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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第一章 「裏切られた世界」
5/109

【#005】 Crystal rain -クリスタルレイン-

第一部第一章【#001】からRestartしています。

{2015.6.14}→{2016.1.10}改稿完了しました。

6700→11000文字。

 シロザメの速度を上げた物凄い勢いでくる攻撃を十数度。

 躱していくうちに動体視力が速度慣れしたお蔭でスキル無使用の状態で行動を見切り。

 前方へ右手を手刀のまま突っ込みの姿勢に入る。

 数歩。

 砂地を蹴って【跳躍】ではなく自らの身体能力によってコアによるコストを避けての跳躍する。

 エラへの一撃目が横へ一閃―――。

 止まることなく背に跨またがった状態から、黒い瞳に【チョップ・ブレイド】を施した右腕を突っ込んだ。


{堅甲種サメのシロザメに連続ダメージを与えました。

カウントダメージ[エラ+腹部+目];400ポイント+100ポイント+1500ポイント}

{シロザメのステータスが更新。

興奮状態により体力値-50%。カウントダメージにより体力値;18000/20000。}


「―――流石、弱点部位。このまま」


 よし、いける!! と思った矢先のことだった。

 大きな想定外のダメージを受けたシロザメは、ケモノの。

 モンスターの本能に従って、逃げるように砂丘へと潜り込んでいったのだ。

 アップ。ダウン。

 大きな衝撃音と共に沈んでいくシロザメと自分の体だが右目に突っ込んだ【チョップ・ブレイド】を解除する暇も余裕もなく引き摺りこまれていく。

 一、二秒の僅かな時間。意識が混濁していたのだろう。

 引き摺り込まれた後の出来事が分からない。

 目を開けると、見えるのは無数の白い粒子が視界を閉ざそうとする光景だ。

 「過去の足跡」が見えない。

 体力値も。コアの数も。

 何もかもが分からない状況の中、砂のフリーダイビングになんとか耐えていた。


 通常ダイビングとは、スクーバダイビングのことである。

 酸素を詰めた金属製のタンク「酸素ボンベ」を使っての潜水ダイビングのことである。

 一方でフリーダイビングは閉息潜水と言われる一般的に、息を止めて深くまで潜ること。

 それをした場合、肺が締め付けられるスクイズと呼ばれる障害が肺に発生。

 胸壁から肺が剥離する非可逆的な損傷を受けることが多いとされている。

 そこのら辺のところもアルバイトの講習を受けて知っている。……確か、プールで監視する係を遣っていたような気がする。


 勢いよく迫って来る白い砂の中。

 アップダウンするシロザメが砂の中から外へと跳ね上がった瞬間、視界が僅かに晴れて体力値が左側へ削れていくことを知る。

 次のアップダウンでスキルを仕舞いこんで、素手でサメの目玉を剥ぎ取った瞬間ことだった。

 轟音。雷鳴のように吠えた後、もがき苦しむ荒々しい動きで振り落とされようとする背中の上で耐え忍び、ゴツゴツした鮫肌から手を離そうとはしなかった。

 現実世界での鮫肌というのは、海中を泳ぐときにできる水流の乱れを少なくしている。

 層流。流体の隣りあう部分が混ざりあうことなく流線が規則正しい形で流れを保つことで水の抵抗を減らす性質を持つ。

 幸いシロザメの背中はガタガタとも言えるし、ゴツゴツとも言えるほど異なる形をした骨が突き抜けている状態だった性もあって、滑ることなく掴むことが出来ていた。

 恐らくこの突き抜けた骨を巧みに使って高速で移動しているのだろう。とヒロキは考える。

 この移動原理は地底生物に似ているがそんなことは今どうでもいい。

 手を離した場合の最悪を想定していたからである。


 体力値が削られ痛みを伴いながらも、掴んでいる手だけに意識を注ぐ。

 砂の中をフリーダイビングしている状況下でも呼吸は出来ているから、フリーダイビングじゃなくないな。と心の内で呟く。

 アップダウン。まただ。勢いよく飛んでくる砂が視覚を奪ってくる。

 その上、強い砂風。サメの潜水速度によって形成された断続的な衝撃波が聴覚を遮断している。

 先程まで見えていた体力値は砂によって押し潰され、自分の残りの寿命を確認できない中ひとつの事柄に疑問を向けていた。


 この世界での体力値ゼロというのは、果たして「死」を意味するかのか? どうか。

 この世界がネット上に保存されているクラウドサーバーの中に形成されたオープンワールドスペースであることは恐らくは間違いないだろうと認識している。

 ただ規定違反級の物質・物体によって受ける痛覚効果ダメージエフェクト。

 過剰なR-18レベルの表現効果からみて体力値が無くなった時。

 自分が恐らく死ぬことは…百パーセントとは言えない。……ものの可能性としてはある。


 二〇四一年の現実世界においての医療事情は、ハイテク機器の導入と新薬の開発や研究がここ十年で大幅に進化し、悪性腫瘍や癌細胞だけを死滅させるテクノロジーによって死者は激減。

 二〇二〇年に更新された最新の世界長寿記録、男:女の比率が百十七:百二十二に対して百二十:百二十五と世界規模で平均寿命は八十八・五歳と伸びている。

 この更新記録の成果は医療機器のハイテク化もあるが日本政府が制定した。

 「緊急医療制度」の貢献度がとても高いと言える。

 過去の前例から挙げると、受け入れ拒否の撤廃や各区域に診療所を設けるなどの措置と各住居に必ず一台のAEDの設置などが取り付けられた。

 つまり、なにが言いたいかと言うと…。日常生活の中に医療がある状況下と打って違う。

 ここは砂丘のど真ん中だということ。

 電話もない。

 助けてくれる人間もいない。=死ぬ。

 これは確定事項だろう。

 あれほど自殺を考えていた人間が環境と怪物に殺される。

 これは理に適っているのか?

 ここで意識を失えば…。失ったら。果たして死ぬことが出来るのか?


