【#052】 Black smith -魔剣の鍛冶師-
今回かなり長くなりました。
その性もありまして投稿が遅れました。ごめんなさい。
回想編も残り一話となりました。今日中に投稿を予定しております。
最後まで読んで戴ければ幸いです。
「ん…ん、んん……。ここはどこだ?」
見慣れない天井が広がっている。というかだな。
明らかに採掘で掘った痕跡が数多く見受けられる岩肌の天井を見る俺は状況を整理する。
もう顔に関する情報が欠落しているが、やたらと喧嘩慣れしたオッサンに出会ったところまでは覚えている。
名前、なんだっけかな。大地に関係する名前だったような…。
うん。忘れたな。
この時の俺は知らなかったのだ。
まさかカルマが俺の頭の引き出しから出そうとする情報を出ないようにしていたとは。それを知ったのはまだまだ先の話になる。
俺は寝床から起き上がる。
掛け布団をくんくんと嗅ぐと埃臭いし、なんかオッサン臭が酷い。
手足を縛られていないところを見ると、物取りや監禁ではなさそうだがなんもない。無いのはこの部屋の家具がだ。
俺が寝かされていた敷布団と掛け布団の他には採掘用のつるはしが二本と中ぐらいのバックパック・黄色の安全ヘルメットなどの仕事の部類が多いに対して家具がない。寝るための部屋といった感じだな。
「カルマ、ハガネ。起きてんだろ」
『む。漸く目覚めたか』
「あれ? カルマは…」
『カルマならまだ寝ておるよ。
ふわぁ、儂もまだ眠いぞ。それで何用だ』
眠い? 可笑しな奴等だな。
『言ったろ。
儂とカルマはオマエの中にいるんだ。
記憶・着想・感情の共有があるだろ。オマエさんが空腹になれば、儂等も腹が減る。眠たくなれば欠伸ぐらいする。
でもな。カルマは、ヒロキと絆がある。魂の繋がりを最初に結んだ存在は、より大きく強く影響を及ぼす』
あれ、声に出てたか。まあいいや。
それよりも魂の力については、まだまだ検証の余地ありだな。
それが本当なら…。
「じゃあなにか。
俺が一度死んだときも魂の力を持つヤツは、全員俺が死んだと思ったってことか。虫の知らせみたいに?」
『まあ、そんなところだ。それで何用だ』
魂の繋がり。
これは【反魂術式】に似ているが肉体ではなく、感覚の共有といったところだな。
―――って、ことはだ。レインとカエデは、俺を死んだものだと思ってるのか。
「はあ、憂鬱になってきたよ」
『はぁん!? ふざけんな。
こっちは退屈で退屈で、せっせと死闘、乱戦、激闘、虐殺、殲滅、皆殺ししたい気分なんだぞ。この気持ちがオマエに分かるか!』
いや…。流石にあの修行法だったから分かるよ。
でもよ、少しは自重しろよな。
頼むから俺の中で戦漬けを大声で叫ぶの止めてくんないかな。
「よし、本題に入ろう。ここはどこだ」
『オイ。話しを今になってすり替えるなよ。
まあいい、教えようではないか。ここが何処かだと知れたこと、儂にも分からん!』
威張って言うことか!?
呆れて何も言えない俺は、仕方なく扉に向かおうとした矢先のことだった。
――! 微かに聞こえた足音に反応して足を静かに下ろす。
ぺたぺた。と人間の足の動きよりも早いが歩きは遅い。
む? 何かイイ匂いがするな。
ガラガラッ。と開かれた引き戸の向こう側には背が俺よりも半分あるかないかほどの丈に、ふっくらした顔つきとお腹周りをしたゴブリン?
