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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅲ 《奴隷市場での覚醒譚》
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【#056】 Princess -少女の憧れ -

スマホ投稿二話目でございます。

段々慣れてきた感じですが、欲しい文字が出てくれません。中々に難しいです。

今回は読んで戴ければお分かりだと思いますが、とある少女の回想から始まって現在までを描いた内容になっています。

一部残酷な描写が含まれていますので、ご注意下さい。

最後まで読んで戴ければ幸いです。



 私は奴隷としてこの町シェンリルに連れて来られた。私が居た故郷は、鬼という魔物が人間の町を脅かして支配し統治していた東の小国【ムスペルト】。

 東の諸国【ヤマト大国】より航路を北へ進んだ先にあるアルカディア大陸。転生者の方々が口にする『ナカノクニ』の最南端に私の故郷はあった。

 でもね、それは私が奴隷になる前のお話。

 今はナカノクニ。正確には東の大帝国【カンオウ帝国】の軍勢五万に押し負けて、ムスペルトの民は次々と殺されていった。

 女や子供は、カンオウ帝国の奴隷商品として両親が涙ながら売り白旗を振ったのにみんな死罪が課せられた。その中には、私の父と母の姿があった。


「イヤだよ!

 お父さん! お母さん!」


 カンオウ帝国の帝国兵は、奴隷の私たちにそれを見せつけた。こうなりたくなければ従え。と言う遠回しな残虐非道な光景は、私たちの記憶にコビリついたのである。

 それから虐殺された村人や民の屍の道を歩かされて、私たちの心と骨の髄まで恐怖で圧し殺した彼等は本国に連れて帰った。勿論、奴隷の私たちは歩き、帝国兵は馬に跨がって乗馬でだ。

 ただ着いていくだけでも、私たちは必死だった。それもそのはず。本国までの道のりで私たちに与えられるのは、帝国兵の小便か白濁の液体ばかりで餓死する奴隷はそのまま棄てられる。

 私はそこで自分を無くした。真名も記憶もすべてをなかったことにした。


 本国に着いた頃には、四十以上居た奴隷は十五人に満たないほどまで激減していた。

 私の目が既に限界だったせいか、霞んで十二人に見えていたが帝国兵の言った一言。

 なんだよ今回は九人か。で目を見開いて驚愕した。私を含めてたったの九人しかいない事態にではない。今回は…と言う帝国兵の言葉にだ。一体どれだけの人を殺したのか? 私には想像できなかった。


 それからさらに半月が経過した。

 不平等な生活は奴隷のなかでも行われていたのだ。その一つが奴隷内での身分制度だ。

 奴隷となった者は、例外はあるがこれからの生涯を共にする衣服と番号が付与される。番号の低い者ほど身分が高く美しい存在。高い者ほど身分が低く醜い存在。

 私が貰ったのは、新入りの奴隷としては異例の三十番という称号が古参者の怒りを買って散々な嫌がらせにあった。

 でも彼女。十二番の称号を持つ花魁がよく似合う美女は違った。


「止めときや。

 そない少女を苛めても自分の箔が落ちるだけやさかい。それに最近、主らが降格したんは自分の過ち故やろ。他人に鬱憤晴らす前に自分を磨きーや」


 こんな私を庇ってくれるのだ。

 十五番以下の番号に奴隷には、花魁としてこの奴隷商館【美麗女傑】で働く権利と金銭を稼ぐ権利が特権として与えられる。

 十二番の彼女もその一人。元の真名は、イオと言うそうだけど、彼女は裏切られ借金の代わりとして売った父親を憎んでいるらしく、その名は忘れたいそうだ。

 私と彼女は一緒に居ることが多く、異例中の異例で彼女のお供として座敷を盛り上げたこともあった。


 そんなある日。

 私と彼女の元にそれぞれ違う文が送られてきた。私の方には、近々公になるというシェンリル王国への異動と私を買ってくれたという奴隷商人デイドラの元へ。

 十二番の彼女は、この町の大富豪に買われて別れも告げられずに一足早くこの商館を去っていった。

 私は嬉しかった。自分のように嬉しかった。私も誰かの心に住めるように。そんな存在に成りたい。という思いを秘めて私も幸せになろうとその時は思っていた。


 でも現実は甘くなかった。

 それを知ったのは、私がシェンリルに行くまでの道のりで渡された一通の文。十二番の彼女からだった。

 私は初めて涙を溢した。読んで知った事実は私をまた一つ大人にして、同時に心を壊していく内容だった。

 彼女イオから改名して、カトリーヌは大富豪の男の複数人いる妻の一人として楽しい日々を過ごしていたから始まって……。ある日、男の子供を妊娠したカトリーヌは男の子を産んで死んでしまったという。

