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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅲ 《奴隷市場での覚醒譚》
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【#050】 Each way -それぞれの道-


♢黒結晶洞窟 水神湖♢


 空間転移の魔法陣で一瞬の間に到着した水神湖には、大量の魔素がある筈なのに緊張していた自分がバカバカしく思うクロムだが、それは自分だけではないようだ。

 中々に頭がキレるフェイでさえ混乱している。

 魔素が大きければ大きいほどに魔力値に関係して精神に影響が出るのだが、ここには何もない。森林浴とまではいかないが、透き通った水と錬金素材【グラスポット】の色鮮やかな花弁が美しく自然の力の方が大きく感じられる。

 繁殖期というのは、こんなにも穏やかなものなのだろうか。それとも、もう繁殖期は終わっているのではないかと不図思う。のだが、レガッツさんの荒げる声を聞いてこれが尋常ではない異常事態だと分かるのだった。


「おい、ムツ。

 これは流石に有り得ん。こんな異常事態は初めてたぞ」


 そうですね。と言って思考を重ね始めるムツ。


(これは正直に言って想定外だ。

 レガッツが声を荒げるのも無理はないが、これだけ大声を上げてもモンスターが現れないということは繁殖期の終わっている?

 バカな。それはない。ここの魔素濃度は毎年上昇傾向にあり、四年前は複数体の天災級モンスターが目撃された。それなのに魔素が微量というなら分からなくもないが、ゼロとはどういうことだ。

 【竜の力】には魔素や魔力を喰らって無効化する力が備わっていると言う。しかし、この現状に対する答えには繋がらない。

 やむをえないな。魂の力【探索領域】で根源を掴むか。でも、その前に…)


 答えが出たのか。ムツは一人で先を進み、黒い結晶体の前で止まる。

 レガッツには見覚えがあったようで、解呪魔法を発動させて黒い三角錐の結晶体のその一面を壊すと中には三人の女性がいた。


 一人は三人の中でも際立って目立つエメラルドグリーンの髪をした如何にもか弱そうな少女。

 一人は白い肌、頬に涙を溢して今にも泣き崩れそうな茶髪の北欧系少女。

 一人はこれまた白い肌に紺色の髪、その頭上にはキツネの耳が生えている獣人美少女。誰が好みかと聞かれれば、百人の男どもが悩むところではある。と卑猥な妄想を膨らませて鼻を伸ばすレガッツが真っ先にフェイにど突かれたのは無理ない。

 それほどの価値観というか惹かれる物があったからだ。

 こうして真横から見るとフェイも中々の美人さんだが、性格がアレなので論外と結論付けるカナタにも心を読まれたのかフェイの殺人キックが腰に炸裂した。


 そんな中ですぐさま駆け寄っていったのは、同行者として付いて来ていたクロムだった。レイン、レイン。と泣いて自分の妹を抱きしめるが反応がない。

 瞳孔を開いたまま紫色の瞳には光が差していない。


「レイン?」


 バッ。と振り返ってカエデを見る。

 何があったんだ? と問い掛けるクロムにカエデは震わせた手で抱き付いて来た。

 何がどうなっているのか。分からないままカエデとレインは、コハクと名乗る薬師の睡眠剤を借りて眠らせて、彼から何が起こったのか事情聴取することになった。

 

 そこで知ったのは背筋凍る衝撃と驚愕の事実だった。

 どの言葉も信じられないことばかりだったからだ。

 単独ソロで怪物級モンスターの<水神湖の守り神>に致命傷を与え、五十以上のゴブリンを虐殺し、あの巨人のサイクロプスを単独撃破するなど。そのどれもが英雄の所業だからだ。だが、俺は今まで見ていなかったのも事実だ。

 クルスが言っていた。


『…彼以上に潜在能力の高い者を知らないと…』


 これが本当にこのことと関係があるなら、アイツは。ヒロキは俺の想像以上にヤバい橋を渡っているに違いない。そう思わせるのも束の間。口を強張らせて言いにくそうに言葉を詰まらせるコハクは更なる事実を口にした。


「……ぐすっ、もう彼はいない」


 その言葉にレガッツとカナタは顔を見合わせて、ムツは今までにない真剣目つきで天井を見上げる。

 クロムは、食い縛った歯と掌をがくがくと震わせて気が気でなかった。息を荒げてコハクの肩を掴む。


「嘘だって言ってくれ。

 頼むよ。いないって、なんだよ。ヒロキが、あのヒロキがさ。

 大蛇に致命傷を与えて、巨人を殺して、悪鬼を虐殺するアイツがそう簡単に死ぬわけないじゃんかよ。なあ、教えてくれよ」


 膝を着くクロムにコハクは鼻水を啜って涙目で答える。


「ご、ごめんよ。

 ボクは彼を止められなかった。その責任は負うつもりだよ。

 レインは。彼女はボクが治療するし、薬師になれるようにサポートもなんだってする。都合がいいのは重々承知してる。でも…でも、ボクにはそんな償いしか出来ないんだ」


 その答えでクロムは理解した。

 理解したくなかった。

 それでも現実は違うのだ。

 受け止めないといけない。そんなことは分かってる。

 でも認めたくない。

 認めたら…俺はきっと自分を許せなくなるからだ。

 