それにしては背丈が低い気がする。
「起きたようじゃな。メシを持ってきたぞい」
と言われ彼の手元を見るとお盆の上に置かれたジューシーな肉塊がゴロッと三つが陶器製の皿に盛られ懐かしいばかりのキャベツの千切りが瑞々しく俺の目には光って見えた。
じゅるり。と品のない涎が出るが仕方ないこと。
美味しいゴハンには勝てないのだ。他の茶碗にも白く盛られた白米と朱色の洒落た椀には、こちらも懐かしき故郷の匂いが部屋の中を駆け巡る。茶色い汁で確信する。久しぶりの味噌汁だと。
お盆を受け取った俺は無我夢中で一般家庭で食す日本食を心逝くまで堪能した。
最後には丁寧に麦茶を用意してくれたのだった。
「ごちそうさまです」
「お粗末様じゃて。うむ、良い喰いっぷりじゃったぞ。
さて一息ついたところで自己紹介しておこうか。ワシはこの黒結晶洞窟の住人であり、ギルド連盟より管理を任された小人[ドワーフ]のカイエンじゃてぇー」
ああドワーフね。
ゴブリンかと思ったよ。耳がやや尖ってるし。
「俺は人間いえ、魔人[フェイスマン]のヒロキです。
カイエンさん。管理って、どういうことですか?」
「うむ。ワシの仕事は三つあっての。
一つ目は本業である鍛冶師として高品質の鉱石を採掘して武器や防具の素材収集。
二つ目はギルド「観測者の宴」による資源調査。
三つ目はギルド連盟から任命された十年に亘る管理。それは洞窟内部で死した死亡者の管理だ。オマエさんを最初に見た時は、死人かと思ったくらいじゃが。行き倒れってオマエのう…」
呆れた顔をされた。
まあ、そこは無理ないので俺も言い返せない。
今までの食事はゴブリンの肉を使った無難な焼肉かコカトリスの鶏肉を使った素揚げが精一杯だったからな。
モンスターと出会う度に倒してはゲテモノ料理の食材にする。その繰り返しだったのだが、地下六階で遂に食糧切れでカルマの魔法で水を生成し繋いでいたにも限界がある。
「すみません。どうしても、行かなければならない場所がありまして…」
そうなのだ。
俺達は別に強いモンスターと戦う訳でも財宝捜しのトレジャーハントでもない。
ある目的の為にどうしても、そこへ向かう必要があるからだ。
黒結晶洞窟の最下層である地下八階にあるという古代遺跡。そこにカルマ曰く、古代人の秘密が隠されている。かも知れないだそうだ。
カルマとハガネの知る限り、古代人とは魔法が使えない以上のことは分からないそうだ。
――が、世界中の部族の中で唯一魔力を持たないことに引っ掛かるようなことを言っていたな。まあ、そこはカルマだしな。ハガネの奴は強敵に興味津々の様子だ。
眉を顰めて顎に手を当て物思いに更けるカイエンは、
「―――お前さん、ヒロキと言ったか。
この下の階。地下八階には古代遺跡しかないが、もしやとは思うが『伝説クエスト』に挑戦するつもりか?」
また妙な固有名詞が出てきたな。
カルマなら知ってるか。いや寝てるな。
ハガネに訊いてもアレなのでカイエンに尋ねると、如何やら『伝説クエスト』とは冒険ギルドの提示板に張り出されていたとしてもRank[B]以上の冒険職しか受け付けない高難易度のクエストらしい。
伝説と言われるだけあって、モンスターの階級は天災級モンスター以上とレベルは百を越えるのが当たり前。ということだ。
伝説クエスト『水神湖の守り神』。嘗ての賢者エルリオット=フェメルが人間に復讐するだけの為に<死神>というモンスターになった。それを。死霊種シスの討伐がメイン・<不死王>と言われるシスが作り上げた複数体のエルダーリッチー。その傘下の<骸骨兵>の異名を持つワイトソルジャーの掃討がサブというクエストだと言う。
現在はシェンリルの冒険ギルドで手配されるも、誰も手を付けていないそうだ。というのも正直言って無理ゲーらしいのだ。
伝説クエスト。そう言われているが、実際問題。黒結晶洞窟に立ち入るだけでも推奨レベルが上級冒険者とされている。その上、俺も知っていることだが怪物級が普通に徘徊してほぼ四割の確率で天災級に出会うのだから最下層へ行く前に死亡する・逃亡するケースがあっても可笑しくない。
それで彼、カイエンがここにいるのだろう。
冒険者だって人の子だからな。新生者なら両親が、転生者なら仲間がそれぞれ心配するだろうから。
ん~~。しかしだ。これは悩み物だな。
カルマの嘗ての相棒を討伐していいものなのだろうか?
