【#049】 Pride -騎士の誇り-
次話も主人公以外のターンです。
執筆出来次第、投稿予定ですので少々お待ちを。
再び時間は大きく遡ること二日前。
♢水晶洞窟 1F ダイア樹林帯♢
{クロムのステータスが更新、
【万能薬】により体力値とバッドステータスが回復しました。}
「……どういうことだ?」
毒を太鼓酒に盛られていた筈が。まだ一時間も経過していないというのに、高価な薬品の中でも最上級の品である【万能薬】が自分に使われている現状が理解できずにいた。
起き上がったクロムが周囲を見渡すと、矢張り自分だけのようだ。
なぜ自分だけなのか? その疑問は黒装束を身に纏う自分たちの同行者を見て直感的に分かってしまった。
クルスとの出逢いは俺達。兄妹にとって幸運以上のものだった。
いまの俺にはそうとしか言えないし、これからもそう思いたかった。
兄妹が同じ場所に転生し、人間種であったことは偶然を通り越した奇跡だとゼンさんは言っていた。
ロケーションポイント【鯨の墓場】に転生した俺達を待っていたのは、骸骨の兵団ワイト達だった。勿論、転生し立ての俺達にこの世界の戦い方など知りもせず、ただ闇雲に素材【砂鯨の肋骨】を武器にレインを守ることしか出来なかった。
そこに颯爽と現れたのがクルスだった。
大口径の黒い重火器でこれまた黒い光球を放っては、ワイトを次々と倒していった。倒す。違うな。アレは倒す。と言うよりは、消滅に等しい。高速で放たれた黒い光球はワイトの骨と灰色の薄汚いローブを灰燼変えて黒炭へ。そして灰は空を舞って消失していった。
クルスを見たレインは呟いた。
『ダークナイトみたい…』
正直のところ俺もそう思った。
素顔も手も全身が黒い人間味のなかったのだが、後でそれが構築能力【硬化】による全身武装と知ることになる。
それから俺達は数日間。世界のこと。モンスターのこと。生きるための術について。戦い方。命の尊さなど色んなことをクルスから学び、自分の知り合いである貿易商と引き合わせてくれた。
俺はこの人に恩がある。
でもだ。俺はクルスを許すことが出来なかった。
「…いま、なんて言った」
「ヒロキとレイン、カエデの三人が兵器ブローカーと接触。交戦の末にこの下の下層、黒結晶洞窟に落下したんだよ」
クロムは歯軋りして、駆け出した。
無論、向かったのはクルスのところまで駆け寄って胸倉を掴んで怒る。
「どうして助けなかった!
クルス。テメエなら余裕で奴等を木端微塵に出来るだろ。
どうして、妹を。レインを。しかもヒロキまで見捨てるようなマネをしやがった」
ガツンッ。と勢いよくクロムの拳がクルスの顔面に放たれるも、激痛が奔ったのは殴った自分の方だったようでクルスは清々しい顔で自分を見ていた。
――ッ。と痛みに耐えながら声を荒げる。
「おい。オイ!
どうしてでだ。答えろよクルス!!」
一時、目を瞑ったクルスは歩き出す。
掴もうと必死なクロムの攻撃を躱し、受け流して、それでも向かって来るクロムに拘束魔法を用いて身体を紫のオーラを放つ鎖で縛り付ける。
一呼吸して溜め息をつくクルスは、立ち止まってクロムの顔を見ず背を向けたまま言葉を口にする。
「エルリオット=フェメルは言った。
人間は弱い。他の種族と比べて遥かに劣る存在。それなのに、国の重鎮と王になるのはどれも人間。何故なのか? それは人間の潜在能力は、どの種族よりも大きく。そして未知なるものを秘めているからだと言った。
僕がキミ達。兄妹とカエデに出会った時、既に頭の中にはゲームに関する知識があった。だからこそ、キミ達はより早く。成長し、力を蓄えて、己の道を見極めて、歩み始めた」
「だから、なんだよ」
「でもヒロキは違った。
産まれた環境が違えど、ヒロキは何も知らないままでだ。
マイトさんが言った。ゼンさんが言った。そして、いま僕が思っている。
彼以上に潜在能力の高い者を知らないと。
この世界で一番恐れるのは、何も知らないことなんだよ。
人間は知識を意識することで、そのルールに従ってしまう」
何が言いたいのか。
理解できないクロムは鎖で拘束されている中でも悩みの姿勢に入る。
「例えば、魔法使いが火炎魔法【ファイアーボール】行使する時キミ達はゲーム知識を脳裏に浮かべて炎の球を作るのに対してヒロキは、クロムのを真似して想像力だけで疑似的な魔法を作り出した」
「は? いや、待てよ。魔法が魔力がないのにどうやってファイアーボールを作った。有り得ねぇだろ」
「それがキミ達。持っている人間の縛りだよ。
ルールに沿うことは悪いことじゃない。でもヒロキは型破り、掟破りな方法でそれを作った。知らないからこそ、自分でルールを作り自分だけの武器を作る。
それが潜在能力というやつだ。
そしてそれは、自分の限界。どん底に落ちることで更なる高みに上がっていく」
ガシャ、ガシャン。と鎖同士が擦れて地面に展開された魔法陣が壊れそうなほどにミシミシと言ってクロムは強引に出ようとする。
「ふざけんな!!