 文はその男に仕える執事さんからだった。

 カトリーヌは、最後まで私「三十番」の名前を呼んでは、幸せになるんだよ。と言っていたと記されていた。

 私は嬉しかった。嫁いでも私を思ってくれたカトリーヌの愛情が心の中でぽかぽかと温かくしてくれる。あの時の私を庇ってくれた暖かさと同じだと思うと涙は止まらなかった。


 暫くしてシェンリル王国の門を叩いて到着した街並みは、カンオウ帝国とはまるで違う海風が薫り砂で作られた民家から建造物が美しく私の目に映った。

 カンオウ帝国が色彩の国ならば、ここは白砂のシンプルな国だと思っていた。でも実際に暮らす世界は別のものだった。

 奴隷市場。という名の地下街の一つを統治する奴隷商人デイドラは私がカンオウ帝国で見た誰よりも鬼畜な人物だったと知ったのだ。


「その程度の仕事も出来んとはな。

 コガネイよ。三十番に鞭を打て、快楽逝くまで打ち続け後悔するまで我輩の一物をしゃぶれ」


 私は再び汚い奴隷の烙印を押されて、毎日のようにコガネイという独眼の男に鞭を叩かれて主人デイドラ様の一物を毎晩しゃぶってご奉仕していた。

 これが外の世界の仕事なのか? と内心自分を疑っても悩みは解消されず十二番。カトリーヌのことを思い出す。彼女もこんな仕打ちを受けて耐えていたのかと。

 でもそれは違った。と知ったのはコガネイの部下が漏らした一言でだった。


「オイ、あの娘。

 何時まで口掃除させるつもりだ? 奴隷といやあ普通なら、一緒に飯食ったり夜の営みに励むもんだろ」


「なんだ新入り、知らねぇのか。

 デイドラ様が欲したのは、あの娘の啼く姿や可愛らしい顔立ちよ。なんでもカンオウ帝国に旅行で行った時に惹かれたらしいぜ。

 デイドラ様も趣味がアレだからな。でも、まあ俺っち的にはそっち系がいいよな」


「ん? どういうことだ」


「今度さ。コガネイさんがデイドラ様の勅命で他所にいくんだが、そのときの代わりを俺っちが担当することになったわけよ。

 つまり、鞭打ちでの痛覚の快楽じゃなくてよ。モノホンをぶちこんでの性的な快楽を教え込もうと思ってな」


「いいのか!? そんなことして……」


 私の背筋が凍った。

 カンオウ帝国もまちまちな治安だったが、ここまで酷くはなかった。今思い返せば、カンオウ帝国での奴隷の扱いは作法があって法律があった。でもここは最低で最悪な場所だと、私は初めて気付いた。

 そして気付いた時には、デイドラの私兵が行為に及ぶ寸前で振り切って逃げていた。

 私は奴隷の身分で最も遣ってはいけない禁忌を犯し逃亡奴隷となった。


 そんな私を助けてくれる人なんていなかった。当然だ。私は罪人。共犯者は必ず死罪が与えられる。それはどの国を跨がっても同じこと。

 私は走った。

 行く手も無く。ただ逃げるように走って走って息が切れてしまい、枯れてしまい足元が揺らいだ。挙げ句、躓いて地面に倒れ込んでしまった。

 人手が私の存在を知って避けていく。ミラー張りの建物に今の自分が映った。醜い。汚い。穢らわしい。と言われるだけあって私は彼女のようにはなれなかったのだ。と思うと涙が込み上げてきた。

 私を置いていく。棄てられる。人間たちの目が死ぬほど憎く見えてきた時だった。



 その少年は、こんな私に手を差し伸べてくれたのだ。

 少年の髪は私とは対照的な真っ黒な髪の毛に青い瞳。瞳は哀しげに私を捉えていた。

 どうして救ってくれるのか。この時の私にはまだ分からなかった。

 コガネイと出会ったときに感じた怒りが何なのかも分からない。でも私はこの少年といると不思議に落ち着いた。カトリーヌと一緒にいた頃とはまた違った感情が私の中で生まれ好感が持てた。