 疲れ切っていた性なのか、最初に聞こえた女性のアナウンスが脳天に直接響いた。

『―――※警告・警告※―――』

『体力値が負担領域イエローゾーンに差し掛かりました、これ以上の負荷は…』


 最後までアナウンスを聞くことは出来なかった。

 彼此十数分程度。衝撃波に耐えていた伸びきった腕に奔る神経系の激痛を我慢して。

 掴み疲れた右手の感覚が麻痺している。

 身体に蓄積され続けていた疲労値ストレスは許容範囲を越えているんだ。

 まるで体を鉛筆削りに突っ込まれているように削られていた自分の肉体も…。

 精神も…。じわじわと嬲なぶり殺されている状態でヒロキは悟った。

 これが死ぬこと、なんだと。

 荒々しく耐え続けた呼吸も段々と細く。

 眠りにつくような欠伸なくして感覚を失った右手に視線を向けるが、視界の確保も出来ず。

 瞼を閉じた。

 仄暗い世界は揺らいで見えた。

 食いしばるための踏ん張る力を失って自然と口が開く。

 唇はカサカサに乾燥しながら白い砂の粒子が塞いだ影響で呼吸不全を起こす時だったのか。

 それとも…後だったのか。

 記憶が途絶えてしまっていた。

 なぜならシロザメの背中に掴まった状態で意識を失ってしまったからだ。


 ヒロキの意識が途絶えても「過去の足跡」の記載が止まることはなかった。


{ヒロキはシロザメの背中に掴まったまま白金砂丘をフリーダイビング中…}

{ヒロキのステータスが更新。

体力値が負担領域から危険領域に差し掛かりました。}

{ヒロキのステータスが更新。

意識Levelが低下しました。}

{ヒロキのステータスが更新。

エラーコード999が自動構築されました。}

{ヒロキのステータスが更新。

エラーコード認識Levelを越えました。}

{フィールドが更新されました。

セラフ領;白金砂丘シェンリル別次元枠:深層世界に堕ちました。}

{ローディング完了…。}



  ▲

  ▼



 ―――暗闇の中。

 いまの今まで白い砂丘をサメと命の遣り取りをしていた筈。

 砂の中をフリーダイビングをしていた。と思ったら、いつの間にか透き通った水の中にいた。

 ゴポコポ…。と水が鼻と口から体内に入るが不思議と呼吸は出来ている。

 瞼をゆっくり開く。

 キラキラと波打つ光が自分を照らしている。

 照らされた光の範囲は自分を中心に僅か3メートル程だけ。

 あと残るのは、黒い闇そのものに見える憂鬱な世界。

 呼吸を繰り返すと吐く息は二酸化炭素の泡となって、光る波に攫われていく。

 それはまるでクラゲが躍っている様にも見える光景。

 「水の中」と言うよりは「海の中」と言いまわした方が正しいかもしれない。

 まあ、感覚。としては何となくとそっちの方がしっくり来るものがある。

 孤独。という名が相応しい。

 凍える程ではないとしても冷たい。

 そんな印象付ける海に沈んでいっていた俺は、記憶を整理していた走馬灯のように。


 白い光? と思いきや、濃い霧に見えた世界を照らすように現れたのは、中々スタイルのいい体型に美乳をもつ赤髪の少女の出会いから始まったけかな。

 ヘンタイ扱いされた挙句、頬にダイレクトなビンタで紅葉痕が残るは。

 図鑑資料やネット上で取り上げられていない未知の砂を泳ぐ白いサメに襲われるは。

 戦いで負った振動。恐怖。衝撃。感触。痛み。

 そのどれもがVRWバーチャルワールドとしては異常で、散々だったな。

 厳密には本物に近かったようにも思える。

 なら、ここはVRWではない…現実世界なのか?

 いや、ない。

 有り得ない。

 不可能だ。

 俺が知る限り、それはない。

 VRの原点ベースとなったのはTVゲームだった筈。

 そこから導き出される結論は……。

 VRゲームの世界と考えるのが妥当なところ。

 …………。なに考えてんだろうな俺は。

 もう…。

 もうこれで終わりなのに。

 今更、悩んでも。推測しようとも。結論付けても。

 何もかも無意味なこと。


 ヒロキは改めてパチパチと瞼を瞬きして顔を上げる。

 光る波が遠退いる。

 体感する肌に当たる感触と感覚は冷たいのに。

 不思議と恐怖は感じない世界に身を預けるように目を閉じる。

 呼吸も小さく。

 これから死ぬからか…?

 それとも…まだ、この状況下で何かしろと言うのか?