それだけ。それだけの為にレインとカエデを犠牲にしたって言うのかよ!」
「言ったろ。
人間は弱い。ヒロキは、アイツの心は僕以上に脆いんだ。
自殺者がこの世界で生きるには、生き続けるには、甘さを捨てるしかない。
生きるために仲間を棄てる覚悟。
生き抜くために生き物を自分で殺して食べる覚悟。
仲間を守るために自分を犠牲にする覚悟。
仲間を助け合う強い心がなければ、この先。きっと後悔することになる。
これは僕が師としての最後のチュートリアルだ。
もう、ここから先はキミ達だけで進むんだ。僕が同行者となった理由はただ一つ。新人、半人前だったキミ達を一人前にして独り立ちさせること」
諦められない。
でも身体が動かなかった。
力なく膝を着く自分の弱さを噛み締めて、泣き崩れる俺の前から去っていったクルスの後からやって来た二人の熟練騎士と若い俺達の同年代の騎士三人の介抱によって全員が目を覚ました。
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「大丈夫ですか?」
時間の経過と共に魔法陣は消失したものの、自分の弱さと不甲斐なさ。さらにクルスへのどうしようもない怒りと不安が表情に出ていたのだろう。心配そうな顔でクロムを見る紺色の長髪した少女だ。
「あ、うん。大丈夫…」
気品があって清楚な感じにどことなく惹かれるのだが、熟練騎士の天然パーマのオッサンが。
「止めときな。
彼女はジーナ=アンドリュー。貿易都市シェンリルの領主の娘であり、今や次期領主様だ。手を出そうものなら処刑は覚悟しておいた方が賢明だ」
と言われてクロムは肩を落とす。のだが、そこに燃える恋愛シミュレーションゲーム脳がクロムの心に火を灯す。
「甘いな。オッサン。
姫様を。攻略しないで終わる人生なんて糞つまんないぜ!」
「ああ、そうかい。そりゃあ、悪かった」
若干、ドン引きされるクロムに後退るジーナを見てさらに落ち込むのだった。
その一方でひょろりとした身の熟練騎士は、ギルド「ロビンフッド」のギルドマスターに事情聴取するべくテントの中で話が進められていた。
テントに集まったのは、ギルドマスターのオウギ。サブマスターのキリエ。ギルドメンバーの薬師二人に加えて、ギルド「流星騎士団」からは熟練騎士のムツと若手騎士のカナタが参加していた。
「さて、まずですが。
今回、我々はギルド「流星騎士団」の総帥からの勅命を受けてここにいるカナタ君率いる若手チームと冒険ギルドからの手配である人物の捜索依頼を受けた熟練チームがいる訳です。
アナタ方の失態は、現状では保留に致しますが薬師二名とギルドマスターのオウギさんには過失罪が適用されますので、シェンリルに到着次第「流星騎士団」本部までお越しください。――という建前はこの辺にして本題に移りましょうか」
そう言って話題を切り替えたのは、ムツさんだった。
ギルド「流星騎士団」が誇る最強の精鋭部隊。第一師団所属にして総帥の弟子の一人でも有名な先輩だ。二つ名は≪ポーカーフェイス≫。
その名の通り、先輩の表情を見ても何を考えているか全く読めない。のだが、逆に先輩は先読みで作戦を展開する策士。ポーカーフェイスの策士以上に怖いものはない。二つ名と先輩の性格上からキツネ先輩と呼ばれている。
「ちょ、ムツさん。それは一応、上で指示で止められてるんじゃあ…」
「ああ、それね。
アレはぼく達みたいな上層部が動き易くするための口実さ。パニックを防止する役割もあったけどね。第三師団のゴザ君が持ち帰った証拠もあるし、公にしても問題ないでしょ。それにキミ等に依頼を出した張本人からの報告が正しければ、敵さんも尻尾を出したんだ。ここで動かないと逆にアレだよね」