 彼には年の離れたトーマスという友人が色々と金銭面の工面から無料で住めるという馬小屋の提供までしてくれた。少年の名前はその時に知った。

 ヒロキ。それが私を助けてくれた英雄の名前だった。ヒロキは優しかった。まだ喋れない私の言いたいことが分かるのか、返答してくれるだけでも私の気持ちは高ぶった。

 だんだんに私の体調が回復するのに連れて、声を取り戻していった私にヒロキは寒さを和らげてくれると言うスパイスティーをくれた。聞くところによると、彼のお手製らしい。


「悪いな。

 こんなものしか思い付かなくてさ。カルマが言うには、インドやスリランカ発祥のお茶らしいぞ」


 彼の言うカルマという物知り博士が誰なのかは分からない。インドやスリランカがどこかも知らない。でも「物を貰う」嬉しさは、カトリーヌ以来初めてで涙で言葉を濁してしまったけどちゃんと言えたかな。


「あ……り…、ありがと…うね」


 ヒロキも嬉しそうに笑っていた。

 何だか照れ臭そうにして、ハガネうっさい。とか言っていた。

 彼は時々そうなる。一般人には見えないものが見えるのかは私にも分からないし、トーマスさんが来たときには「カルマ」と「ハガネ」の名前は出てこない。

 この数週間でそういった人物との接触はない。彼を信じたい。でも気になってしようがない私は直接本人に聞いてみた。

 カトリーヌが言ってた。踏み込んで見るのも物は試しだって。


「ねえ、ヒロキは誰と話してるの?」


「え!?

 もしかしてだけど、カルマとハガネとの会話が聞こえてたりする?」


「……うん」


 私が頷くと、無心になって何やら呟いていたが何も聞こえなかった。

 ヒロキは何か閃いた様子で私の周りを歩いて、ジロジロと見てくる。嫌な気はしないけど、少し気になる。なんだろう?


「トーマスが言ってたんだけど、幻人[デウス]は氣を感覚で認識して見ることが出来るらしいって……」


 私には彼の目が変わったように見えた。

 ヒロキも私に色眼鏡で見てるなんて思いたくなくて目を自然と背けた。

 近付いて来る彼に初めて恐怖を抱いた。ソッと伸ばしてくる手は私の身体を望んでいるのか。彼もデイドラやコガネイと同じ人種ではないかと思った。

 でも、違った。

 彼は私の頭をういういと撫でて良かった。と言うのだ。それも嬉しそうに。なぜなのか? それは彼も私同様に氣が使える。それも人間ではなく魔人[フェイスマン]だと言うのだ。驚きの連続で眩暈がするほどだった。

 昏倒するこんなどうしようもない私に彼は紳士な対応で大丈夫…? と声を描けてくれる。

 私は愚かだった。バカだった。こんな優しい人を信じないで疑ってばかり。これじゃあカトリーヌに向ける顔がないよ。


 時間が過ぎるのは本当に早いもので、気付けば二ヶ月の月日が経過していたある日。

 私は知ってしまった。

 ヒロキがとんでもない苦労をしてまで、私を介抱していると言う事実を。

 私から離れないように、トーマスさんが見繕ってくれた。そのほとんどがお金にならないサブクエストを代理で受けてはトーマスさんから細々したお金ではなくパンやドリンクを貰っていると知ったのだ。

 私に出来ることはないかと、考えたが何も出来ない。外に出て仕舞えば、今まで積み上げた苦労が泡となって消えるからだ。何よりもヒロキに迷惑がかかる。


 そんな時だった。眠っていた私は何かを感じ取った。肌に触れてくる温かい手を私はヒロキだと思った。

 やっとかぁ…と思った。カトリーヌが言っていたことだ。愛しく思う想い人ってのは、求愛に身体をまさぐるもんだよって。

 自然と頬が紅潮してきた。熱が生まれる感覚に酔いしれそうだったのに聞こえてくる言葉は違う人間のソレだった。


「……これは税金だと思えば軽いもんだろ?