いや、その前に俺がソイツを相手できるかが問題にするところか…。
どちらにせよ。カルマに相談するべきだろうな。
俺は思考を構築能力【加速】で時間を引き延ばす。
「おい、カルマ。
寝坊助にも程度ってものがあるぞ。起きろ! 聞きたいことがあるんだ」
『ん…ああ。ふわぁ…んん。何か用かヒロキよ』
どんだけ寝取んねん。
「オマエが話してくれた古代遺跡には、如何やら嘗ての相棒たるエルリオット=フェメル。今は死神になっているが、ソイツがいるらしい。どうする? オマエだって相棒を手に掛けたくはないだろ」
『む? 何を言っている。
私が古代遺跡に行くよう勧めたのは、古代人の情報収集もあるがそれは二の次。<死神>シス撃破。それこそが私の組んだカリキュラム卒業試験だぞ』
「は? はぁあああん!? 聞いてないぞ!!」
『うむ。いま言ったからな』
この野郎、首根っこを掴んで遣りたいが出来ない。
まさか最初から全部それが目的かよ。
「ちょっと待て。嘗ての相棒なんだろ。もう少しは情ってものがあるだろ」
『情か。ないと言えば嘘になるが、奴はもう白亜人[エルフ]ですらない。ただの魔物だ。それに今の相棒はヒロキ、お前だ。
いいかヒロキ。私がシス撃破を卒業試験に選んだ理由は二つある。
一つは私とハガネ。二人の師が教授して来た修練のすべてをお前が如何に使え、強くなったかを証明するもの。
もう一つは私自身のしがらみを解放するためだ。嘗て奴とは魔法で契約を結んでいる解約するには今となっては、奴の穢れた霊魂を除霊もしくは天に召される他ない。
私が今まで。今もだが眠たいのはその性なのだ。【反魂術式】の影響も確かにあるが、私の魂が奴に引っ張られている』
マジかよ。
討伐は前提なのか。でも確かにそうだな。
俺の強さを証明するには、もうソイツしかいないだろう。
「カルマ、シスって奴は強いか?」
『知れたこと。間違いなく、黒結晶洞窟内部で最強の存在はソイツだ』
いいな。それ、――面白そうだ。
俺は思考の【加速】を止めてカイエンに向き合う。
「カイエンさん。すまない、俺は行ってくるよ」
カイエンは、笑って俺を送り出してくれた。
本当にいい人だ。
無事に帰って来た時には、生涯で最高の武器を作ってくれるという。
俺はカイエンから回復ポーションを貰って最下層を目指した。――のだが、俺達は初めて知ることになる。それはカイエンですら知らなかったことだろう。
♢魔窟 1F 地獄の淵♢
黒結晶洞窟の最下層があそこだったのだ。
ダンジョンの名前が変わっている。つまりここは誰も知らない未知の領域なのだ。
松明を燃やし、天井に光を捧げるとそこに現れたのは崩れかけた古代遺跡の壁画。
不思議なことに俺にはそれが読めた。
古代文字は所々欠損しているので、全体の文面を読むことは出来ないが間違いなくここには嘗ての時代。古代人たちが住んでいたのだ。
何らかの兵器の壁画もある。魔法を使う壁画はないものの、宝石だろうかダイヤモンドの形をしたものを天に捧げて何かを生み出す。そんな絵がある。
魔窟を進むにつれて欠損部分が多い。
そこにある一定の位置を越えると寒気が俺の背中を押した。松明の火による光量で見えなかったがそれはそこにいたのである。淡い水色のベールを纏った骸骨兵ワイトソルジャーだ。
ここからは俺一人。
カルマは勿論のことハガネの助力も期待できない。
それこそが卒業試験のルールだからだ。
ハガネの奴はしょげていたが、この修練の最終目標は俺が強くなることに最大の意味があるのだ。助けてもらっては意味がない。
