【#051】 Curriculum -二人の師-
回想編1話目です。
~二年前~
俺。ヒロキは、黒結晶洞窟での壮絶な死闘の末に人間としての自分は一度死んだ。
死んだ。と言ってもだ。精神ある魂魄を残して、肉体が崩壊したということ。
どういう理屈かは後から聞いた話。強靭な想い故ではないか。とカルマは言う。
兎に角だ。
人間としての俺は一度死に、黒結晶洞窟で戦い倒したモンスターの血や肉や骨をカルマの禁忌魔法【創造世界】で新しい肉体を再構築した。それが今の俺。魔人となった所以だ。
魔人となった俺は、ハガネ=ヒユウと名乗るセカンドプレイヤーと対峙した。
彼は「強者と戦いたい」という一心で黒結晶洞窟で四年に一度迎える繁殖期に細工して<ゴブリンの王>を故意に作り上げて、環境を変質化させキマイラやリッチーなどという天災級モンスターを作った。
まあ、リッチーは半ば俺が作ったようなものだが…。
しかしだ。強者が完成する目前で俺という異端が現れたことで計画は破綻。ハガネの持つ剣術と思考をカルマの【魔導解析】で掌握した俺は…すべての逆境を乗り越えて英雄とは名ばかりのバケモノに覚醒した。
♢黒結晶洞窟 4F 王の間♢
『おいヒロキ。仲間のところに戻るんじゃないのか?』
俺の中で声が聞こえる。
コイツこそがカルマ、嘗ては魔導書だったセカンドプレイヤーだ。
カルマ曰く、転生して既に数千年が経過しているらしく転生前の記憶はない。忘れた。というのだが性格からして男だろうと思う。女が冒険したいみたいにソワソワはしないだろうしな。それにコイツは抜け目がない。ということはハガネとの戦いでも分かる通りだ。
【魔導解析】というチートスキルを使って、ハガネの思考を解析・解読して剣術【飛勇一天流】を俺に。より正確には俺の肉体に上書きして使えるように準備していたことだ。
コイツには、これからのことを踏まえて色々聞いておく必要性大だ。それが戻らない理由かと訊かれれば嘘ではない。――が、いまの俺にはやらなければなんないことがまだ残されているのだ。
「…まだ戻れない。
俺はまだ、やんなきゃなんないことがあるんだ。
それを成し遂げる為にもカルマ。色々と教えて貰うぞ」
『…………』
隠していても無駄なことだ。とカルマは思う。
なぜなら、ヒロキと一体化している身だからだ。肉体的にという意味ではなく、精神的な一体化。それによる記憶・着想・感情の共有は当たり前。だから自分に対して隠し事は出来ない。通じないのだ。
カルマが読み取ったもの。それは一つのキーワード「復讐」だった。
カルマは知っていた。
【魔導解析】を使ったからこそ分かることだが、黒結晶洞窟に落ちる破目になったキッカケを作った兵器ブローカー。シンジがコガネイに与えた人工魔眼で巨大な力。仲間レインやカエデという者たちを守るために根元を潰すつもりなのだろうと思う。
それは間違っている。復讐は復讐しか生まないことを知っていたからだ。
それでもカルマは止めなかった。
これはカルマという名の自分の物語ではないからだ。
いくら相棒になったところでそれは変わらない。
強くなる。という本当の意味はあれやこれやと教え込むことではない。自分で戦って、時には倒れ、時には間違える。それが成長というもの。
『ヒロキ。
時間はたっぷりとあるんだ。その間に私の全力を持ってすべてを教えよう』
「…分かった。じゃあ、手始めに【魔導解析】から教えてくれないか相棒」
『お安い御用だ』
ヒロキには顔が見えなくともカルマのスマイルが見えていた。
それから俺はカルマから習得したスキルのことを教わったのは言うまでもないが、問題はその後に起こったのだ。
混濁期。
カルマが言うには、繁殖期で爆発的にモンスターが増え安定を迎えた直後に起きる現象で一言で言い表わすなら、それは地面や植物からモンスターまでがもつ魔素と彷徨える霊魂・魂魄と地脈からこんこんと湧き上がる氣がミックスしたもの。
魔素や魂の力、氣などを感知する探知系のプレイヤーがいたなら、吐き気を擁して潰れてしまうだろう。つまりはそれなのだ。この現象によってカルマとは間音信不通だった性もあるが、俺自身もその多くは魂の力で補っていた性で混濁期が終わる二ヵ月間迷子になっていた。