 なーに、こうやって彼女が寝ている内だけ肌に触れているだけだ。寝込みを襲おうなどという無粋な真似はしないさ」


 氣の感覚で直ぐに分かった。

 私を触ってるのは、別の卑しい人間でヒロキは震えながら後方で控えていることに。

 税金? この卑しい男がトーマスさんの知り合いとは思えない。そう思った私は狸寝入りをしたままワザと甘い声を漏らしながら考える。

 でも、結局分からず仕舞いで私が目を開けると貴族風の青年がニヤ着いた顔で口を歪める。撫でていた手を上げては、ペロリと厭らしく舐め回していた。

 ふと自分の身体を見下ろすと、肌かれた肢体をローブで隠して知っていたとはいえ羞恥心で一杯になった私は馬小屋の端に行って伺う。

 貴族風の青年が出ていくと、ヒロキは助けられなくてゴメンよ。と言う。でも私は知っていた。ヒロキが震えていたことを知っていた私は首を降って笑顔で答えた。


「大丈夫だよ」


 私はこの時に漸く自分の中でモヤモヤしていた正体に気付いた。自分の気持ちに。

 カトリーヌが言っていた「人を愛する」気持ちに心の底から嬉しくて、その夜はあんなことがあったと言うのに自分でもびっくりするほど良く眠れた。


 数日後、ヒロキがお手製の釣具で初めて川魚を釣り上げて来た。近所の森で採れたと言う木の実も一緒に頂いた。

 大抵はトーマスさんから頂く加工食材に対して自然食はかなり美味しい。

 甘酸っぱい紫の小さな丸みを帯びた果実は、ブルーベリーと言うものらしく、ちょっぴり昔を思い出した。カトリーヌとの最後の食事がアレなんてイヤだったけど、今では良い思い出になっている。

 あの時は…。


『もう、駄目じゃない。

 こんなに女の子が頬張ってベリージャムで美人な顔を台無しにして。こっちに来なさい。いまナプキンで拭ってあげるから……』


 べっとり着いた赤いベリージャムをナプキンで拭ってくれた。うん、良い思い出だーーーって、え!?


「おいおい、慌てて食べる必要はないぞ。

 可愛い顔が台無しじゃねぇか。いま拭ってやるから、こっち向け…うん……これでいいぞ」


 ヒロキは私の顔に付いたブルーベリーの赤紫の果汁をナプキンで拭って、これも手作りだと言う色彩豊かなお花の首飾りをプレゼントしてくれた。

 本当に嬉しかった。涙は抑えて心からの感謝を込めて、すうすうと寝息をたてるヒロキの頬にキスをした。


「いつも頑張ってくれている恩人に、これぐらいしか出来ない自分が恥ずかしい」


 あっ。声に出てた。


「そうか。

 なら丁度いい。今から俺たちにご奉仕してもらおうか。声は出すなよ。

 奴隷商人に勘づかれたくはないだろし、私は聞こえる声で言ったはずだ。寝込みを襲うような真似はしないと」


 振り向いた時、既に貴族風の青年は後方で待機し前方で控えている異臭を放つ醜い壮年の男たちは、私の肢体を掴んでは舐め回し押し倒した。

 抵抗しようにも太い腕は容赦なく、私の肉体を貪って潰れそうな圧力でのし掛かってくる。身ぐるみが剥がれ、ナイフの切っ先で下着を器用に千切った男は、薄汚い笑みを浮かべて迫ってくる。

 これがどんな意味を持っているのか、そんなこと今までの経験から直ぐに分かった。どうせなら、彼に捧げたかった。

 グスッ。と流星のように涙が零れ落ちる。そこで耳にしたのは、私の悲鳴ではなかった。彼の。ヒロキの怒りに燃えた怒声だった。


 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 何が起こったのか。気付いた時には、私をお姫様抱っこしてくれているヒロキの姿があった。思わず涙を溢してしまった。