俺は名剣【ソウルイーター】を中段で構えてワイトの霊魂を削ぐと同時に骨を粉砕しては次の標的に向かって剣を振り下ろしていく。
五体。六体………十一体。十二体。
倒しても倒しても次から次へと湧いて出て来るワイトにイラつく俺は、大地?から教わった体術とハガネから教授を受けた体捌きで豪快に突き進む。
ワイトソルジャーの頭部を鷲掴みして握力で捻じ伏せる。握っていた朽ちかけた剣を叩き落としたり、他の標的に投げ飛ばしたりと若干遊びが入っている。
それでも俺に迷いはなかった。
歩いた道に骨しかない異様な光景だろうと知ったことではない。
引っ掻きも剣での攻撃も喰らえば、ダメージを負うのは当たり前だ。痛いことに合うのはもう慣れているが、それでもこの程度の雑魚モンスター相手に血を流すわけにはいかないのだ。
退くことも。恐れることもなく俺の卒業試験は進む。
その最中。俺の心の奥底で二人の師が談話していたことなど知らずに。
▲
▼
~~♢心の談話室♢~~
そこには丸いちゃぶ台が一つ置かれている。
テレビもなければ、コタツもない。
ちゃぶ台の他にはと言うと、青年の魔法使いと中年の侍が畳の上に寝っ転がってジッと彼を見ているのだった。
彼等は暇なのだ。
卒業試験中はヒロキに声を掛けてはいけないというカルマの作ったルール。その性で退屈を示す中年の侍の格好をしたオッサンが呟く。
「おい、ツマミが欲しいぞ」
そんなのある訳ない。と思う青年の魔法使いの格好をした爽やかイケメンは溜め息をキレイに吐いて答える。
「ハガネさん。ここにないものを要求しないで下さい」
「ええ~、ないのかよ。それにしても暇だな。
カルマ。ここでの話はアイツには聞こえないんだよな。だったら、久しぶりに大人の会話をしようじゃないか」
「大人の会話って、私は女性に関しては疎いので助言出来かねますよ」
「バカ野郎。誰がフラれた昔の女の話をすると言った。違うわ」
「それでなんです」
ポンッ。とちゃぶ台の上に湯呑が出現する。
それを取ってお茶を啜るカルマを見て、ハガネがツッコミを入れる。
「なんだ!? それは手品か」
「ここは心の中ですよ。第一、私達は死んだ身なのに顔があって体があって、こうして畳に座る足があるのですから。私達のイメージが反映されている証です。
即ち、お茶が欲しいなら湯呑とお茶をイメージすればいいだけです。私がツマミを出せないのは、過去一度でも見たことがないからですよ。現在、【反魂術式】は使えませんからヒロキの過去の記憶を見ることも叶いませんし」
ああ、なるほどね。と納得するハガネは酒瓶とツマミに冷奴・枝豆・ホッケの干物を出現させて呑み食いを始めた。
「く~~。ウメェな」
食事の作法もマナーもなく、酒瓶をそのままラッパ飲みするハガネを見て溜め息しか出てこないカルマはヒロキを見ながら言う。
「ハガネ、君はどう思う。
私は魔法しか知らないから剣術に関してはからっきしだ。君の目から見てヒロキはどう見える?」
「………ヒロキは、アイツは強いよ。儂よりも才能もある。
儂はな、カルマ。飛勇家の養子だからと言って剣術しか教えて貰えなかった。当時からヒロキに出会うまで儂は、強者でありたいと思っていた。
でも今なら分かるんだ。ヒロキは守るための剣を欲した。それが答えだ」
随分と丸くなったものだな。と思うカルマは【魔導解析】で思考と過去の記憶を読み取った時から気になっていることを訊くことにした。
「なあ、ハガネよ。
少々気になることがあるのだが、どうして飛勇家の道場や家屋もそうだった。なぜ真剣が見当たらない? 可笑しいだろ。武家屋敷に日本刀どころか槍もない。料理用の包丁や修練用の木刀しかない。本当にハガネの家系は侍なのか疑問に思うのだが」
