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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅲ 《奴隷市場での覚醒譚》
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【#054】 Entry -剣舞祭の資格-

遅くなりました。



 アルファガレスト卿の邸宅を出た俺は、冒険ギルドのある中層に辿り着いた。

 中層と言えど、地下ではない。そもそもシェンリル王国の都市構造は、地下に二層。地上に三層の全部で五階層の作りになっている。

 アルファガレスト卿の邸宅があった最下層は、水晶洞窟の出入り口となっており行商人やそのお供として傭兵や冒険者たちが【セラフ領;ダバブ】。現在は【交易港ダバブ】に歩いていく。

 次の階層は、町のブロックが作業工程となっている造船所だ。元とは言え、貿易の町は今も健在らしく三十九代目の親方マグライアが指揮を取っていた。作業員の多くは成り立ての冒険者が体力づくりの一環として仕事しているとか。

 後で行って見るか。と心の中で呟くとカルマとハガネが反論する。


『おいおい、お前に体力づくりなんて必要ないだろ』

『いえいえ、お金をアルファガレスト卿に渡した時点で無一文なのですから働くべきです。昔から働かざるもの食うべからず。と言います』

「いや、風の噂で聞いたサブクエストをしたいんだ」


 俺の意気込みに何故か溜め息を吐くハガネと苦笑するカルマ。その後、口にしたのは意外にも同じ言葉だった。


「「お前らしい」」

「でもまずは、冒険ギルドだな」


 すべてのクエストの凡そ九割がギルドでの受付から始まるからだ。とアルファガレスト卿に言われた。では残りの一割は何なのか? それは突発的なクエストらしい。例えを挙げるなら『緊急クエスト』や『グランドクエスト』に当たる。

 緊急クエストは、身の危険を感じた。強敵モンスターが接近してきた際や町に危険が生じる予知を感じると世界システムが訴えかけてくるらしい。

 グランドクエストは、世界そのものに大いなる危機を感知してプレイヤー全員に訴えかけてくるらしい。過去の前例を挙げるなら魔法大戦がそうだ。


 中層に上がると、漸く地上だ。

 上層に上るにはCランク以上の職権が必要らしく、近衛兵が常時監視してゲートを閉じている。

 案内マップによると、ギルド商会から始まって冒険・商人・鍛冶・傭兵・騎士・調理という各ギルド会館。『世界の窓口』と言われる交易・遊覧・航行の港口。大通りにあると言う食・物・品の繁華街。さまざまな種族が入り乱れる国民・民族の住居ブロックがある。

 小腹が空いているが所持金を持ち合わせていないので、冒険ギルドへ向かうことにしたのだが繁華街の先にあるとは聞いていない。



♢シェンリル王国 中層 シェンリル大通り♢

 

 右からも左からもジューシーな肉汁が小腹を空かせた俺を誘い込む。

 店員たちからあれやこれやと勧められるが、お金を持っていないと断ると、物々交換でも構わんよ。と言うので古錆びた斧を渡す。


「こりゃあ、ゴブリンアックスかい。古錆びちょるがまだまだ使えそうじゃ。

 これなら油鶏の串焼き十本はいけるぞい。ちーと待ってくれや坊主」


 そう言って串焼き屋のじいさんは、熾していた炭火焼き器に次々と黄色い皮と赤身のある肉が特徴的な串肉を掛けていく。パチパチ――。と火花散る炭と肉が香らせる旨味が俺の腹を鳴らす。

 その腹の虫にじいさんが苦笑する。

 腹を抑えてやや照れ隠しする俺に、カルマが油鶏についてのうんちくを話し始めたので強引に意識をそっちに向けて串焼きの完成を待った。

 カルマ曰く、油鶏とはシェンリル王国から東にある【モルゲイ高原】に生息している鳥獣種バードのクルブナという食材モンスターの肉らしい。黄色い皮は、脂身を多く含み柔らかくメスのクルブナ肉の特徴と合致するので間違いないと断言していた。


「ほいよ。出来たぞ坊主。二本はワテからのオマケだ」


 計十二本の串焼きを手に食べ歩きは不味いので、石造りのベンチに腰掛けて一口目を頬る。

 黄色い皮とジューシーに仕上がった鶏肉の旨味が口内を駆け巡る。黄色い皮だけを食べてみると、さっぱりした油が程好く口の中でジワーと広がる。鶏肉だけ食べると柔らかい肉質で歯切れがよく食べやすい。