 まただって思った。

 私はまた、この人に救って貰った。これじゃあ、いけないのは分かってる。でも、私はこの人の傍にいたい。これが許される恋なら私は、この肉体をあげてもいい。そう思った。

 でも、やっぱりだ。

 神様が私にくれるのは、いつも残酷な道しか与えない。私は呪いたかった。神様も。人間も。私は幸せなんか欲しくない。私が欲しいのは、彼の幸せだけでいいんです。


「Aブロック統治者アルファガレスト卿の勅命により、駆け出しルーキー。

 オマエとその逃亡奴隷を拘束させてもらう。着いてこい!」


 私は騎乗していた兵士に拘束されて、ヒロキとは離ればなれになった。

 私の処遇なんて決まっている。死罪は確定だろう。それでも私の願いが聞き届けて貰えるならば、彼だけは救ってほしい。彼は、彼だけはここで死んでいい人じゃない。

 それはきっと、これからも。彼はもっと大きなことを成し遂げる。そんな人間に見えた。だからこそ、願った。世界に願った。



 私の願いが叶ったのか。

 それとも私はこれから厭らしい男たちに欲求をまた口で処理するのだろうか。しかし奇妙である。なぜ、こんな上等な衣服を寄越すのかと。

 悩むばかりの私にこれを用意してくれたメイドさんは言うのだ。


「ご準備は整いましたか?」


「はい。すみません。直ぐに着替えます」


 ため息一つ溢さずに私を物陰から待っている。それも物静かに。カンオウ帝国でもなかった事態に戸惑いながら、着慣れない衣服に腕を通し、上着を羽織った私はメイドさんの元へ行く。

 眼鏡を押し当てて私の姿を見るなり、ここはこうです。と二ヵ所を正しく直され指摘される。指摘にも怒りはない。とても穏やかだった。

 メイドさんの案内で、屋敷を案内され疲労が見えた私をベッドに誘導されてそのまま……眠りに付いた。


 次に目を開けると、風がやんわりと靡く。窓が少し開いていたのだ。地下街のせいか日差しはないけれど、私には十分過ぎるほどの贅沢だった。

 今となっては馬小屋の藁が懐かしく思うくらいだ。ーーとそこで思い出す。ヒロキはあれからどうなってしまったのか。心配になった私は部屋を抜ける。のだが、バッタリ出会したメイドに捕まって食堂に連れて来られた。


「わああ」


 唐突に声が出てしまった。

 いけない。と思って両手で口を押さえるが、その必要はない。とメイドが言う。

 どうしてなのか。聞こうとした矢先のことだった。食堂に杖を支えにして地味に疲れた顔をする壮年の男性が入って来ては一番前の席に腰掛ける。

 男性はあたふたと戸惑う私を見て、苦笑するや否や目でメイドに指示を出しているように見えた。


「こちらへどうぞ」


 メイドさんが用意してくれた席は、男性の近くの席だった。

 テーブルの上には、私の知らない食器ばかりが並べられている。金属製の棒が二つ、これが箸だとは分かる。でも尖った三本の槍や丸みを帯びた食器はどれも初めての物ばかり。

 クエスチョンマークで一杯になる私にメイドさんが丁寧に教えてくれた。尖った三本の槍は料理の品によっては刺してくるくる巻いて食す物。丸みを帯びたのは、主にスープを掬い上げて食す物らしい。

 食器について学んだところで白衣を着用した人物が次々と料理を運んできた。


 赤いようなオレンジ色のような麺をした料理に添えられている色鮮やかな緑や赤や白の野菜たちを麺と一緒にくるくる巻いて頬張ると、


「う~ん。美味しい」


 僅かな酸味が食材の味を引き立てているのだから美味しくないわけがない。

 私のコメントにこの料理を運んでくれた人は感謝してか一礼して喜んでいた。

 その人の助言でこちらのチーズ粉やタバスコをお好みでかけてお召し上がりください。と言うのに肖ってそれぞれを適量でかけると味が変わったのだ。

 美味しさの次元が一層際立って旨味が爆発したこの料理【ナポリタン】をおかわりするほどに。実際はオカワリなんて言える筈もなく、会食を終えた私はヒロキを探そうとしたのが、何故か止められるのだ。


「お願いします。

 私をヒロキに会わせてください。それに……」


 言葉が躓いた。

 このメイドさんや壮年の男性を疑う訳じゃない。でも、ここまでしてくれた人たちを疑う訳にもいかず気持ちが折れそうだった時だった。

 こっちへ。とメイドさんに引っ張られた私が連れて来られたのは彼女の部屋だった。


「私はここでアルファガレスト=マキナス=ゴルディー様。あのお方の忠実なるメイド長を承っているリファイアと言います。

 貴方には知る権利がありますので、お話ししますが貴方は勘違いなされていなす。貴方が助かったのは、ヒロキ様。彼が連れていた…だからです。

 ヒロキ様は現在のシェンリル王国の王様にして私が仕えるアルファガレスト卿のお兄様マイト=ゴルディー様の友人だからです」


 その言葉に衝撃を受けた。

 はなっから私など眼中にない。そんなことわかってた。私が驚いたのはそこではない。この国の最重要人物。それも国王と知り合いだという事実が信じられなかったのだ。

 なぜ言ってくれなかったのだろう。ううん、言えるはずがない。そんなことが公になったら国王様にも危害が及ぶと思ったから?