「だから、言っただろ。話の腰を折るなよ。
義理の父親からは剣術だけを鍛えられた。門下生もそうだったし、力を欲するあまり野侍の刀を奪って全員を殺して強者になろうとしたが親父の…」
カルマは思う。
ハガネは勘違いしているのではないかと。
記憶の断片上からしてハガネの父親が最期に放った一撃。ハガネの言う「最終奥義【氷点の調】」とは剣術ですらない。なぜアレが奥義なのか理解不能だったが、ここで何かが紐解けたような感覚が奔る。
「ハガネ、もしかすると君の飛勇一天流とは…?」
自分の言葉が耳に入っていない。呆けた顔でヒロキを見るハガネにまたもや溜め息をつくカルマが目を見開くと、そこに映し出されていたのは【氷点の調】ではない別の力を用いて奮闘するヒロキだった。
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♢魔窟 B2F 古代遺跡♢
幽鬼種や死霊種などのアンデッド系統のモンスターに冷気を与える攻撃が意味ないことは知っている。と思うヒロキは思考を【加速】させて考える。
そこで閃いたのは、奇しくもカルマが悩んだ末に辿り着いた一つの答えだった。
氣の集束で生まれる冷気があれば暖気もまた然り。熱となって爆炎を生み出し氷の剣から炎の剣に変え尚且つ氣のコントロールで熱を振り絞ったどこまでも長い炎の刀身で横へ殴るように斬りつける。
シュボ、ボボボボボ。と数百体に及ぶ屍者種グールを切り裂いて消し炭にしていく。ぎゃあぎゃあ。と喚くグールを投擲用のナイフで止めを刺して次の階層に降りていく。
ヒロキとカルマが気付いたのは、剣術スキル【飛勇一天流】の真髄についてだった。そもそも、最終奥義が剣術ですらなく氣の集束によるものだったことに疑問がらないハガネが可笑しいと逸早く気付いたヒロキはある仮定に行き着いたのである。
最終奥義。それこそが【飛勇一天流】の基本ではないのか? ということだ。
もしも、仮にそれが事実ならハガネに剣術しか鍛えなかったことも頷けるからだ。門下生がいたなら尚更だ。
実際ハガネ自身が言っていた。氣の習得は相当難しいと。ならば、剣術の基本をみっちりと叩きこんだ上で最終奥義として伝えた方がしっくりくる。
ハガネの義理の父親が、どう考えていたかは今となっては分からない。もしこの仮定が正しいなら【氷点の調】だけがすべてではないと思う。
そこでヒロキは答えを出したのだった。
♢魔窟 B3F 古代遺跡の終点♢
「漸くってところか…」
一歩進んだところで、両サイドに掲げられた巨大な黄金の杯に青い炎が灯されていく。
美しくも感じるが、炎の光で視界が確保されて自分の目に映った面妖な仮面をつけた漆黒のローブを纏う如何にもというバケモノがいなければな。と思うのだった。
奴だけではない。
嘗て戦ったリッチーとはかけ離れた四体のエルダーリッチーが、それぞれ身の丈ほどの大杖を持っている。明らかに異様だ。黒と紫のベールを放つ魔力は、魔法陣となって奴こと<死神>シスを守るように三段目の壇上に仄暗い結界が張られた。
二段目の壇上に一体のエルダーリッチーを残して、俺の前には三体のバケモノが黒い瘴気を生んでは一段目のチェック柄の壇上にワイトソルジャーを三十体出現させた。剣を抜き取るワイトは侵入者を排除すべく突っ込んでくる。
「いいね。―――最高のクライマックスだ!」
剣戟からの格闘。格闘からの剣戟を繰り返していた俺はここから初めて自分から魔法を発動するのだった。三倍の魔素を【六芒星魔眼】で魔力に変換させて、カルマから教わった爆裂魔法【フィジカルボム】を三つ同時に炸裂させる。