「………」
本題。現在のシェンリルで起こっているクーデターや俺自身も知らなかった領主暗殺計画が裏で画策されている現状に眉を顰める。無理もない話だ。
流石にどの話も直ぐには鵜呑みには出来ないほどに内容が濃いのだが、そうか。という一言で割り切ってしまうオウギにあれあれ? と困惑する俺を見て先輩が無表情のまま苦笑している。
テントから出て、
「彼等が何も知らない訳がないさ。
ギルド「パムチャッカ」の傘下組織である彼等が知らなければ、ここに長期にわたって滞在する理由がないからね。ゼン=ヘンドリックの弟子がここに来るなら尚更だろ」
「ゼン=ヘンドリックって、…誰です?」
「知らないか。知らないならいいよ。今やただの呑んだ暮れらしいし」
一呼吸置いて、声を大にしてムツさんは命令を下した。
騎士団。それも第一師団という幹部クラスの命令は、かなり大きな力を持つと言われている。現に命令違反者には大きな罪と裁きが下されるぐらいだからだ。
「さて行こうかね。第一師団副団長ムツとして命令を下す。
ギルド「ロビンフッド」ギルドメンバーはシェンリルへ移動。カエデさんは、こちらで保護し連れ帰ると約束しますよ。
捜索隊の編成は、僕ことムツ。補佐員として相棒のレガッツとここにいるカナタ君とカナタ君の部下のフェイで行く。
ジーナは「ロビンフッド」に同行し「流星騎士団」に連れていくこととする」
反旗を翻す者は誰もいなかったと言えば嘘になる。
これは命令だ。と熱くなる胸を押さえてジーナだけが震えていた。
ムツさんは、決して仲間意識が無い訳でもジーナが次期領主だからという理由で同行者から外したわけではない。
戦力差で選んだに過ぎない。街中でなら問題なく、ジーナを加えるだろうがここから行く場所は繁殖期に突入した黒結晶洞窟だ。幾ら徹底した防御力を兼ね備えた「白騎士武装」でも天災級モンスターの攻撃を数度受ければ破壊される。
生半可な覚悟と勇気だけでは、攻略さえ敵わない上級者向けのダンジョンに向かうにはジーナの力では俺達の足手まといにしかならないだろうというムツさんの決断が俺には正しく聞こえた。
「分かりました…」
今にも消えてしまいそうな声で答えるジーナ。
俺達の同期メンバーとしては、一緒に連れて行ってやりたいが仕方ない。それに彼女にも仕事が無い訳でもないのだ。流星騎士団本部に連れていくという立派な役目がある。
ジーナとは別れ、俺達も兵器ブローカーと対峙した現場に向かおうとした矢先のことだった。
「俺も。
俺も連れていってほしい。頼む。
妹を。レインを。ヒロキを助けたいんだ!」
レガッツは首を横に振って駄目だと言っているが、その言葉に意外な反応を見せたのはムツさんだった。ふむふむ。と近寄ってジロジロとクロムの周囲を歩いて答えを出す。
「うん。いいよ」
「「はぁ!?」」
俺とレガッツさんのマヌケ声がシンクロした。
「いや、流石にそれは待て。
装備品から見ても彼は素人も同然の放浪者だぞ」
「俺も同じ意見です。
それではなぜジーナを外したのですか」
ふむ。と顎に手を当てて、興味なさげにしているフェイに質問を振った。
「はー。めんどくさいですね。
魂の力。彼がいま行方不明なっている妹のレインだとすれば、魂の力で大きな嗅覚能力を持つ私の力で追える利点ありです。この中でジーナは確かに戦力外だけど、ロビンフッドのギルドメンバーと一緒に行動すればリスクは回避できるでしょ」
「オマエ、意外に頭が回ったんだな」
「はぁ!? 失礼ね。これでも筆記テストは、自慢じゃないけどアナタよりは上よ」
いつもレガッツさんと仕事放棄して食べ歩いているからな。
疑っても仕方ないだろ。という顔をすると今にも双剣が唸りを上げそうだったので逃げに転じるのであった。