 俺は仏も…。神様って奴も…。

 認めない、信じない。

 でも本当にそんな奴がいるなら、今頃眺めているのかな。

 こんな俺を見て、高みの見物でもしているのかな。

 もがく姿でも見たいのかよ。

 本当にそう考えているなら、とんだ悪趣味だな。

 笑えてくるよ。

 全く持って…人間って奴も。神様も…。仏も…。

 この世界を作り、見下すように管理する奴も…。

 この世界で生活をしている人間も。

 滑稽だな。

 世界がすべて矛盾していてバカみたいだ。


 照らされていた光は、時間経過と共に最期を迎えようとしている。

 キラキラと波打つ輝きも呼吸で生まれる泡も途絶える。

 本物の闇に変わった世界でも口元は緩んでいた。

 この状況を楽しんでいるように、唇を歪めて笑っていた。

 笑いたかったのかもしれない。

 最期くらい…。



 父親と呼べる義理の父は、厳しい人だった。

 世界的に有名な企業オーラルネットの役員だったことで世間体と言うのもある。

 厳格で俺にとって憧れの人。

 いつもこう言ってたな。

 『イメージとは想像力だけがすべてとは限らない』と。


 父さん。その意味が漸く分かったよ。

 イメージとは時間そのものに等しい。

 時間。即ちそれは、体験・経験・記憶・理解・景色・表現・映像である。

 今まで糧としたすべてがイメージに繋がっている。

 やべ。なんでいまの今まで呼ばなかったんだろ。父さんって――。


 涙が暗い海に溶けていく。

 重なる記憶も…。思い出も…。

 何もかも沈んでいく。

 不思議とあの曲だけが耳に打ち付けてくる。

 義理の母がドラマチックな高揚しかける感情がすぐ憂鬱さに戻ってしまう。

 あの展開が好きだと言っていたショパンの名曲「バラード 第1番 作品23」。

 まるでこの世界そのものだ。


 厳格な父に比べて、義理の母は優しい人だった。

 唯一、俺の一人暮らしを許してくれた。

 いつも作ってくれた夜食のおにぎりの絶妙な塩加減と中身の異なる具材が醸し出すシンフォニーは今でもこの舌が覚えている。

 時には叱ってくれて…。時には優しく慰めてくれて…。

 俺は幸せ者だよ。

 いつもこう言い聞かせてくれた。

 『イメージはバリエーション豊富な色で決まる』と。


 母さん。その通りだったよ。

 彩色カラーリングは、イメージの補強に成りうる力を秘めている。

 これがあったからこそ、「青空を羽ばたき加速する燕」という想像が出来た。

 母さん、ありがとう。


 光る波はもう見えない。

 この下に広がる真っ黒な深淵の世界に呑み込まれていく。

 足も。体も溶けるように。馴染ませるように。

 灰色から黒色に変わるのに。……なぜだ。

 なぜなんだ。

 もう…いいだろ死なせてくれ。と叫ぶが、海の中。