爆裂魔法【フィジカルボム】とは、魔力を火球に変えて位置固定の後に更なる魔力を火球に注ぎ込み膨張させて巨大な爆発を巻き起こす危険な魔法である。
しかし、これでいいのだ。
そもそも爆裂魔法は、「火」を使う系統の魔法の中でも上位に位置する。それを三倍の魔素で作り上げたのだから、当然この空間の魔素は急激に枯渇する。
それが目的だったので仕方ない。
ドドド―――。と炸裂した爆裂魔法【フィジカルボム】の影響で三十のワイトソルジャーと一体のエルダーリッチーを撃滅。
残すは三体のエルダーリッチーとシスとなった訳だが、現実はそう甘くない。
エルダーリッチーは更なるワイトソルジャー? ではなく、杖とローブを羽織らせたワイトを召喚させて次々と魔法弾を放ってくる。
「チッ、マジかよ!」
武装スキル【サーチアイ】を使って器用に魔法弾による弾幕を躱していく。
距離を取られたまま進めない状況を一刻も打破する必要がある。そう考えるのも魔素を使い切ったと言っても空間内部に限られるからだ。地面に含まれる魔素は、土の呼吸によって排出されてまた濃い魔素で密閉される。
そうなっては奴等がより強くなってしまう。そうなる前に潰そうと考える俺は連技【加速装甲】と【無音暗殺】のコンボで弾幕をノーダメージで突っ切って投擲用のナイフでワイトプリーストに止めを刺す。
さらに俺の最高速度と技術スキル【物理限界突破】で大地?から教わった空気圧を利用した近接格闘術【虚空拳】がエルダーリッチーの頭部だけを吹き飛ばした。
崩れ落ちる頭部を失ったエルダーリッチーは無残な姿で倒れることを確認した俺はだらりと床に向かって垂れて下段で相撲のように構える。
「はああーーーッ!」
息を吸って吐いて床を蹴上げる。
魔人[フェイスマン]となってから向上した身体能力でチェック柄の壇上を割り砕き衝撃波を生んで三体目のエルダーリッチーを【虚空拳】で黄金の杯に弾き飛ばす。
びくびく。と微かに動くエルダーリッチーは女性が上げる奇声と共に起き上がる。青白い干からびた手を床に押し付けてスキル【呪言】を放とうとしているのを見て、距離を取っていた俺は一気に駆け寄って跳躍し、顔面に回し蹴りを食らわせる。
スキル【呪言】。アレはヤバいのだ。
口から吐かれた瘴気が半透明な黒い光球となる。それに含まれた呪いの言葉が連鎖反応を生んで地面に含まれる魔素を活性化させる効力だけならまだしも、接触すれば解呪するまで肉体を蝕んで苦しみを与える。
アレを喰らったグールは、自殺したのだ。それほどの恐慌状態に陥るほど危険なスキルだから攻撃しようとするなら阻止が最優先になる。
回し蹴りで何とかスキルを阻止出来た俺は、【呪言】によって生まれた魔素と空間に漂い始めた魔素を使って爆裂魔法【フィジカルボム】をエルダーリッチーの口の中に位置固定させて爆ぜさせる。
ドン―――。という爆裂音と一緒に吹き飛び灰化したエルダーリッチーの頭部を確認して二段目の壇上へ上がっていく。
大鎌を持った最後のエルダーリッチーは、俺が壇上に上がったところでまた同じことをしだした。ワイトソルジャー。ワイトプリースト。と来て次は何かと思えば、召喚して来たのは今までとは格の違うワイト。
受肉はしていないものの、蛮族ぽい鎧で身を包み持っている剣からは魔力を感じる。アレが魔法剣という奴だろうと直感的に思う俺は名剣【ソウルイーター】を中段で構える。