~二ヵ月後~
♢黒結晶洞窟 5F 石王の櫓♢
『そうではない。
こうやるのだ。【剛毅】!』
俺の中にいるカルマが一瞬だけ、【反魂術式】という俺とカルマの位置を変える。俺が魂魄の中から外界を見て、カルマが表に出て肉体を操作する術式で身体に覚えさせるためにスキルを発動する。
剛毅とは、怯まない強い意志のこと。この技術スキルは、相手から受ける精神干渉系の魔法やスキル【咆哮】【大咆哮】などの効果を軽減させることが出来る。
それをいま、人形種アイアンのゴーレムを相手に使っているのだ。
人の頭部よりも十倍の大きさの鉄鉱石が人形となって動くゴーレムは、非常に硬いだけじゃない。通常は人形種ロックのゴーレムらしくある程度は柔らかい岩石が身体を覆っているに対して、コイツは鉄鉱石の性質を持っている。
その為、通常種よりも攻撃力が桁違いなのだ。一発のパンチが黒結晶洞窟の地面を抉って小さなクレーターが出来ている。真面に喰らえば、幾ら肉体を強化して魔人となったにしてもダメージを負うのは必然。
それでも―――。
「面白い!」
死線を乗り越える境地程、面白いものはないと知った俺は自ら危険なところへと踏み込んでいた。
懐に潜り込み、ゴーレムの足の鉄鉱石を砕いてバランスを崩して心臓部位とされる赤い肉塊【ゴーレムコア】に刀身の切っ先を突っ込んで速攻で抜いて距離を取る。
ガクン――。とゴーレムの身体が揺れて目と思われる二つの赤い眼光が消失し、【ゴーレムコア】から大量の泥水が噴き出す。ゆらゆらと揺れながら、鉄鉱石の人形は崩れていった。
この戦いで「モンスター図鑑」に「人形種アイアンのゴーレム」が登録され、素材【ゴーレムコア】と大量の鉄鉱石を入手するもレベルは流石に上がらなかった。
カルマの【魔導解析】によれば、入手した鉄鉱石の内半分が魔素を少量含んでいる魔鉱石モドキがあるらしい。
魔鉱石とはカルマ曰く、鍛冶職人が刀剣や弓に魔力を素早く装填し魔力を纏わせた魔法攻撃が出来る「魔法武器」の素材に使われるという。ただし、入手したのは魔鉱石モドキ。十個以上を錬金術の構築術式で一個の魔鉱石が出来るとのことだが、いまのカルマには錬金術に関する知識がないので作れないとのことだ。
だが、役立たずの素材ではない。
なぜなら【魔導解析】には、魔素を多く使うからだ。
普通。魔人[フェイスマン]という種族には大量の魔力を保持しているのだが、俺の肉体の基本構造が古代人なので魔力が貯蔵されていないこともあって外。外界の魔素を魔力に変換させて魔法を行使するには、通常の二倍の量が要求される。
なにを【魔導解析】するかにもよるが、この程度の物質の質量なら通常「魔力50」の消費なのでその二倍の数値の魔素で代用している。
「なあ、カルマ…」
『む?
何だよ。あんまり危険なことはするなよ』
あれ? もしかして、怒ってるのか。
「なんで怒ってんの?」
『怒ってはいない。
ただ、だな。オマエの感情が直に伝わる感覚にまだ慣れないだけだ。
アドレナリンの分泌ってのは、アレだ。麻薬のハイになった気分に似るだけあって私にとっては毒物が染み込む感覚に似ているからな。ちょっと、気持ち悪いだけだ』
麻薬のって、コイツは吸ったことがあるのか?
ひょっとして元犯罪者じゃないよな。
あ、まあ。アレだよな。俺も人のこと良くは言えんけどな。
『それでなんだ。さっき、何か言いかけただろ』
「ああ、それそれ。
技術スキルに【物質変換】があった筈だけど、アレは所謂錬金術じゃないのか?」
『オマエは勘違いをしているぞ。
物質変換は、質量はそのままで物質を別の物に作り変える力だ。
例えばだ。この魔鉱石モドキをイメージ次第では太刀や短剣に変換は出来ても形だけ。魔法武器や魔鉱石には出来ない。
錬金術には、専門知識と術式を発動するエネルギーに加えて魔法とはまた別のアプローチで展開する術が必須だ』
「それは魔法がない俺にも使えるのか?」
『ああ、誰でも使える。
ただし賢者曰く、魔法使いが錬金術を行使するにはかなり厳しいらしい』
使えるのか!