「旨い!!」


 声を大にして言うと、じいさんはほっほっほ。と言って喜んでいた。

 カルマからは、野菜も食えよ。と親のように説教してくるが、確かに偏った生活は体に毒である。お金が入ったら野菜を食すとしよう。そう思いながら、冒険ギルドに向かった。


 シェンリル大通りを抜けて何ブロックか歩くと、飲食店や装具品店とは一味も二味も違う大きな建物が見えてきた。各々の建物には、日本語ではない言語が使われていた。恐らく建物の名前を記した看板だろう。

 二年前に盗賊の隠れ家の書庫で見つけたどの言語とも違うため、カルマに翻訳を委託して【アルカディアの大陸言語】を獲得した俺は、目的の冒険ギルドを探す。

 

 改めて見回すと、大抵の看板は読める。

 『剣や盾。自慢の一級品を自分の腕で―――鍛冶ギルド』という如何にも重そうな鉄の看板。

 『賭け事をする前に軍資金の補強が第一―――商人ギルド』という硬貨を思わせる丸型の金ぴか看板。

 『働く前に甘味をお一つ―――商人ギルド御用達の団子屋【スマイ丸】』というチラシの内容までが、どうやら【アルカディアの大陸言語】だったようで滑らかに読める。これは、かなり使い勝手がいい。

 この調子ならすんなり、目的地に着きそうなのだが可笑しい。

 あっちに行っても。こっちに行っても…どこを探しても冒険ギルドの「ぼ」文字も見当たらないのだ。これでは埒が明かないので、町の人に尋ねると驚きの答えが返ってきたのだ。


「え? 冒険ギルドが何処かって…。

 アンタ、最下層から上ってきたなら中層の入り口に有っただろ」


 は!? マジでか…。

 俺は失望した。何に失望したって?

 そんなの決まってる。カルマにだ。

 コイツ、絶対に知ってただろ。


 仕方ないので来た道を再度戻って、漸く冒険ギルドに到着した頃には太陽が天辺に来ていた。通りで小腹が空くわけである。

 リンゴーン、リンゴーン。と鐘の音が鳴っている。正午の合図だろう。

 ハー。と溜め息をついて深呼吸。シャキッとキリッとした顔でドアを開く。

 カランカラン――。と一種のドアベルだろう。鐘の音が上の方から聴こえた。

 冒険ギルドに入ると、カウンターの向こうに女性が控えているのが見えた。受付嬢の類の人だろう。と思った俺はゆっくりと歩いていく。


「いらっしゃいませ。

 今回はどういうご用件でしょうか?」


 と十代後半の少女? は話し掛けてきたので間違いなく受付嬢だと確信する。

 ほっ。と一息ついてギルドカードの発行をお願いした。すると、ステータスウインドウと金貨一枚を要求して来た。

 う~む、これは想定外だぞ。と俺が悩むのも当然。

 まず、ステータスウインドウは自分の実力や経験情報が詰まった一種の個人情報だとクルスから教えられて信用する仲間以外は決して持ち出してはならない。そう言われていたからだ。

 それに加えて金貨一枚とは、随分の高価過ぎやしないだろうか。アルファガレスト卿が言うには、金貨一枚がシステム通貨でいう一千万セル。

 これはアレだな。試されてる。そんな予感がしたので沈黙を突き通すことにした。


「………」

「あの、お客様。どうされました?」


 おや?

 可笑しいな。俺の直感が外れたのだろうか。と思いきや彼女がカウンター席の下に置かれている物に手を掛けたことにハガネが気付く。

 ハガネからの忠告で、深読みは勘違いを生む。と指摘され落ち着いて対処することにした。こういう時は正直に話した方がいいだろ。

 かえって正直すぎると変に疑われるし、ということを踏まえて質問することにした。


「…………。

 ああ、すみませんでした。実はずっと地下に籠っていた性で、と言うか迷子だったんですが、昨日漸く出て来れまして。金貨というのは?」

「はあ…。そうでしたか、それでは説明するよりも金貨一枚分に匹敵する現物でしたら何でも構いませんよ」


 まだ疑っているようだが、現物で構わないなら串焼き屋のじいさんに渡した斧みたいな物品を上げればいいか。

 しかしだ。あの錆びた斧で串焼き十本分つまり銀貨二十枚となると…。金貨一枚分の品物が現在持っているか不明である。イベントリ内を適当に検索しているが、中々良質の武器はない。

 仕方ない。財宝系のアイテムなら問題ないだろ。と手に持ったのは王冠である。

 二年前の黒結晶洞窟での死闘で、立ち寄ったエリア「王の間」で灰化させたゴブリンキングの討伐報酬品【ゴブリンキングの王冠】。王冠には上質なエメラルド・サファイア・ルビー・ダイヤモンドなどの大粒の宝石が嵌っているのだ。