 あれだけ環境に殺されてたまるか! とあれだけ大声で叫んでいた自分を恥じながら。

 生きることを諦めた時だった。


 光だ。

 途轍もなく強い。熱い。優しい。

 そんな輝きを持った眩しい光が、俺を包み込んで海の中から引き上げた。

 その先で見たのは白い浅瀬。輝く青い波。

 その二つに相応しい、白いワンピースを着た足腰まで伸びきった茶髪をした少女が立っている。

 どんよりと澱む鉛雲に相応しい巨大な鋼の扉が残酷さを押し乗せる。

 彼女の後ろでどっしりと構えている。


「ここは、どこだ?」

「ここは今の貴方が来るべきではない誓約の場所。

越えるべき壁を叩こうとしない限り、辿り着けない限界の境地。

貴方はまだ、到達していない」


 彼女の答えの意味が分からない。

 死ぬべきではない、と言いたいのか?

 俺にはもう、生きる気力なんてないというのに。

 まだこの痛みを。辛さを味わえというのか。

 神様って奴は残酷だな。


「俺はもう死にたいんだ。

その扉の先に地獄があるなら連れていけ!

未練はない。生きる意味も。

俺には、もう。ないん…『パチン――』――え?」


 平手打ちが頬に打ち込まれた。

 弱弱しい彼女の両手で胸倉を掴まれる。


「死ぬなんて、簡単に言わないで。

この世界で自殺するために来たの? 違うでしょ。

私はここから貴方という人間を見てきたから分かる。

人生をやり直したい。と心から願った筈よ。

貴方はこの世界を冒険したい。と感じた筈よ。

逃げないで。向き合いなさい。自分を認めなさい。

正直な生き方をすればいい。貴方の遣りたいことは死ぬことではない筈よ」


 全部の言葉が心に突き刺さる。

 硬い殻にヒビが入って、内に潜んでいたなにかが溢れ出すこれは…何なんだ。

 しみじみと溶け込む温かいもの。

 寒い季節に外で飲む温かい飲み物を口にすることで、食道から胃へ腸へと染み渡り溶け込む。

 あの感覚に似ている。

 ―――! 胸倉を掴む手は小刻みに震えている。

 彼女の頬に落ちる悲しげな流星が滴る。

 こんな俺に泣いている?

 どうして…。


「私は貴方に死んでほしくない。だって貴方は…んん。

貴方は約束した筈よ。最初に出会った赤髪の少女ととても大切な約束を交わした。

それが例え一方的な約束でも。

女性を無暗に泣かす貴方に。約束を破るような貴方に。死ぬ資格はありません」


 勝手なことを言ってくれる。

 でも確かなことだ。

 名前も知らない赤髪の少女との遣り取りと記憶がフラッシュバックする。

 彼女が放った言葉をなぜだろうか俺の身体を再起動させる。

 『…もしも、二週間命を繋ぐことが出来たのなら、また会いましょう―――この場所で』


 女性を泣かす、約束を破る、どれも最低なことだ。

 最低の人間がすること。

 俺はそこまで腐りきっているのか? 

