
男は大きく笑った。
これであの方のために計画を実行に移せるかと思えば、嗤うしかなかったからである。この悪魔量産計画に奴隷十人の血肉と悪に堕ちた魂一つで足りるなら安いものはない。と心の奥から思ったのだ。
男は悪魔に宣言する。
全てが終わる日。に自身が供物となって御方である魔王に捧げると言う盟約を血判に記し真名を叫ぶ。
「我輩の名は、デイドラ="ダークナイト"=ギブソン。曾祖父はクズだったが我輩は違うと証明しよう!」