 掌に加わった握力が肌を抉って赤い血が滲み出る。

 それをそっと温かい手で眠ったレインが握りしめてくれた。


 俺には妹がいる。

 それだけで幸せだったじゃないか。

 それなのに、新しい友人が出来た。

 ゲーム知識もない変わった奴だったけど不思議と好感が持てた。

 一緒に喧嘩もした。飯も食った。採掘だってした。

 俺はなんてちっぽけなんだ。

 あんな他愛のないことで喧嘩別れして、ヒロキがどう思ってたかも分からないまま。俺がバカだったんだ。戻って来いよ。帰って来いよ。これからじゃねぇか。

 ヒロキ。

 ヒロキ。

 俺は、守ってみせるよ。絶対に…。


 クロムは決意を固めた。

 死して尚、自分のかけがえのない妹を命懸けで救ってくれた親友に敬意を表して。らしくないことをした。いるかもわからない神様に誓いを立てたのである。

 妹の成長を見届けて、一人前になった時にオマエの代わりに傍でずっと見守ってやる。と誓いを立てた。





   ~~ 二年後 ~~


 二年前の「英雄祭」で起こったクーデターを間一髪で止めたマイト=ゴルディーの働きと裏で暗躍した二つの騎士団の協力を得て無事死傷者は出ずに終演となった。

 しかし、余命数カ月と宣告された領主セラフ=アンドリューは、自分の後継人として本来なら自分の娘を指名するところだが、まだ世界を知らないということもあって今回の立役者マイト=ゴルディーに一任することとなった。

 戴冠式から数日後、セラフ=アンドリューが死期を迎えこの世を去る。

 マイト=ゴルディーは、セラフ=アンドリューの跡を継ぐべく今まで問題となっていた「問題」に対処するために尽力を注ぎ始め、凡そ八カ月で問題を解消し貿易都市シェンリルから新しく「シェンリル王国」となった。

 あと残すところは「奴隷問題」だけとなっていた。ここでクモの協力を得てシステム通貨を廃止させる一大プロジェクトを立ち上げていた。




♢シェンリル王国 冒険ギルド♢


「ニナさん。

 この張り紙、ずっと張ってありますけど。どういう人だったんですか?」


 冒険ギルドを管理・運営を任せられている二十代というのに少女にしか見えない外見のニナは溜め息をついて答える。


「ああ、それね。

 レインちゃんがずっと二年前から探してる放浪者よ」


 二年前から。というキーワードよりも新人の冒険者が言葉を疑ったのは「レイン」という人物の方に喰いついたのである。


「レインちゃん、って。ええええ!?

 あの一年半で薬師になったって言う天才魔法使いのですか!?」


 そう。

 彼女は苦い道のりを克服して、薬師コハクの教授を受けて僅か一年半という前代未聞の時間の中で最速最短で薬師となっていたのだ。

 それこそ血が滲み出る程に勉強に勉強を重ねて、彼女は自分の夢を叶えたのである。しかし、そこから先がコハク曰く問題だという。

 夢を叶えてしまった。その後、どうすればいいのか分からなくなったレインはこの宿舎に閉じ籠っているのだ。

 時々尋ねて来る彼女の親友というカエデや何処で知り合ったのかヤマト大国のトップであるカサネとも面会せずに半年が経過していた。

 食べ物は食べてる。

 最初は手付かずだったのだが、バイモンという傭兵の紹介で二ツ星の肉料理店と認定された「怪物の箱庭」で働く彼女の兄クロムのご飯だけは食べてくれるのだ。


 新人のそれも今週なったばかりの冒険者が色々と聞いて来るのだが、それを無視して自分の仕事に専念するニナ。

 暫くすると、ちぇー。と言って何処かへと言ってしまうたびに溜め息をつく。そんなことにも慣れてしまっているニナは、どうにかしないとは思うものの他人の心に入っていくことが苦手な自分をどこかで諦めてしまっているのだろう。

 いつも行きそうになって、戻ってしまうのだった。

 そんな時だった。

 

 カランカラン――。とドアに付いている鈴の音が鳴る。

 冒険ギルドに入ってきたのは、黒。どちらかと言うと灰色に近いローブを纏い、装備は不明だが黒装束が見える。腰というよりも尻の上部には太刀に似るどことなく禍々しさを感じる剣を差していた。