 違うだろ。そうじゃない。

 俺はずっと、逃げていたんだ。

 向き合おうともせず。苦しみから解放されたいが為に前を見ず。

 自分を認めようともせず。誰かに怒りをぶつけた結果を恐れた。

 俺の犯した罪は消えない。

 それが例え、間接的なものだったとしても。

 彼を自殺に追い込んだ責任に俺は逃げ込んでしまったんだ。

 俺は最低な人間だ。


「離してくれないか」


 彼女は身を引く様に押し黙って、手元を緩めてくれた。

 片手で頬を拭う仕草する少女は充血した目で、静かに波打つ大海原を見渡す。

 澱んでいた鉛雲の隙間から差し込む。

 太陽の日差しが、キラキラと輝かせて温かい光が彼女を照らす。

 笑っている。


「ここは貴方の心が映し出した世界なの。

貴方が寂しく。悲しく心が暗くなれば暗くなるほど澱み冷え切った世界に変わる。

貴方が楽しく。喜ばしいと明るい気持ちであればあるほど温かみを帯びた世界に変わる。

ここはそういう場所。

貴方は生きなさい。

まだここに来るべきではない。

貴方が本心から願いを実現させたいと思ったその時に訪れなさい。

その時、貴方は今以上に強くなっている筈よ。

それは表面的な強さではない。

内面、心を強く持って生きなさい。

私が言えることはここまで。さあ、戻りなさい。元の世界に…」

「ちょっと待ってくれ」


 言うが早いか。

 元の世界に戻ろうと引き攣り込まれるように彼女から遠退いて行く。

 まだ名前を聞いていないのに。

 最初に出会った赤髪の少女の名前も知らない俺は、茶髪の少女に聞こえるように大声で問う。

 返答はなかった。

 遠方へと消えて行ったその姿を最後まで見届ける少女。

 再び涙が零れ落ちていたことをヒロキは知らない。

 少女は心の内で呟く。―――私はこの世界に存在してはならない者。大輝ダイキ。貴方は自分の生きたいように生きなさい。ここからでしか、見守ることができない私を許してね。


 願うことでしか。

 見守ることでしか出来ない少女は、旅立った淡い光を見詰めていた。

 これから訪れる出来事と出会う仲間たちが良きことであり、良き者達であるように…と。



  ▲

  ▼



 ハッ。と目を覚まして反射的に起き上がった。

 自分の目に映ったのは、額に乗せてあっただろう濡れたタオル。

 赤にも見えるオレンジ光に燃える焚火だった。

 砂丘という場所では、見かけることのない小さな木々の枝がパチパチと弾けている。

 木材の中に含まれている水が熱で高圧の水蒸気になって押し込まれた状態から、閉じ込められたままではいられなくなった水蒸気が外へ爆発的に飛び出してくる音と火花が散らす。

 どうやら誰かに助けられたかは、一目瞭然だった。

 

 俺は生きているのか?