それは願ってもいない。実に習得したいものだ。
そんなこんなでスキル修行には、三カ月を要して五種類のゴーレムや彩鳥種キメラのコカトリスというニワトリとヘビを合体した怪物級モンスターを相手に腕を馴らしていった。
この三か月間で【天災級の声帯】の効果は、天災級を含む怪物級と魔物級までのモンスターと多少会話できるまでに至った。
【剛毅】は、最終的に怪物級までのモンスターのスキルや魔法攻撃はある程度までは凌げるようになった。
【超人耐性】は、怪物級までのモンスターが放ってバッドステータスが付加しなくなり、【霊魂喰らい】は怪物級までのモンスターを討伐した際モンスターの霊魂を俺の中に吸収できるようになった。
【物理限界突破】は、物理のあらゆる法則を無視しての移動が可能にはなったがまだまだ実験が必要だろう。
【竜の威圧】は、俺のイメージが付加されるようでモンスターやプレイヤーに対してどの程度まで効果があるのかは不明だ。効果は魔物級モンスターに使ったところ意識を喪失し、レベルによっては死亡したケースもあった。こちらも実験が必要だ。
【物質変換】は、カルマの言った通り鉄鉱石を太刀や短剣などには変換できるものの魔法武器は作れない。ただし、あの大量の鉄鉱石で投擲用のナイフを五十本製作出来ただけで良しとしようじゃないか。
最後に【魔導解析】だ。これは別にカルマだけじゃなくて俺にも使うことが出来る。行使するには左目に移植したという【六芒星魔眼】を使って目標を視認からの発動となるが消費はカルマ行使時の魔素二倍ではなく、三倍とかなり痛いのだがその分、カルマよりも解析速度は上らしい。
~三カ月後~
取り敢えず全スキルの確認と修練を終えて次に始めたのが、この剣を使った修行法。ハガネ=ヒユウから頂戴した黒い歪な刀剣。その名を【ソウルイーター】というプレイヤーの魂魄やモンスターの霊魂を部分的に削ぎ落として喰らうという精神攻撃特化型の名剣。
俺からすれば魔剣じゃないかと思うのだが、カルマ曰く魔剣以上に強力な神器らしくレアリティーも「★7」と付くくらいだ。そこからは、ハガネに訊いたのだが「★7~」は売却できるような代物ではなく大きな災厄や戦争から守ったという。
ん? ハガネって言えば死んだ筈では…。と当の本人だけでなく、俺やカルマもそう思っていた。
―――のだが技術スキル【霊魂喰らい】の効力でハガネの霊魂が俺の身体に吸収されたようなのだ。スキルの修練中に俺とカルマが【反魂術式】で入れ替わりを繰り返している最中に第三者の声が聞こえた時はマジでビックリしたものだ。
名剣【ソウルイーター】を持っていたハガネに教えを乞うのが一番だ。というカルマ判断の元に太刀の戦法を習得していった。
まあ当然だよね。
いままで俺はクルスから貰った短剣【ガーディアンライト】で超接近型の剣術に接近格闘を組み込んだ戦法をしていたのだ。太刀と短剣では、刀身のリーチがまるで違うのだから戦法を教えて貰うしかない。
剣術スキル【飛勇一天流】という武器があるが、それだけでは心もとない。
♢黒結晶洞窟 B4F 生贄の祭壇♢
いま俺の目の前には、カルマの創造魔法【石像兵の虚像】で作った五万の兵士に観たてた石像がいる。全部が片手剣を所持し、大楯を持つ兵士もいる。その中の一体に【反魂術式】を用いてハガネの霊魂を兵士に憑依させて武器を構える。
石像の素材は、【黒結晶】。黒結晶洞窟内部で最も硬度の高い鉱物なので、中々に歯応えのある戦いが出来る。
名剣【ソウルイーター】では切れ味が鋭いので、技術スキル【物質変換】で俺が作った太刀がここでの俺の獲物だ。
「どうしたヒロキ、テメエの根性はその程度か。
魔人になって体力値やスタミナは、底上げされ無尽蔵に近い状態でも息は上がる。ソイツが生きている証拠だ。剣戟始めて二ヵ月。十万の兵を半分にしたことは褒めてやろう。しかし、それでは天災級以上の伝説級や神話級モンスターには勝てん!」
五万と百二十八体目の石像兵は、片手剣を振り上げて攻め入る。
この修練で使っていいのは、太刀による剣術のみ。魂の力も技術スキルもカルマが俺の中で【拘束術式】を用いて発動を阻止している。
ハアハアハア、…ゴクリ――。と息切れする呼吸を抑えて生唾を飲んで、下段で構えていた太刀に氣を灯す。
瞬炎。爆発的に噴き上がる火力を持った氣を鎧として換装し、爆炎の剣で黒結晶素材の石像兵を振り下ろして来た片手剣ごと破壊する。
「見事だ。
魂の力も技術スキルも内部でカルマが抑えていても、外界の氣までは抑えられんし剣術の修練と一緒に習得してもらうのが氣の使い方だ。時間はかかったが、常人では早くとも一年費やす」
「それ…」
「ん? どうした」
「もっと早く言えよ。
剣術の修練だけだと思ってたから使わなかったのに!」
沈黙する石像兵。
「………は!?