 違う。ヒロキはそんなこと考えていなかった。ずっと私だけを見てた。


「私は棄てられる。と言うことですか。

 さっきの食事会は最後の晩餐と言う訳なのでしょう?」


「貴方は本当に勘違いの達人ですね。

 確かに貴方の身分は、先程まで奴隷でしたが今は違います。アルファガレスト卿が貴方と言う三十番をお買い上げになったのです」


「へ?」


 リファイアの言うことがイマイチ分からなかった。奴隷の購入。それも五十番以下の商品を購入するには最低でも百万セルは必要不可欠な筈。

 いくら国王の弟ぎみでも百万セルは大金だ。一流の冒険者でも数十年かかって漸く五十万セルと言う。

 そんな無茶が罷り通るわけがない。


「どうして私なんかの為に?」


「本当に鈍感ですね貴方は。

 貴方の為と言うよりはヒロキ様の為に。と言った方が正しいでしょう。

 そして早朝、ヒロキ様はお先に出立されました。その際に一億セルと言う破格の大金を渡されました。それは貴方の為に使って欲しい。と言われました。

 もうお分かりでしょう。貴方に最大級のオモテナシをする意味が」


 一億セル? なにそれ、あれれ私の金銭感覚が可笑しいの。

 一流の冒険者でもそこまで破格な大金を稼いだっていう噂は聞かないのに一億セルって、一体どれだけの犠牲を払えば……。ってそうじゃない。

 どうして私を置いてきぼりにして、出たの? 私をキライになったの?

 違う。ヒロキはきっと私を遠ざけようとしてるんだ。それでもーーー。


「それでも、私は彼の傍に居たいんです!」


 キッパリと言う私に呆れたメイド長のリファイアは分かりました…。と言って執事さんを呼んでくれた。

 燕尾服がよく似合う執事のクラネルさん付き添いのもと、冒険ギルドに向かうことにした。なんでも冒険者になるには、冒険ギルドで冒険者登録が必須とのことでクラネルさんの推薦でそこに決まったのだ。



 クラネルさんは、とても気が利いていて優しい。でも怒ると怖いおじいさん。私よりも華奢な体躯は、アルファガレスト卿指示のもとに鍛えた結果だと言っていた。

 冒険ギルドに到着した私にクラネルさんは、これを彼にお渡し下さい。と言って大きな革袋を二つくれた。中身が気になるが、彼。ヒロキと一緒にお開けください。とのことだ。

 クラネルさんと別れを告げて、私が冒険ギルドの門を叩くと中から可愛らしい少女がひょこっと顔を出してきた。

 腰に魔導書。手には杖を持つ栗色の髪をした北欧系の少女は小首を捻って可愛らしく訊ねてきた。


「あ、あの!

 ここにヒ…(いや、待って。国王の知り合いなら真名を言うのは危険だよね)ここに今日、登録しに来たかたを探しているのですが……」


「はあ、そうですか。ちょっと中に入って待っててね。ニナさん起こして来るから」


 冒険ギルドの門を潜って失礼すると、上等な木材をふんだんに使った結構なお手前をした内装が私を出迎えてくれた。

 ドアベルといい、カウンター席といい、中々にシックな造りをしている。

 これ程まで艶と輝きを放つ木材となると相当な額になるだろう。と思う私は北欧系の少女の友人だろうか。翡翠の上着が目からは慣れない。


「ゴメンねぇ。ニナさん、泡吹いて倒れちゃった見たいで対応が遅れて。

 う…じゃなくて、私も一応は代理でここの仕事を手伝っているカエデです。それで貴方のお名前は?」


 あ…。言葉が出てこなかった。

 私にはまだ名前がないのだ。三十番とは、嘗ての私の商品番号であって名前じゃない。故郷のムスペルトの記憶もない以上、口を閉じることしか出来ない。

 そんな私に知った声がフォローした。


「彼女は私の友人でね。

 記憶を少々失っているんだよ。クラネルから報告は受けているよ。屋敷を飛び出したそうじゃないか。君の勇気は、蛮勇でないことを祈るよ。さあ、おいで。彼が待ってる」


 アルファガレスト卿だった。

 私たちの恩人の彼がどうして? という疑問は直ぐに解消されたがまだ分からないことがある。君の勇気は、蛮勇でないことを祈るよ。と言った彼の一言が気になってしようがないのだ。