 まだ混乱している。

 シロザメとの死闘で意識喪失した後。

 冷たくて虚ろな海の中にいたというまで記憶しかなかったからだ。

 海の中。あれは恐らく生死の境を彷徨って生まれた幻覚だったかもしれない。と言い聞かせる。

 ただ、どのようにして助けられたのか覚えてはいない。


 状況を整理する。

 まだ砂丘のど真ん中なのだろうが、三つのテントが張られている。

 気のせいか? 焚火を中心におよそ五十メートルだけが、周囲よりもやけに明るく感じられた。

 空を見たかった訳ではないが、自然となんとなく見上げた。

 そこに映し出されたのはキラキラと輝く波でも。

 冷たい海の中でもなかった。

 二〇四一年の現実世界の都会では、光学低周波の干渉を受けた人体への影響はないが濃い霧。

 電子スモッグが掛かって見ることさえ叶わない。

 ハイテク化された現代社会へのそれが代償なら、人間とテクノロジーの進化と進歩は少なからず地球を壊しているのだろう。―――実に滑稽な話だ。

 黒い闇に輝く満天の星々にキラキラと流る流星群。―――瞳に流れ映る景色。

 なにも気づかずに生きているなんて。

 でもそれに背くことが出来ないのも現実だ。

 犠牲失くしては幸せを築けない。という思考の基に生まれた結果ほど悲しいものはない。

 金銀に輝く星空は宛ら、収まり切れない宝箱から溢れ出た財宝。

 御伽話フェアリーテイルの世界に手を翳す。

 これが俗に言う「感無量」というやつなのだろう。

 星々に感動しながら、身に染みてそう思っていた時。

 俺には気配を感じ取る技量はない。――でも誰かが近寄ってくる足音でその存在に気付いた。


 古びて破れかかった茶色のローブ。

 ローブからはみ出したこちらも古めのネイビーカラーで厚みのあるワークパンツがよく似合う。

 茶色の顎髭にゴツイ顔つき。

 大きな存在感あるおじさんが釣竿を持って現れた。

 ――!? 釣竿?

 一番にこの疑問を解き明かしたいところだが、まずはお礼を言わなくては。と言う前に言われる。

 のしりと木製の腰掛けイスに座る。


「気が付いたか。

待ってろ、いま夜食を作ってやるから」


 夜食?


「あ‥あの、そんなことまで頂けないですよ。

助けて貰ったばかりか食事までって…『グゥウウウ』」

「ハハハ、お腹は素直だな。気にせんでいい。

甘えていい時には素直に甘えておけ。

お前さん、見たところまだ駆け出しのルーキーだろう。

この世界を舐めてると痛い目に遭うぞ。

まあ、もう遭ってるだろうけどな。ガハハハ」


 無駄に笑う人だな。と思うヒロキ。

 何処からともなく片手鍋を取り出すと、次々材料を入れていく。

 手品!?

 小さな布包から数種類の色分けされた瓶を取り出す。

 辛そうに見える赤い粉末。

 ゴマだろうか黄金色の細かい粒。

 危険な色を持つ紫と黄色のゼリー状の個体。

 それぞれ違うスプーンで、掬い上げて鍋の中に入れていく。

 背負う大きなバックパックから水晶のケースを取り出して、蓋を開ける。

 白い冷気を漂わせ見えたのは、みずみずしさと脂身がキラキラと光る白身部分が多い魚?

 程好い肉質と白い筋をしている肉が、三切れとチーズの外見をした灰色の塊。

 どれもが得体の知れない物ばかりだ。

 目移りしていると、ニマニマと厭らしく笑うおじさんに恐怖する。

 これはひょっとしてゲテモノ料理ではないか? と内心疑いながらも調理を見る。


 焚き火の火力で料理する鍋の中では、最初に入れた三つの品が溶けて青い液体がグツグツと煮え立てている。

 灰色の塊を放り込むことで青色は暫くして水色に変わる。

 料理のメイン食材と思われる白身魚の肉を、ドボドボと乱雑に入れて蓋を閉める。

 理科の実験にしか見えない調理法に驚愕する。

 視線を鍋からおじさんに切り替えると、大人の嗜みに浸たろうとしていた。

 懐から細い筒状のタバコだろうか、どちらかと言えば葉巻だな。

 筒先をナイフで勢いよく切り飛ばして、マッチを擦って灯し筒を回転させながらつけている。

 口に咥えて葉巻の味を楽しんでいるようだ。

 いろんなことを前に呆気にとられながらも更新され続ける「過去の足跡」に目を向けた。


{ヒロキのステータスが更新。

エラーコード999が自動構築されました。}

{ヒロキのステータスが更新。

エラーコード認識Levelを越えました。}

{フィールドが更新されました。

セラフ領;白金砂丘シェンリル別次元枠:深層世界に堕ちました。}

{ローディング完了…。}

{セラフ領;白金砂丘シェンリル別次元枠:深層世界から抜け出しました。}

{非戦闘エリアの確保が完了しています。}

{ヒロキのステータスが更新。

自然回復能力が上昇しました。}

{甲殻種サメのシロザメに累計カウントダメージ;2125ポイントを与えました。}

{ヒロキは捕獲特別報酬金;250,000Cセルを獲得しました。}

{ヒロキは捕獲特別経験値;Exp.10,000を獲得しました。}

{捕獲特別報酬品;