ハガネから教わった剣術と過去の記憶から引っ張り出した現代剣道を組み合わせて受け流す。フェイントを着いてカウンターで粗方の狂戦士を片付けたところで止まる。足踏みして一気に跳躍してソウルイーター独自の剣術を発動させる。
「オーダー、剣術スキル【無明塵】!!」
連続して溜まった霊魂の力を使う剣術スキル【無明塵】は、霊魂を削いで吸収するのではなく灰燼に帰する破壊する為の業である。それも広範囲に及ぶため、一歩間違えれば巻き込まれる恐れがあるためにワザと跳躍して距離を取ったのである。
灰化したことにより二段目の黒一色の壇上が真っ白に染まったのを見て奇声を上げるエルダーリッチーは、大鎌を下段から上段へと振り上げて応戦して来た。
宙にいる俺に防御が出来ないと思ったのだろう。
しかしだ。俺には【物理限界突破】がある。
宙を蹴った上で連技【加速装甲】と武装スキル【サーチアイ】のコンボを使って、エルダーリッチーの懐に潜り込んだ俺は利き腕。大鎌を振り上げていた左腕をソウルイーターで切り落とす。
奇声を上げるよりも早くソウルイーターの一閃がエルダーリッチーを真っ二つに裂き同時に仄暗い結界が弾け飛んだ。
強化ガラスが小さく割れる如く弾け飛んだ結界をくぐる先で俺を待つ今回のメインディッシュ。嘗てはエルフだったカルマの元相棒エルリオット=フェメルは、もうその面影は微塵もない。
「キャアアアアアア―――」
この奇声でも分かる。
コイツはもうプレイヤーではなく、モンスターだと。
でも、それも今日で終わりだ。いま俺が解放してやるよ。
剣の切っ先をシスに向ける俺だったが、周囲から感じる殺気に目が行く。
横流しに見た俺の目に映るのは、ここで倒した筈のモンスターたち。その全てが蘇っていたのだ。驚愕の目で見ていた性か、迷いが生じたのか、俺は一瞬だけ奴の存在を忘れていた。
杭射るような魔法弾を受けて体力値がガクッと持って行かれる。尽かさずカイエンさんから貰った回復ポーションで回復するも攻撃は続く。縺れる足で受け流すも魔法弾の弾道を読み切れずに小規模なダメージを負っていく中で俺はあることに気付いた。
魔法弾を受けた肌の色が黒ずんでいるのだ。
受け流す中で咄嗟に【六芒星魔眼】で【魔導解析】を行った結果、部分的にだが呪いの効果を受けていることに気付いた。
態勢を整えるために退くも、蘇ったエルダーリッチーが大鎌を振り回してスキル【呪言】が炸裂する。どうにか躱して、爆裂魔法【フィジカルボム】で再び撃滅するもののシスの奇声でさらに復活する。
「なんだこれは!?」
これでは埒があかない。
奇声で復活することは分かったが、対策のしようがない俺は逃げ場を確保するよりも攻撃に転じることに集中しソウルイーターの刀身をシスに突き立てる。――が、まるでダメージを受けていない。
これが天災級をも超越する伝説級モンスターかよ。
策のない俺はただただ逃げ回る最中でその答えが語られたことをヒロキは知らない。
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~~♢心の談話室♢~~
何だよ、ありゃあ。と言うのは中年の侍の格好したハガネだ。
「アレはヤバいですね。
固有能力【黄泉の産声】。奇声によって黄泉の世界に運ばれた霊魂をこの世に復活させて肉体さえ蘇らせる。私も一度しか見たことがありませんが、アレの攻略は一つしかありません」
「あるのか?」
「はい。喉元を掻っ切る他にありませんが、厄介なことにあのシスには物理攻撃。それどころかいま試し打ちした爆裂魔法による魔法攻撃も効果がないとすれば攻略不可能でしょう」
呑気に十数杯目のお茶を飲むカルマを見て、ちゃぶ台返しするハガネ。
「ふざけんな!