「そうですね。

 ではこれでも問題ないですかね」


 これならば…。と思いカウンター席に置いた。

 ゴトリ。と置かれた眩い黄金の輝きを放つ冠に魅了を感じたのだろうか。彼女の視線は王冠に向かれたまま離れない。


 彼女が分析スキル【鑑定】で調べていることに逸早く気付いたのは、カルマだった。でもカルマは敢えてヒロキには言わなかった。アレはシステム通貨で五千万セル、金貨五千枚の価値がある。とは言えなかったからである。

 一瞬、白目を向いてスリープ状態に移行した彼女に対してヒロキが、どうなのかな? という困惑の表情に困ってか今回限り無料で作ってくれると言う。

 その答えに喜んだのはヒロキだけではなかった。一番喜びを抱いていたのはハガネだ。と知るカルマは未来が危ういと一人思うのだった。


「それでは、台座に手を乗せてください」


 彼女が用意したのは、黄金に見えるが鍍金だと看破するカルマにややテンションを下げられながらも台座に手を置く。

 この台座は現実世界でいう指紋照合みたいな物らしい。これとギルドカードがあれば必要に応じて冒険ギルドから支給品を貰えたり、クエストの受注や完了の際に経験した情報のすべてがギルドカードに上書き更新される。と言う。

 ステータスウインドウを提示する理由は、現在の個人情報をギルドカードに映す必要があるので仕方ないことだと言う。


 それは前もって言って欲しかったが、丁度いい。

 実際のところ、この二年間で一度も自分の状態を見ていないからな。と内心浮きながら自分のステータスを提示する。 


 ――が、しかし次の瞬間。彼女は目を丸くして俺を見る。

 なんぞや? と自分のステータスを見ると、この二年で凡そ二倍に伸びているが俺からすれば、まだまだだと思う。あれだけ飛躍する能力値とレベルがこれでは、先が思いやられると思う一方で驚く彼女に自己紹介をうっかり忘れていたことに今更気付いた。


「名乗り遅れたよ。

 俺はヒロキ。冒険者になりにきたんだ」


 ハガネにおっせーよ。と言われた。

 いやはや全くその通りである。

 どうもコミュニケーションが難しい。心の中では喋れるけど、人との繋がりを忘れるとどう話したものかと悩んでしまう。


 そんなことを思っている内に、何故かは知らないが泡を吹いて倒れる彼女にアタフタしながらカルマの提案でソファに寝かせて看病することに。

 とそこへ。

 ガチャガチャ。と金属と金属が重なり合う金属音が後ろから聴こえるなり、若い青年風の声が耳に響いた。


「――俺達のニナさんに手を出すな!!」

「誤解だ――!!」


 俺はそう叫ぶしかなかった。のだが勝手にカルマが、

 受付嬢=看板娘のニナは、俺達=冒険者全員から慕われておりエロいことを考えていると思った彼等が叫んだ。つまり、こういうことだな。と推理する。

 その推理に対してハガネが、

 エロい? 違うな。卑猥な妄想を膨らませた…が正しい。と反論する。

 それで俺はというと、二人にフザケンナと叫ぶ。


 さて、どうしたものか。と俺が考えるよりも先に彼等からの提案を受けることにした。彼等曰く、冒険者なら正々堂々と真っ向勝負しろ。と言うのだ。

 幸運なことなのか。不運なことなのか。冒険ギルド地下には、PVP模擬戦用の決戦フィールドが一つあるらしいので彼等の口車に乗っかって階段を降りる。そこで待っていたのは、複数人の冒険者が観客として座っている最早闘技場だった。


「お前さんは運が良い。

 このグラップ様の剣戟を間近で観られるんだからな。強姦罪は死罪だと相場で決まっている。ここはテメエの処刑場だ!!」


 金属でガチガチに固めた鉄の鎧を着た青年ではなく、受付嬢ニナさんにベタ惚れしているヤンチャな不良少年が俺の相手らしい。あれだけ威勢のいいことを言っておいて後輩に任せるとはいい度胸である。

 先輩と後輩。という関係に気付いたのはハガネだ。

 それは恐らく言葉遣いと装備品からの判断だろう。鉄の鎧を着た青年の装備は、どう見ても新品だがヤンチャな不良少年グラップの方は使い古しだ。刃毀れしたナイフからどれだけ使い込んだかが分かるし、グリップが彼の手に合っていない。