いや待て、氣の流れが見えるというのか。冗談言うな」
『いや冗談ではない。
ヒロキは既に氣をコントロール出来ている。――が、氣を武器に纏わすのは初めての筈だ。その点については修練として成り立っている。問題ない』
マジでコイツ抜け目ないな。
俺が氣をコントロール出来ると知っていてハガネに言わなかったな。
剣術の熟練度の向上を無駄なく続ける為にここまでするか!?
「なあカルマ。
俺って、そんなに剣術の熟練度低かったか?」
『他のスキルと比べると底辺もいいところだったが、今なら太刀だけでも十分に強い。シロザメは無理かもしれんが、サイクロプス程度なら斬り殺せるだろう』
「はぁ!? そんなに強いのか」
それは流石にマズいだろう。と思う俺だがこれは俺自身の為なのだ。
嘗ての俺は最弱だった。
別に最強を目指している訳ではない。それは今も昔も変わりない。
守る力だけで良い。
俺はもう二度と見たくないのだ。
仲間の辛い表情も。悲しさも。笑顔だけが見たい。
その為に俺は剣を構える。
炎の氣を爆発させて心を静のまま、目を見開いて炎を熱に変えてワンアイディア。一つの閃きを持って新しい技を発動させる。
パチン―――。エリア「生贄の祭壇」という狭い空間に鳴り響く指パッチンが大きな爆炎を生む。生成に必要なのは、外界の超自然的エネルギーのみの圧倒的な武器を俺は今、手にしたのだった。
『一言で言い表わすならば、氣の集束だな。
もしも今以上にコントロールすることができ、さらに構築能力・魂の力を複合化させたとき。ヒロキ。オマエは、この世界で誰も知らない技を習得することになる。――が、それをやり遂げたプレイヤーは歴史上存在しない』
出来そうだな。と思うところだが、未だに構築能力と魂の力を掛け合わせる「連技」ですらまだ完璧とは程遠い。
それでも。
いつかは…。そう思う俺は氣の集束で生み出した熱だけで、残りの石像兵を溶かして素材【黒結晶の鉄鋼液】を入手して俺達は次のステップに向かうべく崖を下っていった。
~二ヵ月後~
想定外の人物と邂逅を果たしたが、それはまた別の話になる。
それはそれとして彼から聴いた「英雄祭」の顛末が、俺達に衝撃を与えた。
カーニヴァル決勝戦で二つ名≪虎将≫を持つリュウオウと二つ名≪魔王の右腕≫を持つユナンの決戦の幕が上がると同時に、数にして十万の悪魔がシェンリルに迫ったという。
この事件をプレイヤーの多くは「魔法大戦の再来」と言葉を溢したらしいが、とある魔導士の頂点がそれを瞬時に殲滅したのだ。
それが五帝傑。伝説の存在とされて来た原初魔法を含めた四系統「火」「水」「風」「土」の属性魔法。それぞれを極めた世界最強の魔導士たちの一人。二つ名『炎帝』を持つ武神ゴウが灰燼に帰して、一般プレイヤーの知らぬところでクーデターが勃発したらしい。
最終的にクーデターを企てた財務大臣ティム=コーエル侯爵と隣国フィラルの魔導士がギルド連盟によって確保された。
――のだがそれに加えて、魔法大戦で活躍した異端者の一人にしてギルド「悪魔の心臓」のギルドマスター、ケイマンはレッドリストの犯罪者からブラックリストの犯罪者に変更され全世界中に指名手配されたとか。
問題は終結後に起きた。
領主セラフ=アンドリューが息を引き取って、次の領主にマイト=ゴルディーが選ばれたことに俺は衝撃を受けたのだが、カルマとハガネは「シェンリル王国」に改名されたことに一番驚いていた。
俺はレインとカエデ、クロムの顔を思い浮かべた。
無事でいるであろうか。と不図思ったのだが頭を振って自分のすべきことを心の奥で再確認して俺は彼と別れてさらに一ヵ月後、俺は行き倒れた。
原因は分かってる。
お腹が減っては戦は出来ん。という奴だ。
回想編は残り2話の予定です。
ここまで来てなんですが、50話以上かけて町に到着する主人公ってどうなのでしょう。物語の内容から言えば、2年かけて町に入ってます。
次話は明日の同じ時間までに執筆し投稿予定です。