 その人物はゆっくりとカウンターに近寄ってきた。

 挨拶をしない訳にも行かないので、


「いらっしゃいませ。

 今回はどういうご用件でしょうか?」


 といつも通り。尋ねて来る冒険者と同じように接するニナに対して、如何にも怪しげな人物はローブも捲らず話して来た。


「ギルドカードを新しく発行してもらいたいんだけど…」

「左様で御座いますか。

 それではこの台の上に掌を置いてくださり、ステータスウインドウの提示をお願いします。また、今回の支払いは金貨一枚もしくは現物交換とさせていただきます」

「…………」

「どうされました?」


 ニナはこの怪しげな人物を犯罪者ではないかと疑い、カウンター下にあるダガーを握り締める。呼吸を静かに絞るが、なぜ何に悩む必要があるのか分からないニナは問い返す。


「あの、お客様。どうされましたか?」

「…………。

 ああ、すみませんでした。実はずっと地下に籠っていた性で、と言うか迷子だったんですが、昨日漸く出て来れまして。金貨というのは?」

「はあ…。そうでしたか、それでは説明するよりも金貨一枚分に匹敵する現物でしたら何でも構いませんよ」


 地下に籠っていた。とそんな口車に乗せられるほど甘くないニナは、地下に。ダンジョンにいたという証拠を提示してもらおうと要求した。数カ月に渡って籠っていたなら、金貨一枚に相応しい素材を持っていても不思議ではないからだ。


「そうですね。

 ではこれでも問題ないですかね」


 ゴトリ。とカウンターに置かれたのは眩いばかりの黄金の冠だった。

 それも冠には上質なエメラルド・サファイア・ルビー・ダイヤモンドなどの大粒の宝石が嵌っているのだ。

 疑う余地はない。盗賊だと思うニナだったが、一応はと分析スキル【鑑定】で調べた結果、自分の目を疑った。これを作ったのは<ゴブリンの王>かのゴブリンキングの王冠という表示が出たのだ。

 推定鑑定金額は、システム通貨なら「50,000,000Cセル」。現在なら金貨五千枚はする値打ち物に仰天する。

 こんな大層な品物を出すなど正気の沙汰ではない。がこれで自分を信用しろと言わんばかりの顔? どちらかと言えば、どうなのかな? と困っている顔にしか見えない彼を信じて今回は無料でと言うと何やら嬉しそうだ。


「それでは、台座に手を乗せてください」


 普通の手だった。

 人間の手にしてやけに血色がないところを見ると、本当に地下に籠っていたらしいことが分かる。指先にはいくつかの強い力を持ったリングが嵌められており、青系統のリングが多いことから俊敏値《AGI》重視の剣士と分かる。

 さてどれほどのものか。と気になるニナは、


「次にステータスウインドウの提示をお願いします」


 次の瞬間。

 ニナは目を丸くして異常な規格外の数値と今まで散々見飽きていた人物の名前を目にして声が出て来なかったのである。



  ~~~ Status Window ~~~

Name;ヒロキ

Age[Sex];19[♂]

Tribe;魔人[フェイスマン]

Job[Rank];放浪者[A]

Level;50

Days;2y

DNALevel;2

Ability

HP;体力値15,298

STR;筋力値185

AGI;俊敏値342〈+15〉

VIT;耐久値253

DEX;器用値377〈+7〉

MP;魔力値0

Core;コア[???]

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「名乗り遅れたよ。

 俺はヒロキ。冒険者になりにきたんだ」


 涼しい顔でそういう人物にニナはまだ言葉を失っていた。

 死んでいる。とさえ言われていた人間が魔人となって、今自分の目の前に立っているのだから。

 幽霊にしては、かなり絶ちの悪い悪霊だと不意に思ったが蒼白になっていく自分が彼の目に映った途端のことだった。

 冒険ギルドの管理・運営する立場にあるニナ=ドラゴンは、泡を吹いて倒れたのである。嘘だと自分の中で言い聞かせて…。

 ただそれはヒロキもそうだった。

 泡を吹いたわけではないが、ギルドカードを結局受け取れず仕舞いで放置も良くないので看病する破目になったのが一番の災難と言えばそうなのだが。

 ソファで看病する自分を見て、何を思ったか熟練冒険者と思しき二人の青年が、


「――俺達のニナさんに手を出すな!!」

「誤解だ――!!」


 という勘違いから冒険ギルド地下に設けられた模擬戦フィールドでPVPを持ち掛けれていたことが一番の災難だったと思うヒロキだった。


なんだか超展開になりましたが、最終的にはこうなる予定だったので仕方ないです。

Episode.Ⅲでは、どうしてこうなったかを回想を入れつつ進行予定です。

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