甲殻鮫の血液瓶×4、甲殻鮫の肝臓×1、甲殻鮫の脳髄×1、部位破壊報酬;甲殻鮫の黒玉×1を獲得しました。}

{ヒロキはレベルアップしました。}

{ヒロキのステータスが更新。

Level;6→12、体力値;600→1257、筋力値;42→70、俊敏値;56→78、耐久値;36→69、器用値;85→140、魔力値;0→0。}

{ヒロキのステータスが更新。

称号;【*愚者*】と武装スキル;【竜の力】を獲得しました。}

{ヒロキの人間DNALevelが更新。

基礎能力とコアがレベルアップしました。}

{ヒロキのステータスが更新。

体力値;1257→1350、筋力値;70、俊敏値;78→80、耐久値;69→80、器用値;140。コア;4→8。}

{魔力値が更新。

魔力適正ゼロ;魔法の才能がありません。}

{格闘スキルが更新。

【チョップ・ブレイド】→【スパニッシュ・ブレイド】。}


「フ~、悪くない味だがまだ改良の余地ありだな」


 創作料理なのか!?

 「過去の足跡」に集中していたヒロキは料理の味かと思いきや、タバコの味かよ! と心の内でツッコミを入れる。

 副流煙の甘い匂いと煙たさが、鼻の粘膜細胞を刺激し咳き込む。

 …。

 眉間に皺を寄せて、片手を顎に添えて考える。

 感覚神経の細かい設定。

 弩を越えた精神構造の基準値。

 身体技術の滑らかさ。

 現実味溢れる環境設定。

 崩れないオブジェクト…挙げれば切りがない。

 どれをとってもVRWの想定基準を遥かに超えている。


「フィラル産のブレンドよりも…」

「あの…」

「ん? ああ、悪いな。ついつい自分の世界に浸っていた。

昔から葉巻と酒と料理の研究をしていてな。

現実あっちのと同じ物を作ろうとしているが中々な。

それで何が聞きたい少年。俺の名はマイトだ。マイト=ゴルディーという。

昔は最前線でこの世界の深淵クリアを目指していたが、もう老いたただの放浪者だ」


 聞くことが怖い。

 でも逃げちゃダメだ。

 言わないと。ぶつからないと。

 伝わらない。分からないままだ。


「俺はヒロキです。マイトさん、ここは現実ですか?」

「なるほど、ただのルーキーではなさそうだ。

君はこの世界をどう見る。君の目から見て、ここがバーチャル世界に見えるか?

俺だけじゃない。この世界に転生してきたプレイヤーは、皆があの警告画面を見ている。

皆が皆、望んだんだ。人生をもう一度やり直す機会をその答えがこれだ。

ヒロキ。君はこの世界になにを望む。

なにを求める。生きたいと願うなら、既にここは現実だ」


「…俺はまだ分からないんです。

自分がどうしたいのか、何を求めたらいいのか」


「フフフ、いいじゃないか。君ぐらいの歳の子なら悩んで当然だ。

冒険に青春は付き物だ。

悩んで悩んで後悔を重ねてこそ、人は強くなれる。

前に進める。君は君のしたいことを遣りたいことをすればいい。

その為に俺等のような大人がいるんだ。

分からないことがあれば、遠慮なく聞けばいい」


「――!」

「そんなに驚くことか。

ヒロキ。お前はまだ若い。これからを第二の人生を歩いていると思えばいい。

大人になって後悔するよりは今を楽しめ。

色んなことを経験しろ。

それが生きるってことだ。さて、そろそろメシにするか」


 笑って差し出された器には、煮え立ってまだグツグツと泡が次々と弾け続ける白いスープ。

 鍋に入っていた筈の白身魚のような肉は見当たらない。

 この煮えたちからして、溶け込んだのかと疑うが渡されたスプーンで混ぜ混ぜして掬う。


 胡麻か?

 掬うも。何度掬うも。スプーンを満たすのは胡麻にしか見ない黄金色の粒。

 如何やらあの白身魚のような肉は完全に溶けてしまったようだ。

 恐る恐る口元に近付ける。


 香りは悪くない。鶏白湯みたいだ。

 え、あれ? 魚じゃなくて鶏?