 まるで誰かの過去を言っているように聞こえた。…ような気がする。


 アルファガレスト卿の付き添いで招かれたのは、冒険ギルドの地下闘技場だった。

 多くの観客。その多くは大剣やらメイスを装備していることから冒険者と分かる。先程まで私に応対していたカエデさんの姿も見える。

 彼等は全員がその目を闘技場に向けていた。そこに何があるのかと思えば、彼がいたのだ。大声で彼を呼びたかったが、アルファガレスト卿に止められたので仕方ない。

 ゴクリ。と生唾を飲んだ次の瞬間何が起こったのか理解できなかった。

 武器破壊ブレイクという現象で敵対していたプレイヤーのナイフは粉砕されて心臓に突き立てた拳によってチャラい男はダウンしたのだ。その後、酷いブーイングの嵐だったがそれをも切り崩すヒロキの拳が敵の甲冑にめり込んだ後の盛況はブーイングを弾き飛ばすほどだった。

 スゴイ。正直にそう思った。

 私はアルファガレスト卿に一礼して彼を追った。もう二度と離れたくないって思ったからだ。


 私は走った。逃げるように走っているわけでもないのに、息がもう切れてしまいそうになる。

 それでも走ることは、止めなかった。

 彼が好きだから。

 違う。ううん、違わないけど憧れのあの人がそこに居るってだけで鼓動が早くなる。

 もう私は迷わない。彼に抱き着きたい。

 その一心で向かった先では、もう一つの戦いが始まっていた。


 カエデさんがいる。さっきの北欧系の少女も居て見てる。凄くイヤな予感がした。私の知らない何かを知ってそうな彼女たちの先にはヒロキがいた。


 敵対する二本のサーベル持ちの少年が声を荒げる叫びから戦いの幕は上がったのだろう。繰り広げられる剣戟は、私の鬼人としての能力をフルに使っても見えない程の激戦だった。

 一体、彼は。ヒロキは、どうやってこれほどの上級者と戦えるだけの鍛練を積んだのか全くの謎だったのだが、彼は言う。

 この二年間で…。と言うがそれは誰もが無理だと言う。私もそうだった。信じろ。という方が無理である。

 決死の覚悟で鍛練に挑んだところで急激なレベルアップは望めないのが、この世界の業だというのに彼はそれを越えたという。信じられない? 違う。私が信じないで誰が信じるのか。


 二人は鍔迫り合いになった最中、何かを話し合っているようだった。それが何かは分からないが、いよいよ決着の時が着たようだった。

 オーダー。と言う言い回しが放つ言葉は、昔から必殺技と決まっているからだ。

 今までにない速度で加速しヒロキに迫るが彼には見えていたのだろう。空気圧が螺曲がってはいるが押さえ込まれた力の状態で肋に叩き込んだそれは骨だけを数本砕いて吹き飛ばす。

 押さえ込んだのは彼なりの優しさだ。と思った私は気付いた時には彼の胴体向かって飛び込んでくるくると回っていた。


「え!?

 何でここに居るの?」


 そうヒロキが言った後、何故かカエデさんと隣のレインさんと言うらしい嘗てのヒロキの仲間は白い目で見ていた。


「ねえ、ヒロ。その子、お知り合いかな?」

「…ぐす、あんまりだよ。まさか私以上にロリっ子な娘を傍に置くなんて」


 なんでしょうか? この色恋沙汰みたいな展開は。と思う私は決定的な一言をもってこの長引きそうな会話に終止符を打つことにした。


「ヒロキは私を看病して、唯一肌を許したとても聡明な方です。もう一夜以上、寝泊まりしましたのでお引き取りください」


 二人だけではなかった。

 周囲の冒険者も同じように硬直し、ヒロキだけが青ざめる中で私はソッと寄って頬にキスをした。

 その後の顛末は、新しい伝説を生んで深い傷跡をヒロキに残すことになったのである。


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