「あの…大丈夫なんですか?」
クロムが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫。騎士に二言はないよ」
「心配するな。
俺達はこれでも「流星騎士団」のトッププレイヤーだぞ。
大舟に乗ったつもりでいるといい」
それに対して冷静に答えるムツと熱気籠るレガッツに若干不安になるのだった。
そんなこんなで俺達は、まず謎の兵器ブローカーと一戦交えたという「祭壇の丘」に向かうことになった。
♢水晶洞窟 ダイア樹林帯 祭壇の丘周辺♢
どんな惨劇がここであったのか、無残に捨て置かれた血とオイルが雑じった人形を見て吐き気を擁したのはクロムだった。
バラバラに裂かれた人形たちから微量ながら発する魂魄の匂いから、これを相手にしたのが一人の人間までということは分かる。それでも俄かに信じられないでいるフェイは、ここであったことをムツさんに伝える。
「キミ等に任されている遭難者の内の一人。
ヒロキには【竜の力】があるというから、これだけのことを成し遂げても不思議ではない。ただ観測者の報告上、彼が黄金世代最後のラストピースなら、異常な成長速度だと言えるけどね。
それであっちの焦げ跡からは何か分かったかい?」
「はい。魔力の痕跡と私の固有能力【解析眼】によれば、魔導士一人が爆裂魔法【ボルカニックアロー】を二人に向かって放ったものと思われます。足跡から二人は少女。お探しのレインとカエデと思われますね」
なるほど。とまた顎に手を乗せるムツは俺達を全員呼んで話しを進める。
「レガッツ。黒結晶洞窟で休息を取るとすれば、何処か一番安全だ?」
「唐突な質問だな。
クロムには悪いが、黒結晶洞窟で安全なところはない。ただ繁殖期に入る直前は、魔素量が急激に低下するためモンスターはいないが魔物級から怪物級モンスターが徘徊する危険地帯だ。だからこそ、ダンジョンに入るものは上級者に限られる」
「カナタ。黒結晶洞窟に入ったことは?」
「流石にありません。第一に流星騎士団の団員は冒険者ではないので、捜索活動も範囲外ですからね」
「フェイ。ゴザの部下から黒結晶洞窟の地図は貰っているな。この地下から最短で行けるエリアはどこだ?」
「土砂崩れの影響にもよりますが、最短なら堅虫種ワームのゴロンムシの棲み処となっているエリア「毒の間」か。
怪物級モンスター、大獣種ヘビのオロチのいるエリア「水神湖」でしょう。安全性から言うなら「水神湖」ですが道のりが非常に厳しいですね」
「よし、分かった。じゃあ水神湖に向かおうか」
俺だけではなく、レガッツさんと同行者のクロムまでが、それは可笑しいというのに対してフェイだけが分かった風に話す。
「全く、これだから筋肉だけのヤツは嫌いなのよ。
いい。確かに水神湖までの道のりは初心者なら反吐が出るほどしんどい。けど仲間が重傷を負っていたなら向かう先は水神湖しかありえない。水ほどに貴重な物がないからよ。呆れるわ」
フェイの話を聞いてテンションが下がる三人をおいて、苦笑するムツはそれじゃあ行くよ。と言って空間転移の魔法陣を無詠唱で出現させる。
空間転移の魔法陣を簡単に出現させる魔力量と魔力コントロールを見たレガッツ以外の三人は硬直していた。
これがトッププレイヤーの一人だと改めて認識した瞬間だった。
まだ自分には力がない。
それでも…俺はこの面子で向かうよ。
「待っててくれレイン。
今度は俺が助けに行くよヒロキ…」
クロムは歩き出した。
自分の妹を今度こそ、自分の手で守るために。
これから一緒に旅をする親友のヒロキを支えるために。
クロムは駆け出していく。
自分の弱さをここに棄てて、勇気と強さを手に入れるために。