 静かに啜る。

「――! 旨い。癖になる味だ」


「そうだろ、そうだろ。

赤い粉末は、シェンリル近東部に生えているピンクの小花を咲かせる多肉植物サボテンでな。

朱兜の果肉を七日七晩天日乾燥させ漢方。

ブレンドしたものの作用で味の奥行きを広げてくれている。

黄金色の細かい粒は、見たて通り薬用植物ゴマ、ゴールドブレッドと呼ばれる高級食材だ。

食感、舌触り、砂丘生活には最適な状態異常を緩和してくれる。

紫と黄色のゼリー状のプルリとした個体は捕獲に成功したシロザメの肝臓エキス。

こればかりは血抜きをして最低一日以内に食べないと腐るからな。

そんな勿体ないことはしたくない料理人の性って奴だ。

ん? どうした、顔が真っ青だぞ」


 あの怪物の肝臓…。

「ええ、ああ。だ、大丈夫です」


「そうか。

そんでもって、この水晶ケースは冷凍保存できる優れものでな。

確かなんとかって言うダンジョンアイテムで冷凍保存箱【アイシングボックス】だったかな。

――と話がズレたな。三切れの白身魚のように見える肉は、シロザメの頬肉だ。

あの部位は大トロと変わりないからキレイに溶け込み繊細な味をそのまま活かせるから使い甲斐がある。おい、大丈夫か本当に顔が白いぞ」


 ――間違いない。

 これが俗に言うゲテモノ料理。確かに…旨いが、アレを食う?

 ダメだ箸が進まない。スプーンだけど、さ。

 落ち着け、俺。もしかしたら、これがこの世界での本来の食事かも知れない。

 慣れれば…慣れ、なれ…無理だ。いまの俺には食えない。


「ふむ。まあ、無理もないか」


 ああ、分かってくれる人だ。この人は。

 流石に今日日、死闘を繰り広げたあの怪物を食べるなんて俺にはできない。


「俺の創作レシピバージョン3.5。

次は調味料に薬味でも加えるかな。薬用植物【芭仙葱】を細切れに、いやここは大獣種レザートカゲ、シニワニの背骨を出汁にしてみるのも一つの手か」


 おいおい。

 会話が始まっておよそ二時間、漸く終わったかと思った矢先のことだった。

 焚き火の暖と灯は自然と鎮火し、空はまだ薄暗いが青く冷たい空気が肌に刺さる。

 砂が空中で舞う。

 白い砂丘の地平線に向かう眩しい白い光が薄暗い闇を掻き消して空中を舞う。

 白金砂に反射した瞬間、その光景に目を奪われた。

 曇りひとつとしてない青空に映ったのは水晶のように透き通っている。

 日の出による太陽の光の反射によって自然がくれた宝石の輝き。

 トワイライトと神々しくも美しい水晶色の雪結晶がヒロキの心を動かした。


 俺は、いま生きてる。この世界で。

 心の声だけは物足りなかったヒロキは大声で叫んだ。

 少女との約束を果たすためでも。

 未知の敵と交戦で狂った訳でもない。

 正直で純粋なひとつの答えを噛み締めて声を張り上げた。


「俺はこの世界で生きたい!!」



 これは後日譚になるのだが、その光景は二十年に一度だけ見ることが叶う奇跡現象。

 日の出の瞬間に宝石の輝きを魅せるトワイライト。

 空中を舞う白金砂【シェンリル】に陽光が反射することによって生まれる水晶「クリスタル」の輝きを放ちながら降り積もる柔らかい雨「レイン」の二つの事柄を掛け合わせて人はこの現象。

 クリスタルレインと呼ぶそうだ。



 この瞬間を待ってました。とばかりにマイトは尽かさず両手の指を使ってカメラを作り、スクリーンショットするために必要な詠唱コードを言った。


「パシャリ、パシャリ、パシャリ。ふむ、悪くない」


 マイトが撮影した画像には、日の出トワイライトの輝きを見る一人の少年の後ろ姿。

 空中を舞うクリスタルレインがいい具合にマッチした幻想的な画が映し出されていた。

 尚、当の本人ヒロキは知らない。

ここまで読んで戴いた方、ありがとうございます。

次回も新規編集・大幅な加筆を続けていくつもりです。

…さてはて、今月中には第一章の【新#】編集は終わる…終わればいいのですが。



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