テメエ、カルマ。アイツが死んだら俺達は消えるんだぞ。知ってるなら助言ぐらいしてやれよ。それでも相棒かよ」
ちゃぶ台返しで滅茶苦茶になった畳を魔法で水分を取り除いて乾燥させる。
爽やかイケメンから表情を僅かに崩して、鋭い目付きでハガネを覘くカルマは、ちゃぶ台を元の定位置に戻して座り直す。
「これは卒業試験です。
私達が助力を出せば出すほど、彼はこれからも私達を頼り依存するでしょう。
それでは成長は望めない。突き放して圧倒的な達成感を味わわせることで、彼は。ヒロキは次のステップに歩めるのですよ。
いま私達が出来るのは、ここから彼が死なないことを祈って待つだけなのです」
「ちっ、それでも儂は…、………ぐう。くっそおおお。
儂だって分かってる。でもな。儂はそれでも―――」
ここから出ようとするハガネだったが、ヒロキが笑ったことで踏み止まる。
▲
▼
♢魔窟 B3F 古代遺跡の終点♢
「ハハハ、アハハハ…いいね。そうでないと、面白くない」
考えるのは止めだ。
直感でやった方が面白い。そう考えた俺は自分の気持ちに正直な直感を信じてシスの放つ魔法弾を躱すでなく斬って進み始めた。
無理ゲー? それがなんだ。
攻略不可能? それは思い違いだ。
ダメージを受けない? まだ切ってない部分があるだろ。
「あああああああああああああ」
叫びながら俺は床を蹴ってシスの頭部に凛と輝く面妖な仮面を切り落とす。さらに一応万が一のことを考えて、喉元を斬り飛ばす。
飛沫を上げる赤黒い血を氣の集束で集めた熱で溶かし、急激な冷気で凍らせて無に還すとソウルイーターの業【無明塵】でシスの肉体と霊魂を塵にした。
シスが消滅したことで蘇ったモンスターは次々と灰化し無残に残された仮面を持ち上げる。【魔導解析】の結果、部位報酬らしい【死呪の仮面】の効力はスキル【不死】を代償に魂魄を失くすという危険な代物だった。
他にもエリア「古代遺跡の終点」からは、素材【古代石】や素材【魔結晶】の他にも今までに見たことないレアアイテム。財宝。黒い刀剣をカイエンに持ち帰ると、こりゃあ、たまげた。と言って半年かけて最上級の獲物を作ってくれた。
基本素材に使ったのは、俺がクルスから貰った短剣【ガーディアンライト】。ハガネから譲り受けた名剣【ソウルイーター】の二つを使って、エリア「古代遺跡の終点」で拾い帰った黒い刀剣の形をした素材【黒刃剣】と俺が今まで倒して来た怪物級と天災級のモンスターの素材を鋳造されて鍛え上げられた。
カイエン曰く、史上最高の魔剣【ダークリパライザー】。
歪な純黒の刀身をした何処となく禍々しさを感じる太刀は、カイエンが言うには絶対に武器破壊されない。刃毀れしない。というのだが信じられない俺が【魔導解析】した結果、本当だったのが恐ろしいところである。
こうして俺は、無事に卒業試験に合格しカルマのお墨付きを戴いて地上を目指すことになったのだが、何故かそれに便乗する形で鍛冶師のカイエンが地上まで護衛してほしいと言ってきたのだった。
ギルド連盟からの十年越しの依頼は完遂したし、史上最高の魔剣を作ったことで文句なしと言うカイエンは地上に戻って隠居生活を送りたい。とのことだ。
まあ、俺にとっても命の恩人だからな。ということで、地下の鍛冶工房を廃業させて俺達は地上を目指すのだった。