 決戦フィールドに上がった俺は、魔剣ではなく自作の投擲用ナイフを二本持つ。

 投擲用ナイフの特徴は、両刃で切っ先が非常に鋭いことこそが最大の武器と成り得ることだ。それに加えて投擲だけあって、空気抵抗を受けにくい特性を最大限利用できる。どんな武器でも利点を捉えれば最強の武器に成り得る。そう教わったのだ。


「ハハハ、何だ安物の棄て武器で勝つつもりかよ」


 会場中が笑う中で、一人の大男だけが無言のまま見据えていた。

 隣にはニヤリ。と不敵にアルファガレスト卿が滑稽な観客に対して笑う。彼の両手には怯えて震えながらも見守る視線をフィールドに上がった両刃のナイフ使いに注ぐ少女の姿があった。


 カルマも。ハガネも。勿論、ヒロキさえも彼等の存在には気付かなかった。

 いや正確には気付けなかったが正しい。

 今から始まる戦いに集中するのに、観客とは邪魔な存在でしかないからだ。カラカラと笑う声も。影ながら頑張れと応援する声も。集中してノイズカットしたフィールドに開戦宣言が放たれた直後、決戦は呆気なく終演する。


 開戦一秒と言う世界でヒロキが放ったのは、一撃のみ。それもグラップの持つナイフを武器破壊ブレイクして軽装の鉄製胸当てさえも砕いて心臓にスタンさせる。ショックダメージを与えるだけで、グラップはフィールドに倒れたのだ。

 常人の冒険者には、理解できない。その性で会場はブーイングの嵐となる一方で、この仁王像の肉体美を晒す大男には見えていたのか苦笑して退出する。


「イカサマだ。こんな芸当がFランク冒険者に出来る訳ない」


 鉄の鎧を着た青年の言葉に続いて、他の冒険者からも同じ言葉が降り注ぐ。

 ぶー。ぶー。

 イカサマ野郎。詐欺師。変態野郎。

 挙句の果てには、死ね死ねコールが会場に反響する。その中で一人の少女が声を上げる。訊いたことのある似非関西弁の声だ。


「なんや、それなら言い出しっぺのアンタが戦いや」


 その言葉に今度は会場中が、そうだそうだ。と言って半ば追い遣られる形で鉄の鎧を着た青年ベニがフィールドに上がってきた。

 開戦宣言もなく、斬りかかってきたベニに余裕の表情でふらふらと回避する。剣戟も糞もない。剣を振るうのが遅すぎるのだ。これではゴブリンの棍棒攻撃の方が全然マシである。

 お下がりのナイフを後輩に、新品のロングソードを買ったばかりなのだろう。武器の構えが成っていない。鉄の鎧も重すぎて身体が着いて行っていない。十数回の踏み込みと斬り込みで既にスタミナ切れを起こしている。


「うわああああああああ」


 声だけが威勢が良くても意味がない。

 フェイントもない一直線の攻撃でEランク冒険者を名乗れるのなら、俺は何の為に強くなったのか。と思う。

 考えても仕方がない。

 こんな無意味な戦いは、―――終わりだ。

 

 俺は両刃ナイフを振り上げてロングソードを弾く。

 弾いた位置で右の拳を止めてふざけた鉄仮面ごと顔面にダイレクトな一撃を頬る。力は抑えたつもりだったが、筋力値百八十五のパンチは鉄の甲冑を貫いてベニの顔面を粉砕した。

 流血したフィールドと泣き叫ぶベニに震えあがり、観客は一斉に叫ぶ。ただし、それは恐怖ではなく歓喜の叫びを上げたのである。

 そして俺は、剣舞祭のエントリー資格を同時に獲得した瞬間でもあった。



 剣舞祭への出場条件は以下の通り。

 一。シェンリル王国国内においてのPVPで二連勝した者全員は、エントリー戦に参加したものとする。

 二。剣舞祭前日までにエントリー戦で三十連勝治めた者に出場資格を与える。

 三。エントリー戦の勝者は、他者の勝ち星を加算できる(例:勝ち星二つのプレイヤーが勝ち星七つのプレイヤーに勝利した場合、勝者の勝ち星は九つとなる)。

 四。エントリー戦の敗者は、一度の敗北で出場・エントリー戦資格を失う。

 五。エントリー戦の勝負方法は、PVPの一対一。もしくは一対二までとする。

 六。エントリー戦で被害が出た場合、敗者が全責任を負う。

 以上の六項目が守れなかった場合は、罪人として扱うものとする。


お知らせです。

4月1日から下旬まで投稿が出来ない可能性がありますので、ご了承ください。新しいタイプの光をセッティングするために時間を要します。それまで書きためておきますので接続が安定次第、投稿予定です。

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